私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

カルロス・クライバー、指揮者

2020-05-10 19:48:21 | 日記・エッセイ・コラム

 カルロス・クライバーというオーケストラ指揮者がいました(1930〜2004)。ご存知ですか? もしも、もしも、ご存知でなければ、家の中で閉じこもりの日々の憂さ晴らしとして飛切りのボーナスがここに待っています。

 前回のブログで、ウェブサイト「マスコミに載らない海外記事」にAndre Vltchek の記事『もはや我々は、好きなものを、見、聞き、読むのを許されていない』が訳出されているのでお読みになるようにと書きました。

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-021dfd.html

ここには「今我々は、とうとう、読書し、映画を見て、音楽を聴くための時間を得た。不本意ながら我々には時間がある。我々は考えて、考えて、考える、たくさんの時間がある。」とあります。 この意味で、今はまさに天与の好機です。

 長寿を授かったおかげで、多くの古典音楽指揮者を知ることができました。その最初はフリッツ・ライナーです。若手の物理学研究者として、1959年から2年間、私はシカゴ大学に滞在しました。その頃の米国は本当に輝いていました。私たちはシカゴ交響楽団のシーズン・チケットを一枚購入して、夫婦交代でシンフォニー・ホールに通いました。その当時の私たちとしては、二枚買って一緒に楽しむのは贅沢に過ぎることでした。当時のシカゴ交響楽団は専任指揮者ライナーの下でその黄金期を迎えていました。リハーサルでのライナーの楽団員の鍛え方はとても厳しいものであったようですが、本番の演奏での指揮ぶりは優雅でしかも切れ味鋭い感じのものでした。招待指揮者の中で印象に残っているのはピエール・モントーで、当時80歳の老軀で指揮台に立ち、ほんのわずかな手の動きで音楽を聞かせてくれました。古典音楽のファンでしたら、フルトベングラー、カラヤン、小澤征爾などなどの指揮ぶりをよくご存知でしょうし、また、カルロス・クライバーのまるで舞踏家のような指揮ぶりも先刻ご承知のことでしょう。しかし、私はそうではありませんでした。ほんの数ヶ月前まで知らなかったのです。

 私が初めてカルロス・クライバーの指揮ぶりを目にしたのは、歌劇『カルメン』のDVDでした。それはMAGIC MOMENTS OF OPERA という箱物のセットで有名オペラ10編が入っていて7千円という安値に惹かれて購入しました。一番に視聴したのがカルメンで、プラシド・ドミンゴがドン・ホセの役、1978年の録画です。テレビ放映を考慮して制作されたようで、オーケストラピットの指揮者の様子も通常のオペラのDVDより多く撮影されていますが、やはり舞台の映像が主ですから、カルロス・クライバーの指揮ぶりを満喫できるわけではありませんでした。しかし初見の私にも、そこには単に派手な身振りを超える何物かがあることを感知できました。クライバー指揮の音楽をもっと聞きたいと思い、ドイツ・グラモフォンの彼のセットを購入して、ベートーベンの第5から聴き始めて、その音楽にすっかり感心して、その指揮ぶりの動画を見たいと思い、YouTube で探して見ると、第5は音しかありませんでしたが、カルロス・クライバーの指揮ぶりを満喫できる動画がいくつもアップされていましたので、その中から一つだけ選んで紹介します:

https://www.youtube.com/watch?v=Ta8Tqjn7Suo&list=RDTa8Tqjn7Suo&start_radio=1&t=0

言葉はドイツ語ですが、英語のサブタイトルがついています。読みにくいので、一時停止して読むといいでしょう。とにかく、語られていることが十分わからなくても、ぜひ映画の終わりまで視聴し通してください。

 最後に、カルロス・クライバーとはあまり関係のない付け足しを致します。20世紀最高の指揮者とも呼ばれることのあるWilhelm Furtwängler (1886-1954) に Gespräche Uber Musik (英訳書Concerning Music )という本があります。私のような素人が読んでも大変面白い本ですが、つい先ほど、また読み返していると、先日(2020年2月8日)このブログで『植物人間』を書いた私にとって、とても嬉しい言葉が見つかりましたので、以下に引用しておきます:「バッハとベートーベンを比べるのは、樫の木とライオン、動物の命と植物の命を比べるようなものだ。( To compare Bach with Beethoven is like comparing an oak tree with a lion, animal life with the life of a plant.)」

藤永茂(2020年5月10日)