シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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トロイ

2006-01-31 | シネマ た行

苦悩するアキレス。このブラッドピット演じるアキレスの描かれ方がもの凄く意外だった。そして、それがこの作品全体の良さにつながっていた。アキレス腱以外は完全無欠のアキレスがあんなふうに自分が殺した兵士たちのことを考え涙を流すとは思ってもみなかった。

ギリシャ神話の専門家にしてみれば、都合のいいように物語を切り貼りし、勝手にエピソードを作ってくっつけていたりして、気に入らない方もいるだろうけど、ギリシャ神話もさまざまな人の手によって編まれた壮大な冒険活劇の一種なのだから、新たに現代人がその歴史に1ページ加えたとしても許されるんじゃないだろうか。

たとえ2時間43分の「トロイ戦争短縮バージョン」でもやっぱりお話を語りだすとすごく長くなるので、すじについては何も言わないでおきます。みんな知ってるやろしね。

冒頭にも書いたけど、ブラピのアキレスはすごく魅力的だった。筋肉はちょっとムキムキすぎやけど、(半分、神の血が入ってるから仕方ない)体はあいかわらず美しいし、(あの体はCG?)いとこを殺されてあだ討ちに行くのは「いや、それって逆恨みちゃうのん?だって、ヘクトルエリックバナは君やと思って殺したんやし、君に化けとった君のいとこがそもそも悪いんちゃうの?」って思ったけど、プリアモス王ピーターオトゥール(さすがの貫禄!)に敬意を示し、ヘクトルを引き渡す姿もカッコよかったし、そのヘクトルの遺体に同じ兵士として涙するところも惚れ惚れするようなカッコよさ。盾を背負って暴れまわってる姿は「亀か?暴れん坊の亀か?クッパ大王か?」なぁんて思っちゃったけどね

それに引き換え、パリス王子オーランドブルームの情けないこと情けないこと。お兄ちゃんの足にしがみつくとこなんて映画史上に残るくらい情けないオーリーにはピッタリだったけどね。「木馬を燃やしましょう」ってたったひとつだけ正しいことを言ったのにあっさり無視されちゃうしなぁ。金髪ポニーテールにしてとんがり耳つけたほうがいいんじゃないの?なんてね。

そんな情けないパリス王子に生き様を見せつけ、堂々と戦って国のために死んでいく兄ヘクトル。下世話な言い方をすると“オイシイ”役ですね。この彼のおかげでパリスも最後には国への愛や忠誠心に目覚め、ヘレナダイアンクルーガーを逃がして自分は戦うために残ったのでしょう。(今ごろ目覚めやがって。もとから、そんな気持ちがあったら姫を連れてくることもなかったろうに。「次の世で一緒になれる」なんて、スパルタを出るときに言っとけば良かったセリフじゃんよー)けどまたこの兄弟(ヘクトルとパリス)の美しいこと。敵の兄弟の醜さが哀れに思えるほどだ。

そして、知恵者オデセウスを演じたショーンビーン。あのアキレスでも耳を貸す、そんな役どころですからね。ショーンビーンくらいだとちゃんと説得力ありますよね。ちょっと髪型変でしたけど。

戦い終わってまた、戦い。人が殺される描写を褒めるのも不謹慎かとは思うけど、やっぱり最新のテクノロジーはすごい。肉弾戦の最前線で斬り合う敵と味方。そこで細かい血しぶきがぶわっと霧のように散っている。すごいのひとこと。艦隊や兵士の列など圧倒されるシーンばかり。

そして、戦いだけの話かと思いきや、陰謀、忠誠、絆、愛がうまく絡み合って描かれる。音楽も美しく、全体的にウォルフガングピーターセン監督のセンスがピカピカに光っている。上に挙げた人たちそれぞれが背中に自分が主人公の神話を背負っていると言っても過言ではない壮大な物語をうまく焦点をしぼって2時間43分も飽きることなく見られる素晴らしいエンターテイメントに仕上がっている。



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草ぶきの学校

2006-01-30 | シネマ か行
1962年の中国の片田舎。草ぶき屋根の小学校に通うサンサンツァオタン。お父さんトゥユアンはこの学校の校長先生で、サンサンは素直に甘えさせてくれない父親には少々不満気味。中国の人気作家が自分の子供時代を振り返ったエピソードを綴った小説の映画化らしい。そのため、ひとつの大きな筋ではなく、サンサンたちの日常を通していくつかの小さなエピソードがつまっている。

隣町から越境入学してくる女の子ジーユエウーチンチンやはげ頭のルーホーシュイイェンチン、優等生でお金持ちのトゥシオカン、担任のジャン先生。時代や国が違えども、「あークラスにこんな子おった、おったー」っていうような子たちがいっぱい出てくる。

はげ頭の(というか病気でなんだけど)ルーホーのことを学校の先生までもが教育委員会や世間に隠そうとするのはかなり抵抗を感じる行為だった。これは、地域や時代が関係しているとは思うけど。現代でももちろん障害者差別はあるけど、昔は「それは悪いこと」っていう認識さえなかったもんね。そんなルーホーが自分の尊厳をかけて小学生ながら戦っている姿には感動を覚えたし、主人公サンサンもそのときのルーホーをまぶしい目で見ていて好感が持てた。

ジャン先生の恋も子供らしい目線で描かれていてかわいいかったりして、自分でも「あー、今から考えるとあのときの大人の事情ってこういうことやったんかなぁ」とか誰でも当てはまるような経験がありそうだ。

