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  <title>フォレスタの散歩道（パート４へ）　東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた</title>
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  <dc:date>2025-08-17T14:21:49+09:00</dc:date>
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   <title>フォレスタの散歩道（パート４へ）　東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた</title>
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   <description>概ね２～３日毎の更新、１回に３題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。</description>
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  <description>概ね２～３日毎の更新、１回に３題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。</description>
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   <title>日本語教師の教え子歴訪(再投稿)#9－お土産の話</title>
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<![CDATA[
<p>   「土産話」というと旅先のトピックスみたいなことだろうけれど、これは旅行での往復のお土産の話。<br />   自分の教え子と言えどもわざわざ日本から訪ねるとなれば、ささやかでもお土産がいるだろう。でもスーツケースを抱えて各地を移動し、20人ほどに会うとすると重いものやかさ張るものはＮＧだ。そこで教え子たちには浮世絵等の柄の小風呂敷を、各先生方には紅茶セットを用意した。<br />   ところが、出発前のブログに書いたように準備の途中で3人から日本の化粧品を買ってきて欲しいとリクエストを受け、これが結構重くてかさ張るものになった。それでもスーツケース１つに何とか納まった。<br />   化粧品は旅行前半の青島と烟台でそれぞれに手渡したところで荷物がスカスカになったが、今度は烟台を去る時に駅へ見送りに来たイー・カカから実家で栽培しているリンゴを20個近くお土産にいただいた。リンゴは烟台地方の名産なのだが、これはまた量が多い。(写真が無いので分かりにくいのが残念)  イーさんには申し訳ないけれど次の訪問地濰坊で2人にお裾分けをして1/3だけ日本に持って帰った。<br />   濰坊では同僚教師たちとの食事会の後、バオ先生から中国銘酒の白酒を贈られた。教師時代、先生のお宅で酔い潰れるほどしこたま白酒を飲んだことをずっと覚えておられるのだ。化粧箱に入ったのを2本もいただいた。これも結構な荷物だがありがたく日本に持ち帰った。<br />   私自身の土産の買い物としては、前々号の＃７で書いたように中国茶と幼児用のおもちゃだけで、帰りのスーツケースには余裕が生じた。</p>
<p> 　　<img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/f2/2b71ed0f64d487396f440ca2b89fa849.jpg" alt="" width="160" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/c6/f621a9c3c279b4548142c510991a3cfa.jpg" alt="" width="160" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/e9/3c95421b4c907c1320361198b838ca89.jpg" alt="" width="160" border="0" /><br />　　いただいた中国銘酒の「白酒」／小さな子供たちへのお土産／教え子にはこんな小風呂敷を　</p>
<p> </p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-08-14T10:44:02+09:00</dc:date>
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   <title>日本語教師の教え子歴訪(再投稿)#8－北京にて</title>
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<![CDATA[
