かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

6.円光悩乱 その2

2008-04-06 13:10:42 | 麗夢小説『夢曼荼羅 円光地獄変』
「何かな。拙僧に答えられる事なら良いが」
「あの女の人」
「え?」
「あの、上野公園で出会った女の人、あれは兄上様とどういう御関係の方なのですか?!」
 随分言うか言うまいか悩んでいたのであろう。そのためにいざ言うと決めた言葉には、無理矢理思い切るための助走距離の分、思いの外強い口調になって蓮花の口を飛び出していた。言った方は自分でも思いもよらなかった詰問調にはっと驚いた顔になったが、言われた方も今の今までその事で思い悩んでいただけに、余計胸にこたえて、ただただ愕然とするばかりであった。
「それは、その・・・なんだ・・・。」
 円光が言葉に窮してしどろもどろになったのを幸い、勢いを取り戻した蓮花が、この機に乗じて畳みかけた。
「はっきりおっしゃって下さい! 麗夢さんとおっしゃいましたね。あの方は兄上様とどういうご関係なのですか!」
「れ、蓮花殿には関係ない!」
 蓮花の強攻にたじたじとなった円光は、虚勢を張って突き放した。だが、こうなっては蓮花も今更引くわけには行かない。
「兄上様! 兄上様がこんなところで道草を食っておいでなのは、さしずめそのお人が気にかかるからでございましょう! 大事の前に兄上様がそんな事では、蓮花も困ります!」
 げに恐ろしきは女の勘であろう。円光は再び正確に胸中を指摘されて、呆然と顔を青ざめさせた。言葉を失い、冷や汗をあふれさせる円光に、蓮花は小さくため息をついた。
「判りました。兄上様の過去はもうたずねません。ですが兄上様、これだけははっきりとおっしゃって下さい。もうあの方とは何の関係もございませんね」
「・・・」
「兄上様は蓮花を守って下さるために、あの方に手をおかけ遊ばしました。あれにてあの方のことは思い切ったと思ってよろしゅうございますね」
 いつの間にか、他の妹達も蓮花の背後に集まってきていた。滝へ行った蓮花の帰りが遅いのを不審に思ったのだろうが、円光としては更なる窮地に追い込まれたに過ぎない。程なく話の内容を察した妹達が、口を揃えて円光に迫ってきたからである。
「兄上様! いかがなされたのです!」
「早くご返答を!」
「兄上様のお気持ち、しかと伺いとうございます!」
「兄上様!」
「兄上!」
(ううう、これも御仏の与えたもうた試練の一つか・・・それとも、麗夢殿に手をかけた報いなのか・・・)
 皆の剣幕に思わず後じさった円光は、河原の石に足を取られ、どうと滝壺にしりもちをついた。同時に盛大な水しぶきが妹達にも襲いかかる。
「きゃあ!」
 口々に悲鳴を上げて、軒を連ねた蓮花達がどっと後ろに飛びのがれた。互いに互いを巻き込みあって倒れ込み、狭い河原は一時大混乱となる。
「何をしとるか、この愚か者共!」
 なかなか上がってこない一同に、業を煮やした道賢の雷が落ちた。たちまち妹達がくもの子を散らすようにさっと逃げ走る。だが、蓮花だけは逃げる際に円光の方をきっと睨んだ。
「兄上様、先ほどのお答え、いずれきっちりと伺わせていただきます!」
 円光は鼻先に滴を垂らしながら、逃げていく蓮花の背中をただ見送るばかりであった。
「円光、主も何をしておる。早く水から上がれ!」
 道賢の言葉に、円光はやっと我に返った。
 もはや悩んでいても仕方がない。取りあえず前に進まねば。
 円光は、今ひとつ割り切れない思いに不安を覚えながら、妙に現実感の乏しい一歩を、岸に上げた。

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