シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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ザ・サークル

2017-11-15 | シネマ さ行

「ザ・サークル」というSNS会社に入社したメイホランドエマワトソン。最先端の会社で住む場所もあって、会社の敷地内で何もかも用が済んでしまうほどの規模。医療保険も充実していて、多発性硬化症に苦しむメイの父親ビルパクストンに最新の医療を受けさせることもできる。

新人として頑張っていたメイ。CEOのイーモンベイリートムハンクスに注目され、新しい技術の小型カメラを24時間つけてそれを全世界に公開することになる。

最初の頃は、やたらと参加を促される課外活動やらパーティやらに戸惑いを感じていたメイだったのだが、独りでカヌーを漕ぎに夜の海に出た時にあちこちに置かれて公開されている新技術の小型カメラでメイの遭難を見ていた人たちのおかげで救急ヘリが来て助けられ、すっかりこの技術に魅了されてしまう。

って、ちょっと待ってーーーー。いくら自分の命も助けられて父親の病気も助けてもらえたからってこんな若い女の子が自分の生活を24時間全世界の人に公開するなんて頭おかしいとしか思えない。トイレは別って言ってたけどさ、シャワーはどうするの?着がえは?恋人ができたらどうするの?しかも、メイの目線でもカメラがついてるからメイの生活だけじゃなくて周囲の人の生活も公開されちゃう。そのせいで両親のセックスシーンまで全世界に公開されてしまった。それでもメイは「まだシェアすることは良いことだ」というモットーに従って、盲信していく。

この会社に入れてくれた親友のアニーカレンギランが憔悴しきっているのもスルー。この会社の技術の設立者であるタイラフィートジョンボイエガが忠告してくれてもスルー。いや、そこまで陶酔するきっかけあったっけ?とこちらは置いてけぼり。まぁタイの意見をスルー以前になんでタイが勝手にメイのことをやたらと信用してかなりのレベルの人しか入れない秘密の場所に連れて行ってくれるのか超謎。メイがベイリーたちのスパイだったらどうするの?しかもベイリーたちはタイのこと干してるって感じだったんのに、どうしてタイはまだあんな秘密の場所に入るクリアランスを持ってるの?

選挙の投票をサークルのアカウントで義務化とかってディストピア感出したいのかなっていうのも分かるんだけど、これが1980年代とかに作られた作品だったらそれも感じられたかも。

最後にシェアリングの力を使って人を探すという企画でメイの親友だったのにメイのSNSのせいで疎遠になっていたマーサーエラーコルトレーンをみんなで探そうということになり、スマホを持った連中に追いかけられたマーサーが車で逃げ橋から転落して死亡。それでメイが目が覚めるって設定だけど…これ、普通に逮捕者出ないの?ベイリーたちが警察とかに賄賂払ったりしてるから大丈夫だったのかな。

こんなくだらないことからメイの目を覚ますためのマーサーの命の扱いが軽過ぎるわ。タイもメイの決断がなくても自分の技術でそれまでになんとでもできたよね。

結局ベイリーたちが裏でなんか悪いことををしてるっていうのはずっとほのめかされてるけど、そこには対して踏み込まず。アニーがベイリーたちに何をさせられてきたのかも暴かれず。

映画化するくらいだから、原作は面白かったのかな。読んでないのでなんとも言えないのですが、映画を見た印象としては、原作のあらすじを端折って映画にしてみましたってだけに感じました。なんかエマやトムハンクスも編集されて出来上がった作品を見てちょっとびっくりしたんじゃないかなぁと思います。エマを見ているだけで満足な人しか見てはいけない作品かも。あ、でもね、なんかわざとなのか知らんけど妙に自然光使っててエマの顔もよく見えないシーンが多くて、もうせめてエマの顔に照明当ててじっくり見させてよと思ってしまいました。

オマケ一所懸命エマがアメリカ英語を話している横で親友アニーにスコットランド英語を話されたら、つられそうにならなかったかなと余計な心配をしてしまいました。

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すばらしき映画音楽たち

2017-10-20 | シネマ さ行

「映画」という商業作品や芸術の分野において非常に重要な役割を果たしている「音楽」にスポットを当てたドキュメンタリー。誰もが聞いたことのある挿入歌やテーマ曲、エンディング曲、はたまたシーンのバックに流れる音楽を作っている人たちに次々とインタビューしている。

その作曲家本人のことは顔などもちろん全然知らなくても、その人が作った音楽を聞くとすぐに、「あ~これを作った人か。すごい人だな」となるような人たちが次々に登場して驚かせてくれる。

彼らが監督とともにイメージを膨らませすでに撮影の済んでいる映像に音楽を重ねていく様子が見られてとてもワクワクした。普段映画を見るとき、とてもインパクトのあるシーンや音楽は別として、何気ないシーンのバックに流れている音楽など無意識に耳に入っているだけということもあるが、それが全体は何秒で~とか、何秒目から徐々に盛り上がりをつけて~とか、細かいやりとりがあって、まったくセリフのないシーンなどに深みを加えていく作業が素晴らしい。

映画音楽作りのルールはただひとつ「ルールなどない」ということらしいです。音楽のジャンルも問わずどんな楽器を使うかも問わず、楽器どころか何を使って音を出すかさえも問わない。ここまで自由となると却って難しい作業なのではないかなーと思いました。

彼らが曲作りの辛さなどを語るところで、街でその映画のポスターを見かけるとめっちゃビビるというのが面白かったです。音楽をつけるのはどうしても最後の作業になるからお尻が詰まっていることが多いのでしょう。「公開ってポスターに書いてあるけどまだ半分も曲書けてないのにどうするんだーーー」ってなるっていうのが人間的で面白かった。

そして、作品が出来上がったときに一般に公開している映画館にお客さんの反応を見に行くという人がいて、これも面白かったな。映画を見ずにスクリーン側からお客さんの反応を見て、「気味悪がられていると思う」と言っていて、映画が終わるや否やトイレの個室にこもって、お客さんの感想や鼻歌で挿入歌を歌わないかとかを観察していると言う。映画を見た直後に鼻歌で出てくる曲を書くことができたらこれはもう映画音楽作家としては大成功だろう。

実際に曲を録音していく作業も見ることができるのですが、ここで集まっているスタジオミュージシャンたちのすごさにビックリしました。オーケストラが集められているのですが、彼らは事前に楽譜をもらうことなくその場で初めて楽譜を見て完璧に演奏するというのです。それがスタジオミュージシャンとしては当たり前なんでしょうけど、映画監督などもそれを聞いて驚くみたいですね。しかもそれをそのまま弾くだけではなく、その場でやっぱり全部半音下げてとかここはもっとゆっくりにしてとかいう要望に即座に応えるのですから。作曲家が楽譜は演奏家たちへのラブレターと言っていて、めちゃくちゃカッコいいと思いました。

「うぬぼれでも何でもなく、自分自身が鳥肌の立つような音楽を書けなければ、人を感動させることはできない」と言っていて、これは本当にそうなんだろうなと思いました。ワタクシなんかでは到底理解できない物を作る人の発想だと思うけど、何かすごいものを書けたときというのは、自分でも鳥肌が立つものなのでしょうし、自分はそれくらいのことをやっていると思っていなければできない仕事だと思います。

