ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

自由人は淋しい?

2015年01月30日 | 通信-社会・生活

 1月10日土曜日から4泊5日で千葉に住む弟が里帰りした。弟は私に似てドライな方なので、「墓参りしたい」などと殊勝なことは言わない。であったが、新都心(我が家の墓はそこから車で5分くらい)へ買い物に行ったついでに墓へ寄った。
 墓にはいつものように自由人がいた。自由人・・・無職で誰からも命令されないで生きている、という意味で私はそう呼んでいるのだが、弟は我が家の墓を散らかしている彼を嫌っていて、「あの乞食」とか「あの浮浪者」とか呼んでいる。
 乞食や浮浪者以外にもそういう類の人を指す呼び名がある。私が知っている限りでは山之口獏の詩にある「ものもらい」、誰かの詩にあった「かたい」、時代劇で耳にする「やどなし」、「無宿人」、やどなしの現代語である「ホームレス」など。それらがそれぞれどういう境遇の人を指しているのか、改めて調べてみた。広辞苑による。
 乞食:食物や金銭を恵んでもらって生活する者。
 浮浪者:一定の住居や職をもたず、方々をうろつく者。
 ものもらい:食物などを人からもらって生活する者。
 かたい:道路の傍らなどにいて人に金品を乞い求めるもの。
 やどなし:一定の住家のないこと。また、その人。無宿。無宿人。放浪者。
 無宿:一定の住居および正業を持たないこと。また、その人。やどなし。
 ホームレス:住む家のない路上生活者。

 「乞食」と「ものもらい」はほぼ同じ意味だ。やどなしを漢字で書くと宿無し、英語にするとホームレスなので、「やどなし」、「無宿」、「ホームレス」の3つもほぼ同じ意味。ホームレスが方々をうろつくようになると「浮浪者」ということになる。ちなみに、私が口にする「自由人」という言葉は広辞苑に無い。
 我が家の墓の隣の隣の墓はだいぶ前から無縁墓になっていて、私が自由人と呼ぶ男はそこを初めはブルーシート、その後は木材で囲い、住処にしている。宿があるのでホームレス、やどなし、無宿、浮浪者などとは呼べない。彼はまた、食物や金銭を恵んでもらって生活する者でも無いので乞食とか「かたい」とかとも呼べない。なので自由人。
          

 我が家の墓の前に弟と私が立つ。私はポケットに線香を持っている。でも線香は点てなかった。線香に火をつけるとそれが燃え尽きるまでそこにいなければならない。ポケットの線香は「自由人がいなければ火をつけよう」と持っていたものだ。彼はよくしゃべる。それが私には煩い。弟も彼と似たような話(世界の終りとかいった類)をするが、弟によると自由人の話は「くだらない」とのことで弟は彼の話を聞くのも嫌っている。
 墓の前に立っている私に、自由人はこの日も盛んに話しかけてきた。弟は「ケッ」という顔をし、墓前にちょっとだけ手を合わせ、「兄さん、もう帰ろう」と言う。「それじゃ」と私は自由人に手を振った。しかし、自由人は我々に付いて来た。駐車場までの約100mをずっと付いて来て、ずっとしゃべっていた。我々が車に乗り、エンジンをかけ、動き出すまで彼は傍にいた。その時私は「あー、自由は淋しいのだ」と理解した。
 自給自足芋生活を目指している私もまた、誰にも束縛されない自由人でありたいと思っている。だけど、淋しさを毎日感じながら過ごすのは嫌だなぁ、どうしよう。
          

 記:2015.1.30 島乃ガジ丸


さいのさいころ

2015年01月30日 | ガジ丸の絵本

 

 

 

 

 

 



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かばのかばん屋

2015年01月30日 | ガジ丸の絵本

 

 

 



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清々しい女

2015年01月23日 | 通信-その他・雑感

 「金曜日に那覇へ着く、迎えに来れる?」と弟から電話があったのはその数日前の月曜日。それ以前に「近い内に里帰りする」といった連絡は何もなく、急な話。「あー、大丈夫だけど、泊るところはどこ?」と訊くと「決めていない」と言う。「えーっ!」と思いつつ「わかった、Mに訊いてみるよ」となり、「頼む」と弟は言い電話をきった。
 弟は「何しに」という里帰りの目的など言わない。訊かない私も悪いのだが、航空会社名も言わない。那覇空港は航空会社によって出口が違うので、その名前を知っていた方が迎える方も楽。まあ、携帯電話で連絡すればいいので大きな問題では無いのだが。

 弟は沖縄滞在中、私以外の人とあまり話をしていない。叔父の家で叔父叔母と少し、私の金曜日の職場ではそこの事務員とほんの一言、その日、そこの2階にある喫茶店でちょっとしたパーティーがあり、それにお呼ばれして昼飯を御馳走になったにもかかわらず、そこにいた従姉と一言二言しゃべっただけで、他のオバサン連中6~7人とは声を交わさなかった。彼がまあまあしゃべったのは従妹の家と、私の友人Oの店だけ。
 「話をしないなんて、何が楽しいの?」と金曜日の職場の事務員は言っていたが、いいのだ、男は無口で。必要なことが判ればいいのだ。「寺へ行こうか?と訊くと「行こう」と答え、「昨日行けなかった店に食べに行こうか」と訊くと「いいよ、そこはもう」と答えるなど彼は意思がはっきりしている。それだけで私は気持ち良く相手できる。
 「何食べに行く?」、「何でもいいよ」、「じゃあ、ラーメンにしよう」、「何でラーメンなのよ!」と不機嫌になるような女を私はとても苦手にしている。「入院だって?見舞いに行くよ」、「来なくていいよ、たいしたことないから」、「そうか、なら止すよ」となって、その後、「何で来ないのよ!ホントは来て欲しいという気持ちに気付けよ!バカ!」と不機嫌になるような女も私はとても苦手にしている。
          

 5日間弟に付き合ったため畑仕事がおろそかになっていた。弟が来る前から「収穫しなきゃあ」と思っていた自家消費用キャベツ3個、1個は収穫済みであったが、残る2個は弟が帰った後に収穫。その2個は友人のIさんとK子にあげることにした。
 その旨2人にメールする。が、K子からの返事が無い。その数時間後に電話する。が、電話を取らない。その夜、再び電話すると取った。が、声が小さい。いつもの彼女ではない。で、年末会った時「膝の手術をする」と言っていたのを思い出し、「手術したのか?今病院なのか?」と訊いた。「うん、2日前、2週間入院の予定」との答え。
 翌日見舞いに行くと、彼女はちょうどリハビリ中で、トレーナーが彼女の左膝をさすっていた。右膝も包帯しているので、「両方一遍に手術したのか?普通は片方ずつじゃないのか?」と訊くと、「そうですよね、Kさんは珍しいんですよ」とトレーナーも言う。それに対するK子の答えは、「一遍にやった方がサッパリするさ」とのこと。きっぱりさっぱりの決断だ。「えーい、鬱陶しい!」とは彼女のよく発するセリフ。

 私が彼女を好きなのは見た目はともかく、その性格だ。電話で「見舞いに行くよ」と私が言った時も「来て」と答える清々しい女、世にも珍しい「男が疲れない」女。珍しくない普通の女の複雑さに私はひどく疲れる。そうか、だから私は結婚できないのだ。
          

 記:2015.1.23 島乃ガジ丸


ウナ爺の不思議ダネ

2015年01月23日 | ガジ丸の絵本

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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