ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

繋がる幸せ

2018年11月16日 | 通信-その他・雑感

 畑仕事を辞めてから家にいる時間が増えた。手放した畑の手伝いへたまに行く、親戚の庭掃除をする、図書館へ行く、買い物へ行くなどの他はほとんどヤーグマイ(家籠り)となっていて、睡眠が約8時間、炊事と食事が約3時間(その内晩酌が2時間)、掃除洗濯に(毎日では無いので平均して)1時間、その他トイレ風呂などが1時間、畑や図書館、買い物で外出しているのを1日平均して3時間ほどとして、残りは8時間。
 8時間何しているかというと、散歩と庭掃除、ストレッチや筋トレに2時間ほどを使って、残りの6時間は概ねパソコン。しかし、老いた私の肉体はパソコン作業を2時間もやっていると目が疲れ、肩凝りがし、頭痛もし、腰も痛くなるので運動や散歩や庭掃除をその合間合間に入れている。若い頃のように長時間パソコンはできなくなっている。
 日常のパソコン作業のほとんどは、エクセルやワード、メモ帳、画像編集ソフトを使った作業で、インターネットを使用することはほとんど無い。ネットと繋がないのでウィルスに感染する不安はない。なので、パソコンがセキュリティーのしっかりしている最新のものでなくても良い。ということで長くウィンドウズ7を使っていた。
 長く働いてくれたそのウィンドウズ7ノートパソコンが2018年10月25日の夜、ついにお陀仏となった、あれこれ手当を試みたが翌日には諦める。アーメン。

 平和運動家で薬草研究家でもある知人のHさんに、5ヶ月ほど前(6月終わり頃)に頼まれた薬草表作り、頼まれた分は既にできていたが、さらに良いものと思ってさらに詳しく、見易い薬草表作りに取り掛かっていた。そのパソコンがお陀仏、データの概ねはUSBメモリーに入れていたが、写真の一部はパソコンハードの中、「あちゃ、データが消えたか、完成までもうすぐだったのに」と思い、「もうだいぶ待たせているからなぁ、できた分でも持っていくか」となり、パソコンお陀仏の日から4日後、Hさんに電話。
 「明日なら朝から公民館にいるよ、老人会と子供会の交流会がある」とのこと。で、翌日、薬草表をプリントアウトしたものを持って公民館へ行く。
     

 公民館へ着いたのは午前11時頃、室内には数人の職員と、数人のご老人方と、たくさんの子供たちがいて、ワイワイと賑やかに何かやっていた。玄関から職員の1人に声を掛け、「Hさんに用があるのですが」というと、職員は子供たちの中に埋もれているHさんに取り次いでくれ、Hさんは立ち上がって私を見て手を振った。
 Hさんは穏やかな人である。いつもニコニコしている。が、その時のHさんは破顔であった。そんな幸せそうなHさんの顔を見たのは初めてだった。まぁ、私と会って話をしていても心の底からの幸せを感じることは無く、破顔することも無いであろうが。それはともかく、幸せそうな顔のHさんを見て、なんだかこっちまで心が温かくなった。
 「そうか、こういう老後の幸せがあるか」と気付く。Hさんは1人暮らし、結婚しなかったか、子供ができなかったか、奥さんとは別れたのか知らないが、Hさんから女房子供の話は聞いたことがない。仕事しながら平和運動家として頑張ってこられたのだろう。
 などと思いながら「あーそうか、独りの人だってこういう繋がりを持てるんだ」と、幸せそうなHさんの笑顔を見て、同じく独居老人となる私の将来にも灯が見えてきた。ただそのためには、Hさんのようにニコニコ爺さんにならなければならない。なれるか?
     

 記:2018.11.16 島乃ガジ丸


ドゥーチュイムニー181115

2018年11月15日 | ドゥーチュイ18

 種が弾け 勝手に増える 野生の可憐な花
 
 ハゼラン


野山の食い物2葉菜・根菜

2018年11月14日 | あいさつ

 去年の今頃(11月)から腰痛が酷くなって、農夫であることを諦めると共に「俺は健康だ」というこれまでの自信が失われ、あれこれ健康不安を感じ始めた。その後しばらくはその不安感に押されていた。ただ、「酒に溺れてはならぬ、タバコに頼ってはならぬ」と思い、酒量もタバコの量もこれまでより減らした。それまで週1だった休肝日が今年5月から週2となり、6月から3日に1回となり、それがずっと守られている。タバコの量も減った。今年は概ね1日4~5本というのが長く続いている。
 これまでよりも食べ物にも気を使い、薬草と言われているものを摂るようにし、畑を辞めた今、自作の自然栽培野菜は食えなくなったが、なるべく、化学製品を体内に入れないようにはしている。自然食、ということで野山の食物についても勉強している。