映画が好きな人にとってはとてもワクワクするドキュメンタリーですので、ぜひご覧になってほしいです。

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ザ・ウォーク

2017-09-29 | シネマ さ行

1974年ワールドトレードセンターツインタワーの間にロープをかけて命綱なしで綱渡りをしたフィリッププティジョセフゴードン=レヴィットの話。

幼い彼が綱渡りに魅了され、パリでの大道芸人生活、ノートルダム大聖堂に無断で綱をかけての綱渡りを経て、仲間たちといざニューヨークヘ。とお話はテンポよく進んでいく。この辺りの展開はロバートゼメキス監督らしくそつがない。

面白いのはこのテンポの良さとフィリップのクレイジーっぷり。そりゃそうだ。地上411メートルを命綱なしで綱渡りをしようなんて人なんだから、クレイジーに決まっている。彼の綱渡りの師匠ルディベンキングスレーでさえ、命綱をつけろ、地上からは見えやしないとアドバイスしたが、もちろんそんなこと聞き入れるフィリップではない。そもそもそこで命綱をつけようと思う人間はこんなクレイジーは挑戦をしてみようとも思わないだろう。

彼がどのようにしてニューヨーク入りしたあとに、これを実現まで持っていったかというところもユーモラスに描かれていて飽きがこない。彼が実際に渡り始めてからもかなりハラハラしながら見られるのだけど、警察が屋上までやってきて南棟と北棟の両方で待ち構えていたからって彼があんなに何回も綱の上を行ったり来たりしたとは思ってなかったので、いつか落ちるのではと怖くなって「もうええってー。早よ降りてー」と思った。しかも、彼は行ったり来たりするだけでなく、綱の上で座ったり寝転んでみたり。もうお前ほんまにバカかーーーー!って思いました。

でもやっぱり彼が綱渡りしている姿って本当に美しくて、彼が「綱渡りはアート」と言っていた意味が分かった。彼は自分がやっている姿は見られないわけだから、彼自身が言っているアートの意味とは厳密には違うのかもしれないけど。

作品の冒頭からフィリップが自由の女神の上で、このお話をナビゲートしているのだけど、「え、それってまさか綱から落ちて死んでいま自由の女神の上に立ってるとかいうオチじゃないやろなぁ」と思って怖かった。実際には彼は無事(?)警察に捕まるのだが。

彼が綱渡りをしている間だけじゃなくて準備中なんかにも簡単にツインタワーの屋上の端っこに立ったり、突き出た鉄筋にヒョイ乗ったりするだけでこちらは身のすくむ思いだったので、これ劇場で3Dで見た人はすごい迫力だっただろうなと思います。身がすくむっていうかお尻がきゅーーーーってなります。

このツインタワーはもうないんだなと思うと妙にセンチメンタルな気分になったりもしました。

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ジャングルブック

2017-08-28 | シネマ さ行

実はディズニーのアニメ版は大昔に見たのでそんなに細かいところまでは憶えていないのですが、音楽は良かったけど、全体としてはそんなに好きな作品ではなかった記憶があったので、この実写版が公開になったときも見に行きませんでした。今回WOWOWで見ました。

結果は大きなスクリーンで見たかったと思いました。モーグリ以外全部CG!って宣伝されていたけど、もう本当に息をのむほどの美しさです。ジャングルの風景も素晴らしいし、動物たちも信じられないくらいリアル。もちろん、動物なんてあんな演技するわけないんだからCGしかありえないし、そもそも動物たちがしゃべるわけだから「リアル」と表現するのはおかしいのかもしれませんが、この“ジャングルブック”という世界の中では「リアル」と言っていいと思います。

そして、モーグリを演じるニールセティくんがめちゃ可愛い。これが映画初出演ということらしいのですが、無邪気なモーグリそのものでした。

例によって声優陣が豪華なんですが、スカーレットヨハンソンがモーグリを惑わすヘビのカーを演じていて得意の歌声も聞かせてくれます。オランウータンのキングルーイはクリストファーウォーケンだったのですが、歌も彼が歌ったのかなぁ。キングルーイは超不気味でした。モーグリの親友になるクマのバルーをビルマーレイがやっていて、これがまたぴったりでした。

ワタクシは犬を飼っているので、オオカミの子どもたちがめちゃくちゃ可愛かったです。モーグリを育てたオオカミのお母さんラクシャルピタニョンゴの愛情がたまらない。

トラのシアカーンイドリスエルバは執拗にモーグリの命を狙い、オオカミのリーダー・アキーラジャンカルロエスポジートを殺してしまって、悪者には違いないんですが、彼なりに人間に恨みを持つ理由もあってそう単純にシアカーンだけが悪いとは思えませんでした。もちろん、モーグリを狙っていて怖いし、見ている最中にはシアカーンをやっつけろ!みたいに思っちゃいますけどね。

最後に人間の村から動物たちが「赤い花」と呼んでいる「火」を持ってきてシアカーンをやっつけるモーグリですが、その道中に森中に火を放ってしまうことになって山火事を起こしてしまうところは「おいおいおいおい。一番悪いのんモーグリやんけー」って思って、動物みんなからモーグリが責められるのかと思いきや象たちが水を消してくれて一件落着したので、ちょっとびっくりしましたが、まぁとりあえず丸く収まって良かったです。

エンドロールもお楽しみがいっぱいで、こういうところのジョンファヴロー監督の遊び心がすごく好きです。

ちょっと子供向けかなとは思いますが、ワタクシはこういう子供向けの作品も好きなので楽しむことができました。

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セールスマン

2017-07-25 | シネマ さ行

アカデミー賞外国語映画賞につられて見に行きました。アスガーファルハディ監督の作品を見るのは「別離」「ある過去の行方」に続いて3作目です。

アパートが崩壊しかけて出て行かざるを得なくなった教師のエマッドシャハブホセイニとラナタラネアリドゥスティ夫婦。引っ越した先で妻ラナが襲われ2人の日常にひびが入る。

イランというお国柄、ラナがレイプされたという表現は一度も出てこない。近所の人がシャワーの中で全裸で血まみれになっていたというのだからレイプされたと考えるのが自然なのだろう。ラナははっきり言わないし、夫エマッドもはっきり聞かない。病院も警察に届けることをしないし、レイプキットなどで調べているとも思えない。

警察に届けるかどうかをラナの意志に任せ、ラナが届けたくないと言えばエマッドもそれ以上強くは言わない。妻がレイプされたなど、イランでは警察に訴え出るようなことではないと判断されてもおかしくないのだろう。警察に届けたところでラナが責められるだけに終わる可能性も高い。

エマッドは自分だけで犯人捜しを始める。慌てて出て行った犯人が置いて行った車を発見し、そこから犯人をたどる。エマッドは最終的に犯人を発見し、問い詰め、「ここにお前の家族を呼べ、すべてバラしてやる」と言うが、犯人が心臓発作を起こしてしまい、期せずして犯人の命を助けてしまうことに。そこへ駆けつけた犯人の家族の前でまた発作を起こした犯人は2度目で結局死んでしまう。

