フォレスタの散歩道(パート4へ) 東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた

概ね2~3日毎の更新、1回に3題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。

大晦日にコロナウィルス戦争の早期終結を願う/流行に疎い自分を改めて思う/年末恒例のブリ届く

2021-12-30 11:28:39 | 日記

   2021年も今日が大晦日。
   新型コロナウィルス感染症は中国・武漢市での顕在化を起点に全世界に拡大して丸2年が経ったが、未だ終息する見通しもないまま3年目の2022年を迎えることになる。
    敵はオミクロン株という新しい兵を送り込んで来ているが、人類の叡知と結束でコロナウィルス戦争の終結を迎える年にしたいものである。   

   
   ”化石人間”を自認する私が流行に疎いことは今更の話ではなく、毎年暮れに発表される「流行語大賞」もベスト10の内、意味が分からないだけでなく聞いた覚えもないという言葉がザラにある。誰でも知っているような流行語のはずなのに・・・である。
    昨日の新聞にネット検索サイトのグーグルで『昨年より検索件数が増えた言葉(1~11月合計)』というのが載っていて、これを見ても如何に流行そのものに疎いかが改めて分かる。
1位「東京オリンピック」や2位「大谷翔平」、7位「新型コロナウィルスワクチン」は誰でも分かろう。だが3~6位の「東京リベンジャーズ」「モンスターハンターライズ」「呪術廻戦」「ウマ娘プリティーダービー」なんて見たことも聞いたこともない。その後に続く人名でも「夏目三久」さん以外は全く知らなかった。
   私が知らなかった言葉や人名は若い年代層で人気のあるゲームやアニメ、タレントのようだ・・・と高齢者の自分を慰めるしかない。

   昨日、年末恒例のブリが届いた。大分に住む家内の従姉から正月用にと地元の養殖業者からの直送である。尻尾までの体長が80cm弱、重さは5.2kg。台所のシンクに斜めで丁度収まる大きさであった。家内は鮮魚のさばきは慣れたもので、手際よく刺身、焼き物、煮物(ブリ大根など)、ブリすき用等に切り分け、早速2人だけの昼食・夕食の食卓に上った。明日は「出世魚」の縁起物として家族8人の新年の祝い膳に登場してもらうことになる。
   大分県の別府市に住む三男家族4人は前年に続いて年末年始の長距離移動を見合わせ、2人の孫の成長が見られないのがちょっと寂しい。

 あと十数時間で新しい年を迎える。恙ない2022年になることを祈りつつ・・・
   

 
   

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目につくふるさと納税サイトのテレビコマーシャル/公明党の「公明さ」に立ち返る時

2021-12-29 23:05:47 | 日記

このところ民放のテレビを視ているとやたらに某ふるさと納税サイトのコマーシャルが目につく。それも元人気横綱が軽(かろ)やかに歌いながらサイトの名前を宣伝している。張り手などの白鵬の取り口に対して「横綱は品格を持つべきだ」と批判するあの元横綱である。
ふるさと納税は国ではなく自分のゆかりのある地方自治体に納税することを認める制度で、それにはお礼として自治体の特産品などで一定のお返しをすることが認められているが、自治体が特産品でもないもので、あるいは過剰な率での異常な返礼が横行したので規制がかけられた。
しかし実態は家電製品など特産品でないものを返礼品として斡旋する、つまり違法なふるさと納税を助長するサイトが堂々と商売している。そうしたサイトのテレビ・コマーシャルがこれまた堂々と流れているのだ。しかも、先に挙げた品格を重んじる元横綱が視聴者に微笑んでそのお先棒を担いでいるとは・・・


