心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

春なのに

2017年03月27日 | ほんのすこし
もう三月も末。
なのにどうしたことか、寒いのです。今年の冬は雪も少なくてこれは春の訪れは早いのだろうなと思っていたのですが、どこか裏寒い感じが抜けません。
それでもこんな風に空が眩しく感じると、もう少し待てば春真っ盛りといった時季になるだろうと。



もう線路向こうに冬中あった除雪車が出動する気配はありませんが。



まもなく彼らもどこか格納庫に入るのか、野ざらしになる場所にいくのか。彼らの行く末までは知りません。おつとめご苦労さま、と一声かけてあげたい気分です。

肌寒い春、はたして今年の天候はどうなることやら。雪の少ない冬、なかなか暖かくならない春、と来たら夏はどんなでしょうか。昨年のあの暑さを思い出すと涼しい夏であってほしいと願います。天気だけは調整できませんね。

今は自分の体を鍛えること、それが暑さ寒さに耐えるために大事だなと。
腹筋も毎日続けてきたら、ちょっとした時間で出来るようになり、やらないとどうも調子が悪い気がしてなかなかいいなと。でも腹筋と呼べるような回数でもないけど(笑)。だんだん多くしていけたらと思っている、そんな軽い運動なのです。それでもやらないよりはましでしょ。

冬の間、体を持てあまし自堕落な生活をしてきたしわ寄せがまるで冬ごもりのクマのごとくで。それを今、払拭しようと焦っているわたしです。
といってもなぜ焦るかというと、少し痩せたら着ることが出来るだろうと予測して購入したワンピースとかスカートがあって、それが入る自分を思い描いているのです。さぞかし・・・ うふふ・・・ あれ? でも無理なんじゃない?
若すぎるデザインや柄、果たしてこれでいいのだろうか?
今は痩せてもはたして着る勇気があるのだろうかと、そっちの方が心配になっているのでした(笑)。
体重は全然だめですけどね。

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

せっかく早起きしたが

2017年03月26日 | ほんのすこし
少し沈滞。
沈んでいく。

今日はこれから上昇するのか、わからない。

なんと浮き沈みの激しいこと。

あんなに布団の中では言葉が次々と溢れてきていて、起きたらすぐにでも・・・ と思っていたのに。一連の起床のルーティンをこなしていたら言葉が、あんなにあると思った言葉がひとつも浮かんでこない。
最近はこの繰り返しだ。

不安と心配が想像だけで広がっていく気がする。

これは時間をおかないと無理だと思った。

「大丈夫?」と言葉をかけていいのか悪いのか、その判断すら鈍る。
考えることがありすぎて、頭がパンクしそう・・・



この記事のコメント欄は閉じています。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

びっくりびっくり

2017年03月25日 | ほんのすこし
裸のお話でごめんなさい。

年末年始以来、お風呂といえば母の家で入る、というのが習慣になっていました。以前は母とふたりで温泉に行っていたのに、昨年の四月に母のお風呂&台所のリフォームをして以来、母はすっかり自分の家のお風呂が気に入ったようでした。わたしはしばらくひとりで温泉に行っていたのですが、この年末年始の母の家お風呂の経験が良かったのでそのまま温泉行きは当分お休みしていました。
最近、どうも冬の間に脂肪を溜めすぎたなと反省し、温泉で汗をかいたら効果が出るのではないかと一度行ってみたのです。
結果はやはり汗をかくせいか、体重がちょっと減っている(温泉に入る前後)のを確認し、やっぱり家のお風呂では無理があるなあと思ったのでした。それでも前のように頻繁に行くこともなく、そのときからしばらく日にちが経っていました。

昨日、前日に友人達と夜に会ったため、昨日の朝から躰全体が重く感じて「これは温泉で汗をしっかりかいたほうがいいだろうな」と思ったのです。
母に「今日は温泉に行って汗をかいてくるから」と宣言。夕飯のおかずも三品完成して久しぶりの温泉に向かいました。