最後のカットでエマッドとラナの夫婦がどちらも表情なく座っているのだけど、ワタクシはレイプ魔が死んだからって同情しないので、彼らのこのブランクな表情に共感することができなかった。あの表情にどのような意味が込められているのかははっきりとは分からないけど、ワタクシは因果応報を信じないけど、あの犯人の死が報いなのだとしたら、ワタクシはざまぁ見ろとしか思えないのだよなぁ。それどころか家族にもバレずに死んで甘っちょろいわと思ってしまう。

これがイスラムの社会だから、と思う部分もあるのだけど、いまの日本を見ても性犯罪に対する世間の見方としてはあまり変わらない気がしてしまう。夫だと思って不用意に玄関を開けてしまったラナを「自業自得」と見る向きが日本にもある。犯人は「ついそそられてしまって」などと言っていたけど、そんなことで許されていいわけがない。そう言われて犯人をぶん殴りもしないエマッドの反応がいまいちワタクシには理解できなかった。

作品の焦点は性犯罪がどうということではなく、この夫婦を襲った悲劇によって崩れてしまう関係にスポットを当てているのだとは思う。エマッドとラナの事件までの関係は西洋的な雰囲気を漂わせている気がしたけど、事件を境に一気にイスラムの家長制度的なものが見え隠れするようになる。

エマッドとラナが劇団で「セールスマンの死」を演じていて、それとリンクするようにできているというのだけど、ワタクシはちょっとどこがリンクしているのか分からなかった。

ファルハディ監督の作品てどうもどこかもどかしい演出が多いと感じるのだけど、それこそがイランで映画を撮るということのもどかしさなのかもしれないなと思います。これまでの作品でも様々な賞を受けているし、評価も高いのだけど、ワタクシが見逃している部分や理解していない部分があるのか正直少し難しいです。

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ジャッキー~ファーストレディ 最後の使命

2017-04-18 | シネマ さ行

またしても副題が妙に説明的ですが、「ジャッキー」というのはジャクリーンケネディのことです。

夫であり米国大統領であったジョンF.ケネディが暗殺されてから葬儀に至るまでをジャッキーナタリーポートマンが雑誌の記者ビリークラダップに語る様子を映画化したもの。

ナタリーポートマンがこれでもかというほど特徴のある喋り方をしていたので、あぁご本人はこういう喋り方をしていたんだなぁと思いました。本人がどんな喋り方をしていたのか知らないので似ているのかどうかは分かりませんが、おそらくあんなふうに喋る人だったんでしょう。

ファーストレディとしてものすごく気丈に振る舞う部分と、夫を目の前で射殺された妻としての脆さを見せる部分が非常にうまく描かれていると感じました。ケネディ家のお母さんとか義弟のロバートケネディピーターサースガードとどのような会話がなされたのかをもっと見たかった気もしますが、これはもう誰も知るところではないのかもしれませんね。この“ボビー”を演じたピーターサースガードが致命的に似ていなくて、苦しかったです。ナタリーもジャッキーに似てはいないんだけど、ボビーのほうがなんか見ていてつらかった。ピーターサースガードがうまい人なだけに残念でした。

気丈なジャッキーを象徴するシーンとして、記者が「と、彼女はたばこを吸いながら言った」とメモを取ったところで「私はたばこは吸いません」とまさにたばこを吸いながら言い放つシーンが印象的でした。パブリックフィギュアとしての自分と本当の自分とを切り離して、パブリックフィギュアのほうを完全にセルフプロデュースしていた彼女の姿が映し出されていました。

必ずしも夫婦仲がうまくはいっていなかったケネディ夫妻の夫婦としての再出発的な意味もあったテキサス遊説でまさかの事態が起こった。夫婦として再出発は叶わず、夫はいなくなり、“ファーストレディ”ではなくなり、小さな子供2人を抱えてホワイトハウスから追い出される。極限の精神状態の中で夫を米国大統領として伝説にすべく葬儀の方法を考えたジャッキーはまさしくファーストレディにふさわしい人だったのかもしれません。

映画としては、ナタリーの熱演とはうらはらに演出が単調で眠くなってしまう人もいるんじゃないかなぁ。不協和音のような不気味な音楽が時折流れますが、それすらももしかしたら子守唄になってしまっていたかも?

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サヨナラの代わりに

2017-03-27 | シネマ さ行

裕福な家庭に生まれ育ち弁護士エヴァンジョッシュデュアメルと恵まれた結婚生活を送っていたケイトヒラリースワンクは35歳でALSと診断される。それから彼女の生活は一変。夫はよく面倒を見てはくれていたが、誰もが彼女を病人としてしか見てくれない日々にうんざりしたケイトは介護人として面接に来た奔放で自分勝手な女子大生ベックエミーロッサムを雇うことにする。

まずこの作品のシチュエーションを聞いたとき、奔放な女子大生にエミーロッサムってめっちゃミスキャストちゃうん?と思いました。エミーロッサムに対してとても優等生的なイメージを持っていたからなんですが、そんなワタクシの勝手な想像を彼女は見事に裏切ってくれました。よなよなクラブで飲み潰れ名前も知らない男と一夜限りの関係を持ってしまうような女の子をエミーロッサムがまったく違和感なく演じていました。

夫の前でも女友達の前でもずっと「良い子ちゃん」を演じてきたと感じているケイトはベックの歯に衣着せない物言いや自由な行動にとても惹かれたのでしょう。いい加減なベックを夫エヴァンはイヤがっていたけれど、ベックといるときのケイトはとても楽しそうでした。

ケイトは以前ピアノを弾いていて、ベックは歌手志望だけど、極度のあがり症のため人前で歌えないという設定だったので、2人が音楽を通して仲良くなっていくのかなと想像していたのですが、意外にも直接的に歌を歌ったりしてつながっていくということはありませんでした。もっとさりげなく音楽が2人をつないでいた気がします。

ケイトは、自分のことをちゃんと見てくれていた男の子よりも安定しているエヴァンを選んで結婚してしまった的なことを言っていたのだけど、でも病気になる前2人がシャワーでセックスするシーンから始まっていたのが少し引っかかった。あのシーンを入れてしまうとこの夫婦がとても深く愛し合っているように見えたし、ケイトが自分自身を出せないままエヴァンと暮らしているように感じられなかった。もちろん、ケイトも自分を偽っていたということには病気になって初めて気づいたということだったのかもしれませんが。

エヴァンはエイトの看病に疲れて不倫をしてしまって、それに対してベックがすごく怒ってくれるのだけど、ベック自身は大学の教授と不倫していて、その辺はとても矛盾していた。後半ケイトにそれがバレてケンカになってしまうシーンがあって、そこはちゃんと物語の中でベックの矛盾を突いてくれていたからヨシとしよう。