<p>2年前に北京を訪問した時は市内を観て回る時間がなかったが、今回は9月3日の『抗日戦争勝利70周年記念』の軍事パレードにぶつかって、帰国が1日延期されたため時間ができた。北京に一人だけいる教え子のトウ・セイがずっと付き添いをしてくれるというのだが、7年前に3ケ月滞在した時、土・日はほとんど毎週のように北京市内を歩いて回ったので取り立てて行きたい観光スポットは無かった。<br />北京に着いた日は、トウさんが予約をしてくれたホテルに先ずはチェックイン。北京空港直通の地下鉄の駅近くで、周りには大使館や外国企業が多い地区であった。 彼女の勤めるNECのビルも近くにあり、日本人がよく利用するホテルだと言う。<br />チェックイン後トウさんと市内散歩に。その日は戒厳令が敷かれていて市の中心部には立ち入れないため、私がお気に入りだった都心外の「後海」という小さい湖周辺の市民憩いの場所をのんびり歩いた。湖畔では多くの太公望が釣り糸を垂れていてのどかな光景であった。<br />翌日は「三里屯」というニュースポットに行きたかったが、軍事パレードの日で立ち入り規制のため彼女がホテル近くの新しいショッピングモールに案内してくれた。ヨーロッパ調の雰囲気の洒落たモールだった。<br />そこを歩いている時だ。大きなスクリーンに軍事パレードの生中継が映し出されているのに出くわした。２０人近い人が見入っていたが、私もその中に加わった。意気揚々のパレードであった。しばらく見てから北京ダックのお店に行って昼食をし、トウさんと別れて実験学校のリュウ・リン先生との再会に向かった。<br />帰国の日は、チェックアウトの後7年前には行ってなかった「北京古観象台」という３，４百年前の天文台を見物し、続いて天安門近くの「前門」と「大柵欄」という歴史ある商店街に寄っておもちゃの土産物を買い足した。この日はトウさんの案で彼氏を同行させ、空港までずっと私のスーツケースのポーターをしてくれた。2年前に紹介済みの彼氏であり、粋な計らいで大変楽をさせてもらった。</p>
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/31/1df1864f0cd19d0ec5aad0a977acc3c7.jpg" alt="" width="170" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/81/1e27f96de3704a1d0d89c3df772ddd4d.jpg" alt="" width="170" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/43/24e5ce4152706ad5be8b75e743d376fd.jpg" alt="" width="170" border="0" /><br />市民憩いのスポット 「後海」／新しいヨーロッパ調のモール／軍事パレードの中継に見入る</p>
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/59/7b2982af896a2fa4fb75de4e239e9af9.jpg" alt="" width="170" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/ec/71ff765d8538fefcbbf9eb8ea53a9f58.jpg" alt="" width="170" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/d5/3d85ee85cab215de20a1c698a9a06642.jpg" alt="" width="170" border="0" /><br />「北京古観象台」を見物／天体観測儀のいろいろ／　歴史ある「大柵欄」の商店街</p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-08-12T18:24:37+09:00</dc:date>
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   <title>日本語教師の教え子歴訪(再投稿)#7－懐かしい街を歩く</title>
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<![CDATA[
<p>    日本語教師として1年3ケ月を過ごした山東省濰坊市。2年前も今回も2日間の滞在であったが、前回は２組のビジネスの話があったので一人で街をぶらつく時間がなかった。今回はそういうものが無いため２日目は教え子との晩の食事までは時間があり、１軒知人の家を訪ねたほかは日本への土産の買い物を含めて懐かしい街を歩いた。<br />   土産は三鷹のコミュニティー活動に提供する幼児用のおもちゃや中国茶などで、買う場所の見当はつけている。９月１日、濰坊駅前に出て簡単な朝食を済ませ、私がいた時に出来たばかりの地下商店街に向かった。しかし、入口が閉まっているのでダイ・フェイフェイにスマホで聞くともう閉止したとのこと。一等地なのに何ということだろう。<br />   そこで駅前から懐かしい三輪の軽タクシーに乗って「小商品城」に向かった。私がよく買い物をした所で、家電品や家具などの大きな物および食料品を除いて大抵の物は売っている、名前の通りの小商品のショッピング・ビル。4階建ての中に上野のアメ横のような小さな店舗が４～５００くらい迷路のように並んでいる。”見て歩き”だけでも楽しい場所だ。そこでおもちゃと私の衣類を買った。続いてすぐ近くの、以前イオンモールがあった建物に入ったところ、何という寂れようだろうか。ジャスコのスーパーの跡も、賑わっていたテナントの店舗も全く冴えない店が櫛の歯が抜けたように並んでいるだけだ。ショッピングのワクワク感など全く感じられない。その近辺の食事場所も然りであった。ただ外の露店の食べ物屋は相変わらず賑わっている。そこからほど近い、露店の溜まり場みたいな半ばスラム化した一角に私の好きなラーメン屋があった。「汚いラーメン屋は旨い」を地で行くような店だったが、行こうと思ったらその道は高層ビル建築のため行き止まりになっていた。