お金持ちのトゥシオカンの家が倒産して、学校に来れなくなって、校門のところで自分のクラスメートたち相手に文房具を売らないといけない境遇になってしまうところなんて胸が張り裂けそうだった。トゥシオカンがまだ学校にいた頃、一緒に起こしてしまった火事のとき、サンサンをかばってくれたのに、彼が去ってから本当に大切な友だちだったことに気付きサンサンは学校に来れない彼のために学校の教科書やノートを全部写してあげようとする。そんなサンサンのけなげな行動に涙した。サンサンはいたずら好きで、おちょけで、勉強もたいしてできないし、火事の時自分の罪を告白することもできなかった意気地なしだけど、心根はすごく優しい子なんだなぁと思うとなんか涙が出たなぁ。

そんなサンサンは重い病気になってしまい、それまで家でも校長先生の顔を見せていることが多かった父親が別人のように必死になり、サンサンが「これだったらずっと病気でもいいなぁ」と思うほどの優しい父親になった。いくら、職業上厳しい父親も子供が病気になれば必死になるのは当然のことなんだろうけど、子供からしてみたら、甘えたかったお父さんにやっと甘えられるならずっと病気でもいいなぁなんて考えてしまうのも仕方ない。もちろん、方々を周って息子に効く薬を探してくれるお父さんの期待に応えようと苦い薬も我慢して飲むのだけど。最後に息子の病気が良くなった証としてきれいな色のおしっこが出るんだけど、それを顔に浴びるお父さんにはさすがにちょっと引いてしまったけど、親ともなれば、それくらいいとわないくらいの嬉しさだったんだろう。

中国映画にはよくある子供たちのほのぼの話しだし、古すぎて懐かしいとは思えない年代だけど、そこには何か普遍的な雰囲気が流れていて、これを見たら昔の同級生に連絡したくなってしまう人もいるんではないでしょうか?
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エディ・マーフィのホワイトハウス狂騒曲

2006-01-27 | シネマ あ行
1992年の作品。「エディマーフィの」という冠がわざわざ付いています。以前にも書きましたが、作品名だけでは日本で売れないなと踏んだ宣伝部がエディマーフィと聞けば見る人もいるだろうとネームバリューにおんぶにだっこ作戦に出たわけですね。

エディマーフィと言えば、一時期は日本人が一番よく知っている黒人俳優だったんじゃないでしょうか。いまなら、モーガンフリーマンとか、ウィルスミスとかデンゼルワシントンってとこなんでしょうけど、80年代には相当人気のあった人ですよね。(彼らの中でも一番黒い肌が美しいのは断然エディマーフィだと思う。)それから、浮き沈みはしていますが、最近は「ナッティプロフェッサー」や「シュレック」シリーズでも活躍しています。

この作品はエディマーフィのコメディセンスが最高に光っていて、ストーリーも単純ですが、とても良くできて痛快です。

国会議員になればお金持ちになれると思った詐欺師がちょうど同姓同名の議員が死んだのをいいことに顔を隠して名前だけで下院議員に当選。様々な企業や団体から献金ががっぽがっぽの毎日。持ち前の口のうまさも手伝って古参の議員にもうまく取り入り、そのまま順調に儲け続けるかに思えたが、、、

ここまで見てワタクシは「はっはーん。こういういい加減な気持ちで議員になった奴が誠実な人たちに心打たれて真面目に更正して、立派な議員になる話やなー」と思いました。この予想は当たらずとも遠からずではあったんですが、ただ誠実な人になるだけじゃつまんない。ワタクシの予想はいい形で少し裏切られました。

もともと詐欺を一緒にしていた仲間と作戦を立て、古参議員の不正を暴き、弱き市民を助けようとするエディ。いやー、痛快、痛快。本当の政治もこんなふうにいってくれへんかなぁ。実際には政治の黒幕っちゅうやつは絶対に表に出ることなく甘い汁を吸い続けるんやろうなー。はぁ。そう思うと本当にこの映画のエディマーフィに大統領になってもらいたい気がしましたねー。

多分、レンタル屋とか見かけてもB級コメディ程度にしか思えない作品だと思いますが、大きな期待は禁物かもしれないけど、単純に楽しめますので見つけたら借りてみてください。
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ハウルの動く城

2006-01-26 | シネマ は行

ワタクシは特に宮崎駿のファンではないのだけど、にゃおが好きなものでこの映画は劇場で見ました。話の筋は相変わらずいまいちよく分からんかったんですけど、なんか面白いなぁとは思いました。

ワタクシが魅力を感じたのは物語そのものよりも一人ひとりの登場人物のほうだと思います。

ハウルの木村拓哉には驚きました。ファンの方には悪いですが、ワタクシはキムタクが大嫌いです。彼が出ているテレビは見ないと言ってもいいくらいです。が、、、ハウルのキムタクは良かった。一部、公開前にキムタクの声優ぶりが不評、みたいなことを小耳に挟んだんですが、実際見てみるとほんとにビックリしました。キムタクが声を演ったって知らなかったらすぐには気付かなかったかもって思いました。そして、ハウルもワタクシは好きでした。 「美しくなかったら生きてる意味なんてないんだぁぁぁぁ」とか言ってすねてドロドロになっちゃうとことか、大好きワタクシ、無敵のヒーローってあんまり好きじゃないんですよね。

キムタクの声優ぶりは良かったけど、一方で倍賞千恵子のソフィはワタクシはいまいちだと思いました。ちまたでは褒められていたけど、やっぱり彼女の18歳は違和感ありまくりでした…おばあさんのときは良かったけどねぇ。