 「野山の食物を勉強している」についてはまた、別の理由もある。今年(2018年)は、大きな台風があり、猛暑があり、大雨があり、地震もあった。今後、地球規模の大災害があり、食料が手に入りにくくなった時のためでもある。
 ということで、野山の食い物その2は、野山で手に入る食い物の内、生食できる葉菜・根菜・・・と思ったが、生食できる葉菜・根菜はごく少ないのでさっと火を通せば食えるものも含める。そうすると今度は、数が多過ぎるので、ここでは私でも識別できる、目に付きやすいものを選んで紹介したい。

 先ずは生食できるものから、
アキノノゲシ、ハルノノゲシは若い根や葉を生食できる。
ノビル 青ネギのように食する。
ダイジョ ヤマイモの仲間で塊根は生食できる。
タマシダ 根に貯水球があり、それを洗って噛むと甘い汁が出る。それが飲用。
ハマダイコン 若苗を根ごと塩漬けにして食する。
ハマボウフウ 若い葉はサラダで食せる。
オオバポンテンカ、リュウキュウトロロアオイ、コマツヨイグサの花はサラダで食せる。
     
     
     
     

 次に茹でて食えるもの、ちなみに、天ぷらにして食えるものはもっとずっと多い。
 オオタニワタリ、シマオオタニワタリは一年中食用となる。芽先が巻いている新芽を塩ゆでしドレッシングで。
 ワラビ 若芽をアク抜きして食用。
 ヒリュウシダ 若芽と柔らかい葉先が食用。
 その他、オモダカ、ツユクサ、シマツユクサ、アキノワスレグサ、イヌホオズキ、ツルソバ、ベニバナボロギク、ホソバワダン、タンポポは葉を茹でて、
 ナンゴククサスギカズラ、オカヒジキ、タイワンクズ、ソクズは若芽を茹でて、
 ツルナ、スベリヒユは若い茎葉を茹でて、
 リュウキュウヨモギ、アワユキセンダングサは新芽を茹でて、
 シマアザミは若い根を茹でて、
 キクイモは塊茎を煮物にして、
     
     
     
     
     

 なお、タンポポはその根が薬となり、コーヒーの代用となり、酒にもなる。また、前回書き忘れたが、モンステラの果実は完熟すると生食でき美味とのこと。
     

 かように野山に食い物は多くある。季節によって採取できないものもあるが、亜熱帯気候の沖縄であればまあまあの量が採れる。火を熾さなければならない、水を得なければならないというハードルもあるが、それが何とかなれば1人なら生きていける。
 そうやって生きている間に大地を耕し、芋(サツマイモ)の葉を挿しておく。野山の食物で4ヶ月生き延びることができれば、芋は長雨や干ばつに強く、台風にも負けない。芋が順調に育てば、4ヶ月で芋はでき、その後も生きていけることになる、はず。

 記:2018.11.7 ガジ丸 →沖縄の飲食目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『野生植物食用図鑑』橋本郁三著、株式会社南方新社発行
 『食べる野草と薬草』川原勝征著、株式会社南方新社発行


キソケイ

2018年11月12日 | 草木:低木

 前回アップしたオオシロソケイ、その記事を書いている時に「そういえばキソケイの写真も撮ってあった」と思い出す。キソケイは、写真の日付を見ると2005年5月となっていて、「愛知万博の旅」へ出掛けた際、その会場で撮ったものと思われる。そこで、キソケイという植物があることを知ったが、その後13年以上経った現在まで、沖縄でキソケイを見たことがない、あるいは、ガサツな私はその存在に気付いていない。
 キソケイが沖縄にもあるのかどうか参考文献をいくつも調べてみたが、沖縄の植物を紹介している文献8冊の内、1冊だけ『沖縄園芸百科』に記載があった。「庭木によく植えられています」とある。沖縄にも庭木としてあるようだが、1冊だけにしか掲載がないということは、おそらく、そうメジャーではないといことなのだろう。

