私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

クララ・ハスキル

2022-02-09 23:17:37 | 日記・エッセイ・コラム

 ある程度年配のクラシック音楽ファンでしたらピアニストのクララ・ハスキル(1895−1960)をご存知でしょう。私はLPの時代から彼女のファンです。昨年またDECCAのCDボックスセット(17枚)を買ってしきりに聴いています。

 コロナ禍の下、老人ホームの個室に独居する私にとってクラシック音楽はかけがえの無い慰めであり喜びです。芸術というものの有り難さをこれほど痛感した日々は今までになかったような気さえします。 しかし終わりの近いことを意識する私は自分には芸術というものがあまりよく分からないまま死ぬのだという一種寂しい思いに駆られることも白状しなければなりません。例えばこうです:かれこれ40年以上も前に、アメリカの古典音楽評論雑誌で、指揮者ケント・ナガノの「私はエンタメ音楽も大好きだが、私にとって、エンタメとアートは別のものだ」といった意味の発言を読み、それが心に染みついてしまいました。履き古した汚い靴を描いたゴッホの絵があります。哲学者ハイデッガーがこの絵を論じた文章を知っている方もおいででしょう。ゴッホの古靴の絵はアートであり、ゴルゴ13の一コマはエンタメです。しかし、エディット・ピアフや美空ひばりの絶唱とシュヴァルツコップの絶唱に差異があるのか、ないのか?今頃になって、私はすっかり分からなくなってしまいました。

 先ほど紹介したクララ・ハスキルのCDセットには有名な音楽評論家Jeremy Siepmannの解説小冊子がついていますが、その中には次のような文章が見えます:

Great piano playing cannot be described. At best it can be evoked. Its greatness is manifested in terms so subtle that words are effectively disabled. Never was this truer than in the case of Clara Haskil, whose subtlety, refinement and apparently infinite control may well have been matched by Mozart and Chopin alone. …..   Of course the Haskil literature is full of the usual, sincere cliches. Words like “magnificent,” “glorious,” “thrilling,” even “ravishing,” “haunting” and “exquisite,” have repeatedly been applied to a plethora of very different pianists. But the vocabulary surroundings Haskil’s art bespeaks something altogether out of the ordinary, even among great pianists: “the perfect Clara Haskil” (Rudolf Serkin); “a saint of the piano” (Joachim Kaiser); “the perfection on earth” (Dinu Lipatti)….the list goes on.

「偉大なピアノ演奏は言葉で言い表すことができない。せいぜい心の中に呼び起こせるだけだ。その偉大さは言葉ではとても効果的にあらわせない繊細さで現れる。このことはクララ・ハスキルの場合に最も真実で、彼女の繊細さ、洗練さ、無限のコントロールは、モーツアルトやショパンだけに匹敵するものであったかもしれない。・・・・勿論、ハスキル文献は、よく見かける真面目な決まり文句で満ちている。「壮大」、「栄光に満ちた」、「スリル一杯の」、さらには、「うっとりさせる」、「忘れられない」、「絶妙な」といった言葉が、異なる資質の数多くのピアニストに繰り返し適用されてきた。しかし、クララ・ハスキルを取りかこむ語彙は、偉大なピアニスト達の中にあっても、全く尋常ではない:「完璧なクララ・ハスキル」(ルドルフ・ゼルキン)、「ピアノの聖人」(ヨアヒム・カイザー)、「この世での完璧」(ディヌ・リパッティ)、・・・数え上げればまだまだ続く。」(訳出終わり)

 つまり、練達の音楽批評家も言葉を失う演奏ということです。ですから、私のような者が言葉で何かをお伝えすることは出来ません。とにかく耳を傾けてお聴き下さい。心に染みる演奏が沢山ありますが、私が、一つだけ、選ぶとすれば、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調K.488でしょう。特に第2楽章アダージョのたった7つの音の連なりはピアノの弾けない私にも鍵盤を打てるようの単純さで、しかも、至高の美しさです。私の好きなピアニストの一人であるメナヘン・プレスラーはこの音の連なりを論じて、「ここに音楽とは何かの全てがある(the essence of music is all about)」とまで言いました。