温泉の中は人数もそんなに多くなく、ちょうどいい案配の混み具合です。
ゆっくりサウナに入りたかったので、先に垢をこすりシャンプーもし、リンスをつけてボディシャンプーを塗りたくって・・・ いたところ。
後ろに広い湯殿があるのですが、普通の深さの湯殿と浅い深さの湯殿が並んでいて、その浅い湯殿の方から声が。
「だれか! 来てくれ!」
泡をつけたまま後ろを振り返るとそこで、見知ったお年寄りが叫んでいます。目が合うと
「早く早く!」と言います。

その方が指さす方を見ると、なんと浅い湯殿の底にだれか人の姿が見えるのです。一瞬、目が点になりましたが、慌てて泡のついた躰に湯桶の湯をざんぶとかけ、すっ飛んでいきました。他にも彼女の声をききつけた方がいたようで三人がかりでその湯殿の底に伸びている方を引き上げました。目を閉じ顔の色はどす黒くなっています。これは大変なことだ・・・
ところが、わたし、先ほどお湯をかぶったものの一回だけかぶっただけではボディシャンプーのつるつるが取れていなくてどうにもこうにも滑ります。なんとか捕まえたものの引き上げて湯殿から脱衣所まで運ぶのに苦労しました。その間次々にやってきた人にも手伝ってもらい「せーのーで!」とかけ声をかけながらようやく脱衣所に設置されたバスタオルの上につれていくことができました。ガタガタと手が震えているのが見えました。でも意識があるのだなと思いましたのでちょっとホッとしました。あの土色の顔を見たときにはもう駄目かなと思ったのです。
一体どのくらいの時間、お湯の中に沈んでいたのかわかりませんが、意識を失ったためにお湯を飲み込まなかったのかなあと素人判断しました。
後は温泉の従業員の方々にお任せして、また温泉の中にもどりましたが。

急いで躰にお湯をかけリンスを洗い流したのはもちろんです。すっかり躰が冷たくなっていました。
その後やはり救急車を呼んだようで。脱衣所に男性が入ってくるというのも非常事態。

まあ、しばらくぶりで行ってこういうことに遭遇するというのもまたなんと言いますか・・・
もちろん帰ってから母に興奮気味で報告しました。

あっ、ちなみに体重は温泉の前後測ると効果がありました。汗をかいた分良かったのでしょう。家での腹筋継続中。しまった躰を目指して頑張るぞ!
あぁいうことがあると思います。やっぱり重いと大変だなあって。助ける方も重すぎるとどうにもこうにも動きがとれないし、同じ助けるにしても軽い方が迅速な処置ができるなって。

コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

まだ咲かない

2017年03月23日 | ほんのすこし
母の玄関先にある君子蘭は亡き父が好きだったという。花の名前は全然覚えることができなかった父がこの花だけは覚えていて、春になるとオレンジ色の花を咲かせるのを楽しみにしていたという。
今年はまだつぼみのままだ。先の方が少しオレンジ色を見せてきたけどまだ咲くには日数がかかりそうだ。
すると、ご近所さんが早々と咲いたからと母の玄関、風除室にどどんと置いていった。
綺麗に咲いたから見てくれと。自分のところではもっと沢山鉢があって咲いているからと。

母が目を細めて嬉しそうな顔をしていた。
父の命日まで自分の鉢の花は咲くだろうか。その前からこの花を愛でることができて嬉しそうだ。

父が亡くなっても母がこんな風にご近所さんとも仲良くできるのは私としてはとても安心できるし、嬉しい。一人暮らしになって何が一番困るかというとご近所さんとのつきあいが上手く出来るかではないだろうか。母は長年ご近所さんたちとのつきあいが上手く出来ていたのだろう。
昨日は午前中にご近所さんふたりが来てくれてずっとおしゃべりしていたんだよと話していた。
ひとりとてもお話のうまい方がいてその方がいると本当に笑い転げたり、あっという間に時間が経つ。人生経験豊富というか大変な人生を歩んできた人なのでお話の内容も深刻なことが多いのだけど、なぜか笑いを誘ってしまうのだ。経験を笑いに変えることができる話し方というのも素晴らしいと思う。
わたしなど、深刻なことはどうしても深刻になりがちになる。過去を振り返れば修正したくなることがあまりにも多い。それでも通り過ぎてきて今がある。生きていてなんぼのもの、死んでしまったらおしまいだとは晩年の父の口癖だった。本当にそう思う。

