ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

漫画やアニメより面白いもの

2016年06月24日 | 通信-文学・美術

 3週前『漫画虫』、先週は『懐かしの漫画青春』と漫画の話が続いたが、漫画だけでは無くアニメも私はよく観ていた。子供の頃夢中になったものを挙げれば『鉄腕アトム』、『エイトマン』、『ゲゲゲの鬼太郎』、『巨人の星』、『あしたのジョー』などがある。アメリカ産の『ポパイ』や『トムとジャリー』も大好きだった。大人になってからもアニメは観ている。『サザエさん』、『アラレちゃん』、『クレヨンしんちゃん』、『ドラゴンボール』など。中でも『ドラゴンボールZ』は、べジータのシリーズまでは夢中になって観ていたといっていい。映画でも宮崎駿監督作品はその多くを観ている。
 大好きだったアニメも、『クレヨンしんちゃん』、『ドラゴンボールZ』(べジータのシリーズまで)以降のテレビアニメは、テレビを観る時間がそもそも減ったということもあって、観なくなった。映画アニメは『千と千尋』が最後。
 先週の『懐かしの青春漫画』で記した私の漫画履歴でも、よく読んでいたいしいひさいちややまだ紫、その他も含め、それらは1990年代の作品だ。2001年公開の『千と千尋』以降、私は漫画からもアニメからも遠ざかっている。

 過日、友人から送られてくるメルマガに星新一、筒井康隆の名前があったので思い出した。私も若い頃は小説も多く読んでいた。純文学からSFまであれこれ読んでいた。
 思い出すままに作品、または作家の名前を連ねると、子供の頃は「シャーロックホームズ」、「怪盗ルパン」、「怪人二十面相」など、高校生になってからの青年期になると星新一、筒井康隆の他、安倍公房、小松左京、平井和正、北杜夫、遠藤周作、安岡章太郎、吉行淳之介、三浦朱門、阿川弘之、瀬戸内晴美、三浦綾子、有吉佐和子などの作品をよく読んでいた。あー懐かしや我が青春。もう40年ほども前の話だ。
 その頃は月に数冊は本を読んでいたと思う。文芸書は、30歳過ぎてからは年に1冊読むかどうかとなり、40歳過ぎてからはほとんど読まなくなった。読むのは仕事関連の参考書、パソコン関連の参考書がほとんどとなる。このガジ丸HPを始めるようになってからは動物図鑑、植物図鑑、百科事典などが私の愛読書となっている。

 さて、「2001年公開の『千と千尋』以降、私は漫画からもアニメからも遠ざかっている」と上述したが、漫画を全く読まない、アニメを全く観ないというわけではない。時々通っている宜野湾市民図書館には漫画本もアニメDVDもあり、ここ数年間で2~3冊の漫画本を借りて読み、数本のアニメDVDを借りて観ている。
 漫画本は沖縄関連の漫画、アニメDVDは沖縄関連の他、『千と千尋』以降のスタジオジブリ作品をいくつか観ている。そうやって読んだり観たりしているが、漫画もアニメももう夢中にはなれない。アニメだけではなく邦画、洋画など古いものから新しいものまで時々借りて観ているが、いずれも以前のように夢中になれるものはごく少なくなった。精神の老いということだろうか、淋しい気もするがしょうがない。
 いやいや、実を言うと、淋しい気はちっともしていない。漫画を読まないアニメを観ないからといって私はちっとも退屈していない。漫画やアニメより面白いものが畑には多くいる。畑には今そこに生きているものが多くいて、様々な姿を見せ、様々な動きを見せてくれている。それらを見て、妄想するだけで、私に退屈する時間は少しも無い。
          
          
          
          
          
 記:2016.6.24 島乃ガジ丸


懐かしの青春漫画

2016年06月17日 | 通信-文学・美術

 子供の頃マンガオー(漫画王:漫画虫という意)であった私は、青年期になっても、オジサンと呼ばれる歳になっても漫画を買って読んでいた。
 学生の頃は青年漫画雑誌と呼ばれる「アクション」や「ビッグコミック」、「ビッグコミックオリジナル」などの週刊誌を購入し、『じゃりんこチエ』やら『ゴルゴ13』などを好んで読み、また、月刊誌の「ガロ」もよく読んでいた。
 どの雑誌に掲載されていたかは記憶が定かでないが、大友克洋の『AKIRA』、いしいひさいちの『タブチくん』、白土三平の『カムイ外伝』などを好み、作品はどれでも構わずいしいひさいち、大友克洋は大好きで、彼らの単行本を買い揃えていた。

