シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

裏切りの戦場~葬られた誓い

2012-11-28 | シネマ あ行

フランス領ニューカレドニアで1988年に起きた独立派先住民とフランス軍の衝突を描いた作品。

1988年4月22日、ニューカレドニアのウベア島でカナック族の独立派がフランス憲兵隊宿舎を襲い、人質を取るという事件が発生。混乱の中で死者も出たことで、フランス政府は陸軍を送り出す。本来であれば、フランス“国内”の事件で軍が派兵されるのはおかしいのだが、陸軍が指揮権を取った。その中で、フランス国家憲兵隊治安介入部隊のフィリップルゴルジュ大尉マチューカソヴィッツは人質解放のため独立派と平和的交渉を試みる。

武力で制圧してしまえという陸軍と、なんとか平和的に解決しようとする憲兵隊大尉の対立と同じように、フランス本土でも大統領選を控え、当時のミッテラン大統領とシラク首相が対話路線と強硬路線で綱引きをしていた。

この作品はフィリップルゴルジュ大尉の手記を基にマチューカソヴィッツが監督、脚本、編集、主演を務めた力作である。人質の解放の交渉に向かい、さらに自分の部隊の部下まで人質に取られてしまう大尉だが、独立派の主張も理解でき、彼らも平和的解決を望んでいることを知り、政府、軍、ニューカレドニア解放軍との交渉に奔走するルゴルジュ大尉の姿を非常に事細かに誠実に描いている。

フランス本土では、過激なテロリストたちがフランス憲兵隊を殺戮し、人質を取ってジャングルに立てこもっているという報道しかされず、おそらく国内のムードは過激なテロリストをやっつけろ!というふうに煽られていったのだろう。最初は穏健派だったミッテラン大統領が最後には武力での鎮圧命令を下してしまう。右派の内閣が力をつける中で負けられない選挙だった。

それまで懸命に平和的解決を模索していたルゴルジュ大尉は、独立派のリーダーと信頼関係を築きつつあったのに、その信頼を裏切ることになってしまう。結局は軍人として、政府の決定に逆らうことはできず、総攻撃に参加するしかないルゴルジュ大尉。非常に無念であっただろう。

最後の総攻撃の描写だが、フランス国内にいる治安介入部隊が不慣れなジャングルで容赦なく攻撃をする陸軍たちと共に作戦を遂行する姿が非常にリアルに描かれている。彼らは決して百戦錬磨の兵隊などではなく、訓練は受けているけれども、ここまで厳しい戦いはおそらくいままでそんなになかった部隊ではないか。大尉の前進の命令にも「そんなに進めません」とか言ったり、死体にも「死体がある!」とか驚いていて、その部下を大尉も叱るではなく「見るな。死体は見ないで進め」とか言っていた。その描写が逆にリアルで良かったと思う。

攻撃前もマスコミに自分たちの主張を訴えかけたいと言い、それを大尉が実現してくれることで平和的解決を望んでいた独立派だったが、攻撃を受けてからはみなちりぢりになり無抵抗になっていたのにも関わらず、フランス軍は執拗に攻撃を続け、降伏状態の者を射殺したりした。のちに、マスコミが政府のウソを暴いたらしいが、今現在に至ってもこの事件のことをフランス政府は公には認めていないらしい。

上映時間134分と結構長めで、ルゴルジュ大尉の動きを一挙手一投足見せるような作品です。それだけマチューカソヴィッツはきちんとすべてを見せたかったのだろうなと思います。それでも退屈しない作品ですし、こういう事件の映画に“娯楽”という言葉を使うのは気が引けますが、映画という娯楽としてもきちんと成り立っている作品だと思います。

ワタクシは不勉強で、ニューカレドニアは“旧”フランス領だと思い込んでいたのだけど、今現在でも独立はまだらしいですね。2014年に住民投票が行われるって映画の最後に出てましたけど。大方の見方では独立になるだろうということですが、経済的なことを考えると独立後どうなるのでしょうね。

