ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

千里の道も諦めず

2016年12月23日 | 通信-その他・雑感

 新居での生活を楽しくするための備品作りがなお続いている。先週通い続けたホームセンターへ今回も金曜、月曜、昨日木曜と通って、何とかかんとか材料は揃った。
 完成には時間がかかるであろうと予想された濡れ縁であったが、先週土曜日、「何て、俺は頭良いんだろう」と自画自賛するような閃きがあった。
 前の前の住まいである首里石嶺のアパートに住み始めた頃だから、もう25年ほど前に自分で作った木製のベッド、床部はスノコ状になっていて風通しが良いもの、スノコの上に布団を敷く形式。宜野湾市我如古に移ってからもしばらくは使っていたが、ある日ベッドを移動するとベッド傍の壁にカビが生えていた。据え置き型ではそうなるのだと判断して、2015年3月、ベッドを折り畳みベッドに代える。折り畳みベッドは実家にあったもので、いつか役に立つかもと畑の物置に保管していたもの。
 部屋では不要となった自作の木製ベッドはどうしたかというと、畑に持って行き、小屋前のデッキとして使用することにした。その上に物入れ棚、作業台などを置いたのでスペースがなくなりデッキとはならなかったが、小屋の前に何とか収まった。
     

 さて、自画自賛する閃きとは、「このデッキをそのまま新居の濡れ縁として使おうぜ」という閃き。そう閃いたのは先週の土曜日。もっと早く閃いていれば、濡れ縁の設計にあれこれ悩んで何時間も費やした時間や、濡れ縁の材料確認に何どもホームセンターへ通った時間などを無駄にせずに済んだのだが、その辺りが弱小脳味噌たる所以。
 今週日曜日から「元ベッド現在デッキを濡れ縁に変身させる計画」を決行した。元ベッド現在デッキを濡れ縁に変身させるにはいくつかのリフォームを必要とする。
 元ベッド現在デッキの床板はスノコ状となっているが、スノコの板と板の間の隙間が濡れ縁にするには広すぎる、床板を全部取り外して、隙間を狭くした形で新たに取り付けし直さなければならない。また、元ベッド現在デッキは、ベッドだった頃の脚は木箱で、デッキとして使っていた脚はコンクリートブロックである。濡れ縁とするからには脚も木材で、新たに作らねばならない。塗装も外部用にしなければならない。何も無いところから作るよりは楽であるが、それでも、まあまあ手間暇のかかる作業だと想像できた。
 12月19日(月曜日)に足りない材料をいつものホームセンターで買い、「元ベッド現在デッキを濡れ縁に変身させる作業」を始めて、翌火曜日にはスノコ部分が完成、水曜日には木製の脚もでき、木曜日には組み立て完成。後は現場設置するのみとなった。
     

 12月17日には既に衝立(大)、衝立(小)が完成している。衝立は、新居の入居条件が厳しく、壁には画鋲の穴も空けてはいけないと言われているので、壁掛け時計やカレンダー、絵などを飾るための壁となるもの。まあまあ上手くできた。
 その他、細々としたものいくつかもできている。後は上記の濡れ縁の設置と食器乾燥機置き台作り。完成には時間がかかるであろうと予想された食器乾燥機置き台、それも既に躯体部分の材料は塗装まで終えている。後はそれを組立て、棚板、天板の材料を買って、それを加工し、組み立てた躯体に設置するだけ、1日あれば済む作業。
 「お前はバカか!」などと自分自身に文句を言いつつも、何とかかんとか新居生活を幸せに暮らす計画は前に進んでいる。千里の道も諦めなければ終着するようである。
     

 記:2016.12.23 島乃ガジ丸


古いパソコンみたいな

2016年12月16日 | 通信-その他・雑感

 先週のガジ丸通信『楽しい生活のための疲労』の続き。詳しくは今週の別記事『チルダイする日々』に書いているが、最近の私はミスが多い。疲労が過労になって、脳味噌が正常に働かなくなっているのではないかと疑い、いやいや、元々性能の悪い脳味噌なんだと疑い、「まるで性能の低い昔のパソコンみたいだ」と思って、今週はそんな話。

 新居のあれこれの備品作りのため、その材料を買いに西原町にある有名なホームセンターへ行ったのは先週月曜日から。先週も書いたように作業は火曜日から始める。しかし、買い忘れがあり、間違ったものを買ったりなどして、そのホームセンターへは、先週月曜日以来今週水曜日まで毎日通っている。1日に2度も行った日もある。
 不足材料はいくつもあるので、昨日も行きたかったのだが、自分の低性能の脳味噌に呆れ果て、よーーーく考えてからにしようと昨日はホームセンター通いを休んだ。
 ホームセンター通いについては『チルダイする日々』に書いているので、この頁では私の脳味噌がいかに低性能であるかという別の証拠を2、3述べる。

