かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

10 後日譚

2010-11-14 18:25:16 | 麗夢小説『夢の匣』
『……もう一度、4人の魔女共に命じて、復活の時を待つとしよう…………』
 ともすれば、耳障りな雑音にまぎれて聞き取れないほどにか細くなった声が途切れ、後はただ空虚な雑音ばかりになった。1,2秒、それ以上の音声が無いことを確認した、麗夢、円光、榊、鬼童、それにアルファとベータは、思わずそれぞれの思いを込めてため息をついた。少なくともこの瞬間、自分達の宿敵が、この世から一時的な退場を余儀なくされたのは間違いないようだ。ため息はその安堵の漏れたものでもあり、また、募る疑問に押し出されたものでもあった。
「この後、僕たちが目を覚ますまで、ノイズ以外には何の音声も記録されていません」
 鬼童が、ノートパソコンの音声再生ソフトをワンクリックで止めた。途端に青山42番地の古アパートの一角をなんとなく満たしていたノイズがふつりと消え、今まで気にもならなかったパソコンのファンとハードディスクの小さな音が、少し耳につくようになった。
 事件から数日立ったある午後のこと。場所はおなじみの麗夢の事務所。一同は、幸運にも「データ収集は科学者の嗜み」とばかりに録音を続けていた鬼童の装置により、なんとか気を失っている間のおおよその事情をつかみ、この事件の検証に取り組んでいた。
「黄泉津大神とは伊佐奈美尊の荒御魂、すなわち、神の荒ぶる闇の面を強調した暗黒神。あの4人は、一体どうやってその巫女になったのであろうか」
 円光の疑問は、麗夢や鬼童の疑問でもあった。ついこの間、鬼童の持参した思念波砲でもって、白の想念の力に闇の皇帝ごと封印されたはずの4人が、今ここで黄泉津大神こと伊佐奈美尊の巫女として現れるとは、思いもよらない事態だった。
「それについては仮説の域を出ませんが、一つの可能性があります」
 鬼童の言葉に、3人と2匹の視線が集中した。
「松尾の遺した研究記録から、この南麻布が黄泉津比良坂の入り口だったのではないか、との推論が導き出せるんです」
「黄泉津比良坂って、伊佐奈岐尊が死んだ伊佐奈美尊に会いに行って、また戻って来た時に通った道のこと? そんな事って……」
「ええ。ですから、あくまで可能性のある仮説です」
 麗夢の疑問に、鬼童は腕組みをして答えた。
「思念波砲で黒の想念を白の想念で封じ込めたと言っても、白の想念で器を作り、その中に収めた、というようなものではありません。どちらかというと、反発する精神エネルギーの斥力を利用して異界へのゲートを開き、そこに飛ばしてまた蓋を閉じた、というようなイメージです。もしここに地獄まで続く黄泉津比良坂の入り口があったとすれば、飛ばされた彼女らがその坂を文字通り転げ落ち、その先に居る黄泉津大神こと伊佐奈美尊に会ったとしたらどうでしょう? そもそも彼女らは太古の日本を支配していた民族の末裔。この日本を生み出した伊佐奈美神に仕えたとしても、不思議ではありません」
 そう言いつつ、鬼童の口ぶりはあまりに大胆すぎる仮説に自分自身が納得しきれていない様子が伺えた。もちろん、麗夢も円光も、納得には程遠い気分を味わっている。せめてもう少し詳細な記録でもあれば、その仮説も多少は検討できそうであるが、残念ながら鬼童の装置は、あの暗黒の闇が支配する地獄のさなかでは、正常な動作は成し得なかった。いやむしろ、その地獄から釣り上げられた後、機能回復して記録を録れた事自体が奇跡的だったのだ。そのことに若干の不満を覚えつつも、一方で麗夢は、心からほっと安堵もしていた。非常の決意を持って封印した4人であったが、少なくとも異界で元気でやっている様子が伺えたからだ。きっちりリベンジ宣言まで残して。これで簡単には死ぬわけには行かなくなったな、と思わず麗夢は苦笑をこぼした。 