コメント

ジーザスキャンプ~アメリカを動かすキリスト教原理主義

2012-11-27 | シネマ さ行

以前から見たいとは思っていたんだけど、どこで探したらいいか分からなかったんだけど、密林書店で発見したので購入しました。ワタクシは全然知らなかったんだけど、2009年から2010年にテレビで放映していた「松嶋×町山未公開映画を見るTV」という番組からDVD化されたものらしいです。町山智浩さんというアメリカ在住の映画評論家とオセロの松嶋が日本未公開映画を見てトークを繰り広げる番組だった、のかな?番組自体は見ていないので分からないのですが。その番組で取り上げられたうちの数本がDVD化されたものを購入しました。

ブッシュ政権時代、アメリカのキリスト教福音派の牧師フィッシャー女史が行うサマーキャンプなどの様子を映し出します。福音派というのは、簡単に言っちゃうと聖書に書いてあることを文字通り信じるプロテスタントの会派です。

彼らは聖書に書いてある万物創生を信じているので、進化論は信じていません。恐竜も人間もいっぺんに神が創造したのです。学校に行くと進化論という“ウソ”を教えられるので子どもたちは学校には通わず、ホームスクールといって家庭で母親などから教育を受けています。見るテレビも聞く音楽もすべて福音派の教えに沿ったもの。同性愛、中絶手術にはもちろん反対だし、地球温暖化はリベラルのでっちあげで、ハリーポッターは魔法使いだから悪魔の化身です。「ママはダメって言うからパパと見に行ったんだよ」と言った子に対して目をシロクロさせてる子がいました。

家庭ではもちろん、このフィッシャーさんが主宰するサマーキャンプでとことん子供たちにその教義を叩き込むわけです。しょっぱなから「現代の人たちは食に貪欲になり、2、3日の断食すらしようとしないのです。イスラム教徒は5歳からラマダン(断食)に参加するのですよ」とか言ってるフィッシャーさんがまたアメリカ人のご多分に漏れず随分太ってらっしゃるんだわ。もうそれだけで偽善っぽいんだけど、誰も突っ込まんのかね?アメリカではあれくらいじゃデブの部類には入らんか。

フィッシャーさんによれば、イスラム社会では小さな子供に教義を叩き込み、機関銃の撃ち方を教え、殉教することを教え込んでいる。私たちも子供たちを利用しないといけない。だそうです。英語と日本語のニュアンスの違いはあるかもしれないけど、はっきり「利用」って言っちゃうんだからすごいよなぁ。しかも、彼女は明らかにイスラム教徒を敵視しているし、子供たちには喜んで命を捧げるようになってほしいって言ってるんだよね。キャンプでは敵の代わりにマグカップをハンマーで打ち砕かせるという余興もあるし。

んで、子供たちはもう物心ついたときからずっとそういう環境で育っているから、フィッシャーさんの言う事に涙しちゃうわけ。神との対話だかなんだか分かんないけど、ワケの分からない言葉を言いながら涙を流してトランス状態になる。フィッシャーさんはあれはトランス状態ではなくて神との対話であって彼女は自分が何をしているかちゃんと分かっているって言ってたけど。

もちろん、子供というのはその育ってきた環境でそれが正しいと思って育つわけだから、それはワタクシだって同じことで、子供の時から家族が普通にしてきたことを当たり前だと思ってたとかそういうのはあるわけだよね。それは誰でもある。だから、どの線からが洗脳で、どの線からはいわゆる“普通”だって言えるのかは分からないけど、まぁこのサマーキャンプはもう理屈じゃなく明らかに普通じゃないわな。彼らのキャンプは大成功で子供たちは、知らない人に「神はあなたの人生に計画があります」とか話しかけてパンフレット渡したり、みんなの前で説教したりその説教を書くときは神が降りてきているとか言うんだよねー。ブリトニースピアースよりこれが好きって福音派ロックを当然選ぶし。いや、ブリちゃんを選ぶのが正しいってわけじゃないけどさ。