 沖縄でも育っているジャスミンの仲間は前回のオオシロソケイの他、マツリカ、オウバイモドキ、ホシソケイ、ハゴロモジャスミンなどがあるが、この内沖縄でもっとも有名なのはマツリカ。マツリカといっても「知らない」というウチナーンチュは多いかもしれない。しかし、マツリカは茉莉花と漢字表記し、この字はよく見かける。沖縄ではメジャーな清涼飲料水のラベルに書かれていたりする。その清涼飲料水とはサンピンチャ。
 沖縄ではサンピンチャと一般に呼ばれているお茶、最近はお洒落にジャスミンティーなどと名乗って缶入りやペットボトル入りとなって店頭に並んでいるが、ウチナーンチュにとってはサンピンチャ、私も子供の頃からその名で親しんでいる。

 サンピンチャの材料は緑茶とジャスミン(マツリカ)の花、今回紹介するキソケイもジャスミンの仲間で、花には同じく芳香があるとのこと。であるが、キソケイがサンピンチャの材料になるとは聞かない。やはり、キソケイは植物そのものが沖縄ではメジャーでは無いのかもしれない。マツリカは沖縄でメジャー、よく見かける植物。

 
 キソケイ(黄素馨):生垣・添景
 モクセイ科の常緑低木 ヒマラヤ原産 方言名:不詳
 名前の由来、ソケイは広辞苑に素馨と漢字表記があり「モクセイ科の常緑小低木。ジャスミンの一種」のこと。ジャスミン属のことを和語ではソケイ属と言う。「本種はソケイの近縁種。ソケイが白花であるのに対し黄花であることからキソケイ(黄素馨)という名前。素馨なんて難しい字には何か意味がありそうだが、それは不明。
 高さは2~3mほどに留まり、民家の庭に使い良い。葉は奇数羽状複葉につき、革質で光沢がある。花は鮮黄色で、枝の先端に数個ずつ付き、モクセイ科ジャスミン属は概ね花に芳香があるが、本種の花にも芳香がある。開花期は5~7月。
 ちなみに学名は、
 キソケイ Jasminum humile
 オオシロソケイ Jasminum nitidum
 マツリカ Jasminum sambac
 ソケイ Jasminum grandiflorum

 記:島乃ガジ丸 2018.11.11 →沖縄の草木目次

 参考文献
 『新緑化樹木のしおり』(社)沖縄県造園建設業協会編著、同協会発行
 『沖縄の都市緑化植物図鑑』(財)海洋博覧会記念公園管理財団編集、同財団発行
 『沖縄園芸百科』株式会社新報出版企画・編集・発行
 『沖縄植物野外活用図鑑』池原直樹著、新星図書出版発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄園芸植物大図鑑』白井祥平著、沖縄教育出版(株)発行
 『親子で見る身近な植物図鑑』いじゅの会著、(株)沖縄出版発行
 『野外ハンドブック樹木』富成忠夫著、株式会社山と渓谷社発行
 『植物和名の語源』深津正著、(株)八坂書房発行
 『寺崎日本植物図譜』奥山春季編、(株)平凡社発行
 『琉球弧野山の花』片野田逸郎著、(株)南方新社発行
 『原色観葉植物写真集』(社)日本インドア・ガーデン協会編、誠文堂新光社発行
 『名前といわれ野の草花図鑑』杉村昇著、偕成社発行
 『亜熱帯沖縄の花』アクアコーラル企画編集部編集、屋比久壮実発行
 『沖縄四季の花木』沖縄生物教育研究会著、沖縄タイムス社発行
 『沖縄の野山を楽しむ植物の本』屋比久壮実著、発行
 『海岸植物の本』アクアコーラル企画発行
 『花の園芸大百科』株式会社主婦と生活社発行
 『新しい植木事典』三上常夫・若林芳樹共著 成美堂出版発行
 『花合わせ実用図鑑』株式会社六耀社発行
 『日本の帰化植物』株式会社平凡社発行
 『花と木の名前1200がよくわかる図鑑』株式会社主婦と生活社発行
 『熱帯植物散策』小林英治著、東京書籍発行
 『花卉園芸大百科』社団法人農山漁村文化協会発行
 『ニッポンの野菜』丹野清志著、株式会社玄光社発行
 『藤田智の野菜づくり大全』藤田智監修、NHK出版編
 『やんばる樹木観察図鑑』與那原正勝著、ぱる3企画発行
 『熱帯の果実』小島裕著、新星図書出版発行
 『熱帯花木と観葉植物図鑑』(社)日本インドアグリーン協会編、株式会社誠久堂発行
 『ハーブを楽しむ本』川口昌栄編集、株式会社集英社発行
 『沖縄やんばるフィールド図鑑』 湊和雄著 実業之日本社発行
 『つる植物』沖縄都市環境研究会著 (有)沖縄出版発行
 『熱帯アジアの花』ウィリアム・ウォーレン著、チャールズ・イー・タトル出版発行
 『講談社園芸大百科事典』野間省一編集、講談社発行
 『沖縄の薬草百科』多和田真淳・大田文子著、那覇出版社発行
 『ネイチャーガイド琉球の樹木』大川智史、林将之著、株式会社文一総合出版 



