ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

虫の知らせ、夢のお告げ

2006年08月25日 | 通信-社会・生活

 私の住んでいる2DKのアパートには窓が5箇所ある。そのうちトイレの窓は右端5センチ、左端5センチをほぼ常時開けている。他の4箇所の窓はこの時期、家にいる間、雨が降っていなければ片方の戸をいっぱいに開けている。開けてはいるが網戸はきちっと閉めているので虫はあまり入ってこない。網戸の数箇所に小さな穴が開いているので、たまにだが運良く(虫にとって、私にとっては運悪く)その穴を発見した蚊などの小さな虫が入ってくることはある。せいぜい蚊が入れるほどの穴、ハエは入れない。
 そのような状況で、先週木曜日の夜、パソコンデスク兼、お絵描き机兼、食卓テーブルの前に座って酒を飲んでいると、目の前を黒いものが動いた。ゴキブリであった。いったいどうやって入り込んだのか不思議に思いつつ、殺虫剤で殺す。 
 数年前まで、隣の住人が部屋の中に犬を飼っていた。犬のトイレはベランダにあるようであった。隣のベランダと私のベランダとの仕切り板は下方に数センチの隙間がある。その隙間から、暖かい時期は毎日のようにゴキブリが侵入してきた。であったが、数年前に隣が引っ越して、それからしばらくしたらゴキブリはいなくなった。で、ここ数年、私の部屋の中に進入するゴキブリは、年に1匹いるかいないかとなっている。
 木曜日の夜のゴキブリは、よって、久々のものであった。私に殺された蚊は年に数十匹になるであろう。私に殺されたアリも同じくらいの数になるであろう。私に殺された蠅は年に数匹ほどいるかもしれない。私は、その他の虫を殺さない。畑の作物を荒らす虫でさえ追い払うことはあっても、殺すことはしない。であるが、ゴキブリは蚊、アリと同じ扱いをする。それらよりむしろ厳しく対処する。見つけたら情け容赦なく即殺している。私はゴキブリが嫌いなのである。

 ゴキブリがやってきたのは午後10時過ぎ、それから4時間後の深夜2時頃、目が覚めた。私は、私自身の寝姿を見たことは無いが、寝相はそれほど悪く無いと思う。ベッドから落ちたことは無いし、寝ているうちに頭の方向が逆になったという経験も無い。その夜はしかし、頭がベッドから少しはみ出していた。すぐ横に柱の角があった。
 いったいいかなる夢を見ていたのか覚えていないが、私は「いやいや」をするように激しく首を横に振り、頭を柱の角に強くぶつけ、その痛さで目が覚めたのであった。こういう経験は、少なくとも大人になってからは覚えが無い。「ゴキブリといい、前夜から何かいつもと違うことが起きてるぞ、何の予兆だ。」と思いつつ朝、電話があった。
 伯母が昨夜亡くなったとの知らせであった。夜中2時頃には親族が病院に集まっていたということを聞き、「そうか、皆が俺を起こそうとしていたのか。」と思う。いつもは枕元に置いてある携帯電話を、その日はたまたま机の上に置き忘れていた。着信音を小さくしているので、離れると聞こえない場合が多い。朝電話があった後に確認すると、携帯の着信履歴には従姉から、実家からの電話が数件入っていた。

 伯母が亡くなったのは夜10時過ぎとの事。「そうか、ゴキブリは使いであったか。」と私は思い、伯母の遺体の前で手を合わせながら、「使いに俺の嫌いなゴキブリは無かろう。」と言う。「ヤモリやクモやガではアンタ何とも思わんでしょう。アンタの気を引くにはゴキブリが一番と思ったのよ。」ということらしかった。

 記:2006.8.25 ガジ丸


手練の女優

2006年08月18日 | 通信-音楽・映画

 今月の模合(女房も文句を言えない飲み会)は先週の土曜日、12日にあった。模合はほぼ毎回場所が変わる。今回は、国際通りから少し入った久茂地にある居酒屋さん。
 国際通りへ行くならば、そのついでに桜坂劇場で映画を観ようと決め、桜坂劇場から送られてきたスケジュールの載っているパンフレットを手に取る。パンフレットは数ページあるが、その表紙に紹介されている映画を観ることにした。『かもめ食堂』。
 監督は荻上直子とあったが、私は知らない。原作は群ようこ、これは知っているが、ファンというわけではないのでその作品も1、2冊読んだくらい。主演は小林聡美、片桐はいり、もたいまさこの三人。私はテレビドラマをほとんど観ない。ここ10年で観たドラマは、NHKの『ちゅらさんパート2』、『ちゅらさんパート3』、明石家さんま主演の『さとうきび畑』くらいであろうか。そんな私なので、小林聡美、片桐はいり、もたいまさこの三人についての知識もほとんど持っていない。片桐はいりはその外見上の際立った特徴から、「あーこの人『笑っていいとも』のゲストに出ていた」とすぐに名前が浮かんだが、後の二人は、特に小林聡美については何も浮かばなかった。もちろん、女優であることは知っており、映画かテレビでその顔は何度か見ているとは思う。
 ”手練”とは「てだれ」と読み、「熟練して技芸などのすぐれていること。また、その人」(広辞苑)のことを言うが、小林聡美はまさに手練の女優。あとの二人も上手いと感じたが、この映画では小林聡美の魅力に、私はズンズンと引き込まれてしまった。『かもめ食堂』、不思議な空気でもって観客を飽きさせない。とても良い映画でした。