しかも建築工事は中止されている様子である。むき出しのコンクリートと止まったクレーン。猛烈な市街地の再開発を見る一方、建設バブルの崩壊を目撃した思いであった。<br /><br />  <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/e2/92aac0e8fdd3ea9e3735ee86e527eec9.jpg" alt="" width="130" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/c7/b491cce05be7bf682dd4af2eb9fde61f.jpg" alt="" width="140" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/a1/8c63d8e7fc658f368ca319de2d8b43b6.jpg" alt="" width="140" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/18/f52dc2259a22df983257b84a8c34e55a.jpg" alt="" width="150" border="0" /><br /> レトロな乗り物で私のお気に入りの三輪タクシー　／　小商品城の建物と中の賑わい</p>
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/9a/2126c42035413a3eaadbe9e621737b12.jpg" alt="" width="160" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/de/b4a7059fa22c4fefd45e0486de20a9a8.jpg" alt="" width="150" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/d4/4fd2140f001a19b09e370567b827b313.jpg" alt="" width="120" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/6e/1f36253bf2250db7ce1560a0ca460cfe.jpg" alt="" width="150" border="0" /><br />イオンモールがあった建物／客が絶えない通りの露店の食べ物屋／建築中止？の高層ビル</p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-08-10T18:03:39+09:00</dc:date>
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   <title>日本語教師の教え子歴訪(再投稿)#6－教壇に立った大学を訪ねる</title>
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<![CDATA[
<p>     教え子たちとの再会に併せて当時の日本語教師仲間との再会もなった。<br />　 1年3ケ月の教師生活を送った山東経済貿易学院。そこで同僚の日本人モリキさんは現在も山東省内の大学で日本語教師を続けており、今回は経貿学院の先生方とのスケジュールを取りまとめてくれた。 <br />   8月31日夕方に2人で学校を訪ねたが、学校の中は2年前に初めて訪ねた時と変わらない感じだった。経貿学院では私が帰国後2年ほどで日本語科が無くなり、同僚の先生たちは皆学内で転身していた。仕事の手が空いたバオ先生とチョウ先生と会食までの間しばし歓談をした。2人の先生の話では今は一日事務室に籠っての仕事で、やはり教壇に立っていた時の方がずっと良かったという。ひととき歓談の後、チョウ先生の車でモリキさんが予約をしてくれたレストランに席を移した。男性教師のトー先生だけが仕事で出られなかったが、応用外語学部のソン事務主任も出席してくれて、この食事会は学校主催という形になった。ソン主任には私が滞在中本当によくお世話をしていただいたが、この席で私に打診するように、国際交流のための日本語指導者が欲しいような感じの話をした。バオ先生にも勧められたが、「もう年だから」と手を横に振った。また私の旅行での写真が卒業生からバオ先生の許にネットで送られていて、いつまでも卒業生と交流のあることを喜んでいただいた。楽しく美味しい食事会だった。<br /><br /><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/51/fe1e1ec3c3f07969e821dc11ffe0fff8.jpg" alt="" width="140" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/83/902c1eb2364896a0e8f2f69a9321fa78.jpg" alt="" width="120" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/4c/726b6bf3440ee05a2a6efbd430ebd115.jpg" alt="" width="140" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/d5/dbf45f6d5dfb25192295e60546695912.jpg" alt="" width="180" border="0" /><br />懐かしい教室棟／教師マンションも健在／ チョウ先生・モリキさん・バオ先生／楽しく美味しい食事会</p>
