今年の雛祭りには、息子夫婦から、孫がお雛様と並んで写る写真は送られてきたが、この目で実際の雛人形を見てはいなかった。散歩の時に、旧安田楠雄邸で、3月1日~3月5日に「上巳の節句 ひなまつり」が開催されていることを知り、最終日の5日(日)に旧安田邸へ出掛けていった。我が家から徒歩20~25分ほどの距離にある。
この屋敷の前は何度も通ったが中に入るのは3年半振りである。2013年10月にここで行われた、”かたり”との『山月記』を聴いて以来で、ここの雛人形は初対面であった。
応接室は素通りして奥の、床の間へと急いだ。
現在この建物は、安田幸子氏から寄贈を受けた公益財団法人日本ナショナルトラストが所有し、「たてもの応援団」に属するボランティアの方によって管理・清掃等が行われ、各種イベントも運営されている。そのボランティアの方の説明を聴きながら雛人形を鑑賞した。
(旧安田邸を出る頃に門は閉ざされていた)
展示されているひな人形は七段飾りで、人形作りの名工三代永徳齋の作とか。珍しいことに最上段には二組のお雛さまが飾られている。説明によると安田楠雄氏の長女が生まれたのが1932(昭和7)年。この初節句にお雛様が作られた。次女の誕生が1941(昭和16)年で私と同い年。次女さんのお雛様も作られたが、次女さんの分は内裏雛だけ展示することにした。その結果上段に2組の内裏雛が並んで飾られることとなった。七段は残月床という2畳の床の間に合わせてあつらえられたもので、ガラスケースの中ではなく、あつらえられた場所に飾られている雛人形を見られるのは非常に珍しいこと、との説明も受けた。
この日は今まで以上に時間にゆとりがあったのでゆつくりと建物内部を見学した。邸宅は1919(大正8)年に建てられたから、あと2年で100年を迎えようとしている。大正の面影を色濃く残す、近代和風建築の邸宅は、手入れが行き届いている故か古びた感じが全くしない。2階で座して庭を眺めていると心が落ち着いてきた。
書き忘れそうになったが、ここは関東大震災と第2次世界大戦時の被災の両方を辛うじて免れ、ほぼ完全に残っていた!
この建物は裸足で入ることNOだが、撮影はOK。以下はその撮影した風景。
(1階応接室) (1階茶の間のから庭園の眺め)
(2階次の間) (2階客間)
(急な階段) (ここの枝垂れは有名。展示されていた写真を写す)