まぁ、三輪明宏の声が素晴らしいのは言わずもがな。

そして、何と言ってもベストキャラは天才子役、神木隆之介くんのマルクル。我衆院達也のカルシファーも好きだけど、やっぱベストはマルクル。このキャラは原作ではマイケルという青年なんだけど、それを子供にしたところがナイス。神木くんも天才子役と呼ばれるだけあって、超うまい。ソフィにすぐ慣れて抱きつくシーンなんかも可愛いし、じいさんの変装(あ、変装じゃなくって魔法なんやった)も最高。うちの家ではしばらく「待たれよ」と「わしはイモは嫌いじゃ」っていうのが流行ってましたね。

映像もきれいで(冒頭で動く城が登場するシーンは圧巻。全部あの方法で撮影したらもの凄い制作費になるんでしょうね)音楽も「世界の約束」っていうテーマ曲もすごく良かったなぁ。

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g:mt

2006-01-25 | シネマ さ行

「g:mt」Greenwich Mean Time こう聞けば誰もが分かるグリニッジ標準時のこと。グリニッジの高校を卒業した仲間たちのお話。

イギリスの若者の話と聞くと、「あー、ドラッグと音楽とクラブの話ね…」とだいたいの想像はつく。この作品もご多聞にもれずドラッグと音楽とクラブが出てくる。イギリスの若者映画の三種の神器ってやつか。でもこの作品、少し進んでいくと、何か違うなぁと感じてくる。「トレインスポッティング」やなんかとはちょっと違う。主人公たちはそれぞれに若さゆえの馬鹿さ加減を持ち合わせながらも根本的には真面目だ。音楽も彼らがやっているのはフュージョンジャズ系。音楽のことはくわしくないのでよく分からないのだけど、彼らの音楽は聞いていて渋いと思うような系統のものだ。仲間の一人のサムスティーブジョンシェパード(ちょっとマットディロンに似てる?)がお金持ちの坊ちゃんで、その一族は音楽業界におり、彼らのデビューをサポートしている。

もちろん、そこには貧富の差のねたみや男女問題や将来への不安やらが入り混じって問題もあるにはあるんだけど、それはこの年齢のころに誰しもが通る道。彼らだけが特別に問題を抱えてるわけではなかった。あの事故までは。

仲間の一人でプロカメラマンへの道が開けそうだったチャーリーアレックニューマンがある日、交通事故で半身不随になってしまう。このあたりから、「んー、なんか昔日本のドラマであった“若者のすべて”とか“あすなろ白書”とかみたーい」って思えてくる。まぁ、国は違えど同じような年代の話だもんな。雰囲気が似ていてもおかしくはないか。

例によってその事故をきっかけに仲間たちの関係が微妙に変化していくのだけど、一番変わってしまうのは、仲間内の中でもっとも奥手な感じだったビーンベンジャミンウォータース。チャーリーのことでサムと喧嘩して悪い奴らにそそのかされドラッグの売人になってしまう。このビーンを演じるベンジャミンウォータースくんがなかなかいい演技を見せてくれる。初めはおとなしそうな青年で目つきもちょっとビクビクした感じ。彼の家庭環境はあまりよくないようだ。父親を恐れながら生活している感じがある。けど、この青年がドラッグに溺れていくとだんだん目つきも変わってくる。最初の子とは別人に見える。仲間たちはこの子を救うことができるのかどうか?他の仲間の心境や状況の変化を描きながら物語をクライマックスへとつないでいく。この辺の演出や筋の進行がなかなかスムーズでいい。

若者文化であるドラッグやクラブといったハードな一面が苦手な方にもオススメできる若者映画です。その年代の人とそうでない人で感じ方は全く違うかもしれません。世代間でこの映画について話をしてみるのも面白いかも。

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菊次郎の夏

2006-01-24 | シネマ か行

ここで取り上げるのは「座頭市」以来の北野作品です。これは北野作品にはめずらしいストレートなヒューマンもの。おばあちゃんと暮らす小学校3年生の正男関口雄介。おばあちゃん吉行和子は仕事があるし、友だちはみんな田舎へ行ったりするし、夏休みにはどこへも行けない。正男の父親はいない。母親は正男を養うために遠くで仕事をしている。母親のことは写真でしか見たことがない。正男は決意する。お母さんに会いに行こう。写真を送ってきた封筒に書いてある住所を頼りに正男は旅に出ようとする。が、、、

近所の不良にすぐにつかまり、カツアゲされそうになった。そこを助けてくれたおばあちゃんの友だち岸本加世子とその旦那、菊次郎ビートたけし。(菊次郎はその不良たちから自分がカツアゲしようとして奥さんに怒られるんだから笑っちゃう)事情を聞いたおばちゃんは旦那に言う。「アンタ、連れてってやんなよ。どうせ暇なんだから」菊次郎は仕事も持たずにプラプラしているだけのおっさんだ。(多分、旅費目当てで)イヤイヤながらその役を引き受ける。

たけし演じる菊次郎。いい加減な男だ。嫁に頼って自分はチンピラまがいのことしてるだけだもん、いい加減極まりない。言葉も乱暴だし、行動もがさつだし、正男に対しても金づるのガキくらいにしか思っていない。そんな菊次郎が素直に正男をお母さんのところに連れて行くわけもなく、真っ先に向かったのは競輪場。そこで2日ほど遊んで、お母さんの町へ向かう間もリゾートホテルに泊まったり、ヒッチハイクしたり。