<p>   <br />   帰国前日の9月3日、北京経済技術開発区実験学校（長たらしい名前！）で日本留学班の主任教師だったリュウ・リン先生を訪ねた。新しく出来た地下鉄駅から周辺の変貌ぶりの案内を受けながら学校まで歩いた。学校は公立化して名前が変わっていた。国際交流の旗を下ろし、韓国人学級や日本留学班も無くなったという。リュウ先生は他の学校で日本留学を含む仕事に就いているとのことだ。晩はリュウ先生の故郷の新彊料理の店が目に入ったのでそこを希望し、ご主人と高校生の子息も呼び出されて一緒に食事した。二人とは私が教壇に立っていた時以来7年ぶりの再会であった。</p>
<p> 　　   <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/c4/3829d070670c5e1154d2f3b38bf2d3ea.jpg" alt="" width="200" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/e7/7edba50225c3f7f71681f359b58a3d3d.jpg" alt="" width="198" height="149" border="0" /><br />　　リュウ先生とかつての学校前で  ／  7年前の写真</p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-08-08T17:42:22+09:00</dc:date>
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   <title>日本語教師の教え子歴訪(再投稿)#5－愛しい教え子たち（濰坊・北京編）</title>
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<![CDATA[
<p>【ダイ・フェイフェイ】  前回同様濰坊でホテルや新幹線予約のお願いをした。そして会社にワケを言って濰坊駅に出迎えホテルまで案内してくれた。翌日晩の食事に行く時などは老父をいたわる娘のように私の腕を支え、手をつないで歩いた。経貿学院で日本語の成績は学年トップ（６人）の一人。落ち着きがあって、寮の同室のクラスメートと私の宿舎へ遊びに来た時は場が和んだ。日本研修にはぜひ来て欲しかった教え子であった。<br /><br />【ソウ・ショウワ】  ダイさんといつも一緒に遊びに来た一人で、卒業後も時々二人で会っているようだ。ただし両名とも今日本語に関係ない仕事に就いているが、ダイさんの方は日本語がしっかりしているのに対し彼女の方はほとんどダメになった。3人で食事の時、「日本語を覚えているか？」と中国語で冷やかすと苦笑いをしていた。でも明るさは学生時代と変わっていない。<br /><br />【トウ・セイ】   最後の訪問地北京ですっかりお世話になった。元々北京には１泊だけの予定だったが、９月３日に急きょ決まった軍事パレードの影響でフライトが１日延期となったため、9月２日昼の駅出迎えから４日昼の空港見送りまで付き添ってもらった。現在ＮＥＣに勤めているが北京はまだ２年足らず、前回は山東省の省都済南から青島に駆けつけてくれた。その時紹介してくれた彼氏は私が帰国の日、ポーターとして私のスーツケースを空港までずっと持ってくれた。早くもカカア天下か？　でもやさしくよく気の付く子である。学生時代の日本語の成績はトップ６人の一人。栃木県佐野市で１年研修、その間毎月２回くらいは一緒に過ごした。</p>
<p>      <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/6f/4769a0ac37e545153772dbef27603b35.jpg" alt="" width="140" border="0" />　 <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/45/2e1a2d5d2a56038ac81317646df3d725.jpg" alt="" width="140" border="0" />　 <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/21/1580242b313a2fc5d436d52e1cb55919.jpg" alt="" width="140" border="0" /><br />　(左)娘みたいにやさしく、ダイ・フェイフェイ  (中)日本語忘れた？ソウ・ショウワ      (右)北京でお世話に、トウ・セイ<br /><br />   今回会いたかったが、残念ながら会えなかった者もいる。学生時代最も多く私の宿舎に遊びに来た一人で甘えん坊のヨウ・ハイジエは夫の出張先に行かねばならなくなり、無念の気持ちをネットに投稿していた。和歌山県で研修をしたしっかり者のジョ・キンカは会社の出張で日程が合わず、「次回はきっと」とチャットを交わした。また熊本での研修から帰国後のラン・ホウカにもぜひ会いたかったが家が今回の訪問地からは遠く、そこまでは足を伸ばせずに涙を飲んだ。<br />  </p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-08-06T17:22:03+09:00</dc:date>