ワタクシははっきり言って宗教なんて大嫌いなんだけど、他人が何をどう信じようと自由だと思う。けど、それが政治的に力を持っちゃったりするのはやっぱりダメだね。この福音派っていうのはブッシュを強力に支えていた人たちで、いまでも共和党をバックアップしてるんだけど、このドキュメンタリーが撮られたときはブッシュ政権時代で、キャンプにダンボールのぺらぺらの等身大ブッシュを持ってきて、子どもたちに彼のために祈りましょうって言って、そのぺらぺらの紙を本物のブッシュかのように崇めてるのが、かなり滑稽だった。

彼らが同性愛に反対するのも中絶手術に反対するのも勝手だけど、それを法律化するために政治にはたらきかけるっていうのがワタクシには分からないところ。同性愛や中絶手術に反対なら自分がしなきゃいいだけじゃないって思うんだよね。どうして他人の動向まで気にするんだろ。まぁ、彼らはそれで他人を救ってるつもりなんだろうね。中絶したら地獄に落ちるから、それから救ってやろうってことなんだろうね。

このブログでは何度も書いているけど、日本人の中にはアメリカはリベラルな国だと勘違いしている人が多いけど、実は福音派の人は人口の25~40%と言われています。結構多いよね。地域はバイブルベルトと呼ばれる南西部に偏ってるけど。その全員がこのドキュメンタリーに出てくるほど狂信的な福音派というわけではないんでしょうけどね。

このドキュメンタリーではこのフィッシャーさんのキャンプの様子や子供たちのインタビューの様子などで構成されていて、特にフィッシャーさんに対して鋭い突っ込みを入れるとかそういうのは一切ないんだけど、キリスト教左派の人がやっているラジオでこの福音派がやっていることを批判する様子を映していて、それが暗に製作者側からのメッセージなのかなと思わせる。「政教分離の法則はどうなった?」とかね。最後にフィッシャーさんがそのラジオに電話出演して、パーソナリティが電話を切ったあとに「彼らの主張を聞けば聞くほどイカレてるって思うよ」っていうセリフで終わらせているところもそういう意図なのかなと思われる。

今回の大統領選でオバマ大統領が再選しましたが、その前の共和党の代表者を決めるとき、福音派が推していたリックサントラム元上院議員はロムニー前マサチューセッツ知事に負けました。これは福音派の勢いの陰りなのかな?イラク戦争の長期化でブッシュ離れが起こったとも言われているし、最近では地球温暖化を防ごうという動きに変わってきているらしいので、この作品で語られていることも時代と共に変化しつつあるようです。これからもアメリカ福音派の動きに注目していきたいと思います。

コメント

ミステリーズ~運命のリスボン

2012-11-20 | シネマ ま行

この作品を見る前に気合を入れて「いまから見るぞ」とツイートしたので、ワタクシが見たことをご存知の方もいるかもしれません。だって上映時間4時間27分なんですもの。ツイートしたくもなるでしょう(笑)

上映時間がこんなにあるっていうだけでも興味を魅かれるのに、題名が「ミステリーズ」だし、世界が絶賛とか言うし、結構期待度大で行ってしまったのですよね。。。

19世紀前半のポルトガル。名字のない14歳の少年ジョアンジュアンアライシュはディニス神父アドリアーノルースの孤児院で育っているが、ある日ついに母アンジェラマリアジョアンバストスとの対面を果たす。アンジェラはジョアンの父親と恋に落ちるが、父親に反対されジョアンを未婚でみごもってしまう。ジョアンの父親はアンジェラの父親に殺され、アンジェラは過去を隠すようにいまの夫と結婚させられその夫に監禁されていたためジョアンを育てることができなかった。アンジェラはいまの夫から逃げて孤児院でジョアンと一緒に暮らすようになる。