結局、エヴァンはケイトの最期を辛すぎて見られないと言ってベックだけを家に残して出て行ってしまうのだけど、それに関してはおいおいそれはないだろうと思ってしまった。辛すぎるから見たくないって言って去るとかさ、人は弱いところがあるとは思うけど、そこはやっぱり踏んばらなきゃいけなかったんじゃないのかな。妻を愛してるとか言うならさ。

ケイトもベックも母親とどうしてもうまくいかないという背景があって、その辺りで2人は合うところがあったのかもしれない。他のALSの患者家族と仲良くなるところがあるけど、結局人と人の関係って血のつながりだけじゃない。血は水よりも濃いってこともあるにはあると思うけど、ケイトとベックの場合確実に赤の他人のほうが分かりあえたし支えあえた。そんなベックですら、ケイトが苦しむ声を聞いて死ぬときは1人にして放っておくという約束は守れず、ケイトのベッドルームへ駈け込んでしまう。でもそれまでの2人の関係性を見ているから、きっとケイトも許してくれるはず、いや、ベックが来てくれて嬉しかったはずと思ってしまいます。

よくある難病ものと言ってしまえばそうなのですが、ワタクシは結構好きな作品でした。

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SING/シング

2017-03-22 | シネマ さ行

アニメは基本的にディズニーのものしかあまり興味がないのですが、今回誘われて見に行きました。

見に行って良かったー。使われている洋楽が世代的にもジャンル的にもどんぴしゃでもう知らない曲はないってくらいだったのでオーディションのシーンとか楽しすぎでした。

落ち目の劇場支配人バスタームーン(コアラ)マシューマコノヒーが考えついた歌のオーディション。誰でも参加できて賞金1000ドル!…だったはずが、秘書のミス・クローリー(カメレオン)ガースジェニングス(なんとこの映画の監督さん)の印刷ミスでゼロが2つ増えてしまい、なんと賞金100,000ドルってことになっちゃった。そうとは知らずにバスタームーンはオーディションにたくさんの動物たちがやって来て大喜び。

オーディションの末、選ばれたのは25匹の子ブタのお母さんロジータリースウィザースプーン、パンク少女アッシュ(ヤマアラシ)スカーレットヨハンソン、窃盗団のリーダーの息子ジョニー(ゴリラ)タロンエガートン、いんちきネズミのマイクセスマクファーレン、ノリノリブタのグンターニッククロールだった。そして、シャイ過ぎてオーディションで歌うことができなかった象のミーナトリーケリーはスタッフとして雇われることに。

バスタームーンは本当に劇場でのショーが大好きで、個性も希望もばらばらの動物たちをなんとかまとめて演出を頑張っていた。しかし、動物たちはそれぞれに事情を抱えており、バスターも100,000ドルの賞金を出さなければならないと分かりピンチに。なんとかスポンサーになってもらおうと往年の大スターナナヌードルマン(ヒツジ)ジェニファーソーンダースに来てもらって大がかりなショーを見せるが、その最中にマイクがギャンブルでモメたクマたちが乗り込んで来たり、結局みんなにバスターが100,000ドル持っていないとバレたりと大騒動。ナナのために作った巨大な水槽でのイカの照明ショーは美しかったのだが、水槽が崩壊して何もかも大量の水に流されてしまう。

バスターは劇場を諦め、父がやっていた洗車業でやっていくことにするが、崩壊した劇場跡で1人歌うミーナの歌声に励まされ、何もないところからまたみんなと一緒にショーをスタートすることを決意する。

オーディションのシーンが終わると、みんなの練習のシーンとかでちらっと曲が聴けるくらいで、ミュージカルと言うわりに歌のシーンが少なめで残念だなぁなんて思っていたら、最後のショーでたっぷりと1人ずつの歌を聴かせる時間を取ってくれて大満足でした。

108分という短い時間の中で聴きごたえのある歌をたっぷり聴けた上に、それぞれのキャラクターの背景となるお話がすべておざなりになることなく、絶妙な塩梅で配分されていて、素晴らしい出来栄えでした。笑えるシーンもたくさんあるし、じーんと涙が出そうになるシーンも。やっぱり歌のパワーってすごい。

ハリウッドの役者さんたちには歌える人が多くていつも驚かされるんだけど、今回は歌わなかったバスター役のマシューマコノヒーに一番驚かされました。彼が達者な役者だということはもちろん知っているのですが、あのテキサス男がコアラって!しかもめちゃくちゃうまい。バスターって冴えない劇場主で調子のいいことばっかり言ってるようなんだけど、どこか憎めなくてさっぱりしたキャラクターだと思ったら、マシューのキャラが反映されているのかもしれないなぁと思ったり。この人歌もうまいんだ!っていう他のキャストよりも一番意外性があってますます好きになりました。

エンドロールが終わって「早くも続編決定!」と出ると、さらにまたワクワクが続くのかと嬉しい気持ちになりました。

オマケきゃりーぱみゅぱみゅの歌を歌っていた日本のアイドルみたいな子たちに変な日本語でバスターが話すシーンは吹替え版ではどんなふうになっていたんだろ?

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素晴らしきかな、人生

2017-03-02 | シネマ さ行

当然のことながら、ブログのタイトルはいつも映画作品のタイトルにするのですが、これはブログのタイトルにすらしたくないようなひどい邦題ですね。原題の「Collateral Beauty」自体が造語のようなものだし、日本語に直接訳すのは難しいとは思いますが、それなら素直に字幕で使った「幸せのおまけ」にしても良かったのでは?と思います。時期もクリスマスだし1954年の「素晴らしき哉、人生!」のリメイクかと思って間違えて見に行く人を見込んだのかと勘ぐってしまう。

ワタクシはケイトウィンスレットヘレンミレンが出ているというだけで見に行くつもりだったのですが、他の面子もかなり豪華です。

広告代理店で成功を収めていたハワードウィルスミスは社員の前でのスピーチで「愛」「時間」「死」をテーマに広告を作り、人々とつながることが重要だと話していた。そんな彼が幼い娘を亡くし、私生活も仕事もめちゃくちゃになってまったく立ち直れなくなっていた。広告代理店の仲間ホイットエドワードノートン、クレア(ウィンスレット)、サイモンマイケルペニャはハワードを心配する一方、彼が仕事をしないせいで潰れてしまいそうな会社を救う手だてを考えなければならなかった。

探偵を雇ってハワードの日常を探らせたところ「愛」「時間」「死」という概念に対して手紙を書いていることが分かる。ホイットは広告代理店にCMのオーディションに来ていた役者エイミーキーラナイトレーとその役者仲間のブリジット(ミレン)、ラフィジェイコブラティモアにそれぞれ「愛」「死」「時間」を演じてもらうことでハワードの心を開くと同時に、他の人には見えない(という設定の)概念が人物化した人に話しかけるハワードを撮影して、取締役会での権限を奪おうとしていた。

「愛」「時間」「死」に扮した役者たちがハワードの心を開いていく一方で、自分の不倫が原因で離婚し小学生の娘に異常に嫌われている「愛」が必要なホイット、会社に人生を捧げて家族を持たず精子バンクで子供を産もうと考えている「時間」が必要なクレア、ガンが再発して「死」を迎えそうなサイモンもそれぞれ役者との対話の中で自分の人生に必要なものを見つけていく。