父が生きていたら見せてあげたいもの、会わせてあげたい人、たくさんいるけど。もう会うことも叶わない。
それでも父のことを思い出し、語り合うことで父がそばに寄り添っている気がする。そして弟もまた。
亡くなった人への後悔の念は出来なかったことがあるから出てくるのだろう。弟にやってあげることがもっとあったのに、まだ大丈夫だと思ったこと、なぜだろう。すぐ目の前に死が訪れると予測できたはずなのに。まだだ、まだに違いないと首を振っていた自分。

父が亡くなってから11年が経つ。もうそんなになったのか・・・ 自分の中ではつい数年前のように思うのだけど。三月は父の命日がある。八月は弟の命日がある。不思議なことに三月は父の誕生日が、八月は弟の誕生日がある。
人間は生まれて亡くなるのが同じ時期になるのだろうか。

きっと母の君子蘭は28日頃、花を咲かせるのだろう。
忘れないで咲いてくれたねと、微笑む父の顔が見たくて。

コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

ずっと貫井徳郎を

2017年03月22日 | ほんのすこし
最初はどれだったかなあ。

『微笑む人』、そうだったこの本を最初に読んだんだった。
そして玉山鉄二さんが貫井さん原作のドラマに主演するというので興味を持って別の方をかって。

2番目に読んだのが右から『失踪症候群』
次が『後悔と真実の色』
そして『乱反射』
最後が『誘拐症候群』

今読んでいるのが『愚行録』

なんだかはまってしまったんですよ。
彼の術中に。
最初はこういう小説の書き方もあるんだなと思っただけで、コロコロと場面も人も違ったりして、追いついていけなかった小説もあったけど。それが最後にはどんどん繋がっていく辺りもまた面白いし。
症候群シリーズはわたしにはとても読みやすい。登場人物が謎めいていてこれはもっとシリーズものとして続いていけそうな気がするし。げんに『殺人症候群』という小説もあるそうだからそれも探して読んでみたいと思ってしまったし。ここら辺りがまんまと貫井さんの術中にはまったと言えるだろうなあ。

止められない、読むの止められない。他のことをさておいても読みたい、そんな気分のここ数日だった。
『愚行録』はそんな中でも極めつけの書き方をしていて、最初に読んだ『微笑む人』の手法と似通っている。でも読みながら自分の中でところどころに入り込んでいるこの兄と妹の存在は事件の何と関係あるのか? といった疑問を抱く。それが事件の被害者たちのどの部分と交差しているのか、まだ見えてこない。
今日の夜にはたぶんテレビを見ずに読み終えているだろう。

こんなに続けて同じ方の小説を読んだことはない気がする。たいてい次は別の方のものを手にしている。それが今回は違った。違ったということに自分でも呆れているほどだ。
しまった、レンタルDVDの期限も差し迫っている!
う~ん。
その前に仕事しなさい!(笑)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「博士のハチ公音頭」の練習をしました

2017年03月22日 | ほんのすこし
20日、午前中は母とお墓参り。
午後から、ここでも紹介していた三重県津市で作成された『博士のハチ公音頭』の踊りの講習会に行ってきました。
友人が踊りの手ほどきをするということ、発起人も知り合いだったことで参加することにしたのですが、会場はいつもゴスペルレッスンを受けている場所の中でした。
友人がお師匠さんにお願いしてこの盆踊りを再現していただいたということです。

『博士のハチ公音頭』

曲は初めて聴くので、全然頭に入っていなくて。
それでも何度か繰り返し踊っているうちになんとなく覚えてきて。
ハチ公を思い出させる手の動きとかが入っていて可愛らしい動きになっていました。自分でもその部分はとても好きです。来場された方にCDをプレゼントするということで早速わたしもいただきました。
かなり練習したつもりでした。母の所に行ってCDをかけ、たった今練習してきたことを再現してみせたのですが、どうにもこうにも途中変に覚えているところがあるみたいで、踊りながら自分でも「あれ?」と。
こんな時は本当に嫌になります。衰えましたね(笑)。
これから何度か講習会を開催するつもりだと話していましたので、ぜひ参加してみたいと思っています。

