ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

一病増老

2018年03月30日 | 通信-科学・空想

 先週のガジ丸通信『お芋の木』で「腰痛で気分が落ち込んでから、私の肉体的老化がぐんと進んだ」と書いたが、歯については1ヶ月ほど前からさらに老化している。「奥歯の1本の半分が抜けた」のは2月20日頃、その後、今度は左奥歯の1本が痛みだした。
 「食事中に食べ物をこぼすことが増えた。歩いて躓くことも増えた。」とも書いているが、手元足元の動きが自身の感覚と狂うのは今(3月下旬)もまだ続いている。何か作業をしている時、例えば、鍋をコンロから移そうとした時、手元が狂って流しの角にぶつけたりする。歩いている時、足が十分上がっていないのだろう、今も時々躓く。これらはたぶん、肉体の問題、筋肉の老化、運動神経の老化だと思われる。
 さらに加えて、腰痛となって、生きる不安を感じるようになった去年(2017年)12月頃から頻尿が酷くなった。それまでは1晩に1回であったのが、その頃から1晩に3~4回は小便で起きるようになった。小便で起きると、その後なかなか寝付けなくて、結果的に、私の得意技であるグッスリ睡眠もできずにいた。
 頻尿はたぶん、肉体の、内臓関係の老化だと思われる。内臓関係では他に自覚症状は無い。毎日快便だし、飯も旨いし酒も旨い毎日快食である。でも、自覚症状の出ない内臓の衰えがあるらしいことは噂(ラジオからの情報とか)で聞いている。ある日突然、どこぞに激しい痛みを感じるかもしれない、突然バタッと倒れ、あの世かもしれない。
     

 ネガティブなことばかり書いていても楽しくないので、希望のあることも少し。
 じつは、頻尿については、新居で寝るようになってからは少しずつ良くなって、3月2日の夜の寝入りから翌日朝の目覚めまでは1回であった。その後は概ね2回で、3回も小便で起きるということは概ね無くなった。1晩で1回だけというのは、最近は増えて、昨夜(29日)から今朝にかけてもそうであった。そしてさらに、3月2日から翌日にかけての睡眠は久々のグッスリ睡眠で、寝入りから6時間はグッスリ眠れた。
 その後、グッスリ睡眠はしだいに増えていき、この頃はグッスリが続いている。小便で1~2回は起きているが、ベッドに戻ると、眠れない夜もたまにはあるが、たいていはすぐに寝入っている。グッスリ快眠が戻るのももうすぐだと思われる。

 話はネガティブに戻る。老化は肉体だけでは無い。歳取るに連れて物忘れは多くなっているが、腰痛となってからはさらに酷くなっている。物忘れだけでは無く、良いアイデアも浮かばない。体が元気だった頃に比べ脳味噌の働きが衰えたようである。
 今年1月頃から友人の姉Mさんに会う機会が数回あった。Mさんは長く医者をやってきて今も(非常勤らしいが)現役。(今後会う可能性もあるが)最後に会ったのは3月の中頃、引っ越し作業で私の腰が悲鳴を上げていた頃だ。あれこれ話をしていて、前に会った時にMさんに伝えることがあって、それを忘れていたこと思い出し、
 「腰痛があると、それに意識が集中して他のことに思考が向かなくなりますね、頭悪くなったみたいです」なんて、忘れたことの言い訳をすると、
 「痛みは何でも一緒、腰痛だけじゃない、私は膝痛に悩まされているけどね、私も同じよ」とニッコリ笑った。一病息災という言葉があるが、一病増老とも言えるようである。でも、「元気であればいいのよ」と彼女は付け加えた。そう、心は元気でいよう。
     

 記:2018.3.30 島乃ガジ丸


オオエグリノメイガ

2018年03月30日 | 動物:昆虫-鱗翅目(チョウ・ガ)

 イナバウアー

 ブログ記事は、雑談のようなものは私の脳味噌だけで書けるが、植物動物を紹介する記事は図鑑などを参考にして正確なことを調べなければならない。で、時間がかかる。
 これを書いている今日は2018年3月27日、引っ越し作業も引っ越しに伴う備品作りや各部屋のレイアウト作業もほとんど終了し、ブログ記事を書く時間も増えた。ということで、久々に植物動物を紹介しようと思い、手持ちの図鑑を開いた。しかし、私の脳味噌に「ちゃんとした文章を書く」という元気が無い。で、途中まで書いてある記事もあるだろうとパソコンに収められている動物フォルダを覗いたら、いくつかあった。

