シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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トリック劇場版2

2006-05-31 | シネマ た行

参りました。

ワタクシ、ドラマもスペシャルも劇場版「1」もどれも1秒たりとも見たことなかったんですけど、試写会が当たったので行きました。「トリック」って面白くてかなり人気あったらしいけど、どんなんなんやろー。と思いながら行ってきました。

いやー、参った参った。めちゃめちゃオモロイやないけー。

もう、大声で笑いまくり。笑う箇所が多くてもうどこで笑ったかひとつひとつの場面をあげることができないくらい。もちろん、冒頭からクスクス笑いはあったんですけど、島から船で出発するときに「雪国~」「おら東京さ行くだ」とか他にも何個も意味不明のこと言って、そのあと「○○○」(もう失念)って言った人に「それは千昌夫」と突っ込んでいて、“なんのこっちゃ”と頭ん中が「?」だらけになっていたんやけど、

「ん?さっきのは吉幾三の曲名ばっかり???ん“よし、行くぞー”

ぷっ…

そういうことかよ…。くっだらねぇーーーーっ!けど、笑けるっーーー!

と、思った瞬間から「これはボーっとしていてはこの先もいっぱいギャグを聞き逃すゾ」と思って気合を入れました。って気合を入れるような映画じゃねぇー。

が、しかし、ポケっとみていては何も面白くないぞ。君はこのギャグの応酬にどれだけついていけるかっけどこのナンセンスギャグにハマらない人にはなーーーーーんも面白くないぞ。それどころか、きっと腹さえ立ってくるかもしれん。ワタクシはどツボにハマりましたが。

別にナンセンスギャグが好きなわけではないんですけどね。やっぱりこのバカバカしさをこの豪華キャストでやってしまうところに最大の面白さがあるんやと思います。
阿部寛の絶妙の間と“キレイなお姉さん”仲間由紀恵のボソっと言うツッコミ&大声でかますボケ。こんな演技ができちゃう二人もすごいけど、何と言っても、堤幸彦監督って偉大。だってこの人「明日の記憶」も監督しちゃってるんですよ!信じられますか?

いままで「トリック」を1秒たりとも見なかったことを大反省。これからDVDでチェックしたいと思います!

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クロコダイルの涙

2006-05-30 | シネマ か行
ジュードロウが女性の愛を生きる糧にしているという男性で、自分を愛してくれる女性の心にもほんの少しの自分への「怒り」「嫉妬」「敵意」「失望」などを抱いていて、ほんの少しのそれらの感情で自分の“生”が壊されてしまうという男性を演じる。

自分で書いていながらもこの男性のことがよく分からないんだけど、そんなミステリアスな男性をミステリアスなジュードロウが演じているので、よく似合っている。物語自体はまぁなんだかよく分からないものなんだけど、この作品を取り上げたのは、ジュードロウの恋人役として登場するアンエリナレーヴェンゾーンが彼に孔子の話を聞かせるシーンがあり、それがとても素敵なお話だったからです。

孔子は地獄に行き、地獄の姿とそこにいる人たちを見た。驚いたことに地獄では大きな宴会が開かれており、彼らの目の前にはたくさんのご馳走がならんでいた。ただ、人々は自分の身長以上もある長い箸を持たされており、誰一人としてそのご馳走を口に運ぶことができなかった。孔子は天国にも行き、そこにいる人たちを見た。驚いたことに天国の姿は地獄とまったく同じでここでも宴会が開かれ、たくさんのご馳走がならび、人々は地獄にいる人々が持っていたものとまったく同じお箸を持たされていた。ただ、天国では誰もがみなお腹一杯だった。なぜなら、みながお互いに長いお箸でご馳走を食べさせあっていたから。

なんだか素敵な話じゃないの。この孔子のお話って有名なのかな?ワタクシが知らんかっただけで。ワタクシはこの映画を見て初めて知りました。

この映画の中でどうして主人公の恋人であるアンが主人公にこの話をしたのか、実際ワタクシにはよく分かりませんでした。もちろん、製作者は何の意図もなくこの話をさせたのではないだろうし、何かのメタファーになっているんだろうけど…

映画としては「?」なところも多いんですが、このお話がずっと印象に残っているので紹介してみました。
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ダ・ヴィンチ・コード

2006-05-29 | シネマ た行
読んでから観るか、観てから読むか、
それが問題だ。


少しだけネタバレあり。

原作がベストセラーである映画の場合、どちらか迷うものだ。映画化が決定していない時点で本を手にした場合は別として、映画化か決まっている場合、観るまで待とうか、先に読んで予習しようか迷う。「自分は必ず観てから読む」とか「読んでから観る」とか常に決めている人にはそれぞれこっちのほうがいいという言い分はあるだろう。ワタクシの場合、特に決めているわけではないのだけど、基本的には観てから読むほうが多い。それは原作の存在を映画化によって知る場合が多いからかもしれない。

今回「ダヴィンチコード」に関しては、映画館で予告編が流れるようになってから公開までは非常に長く、原作が非常に話題になっていて、ちょうどそのとき読みたい本がなかったことなんかが重なってついつい手を出してしまった。というわけで、「読んでから観た」派の意見として感想を書きます。

