ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

荘厳な映画『殯の森』

2007年11月30日 | 通信-音楽・映画

 先週土曜日、高校の同級生仲間の忘年会があった。街へ出るついでに桜坂劇場へ寄り、映画を観た。10月まではしばらくご無沙汰していたが、今月2回目の映画観賞。
 映画は『殯の森』、外国の映画祭で賞を貰ったということをテレビからの情報で知っており、興味があったのと、この殯という字が読めなくて、意味ももちろん解らなくて、日本文学科出身の私としては「おぬし何者?」ということでも興味を持った。
 で、調べる。いつものように広辞苑。殯は「もがり」と読み、「あらき」と同意とのこと。で、「あらき」は荒城、及び殯と書き、「貴人の本葬をする前に、棺に死体を納めて仮に祭ること。また、その場所。」とあった。
 映画は、老人が30年前に死んだ妻の墓を探す場面に多くの時間が使われている。なので、それが主題だと思われる。老人にとって妻は最も愛する人で、大切な人、尊い人ということから、妻は彼にとって貴人といっても良い。探し当てた妻の墓はちゃんとした墓では無く、山の奥深く、棒が1本立っているだけの土の中なので、仮に葬った場所ということが言える。おー、だから『殯の森』であるかと納得する。

 墓探しをしている場面を見ていて疑問が湧いた。妻は何故、山中に埋められたか?ということ。さては、殺して埋めたのか、男はそれをずっと後悔していて、以後の人生を無為に生き、などと妄想し、映画にのめり込んで行く、・・・はずだったが、
 妻の墓探しをする老人と、その共をする若い女との山歩き場面はドキュメンタリーでは無く、物語である。しかし、その場面はまるでドキュメンタリーのように現実が頻繁に出てきた。「あっ、そこにカメラマンがいる」と感じさせたのだ。画面がたびたびぶれる。一緒に山歩きをしているカメラマンのハンディーカメラがぶれているのだ。画面がぶれるたびに、「なんだい、そこにスタッフがいるじゃんかよー!辛くも苦しくも無いじゃんかよー!」と私は現実に引き戻された。で、映画にのめり込めなかった。残念。

  それはさておいて、前に観た『久高島オデッセイ』でも感じたが、この映画からも「生きるということは感謝すること」なのではないかと感じた。土に眠る老人と、オルゴールのねじを回し続ける女は共に「ありがとう」と言っているみたいであった。
 『殯の森』は、人間の生と死をテーマにした荘厳な映画でした。
 ちなみに、私自身は「生きるということは感謝すること」などと思っているわけでは無い。まだ未熟者の私は、「生きることは食って、糞して、寝る、など生活すること」としか思っていない。それでも、多少は謙虚さを持ち合わせている私は、生活の糧を得られる仕事があることに感謝しているし、親戚友人知人が付き合ってくれていることに感謝しているし、健康な体であることには大いに感謝している。ありがとう。
          

 記:2007.11.30 島乃ガジ丸

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瓦版044 チルダイ男の恋唄

2007年11月23日 | ユクレー瓦版

 夕方、いつものようにユクレー屋へ行く。マナとケダマンが歌っている。マナがピアノを弾いていて、ケダマンがピアノの上に腰掛けて、二人で仲良く歌っている。
 「やー、賑やかだね。何の日なの、今日は?」
 「おー、」とケダマンは歌うのを止めて、「マナ、歌い疲れて喉が渇いたよ。ゑんちゅも来たことだし、ビールにしようぜ。」と言い、私と並んでカウンターに座る。
 「そうだね、ちょっと一休みだね。」我々の後を追いながらマナは言い、カウンターの中に入って、ビールをジョッキに3つ、カウンターに並べた。

 「かんぱーい!」とマナが言い、
 「かんぱーい!」と我々も合わせ、ふた口、み口、喉を潤した後、ケダが言う。
 「一休みってオマエ、まだ歌うつもりなのか?」
 「うーん、あのさあ、前にさ、ユイ姉とクガ兄から二人の作った唄が載っている楽譜貰ったでしょ。そのピアノの伴奏があまり難しくないからね、練習してるんだ。」
 「ふーん、面白い唄があるの?」(私)
 「面白いっていうか、何かどれもマニアックだね。」
 「そりゃあそうだろう。だから二人とも売れなかったんだ。ヒットするような唄が作れなかったから、ずっとアマチュアのままなんだろうよ。」(ケダ)
 「そうかあ、そうなんだろうねきっと。ところでさ、ユイ姉は飲み屋さんを経営して、ちゃんと働いているでしょ。クガ兄はさ、何してるの?」
 「前会った時、と言っても10年くらい前だけど、その時は、居酒屋で板前をやっているって言ってたよ。音楽も片手間に続けていて、バンドを組んで、時々、友達がやっているライブハウスで演奏してるなんて言ってたな。」(私)
  「板前さんだったんだ。一応ちゃんとはしてるんだ。」
 「いや、板前と言っても、正式に修行したわけじゃないから、これもプロとは言えないかもね。居酒屋のちょっとした料理を作るだけだと思うよ。」(私)
 「まあ、そうだろうな。あいつも根が怠け者だからな。一つのことに一所懸命なんてタイプじゃないよな。どれもテキトーにやっているって感じだな。」(ケダ)
 「マミナ先生の夫だった人も怠け者だったらしいけれど、クガ兄もそうなんだね。何かさあ、ウチナーンチュの男の人って、そんなの多いよね。」
 「まあな、南の島だからな。こんなユルユルした雰囲気の中では、一所懸命にはなかなかなれないんだろうよ。チルダイ男の生産地ってわけだ。」(ケダ)
 「チルダイって、ユイ姉の唄にもあったね。あんたもチルダイ男だね。」
     