ディニス神父は神父になる前にアンジェラの父親の差し金で生まれたばかりのジョアンを殺すように命じられていた殺し屋リカルドゥペレイラに金を積み、ジョアンを助けたという過去があった。その殺し屋はその金で成り上がり名前をアルベルトデマガヒャンエスと変え社交界に出入りするようになっていた。アルベルトデマガヒャンエスはその時の少年にお金をやってくれと影ながらジョアンの金銭的な面倒を見ていた。

そのアルベルトデマガヒャンエスは亡くなったアンジェラの夫が不倫していた娘と結婚。それを知ったエリーズドモンフォールクロチルドエムはアルベルトがフランスにいたとき、捨てられた過去を憎み、アルベルトと妻に嫌がらせをしにリスボンへやってくる。

そのエリーズドモンフォールの母親ブランシュドモンフォールレアセドゥーは若いときに若きディニス神父の腕の中で亡くなっている。ディニス神父もブランシュに恋していた。ブランシュはディニス神父の弟の妻だったが、妻が結婚前に親交のあった別の男性メルヴィルプポーに気持ちがあることで絶望していたディニス神父の弟とうまく行かず、屋敷の火事でブランシュは死んでしまう。

アンジェラの夫が亡くなったときに看取った神父がディニス神父に話があると言い、自分が神父になる前に社交界で人妻と恋に落ち、ディニス神父を出産したが母親は亡くなってしまい、そのために赤ちゃんだったディニス神父を友人に預けて神父になったと語る。

青年に育ちパリに留学したジョアンは隣に住むアルベルトデマガヒャンエスの元恋人のエリーズドモンフォールに恋をする。エリーズドモンフォールがアルベルトデマガヒャンエスに憎しみを抱いていることを知ったジョアンはアルベルトデマガヒャンエスが自分のパトロンであることを知らずに決闘を申し込む。決闘は引き分けとなり、ジョアンはアルベルトデマガヒャンエスにエリーズドモンフォールとの真のいきさつを聞き引き下がる。最初は肉体関係に金銭を要求したエリーズドモンフォールのほうがアルベルトデマガヒャンエスに本気になり、彼女を振ったアルベルトデマガヒャンエスを恨み、双子の弟にアルベルトデマガヒャンエスを襲わせたところ、アルベルトデマガヒャンエスが弟を殺してしまったという話だった。

冒頭で孤児院で他の少年とケンカをして引きつけを起こしたジョアンの容態を心配してディニス神父が母親のアンジェラを呼んでくるというシーンがあり、最後に体調を悪くしてベッドで朦朧としているジュアンの頭の中にいままでのシーンが走馬灯のように流れ、え?これって冒頭で死の床にいるジュアンが見た夢?え?もしかしてこれだけ見させて夢オチ?と思ったんですが、明確な答えはないまま映画は終わってしまいました。

とにかく一人の話が終わったら次の人、ハイ、次の人って感じでそれぞれの過去が語られていくわけですが、そんなに衝撃的な事実というものは少なくて4時間27分は長過ぎる。ワタクシの両脇に座っていた方は途中ちょっと寝ておられましたが、ワタクシも結構耐えてました。ミステリーというからには、どこかでこの全部の話がつながってあぁなるほど!みたいな瞬間が来るのだと思っていまかいまかと待っていましたが、結局そういう瞬間は訪れず、ただただそれぞれの過去の秘密を羅列しただけでした。

昔昼メロでやっていた「愛の嵐」とか「華の嵐」みたいなのを思い出しました。これが連続ドラマで少しずつ主人公たちの過去が明かされるとかだったら面白かったかもしれないけど、映画としてやられるとツライもんがありました。

なんか突然の遠近法とか、唐突に登場人物が失神(?)したりとか申し訳ないけど、ちょっとプッと吹き出してしまいそうな演出で、それがラウルルイス監督の持ち味で芸術的という評価を得ているみたいなんだけど、ワタクシには残念ながら理解できませんでした。見ていてつまらないってことはないんですけどね。ただやっぱり4時間27分は長いな。