原作を読んでいた時点で、映画のキャスティングは公表されていたので、登場人物はすでにワタクシの頭の中でトムハンクスやらオドレイトトゥがちょこまかと動いていたから「読んでから観る」場合によくある、「この人じゃない」っていうことはなかった。これがクリアになることで、「読んでから観る」ということの難点はかなり克服できたと思う。

お話のほうはというと、こういうミステリー、サスペンス系の場合、犯人やオチが分かっている状態で観るということにはかなり難があると思う。オチが分かっていても平気で観れるタイプの人もいるがワタクシはそういうタイプではないのでちょっとつらかった。(だったら観る前に読むなよってことなんやけど、、、ついつい手を出しちゃったのよねー

「小説を映画化したもの」というカテゴリーの中ではこの作品はよくできているものではないだろうか。原作を読んでなかったにゃおに聞くと内容はよく分かったらしいし、ジャンレノなんかは、原作者が彼をイメージした役として書いたらしいからもちろんピッタリだったし。ただ、どうしても原作を知っていると「ここをはしょったんやなー」とか「ここは説明ナシで、みんな納得するんか?」とか考えながら見てしまう。当然、主役の二人が襲われるシーンや犯人も知っているわけだからビックリもしないし…

というわけで、ま、ミステリー要素が強い物語でワタクシ自身も犯人を知っていたからドキドキできなかったわけだから、あんまり内容については触れないでおきますが、映画でドキドキしたい人にはワタクシといたしましては断然「観てから読む」ほうをオススメします。その場合、内容の意味深長さはあまり理解できないかもしれませんが…(敬虔なカトリックの人に言わせればこの物語が“意味深長”だなんてちゃんちゃらおかしいんでしょうけどね)先に読んでいるとどーーーーしても映画のほうが薄っぺらく感じてしまうと思います。ちょっと原作の情報量が膨大すぎて苦しかったんだろうなー。

とは言え、一応キリスト教にあんまり詳しくない人は、
マグダラのマリア、テンプル騎士団、聖杯、フィボナッチ数列、、、などのキーワードについては少し調べてから行ったほうがいいかもしれませんね。

オマケ1オドレイトトゥはあんまり好きじゃないんですが、最後の水の上を歩こうとしてから、「水をワインに変えるのならできるかもしれないわ」って言うシーンは可愛かったですね。

オマケ2原作にあった、ラングドンはアメリカ人だからミッションの車を運転できないっていうお茶目なシーンは残して欲しかったな。
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マイボディガード

2006-05-26 | シネマ ま行
少女ダコタファニングとボディガードデンゼルワシントンの心温まるお話…

かと思ったらぜんぜん違うじゃーーーーんおそらくこれって宣伝側の陰謀よね。ヤラレタ…

前半はいいよねー。ほのぼのしてて。お金持ちの子どもはボディガードなしじゃ学校にさえ行けないメキシコシティに住む少女ピタと過去に傷をもつ酒びたりのボディガードクリーシィがぎこちないながらも関係を深めていく姿が描かれる。

そうやって、二人の関係が深まっていくのをたっぷり見せておいてから、ピタを誘拐させる。なんともハードな展開だ。

そして、交渉は決裂。ピタは殺された。え、まだ、上映時間の半分くらいですけど?ハートウォーミング系じゃないの?これ?むむむむむー、とこちらがあっけに取られている間にお話はどんどん進む。

クリーシィーは復讐の鬼と化し、ピタをこんな目に合わせた奴らを下っ端から幹部まで全滅させるという。このあたりから、何?これはアメコミの映画化?と思わせるくらい徹底的に冷徹な復讐劇が始まる。すげぇ。この復讐劇については賛否あると思います。不謹慎だけどワタクシはむごたらしいけどすっきりしちゃいました。この辺りの映像はとてもスタイリッシュでとてもトニースコット監督的。そうだよねー、トニースコット監督だもん、ハートウォーミングなわけねぇじゃん。と妙に納得し始める。

初めはスペイン語の部分だけに字幕が出ているのかと思っていたら、英語のセリフにも時折字幕が出ている。それも「字幕」として出るのではなく、画面の中途半端な位置に浮かんで消えたり、大きくでたり、言い終わってもいつまでも字だけ残っていたり。そういう演出もなんとなくトニースコットっぽいなぁと感じました。

デンゼルワシントンがかっこいいよー。ダコタちゃんの相手をしてあげるところもいいパパっぽくていいし、後半は本領発揮でハードボイルド全開。バイオレンスが苦手な方は避けたほうがいいかもっていうくらいハードです。ダコタちゃんの可愛い姿に魅かれてレンタルしてしまった人は後悔するかも。

ダコタちゃんも今回は素直に可愛くてよかったですね。クリーシィを「大きくて悲しげなクマ」(ほんでまたこれがピッタリなんだわ)と言い、聖人のペンダントをお小遣いを貯めてプレゼントし、日記に「私を愛してね」と書いちゃったりしてもう可愛さ全開

最後まで息もつかせぬ展開が待っています。バイオレンス、アクション好きな方に
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コニー&カーラ

