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『武曲』藤沢周

2012-07-03 | books

「武曲」(むこく)藤沢周 文藝春秋社 2012年(初出文學界2009年6月~2011年9月)

鎌倉の高校で剣道を教える、本業は警備員の矢田部。中学では陸上競技をやっていたが今はラップに夢中の高校生、融。融はひょんなことから剣道の世界に足を踏み入れる。そこでぶつかる矢田部は、剣道の鬼の父親と決闘をし父を病院送りにした男。この極めて真面目な剣道小説の行方は…

おっと。これは意外な収穫。ストーリーには意外性はこれっぽっちもなく予想通りに展開しているにも関わらず、すごく読ませる。気が付くと、自分が前のめりになっている。

あちこちに鈍い光を放つ剣道にまつわる言葉たち。これがいい。宮本武蔵が「五輪書」で書いたという、観見の相。剣道のみならず、我々の日常生活でも役立つ言葉。ある一点に視線、意識を集中しすぎないで視野を広く持つこと。ふむふむ。滴水滴凍。寒いと水滴は一瞬にして凍ってしまう。我々も一瞬一瞬を大切に生きろ。ふむふむ。何かをするときに、それが人のためになっているなどと思うなかれ。無功徳、無効用。おー、なるほど。矢田部の師匠にして剣道の達人は、その高校の隣の寺の住職、光邑禅師。禅の言葉と剣道の言葉がうまく小説と一体化している。


竹影を払って塵動ぜず、月譚底を穿って水に痕なし -風に揺れる竹の葉影が階段を払っても塵は少しも動かないし、月光が池の水底にまで届いても水には何も痕は残らない。「非有非空というやつだ。研吾。この世の事物は、実際に存在しているわけでもなく、また空無というものでもない。真如がたえず動いている。生まれている・・・。それをお前は、あるいは、お前の親父もだ、煩悩だの、いや、現実だのといって、汲々としている。だからお前らの剣は、結局、バタバタするのだ・・・(9頁より引用)


こういう小説を読んで、ああ面白いなと思っている自分て、実はマジメなんだなーと思ったり思わなかったり。「武士道シックスティーン」の若干ガーリーなのも悪くないけれど、こんな風に男の汗臭いのもまたよい。

では、また。



武曲
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