そのうちにもちろん情が湧いてくるんだけど、それでも菊次郎がストレートにいい人になるわけもなく、どこまでもいい加減だけど、そこがまたリアル。こんな奴が実際に周りにいたら、ワタクシは確実に嫌いだけど、映画の中ではとても愛しい奴に思えてくるから不思議。これが北野作品の魅力ってやつかなぁとも思う。最後にほろりとするシーンもいくつか用意してあって正攻法だけに逆に「けっ」って思えない。

「たららららんららん、たららららんららん」っていうたけしが出たトヨタカローラのCMソングにもなった久石譲の音楽が繰り返し繰り返し使われていて、彼の音楽だけに宮崎アニメを見ているような気分にさえなってしまう北野作品なんてもの凄く貴重だなぁ。 

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オリバーツイスト

2006-01-23 | シネマ あ行
1、世界中が絶賛したもののワタクシはあまり好きになれなかった「戦場のピアニスト」のロマンポランスキー監督で、2、「デビットカパーフィールド」を読み始めたもののあまりのつまらなさに途中で投げ出したチャールズディケンズ原作で、3、ワタクシはたいてい意見が合わない映画評論家のおすぎがCMをしている。

という、ワタクシにとっては3重苦とも言えるこの作品。試写会に行ってまいりました。

暗いです。19世紀のロンドン。暗いですね。スクリーンを覆う色はだいたい茶色。このオリバーツイストくんバーニークラークがまた暗いです。無垢で純粋でいい子だけど、食べるもの食べてないせいもあってか、元気がありません。確か宣伝文句に「元気をくれる」っていうフレーズがあったと思うんですけど、それはちょっと無理です。最後はハッピーながらこの子を待ち受ける運命がまた暗いです。

ベンキングスレーが演じるスリ軍団のジジィはきっと原作に忠実な感じなんだろうなー。ってことはなんとなく想像できるし、19世紀のロンドンもきっとこんなんやったんやろうなーって思えます。

物語もきちんとしているし、あの状況で純真無垢でい続けたオリバーはあっぱれだけど、どこか昔のNHKの朝の連続テレビ小説みたいと言ったところでしょうか。見終わって結局もの凄いいい物語を見たなっていう印象は特にありませんでした。原作にないのでしょうから、仕方がないんだけど、ワタクシはオリバーくんがどんな大人になったのかをちらっと教えて欲しかったなーと思います。(これは各自の想像に任されているのかもしれませんね)

ただ映画としてはきちんと真面目に丁寧に作られていて好感の持てる作品ではありました。(ワタクシのお気に入りはだんぜんブルズアイ。そして、早業ドジャーを演じたハリーイーデンくんにはこれから絶対要注目

オマケ本屋の前でスリが見つかり、町中の人が追っかけてくるシーンではみんなが加わってまるで吉本新喜劇状態っ!!画面の端から端までぐるぐると何回もみんなが追っかけあいっこするかと思ってちょっと笑ってしまいました
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ワタクシと英語B面~留学編 国民性的ジョーク

2006-01-20 | ワタクシと英語

英語学校での授業では面白い題材を使うことも多くあります。
とある授業でいろんな国の人たちを題材にしたジョークを習いました。
それは、もちろんステレオタイプなものだけど、一般的に世界の人はここに登場するそれぞれの国の人たちのことをどう見ているかというのがよく表れているジョークです。


船に乗っていて、一人の乗客が海に落ちてしまいました。その人を助けに飛び込ませるために、あなたが飛び込ませようとする相手が、

イギリス人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。それが紳士のすることだろ?」

ドイツ人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。命令だ」

イタリア人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。ここで飛び込むのは違法なんだって」

日本人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。あとからみんなも飛び込むって言ってるよ」

アメリカ人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。ヒーローになりたいだろ?」

カナダ人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。あそこにいるアメリカ人は飛び込まないって言ってるぜ」


どうですか?結構うまく国民性を表してると思いません?イタリア人のなんかはスペイン人にも使えそうだな、とか、フランス人ならイギリス人は飛び込まないらしいよ、とかちょっとした応用もご自分で考えてみられたらちょっと面白いかもですね。

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1票のラブレター

2006-01-20 | シネマ あ行

1票のラブレター。「1票」?「1通」じゃなくって?と思ってタイトルを見直してみる。やっぱり「1票の」だ。なんじゃ?

という疑問はこの作品を見始めるとすぐに解ける。「あー、1票って選挙の話やからか。そこにかけてつけたタイトルなんやー。ふーん。」

ペルシャ湾のキシュ島。選挙の日だ。本土からボートで選挙管理委員の若い女性がやってくる。海岸を護衛する若い兵士は選挙管理委員が女性なことに大いに不満をもらす。「なんで女が来るんだ?」と欧米社会では考えられないようなセリフを平気で吐く。しかし、彼女はさらっとかわす。「上が決めたことなのよ。黙って従って。5時までこの島の人たちから票を集めて周るの。あなたはその護衛よ。」と。

近年、イランの映画は多く、色々なイラン映画を見るたびにイスラム社会との文化の違いに驚くことがいーーーっぱいある。この作品でもイランの社会やイスラム文化を観察することができる。

選挙管理委員の彼女は本土からやってきて、少しはリベラルな空気に触れていそうだ。だいたい、彼女がこの仕事を任されていることからも政府はある程度開けてきているのだろう。しかし、この田舎の島はすごい。最初の兵士のセリフでも分かるようにリベラルのかけらもない。彼女はひとつひとつの集落を回って票を集めるのだけど、その過程で色んな人に出会う。