2006-05-25 | シネマ か行
すごい失礼やとは思うんですけどね、町歩いてて「あれ、この人ってニューハーフ?」って思う女の人っていません?そう感じる人って決してブサイクではなくってむしろ美人な人が多いかも。でも、なんていうかそのニューハーフっぽいんですよね。ほら、叶恭子さんとか、、、あ、彼女はニューハーフよりもサイボーグか、、、

それが外国人の女性ともなると、体も大きいし日本人よりも余計ニューハーフっぽい女性が多いような気がする。ハリウッドにも結構いますよね。(サイボーグも多いけど…)

この作品の主演の二人ニアヴァルダロストニコレットも結構“ぽい”です。トニコレットのほうが特に。もちろん、役作りのなせる業なんでしょうけどね。

いつか大きな舞台に立つことを夢見ながら冴えない場所でショーを続けるコニー(ニア)とカーラ(トニ)がひょんなことから殺人現場を目撃。そのマフィアから逃れるため、LAでドラッグクイーンになりすましてショーに出ればたちまち大人気に。本物の女性であることを隠してショーを続けるハメになる。

例によってドラッグクイーン仲間のお姉さまたちがとても楽しく描かれ、その中の一人ロバートスティーブンスピネラとその弟ジェフデビットドカブニーとの葛藤も描かれ、本筋の殺し屋に追われるという部分とジェフとコニーの恋物語の部分はいささかチープだけど、本筋じゃないところの細かいエッセンスが光っていると思う。

コニーとカーラは舞台でさまざまなミュージカルの歌と踊りを披露してくれるのだけど、ニアヴァルダロスとトニコレットの歌唱力にはまったくもってビックリしてしまう。アップテンポな曲のときなんて見ているこっちも超ゴキゲンになる。この二人、本当にコンビで売れるよ。

本物の女性がドラッグクイーンを演じるというのは、それはそれで難しいことで、女性なんだから普通にしていればいいというのではなく、ドラッグクイーン独特の動きや喋り方をマスターしなければいけない。(思えば、ドラッグクイーンって女性を目指しているわりには「ドラッグクイーン」というひとつのカテゴリーの中の人たちって感じだよね。“女性”を目指すゲイの男性とはまた別物なのかなぁ?)どうしても体格とかで分かっちゃうけど、ニアもトニもらしくなるように頑張ってたのが良かった。

女性として舞台に立っていたときよりも、ドラッグクイーンとして舞台に立てば、下ネタでも毒舌でも好きなことが言えて気持ちいいという感覚はまさに、女性に対する偏見が残っているからであり、だからこそ、ドラッグクイーンのショーというのはウケるんだろうな。彼女たちが、舞台から笑いじわのある人生は素晴らしいとか、自分のありのままの体を愛してあげようと女性たちに送るメッセージは歪んだ美しさが蔓延する現代社会で彼女たちが“女性”としては大声で叫べないようなことなのかもしれない。

少し話しがずれたけど、映画としては先にも書いたように本筋を楽しむというよりも、コニーとカーラのショーとドラッグクイーンのお姉さんたちのセリフなんかを楽しんでください。それだけでも、十分見ごたえのある作品です。

オマケ1コニーとカーラがボーイフレンドを振り切って地元の町を離れる時、カーラがコニーに"Drive, Thelma, drive."って言ったように聞こえたんですよね。字幕にはなっていなかったので、ワタクシの耳が正しければ、「テルマ&ルイーズ」を意識したセリフやと思います。まさに「テルマ&ルイーズ」コメディ版ですもんね。

オマケ2この作品の中でドラッグクイーンの一人がdrug queenという言葉の由来として、「シェイクスピアが台本の端っこに"dressed as a girl" (女の子の服装をした男の役)と書いたのがそもそもの始まり」って言ってたけど、これって本当なのかなー。シェイクスピアならやりかねないとは思うけど、どうなんでしょう?
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トランスポーター2

2006-05-24 | シネマ た行
う…ん、なんかイマイチ?
上映時間1時間28分。基本的に長すぎる映画は好きではないワタクシにとってはいい感じの上映時間だったけど、あと30分長くてもいいから、もう少し掘り下げてほしかった。リュックベッソンの脚本ということで、そこまで期待はしていなかったけどね。

フランクジョンステイサムと6歳の少年との交流とかその家族との関係とかをもう少しの時間を割いて説明しても良かったし、あのフランスから来た警視のサポートの部分をもう少し詳しく描いても良かったし、この犯罪組織のこととか、フランクのアクションばかりでない活躍の部分とか、、、ってこれってほとんどの部分をもう少しずつ詳しくってことよね。うん、実際そうして欲しかったな。着眼点は面白いから出来上がりが惜しいです

フランクのアクション部分は確かにすごいけど、ちょっと懲りすぎてて何が起こってるかよう分からんとこもあったりしました。でもこれはワタクシの理解力が悪いのかもしれません。

演技力は「?」ですが、裸同然の格好でマシンガンを打ちまくるケイトノタの姿はすごかったですね。さすがはモデル!っていう体形を見せるため以外にはあのほぼ裸の意味は分かりませんけど、なんかやりすぎてて面白かったですね。