 

藤永茂(2022年2月9日)


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3 コメント

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クララ・ハスキルと美空ひばり、ちあきなおみと藤圭子。 (睡る葦)
2022-02-11 16:33:20
 藤永先生、クララ・ハスキルをおしえていただいてありがとうございます。先生のひとつひとつの言葉が身に沁みまして、思い立って一文をしたためました。

 感染禍の2020年の冬になる直前に、夜をすごしていた幡ヶ谷のバス停で大林三佐子さんが不意に頭を打撲されて亡くなったのをごく最近知り、生きるというのはなんだろうと、内心ひどくうろたえていたところでした。
 50歳をすぎてようやく真価が認められたクララ・ハスキルがブリュッセル駅のホームから転落して亡くなったのが65歳、捜査一課関係者によれば身なりは綺麗だったという大林さんは64歳、ひとつ違いだったのかと、瞑目いたしました。

 クララ・ハスキルの演奏を紹介なさる先生の言葉のゆるやかで美しいリズムに息を吞みます。ハイデッガーによるゴッホの靴への論及をエンタテインメントに対するアートの対置として言及なさって、美空ひばりの歌唱に至る文脈がたいそうおもしろく、爾来一日アタマにありました独断を書いてみます。

 美空ひばりの歌唱力は天才的であり、ジャズとオペラをわがものとして歌いこなしたと聞きます。天才のおもむくままにそこに踏み込むのは賢明に避け、ひばり演歌という注文された商品性に徹したわけです。歌唱の底に滲む魅力ある通俗性といいますか、憎いまでに巧みな下品さが、美空ひばりの商品性の稀有なみごとさです。
 ちあきなおみと藤圭子は強制される商品性に窒息し、ひとりは歌を捨て、ひとりは自殺に至りました。藤圭子が普段着で歌った美空ひばりの絶唱持ち歌、みだれ髪、がのこっています。藤圭子のみだれ髪はエンタテインメントを突き破って心を引き裂きます。

 長いハイデッガーの論文は手に余り、想像しますに、存在物、存在者としての靴ではなく、靴に存在する存在そのものを提示したのがアートだというような趣旨なのでしょうか。
 エンタテインメントは受け身で受容できる消費商品であり、ハイデッガーの存在者の次元にあり、存在者を存在者たらしめるワールドリィな制約を崩壊させた存在それ自体の提示の苦闘がアートで、たんに渇きを癒やして消費されるのではなく、受け手の中にあらたな存在をつくり出しつづける、と。
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Unknown (Mad Minimum)
2022-03-31 14:44:40
藤圭子全盛時は受験?勉強か 流行り物に流され無い性格で、知らず。定年後TV録画で知るが歌は好きだ。自殺にさてれているが、陰謀論的な暗●かも。娘の歌は流行るが、私には母の歌程の良さを感じない。母のし込みお種はの陰謀論は好きだ。娘が、子宮筋腫?癌で摘出された記事に気付き、藤圭子の一家断絶種からすると陰謀論は正解だろう。私の母は子宮筋腫で摘出された後でもう産めないと泣いた。神経ストレス性胃潰瘍を胃癌と騙され摘出。と私が気が付いたのは、母の食物消化サイクルが狂い、糖尿病になり、治そうとネットにハマり学習したから。的過大少子化政策で、医師が不妊系手術で、裏金給付金だろう。神田正輝が 郷ひろみと松田聖子の婚約解消直後、結婚の理由が、今は亡き 株式系Blogに記載、(HDDにテキスト保存かも?)。神田沙也加の死への分析は、水間条項TVも一部バラしているが、当たりだろう。浜崎あゆみは2回注射直後公演中止をTwitterで漏らした。沙也加も知り、もっと広報しようとして●されたのだろう。キャリー・マリスのような正直者は、生きていたらPCR検査で大儲けでも、バラすので暗●が、新コロ発生の冬の前の夏。【 マレーシア370便行方不明機には著名なエイズ学者多数がエイズ否定を学会発表の前にヤラれた? 】エイズが無いのは、同氏説で確実!。狂犬病等も嘘と、字幕大王Blogにあるが、教育で洗脳は奥が深い。あえてURLは書かないが、検索してみたら。検索エンジンは最低でもDuckDuckGo、ブラウザはOperaも出さない。Braveなら日本帝国の満洲建国は麻薬と暴くのでエンジンでHitしても、参照を妨害だ。最高のか仏製Qwantエンジンは、2020.12中旬から日本禁止だ。VPNで回避は金と知力が不足だがお勧め。
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Unknown (Mad Minimum)
2022-03-31 15:05:49
コメントの記事も良いですよね。@VoiceAlouldアプリで、日本語朗読ファイル化して聴いています。このアプリも宣伝が煩いが、oggファイル48kで低音質ですが朗読用に容量を食い過ぎず適合ですが、URLを読み上げるのが欠点。藤永先生の記事はT2Sアプリで聴いていますが、田中宇の国際ニュース解説のBlogだけが、先頭の記事題名から読み上げる、WEB構成で聴き易く、ブログ名や記事名を聞く場所は、通常のBlog記事は◀で戻るのが、面倒ですが、次の記事に飛び易く、連続再生で聞く場所は、これT2Sです。プロダイバー?が提供する、構造が違うのか?。田中宇の裏読みの当たりも凄いが、アプリ朗読まで考慮も凄い!かと推察。


