ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

理想の中五日

2014年04月25日 | 通信-環境・自然

 3月まで雨の多かった沖縄だが、4月に入るとまた、極端に雨が少なくなった。私の車は3月に12ヶ月点検を迎えていたので3月下旬、整備工場に勤めている友人に、
 「明日、車を点検に出そうと思うが、どんな?」と訊いたら、
 「3月中は忙しいので、4月になってからにしたら?」と応じたので、
 「なら、4月に、農夫の休日となる雨の日に持って行くよ」となった。
 ところが、4月になって雨が降らない。1日と2日に雨が降って後は降らない。9日の午後に少し降ったが、9日は整備工場が定休日なので、点検へは出せなかった。
  9日以降はまた、ずっと晴れが続き、一昨日水曜日の夜中までほとんど雨はなかった。水曜日の朝、路面が濡れているのを見て、夜中に降ったことを知り、畑に出ると、細かな雨が少々降って、畑の路面も少しは潤った。だが、まだ全然十分では無い。
 昨日は夜中降って、朝も降って、午前中は小雨が続いた。夜中から朝方にかけては強く降ったようで、小雨となった昼前、畑に出てみると、土はやっと十分に湿っていた。

 十分に湿る。これは農夫にとってとても助かる。水かけしなくて良い、というのがその日だけでなく数日続けてもいいからだ。育苗している小さなプラ鉢は、1日の晴天で中の土がすぐに乾くので、晴天の日は1日1回の水遣りが必要だが、地植えの野菜たちは、芽が出ているものに関しては数日間、水遣りしなくても大丈夫なのである。
 土が十分湿っていると、表土が乾いても中には十分の水分がある。野菜達はその水分を求めて根を伸ばすので数日間の余裕ができるわけだ。これがしかし、晴天が何日も続くと地中まで乾いてしまい、元々根の伸びが弱い作物は水分不足になってしまう。
  9日の午後に少し降って後、雨が降らない日が続いた。その5日後から私は葉野菜を中心に水遣りをした。マメ科の作物は放っているが、葉野菜はその葉から蒸散する水分量が多いだろうと(素人)判断して、植えたばかりの果樹も含め、水を遣っている。
          

 昔々、私が中学生か高校生の頃、世界のどこかに「一年が雨季と乾季とに別れる気候がある」と習った覚えがある。世界のどこ?ははっきり覚えていないが、アフリカやアジアの赤道直下辺り、熱帯の気候だったような気がする。そうであれば、去年の夏、日照りが長く続いた、かと思うと今年の冬は雨の日が長く続いた亜熱帯の沖縄、地球温暖化の影響で、雨季と乾季に別れる熱帯の気候になってしまったかもしれない。雨季と乾季に別れる気候、農夫にとってそれはウキウキ歓喜と喜べる話ではまったく無い。

 理想は中五日である。スポーツに興味を失くし、高校野球もオリンピックも、大相撲もプロ野球もその他のスポーツもまったく観ない私でも、中五日というとプロ野球のピッチャーの登板間隔を思い出してしまうが、ここで私が言う中五日はそれでは無い。
 私が言う中五日は「雨の降る日が中五日だといいなぁ」という中五日。天気の神様がいたなら、雨の日を中五日にしてくれと真面目に祈るかもしれない。中五日だと畑への水遣りはほとんど要らないので時間の節約になる。そして、雨の日が休日の農夫は、今週は月曜、来週は日曜、再来週は土曜など休みの曜日がずれていく。そうなると、週末が休みならこれができ、平日が休みならあれができるとなり、それはとても都合が良い。
          

 記:2014.4.25 島乃ガジ丸


ヒゲナガヘリカメムシ

2014年04月25日 | 動物:昆虫-カメムシ・セミ

 無視できる虫

 名は体を表す、広辞苑によると「名はその実体がどのような物かを示している。名と実体とはうまく合っている」とのことだが、動植物の名前の由来を調べていると、まさしくその通りというものに出会える。今回紹介するヒゲナガヘリカメムシもその一つ。
  下の説明文にも書いたが、カメは「頭部の突き出た形がカメに似ていることから」でカメムシの総称となっており、ヘリは「体の側面の縁が出ているから」でヘリカメムシ科の総称となっており、ヒゲナガはおそらく「触角が長いから」であろう。触角(髭の喩え)が長く、縁が出て、頭部が突き出た虫ということになる。
 名前の由来に興味を持って調べたりしている内に、素人オジサンもそういうことが理解できるようになり、名前の由来について資料の無い種類についても、ある程度自分なりに推量することもできるようになった。「どうだい!」と威張っていいと思う。

