熟年の手習い

熟年老い易くチェロなり難し

そろそろ猛暑到来

2007年07月30日 | チェロ
安さんの無愛想な背中に汗がつきそうなので、ネックにタオルをくくり付けました。
こんなことしていいのかどうかわかりませんが…
ミッシャ・マイスキー氏のコンサートでタオルを装着したチェロをお使いだったのを真似しました。
演奏の合間、顔も拭かれていました。

ワタシが真似できるのは、プリーツの服を着るか、タオルを付けるかくらいしかありません。

去年の夏は、暑さで弦が伸びるのと、エアコンの乾燥でペグが外れるのを初めて体験し、調弦に汗だくでした。
今年はどうなるでしょうね。
ペグ回しはだいぶ慣れました。

中古チェロを買って、弦も替えてから早1年経過。
(そろそろ替え時)
去年のブログを読んでみると、ついこないだのように思ってしまいます。
チェロの上達も、1年も過ぎたとは思えぬ亀サンぶり。

ビルスマ氏の雑誌インタビューで、チェロを学ぶ人に対して「チェロはゆっくり上手になりましょう。」みたいなことを言われてました。
楽器にしっかり馴染むためらしいです。

特別上手な青少年を念頭に話されている?とかはこの際置いといて…
うれしいじゃないですか。

そうか。。。急がば回れ。。。希望を持たなくちゃね!

そして勝手に解釈するならば。。。
壁が立ちはだかるのなら、その壁にゆっくりぶつかる覚悟で進めばいいのかも!

ウッソ~!!!

2007年07月24日 | 音楽
『バッハの思い出』という本を読んでいます。
(バッハの2番目の妻)アンナ・マグダレーナ、山下肇訳。

バッハの奥さんが著作を残していたとは!と興味津々。

さてさて。。。
バッハ亡き後、老妻はこんな貧しい寄る辺のない身の上で…
なんという早さで、幸福だったバッハ家の生活が忘れられてしまったか…
(といっても彼女57才、寡婦歴7年)
そこへ、かつての弟子が夫人を探して当て、思い出を書くよう奨める…

バッハ奥様の時代がかったナレーション風の回想録スタート。

ミーハーな感想が真っ先に。
ほーーーーっ こんなにも相思相愛、ラブラブな結婚生活だった!
子沢山のはずだわ。

チェロ無伴奏組曲のことは出てきませんが、ケーテンにいたころ、教会から干されて室内楽を書いていたとありました。
多くの弦楽器のための曲を書きましたが、今までの弦楽器に飽き足らず、5本弦のチェロとヴァイオリンの中間を発明したそう。
無伴奏6番は5本弦のための楽譜、とワタシが持っている楽譜の注にも書いてあるよ!!!
そして!一緒に借りた本の表紙もコレ!5本!

こうして、300年前のことが、すごく身近に感じられて面白がっていました。

ところが、半分くらい読んで、訳者のあとがきを見たら、これはバッハ夫人が書いたのではなくフィクションという見方が有力ですと?
しかし、実際の著者のことはウヤムヤにしてあります。
いずれにしても名著に変わりないと結論しているけど、そんな問題ではないでしょうに。
歴史を改ざんしても許されるってことになりはしませんか?

ウィキペディアによると。
ドイツ人にとっては、本書がフィクションであることは自明だったが、これを読んだ日本人が本当にアンナ・マグダレーナが著したものと誤解し、独語版から翻訳した。
現在でもまだ日本ではアンナ・マグダレーナが著したかのような体裁で出版されているので注意が必要。


話はぶっ飛びますが、ウッソー!といえばこのCM。
Dove Evolution
カンヌ国際広告祭でグランプリだったそうです。

ということは、デジタルなものはすべて擬装できる?!
CDの音楽も変幻自在ってことですね。
なんだか幻聴、幻視の中で暮らしているみたいでウッソー!!!です。

50回目のレッスン(通算67回目)