 話は続くようで、まったく変わる。私は、好きな女優はいくらでもいるが、嫌いな女優というのは少ない。少ないというか、今あの人この人思い出して考えてみても、誰も思いつかない。で、架空の話として、私は小林聡美が大嫌いということにしておこう。
 友人の部屋に入ると、小林聡美のポスターが何枚も貼ってある。彼は小林聡美の大ファンなのである。私はポスターだろうが、その顔を見るのも嫌である。ではあっても、友人に、「こんなポスター剥がしちまえ!」なんてことは言えない。個人の感性である。それは尊重しなければいけない。濃い墨総理が靖国参拝するのは彼の感性である。個人としての感性は、それが個人の立場であるならば、もちろん尊重されなければならない。他人がとやかく言うことでは無い。
 もしも私が、オウム真理教に大切な人を殺された人間としたならば、浅墓焼香を信奉する人間を好きになれない。付き合いたくないと思う。そんな人が身近にいたならば、文句の一つでも言いたくなるに違いない。そういう立場に立ったなら、中国や韓国の人が濃い墨総理靖国参拝を嫌う気持ちも理解できる。彼らの多くはそういう教育を受けてきたのである。そして、濃い墨には濃い墨の思惑があり、中国や韓国の政府には政府の戦略としての思惑もあるだろう。ではあるが・・・。
 お互いがお互いの感性を認めず、「参拝するのは俺の勝手だ」、「それを嫌うのは俺の勝手だ」などとやり合っていては、いつまでたっても仲良くできないがね。

  記:2006.8.18 ガジ丸


頼りになるパソコン

2006年08月11日 | 通信-科学・空想

 先々週だったか、公務員試験の数学の問題をやって、解けなかった。たった1問に1時間悩んで、結局諦めた。たった1時間で私の脳味噌はオーバーヒートしたみたいに、ぐったり疲れていた。ちょっと集中しすぎたようである。
 で、その問題、内容を覚えていたので、さっき再チャレンジした。今回は私の脳みそだけで無く、パソコンの力を借りた。エクセルに数式を入れて計算させる。きっと答えは出る。・・・きっと、というのは作業の途中で邪魔が入って、数式の入力がまだ終わっていないのである。義兄が来て、仕事を頼まれたので、問題はまた後日といことになる。
 ちなみに、その問題、できる人には簡単かもしれないが、次のような内容。
 午後1時10分頃(9分かもしれないし、11分かもしれないということ)にベルが鳴って、午後の授業が始まった。50分後授業は終わり、休み時間が10分ある。その10分の間に、時計の時針と分針の指している位置が、1時10分頃にベルが鳴った時の位置と似ていた。ただし、時針と分針が逆であった。さて、ベルが鳴ったのは午後1時何分何秒であったか。・・・ということ。言っている意味は解るが、計算は面倒。おそらく、パソコン無しに解くことは、私には無理のような気がする。

 難しい計算は、私の場合今はもうほとんど全てパソコンがやってくれている。パソコン様々である。そのパソコンを操作しているのは私であるが、パソコンがその内部でいかような仕組みで動いているかを私はよく知らない。知らずに使っている。これって、もしかしたら危険な事ではないかと少し不安にも感じるが、とても頼りにしている。