まず、今日が選挙の日と知らない人がとても多い。知っていても候補者が誰か知らない人が多い。きっと、そんな情報を伝える手段がないのだろう。字を読めない人もいるし。それでも中にはバスに乗って票を入れるために彼女たちを探しに来る人たちもいた。そこのやりとりがまたすごい。

一人の男が集落を代表してそこの女性たちを連れてくる。護衛の兵士に近づくなと言う。彼女たちは夫以外の男性と言葉を交わしてはいけないのだ。もちろん、顔もベールで隠している。そのうちの一人が投票しようとするが、明らかに幼い。管理委員が聞く。
「あなたはいくつ?」
「12歳」
「投票できるのは16歳からなのよ。あなたはできないわ。」
「どうして?12歳と言えば結婚できる歳なのに、投票できないなんておかしいわ。」
「法律でそう決まっているの。」
12歳って、、、どうかしたらランドセル背負ってるぞ…
まぁ、、、文化が違うだけやから、、、
いやでもそれはちょっと、、、12歳で結婚できるって言ったって好きな人と結婚できるっちゅうわけやないもんな。父親が決めた人のところに行かされるんやもんなー。娘って父親の持ち物なんでしょ?やっぱそれは問題があるよな、、、

こんな人もいる。
「わしらを治められるのは神だけじゃ」
「けど、誰かに入れてくれないと…」
「わしは神に入れる」
「神様は候補者じゃないわ」
「そんなやつらに治められてたまるか。わしが信じるのは神だけじゃ」
…うん、、、まぁ、しょうがないな、、、神様がなんとかしてくれるやろ…

その他、集落の男たちが出払っているから投票できないと言う主婦に
「夫の意見は関係ないの。あなたがいいと思う人に入れるのよ」と言うが聞き入れてくれなかったり、
死んだ夫の墓地に男性しか入れないという規則があり、遠くから見守る女性にも
「こんな世の中を変えるために投票するのよ。一足飛びには変わらなくても少しずつ良くなるわ」と説得したり、彼女は押し付けではなく、穏やかに人々に働きかける。恐いフェミニストはあまり好きではないが、彼女のような人の話なら耳を傾ける気にもなる。(現在のイスラムの女性はそんな悠長なこと言ってられないんだろうけど)

そんな彼女のひたむきさを一日中横で見ていた兵士は徐々に彼女に惹かれて行く。
「今度の選挙はいつだ?」
「選挙は4年に一回よ」
「次は4年後?一年に3、4回すればいいのに」
なぁんて言ってちょっと彼女にちょっかいをかける。ただ、そこは男女の自由恋愛が進んだ社会ではない。兵士はちらっとこういうセリフを言ってみるだけだ。女性のほうもそれが彼からのアプローチだと分かっていながら、何も言い返すことができない。

とうとう、彼女が帰る時間となり、最後に兵士が投票する。ここで兵士が書く1票のラブレターがとても可愛い文字通り、彼女に清き1票を入れるのだ。

彼女は迎えの飛行機に乗っていってしまい、この二人がどうこうなるわけではないのだけど、見終わってからすごく爽やかな気分にさせてくれる。この彼の純粋な淡ーい想いをほのかに描きながら、イスラム社会の問題点を観客が気付かないうちに浮き彫りにする。ただただ、淡々とした中に監督ババクパヤミのメッセージがたくさん込められている。ベルリン国際映画祭の監督賞を受賞したというのも納得だ。



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ワタクシと英語B面~留学編 カナダ人vsアメリカ人② カナディアンジョーク

2006-01-19 | ワタクシと英語
アメリカ人を揶揄したカナディアンジョークですが、ワタクシ正直申し上げましてほとんど忘れちゃいました。「紹介します」なんて言っておいて、すみません

今日はワタクシがかなり好きですごく覚えているひとつを紹介いたします。


"How do you call people who speak three languages?"
"Trilingual."
"How about people who speak two languages?"
"Bilingual."
"Right, then. How do you call people who speak only one language?"
"I don't know."
"AMERICANS!!!!"



カナダ人にしてみればカナダ人は英語を話すけど、地域的にフランス語圏もあるし、英語は母国語だけど英語が世界語でその他の言葉を習う必要がないとは思っていない。一方、アメリカ人には就学心っつーもんがない。英語は世界で通じるから他の言語に興味すらない、、、っていうわけでアメリカ人をジョークのネタにしているわけですねー。ジョークの分からないアメリカ人には披露しないでくださいね。ジョークの分かる人なら笑い飛ばしてくれるかもです。いや、危険か。

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モリー先生との火曜日

2006-01-19 | シネマ ま行

これはテレビムービーですね。ケーブルテレビでやってました。

日々締め切りに追われるスポーツライターのミッチハンクアザリア。忙しすぎて恋人にもゆっくり会えず、あきれられっぱなし。彼女は結婚を望んでいるが忙しさを言い訳に結婚に踏み込もうとしない彼。そんな彼がふとあるとき大学時代の恩師モリー先生ジャックレモンがテレビに出ているのを見る。大学時代、ミッチはモリー先生のお気に入りで毎週火曜日に生徒相談を行っている先生のもとへ通っていた。卒業後もずっと連絡を取り合うよと約束したまま、社会に出た彼はキャリアを追うあまり先生にはまったく連絡を取ることがなかった。その先生がテレビに出演している。それも筋萎縮性側索硬化症(ALS、通称ルーゲーリック病)にかかって死に直面しているというのだ。

そんなモリー先生のことが気にかかりながらも、締め切りは待ってはくれない。恋人はそろそろ本気で愛想を尽かし始めている。仕事に追われながらマスコミの仕事に空しさを感じた時、ミッチは飛行機に飛び乗った。モリー先生に会いに。