盆踊りは好きなんです。
でもね、ずぅっと参加していないのです。
子供の頃は踊るのが好きで、あの櫓を見ているとすごく楽しかったのです。
炭坑節とかね。

大学生の時、友人と牧場でアルバイトしたことがあります、北海道で。そのときのことは以前ここで書いたと思いますがどこでだったか・・・
そのアルバイト終了後、彼女の親戚とわたしの親戚を訪ね歩いたのです。そのときわたしの叔父が襟岬の近くに住んでいて、そこで盆踊りがあったことを思い出しました。延々と同じ踊りを続けていたので踊りも覚えてしまったのですが、今はそれすら思い出せません。その叔父もすでに遠い空の向こうです。
昔、わたしが何歳の頃でしょうか、まだ小学校前のころだと思います。母を尋ねて叔父がやってきたとき、その頃叔父は独身でしたが。その叔父に
「わたしが大きくなったらおじさんの洗濯してあげるから」と言ったそうなのです。まだ洗濯機もない時代、母が弟の持ってくる洗濯物をごしごしと外で洗っているのを見て幼いながらも思ったのでしょう。
その言葉を聞いて叔父はいたく感激したのだと母は今頃になって教えてくれました。幼いわたしはそんなことを言った覚えはちっともなくというか、覚えていず、それでも叔父の心の中にその言葉が残っていたのかなあ、なんて思い出すことがあります。その叔父もずいぶん前に亡くなってしまいました。わたしからすれば大男のイメージが強くてちょっと怖い感じがしたのですが、母からすれば可愛い弟だったようです。

そんなことを思い出させてくれる「博士のハチ公音頭」の練習会でした。
主催者に聞いたら、これからも機会を作って色々か人に広めていきたいということでした。
地元はハチ公のふるさとです。
渋谷がどうのこうのというのも大切ですが、こうしたことを広めていくのもすごく大事なことではないかと思うのです。しかも歌もまたいいんです。踊りはちょっと練習しないとだめですが、可愛い振り付け部分があって、そこを踊るのが楽しみになります。
三重県津市、ハチ公の飼い主、上野英三郎博士が生まれ育った地.
その繋がりにあるわたしの地元、それも何かの縁なのかなと思います。これからどんどんこの歌が踊りが広まっていくことを願っています♪

※※※

画像は指導してくださった踊りの会の方達です。動画も写したのですが、アップの仕方がわからないので。

※※※
コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

昔の歌を思い出して

2017年03月22日 | 朝のことば&つぶやき
♪ 胸にしみる空のかがやき
今日も遠くながめ 涙を流す
悲しくて悲しくて
とてもやりきれない
このやるせないモヤモヤを
だれかに告げようか ♪

作詞 サトウハチロー 作曲 加藤和彦  歌 ザ・フォーク・クルセダース

ユーチューブはこちら 

布団の中でこの歌を思い出していた。
朝方といっても午前4時。
眠っていられなくなった。

このモヤモヤを告げる相手がいる人は、幸いだ。
告げる相手がいない人の気持ちを思った。誰にも言えない、自分の中にしか留め置くことができない、そんなことがあったら・・・
吐きだしても、言われた相手が戸惑うだけだと思うのだろう。受け止めてもらえないことへの失望感が言う前からあるのかもしれない。

この世は悲しきことのみ。
そう言い切ることは出来ないはず。楽しいことも嬉しいことも悲しいこと以上にあると言いたいけど。
いつか、モヤモヤを吐きだしてくれるのを待とう。

ただ聞いてくれる相手がいるだけで、幸いだと思えるようになってほしい。

※※※

河川敷はまだ雪が残る。上に点々と足跡が。誰の足跡なのか、この足跡もやがて消えていく。そこに最初から足跡などなかったかのように。
時というのはそういうものだ。表面上は消え去り、記憶を網膜の奥に滲ませて残しておく。
季節の移り変わりにひょいと顔を覗かせて、デジャブーを繰り返す。

※※※
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

ブログ開設から4500日だそうです

2017年03月20日 | ほんのすこし
ふと編集画面を開くと、なんと今日は2004年11月23日から数えること、4500日だそうです。

開設○○年、という意識はしてきたのですが、一日ごとに計算するという考えはありませんでした。
やっぱり切りのいい数字というのはなんだか気持ちがいいものですね。
このあと5000日になるまで果たして継続できているのかしら。
継続は力なり、そう思っていますが、人生何がこの先待っているかわかりません。