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   <title> 日本語教師の教え子歴訪(再投稿)#4－愛しき教え子たち（青島～烟台編）</title>
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<![CDATA[
<p>前号( 6/15 #6)の続編</p>
<p>【ケイ・コウエン】  濰坊での知人の縁者（姪）で、教え子ではないのだが日本での３年研修時に宇都宮を訪ねたり東京見物を案内したりして、教え子同様に接している。年齢的にも同世代でもある。前回はゆっくり青島の案内をしてもらったが、今回は余り時間が取れず、一緒に朝食を摂ったあと海の公園をちょっと歩いただけで、タケシ君の見送りの車に同乗して新幹線駅まで送ってくれた。落ち着いて心優しい子である。<br /><br />【シュウ・ソウソウ】  私が経貿学院を去る前日の送別会で、学年を代表してタケシ君と共に送辞を読んだ学生。前回は日程に入れてなかったのだが朝早くホテルに面会に来てくれ、次の訪問地に発つ長距離バス駅まで見送ってくれた。そのため今回は予め烟台駅での出迎えとホテルへの案内を頼み、市内を少し案内してもらった。そのあと学年の違う下の２人と共に一緒に食事をした。日本研修の経験はないが、経貿学院後曲阜師範大学に進んだ聡明な子である。<br /><br />【イー・カカ】   ホテルや新幹線の予約をはじめ烟台でのお世話役をしてくれた。学生時代は目がくりっとして愛らしく、教壇から目が合うとはにかんで視線を落とす姿を思い出す。今やすっかりレディである。食事の翌朝、新幹線に間違えずに乗るよう出勤時間を遅らせて見送ってくれた。手には実家で栽培しているリンゴを２０個近く持って（このお土産にはビックリ！）･･･。彼女には「早く彼氏を見つけろよ」といつもハッパをかけているが、純朴で愛らしい子なのだ。<br /><br />【ウー・ピン】   学校時代はイーさんと同郷・同部屋で大変仲がよく、いつも隣り同士に座っていた。クラス一番の美人でスタイルも抜群だった。今でも２人は親交があるという。彼女には高校時代からの彼氏がおり、前回訪問の時には紹介してくれて一緒に食事もした。ブティックの仕事から現在は病院の職員で日本語とは縁がなく、すっかり日本語が錆びついていた。<br /><br />  <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/75/e35bfa18eecdd994e5bbe721fc43d87a.jpg" alt="" width="130" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/38/0d171295f381b5a2fbcdd7b30cd0013d.jpg" alt="" width="130" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/b9/5ed32095dfe11193ffa54e126b6bdffa.jpg" alt="" width="130" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/78/daba1f23b57111c486adc03ff36f2f97.jpg" alt="" width="130" border="0" />　<br />青島を発つ前ケイ・コウエン/  烟台を歩いたシュウ・ソウソウ/ モデルのようなウー・ピン/　いつも愛らしいイー・カカ　   </p>
<p>    </p>
]]></description>
   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-08-04T06:25:00+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/foresta440/e/47fe77b4291fe6a721df275681fc6f55</guid>
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   <title>日本語教師の教え子歴訪(再投稿)＃3ー愛しき教え子たち(青島編)</title>
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<![CDATA[
<p>   教え子や当時の教師仲間を訪ねる旅にも日程には限りがあり、訪問地も限定される。<br />   山東省は広いので１日掛かりで行って１人しか会えない、というような所には行けない。従って会えるのは一部だけで、結局訪問地は前回と同じ山東省の３都市（青島・烟台・濰坊）と北京になった。それだけに愛しさも募る次第である。まずは青島から。<br /><br />【タケシ君】   前回は４年制大学に編入在学中で会えなかったが、今回はホテルや新幹線の予約、空港への出迎えと新幹線駅への見送り、そして食事の案内など大変なお世話になった。大学入学時には既に日本語がペラペラ。アニメや音楽、ＩＴなど多芸多趣味な学生だったが、今では青島の繁華街でファーストフード店のオーナーになっている。中国全土に３千店ほどあるチェーン店だそうだ。今年結婚した奥さんにも会えた。頼りがいのある教え子だ。<br /><br />【ソン・ソバイ】　 会社の繁忙期で休めなかったものの時間休を取ってタケシ君と共に空港に駆けつけてくれた。そして３人で昼の食事をし、タケシ君の車で彼女の会社まで送った。彼女は学年では最も私になついて、日本研修にも来てくれた。研修場所が大宮という、東京の私にとっては便利がよく１年の滞在中に２０回くらいは会ったろうか、よく食事をしたり東京を案内したりした。