コメント

狼たちの報酬

2012-11-19 | シネマ あ行

ケーブルテレビで放映していました。4つの章に分かれそれぞれの主人公の運命が微妙に絡み合うオムニバスです。日本では未公開だったようです。

第一章「Happiness」主人公は銀行員のフォレストウィティカー。真面目で退屈な日々を送っていた彼が同僚の競馬の八百長話を盗み聞きしてしまったことから泥沼にはまる。大金を地下賭博で賭けるが勝つはずの馬が転倒。大きな借金を背負い地下組織のフィンガーズアンディガルシアに脅された彼は銀行強盗を試みるのだが、失敗し警察に狙撃されてしまう。

第二章「Pleasure」その銀行員が担当していた顧客ブレンダンフレイザーは断片的な未来が見える。フィンガーズの下で働く彼はフィンガーズの甥トニーエミールハーシュの面倒を見るよう命じられるのだが、トニーがロシアマフィアともめてしまい、トニーがボコボコにされる未来を見るのだが、なぜか運命が変わり彼がボコボコにされてしまう。

第三章「Sorrow」将来有望な歌手トリスタサラミシェルゲラーのマネージャーが賭博の借金のカタに、トリスタのマネージメント権をフィンガーズに渡してしまう。マフィアにマネージメントされることに自暴自棄になるトリスタだが、フィンガーズの下にいた第二章の未来が見える男と恋に落ちる。二人でフィンガーズの支配から逃げようとするが、フィンガーズにバレて男は殺されてしまう。

第四章「Love」主人公は医者ケヴィンベーコン。学生時代から恋しているジーナジュリーデルピーはいまでは友人の妻だが、彼女が毒蛇に噛まれてしまう。ジーナは特殊な血液型で輸血ができなくて焦っていたときに第三章のトリスタがテレビのインタビューで特殊な血液型だという話をしていて、トリスタに助けを求めに行く。

輸血でジーナを助けたトリスタはフィンガーズの元から逃げるが、そこに第一章の主人公が狙撃される前に投げ出した銀行で盗んだ大金が入ったバッグがトリスタの前に落ちてくる。

ここに書かなかった部分でも少しずつ主人公たちは関わりを持っていたりします。最後のオチまで書いてしまったのですが、4つのお話が実は時系列ではなくて最後に第一章と第四章がつながるのですが、ここで最初と最後がつながることによってまるでメビウスの輪のように永遠にお話が続くような錯覚が起きます。

邦題の「狼たちの報酬」というのがどういう意味でつけられたのか、ものすごく謎です。アンディガルシア、ケヴィンベーコン、フォレストウィティカー、ブレンダンフレイザー、サラミシェルゲラーという顔ぶれでそんな題にしたら、マフィアものと勘違いしてレンタルする人がいるんじゃないかと狙ってつけたのか?と勘ぐりたくなるくらいよく分かりません。

少しずつ関連したお話のオムニバスというのは特に珍しい分野でもなくなったと思うし、話も特に目新しい感じではないのですが、ワタクシはこういうのが結構好きで、ひとつずつのお話もなかなか切ない感じに仕上がっていて雰囲気の良い作品だと思います。

コメント

桃(タオ)さんのしあわせ

2012-11-16 | シネマ た行

予告編を見たときに面白そうだなぁと思ったのですが、時間が合えば行けばいいかくらいのボーダーラインの作品だったのですが、ちょうど時間が合ったので見に行きました。テーマがテーマだからか、50歳以上の方がほとんどでした。

13歳から60年にも渡って梁家4代の家政婦をしてきた桃さんディニーイップ。いまは梁家3代目で生まれたときからずっと桃さんが面倒を見てきた独身のロジャーアンディラウの世話をしている。ロジャーは映画プロデューサーで出張が多いが、ある日家に戻ると中にいるはずの桃さんが出てこない。慌てて救急車を呼ぶロジャー。桃さんは脳卒中を起こしていた。

