8月31日午後1時から2時40分までNHKのBSスペシャルで「『無法松の一生』(1943年)―その数奇な運命―」という番組が放映されました。稲垣浩監督、伊丹万作脚本、宮川一夫撮影、主演者は阪東妻三郎、園井恵子、その他・・・。映画そのものの長さは80分、後は今回NHKのスタッフによって新しく作られたドキュメンタリーです。
1943年といえば、1945年敗戦の2年前、よくぞこの映画を創ってくれたと、遅まきながら、これらの映画芸術家達に尊敬と感謝の気持ちを表明せずには居れません。この映画が、内務省の厳しい検閲とカットの要求に苛まれながら、ともかくも公開された頃、私はそんなことは何も知らず、学徒として動員され、神戸製鋼という会社の門司工場で一生懸命高射砲砲弾の薬莢を作っていました。宿舎で魚の「はらわた」100パーセントのハンバーグのような物を食わされ、ペコペコの空腹だったとはいえ、その苦さ不味さに辟易したことを今もよく憶えています。そんな時に、稲垣さんたちは、この“人間讃歌”を歌い上げたのです。これは見るものの臓腑に染み渡る反戦の歌です。
映画としても日本映画史上に燦然と輝く名作として一般に讃えられているようで、当然のことです。しかし、私はこのNHKの番組で初めて見ることができました。三船敏郎/高峰秀子出演の1958年のリメークも私の大好きな映画ですが、今回、1943年のオリジナル版で、阪東妻三郎と園井恵子の熱烈なファンになってしまいました。
しかし、それだけではありません。後半のドキュメンタリーを制作した人達も稲垣さんのチームと同一の高い志を持った芸術家たちです。志もメッセージも全く同じです。想を凝らし丁寧綿密に創り上げられています。NHKが置かれている現在の環境を考えると、この仕事は我々の深い感謝に値します。この1時間40分のプログラムを視聴する手段をお持ちの方々は是非ご覧ください。
私は園井恵子という俳優さんにすっかり惚れ込んでしまいました。国書刊行会という出版社から『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』(千和裕之著、2023年)という本が出ています。そのうちに読むつもりです。
藤永茂(2023年9月2日)
「そう単純に舞い上がりなさんな」という諫めのお言葉と承りました。ありがとうございます。 藤永茂