公明党の衆院議員が貸金業法違反に問われて起訴され、議員を辞職した。貸金業の資格を持っていないのに、国会議員の立場を利用して日本政策金融公庫の特別融資を100件以上仲介し、合わせて約1千万円の手数料を受け取ったとされる。その事案のニュースを聞いた時に「ああ、公明党も自民党にくっついたため、とうとう汚染されたか」と思ったものだが、今朝(29日)の朝日新聞でもそんな主旨で「クリーンの看板どこへ」という社説を載せていた。
表向きは政教分離というものの、公明党は巨大宗教団体の政治部と認識をされる。そこの議員さんが手を汚すなんて宗教団体にも泥を塗ることになってしまっただろう。先の総選挙で「子供世帯に10万円の手当支給」の公約を連立与党としてねじ込み意気揚々としていたが、こちらも後でゴタついた。公明党は政権の連立与党として自民党に毒されてチェック機能を失って来ており、ここで公明さに立ち返る時かと思うのだが。

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寺院の広告(その2:深大寺)/年賀状投函で思い色々

2021-12-26 09:33:13 | 日記

1週間前に新聞と折り込みチラシで寺院の初詣の広告を見て「今どきは寺院も広告を打つ時代なのか」と驚いて記事にしたが、今朝も購読紙(朝日)に深大寺の全面広告が載った。先週の西新井大師は私の少年期にその縁日を何よりも楽しみしていた思い出深いお寺だが、今日の深大寺は今住んでいる三鷹市民には身近で親しみのある寺社であり、正月三が日は山門から100m以上の初詣客の列ができる。
建立は奈良時代の733年という古刹、名刹である。安置されている白鳳時代に造られた釈迦如来像は数年前に国宝に指定され、それまでは無料公開であったが現在は心ばかりの”御奉納”をして拝観する。寺の名に由来する名物「深大寺そば」は参道界隈に二十数店で暖簾を掲げており、味などは一様ではない。
すぐ近くに神代植物園があって私は季節の花を観に年中行っているので、深大寺は我が家の庭とまで言わないが、大変身近な寺院なのである。

なんとか年賀状を投函した。つい先日も書いたが、肉親等の訃報に交じり今年の喪中はがきでは長年賀状を交換している同級生本人や連れ合いの方の訃報に触れて心中複雑なものがあった。

大学の同級生では2人の訃報。20人のクラス中の2人である。1人は闘病中にあり、恒例化していた井の頭公園での花見の集まりを今年は見送っていたが、薬石効功なく鬼籍に入ってしまった。2月に逝ったもう1人は療養の床にあったことを彼の高校時代の同級から後になって聞いた。亡くなる少し前に届いた年賀状がいつもとは変わったものだったので、そういうことだったのかと思った。
大学も高校もクラス名簿から既に2割を越え3割ほどの名前が消えており、身につまされる思いがする。

そのほか、60年近く年賀のやり取りをしていた小学校時代からの友人の訃報もあった。夫婦交えて食事をしたことがあり、妻君から涙の出るような報せをいただいた。
小学校時代の友人との賀状交換としては残り1名になった。その彼とは家が近くて母親同士も親しく、一家が引っ越し後も泊りに行くほど仲が良かった。その後学校が一緒のことはなかったが、縁が繋がっている。

中学校時代の友人との賀状交換は現在2名。もう60年にもなる。1人は男子、もう1人が女性で、2人とも1年生の時に同じクラスだったが、その時3人はそれぞれ特に仲良かったわけではない。彼の方とは同じ高校、大学に進学し、クラスや学部は全く別であったが、互いにリスペクトしていて今日までの繋がりになっている。
女性の方は2年生の時も同じクラスになってクラス委員を一緒に務めた。担任が母との面談で「理想の二人」と言ったほどの仲は、3年のクラス分け後もそのまま続き、同学年の間では評判になっていた。彼女は美形であったが、同年代の異性観とは異なっていて、我々2人は大っぴらに廊下や図書室で長話をし、彼女の家に上げてもらったこともある。大学卒業後はエンジニアの道を進み、よく海外旅行などをしていたが、独身を貫きいまだに賀状交換が続いているという次第なのである。

あと1週間足らずで年賀状が届く。皆さんの無事・健勝の便りを寿ぎたい。

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やや反転のコロナ感染収束&オミクロン株の市中感染/校庭にやって来る小鳥たち