それでも投げ出さずに自分の人生だから、コツコツ生きていこうと思っています。
今は老いた母のことが一番心配ですが、まだ子供達や孫たちのことも気になります。気になる人がいるということは、自分をないがしろにして生きていってはいけないという思いに繋がります。
こうしちゃいられない、もっと健康で誰かの役に立てるような自分でいたい、そう思って。

4500日という節目?に、自分の健康を思い、お墓参りで父と弟に近況を知らせ感謝の気持ちを告げることが出来たというのもまたなんだか不思議な巡り合わせの数字だなあと思っています。

さあ、新しい数字に向かってコツコツ。
コツコツ、大事に大事に。
人生は楽しいものと思えば、楽しいことがやってくる。
人生は素晴らしいものだと思えば、素晴らしいことに出会える。

新しいことに出会えるよう、自分を磨いていけたらいいな。

コメント (12)
この記事をはてなブックマークに追加

ぴかぴか

2017年03月20日 | 朝のことば&つぶやき
※※※

光っている
空が光っている

吸い込まれそうな輝きを放ち
春の一日が始まる

めざめ
息づく

わたしの細胞もまた
ぴかぴかに
光ってほしいな

※※※

どこへ行くあてなどないのに
なぜかお弁当作りたくなる
お弁当持って
遠出をしたくなる

そんな綺麗な空と空気に
出会いたい

※※※



屋根の雪も溶け始め、雪に日が当たる。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『あなたにドロップキックを』見ました

2017年03月19日 | ほんのすこし
それって単に自分の満足のためにしているんじゃないの? (テレビ画面の男性に向かって。)
そう思いながらドラマを見ていた。
『あなたにドロップキックを』

イモトアヤコが主演をしたドラマ、録画していたのを見て。
彼女(秋吉秋子)は看護士をしていて患者の男性と付き合う。同棲し結婚の約束までしていたが、男性から別れを告げられる。その後もいろいろ散々な目に遭う。ある日飲んだくれてぶつかった相手が女子プロだったことから彼女の人生が少しずつ変わっていく。

その変わろうとしている彼女の部屋を尋ねてくる人がいる。
彼と付き合っている女性だ。女性がマカロンを持ってくる。彼女が置いていったマカロンを川に投げ捨てる。
次の日、彼が秋子を訪ねてくる。彼女が落ち込んでいると。秋子が許してくれるまで謝りに来ると言う。

むかついた。
なんだよ、それ。男もその彼女も、自分が一番いい格好している、良いことをしている、お前のためにこんなに謝っているんだぞ、そんな態度が見え見えだ。男なんか言う言葉は「全部俺が悪い」そればっかり。そんな言葉を聞かせられる身になってみろって言うんだ。と、テレビに毒づいていたわたし。久々にテレビに怒っていた(笑)。振った相手にこれほどまでにしつこく言いに来るってあり得る? 自分が悪くないって思っているから来るんじゃないの? 自分が振った相手がどれほど傷心しているかを見て満足しているだけなんじゃないの? さっさとふたりともどこかへ行ってしまえ~!!
もうテレビに向かっていらついていたよ。秋子が黙ってその言葉を聞いているからわたしが代わりに言ってあげたくらいだ。

そのあと秋子は人生の名脇役になるんだ! と決心する。

そしてついに。しつこく電話してくる彼に電話でバシッと言った!
「わたしはお前たちの自己満足のためにいるんじゃない!」 と。
スッキリしたねぇ。

その後秋子はプロレスのドロップキックを使って・・・

最後の最後は溜飲が下がり、わたしも満足の出来のドラマでした。

再放送は4月6日午前0時11分。イモトアヤコさんの演技にもだんだん見る方も慣れてきました♪ エンドロール、可愛かったですよ♪

創作テレビドラマ大賞 999作品の応募作の中から選ばれた中谷典子さんの作品。車いすに乗っていた中谷さん、真剣なまなざしでドラマ撮影を見ていました。自分の作品がドラマ化されるのってどんな気持ちなんだろうとふと思っていました。



コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加