 などと、しばらくユンタクが続いて、ジョッキが空になった。ケダマンと私はお代わりを注文する。マナは、お代わりのジョッキを我々の前に置くと、カウンターを出て、ピアノのとこへ行き、1冊のノートを持って、戻ってきた。
 「これが、ユイ姉とクガ兄のノート。」と言って、我々の前に開いて見せた。
 「あんたたち、何か知っている曲ある?」と訊く。
 「うーん、もうだいぶ前だからなあ、何度も聴いたわけでも無いし、たぶん知っているのは無いと思うよ。」(私)
 「あー、俺はあるぞ。確か、クガ兄の唄にレゲエ調のものがあったぜ。」(ケダ)
 「レゲエって、あのジャマイカの?」
 「レゲエはさ、そうだなあ、今から30年ほど前に流行ったよ。ボブ・マーリーって、レゲエの神様と言われている人が活躍してたよ。クガ兄とユイ姉はその頃が青春時代だから、きっと影響は受けたんだと思うよ。」(私)
 「何ていう唄?この中にあるかな。」とマナはノートのページを捲る。
 「さっきお前が歌っていた『白いパンツ』って唄はよ、別れの唄だったろ。そのレゲエ調の唄はよ、二人の蜜月時代の唄だと記憶してるな。何か甘い唄だったな。リズムものんびりしててな、クガ兄のチルダイ声にピッタリだったな。」(ケダ)

 「これかな?」とマナは、若狭海岸と題の書いてあるページを開いた。
 「おー、そうかもな。海岸の散歩って、うーん、確かに何かそんな感じだった気がするな。マナ、ちょっと弾いてみな。」ケダのリクエストに応えて、マナは弾いた。
 確かに甘い唄だった。Hした後、海岸を散歩してるって感じの唄だった。マナはそれに気付いているのかいないのか、大声で歌っていた。が、マナの声には合わなかった。

 記:ゑんちゅ小僧 2007.11.23 →音楽(若狭海岸)


赤白紅

2007年11月23日 | 通信-沖縄関連

 女子ゴルフ界では、藍とかさくらとか桃とか色の付く名前が活躍しているが、沖縄にはたくさんの色が付いた名前のタレントがいて、今、活躍している。彼女の名前は赤白紅、何ともまあ目出度い名前である。最近、実家が白黒の幕に覆われたこともあって、その対極にある赤白紅がふと思い浮かんで、しばらく頭から離れなかった。
  私はウチナーンチュなので、沖縄に多い姓を聞き間違えることはあまり無い。ただ、その名を倭人が聞いたなら、「何っ?赤白紅?」と聞き間違うかもしれない。赤白紅、実は新城紅という沖縄出身のタレント、アラシロベニと読む。テレビをあまり観ないので彼女が歌手なのか女優なのかよく知らない。沖縄限定だと思われるCMに出ているのでその存在を知った。その若さ(二十歳位と思う)にしては色っぽく、美人である。

 新城は、沖縄ではアラシロよりはシンジョウという読みの方が多い。シンジョウという読みでは、倭国にも元日本ハムファイターズの選手で有名な新庄があるが、新城という字で表す苗字は沖縄独特のものだと思う。
 宮里藍の宮里という姓は沖縄に多いが、倭国にもありそうな名前である。倭国でも沖縄でもミヤザトと普通に読めるものだと思う。同じ女子プロの諸見里しのぶの諸見里は、倭人から見ると、「何?これ?苗字?何て読むの?」と思うくらい全国的には珍しい名前ではないだろうか。ウチナーンチュなら普通にモロミザトと読める。

