シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

オレンジと太陽

2012-05-24 | シネマ あ行

映画館で予告を見てからずっと気になっていた作品です。

1986年イギリスのノッティンガムでソーシャルワーカーとして働いていたマーガレットハンフリーズエミリーワトソンは、オーストラリアから来た女性から4歳のとき、孤児だった彼女はノッティンガムから船でオーストラリアに連れて行かれたという話を聞く。他にもたくさんの子どもたちが一緒に連れて行かれてそれぞれに保護者となる大人は一人もいなかったと聞き、にわかには信じられなかったマーガレットだが、ソーシャルワーカーの仕事で他の養子になった女性の弟も幼い時に船でオーストラリアに連れて行かれたという同じ話を聞いて、調査を始めることに。

調査を進めていくと実は19世紀後半から1970年までに莫大な数の子どもたちが英豪両政府の指揮のもと強制的にイギリスからオーストラリアへ労働力として送られていたことが明らかになっていく。

この強制児童移民という話は、ワタクシはこの映画で初めて知りました。なんと全部で13万人もの子供たちが強制的にオーストラリア(他カナダ、ニュージーランド、ジンバブエなどイギリスのコモンウェルス各国)へ移民させられたというのですからなんとも驚く話である。

この作品は強制児童移民を遂行した政府や慈善団体を告発するというよりも、実際に強制的に連れて行かれた子供たちの母親や家族を探すというマーガレットの調査を中心に描いている。

姉はイギリスに残り弟は移民させられたジャックヒューゴウィービングは母親を知らないことで、心に大きな空洞を感じ大人になり結婚し子供を持った今でも自殺願望に苦しんでいた。

会社を起こしお金持ちになったレンデヴィットウェンナムは、始めはマーガレットに何ができるんだと猜疑心を持っていたが、彼女の献身的な態度に信頼を寄せ協力してくれるようになる。

他にも何人もの人がマーガレットに母親を探してもらい、彼女が設立した児童移民トラストや当時の実態調査に協力した。

人間がアイデンティティを失うということがいかに苦しいことであるかということを淡々と表現していく演出が素晴らしく、物語のかなり前半から涙が止まらなかった。

彼らの中には母親がすでに死亡してしまっている人もいたが、母親との再会を果たした人も多かったようだ。孤児と聞くと両親が亡くなったか、捨てられた場合が多かったのかと思ったけど、そうとも言い切れず、未婚の母ゆえ家族に無理やり子供を取り上げられ孤児院に探しに行ったときにはすでに海外へ送られていたとか、貧困ゆえに仕事を見つけたら迎えに行くと言って預けたのにその間に送られたというケースも少なくはなかったようだ。そして、親たちには海外に送られたという事実は当然告げられず、良い家族のもとに養子に出したと説明されていたらしい。

身よりのない子供たちだけで強制移民させてしまうというだけでもヒドイ話なのだが、マーガレットの調査で明らかになったのは、彼らがいかに移民先でヒドイ目に遭ってきたかということだった。服と靴は1組ずつしか支給されず、学校には通わせてもらえず始終強制労働させられ、暴力を振るわれ、最悪の場合はレイプされたりもしていた。そして、ある程度の年齢になるとそれまでの衣類代や食事代を借金として返済しろと要求された。マーガレットは彼らのヒドイ体験に同化して、PTSDまで患い、しかも慈善団体(教会)の支持者たちに脅されたりしながらもこの事業を続けている。

マーガレットを演じたエミリーワトソンの抑えた演技がとても素晴らしい。自分の夫や子供たちをないがしろにして他人の母親探しか、などと中傷され傷ついてもやはりこの調査を続ける信念を持ったマーガレットを非常にうまく演じている。PTSDになったりと決して人並み外れて強い人ではないマーガレットなだけに、ものすごくリアルに迫ってくるものがある。「この家族をないがしろにして」というセリフにマーガレットは大いに傷つくわけですが、夫は同じソーシャルワーカーで協力してくれていたし、子供たちは確かに頻繁に長期間オーストラリアに滞在しなければならない母親の不在に傷ついていたけれど、それはハンフリーズ一家が自分たちで受け止め解決するべき問題であって、政府や慈善団体が自分たちが不利だからと言ってそれを脅し文句のように使うのは卑怯極まりないと感じた。

普段はアクションもので見ることが多いヒューゴウィービングとデヴィットウェンナムのドラマでの演技を見ることができたのも貴重だった。二人とも素晴らしかったが特にヒューゴウィービングの演技が素晴らしい。自分の子供の頃の話を朴訥に語る役者たち全員が素晴らしい演技をしていたと思う。

この作品の監督はジムローチ。これが長編初監督なのだが、ローチと聞けば映画ファンならピンと来ると思うがイギリス映画界きっての左派で、労働者階級の素晴らしい映画をたくさん撮っているケンローチ監督の息子さんだ。父親譲りの鋭い視点で、陽に当たることのない人々の姿をこれからも映し出してくれることだろう。

強制児童移民を英豪政府が正式に謝罪をしたのは2009年になってからのことらしい。彼らの児童移民トラストの活動は現在も続けられている。




「映画」もいいけど「犬」も好き。という方はこちらもヨロシクです。我が家の犬日記「トラが3びき。+ぶち。」