藤圭子全盛時は受験?勉強か 流行り物に流され無い性格で、知らず。定年後TV録画で知るが歌は好きだ。自殺にさてれているが、陰謀論的な暗●かも。娘の歌は流行るが、私には母の歌程の良さを感じない。母のし込みお種はの陰謀論は好きだ。娘が、子宮筋腫?癌で摘出された記事に気付き、藤圭子の一家断絶種からすると陰謀論は正解だろう。私の母は子宮筋腫で摘出された後でもう産めないと泣いた。神経ストレス性胃潰瘍を胃癌と騙され摘出。と私が気が付いたのは、母の食物消化サイクルが狂い、糖尿病になり、治そうとネットにハマり学習したから。少子化政策で、医師が不妊系手術で、過大な手術点数が裏金だろう。 郷ひろみと松田聖子の婚約解消、神田正輝との結婚の経緯を、今は亡き るいネットにも有った株式系Blogで記載、(HDDにテキスト保存かも?)。神田沙也加の死への分析は、水間条項TVも一部バラしているが、当たりだろう。浜崎あゆみは2回注射直後に公演中止をTwitterで漏らした。沙也加も知り、もっと危険性を広報しようとして●されたのだろう。キャリー・マリスのような正直者は、生きていたらPCR検査で大儲けでも、バラすので暗●が、新コロ発生の冬の前の夏。【 マレーシア370便行方不明機には著名なエイズ学者多数がエイズ否定を学会発表の前にヤラれた? 】エイズが無いのは、同氏説で確実!。狂犬病等も嘘と、字幕大王Blogにあるが、教育で洗脳は奥が深い。あえてURLは書かないが、検索してみたら。検索エンジンは最低でもDuckDuckGo、ブラウザはOperaも出さない。Braveなら日本帝国の満洲建国は麻薬と暴くのでエンジンでHitしても、参照を妨害だ。最高の仏製Qwantエンジンは、2020.12中旬から日本禁止だ。VPNで回避は金と知力が不足だが、お勧め。http://asait.world.coocan.jp/kuiper_belt/KuiperBelt.htm 新聞と嘘(記事の原爆投下正当化は嘘だが) が貴方のPCスマホで開け無いなら、環境を替えるべき。私のOperaはPCではNGだがスマホは開ける。直前の投稿は誤字も有り削除したいが不明にて再度投稿
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