 最近大人気の女優で新垣なんとかという人がいるが、新垣も沖縄苗字。アラカキとかシンガキとか読む。女優の新垣さんはアラガキと呼んで、ガッキーなんて愛称がついているが、沖縄ではアラガキと濁ることはほとんど無い。
 何ヶ月か前、ガソリンスタンドで給油中に新聞を読んで知ったが、NHKの朝ドラの主人公が比嘉某という名前であった。比嘉も沖縄の苗字である。他にも、仲間由紀恵の仲間や、知念里奈の知念、安室奈美恵の安室なども沖縄独特の苗字である。
 テレビで、そういった沖縄独特の名前を聞き、その人たちが活躍しているのを見ると嬉しく思う。私はウチナーンチュ贔屓なのである。

 「あっ、沖縄の人だ」と見当が付く苗字はたくさんある。アから始まるものだけでも安里、安仁屋、安谷屋、阿波連、阿波根、阿嘉などがパッと思い浮かぶ。
 そういった沖縄独特の苗字がどういう由来でできたのかに興味はあるが、今回は沖縄の苗字についてでは無く、「ウチナーンチュのタレントがいっぱい出てきて活躍してるよ。それをガジ丸は誇らしく思うよ。」というのがテーマでした。
          

 記:2007.11.23 島乃ガジ丸


発明021 ニーブタワタブタ

2007年11月16日 | 博士の発明

 マナが恋をして、振られて、旅に出て、マミナ先生がユクレー屋の手伝いをして、マナが帰ってきて、モク魔王が久々に顔を見せて、グーダもやってきて、などなど、このところいろいろあってすっかりご無沙汰していたが、先日、久しぶりにシバイサー博士の研究所を訪ねた。ドアをノックすると、「はーいっ」とゴリコの声がして、ドアが開いた。ワンワンワンとガジポも歓迎してくれる。ゴリコとガジポとも久々であった。
 「やあ、ゴリコちゃん、久しぶりだね。元気そうだね。」
 「ハイサイおじさん。ちゃー元気さあ。」
 「何だいそれ、博士に教えてもらったの?ウチナーグチ。」
 「うん、ハイサイおじさん、ハイサイおじさんって歌、教えてもらった。面白い歌、もっとあるよ。」
 「へぇー、そうなの。歌ってみて。」
 「うん、いいよ。せーの、ニリル、ウジル、ワジル、ダリル、チビでハゲデブ、もいっちょ、ニリル、ウジル、ワジル、ダリル、チビでハゲデブ、だってさ。ね、可笑しいでしょ?でも、博士のことじゃないよ、チビでハゲデブって。」
 「だよね、博士はデブでハゲだけど、チビではないからね。」元々明るい性格のゴリコだが、博士との生活も楽しくやっているようだ。
 「ところでさ、博士はいるの?」
 「うん、いるよ。中だよ。」と言って、ゴリコは私を案内するように先になった。

 博士はたいていそうであるように、作業場兼休憩所にいた。いつものように昼間から飲んでいるようで、作業台の上には酒瓶と湯飲みが置かれてある。そしてまた、多くの場合そうであるように、博士は寝ていた。私は、そっとしておこうと思ったのだが、ゴリコが博士に飛びついて、耳元で大声を出した。
 「はーかせっ!お客さんだよーーー。」
 「うへー、へっ、へっ、へっ、ハイハイハイ、なんだ、なんだ、なんだ。」と寝ぼけた声を出しながら、博士は目を覚ました。
 「やあ、博士、お早うございます。といっても、もう昼過ぎですが。」
 「あー、はい、あー、君か。うん、お早う。」と博士は言って、「はあー」と伸びをして、それから湯飲みに手を伸ばし、まだ半分ほど残っていた酒をゴクリと飲み込んだ。
 「ふー、はいっ、目が覚めたぞ。」
 「博士、久しぶりです。」
 「おー、ゑんちゅ君、まあ、座りなさい。」
 「はい、どうも。で、早速ですが、最近、何か発明はありますか?」
 「ある、ある、ある。」と横からゴリコが口を挟んだ。「ニリル、ウジル、ワジル、ダリル、チビでハゲデブがあるよ。そこ。」と言って、部屋の隅を指差す。見ると、そこには高さ1mほどの太った豚が座っていた。
 「何ですか、それ?」
  「うん、ニーブタワタブタという名前のロボットだ。シェイプアップのための間接的な機械だ。人がこれの前に立つと、その人の体の状態を分析し、ロボット自身が体を変化させ、その人の将来の姿を見せてくれる。怠けていると、そのロボットも太っていく。吹き出物もできる。自分がいかに太っているか、美容健康に悪いことをしているかを客観的に見ることのできる機械だ。シェイプアップしなくちゃ、と思うわけだ。」
 「ここにあるということは、博士自身のために作ったんですか?」
 「いや、私は太ろうが痩せようが、健康には何の関係も無い。世の中の痩せたいと思っている多くの人に売れるんじゃないかと思ったのだ。で、先ずはと、マミナの所へ持っていったんだ。ところが、『私には無用』と断られたよ。」
 「ニリル、ウジル、ワジル、ダリル、チビでハゲデブって歌さあ、この豚さんのテーマソングなんだよ。」とゴリコが楽しそうに歌う。
 「ニーブタは吹き出物、ワタブタは腹の出ていること、ニリルは飽きる、ウジルはうんざりする、ワジルは怒る、ダリルはだれるって、みんなウチナーグチですね。」
 「あー、ニーブタワタブタって言葉が先に浮かんでな、それで、こんなもん作ってみたんだ。自分の醜い将来の姿を見て、うんざりしたり、腹が立ったりするだろう。ということでニリル、ウジル、ワジル、ダリルって歌も思いついたんだがな、『自分の醜い将来の姿なんて誰も見たくないよ。売れないよ。』とマミナにキッパリ言われたな。」
 そりゃあまあ、確かに、マミナ先生の言う通りだと、私も思った。というわけで今回もまた、博士の発明は失敗作となったが、博士はさほど気にしている様子では無かった。その日はゴリコの遊び相手をしつつ、夕方まで博士の酒に付き合った。
     