「まあ結局真相は本人の口から聞くよりない。つまり、迷宮入りせざるをえないということだ」
 榊が腕組みして唸った。確かに、いくら想像をたくましくしてみても、それを証明する術など無い。あるとしたら、もう一度莫大なエネルギーを使って地獄の蓋をこじ開けるか、あっぱれ4人組の凱旋を待つより無いだろう。さすがに麗夢、円光、鬼童も、そこまでやろうという気にはなれなかった。第一、それを可能にするかもしれない唯一の秘宝、「夢櫛笥」は、荒神谷弥生が地獄に持って行ってしまった。思念波砲がいくら白の想念を増幅できても、アレほどの出力は得られない。
「では、あの我々が小学生になるという夢、一体アレは、なんの夢だったんでしょうな?」
 榊の疑問に、円光と鬼童が顔を見合わせた。
「おそらくは、我々のうちの誰かの夢をベースに組み上げられたんだろうと思いますね。目的は今ひとつ判然としませんが」
「左様。全く面目次第もないが、拙僧にも理解しかねる。なにゆえ、麗夢殿やあのルシフェルを先生と呼ぶことになったのか」
 そう言いつつも、二人は次第に上気して頬が緩んだ。記憶にある、新米教師の姿でも思い浮かべているに違いない。榊はやれやれ、と苦笑をもらし、麗夢に振り返った。
「残念ながら、私はこの二人ほど夢を記憶していない。出来れば麗夢さん、一度その時と同じ格好をしてもらえないだろうか? 少しでも記憶が戻ってくれば、検証にも役に立つんじゃないかと思うんだが……」
「えっ! そ、それはちょっと……」
 さすがに麗夢も、散々に翻弄された悪夢の再現には二の足を踏んだ。第一、さして優秀とも言えない新米ぶりで、あのルシフェルにお説教された姿など、出来ればもう記憶から抹殺したいくらいなのだ。しかし……。
「うむ、それがいい! きっと新しい発見が得られるものと拙僧も思う」
「是非やりましょう麗夢さん!」
と、見事に一致団結した円光と鬼童が、鬼気迫る様相で麗夢に迫ったのである。
「ひっ! ちょ、ちょっと待って二人とも! な、何をそんなに」
「麗夢殿!もちろんこの事件の真相究明のためだ!」
「そうです麗夢さん。いずれ色あせてしまう記憶ではなく、しっかりした記録を撮ってこそ! 後々の検証にも役に立つというものです!」
 ああ、余計なことを振ってしまった、と榊は後悔したが、まさに後の祭りだった。もう一度麗夢の女教師姿を目に焼き付け、更に映像記録で残しておこうという欲望に火のついた二人を止める術は、榊にはない。
「で、でも、私あんなスーツ持ってないし、それに私も記憶が曖昧で……」
「心配無用! 拙僧の頭の中には、どのような衣装だったかしっかり刻み込まれている!」
「そうですよ麗夢さん! 無いのなら早速買いに行きましょう! 僕ら二人がコーディネートしますから安心して! さあ!」
「ちょっと待って! 事件の検証はどうするのよー!」
「そのために必要なんですよ!」
「さあ、参ろう麗夢殿!」
「えぇーっ! 榊警部ー!」
 二人の若者に両側からがっちり腕を組まれた麗夢が、瞬く間に事務所のドアに向かった。表通りに出ればブティックの類はいくらでもあるこの界隈のこと。しばらくは記録の検証を名目に、二人の着せ替え人形となるよりないだろう。榊は、連れ戻すべきか否かわずかに迷って、浮かしかけた腰をそのままソファに戻した。
 まあしょうがないか。折角平和になったことでもあるし、たまには……。
 榊は、呆れたように尻尾を振るアルファとベータと共に、絶対着て貰いましょう! おう! と元気よく声を掛け合う二人に「拉致」されていく麗夢を、力ない笑顔で見送った。

-完-

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