 「どうだい!」と威張って、しばらくして、「ちょっと待てよ」と思い直した。
 「いやさ、そもそも虫とは何だ?虫という名の由来を俺は知らない」となったのだ。

 虫、広辞苑を引いてもその名の由来は書いていない。ムシ、虫の他に「蒸し」、「夢死」、「苧」、「無始」、「無死」、「無私」、「無視」などがあった。この中で虫に繋がりそうなのは、私見では「無私」と「無視」。
 虫には自我が無い(無さそう)ので、無私の生き物ということから来たのではないか。あるいは、取るに足りない生き物、無視できるものということからかもしれない。

  虫に自我があるかどうか、虫に訊いたことも無く、虫の脳味噌を調べたことも無いので私には判断できない。腕に集った蚊を私は叩き潰す、その時、傍にいた別の蚊が彼の女房だったなら、「何すんのよ、あんた!私の夫を殺すなんて酷いよ、少しくらい血を吸わせて貰ったっていいじゃない!」と、もしかしたら思っているかもしれない。
 虫は無視して良いものかどうかについても私には断定できない。無視できる虫も多くあるが、腕に集る蚊や食べ物に集る蝿などを私は無視できないし、蜂の類も刺されないよう気をつけている。畑の野菜を食い荒らすカタツムリやアブラムシの類には憤慨するし、土壌を良くしてくれるミミズを見つけた時は「ありがとうね」と感謝している。

 ヒゲナガヘリカメムシは竹類の害虫らしいが、また、タケノコは私の大好物であるが、今のところ私の畑や近所の畑に食用の竹は植えられていない。なのでヒゲナガヘリカメムシ、私の畑に現れたとしても今のところは無視できる虫の一つである。

 
 ヒゲナガヘリカメムシ(髭長縁亀虫):半翅目の昆虫
 ヘリカメムシ科の昆虫 琉球列島、東台湾などに分布 方言名:フー
 名前の由来、カメムシは「頭部の突き出た形がカメに似ていることから」、ヘリは「体の側面の縁が出ているカメムシの仲間ヘリカメムシ科の総称」。ヒゲナガについて資料はないが、触角が長いからであろう。髭は「触角の俗称」と広辞苑にもあった。
 体長は20ミリ内外、全体の大まかな形はアシビロヘリカメムシに似ている。本種は名の由来となっているように触角が長いのが特徴。触角の先が橙黄色とあり、それも特徴らしいが、私の写真ではボケていて確認できない。
 分布として琉球列島と書いたが、『沖縄昆虫野外活用図鑑』によると島は限定されているようで、「西表島、石垣島、沖縄島、奄美大島」とあった。
 同書に「若い竹の茎に寄生し加害する」とあって、確かに最初に私が見たのは親戚の庭にあった竹(若くはなかったが)の茎であった。その次に見たのはツルソバらしき茎の上、場所は那覇市の街中にある公園、近くに竹類があったかもしれない。
 同書にはまた、「冬期は軒下などで集団を作り越冬する・・・時には500頭ほどの集団となる」とあり、それはそれはもうカメムシの大集団、壮大であろう、これはちょっと見てみたい。冬は軒下に集団、その他は竹類の周辺にいて、出現は周年。
 
 竹についていた2匹、夫婦かも。

 記:2014.4.24 ガジ丸 →沖縄の動物目次

 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
 『名前といわれ昆虫図鑑』偕成社発行
 『いちむし』アクアコーラル企画発行


ホントに金が足りないの?

2014年04月18日 | 通信-社会・生活

 消費税の件で世間が騒いでいた3月の終わり頃、「どう思う?」と人に問われたなら、「たった3%だろ?100円が103円だろ?そう騒ぐこともあるまい」という答えを準備していた。問われることが無かったのでその答えを口に出すことはなかったが、ただのカッコつけだ。それが証拠に、私は発泡酒2400円也を3ケース、タバコ410円なりを15箱、以上を3月末日までに購入していた。400円のお得となった。
 発泡酒3ケース、毎日1缶飲んだとして72日分、ひと月当りのお得額は90円。タバコ15箱、1日約10本吸っているので30日分、ひと月当りのお得額は300円。足して390円、「どうだ!1ヶ月で390円も得したぜ」とは・・・ちっとも思わない。そうなのだ、やはり、「そう騒ぐこともあるまい」だったのだ。騒いでしまったが。
          

