シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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さよなら、ベルリン

2007-09-27 | シネマ さ行
ケイトブランシェットジョージクルーニーの顔合わせとなると見に行かずにはいられないワタクシ。監督がスティーブンソダーバーグということで、ワタクシの中ではイマイチってこともありえるなぁと思いつつ…

1940年代の撮影の手法を使って、白黒で大戦後のミステリーを描く。うん。「その時代の映画を再現する」それだけが目的だったならば成功だろう。ケイトもジョージも往年のハリウッドから蘇ったような役者さんだもの。配役的にはドンピシャ。「第三の男」や「カサブランカ」を再現したかったっていうのは、よ~く分かるし、あれだけ超超有名な映画ならここまでやっちゃっても「映画への愛」ってことになるのもよく分かる。実際、ソダーバーグやジョージが映画に対して深い愛を持っているっていうのは映画ファンなら知っているだろうしね。
ただちょっとお話の内容はたいしたことなかったかな。ミステリーってこねくりまわしてるけど、オチは最初から分かっているようなもんだしな。オチを聞いても実際そんなに衝撃も受けないっていうのはその辺も40年代の映画っぽいと言えばぽいのかもしれないな。

監督はしていないけど、製作総指揮にソダーバーグとジョージが参加した「エデンより彼方へ」は50年代ハリウッド映画を再現しつつ、その内容も単純ながら優れたものだったけど、残念ながらこちらはそれにはちと及ばない。

ケイトとジョージがドンピシャなのに対して、トビーマグワイアはちょっとミスキャストかな。彼が役の幅を広げたいのは分かるけど、ケイトを殴る役なんてやっぱり彼には似合わない。顔がとっちゃんぼうやすぎるのよ。

物語には全然関係ないけど、久しぶりにボーブリッジスを見たなぁ。先日「マンハッタンラプソディ」で好きだと書いたジェフブリッジスのお兄ちゃんです。昔は弟のジェフはハンサムじゃないけど、カッコいいおじさまって感じで、兄は太ってていいおっちゃんって感じだったけど、最近ではジェフがおおきくなっちゃってますます似てきた二人です。
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マッハ!

2007-09-26 | シネマ ま行
すごいなー、マッハ!この日本語題って意味不明やけど、なんか感覚的に分かるな。
マッハ!って感じするもん。

トニージャーの戦いっぷりを見ていて、「すげぇなぁ、こんなに強いんやったらK-1出ればいいねーん。ムエタイむっさつえー」って思ってたけど、エンドロールのジャッキーチェン映画さながらの舞台裏を見て「そりゃそうか。あれがホンマに素でできるわけないよな」と妙に納得というか安心というか。。。ひとつひとつのアクションは本当に素でやってるんですが、もちろんそこには失敗もあるし、めちゃくちゃ痛いときもある。それをうまくつなげて最強の男を作り出しているわけですな。でも、ワイヤーなし、CGなし、ですよ。ほんまにスゴイ

ほんでまた、この男の戦う理由がタイらしくていいですよね。村から奪われた仏像オンバクの頭を取り返しに行くって。ワタクシからすれば、そんだけのことで~やけど、彼らにしたらもう命賭けるほどのことなんですよね。村人たちの期待を一身に背負って。物語は単純明快で、このオンバクを取り返すってこと以外のサブ的な物語っていうのはほとんどないに等しいんですが、その中で友情も語られ、黒幕も存在し、彼のアクションをあますところなく披露するためのファイトも多々あり。こってり爆破爆撃アクション映画に飽き飽きした人にはもってこいではないでしょうか。
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マンハッタンラプソディ

2007-09-25 | シネマ ま行
バーブラストライサンドって才女って言われてて、問題作っぽい映画も何本か撮っていて、歌のうまさはお墨付き、ただまぁ美人とは言えない。今回の映画の彼女はちょっとウッディアレンの女性版って感じがする。ルックスはよくない主人公だけど、(これを自分で演じちゃう)頭は良くて、恋愛モノでハッピーエンドみたいなのが似てた。