残念ながらこれ以上はあんまり書くこともないですね…「3」もあるかもしれません。材料としては面白いので、「3」を作るならもう少し頑張って欲しいですね。
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十二人の怒れる男

2006-05-23 | シネマ さ行
冒頭で裁判官が陪審員に協議をするよう指示し陪審員が部屋に入っていく場面以外はすべて閉ざされたひとつの部屋の中で12人の男が一人の少年が父親殺しについて有罪か無罪かをケンケンガクガクやり合う。

最初の決では11人が有罪、たった一人が無罪に投票した。誰もが有罪に決まってると思っていた。全員一致で有罪が決まりすぐに家に帰れるのだと思っていた。あんなスラム街の少年、父親を殺したに決まってる。なのになぜ?みなが驚き、怒り、当惑していた。一人の男ヘンリーフォンダが言う。無罪に投票したのは自分だと。少年がやってないと思っているわけではないが、有罪の根拠も弱いと。野球が始まるまではまだ1時間ある。1時間だけでいいから話し合おうじゃないかと。

ここからこのたった一人の男の地味だが熱い戦いが始まる。一人で11人の男たちを説得できるか…裁判を振り返り目撃者の証言のあいまいさ、弁護人の未熟さを説いて行く。少しずつ賛同していく人、頑として聞き入れない人。白熱する議論の展開に思わず夢中になる。自分も陪審員の一人でその部屋にいるような気になってくる。

ワタクシたち観客は裁判の内容を始めは全く知らないのに自分もいましがたまでその裁判に立ち会っていたかのような感覚になる。そして、その議論を通して12人それぞれの性格や背景まで見えてくるようになっているところも素晴らしい。1957年の白黒作品なのだか今だに色あせない魅力にあふれている。

先入観や偏見、自分の置かれている状況によってものの見方がどれほどに変わるか、思い込みの愚かさとごく普通の人間の中に潜む虚栄心や差別心をひとつの限られた部屋で12人の男が話し合うという限られた設定の中で暴いていく。その手法には何度見ても驚かされる。昔の映画は苦手だという人もこの作品なら間違いなく面白いと感じるはずだ。

日本映画で1991年に作られた「12人の優しい日本人」というこの映画のパロディがある。オリジナルを非常にうまくコメディにしてある。こちらもいつか機会があれば取り上げたい。
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グッドナイト&グッドラック

2006-05-22 | シネマ か行

GOOD NIGHT AND GOOD LUCK.とはジョージクルーニーがデートした女性にいつも言う言葉
というのは、今年のアカデミー賞の司会者ジョンスチュワートが飛ばしたジョーク。
ジョークを解説するほど野暮なこたぁないんだけど、英語のジョークなので一応解説を入れますと、GOOD LUCKというのはもちろん「幸運を祈る」ってことなんだけど、もう会わない相手などに使われる場合も多いさよならの言葉で、あなたがもしジョージクルーニーとデートして、別れ際にこう言われたら、「君とは一度寝ただけで、もうこれっきりだよ」と言われているのであって、ジョージは決してあなたの明日の仕事がうまくいくことを祈って言っているわけではないということになる。

そのジョージクルーニーが今年のアカデミー賞主演男優賞をもらったときの第一声は「これでもう監督賞はないな」だった。この「グッドナイトアンドグッドラック」での監督賞ノミネートのことである。実際、監督賞は「ブロークバックマウンテン」のアンリーに渡り、ジョージは受賞を逃したが、彼の監督したこの作品のできばえは、ハリウッドの良心と言われるジョージらしいものである。

1950年代、アメリカに吹き荒れたマッカーシイズム、共産主義者のいわゆる「赤狩り」のことをまったく知らない人は、少し勉強してから見に行ったほうがいいと思う。このことをまったく知らないと本当に全然ついて行けないということになってしまうかもしれない。

ロバートデニーロ主演の「真実の瞬間」という映画ではこの赤狩りがハリウッドに吹き荒れた様を描いている。この赤狩りの被害に遭った有名人で日本人に一番知られている人はチャーリーチャップリンで、彼はこの赤狩りで1952年にハリウッドを追われ、彼がアメリカに戻ったのは実にその20年後のことであった。

1950年代なんてまだほんの50年ほど前だし、赤狩りのことはワタクシたちにはあまりピンと来ないというか、なんだかにわかには信じられない話なのだけど、実際にこんなことがあったわけだし、日本では共謀罪が成立しようとしているし、今だっていつ何時こんなおかしな事態になるとも限らない。

それは普通に考えれば「おかしな事態」なのだけど、それに真っ向から反対を唱えると自分もその赤狩りの対象にされるという、まさに恐怖の政治である。そんななか、自分たちの危険を顧みず、マッカーシー議員に異議を唱え、基本的人権を取り戻そうとしたエドワードマローデイビッドストラザーンとそのTVクルーたちを描くこの作品。

1950年代。みんなタバコを吸っている。彼らが担当する番組のスポンサーがタバコ会社ということもあって、エドワードマローは番組に出ている最中もずっとタバコを手にしている。白黒の画面にタバコの煙が美しくゆらめく。タバコを「かっこいい」というのは現代的にはバツなんだろうけど、やっぱりかっこいい。

