はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

身代わりの木

2010-04-22 15:56:56 | 女の気持ち/男の気持ち
 毎年この時期、底のトサミズキが薄緑色の花を咲かせていた。が、今年は見ることができなかった。
 昨年3月、夫が他界した。同じ日に私も重篤な状態になり、息子たちを青ざめさせたが、主治医や看護師の手厚い治療のおかけで、4ヵ月の入院ののち帰宅できた。
 帰ってみると玄関わきが妙に明るいし見通しがいい。「あれっ」と我が目を疑った。毎年のように根元から出てくる枝を情け容赦なく切り落としていたにもかかわらず、たくさんの花をつけていたこの木が枯れていたのだ。
 私は20歳代のころ重い肝臓病を患ったが一命をとりとめた。その時、見舞いにいただいたのがこの花だっち。何ともとも優しい色合いと、提灯のようにぶら下がるこの花に魅せられ、いつかわが家の底にもと思っていた。
 この地に居を構えて間もなく偶然苗木を見つけ、念願を果たしてから二十数年。この木はわが家の悲喜こもごもをずっと見ていたに違いない。特に虚弱な私は何度となく家族を心配させてきた。
 介護の疲れとはいえ、昨年の病気は今までで最悪のものだった。もしかしたらトサミズキは私の身代わりになってくれたのかもしれない。切り株になった姿を見るたびに、熱いものがこみ上げてくる。
 いつかまたこの苗木に出合えたら、もう一度植えようと思っている。
  福岡県宗像市 渡辺 美実・67歳 2010/4/20 毎日新聞 の気持ち欄掲載
写真はネロさん

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