フォレスタの散歩道(パート4へ) 東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた

概ね2~3日毎の更新、1回に3題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。

岡野俊一郎氏の訃報に思うこと/立春の日の植物園

2017-02-05 15:21:44 | 日記

   現在の日本サッカー隆盛の礎を築いた岡野俊一郎さんが亡くなった。
   サッカー界のみならず、JOC理事やIOC委員を務めスポーツ界そのものの発展に寄与した功績は大きく、ニュースでも大きく報じられその死を悼んでいた。
   「日本サッカーの父」と呼ばれたのはドイツからコーチとして来日したデットマール・クラマー氏。1964年の東京オリンピックを控えて日本代表の強化に招かれ、素人同然の日本チームを見事ベスト8に導くなど日本のサッカーの夜明けを迎えたことは余りに有名であるが、通訳としてクラマー氏を支え、その後の日本代表のコーチから監督、サッカー協会の会長を務めるなどして一生をサッカーの発展に尽くした。 
   私が岡野氏をブログに取り上げた理由は、氏が高校・大学の先輩にあたるところが大きい。単なる大学の先輩などには親近感はないが、岡野さんは高校では卒業生のヒーローなのだ。私にとってはもう一人、東京六大学野球で活躍した新治伸治氏とともに高校・大学先輩の二大ヒーローである。新治氏は弱体”常敗”チームにあってエースとして8勝をあげ、卒業後就職した会社のプロ球団でも投げた。アメリカでコーチ学留学し母校野球部の立て直しに期待されていた中、62歳の若さで急逝してしまった。文武両道を走った両ヒーローが逝った。

   うららかな日和となった立春の昨日(4日)は、定例の水泳練習の後神代植物園に行った。この日の目当ては梅園のメジロとフクジュソウの咲き進み具合。梅園のウメは品種による開花時期の差があるが、大分開花が進んで来て全体としては4,5分咲きといったところか。すぐそばに植わるマンサク類が咲き出したし早くから咲いているソシンロウバイも満開状態で、よい天気に誘われて繰り出した来園者たちが盛んにカメラを向けていた。しかしウメの花に寄る私の目当てのメジロは1羽も見当たらなかった。5日前に熱海で目白押し(語源は「メジロが押し合うように沢山並んでいる様」を言うそうだ)のところ観たばかりなので拍子抜けがした。
   フクジュソウは先月21日に一番咲きの1輪を観察してからその後余り咲き進んでいないが、昨日は15~20輪くらい咲いていた。フクジュソウ園全体では千を越える花株があるのでまだまだほんの少しといったところ。余り咲き過ぎているのも興ざめになるので、これから2,3週間が見ごろになると思う。
(下の写真:左=ウメは咲けどもメジロの姿は見えず 中=ソシンロウバイ 右=徐々に増えて来たフクジュソウ)
    

 

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