実際のエドワードマローは知らないがこの時代の特徴的なキャスターの喋り方で、デイビッドストラザーンがめちゃくちゃ渋い。毎回のキメ台詞の「GOOD NIGHT AND GOOD LUCK」を言ったあと、カメラ目線を外れ物思う姿が計算なのか、自然体なのか、人間くささを感じさせる。

ジョージクルーニーらしい作品と書いたが、映画としてはもう少しだけがんばってほしい部分もある。けど、社会派で辛らつでそれでいてヒューマニズムを信じるという部分が非常に表れていた。それはこのテーマを選んだ時点ですでにって感じなんだけど。出演作、監督作ともにこれからもますますジョージから目が離せなくなった。

オマケ1これは実話だから仕方ないんだけど、マローたちはマッカーシーのやり方は非難したが、共産主義を取り締まることそのものは非難しなかったというのは、ちょっと意外だった。まさか、今のジョージがそういうスタンスなわけはないと思うけど。

オマケ2マローのTVクルーで出ていたロバートダウニーJr.パトリシアクラークソン(相変わらず凛として美しい!)は夫婦という設定だったんだけど、これは実際に年の差夫婦だったのかしら?どう考えてもパトリシアクラークソンのほうがだいぶ年上よね?いや、別に年の差夫婦でも全然構わないんだけどね、ちょっと好奇心です。この二人が結婚していることをみんな知ってると言われるシーンが可愛く、そしてそのみんな知っていたことを(おそらく)マローだけが知らなかったシーンもお茶目だった。

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ディボースショウ

2006-05-19 | シネマ た行
ジョージクルーニーキャサリンゼタジョーンズ。いま、「風と共に去りぬ」を作るならこの二人でかな?二人の年は別として、あのクラシックな美しさが似合うのはこの二人くらいかも。

という二人がいかにも現代的な敏腕離婚弁護士(G.クルーニー)と離婚時の慰謝料によって金持ちになろうとたくらむ美女(K.ゼタジョーンズ)の役。

二人とも役にハマリまくり。ジョージは絵に書いたようなアメリカの弁護士。口八丁で巨額の富を稼ぐ男。何よりも大切なのは顧客に向けるスマイル、そのための歯のお手入れ。この弁護士が自分の夫の弁護をしているものだから、太刀打ちできない離婚バブルを虎視眈々と狙う美女のキャサリン。

こんな豪華な二人が騙し騙されの結婚・離婚一大スペクタクルを繰り広げる。(あれ、ちょっとホンマに「風と共に去りぬ」みたいじゃん。ある意味。いや、全然違うか…)

一歩先行く離婚大国、訴訟大国であるアメリカならではのお話で、それを皮肉って作っているところがいかにもジョージクルーニー。力を抜いて楽しんでいるけど、そういう世間へのシニカルな目線は忘れていませんね。それでも、美女にはめっぽう弱いんだよねー。(いや~ジョージはそうでなくっちゃあ)

コーエン兄弟が監督ということもあり、ただのコメディとはいかないわけです。ブラックな要素が大きいって感じですかね。ブラックな分少し大げさな部分も出てきたり、殺し屋を雇ったりする後半ではちょっとまどろっこしい部分もありますが、軽~い気持ちで楽しんじゃいましょう。男性にも女性にも目の保養にもなりますしね。

このお話のラストなんて夢のまた夢物語という人もいるかもしれないけど、ワタクシはやっぱり信じますね、まだこのラストを。

オマケ「婚前契約書」というのが何か知らない人にはちょっと分かりにくいところもあると思います。ハリウッドスターの結婚などでもおなじみですが、結婚する前に離婚後の条件を文書にしてきちんと契約しておくんですね。ドライですが、財産目当ての結婚を防ぎ、自分の財産を守るために必要みたいです。財産なんてまったくないワタクシには一生カンケーない書類ってわけですね。
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夢駆ける馬ドリーマー

2006-05-18 | シネマ や行
みんな書くと思うけど…
あの、クリスクリストファーソンカートラッセルってほんまに親子ちゃうのん?
と思っちゃうくらいそっくり。なんやろー、これは。DNAのイタズラっていうのかなー、全く他人(のはず)なのに…カートラッセルの実際のお父さんビングラッセルの写真をネットで見たけど、本当のお父さんよりクリストファーソンとのほうが似てるんじゃないのかと思えるほど。

ままま、それはさておき、本題のほうへと。

ワタクシは賭け事全般的に好きではなく、競馬にもあまり興味がないほうですが、この作品は競馬に興味のない方でも楽しめると思います。2日前の「GOAL!」同様、こういったタイプの作品によくある設定でほぼ全部予想はつきます。オープニングの場面から「こういうのはたいがい、ピアノやバイオリンのスローな曲がバックにかかって、ナレーションが入るっちゅうパターンで始まるねんなぁ」と思っているとやはりその通りに始まりますしね。それでもこの馬のことは実話であることには感動するし、最後のダービーでは競馬好きでなくともかなり熱くなってしまうのではないでしょうか。ワタクシは最後のダービーのときに自分の体に異様に力が入ってしまっているのを感じました。