 金曜日、ガジ丸ブログアップのため従姉の夫の事務所へ行く。ところが、ガジ丸の記事や写真データを収めた肝心のUSBメモリーを家に忘れる。取りに帰る。混んでいる時間帯を避けて7時には家を出たのに、取りに帰る頃は渋滞が始まっていた。回り道をするがそこも混んでいた。結局、従姉の夫の事務所と家の往復に1時間もかかってしまった。
 ガジ丸ブログをアップした後、いつものホームセンターへ行き、昨日間違って買ってしまった材料の正しい方を買い、畑へ行って、その材料を加工し、畑作業も少しやって家に帰る。物干し設備作りなどやって、夕方からはその他、濡れ縁や食器乾燥機台などの、新居を楽しく暮らすための設備の設計図書きを始めようとしたら、何と、設計図データも入っているUSBメモリーを今度は従姉の夫の事務所に忘れていることに気付く。

 物干し設備作りなどは、その設置に関しては現場仕事だ。現場とは私の新居。新居には道具があまりない。大工道具などは畑小屋に置いてある。小屋からその日使う予定の道具を家に持って行き、それで作業する。その必要な道具を忘れることがたびたびある。新居から畑は車で2~3分なので、その往復にかかる時間とガソリンは大した無駄ではないのだが、たびたびあるので、自分の脳味噌のバカさ加減に呆れてしまう。
 ハンマーなどの大きな道具では起きないが、ドライバーや小さなスパナ、メジャーなどの道具、備品に必要なジョイントなどの部品などでは頻繁に起きることがある。
 「ん?さっき使っていたメジャーはどこだ?」などといったこと。5~10分ほどあちこち探し回って、結局、足元に転がっていたなんてことが何度もあった。
 「お前の眼は節穴か?それとも、お前の脳味噌がバカなのか?」と自問する。
     
     

 新居の備品作りで頭が忙しくて毎日の日記も記入し忘れる。先週木曜日から日曜日までの欄が空白であった。日記もつけ忘れるのは、私の脳味噌が老化していることもあるが、元より、私の脳味噌が古いパソコンの、OSがウィンドウズ98とかME程度なのであろう。なので、あんまり忙しく煩雑になると脳味噌がフリーズするのだと思われる。 

 記:2016.12.16 島乃ガジ丸


楽しい生活のための疲労

2016年12月09日 | 通信-その他・雑感

 旧居で使っていた流しの傍の食器乾燥機などを置いていた棚が、新居の流しの傍には十分なスペースがなくて置けない。もっとコンパクトな棚を作らなければならない。
 旧居で使っていた流し上の水切り棚が、新居の流しに十分なスペースがなくて設置できない。もっとコンパクトな水切り棚を買わなければならない。また、新居にはオーブントースターを置くスペースも無い。これも自作しなければならないようだ。
 引っ越してから5日目の12月5日、洗濯物が溜まっていたので洗濯をする。新居での初洗濯。雨の日が多く、室内干しする設備もないのでしばらく洗濯ができなかったのだ。しょうがないので、室内用物干しの器具を購入する。無駄な出費となった。
 また、旧居のベランダには物干し竿を置くための設備があったが、新居には私がこれまで見たことのない、壁に設置された折り畳み式の小さなものしかない。それは私にとって使い辛いので、普通のよく見る物干しを別途設置することにした。で、親戚の家から不要となったポール付き物干し台を貰って来た。ところが、それは随分古い物のようで錆ついているし、物干し竿を置くための部品が1部壊れていてすぐには使えない。
     

 ということで、私が私好みの生活を送るためには、食器乾燥機台を作る、オーブントースター台を作る、物干し設備を作る、などの住宅設備作成作業が発生した。これらの作業はできるだけ急ぎたいのだが、引っ越して6日目(火曜日)から始めた。
 それぞれ設計図を書く。食器乾燥機台はあれこれ悩んだが木材で作ることにし、これは時間がかかりそうなので後回し。オーブントースター台は簡単なのだが、それより先に物干しが急ぎだと思い、物干し設備を先に始めた。であるが、これは面倒。
 貰った物干し台に挿し込まれている柱のパイプは鉄製、片方に2本ずつ挿されており、背の高い方は錆が酷く、一部破損しているので引き抜いて処分。そこに別のパイプ、鉄で無くても良い、アルミとかステンレスのパイプを挿し込もうとホームセンターへ買いに行く。ところが、同じ太さのパイプが無い。しょうがないので、農家のハウスで使う細い鉄パイプを使うことにした。穴の大きさに足りないが何とか工夫しようと取りかかる。