ロジャーの世話にはならないと言う桃さんだったが、ロジャーは桃さんのために施設を見つけてやり、入所させてやる。費用もロジャーが全部持つから心配ないと言って。

桃さんは家政婦さんではあるけれど、ロジャーにとってはほとんど母親のような存在で、小さいときからずっと面倒を見てきてくれた人。そして、どうやら数年前にロジャーは心臓を患ったことがあり、そのときにも桃さんは献身的に面倒を見てくれたようだ。忙しい合間を縫って面会に行くロジャー。ロジャーの幼馴染たちも桃さんを慕っていて、電話で桃さんを励ましたり、本当に小さい時から桃さんが献身的に面倒を見ていたことがよく分かる。

ロジャーの母親や姉も移民先のアメリカから桃さんを訪ねてきたりして、お土産やお金を渡したりと、桃さんとこの家族の非常に良い関係が描かれる。ロジャーのお姉ちゃんは桃さんが生きている間の費用をロジャーが出すなら、せめてお葬式の費用くらいは出させてね、と言う。

桃さんがこの歳になって家政婦として働けないような状況になっても梁家みんなで桃さんの面倒を見てくれるというのは、もちろん桃さんがこれまで本当に誠実に梁家に尽くしてきたからであり、それは桃さんの人徳というものだとは思う。ロジャーと桃さんのやりとりにも心があったかくなるし、笑えるシーンもある。この作品のプロデューサーの実体験に基づいたお話ということだから、それにケチをつけるのもどうかとは思うけど、ロジャーたちみんながお金があって良かったね。という気がしないでもなかった。家政婦さんを60年も雇い続けられるくらいだから裕福なおうちというのは当たり前だし、梁家の人々が桃さんにしたことはお金持ちみんなができることではなく、桃さん、梁家みんなが良い人だからできたことなんだとは思うけど、やっぱりこういうことはしたくてもできない人が多い中で、お金があるってやっぱ良いよなぁと、ちょっと貧乏人のヒガミと思われてしまいそうな感想を持ってしまいました。

いや、ワタクシがヒガミっぽい感想を持ったからといってこのお話が良いお話であることにはまったく変わりないし、お金持ちの嫌味みたいなものは全然感じられないお話なんですけどね。

アンディラウは作品に惚れてプロデューサーにも名を連ね、ノーギャラで出演したと言われています。ロジャーはいかにもお金持ちのぼんぼんといった感じで清掃業者やタクシー運転手に間違えられてしまうようなちょっとどんくさそうな男性を演じ、いつものアンディラウとは違う魅力を見せてくれます。

特に事件らしい事件も起こらない淡々とした作品なんですが、心温まる作品です。桃さんが飼っている猫が自然体で良かったなぁ。

コメント   トラックバック (1)

ぬちがふう(命果報)~玉砕場からの証言

2012-11-14 | シネマ な行

沖縄の玉砕現場で、軍からの集団自決命令があったのかなかったのか。2007年、文部科学省は教科書から集団自決の軍命を削除させた。2011年、「大江・岩波集団自決訴訟」で沖縄戦の司令官が集団自決命令を発したとする十分な理由があるとする大江健三郎氏、岩波書店側が勝訴した。この作品は、当時の沖縄県民の証言を通して、当時の様子を明らかにしていく。

それと同時に軍属として朝鮮から沖縄に連れて来られ日本軍とともに戦った人々の証言や、慰安婦として連れて来られた女性たちの目撃証言などを集めている。

あれだけ多くの人が別々の場所で当時直接玉砕命令を耳にしているというのに、どうして軍からの命令はなかったなどと言うことができるのかワタクシには理解できない。あれだけの人数が知らない者同士で別々の場所で口裏を合わせたとでも言うのか。当時を振り返った人々の貴重な証言がここにはある。