 今は無いのだが私の部屋の本棚には漫画本がいっぱいあった。10年ほど前に私の漫画蔵書を調べ記録している。それによると、私の蔵書で多い作家から順に記すと、
 1、いしいひさいち 『問題外論』など67冊
 2、手塚治虫 『火の鳥』など29冊
 3、ますむらひろし 『アタゴオル玉手箱』など23冊
 4、大友克洋 『AKIRA』など19冊
 4、白土三平 『カムイ外伝』のみ19冊
 6、魚戸おさむ 『家裁の人』のみ12冊
 6、東海林さだお 『ショージ君全集』など12冊
 8、山本おさむ 『はるかなる甲子園』のみ10冊
 8、やまだ紫 『やまだ紫作品集』など10冊
 10、谷岡ヤスジ 『アギャギャーマン』など9冊
 以上がベストテン。その他、黒鉄ヒロシ、吾妻ひでお、古谷三敏、杉浦日向子、近藤ようこ、安西水丸、原律子、高信太郎などが複数冊あり、好んで読んでいた。
 前回の『漫画虫』で「私は大きな目にキラキラと星が輝いているのが苦手で、少女漫画はほとんど読まなかった」と書いたが、女流作家が嫌いと言う訳では無い。女流作家が少女漫画家であるとは限らないのだ、文学的漫画家も数多くいる。上に挙げたやまだ紫、杉浦日向子は大好きで大ファンと言っていい。他にも上記の近藤ようこ、原律子に加え、萩尾望都、高野文子、赤星たみこ、内田春菊などの本も持っていた。
         

 漫画単行本の蔵書の総数は、家にあったものだけで243冊、実家の自分の部屋にも本棚があり、そこにも『じゃりんこチエ』の十数冊を含め4、50冊はあったと思う。
 そんなたくさんの中で、私の青春漫画を挙げるとすれば、第一位はやはり、蔵書の数も飛びぬけて多いいしいひさいち。いしいひさいちの笑いのセンスは私の壺にピッタシカンカンであった。笑いでは他にも、東海林さだお、谷岡ヤスジ、黒鉄ヒロシ、吾妻ひでおなどにも大いに笑わせて貰った。いずれも大笑いでは無く、ニヤリとした笑い。
 上に挙げた漫画家の名前を見ている内に思い出した。白土三平を筆頭に、ますむらひろしや安西水丸、そして、女流漫画家のほとんどはガロで知った人たちだ。ガロで知った人には永島慎二やつげ義春もいた。ガロはアンダーグランド的雰囲気を持った漫画雑誌で、私は若い頃好んで読んでいた。ということで、ガロが私の青春漫画だと言える。
          

 記:2016.6.17 島乃ガジ丸


漫画虫

2016年06月03日 | 通信-文学・美術

 虫は昆虫の虫であるが、広辞苑によるその第9義に「ある事に熱中する人」とあり、例として「本の虫」を挙げている。表題の『漫画虫』の虫はその意。沖縄ではその意で虫も使うが、オーを使うことがより多い。オーはおそらく王の意、漫画の王様ということになるが、良い意味では無く、漫画を読んでいるトップということ。私は父に「漫画オー」とよく怒鳴られた。ちなみに、「ヤーサオー」ともよく言われた、ヤーサはヤーサンで「ひもじい」という形容詞だが、ヤーサオーで沖縄語辞典にあり、「すぐ腹の減る人=食いしんぼう」のこと。今の私は小食だが、子供の頃はよく食っていたかもしれない。

 私は子供の頃から青年期まで漫画王だった。子供の頃、両親はなかなか漫画雑誌を買ってくれなかったが、友人が持っているものを借りたりして読んでいた。小学校の頃は少年サンデー、少年マガジン、少年キングという漫画週刊誌があり、少年とか少年画報とかの漫画月刊誌があった。その他、小学○年生といった学習雑誌にも漫画は載っていた。
 サンデーに『おそ松くん』、『オバケのQ太郎』、マガジンに『巨人の星』、『ハリスの旋風』があったのは覚えている。どの雑誌に載っていたかは定かでないが、漫画の神様手塚治虫作品の『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』、ボクシング漫画の大傑作、ちばてつやの『あしたのジョー』、ロボット漫画の大傑作、横山光輝の『鉄人28号』、妖怪漫画の大傑作、水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』、ギャグ漫画の大傑作、赤塚不二夫の『天才バカボン』、忍者漫画の大傑作、白土三平の『サスケ』、サイボーグ漫画の大傑作、石ノ森章太郎(当時は確か石森章太郎)の『サイボーグ009』、その他にも、藤子不二雄の『忍者ハットリくん』や『怪物くん』などなど、よく覚えている。
 タイトルだけ覚えているものならまだある。『エイトマン』、『伊賀の影丸』、『少年忍者部隊月光』、『紫電改のタカ』、『バビル二世』、『柔道一直線』など、まだあるがキリが無い。これらの作品の作者はおぼろげである。漫画家の名前だけ覚えているものを挙げると、望月三起也、永井豪、松本零士、やなせたかし、その他たくさん。
          