少しずつだか心を開き始めたハワードは同じく幼い子供たちを亡くした遺族たちのセラピーに通うようになり、主催者のマデリンナオミハリスと心を通わせていくが、どうしても亡くなった娘の名前を口にすることはできなかった。

「愛」「時間」「死」という概念を演じた役者たちがそれぞれにとても魅力的。役者とは言え脚本なしの即興演技ということになるのだけど、概念のテーマに沿って核心を突くことを言ってくる。そして、やはりハワードよりもホイット、クレア、サイモンに対する影響力が実は映画の肝となる部分だったのかも。ハワードも自分の悲しみにうまく対処することはできていなかったけど、友人3人の悩みについてはちゃんと見ていたんだよねー。

肝心な題名となっている「Collateral Beauty」ですが、マデリンが自分の娘が死んでしまいそうなときに待合室で隣に座った女性に「誰が亡くなりそうなの?」と聞かれて「娘です」と答えたら「そこには必ずCollateral Beautyがあるから見落とさないで」と言われたとハワードに話します。こんな不幸な出来事の中にも必ず“幸せのおまけ”がある、と。Collateralという英語は「担保」とか「巻き添えの」という意味で「担保」は文字通りの意味で「巻き添えの」というのは戦争などで市民が殺されてしまうような「巻き添え」を指します。その言葉をこのようにポジティブな意味で使うというのはなかなかないかもしれません。不幸な出来事の中にもそれに付随して副産物的に美しい何かが生まれる。それはどんなに否定しても確かな事実かもしれません。そして、それがどんなに些細なことでもそれに目を向けることが、生きる糧になるとワタクシは解釈しました。

最後にマデリンとハワードの関係性が明らかになるとき、一瞬前に予想できましたが、マデリンの愛の深さを感じて涙せずにはいられませんでした。

結局「愛」「死」「時間」を演じた役者たちは実在したのかしなかったのか。それはそれぞれがどちらと取ってもいいのでしょう。ファンタジー的な要素をうまくドラマに落とし込んだ脚本だったと思います。

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ザ・コンサルタント

2017-01-24 | シネマ さ行

ポスターだけで面白そうだなと思って行きました。ベンアフレック好きなので。

田舎町の冴えない会計士クリスチャンウルフ(アフレック)。実は彼には裏の顔があった。彼は世界中の犯罪組織の会計士として資金を洗浄したりすることに手を貸していた。そんな彼の元に大企業の財務の不正を調べる仕事の依頼が来る。

その企業で経理をしているデイナカミングスアナケンドリックは帳簿上のおかしいところを発見し、上司に報告する。それをウルフが調べにやってきた。ウルフは大企業の15年の帳簿を一晩ですべて目を通した上、不正がどこにあるかを発見しかけたのだが、その朝その会社のCFOが自殺したという知らせが入り社長のブラックバーンジョンリスゴーはウルフに捜査を打ち切らせる。CFOがしたことは水に流すと言うのだ。

その後、ウルフは命を狙われ、カミングスも命を狙われていることを知って、彼女を救いに行き、彼女と一緒に逃げる。一度始めたことを終わらせずにはいられないウルフはこの事件にカタをつけるべく隠し持っている大量の武器や現金を持って準備にかかる。

高機能自閉症であるウルフの子供時代が時折挿入され、施設に入れて特別な教育を受けさせようとする母親と鍛えれば治ると信じている軍人の父親が離婚し、父親に育てられたこと、健常者だった弟・ブラクストンジョンバーンサルに子どもの頃から助けられてきたことが分かる。

ウルフはコミュニケーションが苦手で、人の言うことを言葉通りに受け取ってしまい、冗談が分からなかったり、修辞疑問の意味が分からなかったり、スキンシップが出来なかったりという部分はある。普段の生活も自分の決めた独自のルールの中で暮らしているが、父親の訓練のおかげか、なんとか人の表情を読み取ったり、ふりでもいいからその場に合ったセリフを言えるようにはしてきているようだ。一方、数字やパズルに対する才能はものすごく秀でていて、大企業の15年分の帳簿の矛盾点を徹夜で探し出すシーンは何をやっているかは分からなくても爽快でさえある。

作品の解説にはやたらと「暗殺者」という言葉が使われているのだけど、彼って暗殺者か?「暗殺者」って殺しの依頼を受けて自分とは縁もゆかりもないターゲットを殺す職業を指すのだと思っていたけどな。ウルフの場合はそういうんじゃなくて、自分に危害を加えようとする人に対しては徹底的に対抗するというだけだ。スナイパー的な実力があるからってそれを暗殺者とは呼ばないと思うんだけどなぁ。彼には驚異の戦闘能力があるのだけど、それも父親の厳しすぎる訓練の中で身につけたものだという過去のエピソードが挿入されている。

ワタクシが気に入ったのは、彼がとにかく効率的に動くところ。それも彼の自閉症的な症状のひとつなのかもしれないけど、無駄な動きは一切しないし、悪人に慈悲をかけることもない。たいがいヒーローものでは黒幕と対峙する時、さっさと殺せばいいものをその前にべらべらべらべら無駄な話をして自分でピンチに陥ったりする。ウルフにはそういうまどろっこしいことが一切なく、この事件の黒幕でさえ、一瞬で「うるさい!」とばかりに脳天を一発撃って終わり。ちょっと笑っちゃうくらいあっけない。そういうところがすごく好き。

見ている間子供時代にずっと登場する弟はどこへ行ったの?と気になって仕方なかったので、あの彼が弟だったときはビックリした。というか監視カメラ越しの再会で、「ああああーーー!この人弟やーーー!」と分かって興奮しました。

それプラス終盤に色んなことが明かされるのだけど、田舎の会計士の裏の顔が犯罪組織のお抱え会計士で、そのさらに裏の顔がその犯罪組織の悪事を密告し、世に暴いてきたのが彼で、その犯罪で得た報酬からかなりの額を子供の時に行った施設に寄付しているという裏の裏の彼の本当の素顔が分かってくる。

そして、さらにさらに彼の唯一信頼できる仕事上のパートナーの正体が明らかになるシーンまでがお見事でした。ずっとウルフに指令を出している彼女が誰かっていうのを意識しながら見てなかったので、最後におおおおーーーとなりました。

続きを作ろうと思えばできるキャラクターだと思いますが、どうでしょう。作るなら良い脚本で作って欲しいです。

オマケ1数字オタクのカミングスと盛り上がって話しているとき「同じ高校だったら良かったのに」と言うカミングスに「その頃はイスラエルにいたよ」とか言ってましたけど、それ以前に君ら15歳くらい歳違うやろ???と突っ込んでしまいました。

オマケ2彼の父親は非情なくらいの訓練を息子たちにほどこしていました。ウルフは現在もショック療法的なことを毎晩続けていたけど、あんな過激な方法で自閉症がマシになるというような描写は誤解を招くんじゃないかなぁ?ワタクシも別に詳しいわけじゃないので分からないですが。