 ガジ丸HPに音楽や音声(歌やおしゃべり)を入れようと思い立ち、それようのソフト及び機械があるのか、あるとすればどのようなものか、いくらくらいするものなのかなどを調べるために大手の家電チェーン店へ行った。店内をざっと見回したが、そのようなソフトや機械(キーボードのようなものを想像)は見当たらない。で、レジに行って「パソコンに詳しい人はいませんか?」と訊く。レジの女の子は「少々お待ち下さい」と言い、奥の方(といっても、3mほどしか離れていない)にいるオジサンの店員に相談し、戻ってきて、「どういうお話ですか?」と私に訊く。「パソコンに音声を入れたいのだけど、どんなソフトや機械が必要なのか、ということです。」と応えると、また、奥のオジサンのところへ行って、戻ってきて、「マイクをパソコンに取り付ければ音声は入ります」と言う。「音声の操作はどのソフトでやるのですか?」と再び訊く。女の子は3度目のオジサン詣でをして、戻ってきて、「メディアプレーヤーを使うそうです」とのこと。
 奥のオジサンはなにやら作業をしていたが、風采の上がらない貧乏そうなオジサン(私のこと)を相手にするよりはよほど大事な作業であったに違いない。メディアプレーヤーをどう使うのか詳しいことを訊きたかったのだが、諦めた。
 家に帰って、メディアプレーヤーのヘルプを読み、友人の店へ行って、インターネットサイトから情報を得て、音楽入力のフリーソフトも得るなどして、声の入力はまだできていないが、音楽の入力はできるようになった。そう難しいことでは無かった。パソコンにマイクを繋ぎ、ギター弾いて生歌を録音するよりはよほど楽。生歌、あるいは生ギターに比べれば、パソコンは音程も狂わない。まったく、頼りになるパソコンなのである。
 →チャントセントビーチ

 記:2006.8.11 ガジ丸


動かさない筋肉は衰える

2006年08月04日 | 通信-社会・生活

 人類の宇宙への挑戦が始まってしばらくの間は、宇宙船は小さかった。人一人がやっと乗れるくらいの宇宙船で無重力の中を数日間過ごした宇宙飛行士は、地球へ帰ってくると立つことができないくらいに筋肉が衰えた。自力で船外へ出ることができないので、迎えに来た人に引きずり出された。まるで事故車両から救い出される怪我人みたいなのであった。そんな光景をテレビのニュースで私は何度か見ている。無重力状態では筋肉はほとんど使われないらしい。動かさない筋肉は衰えるということなのであった。
 現在は宇宙船も大きくなっており、その中で宇宙飛行士たちは体を動かすことができるようである。事故車両から救い出される怪我人みたいにならないよう、宇宙飛行士たちは宇宙船の中で筋力トレーニングをしているらしい。

 「動かさない筋肉は衰える」というのは、日常の生活にもあてはまる。中年になってからの私は、少なくとも1日20キロメートル歩いてもへばらない程度の脚力、若い女性をお姫様抱っこできるくらいの腕力、若くない女性が倒れていたら、それをオンブできるくらいの腰やお腹の筋力は鍛えておこうと思い、そうしている。

 私が体を鍛えるのは、それが私の幸せだと思っているからで、幸せの感性は人それぞれ異なる。『体に甘く内臓に厳しい人』ということで、三週前にM、ニ週前にE子の話をしたが、余分なカロリーを摂取することが幸せだと思う人は、そうしていいのだと思う。太っていることはけして不幸な事では無い。太っていることを不幸だと思うことが不幸なのだと思う。じっさいに、MもE子もいつも朗らかで、幸せそうなのである。
 彼らはきっと死ぬまで、食い物のある所へ歩けるほどの脚力、食い物を口まで運ぶ程度の腕力は持ち続けるに違いない。鍛えられた彼らの内臓は、好きなものをずっと食い続ける力を持っているに違いない。彼らは彼らが幸せに生きるための筋肉は鍛えている。
 そんな未来のある日、焼肉パーティーに出かけた私は、久々に肉をたくさん食べて、それをうまく消化できずに、それが原因となってあっけなく死んでしまう。爺さんになってもまだ体を鍛え続けている私であったが、内臓はあまり鍛えてなかったのである。
 「日頃節制して、体も鍛えていたのに、あっけないねぇ。」などとMやE子が私の葬式で、葬式料理を口に頬張りながら、大きなお腹を揺らしながら語り合うかも・・・。

 「動かさない筋肉は衰える」のだが、また、「働かない脳味噌も衰える」。
 先々週から2週間かけて、1冊の難しい本に挑戦した。けして、分厚い本では無いが、2週間かかった。2週間かけても全部は読めなかった。少なくともここ10年の間、きっちり(理解しようとして)本を読むことが私は無かったものだから、読み進むに連れて脳味噌が疲れ、ヘトヘトになり、後半部分はもう、ただ目で字を追うだけの状態となった。「怠けていたんだ、俺の脳味噌は」と、つくづく思い知らされたのであった。
 難しい本が理解できなくても、それによって、私が不幸になるということは無い。ではあるが、やはり脳味噌も少しは鍛えなくちゃ、と今日、数学の問題を一つやった。公務員試験の問題、その一つに2時間かけたが、解けなかった。うー、衰えてるなあー。

 記:2006.8.4 ガジ丸