  ひと月をだいたい6万円で生活している私にとっての3%は1800円となる。1800円、発泡酒18日分と思うと大きいが、外へ飲みに行ったりしたなら安い居酒屋でもその程度は2~3時間で飛んでしまう。外へ飲みに行くのは普通で、レストランで高級料理もたまには必要で、高級マンションに住むのも普通で、高級ブランドの服やバックも必要な物、と思っている人達にとっては1800円、全くたいした額では無いはず。
 若い頃、私は今よりずっと金持だった。月給は平均して15、6万円はあった。その程度では高級レストランも高級マンションも高級ブランドも遥か彼方だが、家賃3万円のボロアパートで一人住まいの私には十分の額であった。その頃の私なら「たった3%だろ?100円が103円だろ?そう騒ぐこともあるまい」と公言し、その通り騒がなかったであろう。思えば若い頃、パチンコ屋に通って、2~3時間で4、5千円をスッていたが、何て勿体無いこと!と今更ながら思う。それに比べれば3%、たいした額では無い。

 『ないないばー』 作詞作曲:ガジ丸

 金が無い 金が無い 金が無いったら無い
 高級クラブで女両手に ドンペリ飲む金が無い

 金が無い 金が無い 金が無いったら無い
 愛人をマンションに囲って 養う金が無い

 金が無い 金が無い 金が無いったら無い
 都心の一等地にでっかい豪邸を 建てる金が無い

 金が無い 金が無い 金が無いったら無い
 運転手付きの高級外車 持てる金が無い

 「平和で、自由で、食っていければ幸せ」という私にとっては、国民1人当たりの所得で言えば世界第二位の金持ち日本が「金が足りない」と喘いでいることが不思議でしょうがない。金はいくらあっても足りないんだな、と思ってこんな唄を前に作った。
          

 記:2014.4.18 島乃ガジ丸


アシビロヘリカメムシ

2014年04月18日 | 動物:昆虫-カメムシ・セミ

 ニガウリを齧った真犯人

 昨年(2013年)11月のガジ丸通信『化学兵器禁止畑』に「食害されるゴーヤー」というタイトルの写真を載せた。生で齧ると人間の子供も嫌がる苦いゴーヤーがいくつも齧られているのを見て「何たること!」と写真を撮ったのだが、その説明文には「蓼喰う虫も好き好きというが、苦いゴーヤーを齧る虫もいる。しかも生で。現行犯を見てはいないが、その齧り跡から見てたぶんカタツムリだと思う。」と私は書いた。
  今回紹介するアシビロヘリカメムシを調べると、「ニガウリの果実を食害する」と文献にあり、「えっ!蓼食う虫はカタツムリだけでは無かったのか?・・・いや、そもそもカタツムリがゴーヤーを齧っているというのは確かか?お前実際に見たのか?」と自問し、「いや、見てはいないが、近くにカタツムリは多くいた。」と答え、「現行犯では無いじゃないか、資料を調べたのか?」とさらに自問し、「だよな、ちゃんと調べないといけないよな、近くにいたから犯人だなんて無茶な断定だよな」と答え、そして、調べた。
 私が参考にしている文献には「カタツムリはゴーヤーを食害する」なんていう記述は無かった。どうも私は、カタツムリを冤罪に陥れていたようだ。

  ニガウリを齧った真犯人、これもまだ犯行現場を目撃したわけではないのだが、いくつもの文献に記載があった。「アシビロヘリカメムシはゴーヤーを食害する」と。
 私の畑でアシビロヘリカメムシを2度見ている。1度目は去年の5月、畑のゴーヤーは既に実を着け、食べるに十分の大きさになっていた。ただ、彼はそのゴーヤーにはいなくて、近くにあった雑草のイヌホオズキの葉の上にいた。
 ゴーヤーの近くの草の下にうずくまっているカタツムリを疑い、ゴーヤーの近くの草の葉の上で何食わぬ顔(かどうか?)しているアシビロヘリカメムシに私は何の疑いも持たなかった。冤罪で死刑になりかけた人のことも思い、反省した。