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スーサイドスクワッド

2016-09-14 | シネマ さ行

予告編を見て面白そうだったので見てきました。

アメリカ政府は世界崩壊の危機に際し、刑務所にいる悪人どもを集めて減刑をエサに、それぞれの首に爆薬を仕掛け言いなりにさせ「スーサイドスクワッド」を形成する。

CGがカッコいい場面がいくつかありました。炎人間エルディアブロジェイヘルナンデスが炎で「BYE」って綴るところや、ジューンムーンカーラデルヴィーユが魔女エンチャントレスを呼び出して2人が手をつないだと思ったらくるっとエンチャントレスに変身するところのCGはとても気に入りました。

全体的にはちょっと期待し過ぎたかなーという感じ。予告編も良かったし、結構評判も良さそうだったんだけど、ワタクシ的にはいまいちでした。悪党どもの集まりというわりにあまりキャラの立った悪党がいなかった。スーサイドスクワッドの発案者アマンダウォーラーヴィオラデイヴィスがそれぞれを紹介していくシーンは良かったんだけど、その後ずっとそれぞれの特徴を生かした攻撃ってのがほとんどない。

いくら首に爆弾が仕掛けられてるからってなんだか全員やたらと従順だし、悪党同士なのにそれぞれ全然ケンカとかしないんだね。急に集められてなんだか急に仲間意識みたいなもの持ってるけど、なんで?って感じだし、共通の敵って魔女じゃなくてむしろアメリカ政府とかバットマンとかいいもんヒーローなんだからあれじゃ普通に魔女に協力しちゃうと思うけど。アマンダウォーラーとリックフラッグ大佐ジョエルキナマンが持ってた爆弾のスイッチなんてあれほどの面子なら簡単に出し抜いて奪えそうな雰囲気だったけどな。

世界崩壊の危機と書いたけど、その魔女もなんだかやたらと弱かった。結局彼女のパワーって何なのかよく分からんかったし、弟は爆弾で死んじゃったしな。魔女の弟だから魔王なのかなんか知らんけど、普通に爆弾で死んだよ。魔女もハーレイクインマーゴットロビーの企みに気付かずあっさり心臓取られちゃうし。

一番宣伝されてるハーレイクインはまぁ確かに可愛かったけど、もうちょっとぶっ飛んでる感欲しかったし、見せ場もあんまりなかったね。彼女を目当てに行ったけど、そこまで満足できるほどのキャラには仕上がってなかった。ジョーカージャレットレトは巷ではカッコ良かったと言われているみたいなんだけど、ワタクシは今回のジョーカーは見た目がイマイチだったな。あの銀歯は何?ジャレットレトは好きなんだけどなー。

スーサイドスクワッドからフラッグ大佐を守るという役でカタナという日本人暗殺者が登場していました。伝統的にアメリカ映画に登場する日本人キャラというのはひどいもんですが、今回もご多分に漏れず演じる福原かれんがひどかった。普段の彼女を見たことがないので彼女の日本語力を知らないのですが、日本語が喋れない人なのか、単純に演技が下手くそなのか…?まぁ夫の魂が宿った日本刀に話しかけるっていうシーン自体が無茶ぶりと言えばそうなのかもしれませんが。

「バットマンvsスーパーマン」を見ていないのでベンアフレックが演じるバットマンを初めて見たのですが、なんだか、、、おっさん?って感じ。バットマンてマスクをつけた時下アゴしか見えなくなりますよね。その時の顔がめちゃくちゃおっさんっぽかった。体もなんか妙に太くて、それも鍛えられてる太さっていう雰囲気じゃなくて。ベンアフレックも好きな役者なんだけど、なんだか残念。

んー、CG以外全然良いこと書いてませんね。こういう作品は難しいこと考えずに楽しんじゃえばいい。細かいツッコミは入れないで。って思って見ることができるタイプなんですが、頭空っぽにして楽しめるワクワク感も感じることができなかったなー。設定もキャラももっともっと面白くすることができた気がするのでとても惜しい気持ちで映画館を後にしました。

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スノーホワイト~氷の王国

2016-06-20 | シネマ さ行

続編できるんやー。ラヴェンナシャーリーズセロン死んだんちゃうん?いや、でもあの魔女のことやからどっかで生きててもおかしくはないか。

シャーリーズセロン、エミリーブラントジェシカチャスティンってワタクシの好きな女優がトリオで登場って贅沢やわー。この3人が映画のプロモーションで世界を回っている画像がインスタグラムなどで何度もアップされていましたが、本当に何度見ても贅沢な3ショット。

続編と言いましたが、お話はまず前作よりも時系列的には前の時代から。ラヴェンナには妹フレイヤ(ブラント)がいて、普通の少女で婚約者のいる男性を好きになってみごもってしまうのですが、その赤ちゃんを相手の男性が殺すという悲劇(もちろん実はラヴェンナの仕業ね)に見舞われて邪悪な面が目覚め氷の女王と化し、ラヴェンナとは離れて自ら氷の王国を作り上げます。

その氷の王国では子供をさらって来て厳しい訓練をし戦士に仕上げ、他の国を侵略するということを続けていました。フレイヤはこの世に愛などなく大切なのは忠誠心だけと子供たちに教えます。そこにさらわれてきて育ったエリッククリスヘムズワースとサラ(チャスティン)は恋に落ち、それがフレイヤにばれて引き裂かれてしまいます。

時系列的に言うとここで前作の「スノーホワイト」があるということかな。エリックとスノーホワイトがラヴェンナを倒し、ラヴェンナの魔法の鏡を今度はフレイヤが手に入れようとする。

エリックはフレイヤが魔法の鏡を手に入れるのを阻止しようと魔法の鏡を探す旅に出て、そこで死んだものと思っていたサラと再会する。サラはエリックが自分を捨てて逃げたものと思っていてエリックを許そうとはしてくれない。とかなんとか言って最初から許しちゃってるんですけどね。

お話自体はありきたりなものなんですが、それは前作からだいたい想像がついていたので、まぁこんなもんかなと悪くはなかったと思います。エリックとサラのコンビのやりとりが可愛らしくて女戦士サラがカッコ良くて良かったです。

エミリーブラントは悪役には少し迫力不足かなと思いますが、シャーリーズの迫力に勝つことはそもそもできないと思うし、あのお姉ちゃんの妹役なので、あれくらいでちょうど良かったのかもしれません。それにしてもこの氷の王国はどうしても「レリゴー」を思い出しちゃうなぁ。邪悪版エルサでした。

まぁとにかく女性たちが美しく、ゴールドとシルバーがテーマカラーの邪悪な姉妹の衣装も凝っていて目の保養としては抜群の作品でした。

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サウスポー

2016-06-16 | シネマ さ行

ムビチケを買っていたのに、公開から一週間で上映回数がかなり減っていたので焦りました。そう言えば特に宣伝もしてないし、マイナー映画扱いなのか~。ワタクシは楽しみにしていたのにな。

楽しみにしていたのはジェイクギレンホールの出る作品にはいつも注目していることとレイチェルマクアダムズが好きだからです。ジェイクギレンホールのファンというわけではないけど、彼の出る作品はいつも興味深いものがあるのでチェックするようにしています。