2007年07月21日 | チェロレッスン
な、なんと、先生、見るからに病人でした。風邪?
扁桃腺が腫れて声も出にくいとか。

ぶっ倒れることなく、一応レッスンをこなされました。

○無伴奏1番プレリュード

ピッチカートで最後まで。
一ヵ所、♭をつけて弾いていたところを注意。
(注)によると、そうなっている楽譜もあるとのこと。

ピッチカートでも曲のイメージを出して、といわれましたが、
指が痛いのを我慢するだけでも大変。

次に、指3本で正確な和音を弾いて、響きをよ~~~~く聞く。
(ハープみたいな指使いは初体験)
コード進行で、じっくり間を感じながら、まずは8小節。
ソレシの和音をジャ~ン・・・・・
ソミドの和音をジャ~ン・・・・・
      
ソファ♯ドの和音が美しく決まらない。

こればっかり、延々。

録音を聴くと、響きが飛んで、ベン、ベン・・・と三味線みたい。泣

左手がモタモタしなくなるまで、弓はお預け。
ということで、今回は弓の出番終になし。

使っている楽譜はベーレンライター社の日本語版ですが、他の楽譜も見せていただいた。
スラーの場所が違う。

ソレシレシレシレのソレシだけスラーが付いていますが、
次回、楽譜通りのボウイングで弾いてくること。

1小節、1往復のスラーで弾くのではありませんでした。
ガシガシ忙しく、滑らかさはなくなるけど、
8個スラーよりも弾きやすいことは確か。
ドタバタ弾くなら誰でもできると、先生の声が聞こえてきそう。

先生の演奏をふんだんに聴かせていただいた贅沢なレッスンでした。
体調がお悪い時は、先生も指導より演奏の方がよろしいようで・・・
お大事に。

BACH - Cello Suite

2007年07月18日 | チェロ
病気もイヤだけど、地震もイヤだ。
繰り返し被災というのが、お気の毒過ぎる。

ゆーちゅーぶで名人の#1プレリュードばかり集めてみました。
カザルス
ロストロポーヴィチ
マイスキー
ヨーヨー・マ

やっぱりというか、ボウイングが様々なことに、目が行ってしまいした。
(PCの音質も良くないわけで、耳がサボり気味。)
レッスンでは、まだ右手のことは習っていません。
楽譜をよく読んで、どの音が大切か、転調がどこか考えるようお達しがありました。

そこで↓コレを見たのですが、当然ながら意味不明。
トルトゥリエ・マスタークラス
しかし師匠の風貌と表情がアニメ的で飽きません。

よっしゃ~!30年以上前、第2外国語は仏語じゃ~!
ちょっと聞き取れたのが、
デリケートにポエティックに、(そのまんま)
メトロノームが?
海?空は青い?雲は流れ?
景色が変わる、ここで又変わる、ここは長調。
(13小節目頭)この音が悲しみの(駅?)
以上。。。

ところで、
この無伴奏組曲というのは舞曲である、としか知識がありませんでした。
しかし、そんな一枚岩の音楽ではないということもわかってきました。
それを解明するために、延々と研究がなされているのですね。
『ビルスマ・インタビュー』を読むと、親の病気と向きあうという今の自分としては、当時の音楽の役割に興味がひかれました。
そして、バッハ夫人が書いた楽譜の評価や、イレギュラーなスラーでボウイングの技を発揮する曲という見方にも…

『ビルスマの演奏』もみつけました!
これがテンポも遅いし音も柔らかいので一番、心が安らぎます。
エンドピンがない古楽器ですね。

ビルスマ関連の雑誌や、古楽の本も図書館で借りてきました。
(病気や病院を調べていたら、本の多さに茫然自失。)
ではまた後日。

49回目のレッスン(通算66回目)

2007年07月09日 | チェロレッスン
チェロを弾こうとしても、気もそぞろ。
こんな非常時に、チェロどころではないと思っていました。

ところが、すぐにそんな時期も過ぎ、チェロを弾くと無心になれるのを発見。
生活の項目に優先順位をつけていきましたが、チェロは見事生き残りました!