 
 アシビロヘリカメムシ(脚広縁亀虫) :半翅目の昆虫
 ヘリカメムシ科の昆虫 琉球列島、東南アジアなどに分布 方言名:フー
 名前の由来、参考文献に詳述は無いが、『沖縄昆虫野外活用図鑑』に「後ろ脚のすねは木の葉状に広がっている」とあり、そこからアシビロ(脚広)であろう。ヘリは体の側面の縁が出ているカメムシの仲間の総称で、ヘリカメムシ科に分類される。カメムシについては別の項でも書いたが、頭部の突き出た形がカメに似ていることから。別名のヘッピリムシは「触れると臭腺から猛烈な悪臭を出す」(広辞苑)ことから。
 体長は20ミリ内外、名の由来となっている後ろ脚に特徴があり、そのすねが木の葉状に広がっている。体は黒褐色に黒色の点刻があり、触角は黒色と黄色の縞模様。
 生息場所は畑地や集落などで、幼虫は群れで生活する。成虫は主に単独だが、時には群れることもある。寄主はウリ類、ミカン類で、ニガウリの果実に群がって食害する。
 『沖縄昆虫野外活用図鑑』に「雄間の闘争は特異で、逆向きになって後脚で蹴り合いをする」とあったが、それは見てみたい。出現は5~6月、8~11月。
 
 2014年

 記:2014.4.15 ガジ丸 →沖縄の動物目次

 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
 『名前といわれ昆虫図鑑』偕成社発行
 『いちむし』アクアコーラル企画発行


積年の成果

2014年04月11日 | 通信-社会・生活

 今は真面目な労働者である三十歳くらいの若者が「若い頃は少々やんちゃでした」と言う。「うーん、そう言われればそう見えない事もない。今も茶髪だし」と、茶髪はあまり関係ないかもしれないが、彼の気の強そうな顔を見ながら私はそう思った。
 それにしても、彼が「若い頃・・・」というのを想像したら、「中学高校の頃の話だとしてもせいぜい15年前だな、2000年前後のことだな、バブルははじけていたな、会社の業績も悪くなり始めていたな、14歳下のM女と付き合っていた頃だな、二人で長崎へ婚前旅行したな、でも、結婚する前に別れてしまったな、可愛かったのに、あーなんて勿体ないことを・・・」と、オジサンは記憶がはじけて、後悔の念に晒される。
 それにしても、2000年前後っていったって「ついこの間のことじゃねーか」がオジサンの時間感覚だ。あっという間の14年、だからといって「この14年間、俺は何をしてきたんだ」といった後悔はしない。何かをしてきたから今こうして生きている。

 オジサン後期の私にとっては「ずいぶん前・・・」では無く、「このあいだ・・・」と言っても良い13、4年前、具体的に言うと2001年1月のこと。年の初めの計として一念発起、決めたことがある。当時、体重が70キロあり、それ以前の数年間は小便の切れが悪かったり、吹き出物が出たりで体調も良くなかった。「これは運動不足と食い過ぎで太っているせいだ」と思い、「よっしゃ、体重減らそう」と決めた。
  2001年1月から運動を始めた。仕事が建築関係なので概ね内勤(パソコン作業)の私もたまには現場に出て肉体労働をする。そんな日は既に十分な運動をしているのでやらないが、一日中パソコンとにらめっこした日などは家に帰って、スクワットやら腿上げやら、腕立て伏せやら腹筋やらの運動をし、柔軟体操もした。
 それから数ヵ月後からは粗食少食を始め、一年後の2002年1月には4キロ減、二年後の2003年1月には8キロ減となった。20%を超えていた体脂肪率も一年後は18%内外、二年後は16%内外となって、体調も良くなった。

 その後、玄米食を始め、週五日は一日二食とし、数年前からは芋食も始めた。以降、体重も体脂肪率も徐々にだが下がり続け、体脂肪率は夏場が10%内外、冬場は13%内外となり、体重は60キロを切るようになった。その体重、一時期は54キロ台まで落ちたが、それは肉体労働(畑仕事)をしても一日二食を続けたからで、肉体労働する日は昼飯も食うようににしてからは57~58キロ台に落ち着いた。
  私の身長は170センチ、それで体重58キロ、「あんた、ちょっと痩せ過ぎよ」と小太りのオバサンたちによく言われるが、私はこれで良しと感じている。2001年1月から満13年を過ぎた「体重を減らそう運動」、優秀な成果となっている。
          

 300坪の畑を借りて、耕し始めたのは一昨年の8月。今年の夏には満2年となる。当初は、「こりゃ、耕運機が必要だな」と思うほど硬かった土、今でも、まだ耕していない箇所の土は最初と同じくらい硬い。しかし、既に耕したことのある箇所の土は手でほぐせるほど軟らかくなっている。この先、耕して、種を播いてを繰り返していけばもっと良い土になるはず。これもコツコツやっていけば、いつかは優秀な成果となるはず。
          

 記:2014.4.11 島乃ガジ丸