 ホームセンターであれこれ部材を買い、試すが上手くいかない。腹立ったのでオーブントースター台から先に作る。これは一昨日に材料を準備し、昨日1日で完成する。
     
 オーブントースター台作りと並行して物干し設備もその後あれこれ考えていた。昨日良いアイデアが浮かんで設計も概ねできて、材料を買いに行って作成に取りかかる。「よっしゃ、これで物干し設備も今日で完成だ、セメントが乾いた明日から使えるぞ」と作業をしながら私はニヤニヤしていた。ところが、そのニヤニヤはすぐに消えた。
 それ用の材料があるわけではない。別用の材料を工夫して自作の物干し設備とする。鉄製の部材を加工するので時間がかかる。カナノコ使ったり、ヤスリ使ったりだ。そうやって時間をかけて完成した部材の1つが、寸法違いのものであった。これでは全く使い物にならない。セメントも流し込んで物干し台の完成は目の前だったのに、だ。
 片方の物干し台はほぼできていたのだが、寸法違いの部材のもう片方は初めからやり直しとなる、だけでは無い、流し込んだセメントを取り出すという余計な作業もある。どっと疲れが出る。只でさえ、引っ越し作業で疲れているのにだ。血圧も上がっている。
     

 記:2016.12.9 島乃ガジ丸


いつか動けなくなる日

2016年12月02日 | 通信-社会・生活

 11月19日、久々の雨、午前中、断続的にサラサラと雨が降った。で、引っ越し準備の荷物整理をし、雨が上がった11時頃から畑仕事、雨量はお湿り程度で、程良く畑の土は濡れている。程良くというのは耕しやすい程良さ、沖縄の土は粘土質なので、土がたっぷり濡れているとベタベタし、カラカラに乾いていると石のように硬くなっていずれも耕しにくい。カラカラに乾いていた前日までに比べこの日の作業は楽であった。
 前日までに比べ作業は楽であったにも係わらず、この日、いつもより2時間も早い2時半に私は畑を切り上げた。特に用があったわけではない。畑作業中、「旦那、これ以上やるとアッシは死にますぜ」と私の腰が呟いたからだ。腰が痛い。
 腰の痛みは続いて、翌日曜日も同じく2時半まで、月曜日は久々の大雨となり、畑仕事は朝から休み、その後も雨の日が多く、今週もまた日曜月曜と雨で畑仕事を休んだ。重い荷物を多く運ばなければならない引っ越し前に良い腰休めとなった。
     
     

 熟年離婚は女性の方から申し出ることが多いらしい。それは何故か?と、友人の熟年K子に訊くと、「亭主が働いている内はいいけど、彼が定年になったら一日中家にいるから一日中面倒を見ないといけないでしょ、可愛い子供でさえ夏休みとかで一日家にいると面倒だと思うのに、古亭主の面倒を見るなんてできればやりたくないさ」とのこと。そう言う彼女は古亭主の面倒を良く見ている。口は豪快だが、根は優しい女である。
 「熟年離婚は女性の方から申し出る」はしかし、妻が家事を担当するのが当たり前であった我々世代以前の話であって、家事を分担するのが当たり前となっている世代ではもしかしたら、熟年になって離婚を言い出すのは男の方が多くなるかもしれない。
 「もう嫌だ、妻の指図で動くのはもーーー嫌だ!俺は俺の好きなように料理をし、好きなものを食い、俺の好きなように掃除がしたいのだ!」となるかもしれない。
 「今の社会では、結婚は男にとって不利」みたいなことを先週のガジ丸通信『マリッジブルーみたいな』にも書いたが、今の適齢期の男は結婚願望が薄かろうと思う。