いまさら、バーブラストライサンドの恋愛ものっていうのもなぁとちょびっと思いながら、相手役のジェフブリッジスが好きなので見てみた。

この作品の中のジェフブリッジスはいつもの硬派な役どころとは違って、退屈な数学教授のクセに、美人とのセックスにすぐにメロメロになってしまって、仕事どころではなくなっちゃうような男。

バーブラはその逆で、もの凄く生徒に人気のある教授で、授業は立ち見が出るほどいっぱいだけど、容姿に自身がなく恋愛のほうはからきしダメ。それでいて、燃えるような恋にあこがれている。

ワタクシはこの二人の恋物語よりも、バーブラの大学での講義の姿に惚れ惚れしましたね。彼女の頭の良さがにじみ出る話の展開のテンポの良さと、内容の濃さ。講義の時間は映画の中ではもちろんとても短いものなんですが、このまま彼女の講義をずっと聞いていたいと思いました。そりゃ、台本に書いてあるセリフをしゃべってるわけなんだけどさ、彼女がやると本当の講義を聞いてるみたいに思えるからすごい。

彼女が外見磨きに走っちゃったときはいったいこの話どうなっちゃうの!?と気が気ではなかったけど、まぁ、予想したようにハッピーエンドになってくれてとりあえずホッ。ジェフとバーブラのラブシーンなんてそんなそんなに見たいもんでもないから、エンドロールだけでいちゃいちゃしてくれて、それもまたマルって感じか。あまり期待してなかったせいもあったのかもしれないけど、爽快な気分になれました。

バーブラストライサンドの母親がローレンバコールで妹がミミロジャースって、、、お姉ちゃんは死んだパパにそっくりなんだろうなぁと思うしかない組み合わせ。ローレンバコールが「美人に生まれて、美人として人生を送るってどんな気分?」と聞かれて「Wonderful」と答える。あ~そりゃもう。説得力ありすぎです
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戦場のメリークリスマス

2007-09-20 | シネマ さ行
「戦場のメリークリスマス」と言えば、やっぱりあの音楽ですよね。あの曲は知っていても映画は見たことないって人も多いんじゃないかな。あの曲だけを聴くととても美しく印象に残るメロディーなんですが、映画を見ながらあの曲を聴いていると、もちろん美しさは色あせず、そこになんとも言えない謎めいた狂気を感じます。

第二次世界大戦下のジャワ、日本軍捕虜収容所が舞台。そこにいる捕虜たちと日本軍の軍人たちの様子が描かれる。映画としてはちょっと分かりにくい部分も多いのだが、極限の状態にある人間たちの狂気とヒューマニティといったところか。そして、大島渚監督なわけだから、そこにはもちろん男色系の性愛も見え隠れする。

英国人捕虜で、日本語が話せるローレンストムコンティのセリフが印象的だった。「個人で何もできない日本人は、集団になって発狂した」このセリフは原作にもあるものなのだろうか?ワタクシはこの映画の原作の存在を知らなかったので、映画を見たときは、これはまさにのちの日本人が自分たちのことを言ったセリフだろうと思い、大島監督がローレンスを通して言わせたセリフだと思った。でも、調べて見ると原作はローレンスヴァンデルポストというイギリス人が書いたものだった。もし、このセリフが原作にもあるものだったとしたら、彼が日本人をこのように理解していたことに驚きを感じる。

坂本龍一が演じるヨノイ大尉がセリアズ少佐デビッドボウイに肩入れし、反発し、最後に敬意を表するという理屈では説明できない行動は性愛的なもので片付けてしまっていいのかどうかワタクシには分からない。もっと、深く理解しなければならないのかもしれないけど、ヨノイ大尉の狂気が何から湧いてくるものなのかはっきりと理解することはできなかった。

