2009年12月 7日 (月)
岩国市 会 員 山下 治子
37回忌までは覚えているが、その後何年たったのか。その夜は空っ風が吹き、小雪が舞っていた。母に付き添う私に、医師が言った。「今夜が峠でしょう」
皆が来るのを待ち、父が指示した用事を急いで済ませて戻ると、母は病室からいなくなっていた。私だけが死に目に会えなかった。涙があふれ止まらない。置き去りにされ、棄てられた子供のような気持ちになった。
今年の始め、母や先祖の加護のおかけで早期発見でき、余命が延びた。母の年を幾つ越えただろう。明後日は命日。山裾の山下家の墓を借りて、母としばし語ってこよう。
(2009.12.06 「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載
岩国市 会 員 山下 治子
37回忌までは覚えているが、その後何年たったのか。その夜は空っ風が吹き、小雪が舞っていた。母に付き添う私に、医師が言った。「今夜が峠でしょう」
皆が来るのを待ち、父が指示した用事を急いで済ませて戻ると、母は病室からいなくなっていた。私だけが死に目に会えなかった。涙があふれ止まらない。置き去りにされ、棄てられた子供のような気持ちになった。
今年の始め、母や先祖の加護のおかけで早期発見でき、余命が延びた。母の年を幾つ越えただろう。明後日は命日。山裾の山下家の墓を借りて、母としばし語ってこよう。
(2009.12.06 「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載
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