モリー先生は死を前にしながら、「生きる」とはどういうことなのかを人々に伝えて死にたいと思っていた。ミッチとの再会を喜びながら、仕事に追われ「生きる」ということに真正面から向き合うことを怖がっているミッチに毎週火曜日に来い、と言う。昔みたいに。

モリー先生が話す一言一言にすごく重みがあり、死を前にして、「死ぬ」とはどういうことかではなく、「生きる」とはどういうことかを説く先生の生命力に強い感銘を受けた。

先生は「愛」を説き、「許し」を説き、「日々を悔いなく過ごすこと」を説く。

中でも印象に残ったのは、仏教の教えの一つらしいが、「肩に一羽の鳥を飼え」というもの。なんじゃそりゃ?と思うんだけど、その鳥に毎朝、「今日は私の死ぬ日か?」と聞けというのだ。「私はその準備はできているか?」と。つまりは、自分がしたいこと、するべきことをして、悔いなく死ねるか?ということだ。もちろん、人間はいつ死ぬか分からないから、目指す道半ばで死んでいく者もたくさんいるだろう。それでも、今日という一日を悔いのないように過ごしたいものだ。肩の鳥に毎朝尋ねていれば、友人や家族や恋人とつまらない意地を張ってケンカをしたときも許しの気持ちや自分を許して欲しいという気持ちが芽生えるはずだ。ささいなことかもしれないけど、そのような気持ちで人と接すれば、不要ないさかいはなくなるだろう。それが毎日のこととなると簡単には実行できないが、それを日々確認するために肩に鳥を飼うのだろう。

そして、もう一つ印象に残ったのは、最後まで先生の死を受け入れられないミッチの姿だ。先生は墓に会いに来ればいいとか死が全ての終わりではないと言うけれど、やはり愛する人が死んでしまうのは悲しいし、受け入れたくないことだろう。ミッチは先生に「どうしても受け入れられない」と言う。それをミッチの未熟さと言う人もいるかもしれないけど、ワタクシは受け入れられないということを告白し、それを自分の中で素直に認めたミッチの姿というものが大切なんじゃないかと思えた。これまで、何事も人生のシリアスなことには恐れて向かい合おうとしなかった彼が自分の恩師の死に対する恐怖と真剣に向かい合ったのだ。恐怖を克服することは、まずそれを認めることから始まるのではないだろうか。

ミッチは先生の言葉を忘れないようにと録音していたが、ワタクシも映画を見てから時間が経つと先生が言った素晴らしい言葉のいくつかを忘れてしまった。この作品には原作があるらしいので、それを買って読みたいと思う。

オマケジャックレモンはワタクシの大好きな俳優さんで、若いときでは「お熱いのがお好き」や「アパートの鍵貸します」、おじさんになってからは「摩天楼を夢見て」「JFK」なんかが好きな作品です。コメディからシリアスまで幅広くこなした方で、見る者にもの凄く親近感を持たせるタイプのいかにも人が良さそうな方だった。シリアスなものもあるけど、やはりワタクシはちょっと軽いタッチの作品が彼にはとても良く似合っていたと思う。2001年に亡くなったときは高齢ではあったけど、かなりショックだった。

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セルラー

2006-01-18 | シネマ さ行

この作品、上映時間95分。無駄な前置きがほとんどない。冒頭、息子をスクールバスの乗り場まで送っていくお母さんジェシカキムベイジンガー。短い会話の後息子は学校へ向かう。家に戻るといきなり侵入者がドアを蹴破って現れ、家政婦を簡単に殺し、ジェシカを拉致する。一方、LAの海岸沿い。別れた彼女を追い回すいかにもカリフォルニアの軽薄そうなお兄ちゃんクリスエヴァンスが登場する。

この二つの短いシーンで繰り広げられる会話はそう多くない。だけど、ちょっとした伏線になっているので、少し覚えておくといい。

いきなり拉致監禁されたジェシカ。もうワケが分からない。監禁されている部屋に男ジェイソンステイサムが入ってきてそこにあった電話をぶっ壊す。そりゃ、そうだよな。どっかに通報されたらたまらない。と思いきや、この電話完全に壊れておらず、それに気付いたジェシカがぼろぼろの電話の線をなんとか接触させて外部につなげる。それがつながる先がさっきの軽そうなお兄ちゃんの携帯電話。

あんなふうにぶっ壊れた電話の線を接触させて外につなげることなんてできるんか?しかも、かかった先が同じ地域に住んでいる人の携帯電話なんてそんなことあるかぁぁぁ

と、そんな怒りを抑えきれない方はこの作品もう見れません。

そんなごもっともな怒りを抑えられる方はこの作品を見てください。結構楽しめると思います。

まず、このお兄ちゃんがジェシカの言うことを本気にしてくれるかどうかでドキドキ。なんとか信じてくれたはいいけど、携帯の電波が途切れそうになったり、電池がなくなりそうになったり、(ここで電池を手に入れるシーンが最高)見張りの男に電話がばれそうになったり、どっかの電話と混線したり、、、とドキドキがいっぱいです。そして、始めはいかにも軽薄そうに見えていたお兄ちゃん(この人「ファンタスティックフォー」でも軽薄男を楽しそうに演じてましたねー。軽薄男が良く似合う)がだんだん頼もしくなってきてこちらもジェシカになったような気になってこのお兄ちゃんに全幅の信頼を寄せるようになる。だってもう、頼れるのはアンタしかいないのよ、お兄ちゃんっ!