友人からも、気が滅入ることばかりに脳を使うものじゃないとアドバイスあり。
チェロに拒否反応を示さなかったワタシの脳に感謝です。

レッスンも疲れた体でも足が向きました。

先生に、近況説明。
アンサンブルクラスはお休みすること。
練習不足でもレッスンに来たこと。
チェロに救われていることも。

○ Violoncello Schule Op 30. Lee Sebastian
◎ lesson8(Fis Mollフィスモール/嬰へ短調)P29
♯3つの短調。

・2オクターブ音階。
4個スラーまで練習したのですが、やはり下りでころぶ。
一つの拍に2つ、3つ、4つを入れる練習。

・練習曲。
1箇所、完全に勘違いの指使いあり。
それを直せば、俄然音をとりやすくなった。
ポジション移動にアタフタの左手ですが、1回目にしては弾けるようになったと驚いてくださった。

突如、先生「無伴奏しましょう。」
キョトンとするワタシ。
「バッハですか?何番ですか?」「1番プレリュード」
「無理です。」「・・・・・・」
「ワタシみたいなシモジモが弾いてはいけません。」
先生、爆笑。
「ドッツァウアーもほったらかしですよ。」
「プレリュードで練習したらいいじゃないですか。」
「ブツブツ・・・わかりました」
「全音の青い本買ってください。」

・ピッチカートでいいから、先に左手の音取りをしてくること。

○ マルチェロ ソナタ ホ短調 2楽章

早く弾くために、右手指の動かし方について。
親指屈伸、指4本の連動運動をチェックされ、実践。
よほど指がしっかりしないと、先生のお手本は難しい。
指先が弓に触れる場所がズレたりする。
安物の弓に両面テープをつけて、指先を固定して練習してもいいかもしれない。
曲はうやむやのまま時間切れ。

ところで…
どうして、急に無伴奏プレリュードなのか不明だし、荷が重過ぎると思いました。
でも、人生一寸先は何が起こるかわからないもの。
何しろ五十路ですしね。
弾かせてもらえる時に弾いてみるのも悪くはないかな。

吉田秀和氏いわく、どんな時でもバッハは邪魔にならなかった音楽だとか。
今までバッハとは無縁でしたが、少~しお近づきになれたらうれしいです。

追記
やっと、レッスンの録音を聞きました。
唐突な無伴奏なのですが、先生のありがたいご配慮と判明いたしました。

人サマの話を、相変わらず、ちゃんと聞いてませんね。
(この前先生に注意されたのに!)

小さなお声でしたけど、
心を落ち着けるために今この曲を…
ドッツァウアーより心が落ち着くでしょう…

とかおっしゃって下さっているのに、ワタシときたら、先生の心、生徒知らず。

無伴奏と聞いた瞬間、「そんな難しい曲できませ~ん!無理で~す!」と
デカイ声で、きっぱり拒否していました。

最初から、難しいと先入観を持つのは良くないとも言われました。

先生も失望されたかしらん。

これから益々、病院関係でバタバタですが、チェロ頑張る!

人生の扉

2007年07月09日 | 日常
『おれは落胆するよりも、次の策を考えるほうの人間だ。』by坂本 竜馬
かくありたいものですが、なかなか。。。

心身共に元気な母が、がん患者に。
まったく夢にも思っていなかった。
未だ不明なところがあり検査入院中で、まだ治療にかかれない。

本人より、病気関連検索魔のワタシの方がショックに打ちのめされていましたが、
‘がん闘病に伴走する自分’というイメージが出来るようになり、
受けて立つわ!と気合を入れているところ。

悪いことは重なるもので、母の親友の訃報が届きました。
入院なさって4ヶ月でした。
まだ母には伝えることができません。

実はワタシの高校時代からの親友も闘病中。
早々と結婚して神戸から遠く離れた彼女ですが、今も昔もクラスの超人気者。
底抜けに明るいがん患者ぶりに、恩師、クラスメイトはノックアウトされ、
皆で応援しています。

彼女から「竹内まりや」の『人生の扉』にはまっているとメールがきました。
五十路を歌った歌って珍しいですよね。
まさに、実感で号泣。
でも、そのメッセージはどの世代でも共通。

吉田秀和氏のドキュメンタリーを偶然2回も見たのですが、
最後のテロップに、信じるもののために、愛するもののために生きる…と書いてあり、「人生の扉」とおんなじやん、と感心しました。