 今回紹介するのはその中の1つ、オオエグリノメイガ。その写真データを見ると、2006年9月4日に撮ったもの。場所は何処?とその日の日記を調べると、その頃は会社勤めをしており、その日の10時休みに職場の庭で見つけている。その書きかけの記事を見ると、サブタイトルに「イナバウアー」と書かれてある。
 私がテレビを観なくなって8年近くになるが、その頃はまだ、部屋にテレビがあり、ほとんど毎日テレビを観ていた。その年に冬季オリンピックがあって、フィギアスケートで荒川静香が金メダルを取った。イナバウアーという名の技が有名になった。

 オオエグリノメイガのエグリは「抉り」のことだが、抉るは、広辞苑によると「刃物などを突きさして、まわしてくりぬく」のことで、「前縁中央から後角にかけての部分がえぐれており」から本種はエグリという名がついている。しかし、私の撮った写真を見る限りでは、私には、抉れているのではなく背を反らせているように見えた。背を反らせていると言えばイナバウアーだと、その当時の私は連想したに違いない。

 
 オオエグリノメイガ(大抉りの螟蛾):鱗翅目の昆虫
 メイガ科 奄美大島以南の南西諸島、インドなどに分布 方言名:ハベル(ガの総称)
 名前の由来、『沖縄昆虫野外観察図鑑』に「前翅は細長く・・・前縁中央から後角にかけての部分がえぐれており、和名はそれに由来する」とあった。抉れている部分、私の写真では不明瞭だが、同書の写真では確認できる。オオ(大)は大きいからで、メイガは広辞苑にあり、螟蛾と漢字表記され「メイガ科に属するガの総称」のこと。
 食樹はデイゴ、カイコウズ類とのこと。『沖縄昆虫野外観察図鑑』によると「幼虫はデイゴの葉を巻いて・・・夜に葉を食べ、5月頃に寄主を丸坊主にすることがある」とのこと。ちなみに、カイコウズとは海紅豆と書き、デイゴの仲間のマルバデイゴの別称。
 前翅長18ミリ内外。成虫の出現は3~12月。上記の他、東南アジアにも分布。

 記:ガジ丸 2018.3.27 →沖縄の動物目次

 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
 『名前といわれ昆虫図鑑』偕成社発行
 『いちむし』アクアコーラル企画発行
 『昆虫の図鑑 採集と標本の作り方』福田晴夫他著、株式会社南方新社発行


お芋の木

2018年03月23日 | 通信-科学・空想

 人類が飢えの恐怖から解放されるような、例えば、食料を安定供給してくれる作物、例えば芋(サツマイモ)が果実として年中収穫でき、その木が1本あれば大人1人が飢えから解放される、そんな果樹があればいいなぁと私は何年も前から想像していた。食ってさえ行ければ、そして、強欲を出さなければ人生は何とかなるという考えが基本。

 「やー、お昼食べてるんだね、何それ?美味しそうだね。」
 「山芋、のようなものよ、生で食べてるんだけど美味しいよ。」
 「山芋の、”ような”って何だ?山芋じゃないの?」
 「地中にできる芋じゃなくて、これ果実なのよ。味も栄養も山芋に近いけど。」
 「えーっ、そんな木があるの?面白いなぁ。その木、近くにある?見てみたい。」
 「近くに何本かあるけど、私の家の庭にもあるよ。」
 ということで、私は興味を持って、彼女の家へその木を見に行った。

 「ほらそれ」と彼女は1本の木を指差しながら、指差した木に近付きながら「あれが果実」と、木の枝にぶら下がっている見た目が山芋状の果実に指先の向きを代えた。
 「ほうこれか、この木が1本あれば毎日の酒の肴に困らないのか、いいなぁ。」
 「酒の肴じゃないよ、人間が生きるための食料よ。でもさ、人間の食料っていうなら今はこれよりもっといいのがあるよ。お芋の木っていうんだよ。」
 「オイモノキってことは、お芋の木、サツマイモが果実となる木ってこと?」
 「そう、その通り。見た目はともかく、含まれる栄養と味は芋とほぼ同じ。それもここにあるよ、3年前に植えて今年から実を着けるようになったよ、ほら、あれ。」
 そこには確かに、サツマイモに見た目の似た果実がいくつも生っていた。
 「他の人の家に生っていたのを食べたことがあるけど、蒸かして食べたらほとんどお芋と一緒だったよ。」とのことであった。
 「山芋の木」はともかく、「お芋の木」は食料の安定供給に大いに役立つに違いない。人類の未来に大きな安心が見えたように私は思った。その後、その木を発明した農業試験場のR博士を紹介して貰い、詳しく話を聞こうと博士を訪ねた。
 博士によると、「山芋の木」の正式名称はヤマイモキ、「お芋の木」の正式名称はオイモキと言い、「リスが木の実を食料とするように我々の食料も木の実から完全供給できないかと長年研究し、数年前にやっと完成したものだ。」と語った。
     

