JAZZを聴きながら ふたたび

恥も顧みないで再々開、よろしければお付き合いを

エネルギーが本に溢れる

2008年06月17日 | y-その他

ここ二,三日の好天も今日あたりで打ち止めだそうで、今週末からはやっとこのあたりも本格的な梅雨へ突入かとの予報が出されています。
岩手・宮城の被災地にいずれ降るであろう涙雨が、さらなる被害を生まぬよう祈るばかりです。

今日は、先日「アリが十匹、三べんまわる」でふれた、いただき物『寺山修司 劇場美術館』についてちょっとお話ししようかと思います。

この本は、今年東北二ヶ所(青森県立美術館と郡山市立美術館)で開催された、されようとしている「寺山修司 劇場美術館 : 1935~2008 展」のいわば高価パンフレット的な本でありまして、これを眺めているだけでもその美術展がいかに興味深いものかが伝わってくる一冊です。

 力石徹よ
 君はあしたのジョーのあしたであり
 橋の下の少年達のあしたであり
 片目のトレーナー丹下段平のあしたであり
 すべての読者のあしたであった
    <中略>
 暗黒の航路のひとすじの光り
 明日という名の生きがい死にがい
 もう決して訪れては来ないのか
 夢よふりむくな
 お前を殺した者の正体を突きとめるまでは

 力石徹よ
 お前を殺したのは誰だ、誰なんだ
 お前を殺したのは誰だ、誰なんだ
 お前を殺したのは誰だ、誰なんだ
 お前を殺したのは誰だ、誰なんだ
 お前を殺したのは誰だ、誰なんだ

 力石!

1970年3月24日、文京区音羽の講談社講堂で行われた、かの漫画「あしたのジョー」の登場人物、力石徹を追悼するという前代未聞の告別式で、劇団「天井桟敷」の昭和精吾が読み上げた、寺山修司が書いた弔辞です。(この本に全文が掲載されています。)

私よりは先輩ですが、いわゆる「団塊の世代」が若者だった頃、その野心的闘争心はあらゆる方面で燃え上がり、学生運動のみならず、新たな文化発信の力でもありました。

そのさまは、時に過激で、時に闇をさまようごとく黙々と、そうまるでマグマのごとく沸々と煮えたぎるエネルギーの塊だったに違いありません。

そのエネルギーが生み出していった文化の一つが、劇団「天井桟敷」であり、従来のそれとは一線を画し漫画「あしたのジョー」であったことに、二つを結びつける何かがあったのでしょう。
おっと「あしたのジョー」の話は今日はどうでもいいんでした。そんなエネルギーの塊から生まれ出る演劇の世界を、この本になんとなく見いだせるということです。

私が遠い昔に乗り遅れた激動の世代、そこに大きな布石を残した天才、寺山修司。
今「団塊の世代」は定年の時期を迎え、また新たな変革を求める気運も見え隠れします。しかし、彼らは昨今のある意味矛盾に満ちた社会を作り上げた先兵隊でもあったわけで・・・・・・

9月13日から始まる、郡山市立美術館での同展を私は観に行こうと思っています。このもらい物が私にそうさせたように、みなさんもこの本をご覧になると「観に行ってみようか」みたいに思われるかもしれません。
ぜひ、1ページ1ページを味わってみてはいかがでしょうか。


さて、今日の一枚ですが・・・・
「日本に於けるジャズの変革期は、やはり「団塊の世代」が若者だった頃、つまり既存の概念や定型化された形式を打ち破るという、あらゆる方面で起きていた大きなうねりをジャズもまた受けた事に始まる。」といった話を以前もしたかと思います。これもまた、彼らが行った新たな文化発信の一つであったのでしょう。

そんな流れを受けて、以前紹介した富樫雅彦の「双晶」意外にも何かあったかなぁと探してみたものの、ほんと、我がライブラリーにおける和物の貧弱さはどうしようもなく。時代は少し後になってしまいますが、本田竹曠のこれを持ち出してきました。

力強いタッチの本田は、渡辺貞夫クインテットのメンバーとして活躍、ピアノ・トリオとしてリリースしたこのアルバムは代表作です。
とか言いつつ、本田氏が惜しまれつつ亡くなられた二年前の正月(2006年1月13日)には、このアルバムも持っておりませんで・・・(笑)

その後、入手してあらためて聴いてみると、じつにブルース・フィーリング溢れるみごとなピアノに感心するわけでありますが、選曲がバラードとスタンダードということもあって、以降、ちょくちょく聴く一枚になりました。
(日本人のジャズですので、今日はあえてアルバム名も曲名も和名表記にしました。)

ジス・イズ・ホンダ / 本田竹曠
1972年4月18日録音
本田竹曠(p) 鈴木良雄(b) 渡辺文男(ds)

1.恋とは何か君は知らない
2.バイ・バイ・ブラックバード
3.ラウンド・アバウト・ミッドナイト
4.朝日の如くさわやかに
5.ホエン・サニー・ゲッツ・ブルー
6.シークレット・ラヴ