施設で育ったやんちゃなボクサー・ビリーホープ(ギレンホール)は殴られれば殴られるほど燃え、相手にたくさん殴らせたあとに相手を倒すというスタイルのボクシングでチャンピオンの地位を守っていた。ビリーの妻モーリーン(マクアダムズ)は彼のスタイルを心配し、防衛戦に勝った今日も素直には喜べない。「こんなスタイルを続ければあと2年で廃人よ。そうなったとき、いまあなたに群がっているゴキブリたちはさっさと逃げて私とレイラ(娘)ウーナローレンスしかいなくなるわ」とキツイけど真実を突いたアドバイスをする。

挑戦者に慈善パーティで「お前のベルトとオンナを奪ってやる」と挑発されカッとなったビリーは止めるモーリーンを振り切ってケンカになり、何者かが放った銃がモーリーンに当たってモーリーンは帰らぬ人となってしまう。

ビリーにとってすべてと言っても過言ではなかったモーリーンを亡くし、自暴自棄になってしまった彼はお酒を飲み交通事故を起こし、裁判で娘のレイラを保護施設に取られてしまう。

そこからなんとか立ち直ろうとビリーは地元の小さなボクシングジムで昔自分を倒したことのあるボクサーのトレーナーであるティックウィルズフォレストウィティカーにトレーニングを頼む。

レイチェルマクアダムズが好きで見に行ったのにあっと言う間に死んでしまってめちゃくちゃ残念だった。こないだ見た「スポットライト」では可愛い笑顔を封印してシリアスな役者に徹していた彼女が、今回は施設で育ったアニマル柄が似合いそうなビリーの不良の取り巻きどもも簡単にあしらえるいい意味でのビッチをこれまたうまく演じていた。この役もこれまでの彼女の可愛らしいイメージとは随分違っていて、案外こういう役をリアルに演じるのは難しいと思うんだけど、意外にもすごくハマっていた。これまで彼女が演じた中で一番好きかも。見た目は可愛いのに、ビリーの敵の挑発を「あなた誰だったっけ?」と軽くいなすほどワイルドで家庭のこともビリーの試合の契約も全部仕切っていたしっかり者のモーリーン。彼女の役に説得力がなければこの後のビリーの荒れように説得力が出なくなる。モーリーンを亡くしたことを観客も一緒に悲しめなければこの物語全体が成り立たない。

しっかしこれはボクサー映画の王道だと思うんだけど、相手に挑発されてリング以外で簡単に殴り過ぎ。バカ!ビリー!お前さえあの時我慢していればモーリーンは死ななくて済んだんだよ。「ベルトとオンナを奪う」なんて使い古された言葉に挑発されるなんてほんとバカ。

とは言え、立ち直ろうとするビリーを応援したくなるのはひとえに娘レイラ10歳の傷ついた姿を見ているから。最愛の母親を突然に亡くし、支えになってくれるはずの父親は1人でバカやってる。裁判ではパパと暮らしたいと泣き叫んだものの、こんな状況に自分を置いた父親を恨んでもいる。そんな10歳の少女のイライラが素直に描かれていて好感が持てました。こういう作品の子どもってどこか良い子過ぎる感がある場合があるんですが、この作品のレイラはそんなことなくて自然体で良かったです。

ティックにトレーニングを頼んでからこれまでのスタイルを変えガードを固く相手のミスを誘いジャブで点数を稼ぐボクシングを覚えるビリー。これがモーリーンがずっと言っていたボクシングだよ。気付くの遅いよ。「モーリーンと気が合いそうだ」とティックに言っていたビリーはそのことに気が付いたのでしょう。このおバカさんがそれに気付くための代償がモーリーンの命というのはちょっと大き過ぎる気はしますが。

レイラを取り戻すべくボクシングに真面目に取り組みチャンピオンの座奪回のリングに上がるビリー。こういうスポ根ものの場合、どうせ勝つんやろ?と思って見ていることが大半ですが、この作品の場合はたとえビリーが負けたとしても彼のそれまでの努力だけで物語として成り立つと思っていたので、本当に勝つかどうか分からずに見ていました。勝っても負けても良い作品になることができたと思います。

ベタだけど父と娘の関係に泣けたなー。ジェイクギレンホールの肉体改造っぷりもすごかった。やはり彼の作品にはこれからも注目していこうと思いました。

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ショートターム

2016-05-23 | シネマ さ行

先日「ルーム」を見たあとに「ショートターム」でのブルーラーソンが良かったと聞き、このブログのコメントにも同じ意見をいただいて「ショートターム」?確かそんな作品あったなぁと漠然と思い出しレンタルして見てみました。

問題を抱える子どもたちの保護施設「ショートターム12」(原題も「Short Term 12」です)ショートタームは短い期間という意味で12は子どもたちは最長でも12か月しかここにいられないという意味(かな?)ここで働くスタッフリーダーのグレイス(ラーソン)は小さな事件やもめごとが日々起こるこの施設をうまくまとめていた。

グレイスは一緒に働くスタッフのメイソンジョンギャラガーJr.と同棲していて、今回妊娠したことが発覚し、彼女の心の中で何かが大きく動き始める。

折しも施設では、問題児ジェイデンケイトリンデヴァーが入所してきて、グレイスは周囲に馴染もうとしない彼女を気にかけているうちに彼女が父親から虐待を受けていることに気付き彼女を救おうと奔走します。

グレイスがジェイデンの状況を改善してやり、ジェイデンの心の傷を癒そうとしていく中で、グレイス自身の心の傷口がどんどん開いていき、彼女自身がその傷と向き合わざるを得なくなってきます。いつも優しく大きな心で見守ってくれるメイソンにさえ打ち明けることができないグレイスの傷とは、、、

同じころもうすぐ施設を卒業しなくてはならないマーカスキーススタンフィールドが荒れていた。この施設を出なくてはいけない不安からだろう。彼が書いた母についてのラップに胸が痛む。母親の愛情を知らない彼の母への訣別のラップだった。髪の毛を剃ったマーカスがグレイスとメイソンに聞く。母親が殴った傷が残っていないか、と。残っていないから大丈夫。そう言われて初めてマーカスはこの施設を出ていく心の準備ができたのだろう。

ジェイデンが書く童話が象徴するもの。友達のいないサメとタコの物語。タコは友達が欲しくて友達になりたいなら脚をちょうだいと言うサメに1本ずつ脚をあげてしまう。そして全部の脚をあげてしまったところで2人とも結局ひとりぼっちになってしまう。悲しい悲しい物語。これを聞いて父親の虐待に気付いたグレイス。

自分の何かを削ったり相手の何かを奪ったりして誰かと関係を結んでもそれはうまくはいかない。それが親子であればなおのこと。無力な子供にそれを強要する大人からは子供を引き離して助けるしかない。でも、保護施設で働いているだけで心理学者でも福祉局の人間でも弁護士でもないグレイスには、上司に訴えるしかすべがない。そして上司は慎重で簡単に解決してくれそうにない。このはがゆさ。グレイスはそのはがゆさに甘んじることなく実力行使してしまいますが、あれでグレイスがクビにならなかったのはあの上司の温情も相当あったのではないかなと後で思った。