 漫画雑誌は上記の他、マーガレットとかリボンとかの少女漫画雑誌もあった。私は大きな目にキラキラと星が輝いているのが苦手で、少女漫画はほとんど読まなかったのだが、赤塚不二夫の『ひみつのアッコちゃん』、手塚治虫の『リボンの騎士』、横山光輝の『魔法使いサリー』の3作品はよく覚えている。何度か読んだと思う。
 おっと、大事なものを忘れていた。手塚治虫の『火の鳥』、近所の友人が分厚い本を持っていた。それを借りて読み、子供ながら「すげぇ!」と感動した。大人になってから全巻購入し、何度も読み返した。大人になってからで言うと、作品名では『カムイ外伝』、『ブラックジャック』、『ゴルゴ13』、『じゃりんこチエ』などの他たくさん、漫画家名では大友克洋、いしいひさいち、ますむらひろし、東海林さだおなど、これもキリが無いので、大人になってから読んで夢中になった作品については次回ということにして、
 子供の頃の漫画経験を1つだけ、赤塚不二夫の『天才バカボン』で涙が出て呼吸困難になるほど大笑いしたことがある。その場面は今でも覚えている。赤塚不二夫はギャグ漫画の天才だと思った。その時と同じ位大笑いしたのはコント55号のコントで1度あったかどうかくらいで、それ以降、今日の今まで、私は大笑いをしたことが無い。
          

 記:2016.6.3 島乃ガジ丸


田中一村 亜熱帯の画人

2012年04月27日 | 通信-文学・美術

 私は高校生の頃、美術クラブに1年半ほど在籍していた。その間、油絵は確か3枚、水彩画は十数枚描いている。美術クラブは部員同士の仲が良く、男女の仲も良く、卒業生達も折々に顔を出し、彼らとの仲も良かった。なので、平日に限らず、休みの日にも部室に集まって、ユンタク(おしゃべり)し、それぞれ絵を描いたりなどしていた。
 夏休みには沖縄の風景スケッチを目的として、沖縄島のヤンバル(中北部の通称)や慶良間諸島、久米島などへ合宿をした。春休みも冬休みも部室へ集まった。で、各人、先輩達から教えを請うたり、それぞれが思うがままに美術に取り組んでいた。
 一年半もの間、休みの日も部室に通い、合宿にも参加しておいて、それで、油絵3枚、水彩画十数枚しか描いてこなかったのか?と思われるかもしれないが、一年半の製作活動のほとんどを私は土いじりに励んでいた。轆轤(ろくろ)を回し、碗、壺、皿などを作っていた。絵付けして、焼いて、出来上がった楽焼の作品は、記憶は定かでないがたぶん30を超えたと思う。ただ、一つも残っていない。残す程の出来では無かったようだ。そういえば、油絵も水彩画も残っていない。惜しいとも思っていない。

 そういった過去(作品の出来が悪いという過去では無く、美術クラブにいて美術製作に励んでいたという過去)もあって、私は美術が好きである。旅に出ると各地の美術館を観て回るのを趣味にしている。東京でピカソ展があると知ると、わざわざそのためだけに東京へ行った(その時は金があった)こともある。好きな芸術家も何人かいる。ピカソの他にはゴヤ、マチスなど。日本人では熊谷守一、・・・以外思い出せない。
 いや、もう一人いる、田中一村。ただ、田中一村はその作品の現物を見たことが無い。図書館にある画集を見ただけだ。その画集も偶然手にしたわけでは無い。もう20年以上も前になるか、NHKの『日曜美術館』で紹介されているのを観て興味を持った。その後になると思うが、鹿児島の友人Nも絶賛していたのを覚えている。
 テレビで紹介されているのを観て興味を持ったのは、そういえば熊谷守一もその一人である。熊谷守一展があると知って旅をした覚えがある。記録を調べてみると2004年のことであった。ついでに調べると、ピカソ展は2000年のことだ。

