生まれて初めてだった。
こんなに無数の蛍を見たのは。
錦川清流線の中吊りで、今日
ホタル列車が運行されるとあった。
電話をしたがあいにく満席だと言う。
どうしてもホタルを見たくなった。
錦町駅の受付の女性に頼んでみた。
「当日の空きがあったら
ひとりですがいけますか?」
午後五時過ぎ、ホタル列車の一行は
バスで府谷(ふのたに)町へ向かう。
毎年、六月の第二土曜になると
“府谷ほたるまつり”が
ここ府谷町で開催されるのだ。
謂わば地域起こしのお祭りである。
今宵は山口県知事も来ていた。
ちょっと驚いた。でもそれほど
ここのホタルは有名なのだろう。
じゃが芋堀りをしてからお弁当をもらい
そのお弁当を食べながら神楽を鑑賞した。
やまたのおろち退治の神楽である。
蛇の舞いが圧巻だった。
時刻は午後八時あたり。
あたりにはやがて夜の帳が下りた。
この町を流れる府谷川の川面に
ぽつんぽつんとホタルが舞い始める。
やがて八時を過ぎる頃には、いっせいに
沢山のホタルがなんともいえぬ
ほのかで切ない光りを灯し始めた。
やがてホタルたちの灯す光りは
あたかも申し合わせたかように
いっせいに見事に同期し始めた。
そのさまは、この世の世界なのか
夢の世界なのか見失ってしまうほどだ。
時々下草茂る川面から樹上へ
ふらふらと光りながら舞うホタル。
子供たちは捕まえみたくなる。
親に促されて手のひらをそっと開き
そして不思議そうに眺めている。
宮本輝“蛍川”のラストのように
無数のホタルが人型にオブジェを織り成す
と言うようなところまでは行かないが
それでもこれほどのホタルを
私が見たのは生まれて初めてだった。
私には、その光景は、まるで
かつて西播磨天文台まで観に行った
しし座流星群の大きな流星痕を彷彿とさせた。
ホタルはさながら川面の流星群のようであった。
無数に群れ飛ぶホタルたち。
飛んでいるのは雄だとか。
雌は葉に止まってじっと光るらしい。
雌は四角に雄の光りは三角に見えると言う。
“ものおもへば沢のほたるもわが身より
あくがれいづるたまかとぞ見る”
■後拾遺和歌集 和泉式部
注)恋に思い悩んでいると沢を飛ぶ螢の光も
我が身から抜け出た魂かと見えるよう。
このような心境でホタルを見たいお方は
団体ではなく、お忍びで
府谷川へ行かれることをお勧めします。
蛇足まで…。