日本の軍国主義に陶酔し、上官の命令を絶対としながらも、時折人間的な面を見せるハラという複雑な役を北野武が演じている。彼の演技を初めて見たのは「その男、凶暴につき」だったと思うが、「なんてヒドい演技だろう」と思って、その後も別にうまくはなっていないけど、現在はもう彼の存在感だけでヘタウマなんてのも越えるものになっていると思っていた。それが、映画初主演のこの作品ではどうだろう。いままで見た中で一番うまいんじゃないかと思える演技をしている。「うまい」という言い方はちょっと違うのかもしれない。それだけ、この役にピッタリだっということなのかな。この映画の名シーンとしてあまりにも有名だが、彼の最後のドアップでの「メリークリスマスミスターローレンス」というセリフと表情に、わけの分からないところがあった話なのに、なぜか泣かされてしまう。戦争という狂気の中の捕虜収容所というもっと小さな世界の閉ざされた狂気に迷い込んだ一人の男が国の言うとおりにした自分がなぜ死刑に処されるのか、理解できないまま明日処刑される。その最後に見せる「友」と思える相手への思いの託されたラストシーン。そこに胸打たれるのだと思う。
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ヒロシマナガサキ

2007-09-19 | シネマ は行
スティーブンオカザキという日系アメリカ人のドキュメンタリー監督が25年もの歳月をかけて、500人以上の証言を取ったという作品。アメリカではこの夏テレビ放映されたという。ワタクシはいままで原爆被害者の話は何度も聞いたこともあったが、それでもワタクシの知らない事実もあった。

この映画にはナレーションはなく、原爆体験者14人と原爆投下にかかわったアメリカ人4人の証言、当時の映像、原爆体験者が書いた当時の絵などで構成されている。普段、テレビの再現ものの異常な盛り上げ方に慣れているワタクシたちにとっては、(これは不謹慎な言い方になってしまうけど)一見、ただただ淡々と進む作品に見える。それが、見始めて20分、30分と経つうちに、圧倒されるばかりの事実に目を耳を覆いたくなる。彼らがこの60年間背負ってきたものに息ができなくなる。それでもやはり見なければならない、聞かなければならない。彼らが感じた苦しみは観客が感じる苦しみの何万倍ものものであったのだから。

戦後何年かして「原爆乙女」と名付けられた生存者の女性たちがアメリカで無償で形成手術を受けられるということをアメリカのテレビのワイドショーで放映している番組が映る。その番組ではその運動を支援している日本人牧師をゲストに招き、原爆投下に関わった軍人がその団体に寄付をする。可哀想な被害者を助けるアメリカ。当時の認識としては仕方なかったのだろうし、その中の人たちに悪気は一切ないだろうけど、いまその番組を見せられると吐き気と寒気がするような恐怖を感じた。

日本政府も原爆被害者に十分な支援を行っていない。
「政府は原爆被害者が死ぬのを待っている」証言者の一人はそう言う。
政府だけではなく、原爆被害者はいわれのない差別をも受けてきた。外傷はなくても、その後のさまざまな後遺症に苦しみ、それが「伝染る」と差別された。結婚したくても相手の親類から差別され、結婚したらしたで、次の世代への影響を恐れなければならなかった。

長崎の被害者の男性が言う。
「先祖代々、カトリックでね、なんでこんな目に遭わなきゃならんのかと。自殺も考えましたけどね、カトリックでしょ、自殺は許されてないんですよ。」
戦争の被害者に何教っていうのは関係ないかもしれないけど、このセリフはアメリカの視聴者に大きな印象を残したのではないかと思う。

「妹は(原爆では生き残ったがその後)病気に苦しみ、貧乏に苦しみ、線路に飛び込みました」正確には把握されていないけれど、原爆の日を生き延びた人たちの中にはその後自殺していった人も多かったという。そして、その中には小さな子供たちもたくさんいたと。

「妹や弟はチョコレートも食べたこともなく死んでね。私が代わりに死ねば良かったと60年間一日たりとも思わない日はないんです
「体の傷と心の傷、両方の傷を背負いながら生きるのはもう私たちだけで十分です」こういう彼らの叫びをアメリカ人、日本人という枠など超えて、全世界の人が見聞きするべきだと思う。それ以前に、日本政府批判があるから日本のテレビでは放映できないなんていうイヤな話も聞いたが。。。