前回訪問時は２日間にわたってアテンドしてくれた。さっぱりして気風（きっぷ）のいい子である。<br /><br />【ウー・テイテイ】   上記２人と一緒に空港に来るはずだったのだが会社の行事が急遽入り、それから帰った翌日の晩にタケシ君と３人で海鮮料理店で食事をした。彼女は富山市近郊での３年研修で来日したがついに一度も慰問に行けず、そのことが私の心に引っかかっていたので２人でカフェに入った時にそのことを詫びた。そんなことを考えてもいなかった彼女の方が恐縮していたが、私の胸のつかえが取れた気がした。明るく屈託のない子である。<br /><br />【リー・アリン】   前回青島空港からの帰国を見送ってくれた。長野のホテルで研修中に家内と慰問に訪ねたりした。いつだったか彼女が社用で東京出張の折にお世話をしたため今回はお礼がしたいと、海の見えるホテルのレストランでバイキング料理のご馳走に招かれた。ちょっと奮発だったと思う。５月に結婚したばかりの彼氏も駆けつけてくれて同席した。船乗りなのだそうだが、彼氏には「生涯の恩師」と言っている由。とてもとても･･･恥じ入るばかりだ。 <br /><br /></p>
<p> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/a2/3f6e6e00f600a77adafde745dd16b5fe.jpg" alt="" width="130" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/aa/4bde30427623516c951dfef7db6aabff.jpg" alt="" width="130" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/b3/d5acf7462a187f3702dd2a07fb813691.jpg" alt="" width="130" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/8c/0d05c691d5d510fad20940879141d8f0.jpg" alt="" width="130" border="0" /><br />タケシ君、店内で奥さんと ／ ソン・ソバイの会社前で  ／ ウー・テイテーと夜の街に／  リー・アリンに食事に招かれ</p>
<p> </p>
<p> </p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-08-02T16:47:44+09:00</dc:date>
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   <title>日本語教師の教え子歴訪(再投稿）#2－食べる食べる</title>
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<![CDATA[
<p>   人を訪ねて会うということは、食事を共にするということにもなる。中国は食道楽の国で人との食事を楽しむものだからましてや、である。私も中国料理は好きだが中国語だけの席となると正直ちょっと気が重いところがある。しかしこの旅では訪ねる相手がみんな日本語ができるので食事が大いに楽しみだ。<br />   ところで私は今回出発の２週間ほど前に市の定期健診を受け、辛うじてメタボ判定を回避した。それもヤバい状態だったのを、２か月間の運動と腹七分の節食でやっとクリアーしたばかりなのである。<br />   中国で飽食の１週間を過ごせばメタボ必至、と腹をくくって出かけたのだが、帰国後の体重を量ると意外にも誤差の範囲の値に止まった。・・・というところで食べ物の話である。<br />   ８月２８日10:10成田発の青島行きＡＮＡ便はラッキーなことにビジネスクラスへのグレードアップとなり、機内食はちょっぴり豪華。これに缶ビール２本をいただいた。<br />   青島に到着するとタケシ君とソン・ソバイの出迎えを受けて空港近くで早速昼食となった【写真上段左】。これを皮切りに1週間の食の旅が始まった。海洋都市の観光地青島ではもっぱら海鮮料理を所望した。<br />【上段中】はそうしたお店の一つで、日本の生け簀料理のように食材を選んで、料理の方法を注文する。写真の店ではスズキやカレイ、クルマエビ、シャコ、オイズ、アサリ、トリガイなど日本でもお馴染みの魚介類のほか中国特有の食材が並んでいた。<br />   【上段右】は日本出張の時にお世話になった答礼・・・としてリー・アリンがホテルのレストランのバイキング料理を予約してくれ、新婚の旦那も席に加わった。<br />   洋食や中華勢揃いの中、そういうのには目をくれず魚介料理を皿に盛った。刺身も実に美味しかったし、豪勢なレストラン料理であった。正規な中国料理も勿論よいが、屋台や露天の買い食いも楽しいもので、私は好きだ。<br />   【中段左】はシュウ・ソウソウに烟台の街を案内してもらいながら、人気があるという串焼きを買って店先の路上で食べているところである。【中段中】は烟台在住のイー・カカら3人からホテルにほど近い新しいレストランに案内されたもの。メニューの写真に目移りしてオーダーに戸惑った。<br />　【中段右】烟台から濰坊に移動し経貿学院を訪ねた晩は当時の日本語科の教師が勢揃いしての宴会。美味しい料理が次々と円卓に並べられた。左端の元同僚の日本人モリキさんのセッティングでスポンサーは学校であった。<br />   【下段左】濰坊のダイ・フェイフェイとソウ・ショウワの2人と中国風しゃぶしゃぶの店へ。