 しかし、結婚とは何ぞやと考えた時。「結婚は男にとって不利」は「いや、違うかも、長い目で見ればどっちが有利で、どっちが不利か判らんぞ」と私は考え直した。何故人は結婚するのかを考えると、「結婚とは家庭を築くこと」というだけでなく、「人が生きていく上ではパートナーというものが必要」なのではないかと思ったのである。
 いや、じつは、「どっちが有利か不利か」を真面目に考えたのではなくて、「腰が痛くなって、動けなくなったら1人では生きていけないぞ」と弱気になっただけ。
 胸が苦しい、心筋梗塞だ、助けを呼ぼうにも電話に手を伸ばすこともできないくらい苦しい。「あー、俺はこのまま死んでいくな、今、七輪で焼いているサバの塩焼きを食ってから死にたかったな、大事に取ってあった泡盛の上等クース(古酒)を最後に一杯飲みたかったな、パソコンのハードディスクに残っているH映像を消去しておくんだったな」などなどと、私はたくさんの後悔をしながら死んでいくことになるはず、たぶん。
 しかし、傍に誰かいればそういったことを頼める。サバの塩焼きはほんの少し舌の上に乗せるだけでいい、泡盛の上等クースは末期の水にしてくれたらいい、H映像についてはどうでもいい。パートナーにはきっと、普段からホントの自分を見せているはずだ。
     

 記:2016.12.2 島乃ガジ丸


老いてなお上を目指す人

2016年12月02日 | 通信-その他・雑感

 今週は私にとって引っ越しという大イベントもあったのだが、それを後回しにしなければならない別の事件があった。事件と言うと大げさだが、それは何と二日酔い。
 喜びも悲しみも腹六分を信条としている私はあまり深酒をしない。一人で家飲みする時は概ね7時から9時までの間に発泡酒1缶に泡盛の薄い水割り3~4杯を飲んで終わる。それくらいだとほろ酔いとなって、気持ち良く眠りに着く。友人達と外飲みする場合もさほどは飲まず、7時頃から飲んだとして遅くとも10時頃には帰るようにしている。
 であったが、今週日曜日は、6時過ぎから飲み始め、2人でビール大瓶4本、発泡酒1缶を飲んで、泡盛4合瓶をほぼ空にした。相手は旧アパートの大家のNさん。
 Nさんを誘ったのは私の方、「今月一杯でアパートを出るので別れの盃(さかずき)でもいかが?」と誘った。私としては1人あたりビールの2~3缶でも飲みながら1時間程度のユンタク(おしゃべり)で済む予定だった。が、Nさんは「私が瓶ビールと刺身を準備するから、あなたは泡盛と水とその他の肴を準備してくれ」と言い、当日、6時過ぎにやってきて1時過ぎまでいた。Nさんは団塊の世代より少し下という年齢だが、団塊の世代に多いと思われる「飲む時はとことん飲むぜ」性格のようであった。

 大きなクーラーボックスを担いできたNさん、6時過ぎから1時過ぎまでの約7時間、大いに飲んだ。飲むペースも速かった。ビール4本の内3本はNさんの腹の中、ビールを飲み干すと泡盛の栓を開け、これも大いに飲んだ。最初「2合瓶で足りるはず」と思っていたが、「残ったら新居に持って行き、後日飲めばいいさ」と4合瓶を買っておいて良かったのだ。Nさんはまた大いに食った。「おにぎりも用意してくれ」と言っていた通り、飲んでも食事をするタイプ(私は飲む時ご飯類は食べない)のようであった。
 Nさんはそして、大いに語った。これまでの自慢とこれからの夢を多く語った。自慢の内、高校生の頃に始めたというクラシックギターは、飲んでいる最中に私のギターを見つけ、手に取り実演して見せてくれた。その腕前は確かに自慢するだけのことはあった。私など足元にも及ばない腕。Nさんはサンシンも上手で、弟子も1人いるとのこと。
     
     

 Nさんは公務員を永く努め、結婚し、子供2人をもうけ、広い土地を買い、家を建て、家の隣には収入源となるアパートも建て、定年後に畑地を購入し、農夫としても一時活躍し、大きな車を、自分用、奥さん用、畑仕事用の3台も持ち、子供2人を一人前の立派な社会人に育て上げ、常に髪を整え、小ざっぱりした格好のダンディーなオジサン。
 それに比べ私は、零細企業に努め、結婚もできず子供もできず、親の残した家土地を手放し、会社をリストラされて、農地を借りて、農夫としても収入を得ることができず、安い車を1台持ち、常に髪はバサバサで、みすぼらしい格好をした只のオジサン。
 そういった見た目とか財産とかだけでなく、Nさんは来年か再来年には高齢者と呼ばれる年齢であるのに、これから先はこんなことがしたいあんなことがしたいと、これからの夢も大いに語った。上を目指す人だ。それに比べ私は、10年後にはもっと田舎に、6坪ほどの家を建て、1人静かに暮らすことを考えている夢の無いオジサンである。
 常に上を目指しているから「とことん飲む」のであろう。仕事も遊びも全力投球だ。それに比べ私は、仕事も遊びも腹六分。でもそれでいいのだ、私は控え目なのである。

 記:2016.12.2 島乃ガジ丸