そして、ドキドキ感だけではなく、このお兄ちゃんのセリフにクスッと笑わせられるシーンもあっていい感じ息子がリッキーマーティンなんていう名前なところも変に細かい笑いがあって好きです。

脇で動いてくれる刑事さんウィリアムH.メイシーが犯人に近づくところもスリルがあるし、ストーリーに厚みが出るようになっていますよね。

それにしても、どうしていつも悪役の親玉はいいもんを殺す機会があるっちゅうのに、最後にもったいつけていいもんにチャンスを与えてしまうんですかねー。一撃で殺せる場面なのに、「たっぷり苦しめてやる」とか「冥土の土産に俺たちの秘密を教えてやろう」とか何とか言ってる間にいいもんにスキを与えてしまったり、味方が登場したりするんですよね。この映画もその例に漏れず、悪役がモタモタしている間にやっぱりいいもんが勝っちゃいます。いや、当たり前ですけどね。それじゃなきゃ、後味悪すぎるし。だからもちろん、このお兄ちゃんが勝ってくれて万々歳。拉致られた家族も無事保護されて超ハッピー。

都合のいい点は全部無視して楽しんじゃいましょう。お兄ちゃんが最後にジェシカに言うセリフもちょっと読めるけど、キメてくれました。

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マシニスト

2006-01-17 | シネマ ま行

サンダンス映画祭やベルリン国際映画祭で絶賛されたと言われているこの作品。中身はというと、正直そこまで言うほどたいしたことはない。

一年前から一睡もしていない男トレバークリスチャンベール。がりがりにやせ細っている。男の周りで次々に起こる奇妙な出来事。彼はなぜ眠れないのか?なぜ彼の周りで奇妙な出来事が起こるのか?焦点はこの二つ。それが解き明かされるまで陰湿に物語を盛り上げては行くが…

この謎が最後にはきちんと明かされるのだけど、それもそんなに驚くほどのことではない。あー、そういうことやったんか程度のことだし、ある程度予想できたりもする。

でも、やはり。このクリスチャンベールのやせ具合は無視できない。30キロの減量をしたと言われていて、映画の中で体重計に乗ったときは54キロとされていた。実際に彼が何キロだったのかは知らないけど、映画の中で娼婦ジェニファージェイソンリーに「それ以上痩せたら生きていけないわよ」と言われていて、本当にその通りだと思えるほど痩せている。正直、気持ちが悪いほどだ。「コレリ大佐のマンドリン」で見たときも「バットマンビギンズ」で見たときも普通の人よりも筋骨隆々だった彼が同じ人間とは思えない変身ぶりでもの凄い役者根性である。こうなると、もうただただ純粋にクリスチャンベールの体が心配になってくるのだけど、「バットマンビギンズ」のほうがこちらよりは後に公開されているし、大丈夫なんだろう。

つまりはこの彼の姿を見るだけでも価値のある作品だと言える。ただ、暗い映画がダメな人は写真だけでも十分かもしれません。

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オースティンパワーズ~ゴールドメンバー

2006-01-16 | シネマ あ行
まず、しょっぱなのシーンがビックリ。いつものオースティンパワーズがいつものように登場してきて、、、と思いきやなんとそれはトムクルーズ!相手役にグィネスパルトローも出てきて、なんとそのシーンを撮影しているのがスティーブンスピルバーグ!このシリーズ、カメオ出演が多いのですが、オースティンをトムクルーズがなんて考えられない。「ん?なんやこれー」と思っていると今度はやっと本物のオースティンパワーズことマイクマイヤーズが出てくる。どうやら、オースティンパワーズが映画化されたというシチュエーションだったらしい。

このトンデモおバカムービーの3作目。日本人にはちょっと分かりづらい笑いが満載。めちゃくちゃ好きーな人と全然おもんないやんけーっていう人が真っ二つに分かれるのではないでしょうか?ワタクシはどうかというとちょっと微妙。好きかと言われるとそこまで好きでもないけど、見てると笑っちゃう。けど、何がおもろいんか全く分からんシーンもある。

これは下品にエロいのと他人をコケにしたような笑いでいっぱいだからいつもヤバイとこすれすれいってるって感じですね。スケベなのもそうだけど、他人の顔にある大きなホクロのことをやたらと気にして口撃したりするとこなんて、めちゃ細かいけど実際の社会ではやっぱりタブーよねっていうところで笑わせようとする。笑えない人は絶対に笑えない。こんなことで笑っちゃいけないと思う人は絶対に笑えない、それどころか怒りさえ感じるかもしれない。けど、ワタクシは笑っちゃう派。

セリフもダジャレめいたのが多いから英語が分からないと面白さが分からない。ワタクシは少し分かるところもあるけど、あんまり分からない部分もあるなー。

ただ、オースティンパワーズシリーズの3作とも、相手役が美人女優エリザベスハーレーヘザーグラハムビヨンセノウルズなこと(一応、ボンドガールと同じ扱いなんでしょうね)や70年代ファッションが色彩も鮮やかで見た目も楽しめるっていう部分でこの映画を評価することもできると思います。

そして、この3作目、始めのトムやグィネスに続いて最後の最後にもビックリのゲストが登場してくれます。ワタクシ個人的には好きな俳優なのでとても嬉しいサプライズでした。
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スタンドアップ