ジェイデンとの出会いと自身の妊娠をきっかけに向き合うことになるグレイスの傷がまた悲惨で。ジェイデンに語った話は初めて他人にきちんと話したことだったんだろう。初めてすべてを語ることで一区切りつけることができたようだった。心を開かないグレイスに腹を立てていたメイソンにもこれできちんと向き合うことができたはず。これからも心の傷は消えることはないだろうけど、グレイスとメイソンなら乗り越えていける。そんな気がした。

内容はドロドロなのに、どうしてこんなに爽やかな物語を作り上げることができるんだろう?デスティンクレットン監督の手腕と集まった若い役者たちの素晴らしい演技の賜物だと思うのだけど、終始涙が止まらずに見ていたのに、心はなぜか落ち込むことはなくずっと先にある希望の光を見つめながら作品を見ているような不思議な感覚でした。

そしてウワサ通りブリーラーソンは素晴らしかった。彼女って本当に自然にセリフを話しますよね。それが脚本に書かれた文章とは思えない。彼女の口からついて出た言葉だと感じるんです。「ルーム」の時もそうでしたが、まるで彼女がその役の人の人生を生まれた時からずっと生きてきたような感じすらします。

DVDを見終わったあと表示を見ると「上映時間97分」とあったのでビックリしました。もっと長く感じたというと退屈だったように思われると思いますが、そうではなくて中身が濃かったという意味で、とても中身の詰まった97分という感じです。そして、もう少し彼らの世界を見ていたいなという気持ちにさせてくれる作品でした。

オマケ妊娠しているグレイスがずっと自転車に乗っていたので、自転車乗っていいの?って心配になりました。アメリカではそういうのはないのかなぁ。

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スポットライト~世紀のスクープ

2016-05-16 | シネマ さ行

まさかこの作品がアカデミー賞作品賞を取るとは思ってもいませんでした。以前から楽しみにしていた作品でしたが、作品賞を取ったことでますます楽しみにしていました。

「ボストングローブ」という新聞社に新しい編集長マーティバロンリーヴシュライバーが就任してくる。彼はカトリック教会の神父が教区の未成年者たちに性的虐待を行い、かつその神父が別の教区に移されただけで済んでいる件を記事にするように言う。マーティバロンはよそ者でユダヤ人。ボストンのカトリック教会の人々の心情なんて分かっちゃいない。そう地元の有力者たちは反発するが、たくさんの埋もれていた記事や被害者の話を聞いていった記者たちはその裏に隠された事実に驚愕する。このよそ者編集長がいなければ、ボストンでの事件はずっと闇に葬られたままだっただろう。リーブシュライバーがとても渋くこの編集長を演じていました。

記事を書くことになったのは「ボストングローブ」で「スポットライト」という名前の連載コラムを書くチーム。彼らはじっくり取材をしてひとつのテーマに挑んでいくチームだから、このスクープにはぴったりだった。だが、彼らはそれと同時に地元出身のカトリックとして育ってきた者ばかり。いまは教会から離れているが、育ってきた土壌はカトリックだ。そんな彼らが自分たちのアイデンティティの地盤を揺るがすスキャンダルに挑む。

この事件の内容はドキュメンタリー「フロムイーブル~バチカンを震撼させた悪魔の神父」というドキュメンタリーで詳しく語られていて知っていたので、事件そのものの内容にビックリするということはなかったのだけど、それをアメリカのボストンで暴くということがどれほど大変なことだったのかというのはこちらの作品を見ればよく分かる。ボストンがカトリックの多い地域だからなんだけど、この一連の事件はカトリックの神父たち、そしてその組織が起こしていることなので、ボストン以外でもそれはすべてカトリックの多い地域ということになり、どこでだってこの告発は大変なことだったはず。

スポットライトチームのリーダー・ウォルターロビンソンマイケルキートンは仲の良い弁護士の友人や地元の有力者などから、この記事を出すことを止められる。「お前のところの新編集長はよそ者だろ。俺たちのように町を愛していない」町への愛と忠誠心という鎖でウォルターを縛ろうとしてくるのが怖い。これはどこの町、団体、組織にもあり得ることだと思う。町を愛しているなら町の恥になるような不祥事を暴くな。でもウォルターは違った。町を愛しているからこそ、町を浄化するために不祥事を暴く。

彼はこんな大きな事件が個々の小さな事件として小さな記事で取り上げられただけで終わったことに疑問を抱くが、実は再三に渡り被害者や弁護士たちに「もっと前に君たちの新聞に資料を送ったのに無視されたんだ」と聞かされる。そして、それが当時自分が担当していた部署だったことが分かりショックを受けることになる。他の大きな事件に捕われて彼らの訴えを見逃していたのだ。

マイクレゼンデス記者マークラファロは、様々な角度からこの事件を調べていくが、過去の事件の証拠が裁判所で公開されるのかどうかというギャラベディアン弁護士スタンリートゥッチとのやりとりが、いまいち分かりにくかった。ワタクシがアメリカの司法制度をちゃんと理解していないせいかもしれない。レゼンデスがこのカトリック神父の性的虐待について調べている精神医学者とずっと電話で話していて、ボストンの教区だけで90人とか(正確な数字を忘れました。すみません)の虐待者がいるという事実を聞かされたときのぞっとする感覚がたまりませんでした。いままで色んな事件を見聞きしてきたであろう記者たちがお互いに顔を見合わせて「信じられない」という顔をします。そして、その人数をさることながら、それをすべて教会が隠ぺいしているという事実も。彼らは個々の事件ではなくこの教会の隠ぺいシステムそのものを暴こうとする。

被害者一人一人から話を聞くサーシャファイファーを演じたレイチェルマクアダムスはいつものキュートな魅力を封印して被害者の気持ちに寄り添う敏腕記者を硬派に演じている。彼女が話を聞きに行った神父のひとりが「僕はたいしたことはしていない。ちょっといたずらしただけだよ。僕がされたことに比べたら。僕はレイプされたんだ」と言っていて、ここでお姉さんに話を遮られてしまってそれ以上聞けなかったんだけど、この神父が誰にどんな目に遭ったのかが気になった。

彼らの記事が世に出たとき、スポットライトのチームの電話は鳴りやみませんでした。それはほとんどが私も被害者の一人だという電話だったらしく、そしてこの映画が公開されたあともまだ被害者が名乗り出ているとのこと。

それもすべて彼らの反骨の記者魂が引き起こした現象でした。政界ともスポーツ界とも癒着ばかりの日本のマスコミ関係者たちよ、恥を知れといった内容でした。

映画の最後に神父によって性的虐待が行われた都市名がずらずらずらと出ます。そのリストの長さに鳥肌が立ちました。

おまけドキュメンタリーのほうの邦題に「バチカンを震撼させた」とありますが、バチカンはこの事件を隠ぺいすることしかしませんでした。バチカンは神父が信者の子どもたちをレイプしていますよと知らされたときも“震撼”なんてしてないんだろうな。

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