先の大戦末期ごろ、食べ物が無くて大弱りだった。
もちろん、米や麦はほとんどなく、じゃがいも、さつまいも、かぼちゃなどをせっせと食べていた。
それすらも不足がちだったので、母親の苦労は大変なものだったと思う。
貨幣価値の変動が激しかったので、お札だけでは売ってもらえず、なんやかやと持って行ったようだった。
花かぼちゃ記憶の底に母の影 ひよどり
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いつもおなかが減っていた。
戦争を知らないといえば知らないのですが・・・・
二度とおなじ体験はしたくないですね。
一番家族のために母親が苦心したと思いますね。
しかし、飽食の時代と言われ、「食物」に対して無礼になったように思えてなりません。
「通」ぶったヤツの「ご高説」には腹を立ててみたりしています。
それもまた、大人げないハナシなのですが………。
そのためにはどうすればいいのか?
それが難しいのでしょうね。
「戦争はイヤ!」と叫んでいただけではいけないのでしょう。
冷厳な国際環境の中にあって、どのようにしのいで行くべきか?
とても大きなテーマですね。
『憲法九条」を守っていれば平和で過ごせるなんで、とんでもない妄言だと、私は思っています。