しゃぶしゃぶも私のお気に入りの一つである。 北京には教え子のトウ・セイが日本のＮＥＣに勤めていて出迎えから帰国の見送りまでずっとアテンドをしてくれた。予め北京ダックを希望しておいたら、新しいダック専門店に予約をしてくれていた。北京では「全衆徳」というお店が有名で、日本人ツアーは必ずと言っていいくらいこの店が組み込まれているほどだが、北京人にとっては大衆的過ぎるとの評らしく、新しいけれど評判の店にしたのだそうだ。入口で写真を撮った【下段中】が、ショッピングビルの１フロアーそっくりがその店というスケールだった。<br />   その後北京実験学校の主任教師だったリュウ・リン先生と会い、先生の故郷である新彊の郷土料理の店でご家族と共に久しぶりの再会を祝した。<br />   【下段右】はトウ・セイと一般的な市中のレストランで。  中国で料理の頼み方は人数×２＋１品が目安というのだそうだが、食の細い彼女との食事では半分くらいが余ってしまう。<br />  </p>
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/c7/55eabd473a21493c430680b6ef15ae73.jpg" alt="" width="170" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/1e/e8064fd71192606612528d329110930f.jpg" alt="" width="200" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/63/e95c8cf913c2446d9fc7f2fa2c573b06.jpg" alt="" width="160" border="0" /><br />青島に着いて早速の食事／海鮮料理店に並ぶ食材の魚介類／ホテルのバイキング料理に</p>
<p> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/bf/3dead29feaca7fd3f4e75f36d4287f1c.jpg" alt="" width="170" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/03/05c76aad2363477f1170f8317f81450f.jpg" alt="" width="160" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/fb/edeaf20c016007b581e05184ea6f41a7.jpg" alt="" width="200" border="0" /> <br />地元で人気の串焼きの間食／烟台在住の3人との食事／濰坊時代の教師仲間が集う<br /><br /><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/d2/f86a7640616411f6bdf584aec19856de.jpg" alt="" width="180" border="0" />  <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/0b/c04b22b22cf20e72d387430f5613ba09.jpg" alt="" width="180" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/4e/40876c33197898970a7d037eeb3578a8.jpg" alt="" width="180" border="0" /><br /> 中国風のしゃぶしゃぶを／北京ダックの専門店に／北京をアテンドしてくれたトウ・セイ</p>
<p>  </p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-07-31T15:22:55+09:00</dc:date>
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   <title>日本語教師の教え子歴訪(再投稿)＃１ー帰国後２回目の中国旅行に</title>
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<p>   中国には２年ぶりの訪問となった。 私は2008年9月から北京で3ケ月、翌年9月から山東省濰坊市で1年3ケ月、日本語教師として教壇に立った。<br />   その時の教え子や同僚教師などとの2年ぶり２回目の再会の旅である。<br />   北京での教え子は現在日本に留学中で中国には一人もいないが、濰坊市の経済貿易学院（3年生大学）の教え子が山東省内に数多くいる。しかし、日程も訪問地も限られているため、会うのも日頃便りを交わしているような相手、つまりは私のお気に入りに限らざるを得ず、教え子と教師仲間など20人ほどとの再会であった。<br />   今回日程は８日間（前回2013年は７日）であった。訪問地は前回北京－濰坊－烟台－青島であったが、今回は全く逆のコースを辿った。中国内は全て新幹線で移動したが、山東省内を長距離バスで移動した前回に比べて格段に便利になった。２年の間に新幹線網が発達した結果なのだが、これまでも中国の新幹線を7，8回利用しているが快適だし運行時刻も実に正確であった。<br />   そして空港でも新幹線駅でもそれぞれ教え子が出迎えや見送りをしてくれた。初めての土地ではないというものの、言葉は不自由な私には心強い限りであった。