はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

精霊流し

2016-09-26 06:50:32 | はがき随筆
 妹の連れ合いが66歳で逝った。焼酎が好きだった。
 仲間同士で飲むときは特に楽しそうであった。思いやりのある優しい顔が浮かぶ。娘2人孫4人の幸せな家庭でった。人が生まれ逝くまでには紆余曲折だったのかもしれない。死を受け入れていない妹が「120点満点の夫だった」とポツリ。妹をふびんだとおもっていたが、その一言が全てを打ち消してくれた。幸せは本人が決めることと改めて感じた瞬間であった。
 精霊船を妹家族と一緒に流した。妹の目は精霊船が見えなくなるまで見つめ続け、夫に語りかけるように潤んでいた。
  出水市 古井みきえ 2016/9/26 毎日新聞鹿児島版掲載

ざんげ

2016-09-26 05:52:28 | はがき随筆
 孫が姉弟で遊びに来ていた夏休み。かき氷を食べた店で「たらいの中のおもちゃを一つ取っていいよ」と声をかけてくれた。孫たちは喜んであれこれ触って喜んでいた。
 帰ろうと駐車場に来たら、7歳の男孫が両手を広げてみせた。おもちゃが二つあった。
 「泥棒してきたのか。今すぐ返して謝ってこい」。夫から怒鳴りつけられた孫は一瞬しゅんとしたが、とっとと店へ。そして謝りもせず、たらいにおもちゃを投げ入れ走ってもどってきた。私は見ぬふりをした。ばあばも善悪の基準を教えるよい機会だったのに私はフイにした。
  出水市 清水昌子 2016/9/25 毎日新聞鹿児島版掲載

岩川の別荘

2016-09-26 05:46:26 | はがき随筆
 60畳の大広間に長いテーブル。夏休みの宿題をする子供たち。気持よさそうにお昼寝の人。談笑中の常連さん。テレビ観戦する人。ここは、岩川の道の駅「おおすみ弥五郎伝説の里」に近接する「ふれあい館」。
 数年前に存在を知り、夏になると引き寄せられるように出かける。読み物したり、ウトウトしたり……。今夏も数回利用して酷暑を乗り切った。
 休館日以外は毎日来るという80代のおばあちゃん。老若男女。これこそ、ふれあえる場所だと思う。
 我が家では、ひそかに「岩川の別荘」と呼んでます。
  垂水市 竹之内政子 2016/9/24 毎日新聞鹿児島版掲載

千の花火

2016-09-26 05:39:12 | はがき随筆
 遠目ながら恒例の花火大会を見物した。小生、花火のきれいさ、音よりも打ち上げている花火師たちに思いが行ってしまう。それはある種の羨望であり妬みでもある。
 ずっと以前離島に住んでいたとき地区の運動会の花火の打ち上げを担当させられた。導火線に着火する。瞬間玉は打ち上げられ青空でパパンと炸裂する。その音はたまった鬱憤を晴らし、もろもろの煩悩をはじき飛ばしてくれる。苦労もあろうが、思いっきり打ち上げられる花火師たちが羨ましいのである。
 千の花火を打ち上げ、その音に包まれて彼岸に旅立ちたい。
  鹿児島市 野崎正昭 2016/9/23 毎日新聞鹿児島版掲載

チーちゃん

2016-09-26 05:31:40 | はがき随筆
 この3月に生まれた孫が、えびのの実家に帰った頃から毎日、裏庭にカラスの親子が舞い降りるようになった。子ガラスは親ガラスと同じぐらい大きいが、甘えん坊である。親が優しく口移しで食べさせている。
 孫の名前を取って「カラスのチーちゃん」と名付け、ソーセージやツケ揚げなど特別メニューまで与えるようになった。
 カラスの親子にも人間みたいな子を思う深い愛情があることを現実に知った。遅れて舞い降りる日は待ち遠しくて寂しくなる。今は、私が「ガー」と呼べば「ガーガー」と応えてくれるようになった。
  出水市 塩田幸弘 2016/9/22 毎日新聞鹿児島版掲載

義母

2016-09-26 05:25:46 | はがき随筆
 辺り一面の緑。桑畑でせわしなく働くかすりのもんぺ姿。その人は美しく鮮烈だった。口数少なく働き者だった義母。
 25歳で夫を戦争で亡くし、姑と田畑を守り、一人息子の成長を楽しみに生きた。女手には余るほどの土地を必死に守った。寂しさとの葛藤はなかったのか。孫の誕生には30年ぶりと喜び、毎日の入浴を手助けし、いつも笑顔で包んでくれた。
 来る日も来る日も一輪車を押し田畑に。その後ろ姿が焼き付いている。94歳。一人身の苦節70年。慈愛にあふれた義母逝く。ただ祈りのごと蝉の声に送られて……。
  出水市 伊尻清子 2016/9/21 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆8月度

2016-09-26 05:18:05 | 受賞作品
はがき随筆の8月度月間賞は次の皆さんでした。

【優秀作】24日「残務整理」宮路量温=出水市中央町
【佳作】3日「出産のとき」中馬和美=姶良市加治木町
▽4日「お田植え祭」古井みきえ=出水市下知識町


 「残務整理」は、私たちにとって、死後何を残すか残さないかというのは大問題です。さらりと書かれた文章ですが、考えさせられます。普通は、動産や不動産へと意識が向きますが、それが後々迷惑をかけないようにと、大木になってしまったネムの木を切り切り倒すことにしたというのは、ご夫婦の愛着と思いこもった樹木だけに、文字通り身を切られる思いだったことでしょう。
「出産のとき」は、娘さんの出産に伴う感激が素直に描かれた文章です。難産だったことの心配、遠くから駆けつけて出産に立ち会うムコドノの優しさ、妻の出産時には夫として大した役目も果たさなかった自分への反省など、一つの生命の誕生は、多くの感慨をもたらしたようです。
 「お田植え祭」は、近くの神社のお田植え祭に、早乙女姿で子供たちと参加したときの印象が鮮やかに描かれています。水田に裸足を漬けた瞬間の子供たちとの感覚の違い、不ぞろいな苗の行列、終了後のおにぎりのおいしさなど、ある世代には、確実によみがえってくる時間と空間が呼びもどしてくれる感受です。
 この他に3編を紹介します。
 堀之内泉さんの「石文」は、洗濯のとき子供のポケットを探ると、大人には無意味でもいろいろの宝物が出てくる。ひところ小石が出てくることがあった。今にして思えば、あの小石は子供からのメッセージだったかもしれない。捨ててしまって残念ではあった。
 森孝子さんの「消し炭」は、子供のとき、いとこと木炭を食べたときの思い出です。
確か車谷長吉の小説に都会へ働きに出る子に、炭俵を一俵持たせていく話がありましたが、それを読んだときも驚きましたが、今度も驚きました。「食の先端を行っていた」という結びがいいですね。
 山岡淳子さんの「アサガオ」は、朝顔の美しさが目に見えるように描かれている文章です。雨よりも日光が似合う花、朝一番にオハヨウと元気づけてくれる花、それにしても、アサガオとは誰が名づけてくれたのでしょうか。
  鹿児島大学名誉教授 石田忠彦