 記:ゑんちゅ小僧 2007.11.9


絶賛!自然発生沖縄映画『琉球カウボーイ』

2007年11月16日 | 通信-音楽・映画

 先週土曜日、天気は良かったが、前日までの雨で畑の土は濡れていた。で、予定していた畑仕事は諦めることにした。「何する?」と自分に問うた。「そうだ、映画を観に行こう。」となる。「映画観る暇あったら、家に来て父さんの晩御飯作って。」と姉に怒鳴られそうであったが、内緒だ。姉はこのHPを見ていない。
 映画は久しぶりなのである。7月22日の『地球交響曲』以来である。桜坂劇場も久しぶりである。8月24日の『EPOライブ』以来である。

  久しぶりの映画は『琉球カウボーイ、よろしくゴザイマス』、キャッチコピーは「ナチュラル・ボーン オキナワン・ムービー」、日本語にすると、「自然発生沖縄映画」とでもなるのだろうか。チラシのコメントには「純粋サラブレッド沖縄ムービー」ともある。まあ、よくは解らないが、ウチナーンチュによるウチナーンチュの上等(サラブレッド)映画ということなのかもしれない。少なくとも私は、「自然発生沖縄映画」に惹かれて、あるいは惑わされて観る気になったので、そのコピーは成功だったと言える。

 チケット売場で、「上映後、出演者による舞台挨拶があります。」と聞く。土曜日の午後の上映で舞台挨拶もあるのに、その割には客は少ない。6分程度の入り。沖縄産映画に対する県民の期待はあまり大きく無いみたいであった。また、確か、『琉球カウボーイ、よろしくゴザイマス』はその日が初日では無い。10月末から(後で確認したら10月27日からの上映)やっているはず。その間、映画を観た人々の評判もたいしたことなかったのか、口コミによる宣伝もあまり無いみたいであった。
 「良い映画だったよー」という評判も聞かないし、3編のオムニバス映画だし、軽い映画であろうと、私もあまり大きな期待はしなかった。であったが、観終わった後の私の評価は、「この映画は傑作である」となる。
          

 『琉球カウボーイ、よろしくゴザイマス』は、私がかつて観たどの沖縄映画よりも優れているだけで無く、ここ数年私が観たあらゆる映画の中でも、『たそがれ清兵衛』、『千と千尋の神隠し』と並んでトップクラスに入るほどの傑作である。
  3編の内、最初の2編はありふれた物語で、ありふれたオチであったが、人物設定が良くできていて、沖縄の空気の温(ぬる)さも表現できていて、普通に楽しめた。で、そこまでは「ウチナーンチュの映画も全国的に通用するな。」という評価。
 ところが、最後の3編目が大傑作。「ウチナーンチュの映画は世界に通用する。」という評価に変わった。カンヌやベネチアに持っていけば賞を得るに違いないと思う。主人公のマサーおじいが魅力的だし、ユルユルとした沖縄のリズムも表現できているし、思想も明確に伝わってくるし、もっと長く観ていたいと思わせるものであった。
 映画の中で語られるウチナーグチ(沖縄口)が、字幕スーパーで正確に表現されていない箇所がいくつかあって、それがちょっと気になったのと、仲田幸子が合間合間に登場して映画のナビゲートをするが、その中の楽屋オチみたいな部分は不要だと思った。などとちょっと苦言もあるが、しかし、全体的には申し分無い映画であった。
 とにかく、私はこの映画を絶賛する。たくさんの人に観てもらいたいと思う。
          

 記:2007.11.16 島乃ガジ丸