暴力の無い近所付き合い

2018年11月09日 | 通信-政治・経済

 御近所同士でいがみ合ったりケンカしたりしたという経験が私には無い。私の両親も祖父母も近所付き合いは良好であった。父母や祖父母が近所の誰かと言い争いなどしているのを私は見たこと聞いたことがない。諍いの種はあったかもしれない。ただ、何かあったとしても互いに丸く収める努力をしていたのだと、今から思えば思う。
 「御近所同士でいがみ合ったりケンカしたりしたという経験が私には無い」のは、近所の誰かに嫌な思いをさせられたという経験が無かったからなのかもしれない。しかし、言いたい放題、好き勝手に生きてきた私なので、隣近所の誰かに嫌な思いをさせたことはあったかもしれない。自分自身ではそれに気付いていないかも、と今から思えば思う。

 相手に嫌な思いをさせないのが第一だが、そうするつもりはなくてたまたまそうなってしまった場合は誠意をもって謝る。そうやって互いに信頼関係を築いていけば、多少のことは「お互いさま」ということで、争いの種は芽が出ることなく消えていくはず。
 ところが、最初から互いに利害がぶつかって、その上、互いに信頼関係は無いということであれば、何かちょっとしたムッとするきっかけがあると喧嘩となる。隣同士だからこそ嫌な部分が目に付くなんていうこともあるだろう。嫌な奴だと普段思っていたら、ちょっとしたこと、例えばテレビの音が煩いというだけで喧嘩になるかもしれない。
 近い関係だからケンカするというのは夫婦喧嘩、親子喧嘩、兄弟喧嘩、嫁姑のいがみ合いなどをテレビドラマなどでよく目にしていたし、私も家を出るまでは親子喧嘩は時々やっていた。毎日一緒にいるから互いの感性の合わない部分でぶつかり合うし、近い関係だからこそ互いに遠慮無く感情をぶつけ合って喧嘩になる、のだと思われる。

 私は喧嘩が嫌いである、言い争うことも嫌いである。なので、家を出て1人暮らしをするようになってからは親と喧嘩することはなかった。実家へ行って親と話をして嫌なムードになったら「もう帰るよ」と言って終わっていた。今から思えば「関わることを避けていたんだなぁ、淋しい思いをさせたかなぁ」と反省する。「言い争うことが嫌い」なのは単に面倒臭いだけのこと。人のために心を使うのをケチっているだけのこと。
 かように、喧嘩も悪いことばかりでは無いと、今から思えば思う。喧嘩することで互いに理解を深め、人としての関わりを深めるのかもしれない。互いに理解を深め、関わりを深めれば、多少のいざこざは「この程度はいいじゃないか、お互いさま」となるのかもしれない。その逆に、互いに理解が無ければちょっとしたことでも大喧嘩に発展するのかもしれない。大喧嘩は暴力になるかもしれない。それが国同士だとどうなる?
     
 国同士の暴力だと、それは戦争ということになる。それは「オシマイ」、やってはいけないこと。なので、暴力の喧嘩になる前に口喧嘩で解決しなければならない。相手を侮蔑するようなことを言うと後に禍根を残すので、そこは互いに大人の対応をし、多少の我慢をし、多少の譲歩をし、そしてその後、多くの平和を得ることができたらいい。
 周りは敵ばかり、いつ襲われるか分からないと思えば武器は必要、時には好まぬ戦争もしなきゃならないかもしれない。しかし、周りは信頼できる友人ばかりであれば、武器も不要。戦争の心配もない。隣近所の国々とそんな関係になれたらいいなぁと望む。
     
 記:2018.11.9 島乃ガジ丸