デビットモースがイヤな奴で出ていたので、ちょっと珍しいかなーと思いましたが、それ以外はキャスティング的にもすべてまぁ妥当な線じゃない?って感じで無難に選ばれていると思います。エリザベスシューはもう少しリスキーな役をやってくれると嬉しいんだけどな。「リービングラスベガス」のときすごく良かったもん。

ダコタファニングは歯並びがちょっと気になった。全部きちんと生えたら矯正するんだろうけど。その前に彼女はあと何年もつかな?
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ベニスで恋して

2006-05-17 | シネマ は行

2000年のイタリア映画です。

夫にたいして相手にしてもらえないちょっとドンくさい主婦ロザルバリーチャマリェッタ。家族旅行先で団体観光バスに乗り遅れて独り置き去りにされてしまう。夫の携帯に電話したが、ドヤされて迎えに来てくれるとは言ったけど、一人でヒッチハイクしてしまう。そしたら、乗せてくれた若い男は「眠いから運転代わって」と言い、助手席で寝こけてしまう。その隙に「ええい、ままよ」とばかりに前から行ってみたかったベニスへ向かって高速を降りる。

ベニスでホテルを見つけたものの、そのホテルは今日で営業を終えると言う。次の日、電車に乗って家へ戻る予定だったが電車に乗り遅れてしまいもう一泊することに。ホテルがもうなくなってしまったので、昨夜食事をしたレストランのオーナーフェルナンドブルーノガンツに泊めてもらうことになる。

家に帰らないといけないという気持ちは、日に日に薄まり、ベニスで花屋の仕事まで見つけてしまうロザルバ。夫には「私も休暇を取るわ」と電話や手紙を送る。

レストランのオーナー、フェルナンドはちょっと冴えないおじさんだけど、少しロマンスグレーというかくたびれ加減が良い加減。朝早く出かけていくので、ロザルバとはいつも置き手紙でやりとりをする。その文面がとても生真面目な口調で、彼の性格を表している。

ロザルバは頑固な花屋のオヤジともいい関係を築きつつあり、フェルナンドの家の隣に住むエステティシャン、グラティアともどんどん仲良くなっていく。この花屋のオヤジとグラディアがとってもいいキャラクターでこの物語にふくらみをもたらしている。

ロザルバとフェルナンドの間には、ほのかな恋心が生まれているのだが、よそから来た主婦とやもめ男。もちろんそう簡単にはうまくいかない。

夫は浮気はしているみたいだけど家族のために働いているし、二人の子どもたちもそろそろ手が離れようかという年頃まで育ってくれて、自分の主婦としての生活に特に大きな不満があるわけでもないけれど、私の人生ってこのままただただ続いていくのかしら?そんな主婦の漠然とした不安がロザルバをこの大胆な家出に突き動かしたのか。本人はそんなに大それたことをしたとも思っていないみたいだし、この休暇が終われば家にも帰る。私の家はやっぱりあそこだもの。というロザルバの思いが徐々にベニスに傾いていき、彼女がよそから来た主婦であることなんて見ているこっちさえ忘れてきて、彼女にこのままベニスで人生を謳歌してほしいと思いかけたとき、息子がドラッグに手を出したと聞き、やはり息子のこととなると帰る気持ちになるロザルバ。

ロザルバが生けていった花をただただ見つめるフェルナンド。くたびれた男の哀愁が切ない。「フェルナンド!追いかけろ!」そう叫びたくなるクライマックス。

その花がすべて枯れてしまったとき、フェルナンドは立ち上がる。ロザルバを追いかけ彼女の住む街へ。ロザルバが息子と一緒に買い物をしていたところをつかまえる。このときのセリフが傑作。

フェルナンドがロザルバの息子に
「お母さんは私のものなのです」

息子「どうして?」

フェルナンド「なぜなら、愛しているからです」

ぶっ。ごめん、思わず吹き出しちゃったよ。いや、バカにしてじゃありません。あまりにも微笑ましくて、ストレートで、誠実でね。つーか、引っ込み思案な割にはロザルバの気持ちを承知の上な発言じゃあないの!まぁ、いくら肉体関係(露骨?)がないからといって不倫なわけだし、誠実っていうのはダメなのかもしれないけどね。二股ではなく、奪いに来たわけだから、ワタクシはある意味良しとしますね。

めでたく、ロザルバはベニスに戻るんですが、ラストシーンのセリフも最高。
二人で踊りながらロザルバが、
「そろそろ、敬語はやめにしません?」

オマケロザルバがヒッチハイクした車を運転している時、すれ違う車の後部座席の窓から子どもが「新しい親求む!」って書いた紙を出してるんですよ。こういうジョークのセンス、ワタクシ大好きです

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GOAL!ゴール!

