かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

4.東京上野 対決 その1

2008-04-06 13:11:46 | 麗夢小説『夢曼荼羅 円光地獄変』
 麗夢はあくびを堪えて時計を睨みつつ、何か動きはないかと車窓越しに辺りを見回した。時間はすでに午前三時を迎えつつある。さしもの不夜城東京においても、この時間動き回っている人間はほとんどいない。まして帝都有数の緑に覆われた広大な上野公園の一角とあっては、人影など望むべくもない。あの闇のどこかで榊警部も寝ずの番で目を光らせているのだろう。麗夢はふっと一つ軽いため息をつくと、傍らでうずくまる小さな二つの毛玉に言った。
「どう? 何か感じる?」
「にゃあ」
「きゅーん」
 アルファ、ベータは共に首を横に振った。二頭とも、目に見えない気の流れや雰囲気の変化を掴むことにかけては麗夢を凌ぐ鋭敏さを持っている。しかも円光なら、その場に居るだけで辺りの空気を浄化してしまうほど、鍛え上げた強力な法力を持つ。それだけ大きな精神エネルギーが近づけば、アルファ、ベータが捉え損ねるとはまず考えられない。
「そう・・・」
 麗夢はもう一度ため息をつくと、今日は来ないのかも知れない、と一人ごちた。もう二時間もすれば夜が明ける。それまで待って来なければ取りあえず今日は引き上げよう、と麗夢は考え、じりじりと時間の過ぎるのを待ち続けた。
 やがて夜が白々と明け始め、暗い中で気の早い鳥の声がちらほらと耳に届くようになった頃。突然ベータが立ち上がって、わんわん! と威勢良く吼え立てた。
「何ですって? 円光さんの気配?」
 麗夢とアルファ、ベータは一種のテレパシーで「会話」をする事が出来る。そのベータの訴えに、やはりそうなのか、と麗夢は軽いショックを覚えた。だがこうなっては、何としても榊警部より先に円光の身柄を確保しなければならない。麗夢は車を飛び降りると、アルファ、ベータを先に走らせ、問題の円光の気配目がけて地面を蹴った。いつものミニスカートとは違い、動きやすさに徹した赤いレオタードが上野の森を突っ切っていく。間に合わないかも、と焦りを覚えた麗夢は、見通しの利かない森を抜けた瞬間、唐突にその集団と出くわした。
「待ちなさい!」
 麗夢は肩に掛けた短いマントを跳ね上げ、さっと左脇に固定したホルスターから、愛用の拳銃を取り出した。
「逃げたりしたら撃つわよ!」
 突然呼びかけられて驚きの余り振り向いた集団は、次の瞬間、足に根が生えたようにその場に停止した。イタリアの闇の名工ジェペットの手になる銃の存在感は、十人の逃走せんとする意志を挫くには、充分すぎる迫力だった。
(確かに山伏だわ)
 麗夢は、じりじりと間合いを詰めつつ相手の風体を見て取った。頭に頭襟という三角形の小さな帽子を乗せ、ぼんぼりのような丸く白い飾り付けを胸の前にぶら下げた篠懸という大袖の上着を身につけている。足下は袴の上から脚絆でしっかりとふくらはぎを締め、時代劇でしかお目にかかれない草鞋で地面に立っている。幾人かが向けている尻には、夜目にも文様鮮やかな毛皮が結い付けられ、手にするのは円光と同じ様な一振りの錫杖である。攻撃か逃亡か、容易に見いだせない隙を探る二組の間に、緊張が無数の見えない糸となって張り巡らされた。麗夢の銃把が、十人の錫杖が、覚えず強い力で握りしめられ、掌に滲む汗でわずかの湿りを帯びていく。お互いちょっとでも気を抜けば、たちまち辺りが修羅場と化すことうけあいの瞬間、固まった十人の山伏を割って、一人の男が姿を現した。鍛え上げられた肉体をややぼろと化しつつある墨染めの衣でくるみ、錫杖を携えるその姿。眉目秀麗の典型のような目と目が視線をぶつけ合った。
「円光さん・・・」
「れ、麗夢殿か!」
 それは紛れもなく円光その人であった。アルファとベータも吼えかかったものか、無邪気に飛びついたものか判断に迷って麗夢の足下で立ちつくしている。

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