生まれて初めて手術を受ける。
当日は朝からなんか落ち着かない。
「もし神経傷つけたら顔面麻痺が残りますね。」
なんて主治医の形成外科医が
何気なく言ったもんだから、それも
随分気になってきて怖気づいてしまった。
「ええ年して我ながら情けない…。」
と思いながら電車を降りて病院へ入る。
まず若いがてきぱきとした看護婦さんの問診。
それから血圧を測り、5階の手術室へ案内される。
悪いこともした訳でもないのに、
何故か看守の後にしょぼんとついて歩く
囚人のような感覚を覚える。
ロッカールームで手術着に着替え、帽子をかぶる。
いよいよ手術台へ。
殺風景な広い無機質な空間。真ん中に
ぽつんとある手術台が目に入った。
「これが手術室か?」
昔見たベン・ケーシーのドラマと同じだ。
台の上には目がいくつもあるライトが迫る。
台の上に寝かされて、点滴を手首の上に刺される。
親の入院で何回もみた点滴だが、自分がされると
なんか液体を体内に注入されるようでいやな気分…。
心電図と血圧のセンサーもセットされた。
「それでは麻酔をしますね。少しチクっとしますよ。」
優しい風貌と物言いの外科医は言った。
やっぱり形成外科医の先生は繊細なんだと変に納得。
麻酔は太い大きな注射でブスっと深く刺され
とても痛いものと思い込んでいたのだが…。
心の中で「ふーっ。」ひと安心…。
患部だけ穴の空いたカバーで顔面を覆われる。
視界がなくなった。
これで完全にまな板のマグロだ!?
「それでは始めますね。」
「あ~、いよいよ来たか?痛いかな?」と独白。
ジ~っとメスが入る。
「む!ちょっと痛いな。」
麻酔は効いているの?不安がかすめる。
「お酒飲んだらね、麻酔効かへんよ。」
と夕べ食事時に少しワインを飲もうとしたら
妻が面白く脅したことを思い出す。
「やなやつ…。」休肝日にした。
しばらくして痛みは全然感じなくなった。
ときどき先生が独り言を呟きながら切っていく。
「ん~、ちょっと深いな。」とか…。
先生の独り言に敏感に反応するわが脳。
「まだかな?」と何度も思う。
なんか手間取っている感じ。
「やだなあ。神経切ってないだろうなあ?」
「たけしみたいな顔になったどうしよう?」
とかいろいろ、あれこれを考えながら
「まだかなあ~。」
「フックをください。」
「それと白のまるまる番と黒の…。」
時々解らないことを看護婦さんに指示している。
「案外丁寧な物言いで指示するんだなあ。先生は。」
「きっといい先生なんだ。」
「ここで手術してよかったな。」
なんて物腰と手術の腕の因果関係は何もないのに
期待値でそう思ってしまう。弱い人間心理…。
「それでは縫いますね。」
「やった。やっと終わった。ふ~っ!」
と心の中で叫ぶ。とたん緊張が緩んだ。
安堵感が体を初めて弛緩させたようだ。
「もうこれで大丈夫と思います。」
先生のこの一言で確定的に安心する。
「ありがとうございました。」
とお礼を言って手術室を後にする。
診察室へ戻り看護婦さんに
切り取った患部を見せてもらった。
ホルマリンに入った脂肪腫は案外大きかった。
「一応病理検査に出しておきますね。」
「はい。」
父母が受けた大手術に比べると、
全くたいしたことのない手術なのに
自分事となるとこういう心理になるのだなぁ、
この程度でも…。
これで少しは人の痛みが解るようになるのだろう。
ひとつ壁を越えて向うが見えたかな?