  さて、田中一村、テレビに映るのを見ただけで興味を持ったのには訳がある。彼の絵には亜熱帯の風景が描かれてあったから。「あっ、沖縄だ」と思ったから。沖縄の絵描きのことをあまり知らないので、これは私の不見識なのかもしれないが、亜熱帯の気分をこれほどしっかり表現した絵を私はそれまでに観たことが無かった。
 芭蕉、アダン、ソテツなどといったいかにも亜熱帯の植物たちはきっと、他の絵描きたちも描いているに違いない。しかし、一村のそれらは「だぜ、芭蕉もアダンもソテツもそんな空気だぜ、そんなオーラを発しているぜ」と感じた。テレビに映るのを観ただけでそう感じた。「こりゃあ、いつか実物を見なきゃ」と思った。そう思ってから長い月日が流れて、今年(2012年)になって初めてその作品の実物を鑑賞する。沖縄の県立博物館で田中一村展が開かれている。4月14日、行った。久々の美術観賞となった。
 作品は初期の頃より晩年まで並べられてあったが、やはり、晩年の奄美時代の方に私は強く惹かれた。作品数はそう多くは無かったが、3時間観た。それほど良かった。
          

 記:2012.4.27 島乃ガジ丸


情熱芸術

2011年06月24日 | 通信-文学・美術

 何というタイトルだったか覚えていないが、以前、テレビでやっていた映画のコマーシャルで「浮気したけど妻が好き、それってあり?」というキャッチコピーがあった。私は結婚の経験が無く、恋人の付き合いも半年以上続いたことが無いせいか、女性の感性というものを理解できていない。女性の感性が理解できないから付き合いが半年以上続かないのかもしれない。卵が先か鶏が先かみたいなものだが。それはともかく、「浮気したけど妻が好き、それってあり?」って「普通じゃないの、大ありじゃないの」と思う。
  キャッチコピーは誇張表現するので、「浮気したけど妻が好き、それってあり?」も女性の感性を多少誇張しているのかもしれない。「浮気したけど妻が好き?まあ、そういうこともあるんじゃないの」と思う女性も少なからずいるはず。たまたまそういう女性に出会っていないので私は結婚できない、・・・ということにしておこう。

 情熱に欠けるという点も、私がモテない理由になっているかもしれない。例えば、一人の女性を取り合う事態になった時、「もし良ければ譲ってくれないか?」とライバルに訊く。「何を言う!決闘だ!」と来られたら、平和主義者の私は静かにフェードアウトしていくはず。平和と女を天秤にかけたら、私は概ね平和を選ぶ。女は当然、情熱のある男を選ぶ。私は「情けない男!」と蔑まれ、以降一切相手にされないこととなる。
 しかし、思うに、結ばれた二人が幸せであるとは必ずしも決まっていない。熱はいつか冷めるだろうし、憎しみが生まれる場合もある。私は淡々と生きている。
          

 先日、沖縄県立美術館へ出かけた。同じ建物内にある沖縄県立博物館は1度見学したことがあるが、美術館は初めてとなる。「岡本太郎と沖縄」という企画展を観た。
  私は旅が大好きで、旅先で美術館巡りをするのも大好きで、その際、どこでだかは覚えていないが、岡本太郎の作品はあちらこちらでいくつか観ている。旅好き、美術館巡り好きは若い頃からなので、岡本太郎作品は若い頃から何度も観ている。若い頃から何度も観て、オジサンになってからも何度も観て、先日も観たが、私は岡本太郎が理解できていない。若い頃からずっと、一度もその作品に感動したことが無い。
 感動はしないが、人間の様々な欲望の表現であり、心身から溢れだすエネルギーの表現だろうとは感じる。生きることへの情熱みたいなものだ。ただ、正直言って、岡本太郎の作品からは情熱しか感じられない。なので、情熱の薄い私には理解できない。

 情熱の薄い私には好まれていないが、まあ、私の好みなどどうでもいいのだが、岡本太郎はその天賦の才と情熱でもって世に名を残している。それについては何の異議も無い。山羊汁の美味さを知らない人は知らなくてけっこう。岡本太郎の情熱に感動しない人(私のこと)は感動しないでけっこう。それでも岡本太郎は偉人として認められている。
 仲間からの人望も国民からの信頼も無いのに名を残そうと思っているスットコドッコイがいる。世に名を残したいと思っているその情熱がもし、辞めることを躊躇っている理由だとしたら、そんな情熱は捨て去って大丈夫。今すぐ辞めたからといってまったく心配には及ばない。「世のため人のためでは無く自分のために地位に執着した、歴代総理の中で最もスットコドッコイ」ということで現総理は名を残すであろう。良かったね。
          

 記:2011.6.24 島乃ガジ丸