出迎えの時は旅客出口で待っている教え子がいち早く私を見つけて大きく手を振り、出口を出たところで人前憚らず飛びついて来る。見送りの時や会って別れる時もハグを交わしてサヨナラをする。これはもう教え子との間では半ば”お約束事”になっていて、     彼女らが日本に来た時でも同じであった。多分日本では「何だ、このジジイは」と思われたことだろうが、中国では他人のことは余り気にしないようだ。<br />   日本に帰国後、私が利用しているテンセントＱＱという中国のＳＮＳの投稿サイトを覗くと3人が私と会った時の写真を添えて投稿していた。そしてそれには今回会えなかった教え子から「会えなくて残念」というような書き込みがしてあった。私ももう少し滞在日数が欲しいところだが、年金生活とは言え結構決まった用事も多いので、こちらも残念な思いをしているのである。</p>
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/6f/ab6c0c9df41729699f813835b46926e6.jpg" alt="" width="140" height="105" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/e1/ffac54947822044da4adc4d8e87625e5.jpg" alt="" width="140" height="105" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/41/62e47d3e705fb355a1ba556692900d63.jpg" alt="" width="140" height="105" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/20/53b4e32f25248b6c77c6dbd45970043e.jpg" alt="" width="140" height="105" border="0" /><br />左から① いよいよ山東省青島空港に着陸②新設なった新幹線駅③時速304kmの電光掲示④見送りを受けて北京を発つ　</p>
<p> </p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-07-28T14:29:01+09:00</dc:date>
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   <title>日本語教師の帰国後編(再投稿)#26―日本への出張者（その３） </title>
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<p>　 これまでにいろいろな場面で登場して来たソソ・バイが出張者としても登場。昨年（2014年)７月のこと、用向きは忘れたが社長に同行して出張来日の折、少々東京で空き時間があるとの連絡をもらった。<br />  朝、上野・不忍池のすぐほとりのホテルに迎えに行くとウーさんという同僚も出て来た。社長は休息する由にて３人で出かけたが、ソンさんは研修生時代にさんざん東京観光をしているので、買い物の案内となった。中国人のお目当てはまず秋葉原である。タクシーを拾ってヨドバシカメラに入ると目移りがするように商品があふれており、私では手に余るので中国人の店員を呼んであとを任せた。この時気がついたのだが家電量販店のはずの店内には化粧品やブランド品などが並んでいるコーナーがあり、外国人（主に中国人）がここでお土産をまとめて買えるようになっていた。なるほど外国人客には便利な店である。日本の土産品は別に街を探して歩き、舞妓の人形とか何か小物をたくさん買っていた。晩には客先との商談があるので遅くならない時間にホテルに送って行って別れた。<br /><br />【写真左から】　①ホテルでの再会。左がソンさん、右は初対面のウーさん　　②ホテルから1分ほどの不忍池ではハスの花が真っ盛りであった　　③秋葉原のヨドバシカメラでの買い物。中国人の店員（赤いベスト）にお任せである　　④ウーさんには初めてのお寿司で昼食 </p>
<p><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/e0/17a7ebe3270728ab433abae904d4a300.jpg" alt="" width="140" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/90/1474c4318077e436a9249500af599000.jpg" alt="" width="140" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/d4/01a9af772f6db030db2c7225c3dcf923.jpg" alt="" width="140" border="0" /> <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/b3/6e91e4eb0a5c0b1acd7a4e2adaec6bfb.jpg" alt="" width="140" border="0" /></p>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-07-26T20:57:00+09:00</dc:date>
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