土曜日の午後、シバイサー博士の研究所を訪ねた。ノックをしても返事が無い。博士は寝ているとしても、ゴリコが出てくるはずだ。で、建物の裏手に回る。すると、浜辺の方から、ゴリコの笑い声とガジポの鳴き声が聞こえた。浜辺に向かって歩いて行くと、ゴリコとガジポが浜辺をかけっこしているのが見えた。一人と一匹がすぐに私に気付いて、一人は「こんにちわー」と、一匹は「ワン、ワン、ワン」と声をかけてくれた。
博士は砂浜に寝そべっていた。サンゴ石を枕にして、顔を海の方に向けている。いつものように酒瓶とコップが傍にあった。のそっと手が動いてコップを口に運んでいるので、寝てはいないようだ。近付いて、「博士。」と声をかける。
「あー、」と博士は、ごろっと体の向きを陸側に変えて、こっちを見る。
「博士、知ってますか?マナが妊娠したそうですよ。」
「ほう、そうか。すると、ジラースーに薬が効いたんだな。」
「薬って、ジラースーに効いたってことは強壮剤みたいなもんですか?」
「そうだ。彼のために特別に作ってやった。」
「あー、それは大きな発明じゃないですか。60過ぎのオジー、・・・の下半身が元気になるんですよね。それはすごい発明だと思いますが。」
「そうか?そう思うか?」と言って、博士はのっそりと起き上がった。
「そうか、すごい発明か。そうか。」と繰り返す。顔が緩んでいる。何百年も生きているというのに、博士はちっとも泰然自若しない。褒められることが大好きである。
「どんな薬なんですか?」と訊いた。
「中身はまあ、たいしたもんでは無い。昔から強壮に使われていたものをブレンドしただけだ。・・・うん、そうだ。まあ、ちょっと付いてきなさい。」と博士はのったりと立ち上がって、研究所へ向かった。歩きながら続けた。
「現物を見せてやろう。ジラースーにあげたものの他に、予備としてもう一つ作ってあったのだ。60過ぎにはたくさん必要かもと思ってな。」
現物は、最近作ったものだけあって、倉庫では無く、研究所の研究室兼実験室兼博士の飲み場所となっている部屋にあった。実験台の上にあった。
「これがそれだ。」と、博士は少し得意げになって言う。現物は、一升瓶を二つくっつけたような形であった。強壮剤の容器にしては大きすぎる。名前らしきものがラベルに書かれてある。小さな方に『一升瓶瓶』、一升瓶を二つくっつけた形だからということであろう。大きな方には『一生ビンビン』とある。下ネタ系の駄洒落だ。
「博士、これ、ずいぶん大きいですが、中は全て強壮剤ですか?」
「もちろん。これを飲んだお陰でたぶん、ジラースーは子作りができたのだ。」
「ほう、そうですか。もし、それが本当なら、これ、売れるんじゃないですか。世のオジサンたちには欲しがる人が多くいると思いますよ。」
「いや、それがだな。ただでさえ地上には人間が溢れている。こういうのを飲んで元気になる男が増えたら、さらに人口が増えてしまう。それは、地球全体のことを考えると良いことでは無いと思ってな、販売はしないことにした。」
とのことであった。それにしても、ジラースーがこういうのを欲しがったとは意外である。彼が子供を欲しがっているとも思わなかった。マナのために頑張ろうと思ったのだろうか?と不思議に思って、その後、ジラースーに会い、そのことを訊いた。
「ん?博士の強壮剤?一升瓶瓶?・・・あー、あれか。確か、結婚後すぐに博士からプレゼントされたな。『夫婦の絆が深まるぞ』なんて言ってたな。」
「で、飲んだの?その効き目があったってことなの?」
「いや、せっかくの博士の好意だが、飲まなかったな。子供は天からの授かりものだ。できる時はできるし、できない時はできない。それが俺の考えだ。」
「そうなんだ。で、その薬はどうしたの?まだあるの?」
「いや、確か畑の野菜に撒いたよ全部、マナが。」
とのことであった。マナは、「いいよ、こんなの飲まなくったって。別に、無理しなくていいからさ。」と言ってくれたそうだ。なかなか良い夫婦である。自然体の幸せだ。こんな夫婦だから、天も二人に幸福を授けたに違いない。それに、60歳過ぎているとはいえ、ジラースーの体は強健である。薬は元々必要無かったであろう。
記:ゑんちゅ小僧 2008.6.27