自分の戦争体験を話すのがつらいと言う母親に聞くのがつらいという息子。
「生き残った良かった」というおばあ。
学校で学徒隊を編成するため、出頭命令を渡す役割をさせられた子。自分の判断であまり小さい子には渡さないことにしたという反面、自分が渡した子たちの中で戦死してしまった子の母親には向ける顔がないと言う。
家族で自決の覚悟をするが、なかなか子に手をかけられない親。「怖い」と言って子供が逃げ出したために考え直すことができた親。
軍が自決を迫る中、「逃げなさい」と言ってくれた将校。
市民が飢えで苦しむ中、牛をさばいて自分たちだけたらふく食べていた軍人。
壕の奥に自分たちの快適な場所を確保し、そこに慰安婦を囲っていた軍人。
軍属として連行され、ろくに食べる物を与えられず戦争に参加させられた朝鮮人。
慰安婦たちは最後には見捨てられ、見殺しにされた。

すべて書き尽くすことはできない証言がここに詰まっています。こういうドキュメンタリーこそ、学校などで上映会をしてほしいと思うのですが、いまの教育現場ではこういう作品を上映できる状態なのでしょうか?愛国心を教えるという名の下にこういう悲惨な歴史が封印されていくような恐ろしさを感じます。愛国心を教えるなら、実際に起こったことをありのままに教え、その反省に立った上で国を愛することを教えるべきだし、国を愛そうが愛すまいが、戦争をしてはいけないという理念はぶれてはいけないものだと思います。

映画として、決して見やすい構成になっているとは思いません。複数の方のインタビューがとびとびで流され、一人の人の時間がやたらと長かったり、沖縄の人の証言のあとに朝鮮の軍属の話になったりと話しがあちこちに飛ぶ印象があります。映画作品としては正直申し上げて高い評価はできませんが、関係者がどんどん歳を取っていく中、やはりこれだけの膨大な証言を集めた映像ということで非常に価値のある作品だと思います。

コメント

声をかくす人

2012-11-13 | シネマ か行

以前から楽しみにしていた作品です。ロバートレッドフォードはすごく誠実な映画を生み出してきた監督だし、アメリカ初の女性死刑囚の話ということで興味がありました。

1865年ワシントン。アメリカ合衆国エイブラハムリンカーン大統領が観劇中に暗殺された。容疑者は南軍の残党グループ。実行犯たちとともに下宿屋を営むメアリーサラットロビンライトも拘束された。彼女の容疑は犯行グループの計画を知りながら下宿屋をアジトとして提供したというものだった。

大統領を暗殺された怒りが国中を駆け巡る。南北戦争が終結した直後で、政府はこれ以上国中に憎悪を広がるのを防ごうと早急な裁判を希望していた。政府の意図を察したリヴァティジョンソン上院議員トムウィルキンソンは弁護士としてメアリーサラットを弁護することに決める。彼はメアリーサラットが有罪であろうと無罪であろうと一般市民を軍事裁判にかけ結論ありきで裁判を進めることなど断じて許せないと自分の信念を貫き通す。ジョンソンは自らが南部出身であることから、メアリーの印象を良くするために南北戦争で北軍の兵士として活躍した部下のフレデリックエイキンジェームズマカヴォイに弁護を任せると言う。

エイキンは北部人として暗殺グループを憎んでいたし、初めはメアリーサラットのことも許せないと思っていたが、彼女のことを知っていくと彼女が息子ジョンサラットジョニーシモンズをかばうために口を閉ざしているのだということが分かってくる。それと同時に、あまりにも人権を無視したような裁判所と検察ダニーヒューストンのやり方に反発を覚えていく。

国中が犯人を憎むのは分かる。でも、僕たちはこんなふうに法律を守らない国を作るためにあの戦争を戦ったのか?というエイキンの訴えが心に響く。メアリーサラットを無罪にするために奔走するエイキン。そのためには彼女がかばっている息子を有罪にしなければならないが、それはメアリーの望む弁護ではなかった。