2006-01-13 | シネマ さ行

ネタバレ注意

試写会に行ってまいりました。みなさん、この映画のテレビコマーシャルを見たことがありますか?あのコマーシャルから得る印象ってどんなんでしょう?ワタクシが受けた印象は「若い女性が主人公の爽やかなサクセスストーリー」って感じでした。けど、本当はこの作品、そんな甘っちょろいもんではありません。実話にインスパイアされたもっとシリアスな作品です。なんかあのCMは「シャーリーズセロンは好きだけど「モンスター」はヘビー過ぎて見に行きたくないなぁ」という女性層をちょっぴり騙くらかして、、、と言うと言葉が悪すぎるな、、、イメージを良くして見に来てもらおうという配給会社の作戦が見えますね。

暴力夫から逃れ二人の子供を養うために鉱山で働き始めたシングルマザーシャーリーズセロン。女性が徐々に社会進出していった時代。会社は国の方針に従ってしかたなく女性従業員を受け入れていたが、男ばかりの鉱山では女性は邪魔な存在だった。鉱山で働く女性たちに男性従業員たちの容赦ないセクハラが行われた。

今はセクハラという言葉もすっかり浸透し、なんとなく軽いタッチで使われることも多くなってきた。冗談で上司に「それ、セクハラですよ」とか言ったりすることもあるだろう。でも、ここで言うセクハラはそんなもんじゃない。ここに書くのも嫌なほど本当にヒドイ。そんな会社辞めてしまえばいい。けど、彼女たちにはそれぞれ辞められない理由があった。それぞれの事情で家族を養わなければならず、給料のいい鉱山に来たのだ。そこで働く男たちと同じように彼女たちにもここの仕事が必要だった。

現場のボスに言っても、父親に言っても相手にされず、優しそうだった会社の社長にうったえてもクビを言い渡される始末。一度はあきらめかけたかに見えた彼女も友人フランシスマクドーマンドに紹介された弁護士ウッディハレルソンに頼み裁判を起こすことにする。この弁護士が言う言葉が印象的だった。「法は万能じゃない。裁判は卑劣だ。鉱山なんかよりももっと厳しいぞ」と。そう。裁判は過酷だ。性的な事件の裁判ではいつもそうだが、被害者が本当は誘ったんじゃないかとか、その時本当は嬉しかったんじゃないかとか、過去の性遍歴がどうとか、そうやって被害者の話が信憑性のないものだと徹底的に責められる。そして、この映画の主人公も過去のことやら色々と探られて、知られたくない過去まで暴かれるハメになる。それでも、彼女は戦った。最後まで。友が立ち上がってくれるまで。

このシャーリーズセロン演じる主人公がすごく泣き虫で、なにかあるとすぐに泣いてしまう。嬉しいときも、辛い時も。ワタクシはそこがもの凄く気に入った。なぜなら、彼女が普通の女性として描かれているからだ。彼女は特別に強い人間ではない。何があっても泣いたら負け。そうかも知れない。けど、誰でもがそんなに強いわけではない。彼女はよく泣いた。セクハラを受けたり、たくさんの人がいる前で、自分の親や子供がいる前でアバズレ呼ばわりされたり、思春期の息子が反抗して帰ってこなかったりしたときも。そんな彼女が最後まで戦い抜いたのだ。そこがワタクシは単純に好きだ。

個人的には、自らも鉱山で働き仕事を紹介してくれた友人グローリー(フランシスマクドーマンド)、途中から筋萎縮性側索硬化症(ALS)に冒されていると分かり、自分の命が消えゆく中で最後には手を差し伸べてくれた彼女(彼女にはこの役のような孤高の人が良く似合う)やその夫で病気の妻にかいがいしく付き添い、母を憎む思春期の少年を優しくさとす懐の深い男ショーンビーン。(あぁ、嬉しい。彼がやっといい役で出てくれた)夫をたてながら、陰で支えてくれたお母さんにシシースペイセクの三人が非常に良かったと思う。

お父さんリチャードジェンキンスとの確執も見ていて辛かったけど、最後には雪解けが見えて後味は良かったが、ただお父さんがいきなり味方になるシーンではもう少しお父さんの心情も描いてほしかった気はした。そこまで焦点を当てられなかったのは時間や物語の進行を考えると致し方ないとは思う。

少しうまく行きすぎな部分はあるにせよ、このときの裁判だけではなく劇中のテレビにも出てくるアニータヒルの事件など、時期的にセクハラに対して様々なムーブメントが起きた頃だったんだろうけど、こんな片田舎の鉱山しかないような小さな町の事件をきっかけにしてセクハラに対する運動が全米、ひいては全世界に広がっていったことと、シャーリーズ演じる主人公の人生とをうまく絡めてフィクション部分のドラマ性もたっぷりに涙なしでは見られない、見ごたえのある作品に仕上がっていると感じた。

邦題の「スタンドアップ」も映画の中に出てくるセリフをうまく使っていると思うし、原題の「North Country」も上に書いたように誰も知らないような北のほうの小さな町から起こったムーブメントを象徴していて、どちらもいい題名だと思った。

オマケ1鉱山の男たちが女性たちに使っていた"c-nt"という言葉は"f-ck"よりもさらに卑猥な言葉とされ、地域や階層にもよりますが、普通はたとえ男性でも口にするのもはばかられる言葉です。ワタクシ個人の経験ですが、カナダ留学時代、16歳のコロンビア人の女の子が"can't"をイギリス英語風に発音していて、それが"c-nt"と同じように聞こえるのでカナダ人の大の男の先生(普段"f-ck"は平気で使う人)が真っ赤な顔をして恥ずかしがっていました。

オマケ2友人のグローリーがかかる筋萎縮性側索硬化症(ALS)はアメリカでは有名な大リーガーが患ったことからルーゲーリック病と呼ばれています。字幕がALSと出ているときに何と言っているか聞いてみてください。


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