 腰痛となって気分が落ち込んでから、私の肉体的老化がぐんと進んだように思う。先ずはマラ、それ以前も滅多に無かったが、ここ半年は硬くなるということがちっとも無かった。そして眼、老眼が一気に進んだ、本を読む時だけでなく、大工仕事中にも老眼鏡が必要となった。そして歯も、このあいだ、奥歯の1本の半分が抜けた。その他、白髪がぐんと増えた。食事中に食べ物をこぼすことが増えた。歩いて躓くことも増えた。
 たぶん、気分が落ち込んで私の「気」の力が弱っているのであろう。「気」の力が弱ったせいで腰痛が酷くなり、老化が進んだのかもしれないと思った。ということで、「山芋の木」と「お芋の木」を思い付いた。「山芋木から、お芋木から」ってこと。
     

 記:2018.3.23 島乃ガジ丸


共感の喜び

2018年03月16日 | 通信-音楽・映画

 私は孤独癖がある、ってことを若い頃から自身で認識していた。「一人が好き」ということについてはつい最近、このガジ丸通信に書いた記憶がある。調べると、「つい最近」ではなかった。2015年7月だからもう2年と8ヶ月も前だ。あーなんて、時の流れの早いことよ。もう2018年になってしまい、2018年も早や3月、3月も半ばになってしまった。冥土の旅の一里塚が高速で次々と過ぎていく。
 なんて、オッサンの嘆きは置いといて、その2015年7月31日付の記事はタイトルが『孤独自然死』で、当時話題になっていた孤独遺伝子を取りあげ、「人間には孤独になりたがる遺伝子を持つ人と持たない人がいるとのことであった。「これだぜ俺は!」と思った。私はきっと、間違いなく孤独遺伝子を持っている」と私は書いている。
 孤独遺伝子を持っている私は独善的である。他人から褒められたいという気持ちはあるけど、「自分が良いと思えばいい」ということを優先している。また、他人から褒められる程の才能も無いので、例えば、私が表現するもの(絵とか作文とか)も他人の共感を呼ばないようである。何年か前に友人の、沖縄では名のあるミュージシャンであるTに私の作詞作曲作品を「こんなのいかが?」と聴いて貰った。彼は少し聴いた後、作品の評価をせず、首を横に振っただけであった。「やはりそうか」と私も納得した。

 私はたぶん、多くの人の共感を求めていない。「自分の好きなようにしたい、好きなように表現したい」という気分が強いのだと思う。「他人の評価など気にしない」という傲慢さと、「分かる人には分かるさ」という上から目線の成せる技だと思う。「分かる人には分かるさ」なんて自信を持つような根拠は何も無いのにさ。
 根拠のない自信から来る「分かる人には分かるさ」はもちろん、「我が道を行く」といった信念に基づくものでは全然無い。私の場合は、よーく考えると、他人の感性に気を使うのが面倒だからという理由が大きいと思う。ちっともカッコ良くない。

 前述した「沖縄では名のあるミュージシャンである」Tは、7年間も癌と闘い続け、去年(2017年)12月に他界した。彼の告別式に参列して、会場に飾られていた生前の彼の写真を見るに、たくさんの仲間に囲まれ今にも壊れそうな笑顔を見せている彼の姿を見るに、「あー、この人は共感の喜びを大切にしていた人なんだ」と感想を持った。
 その時頭に浮かんだ「共感の喜び」という言葉に、「あー、それだぜ、俺に足りないのはそれに違いない」と、自身を省みるきっかけとなり、そして、少し反省した結果、「私は孤独癖がある」について疑問を持つようになった。2017年の年末から年始にかけて友人知人と会う機会が多く、彼らに心癒されているということを感じて、私は孤独が好きなのではなくて、他人に気分を合わせるのが嫌いな我儘者なんだと気付いた。
 他人と共感することが嫌いというわけではない。共感する喜びを知らないというわけでもない。若い頃、フォークソングが好きで、中でも高田渡とか友部正人に感動し、同じく彼らを好んでいる人達に出会って、「同士だぜ」と思ったことを思い出す。
     
