葬送 なるほど 家族葬 八千代市の葬儀

一日/一生   「道順庵」のつれづれ草 水琴窟に癒されて

DNA

2007-11-15 10:18:09 | 道順庵の徒然草
いくつになっても、親の葬式は悲しいのです。

親の年が90歳や95歳などは珍しくはありません、そのときの子供さんは

70代前後です、子供にとっては、「親」の存在は「今の状態」の親ではなく

「子供時代」の印象が強く残っているのです。

嫌なことも、つらいこともたくさんあったのですが、こと「親」に対する

感情は、ほかと違うようです。

親を失うことは、「支え」の存在を失うことなのです。

「生きている」ということだけで、支えになってきた頼れる存在が「親」

なのです、子供は親の死によって、「自立」の確信をはかりますが、

子供自体70の坂道です、自立はさらなる子供(孫)の世代に受け継がれるべき

年代。

長生きがもたらした功罪に、子供の自立が遅れているのかも知れません・・・

それでも、親は親、子は子なのです

親の死に対する悲しみの「極」は親子のDNAがもたらしているのでしょうか、

まさに血縁・・・切っても切れない存在・・

それは「絆」は魔法の糸で作られているからです・・・



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