原爆投下に関わったアメリカの研究者が言う。
「私たちはパンドラの箱を開けたんだ。もう中身は元に戻せない。私たちは常に核の脅威と隣りあわせで生きなければならない」
本当にパンドラの箱の中身はもう戻せないのだろうか?もう開けたから戻せない。その方向でしか人類は進むことはできないのだろうか?ワタクシは根本的にそこを否定しながら生きていきたい。
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クレイジーインアラバマ

2007-09-14 | シネマ か行
夫のアントニオバンデラスの初監督作品に妻のメラニーグリフィスが出演している。この二人、1996年に結婚したときもビックリしたが、いまだに結婚生活が続いているということにはもっとビックリである。ワタクシは二人とも結構好きなので、いつまでも仲良くしてもらいたいと思っているんだけどね。

さて、この作品の舞台は題名にもあるようにアメリカ南部の町アラバマ。13歳のピージョー少年のひと夏の経験として語られる。南部の少年といえば、ルーカスブラックくんである。いまではすっかり20代の青年に成長しているが、このとき16,7歳。まだ少年の面影が残っている。彼は子役からすでに何本もの映画に出演しているが、そのほとんどが南部訛りで話す役のような気がする。日本で言えば、あき竹城みたいな感じんー、例えが悪いか…彼のひたむきなまなざしがこの作品のとても重要な部分を占めている。

このお話、1965年アラバマでひどい暴力夫をネズミ駆除剤で殺して首をちょんぎったルシール(メラニーグリフィス)は、それをあっさり母親たちに告白し子供たち7人を母親に預けて、女優を目指しハリウッドへ向かう。ルシールの甥っ子がピージョー。残された彼らは彼女を心配しながらも、それぞれの夏を過ごす。

アラバマに残ったピージョーやルシールの兄であるダヴデビットモースたちは、1965年の夏、この町に根深く残る黒人差別が引き起こす事件を目撃し、当事者にもなる。一方のルシールは夫の首を靴のカバンにつめたまま、ハリウッドで成功を目指す。

アラバマで起こる黒人差別の事件と、ルシールの滑稽なハリウッドへの旅が交互に見せられ話が進み、ふざけた話なのか、真面目な話なのかよく分からない進み方をする。最終的には一応、この二つの出来事がなんとなくつながったような終わり方をするにはするんだけど、最後もふざけてるのか真面目なのかはよく分からなかった。このあたりってやっぱり監督がスペイン人だから?なんて勝手に思っちゃったりもした。

ワタクシはメラニーグリフィスもルーカスブラックもデビットモースも好きな役者さんだし、2002年に亡くなった映画界の大御所ロッドスタイガーがちょっとイカれた判事を演じてたりなんかして、結構楽しんで見れたけど、ストーリーだけを純粋に見るとなると評価は下がるかな。役者さん中心に見たい方にはオススメ。
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スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ

2007-09-12 | シネマ さ行
んー、この映画って真面目に批評していいのかな?なんか、真面目に書けば書くほど、「そんなこと真面目に言ってんじゃねぇよ」って言われそうな気がするけど。一応、真面目に書いてみることにします。

試写会に行く前、「この映画、すっごい面白いかすっごいおもんないか、どっちかやろうなぁ」って思いながら行ったんですが、、、フタ開けてみると、どっちかに両極端ってことはなくて、なんかまぁまぁ。。。

完全に大真面目にスキヤキウエスタン作っちゃうか、もっとテンポよく痛快に作るかどっちかやと思うんですけどね~。それがどっちつかずなのが残念。

佐藤浩市は意外な感じの役だし、伊勢谷友介は真面目にふざけてくれてるし、木村佳乃「あぁこれが寺島しのぶじゃなくて良かったぁ」と思わせるようなセクシー(?)ダンスを見せてくれる。