 しかし、面倒臭がり屋の我儘者は、その後、オジサンと呼ばれる年齢になってからは共感の喜びをあまり得ていない。オジサンとなってから、さらに我儘者になったのだと思われる。いや、現場仕事で工事を完成させた時は仲間と喜び合ったな。懐かしあの頃。
     

 記:2018.3.16 島乃ガジ丸


マルツノゼミ

2018年03月16日 | 動物:昆虫-カメムシ・セミ

 とても小さな

 今回紹介するマルツノゼミは、初遭遇して写真を撮ったのは2014年4月のこと。遭遇した場所は私が借りている畑ナッピバル(私による命名)で、何者かを調べてそれがマルツノゼミであると判ったのは、おそらくそう時は経っていない。何しろ大きな特徴があるので判り易かった。大きな特徴とは、セミにしてはとても小さいということ。
 その約1年後、従妹Tが息子Rを連れてナッピバルへ遊びに来た。Rはその時小学校2年か3年生、男の子らしく昆虫好きで、畑に来るとたいてい虫探しをしている。ちょうどその頃、イワサキクサゼミが畑に現れていて、鳴き声が聞こえていた。

 「今鳴き声が聞こえるのはイワサキクサゼミだよ」と、オジサンが得意げに言うと、
 「知ってるよ、でも、もっと、ずっと小さなセミがいるよ」Rは言う。その時、既にマルツノゼミの存在を知っていて、セミの仲間ではないと確認済みであった。
 「それって、マルツノゼミのことか?」
 「そうだよ」
 「マルツノゼミはセミの仲間じゃないんだよ」と、オジサンはさらに得意げに言う。すると、Rは面白くなさそうな顔をし、黙ってしまった。
 その時私は、「そうか、よく知っているね、よく勉強しているね、偉いね」などと言ってあげれば良かったのだ。そうすれば彼は、もっと昆虫に興味を持って、もっと勉強したに違いない。子供を育てる立場であるという意味で、私は大人失格であった。

 先日(2018年になって)、マルツノゼミを紹介しようと思って、その説明文を書いている時、文献やネットを調べていたら、
 カメムシ目は 腹吻亜目(アブラムシ、カイガラムシ、キジラミなど)
        頸吻亜目(ヨコバイ亜目:セミ、ヨコバイ、ウンカなど)
        鞘吻亜目
        カメムシ亜目(異翅亜目)
の亜目に分かれていて、マルツノゼミは頸吻亜目(ヨコバイ亜目)の中の、セミ型下目の中の、ツノゼミ上科の中のツノゼミ科となっている。ツノゼミ上科にはヨコバイ科も含まれているのでセミよりはヨコバイ科に近いようだ。
 しかしながら、セミ科とツノゼミ科は、カメムシ目の中では同じセミ型下目に含まれているもの。仲間といっても良いのであった。そこまで理解した上で、オジサンは小学校低学年の男子に丁寧に教えるべきだった。やはり私は大人失格。

  
 マルツノゼミ(丸角蝉):半翅目の昆虫
 ツノゼミ科 南西諸島、日本全土、シベリア、他に分布 方言名:不詳
 名前の由来、広辞苑に「つのぜみ」があった。角蝉と漢字表記され「カメムシ目ツノゼミ科の昆虫の総称・・・一見セミを小さくしたように見えるが、前胸部にさまざまな形をした突起を備える」とのこと。「一見セミに見え」から蝉、「前胸部に突起を備え」から角だと思われる。マル(丸)は私の想像だが、背中が丸いからだと思われる。
 「ツノゼミの仲間は熱帯地方に多く分布」とあるが、本種はシベリアにも分布し、分布はその他オーストラリア、ヨーロッパ、北アメリカとなっている。分布の南西諸島を詳しく記すと、西表島、石垣島、南北大東島、沖縄諸島となっている。
 体長4~5ミリと小さく、なかなか出会う機会がない。私の畑ナッピバルで過去6年間で見たのはたったの2回だけ。本種を探す目的で数時間藪の中を歩けば見つかるかもしれないが、それだけの手間暇を掛けるほど私は昆虫に愛情を持っていない。
 寄主は広葉樹、個体数は多くないとのこと。成虫の出現は5~11月。

 記:2018.3.12 ガジ丸 →沖縄の動物目次

 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
 『名前といわれ昆虫図鑑』偕成社発行
 『いちむし』アクアコーラル企画発行
 『学研生物図鑑』本間三郎編、株式会社学習研究社発行
 『昆虫の図鑑 採集と標本の作り方』福田春夫、他著、株式会社南方新社社発行
 『琉球列島の鳴く虫たち』大城安弘著、鳴く虫会発行