2021-12-25 14:45:27 | 日記

    新型コロナウィルスの新たな変異株オミクロン株が「燎原の火となって感染拡大するのか」と恐れを込めてブログに投稿したのがわずか10日前であった。
    オミクロン株が英国等の欧州諸国を始め世界地図上の広範囲に広がり、日本でも感染者が出たもののその時点ではいずれも海外からの入国者であった。海外からオミクロン株を持ち込ませない水際作戦が功を奏しているのかと期待されたが、それがとうとう京都や東京で海外渡航歴も渡航者との濃厚接触もない国内在住者から感染者が出始めた。『市中感染』と呼ばれ、現時点ではいずれもワクチンを2回接種済みの成人という。新規のコロナ感染者は減少する一方でいよいよ感染が収束するのかとの期待が持たれたが、またジワリと感染者数が増加に転じているようだ。それに新たなオミクロン感染が加わって行くのであろうか。私的なことだが、これまで自粛して見送って来た集まりを新年会として1月の前半に3つが予定されている。もうこれ以上コロナに邪魔されたくないのだが、またまた延期?・・・。
  

【学校安全推進員=6】
   秋が深まって以降、安全推進員を勤める学校の庭で見かける小鳥の姿が増えて来た。前に校庭のザクロの熟した実を持ち帰って家で食べてみたことをこのブログに書いたが、今年はその熟した実を小鳥が啄ばむ(ついばむ)姿を何度も見かけた。ヒヨドリとシジュウカラに加えて何とメジロがやって来て盛んに啄ばむのだ。メジロは2月から3月にかけて花盛りのウメの木に来てくれるが、これまでザクロに寄って来た姿は記憶にない。
   ヒヨドリはこれから多くやって来るが、この鳥は鳴き声がちょっとけたたましい。「キーッ」とも「ピーッ」とも「チーッ」ともつかない、その3つを合成したような鋭い鳴き声である。小鳥の声とは言え私は好きではない。その点メジロは姿も鳴き声も美しく、愛好者がたくさんいることで知られている。(残念ながら校庭ではまだ鳴き声を聞いていない)
   校庭ではほかにセキレイが見られるほか、最近ほとんど姿を見せないスズメの姿が見られた。スズメとかカラスは日本全国どこに行ってもいたものだが、最近はどちらも少なくなって、スズメを見るのも珍しかった。そのほかキジバト(ヤマバト)は一年を通してやって来て、この時期でも校庭の端などで餌を探し歩いている。


  

 

 

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ヤバい!自分の記憶力

2021-12-23 09:40:55 | 日記

近頃私の記憶力が本当にヤバい。
今、「ヤバい」と言うと「凄い」とか「素晴らしい」の程度が感動的である意味に使うらしい。あるいはほかに表現する言葉が思い付かない若者言葉なのだろうか、やたらに使われて嘆かわしい。
そもそも「正しい日本語」などと言っても、古来より伝承されて来た言語も、時代と共に”流行り廃り”を繰り返して現代に至っているということなのだが、私のような”化石人間”にとって語彙不足による「ヤバい」の連発は聞き苦しい。少なくともメディアでは抑制的に用いるべきと思うのだか・・。

本題に戻して、今回私が表題に書いた「ヤバイ!」は「危ない」とか「具合悪い」という本来の意味で、「記憶力の衰えがひどい」と言いたいのであり、現代的使い方で「俺の記憶力は素晴らしい!」と言っているのではない。
特に人の名前については覚えが悪いし、忘れるのが早いし、すぐには思い出せないのだ。 道すがら等で久しぶりに出会った人の名前がその場では出て来ず、別れた後になって思い出したり、今テレビの画面に出ている俳優や歌手等の知名人の名前を思い出せずに「え~とえ~と・・」と呻吟することなどは枚挙にいとまがない。
まあ、歳の近い友人・知人の話を聞くと皆似たり寄ったりのようなのだが、それでも自分が情けなく、腹立たしくなる。
忘れものはいっぱいある中で一番怖いのはしなければならない事を忘れていて、しないでいる(いた)ことだ。今から何年生きるのか、これから先が思いやられる。










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