でも、なんかな。なんかちょっとダラけた演出って感じだったな。もっとキレが欲しかった。木村佳乃が死ぬシーンなんかはイキナリめちゃエグいし。(彼女にまつわるシーンはかなりエグいのが多かったな。それだけに寺島しのぶじゃなくて良かったと何回も思った)香川照之のは「ロードオブザリング」のゴレムか?会場はウケてたけど、ワタクシはバツだった。桃井かおりの正体が分かるときに、アメコミ調になるとこなんかは格好良かったな。あーいう雰囲気を全体に通してくれたらすごく良かったのになぁ。桃井かおりの役は夏木マリでも良かったかと思うけど、やっぱ桃井かおりはすごいな、あんな娘時代まで堂々とやっちゃうんだから。

伊藤英明のファンの人なら見に行って後悔はしないでしょうね。ウエスタンの格好がめっちゃ似合っててめちゃめちゃ格好良かったですよ。最後はあの子供が「シェーン、カームバーーーーック」って言うんかなぁと思ったけど、当然そんなウエスタンの王道の真似はしないっすね。こちらはあくまでもマカロニウエスタンのパロディってことで、マカロニウエスタンのジャンゴシリーズにつながるっていうことなんですね。

北島三郎の主題歌は頭をグルグル回ります。まさか、これで紅白出たりはしないかな?
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ミスポター

2007-09-07 | シネマ ま行
「ピーターラビット」を書いたビアトリクスポターレニーゼルヴェガーのお話。彼女の名前はPotterさん。Harry Potterと同じですね。英語の発音は確かに「ポター」のほうが近いし、彼女の名前もカタカナではずっと「ポター」とされてきたんですよね。なのに、どうして、Harry Potterのほうは「ポッター」にしたんだろう?そのほうが、なんとなく収まりがいいからかな?Miss Potterの映画ができると知ったとき、もしかしてJ.K.ローリングは児童文学の大先輩をリスペクトして主人公の名前をPotterにしたのか?と思ったけど、どうやら同級生の名前から取ったようで、彼女とは何の関係もないようです。

と、そんな話はさておき。「ピーターラビット」ってもちろん、キャラクターとしては知っているけど、どんな話かは全然知らないし、ワタクシの嫌いなリアルなカエルのキャラが登場するので、あんまり見たくないイラストも多かったりして、今までたいして興味がなかったんだけど、映画を見始めるとどんどんビアトリクスポターの世界に引きこまれていった。

まず、彼女が水彩で描いている動物たちの表情がもの凄く素敵だし、そのイラストが実際に動いてしまうという映像効果も手伝って、もう最高に可愛らしく、ビアトリクスが彼らを「私の友達」と呼ぶのも納得してしまう演出だった。

彼女のイラストの可愛さから一気にワクワクするような世界に連れて行かれるわけだけど、ビアトリクスの人生も私たちをワクワクさせてくれる。出版は順風満帆で、出版社のノーマンウォーンユアンマクレガーとの恋も見ていてドキドキする。ビアトリクスとノーマンは家族や社会から「デキない奴」というレッテルを貼られた似たもの同士。初めて自分を100%認めてくれる相手にお互いに出会えたのだ。でも100年前のイギリス上流階級の女性の恋だもんね。いくらビアトリクスが自由な精神を持っていたとは言え、キスを交わすまでにもものすごい時間が経っているし、相手をファーストネームで呼ぶというだけのことに最高の幸せを感じられるなんて本当にドキドキだ。その恋は、身分違いということで両親にはばまれるわけだけど、、、この先の展開をワタクシはまったく知らずに見ていたので、かなり号泣してしまった。切なすぎるよねぇ。悲しみに暮れるレニーの演技にもずいぶん泣かされました。

結婚には反対していたけど、自分自身も画家になりたかったということで、子供のときからビアトリクスに自由に絵を書かせてくれたお父さんビルパターソン。彼の存在がなければ、きっと「ピーターラビット」は生まれていないよね。あんなに分かってくれるお父さんだったから、結婚にも賛成してほしかったけどね。