2006-05-16 | シネマ か行
泣かせるねぇ~、おばあちゃーん。

FIFA公認のサッカー映画3部作。らしい。
ま、貧しい少年サンティアゴクノベッカーがプロのサッカー選手になることを夢見て成功するという特になぁんにも珍しくもかゆくもない物語。お父ちゃんトニープラナの反対あり、おばあちゃんミリアムコロンの応援あり、陰湿なライバルあり、恩人、友達あり、恋人アンナフリエルあり…と。すべてのスポ根ものの要素をぜーんぶぜーんぶひっくるめたら、ハイ、できました。みたいな作品。

と、いうわけなので、んなわけねぇだろバカヤロウと思っちゃうタイプの人は見ない方が賢明かもしれません。

ワタクシはといいますと、「ま、ま、いいんじゃないの~」と思いながら結構楽しみました。ちょーーーー、単純に楽しんじゃいましょって感じでね。

サンティアゴを演じるクノベッカーくんのちょぴっととんがった耳もなんか可愛いし、(顔はビミョー…?写真よりは動いているほうがいいかな)イヤな奴も出てくるけど基本的にいい人が多くて悪い気はしないし。

主役をメキシコ出身、(不法に)アメリカ経由、ヨーロッパ着っていうのは南米、北米、欧州の観客を全部引き込もうという製作者の意図なんだろうなぁ。FIFAとしては特にサッカー後進国の北米人たちに見て欲しいんだろうな。さて、その目論見は成功するのか

そういうワケで主役の子は幼い頃アメリカに不法に入ってきたから、メキシコ人とはいえ、アメリカ人的な部分も多く持っていて、完璧なアメリカ英語を話すし、その辺りでイギリス人とアメリカ人のギャップなんかと出てきて面白かったりもするけど、それはやっぱりサッカー中心の映画なので、ご愛嬌程度ですな。

ワールドカップもあることだし、ミーハー気分で楽しんじゃうのが一番かもしれないですね。
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ナイロビの蜂

2006-05-15 | シネマ な行

ネタバレあり。

あ~、いい映画だったぁ。すごく熱い涙が流れたなぁ。

今年は映画館に見に行っている作品はかなりいい作品が多いなぁ。どれも本当に心に残る作品が多い。

レイフファインズレイチェルワイズも好きな役者さんで、楽しみにしていたところ、レイチェルワイズがアカデミー賞助演女優賞を取り、ますます楽しみになっていた。

この二人のラブストーリーと発展途上国を食い物にしている先進国の実態とをもの凄くうまく絡めて描く。

美しく聡明で芯が強く思いやりと使命感に溢れる女性テッサをレイチェルワイズが演じている。この人にはこういう「戦う」女性が良く似合う。自分の信念を貫き、そのためには夫や権力者とぶつかりあうことも辞さない。やわらかい笑顔を持ちながら、その瞳はまっすぐに物事を見据えている。彼女はどこまでも真っ白な印象だが、それは決して「お嬢様」的な真っ白ではない。そして彼女は世の中を変えるために奔走しながら心では深く深く夫を愛していた。戦いながらも、彼女がもっとも守りたかったものは誰よりも愛する夫であった。

夫ジャスティンを演じるレイフファインズもまたこういう役が良く似合う。エリートの一家に生まれ代々外交官を務め、自分も出世の道を順調に歩んでいた。その彼が出世をなげうってでも知りたかった妻の真実とは…?その真実に近づくにつれ妻が守りたかったものが何だったのか、妻がなぜ自分にそれを打ち明けてくれなかったのかを知り、妻の深い愛を知る彼。

冒頭から張り詰める緊張感の中、唯一やすらぐのはこの二人が愛を深めていくシーンであり、それがサスペンスの部分とうまくバランスを取っている。物語はサスペンスとラブストーリーの部分を行ったり来たりするが、それに違和感は感じない。

映画的に捉え、あえて「サスペンス」と書いたが、実際にはアフリカで先進国の製薬会社が行っている人体実験についての陰謀であり、それは決して絵空事ではないだろうと思う。ジャスティンとテッサの出会いのシーンでテッサに英国のイラク戦争への姿勢を痛烈に批判させることによって現実とのリンクを深いものにもしているし。しかし、ここに描かれる陰謀が醜いものであればあるほど、二人の愛の美しさが際立つという皮肉がある。人間とはかくも醜くも美しくもなれる生き物だということを思い知らされる。

酔いしれるようなラブストーリーだけではなく、それと同時に地球規模の社会問題を浮き彫りにするこの作品。押し付けがましくはないが、醜い姿と美しい姿を同時に見せることでワタクシたちに選択を迫る。どちらにでもなりえる自分たちはどちらを選ぶか?

今年のアカデミー賞は社会派な作品が多いことについてどう思うか聞かれたレイチェルワイズが「今年そうだということではなくて、今までそうじゃなかったことのほうが不思議なのよ」と言っていたことが見終わってから強く思い出された。

エンドロールで目立つようにではないけれど、「問題に関心を持ちアフリカに暮らし死んでいった人たちに捧げる」と書かれていたのが印象的だった。

二人のことだけを書いたが、二人と敵対する、または二人を助ける脇役の俳優さんたちもそれぞれに個性的でした。特にテッサのいとことその息子が良かったな。

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マーサの幸せレシピ

2006-05-12 | シネマ ま行
マーサマルティナゲデックは一流のコック。毎日、一流のレストランで一流の料理を提供している。しかし彼女は上司の命令で精神科医に通わされている。一見何の問題もなさそうな彼女。本人は精神科医に通わされている理由が分かっていない様子。でもこのマーサ、いつも最高においしい料理を作るくせに自分では食べない。午後には食べない主義だと本人は言うけれど…