ノーマンの姉ミリーを演じるエミリーワトソンを久しぶりに見たけど、ちょっと変わった感じだけどとても心の優しいお姉さんを演じていて、やっぱり演技のうまい人だなぁと観客をうならせる。ノーマンと婚約をしたとき、お姉さんがどんな反応をするのか、こちらも心配だったけど、ミリーはそんな小さい人間じゃなかったんだよね。本当のとこは知らないけど、きっとずっとビアトリクスの心の支えになってくれた人だったんじゃないかな。

たった93分の中に色んな要素がとてもうまく入っている作品でした。「ピーターラビット」ってきっと素敵なお話なんだろうなぁって思わせてくれるような映画でした。いまさらながら、読んでみようかな~

ところで主役のレニーですが、彼女ってアメリカの中でもバリバリのテキサス人なんですよね。それが、イギリスを代表する作家を演じて違和感ナシ。「ブリジットジョーンズ」シリーズですっかりイギリス人にも認められたってことですかね。
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蝉しぐれ

2007-09-04 | シネマ さ行

藤沢周平の貧乏侍シリーズの1つですね。(ワタクシは、日本文学や時代物に詳しくないので、映画でしか藤沢周平の作品を見たことがありません。武士の世界というものにも造詣が深くないので、そういう方にとっては失礼なレビューになるかもしれません)

「貧乏侍シリーズ」っていうのはもちろんワタクシが勝手に呼んでるだけであります。「世界一受けたい授業」っていうテレビ番組などを見ておりますと、実は当時ほとんどの侍が貧乏だったらしいですが。

藤沢周平原作の映画は「隠し剣、鬼の爪」はまだ見ていないのですが、「たそがれ清兵衛」「武士の一分」は見ました。それぞれに良かったですが、ワタクシはこの中では「蝉しぐれ」が一番好きでした。

前半の青年期の流れも物語の説明にとどまらない切なさに溢れていて、フクとの関係も自然に示されていて、とても良かった。ただ、文四郎の青年期を演じた石田卓也くんがセリフがたまにめちゃくちゃ棒読みになるのが気になったけどね。可愛い顔してるから許してって感じ?

大人になってからは、あの道場と実践で見せられる変な秘儀みたいな剣の技は、原作にあるのだろうけど、映像にするとちょっとチープな感じがして笑ってしまった。いや、本当に剣に優れている人はあーいうことができるのかもしれないな。笑っちゃいけないんでしょうかね。でも、ごめんなさい。ほんとに笑っちゃったんです。

家や藩の都合で、自分ではどうにもできない人生を歩まざるを得なくなった文四郎市川染五郎とフク木村佳乃が再会するところは切なくて切なくて胸が張り裂けそうだったな。もう、フクは将軍様のお手つきで跡取りまで生んだ身。文四郎の手の届かないところへ行ってしまった人。駆け寄って抱きしめたい。二人ともそう思っているのに、堅苦しい挨拶を交わすことしかできない。

数年後、紆余曲折を経て、子を養子に出し、自らは尼になるというフク。そのころには文四郎も結婚して2人の子の父になっていた。尼になる前に、いま一度、と再会する二人。「尼になんかなるな。自分と一緒に逃げよう」いや、そんなこと言うはずもない。自分にだって家族があるのだ。“一緒に逃げよう”と言いたかったに違いないというのはワタクシの勝手な想像だけど、たとえ武士でもそう思ったっておかしくないよね。「文四郎さんの子が私の子で、私の子が文四郎さんの子であるような、そんな道はなかったのでしょうか?」再会した瞬間から、涙が出ていたワタクシですが、このセリフ以降もう号泣号泣。映画が終わるまでずっと泣いていました。時代に翻弄されてどうにもならない系って弱いんです。見終わったあとも、本当にどうにかならんかったんかな~とか、尼にならんと二人で逃げたらいいのに~とか色々考えちゃいました。

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