そんな彼女に悲劇が訪れる。2つ。

ひとつは姉が8つの娘とマーサを訪ねる道中、事故でなくなってしまう。マーサは8つの姪っ子を姪が生まれる前に姉と別れてしまった父親が見つかるまで預かることになる。

もうひとつの悲劇はもっと軽いがマーサにとってはかなり深刻。厨房の助手が産休に入るのでオーナーが雇い入れたのが料理の腕は確かだが軽薄なイタリア人マリオセルジオカステリット。料理に対する考え方も姿勢もマーサとはまるで違う。

家では母親を亡くしたショックから何も食べなくなってしまった姪っ子のことで悩み、仕事場では陽気なイタリア人にムカツかされるマーサ。しかし、姪っ子がベビーシッターを気に入らず仕事場に連れて行ったところから事態は好転していく。あのイタリア人マリオが子供の心理をうまくついて姪っ子にご飯を食べさせた。まず姪っ子とマリオが仲良くなっていき、それとともにかたくななマーサの心が次第に解きほぐされていき食事も取れるようになる。すべてが順調に行くかと思えたそのとき姪っ子の父親が見つかる。さぁどうするマーサ。

言い忘れたがマーサはドイツ人。イタリア人となんてうまくいくわけがない。といういかにもなステレオタイプイメージを上手く利用して見ている者をクスッと笑わせるシーンがいくつかあるけど作品全体の雰囲気とマーサの少しヘレンハント似の上品な美しさも手伝って笑いがありながらもとてもスマートな印象。一人で気ままながら確固たるものを持って守っていた自分の領域を家でも仕事場でも侵されるマーサの戸惑い振りは姪っ子に対してもイタリア人に対しても爆発してしまうところもあってその分マーサが愛しく思える。

父親と一緒にイタリアへ去った姪っ子を追いかけて行くとき「帰って来るに決まってるよ。太陽輝くイタリアから寒くて暗いドイツに戻れるんだから。こんな変人のおばさんと一緒に暮らせるんだから」と愛情たっぷりに言うマリオが最高だった。これはある意味このイタリア男のプロポーズ的発言でもあるような…

清潔感溢れる映像と美しいマーサとおいしそうなお料理。ムカつくイタリア男に癒されてしまいます。
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ブロークンフラワーズ

2006-05-11 | シネマ は行
カンヌグランプリ、ジムジャームッシュ、あーワタクシには合わへんかもなぁ…と思っていたところにゃおが見たいと言うので、楽しみにしているのだから「あんまり面白くなさそうやで~」とか言うのは悪いかなぁというのと、ジャームッシュが苦手でも今回はいいかもという一縷の望みがあったこととで行くことにしました。

この作品やジャームッシュが好きだという人がいるのはとてもよく分かるのだけど、ワタクシはあんまり好きではない。もちろんあんだけの女優(シャロンストーン、ジェシカラング、ジュリーデルピー、ティルダスウィントンなど。ティルダスウィントンは特にカッコよかったね。)が名前を連ねているんだもん、それだけでも見る価値があると言えるし、彼女たちはみな一様に良かった。主人公ビルマーレイのお隣りさんジェフリーライトもかなり面白いし、途中の展開はいいと思うし、実際楽しんだ。

しつこいほどのピンクのイメージとかもさ、分かるよ、分かる。あのラストの余韻もさ、分かるよ。映画全部に答えを出すべきだと思ってるわけじゃないし、答えのない映画も「それでいいのだ!」と胸を張って「好き」と言える作品だっていっぱいある。でもこの作品の場合は気に入らなかった。ジャームッシュのメッセージ性を理解しないダメな映画オタクと思われても私はこれを好きと言うほどアートな人間ではないのだ。アートを理解しない奴と言うなら言うてくれ。

今は薄汚いけど昔はドンファンだったビルマーレイ、これもしつこいほどにフレッドペリーのジャージでねぇ。これは何?ジャージってみすぼらしいけどそこそこの値段するのん着てるで、だって金持ちやしって感じ?

「切ない」とか「哀愁」とか「人生とは?」みたいなの、分かるよ、分かるけど…んんん。

わざわざ昔の恋人に会いに行ってるんやからさ、聞けばいいじゃん、「手紙出した?」って。相手だって手紙出したんなら、来られてもビックリしないだろうし、息子のことも今さら隠さんだろ?こんなこと書くと「そういうことじゃないんだよ、分かってないな」とか言われそうですが、分かってないから言っているわけではないと自分では思います。うまく言えないけど、駄作とは言いませんが、ワタクシの中では傑作とは言いかねる作品でした。

見終わってからにゃおに「初めからあんまりかもなーって思ってた」って言ったら「先、言うて」と言われちゃいました。

オマケシャロンストーンとマドンナ。昔から似てたけど、どちらもが年をとるごとに似ていく気がするなぁ。特にこの作品のシャロンの登場シーンなんてソックリでした。
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