最初は反発していたエイキンが弁護士としての使命に燃え、司法制度を守るために権力と戦う姿がとても誠実に描かれていて好感が持てます。ジェームズマカヴォイはどんな役をやっていてもついつい「タムナスさ~ん」って思っちゃうんだけど、彼の実直そうな外見が非常にこの役に合っていました。

ロビンライトに関しては、もしかしたら子育てや元夫ショーンペンのために仕事をセーブしていたのかもしれないけど、近年では誰々の奥さん、誰々の愛人みたいな役ばかりで過小評価されている女優さんの一人だと思っていたんだけど、今回の役では完全に面目躍如といったところか。確固たる意志は譲らないが、それでいて母としての愛情、女性としての美しさを持っているメアリーサラットを見事に演じきっている。(女性としての美しさは単にロビンライトが美しいだけか)

エイキンはメアリーの娘でジョンの姉アンナエヴァンレイチェルウッドに弟を有罪にする証言をさせることによって裁判官たちにメアリーの無罪を決心させるにまで至った。それなのにスタントン陸軍長官ケヴィンクラインは裁判官たちの結論に圧力をかけてひっくり返させ、死刑という結審となってしまう。それでもエイキンは最初に弁護を申し出た上司のジョンソンでさえあきらめた戦いを最後まで絶対にあきらめることはなかった。メアリーを軍事裁判ではなく、一般の裁判にかけるよう人身保護命令を裁判官の一人に出してもらうことに成功する。死刑まで12時間、エイキンはメアリーを救ったかに思えたが、なんと大統領命令でそれも取り消されてしまう。

国の安定を図るためなら、一人の市民の命など犠牲にしても構わないという政府との戦いに負けてしまったエイキンとメアリーサラット。彼女が実際に無罪だったかどうかは問題ではない。一人の人間を司法制度を捻じ曲げて有罪にできてしまう国、制度、それを動かす人々が問題なのだ。それをレッドフォード監督が問いかける。

メアリーサラットの処刑後、逮捕された息子ジョンに面会に行ったエイキンにジョンが「君の方が良い息子だった」と言ったのには涙が出そうになった。エイキンはその後弁護士を辞め、ワシントンポストの初代社会部部長になったということだったが、この事件がその後の彼の人生に大きな影響を与えた証拠だろう。

小さい映画館でしか公開されていないのが、とても残念な作品です。

コメント   トラックバック (1)

ウォリスとエドワード~英国王冠をかけた恋

2012-11-09 | シネマ あ行

主題歌がゴールデングローブ賞歌曲賞を受賞し、アカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされたマドンナ監督第2作目。マドンナファンとしてはもちろん見に行くつもりではありましたが、最近の彼女のアルバムの出来とか、がんばって若作りしてる姿を見てちょっとファンとしてはガッカリすることが多かっただけに、もしまたガッカリだったらイヤだなぁと思っていました。

冒頭、1930年代の話だと思っていたら現代のニューヨークの女性ウォリーアビーコーニッシュが映し出される。ん?この人は子孫かなんか?と思っているといきなり香港でのシーンに変わる。さっきとは違う女性ウォリスアンドレアライズブローが夫にDVを受けお腹の赤ちゃんを流産する様子。そしてまた現代へ。さっきの女性が産婦人科で不妊治療の相談をしている。この一連の行ったり来たりがとても分かりにくい。混乱するが、少し落ち着いて見ているとだんだんと事情が呑み込めてくる。

現代のニューヨーク。ウォリーは有名な分析医リチャードコイルと結婚し、周囲からは何不自由のない幸せな生活だと思われているが、実際にはセックスレスで夫は子供を望まず、仕事にかこつけて家に帰ってこない。夫の希望でサザビーズを退職したものの、仕事に未練が募り、近々行われる王冠をかけた恋の二人ウォリスとエドワードジェームズダーシーの遺品のオークションに合わせた展示会に足繁く通う。毎日、彼らの遺品を見つめつつ物思いにふけるウォリーを警備員のエフゲニオスカーアイザックは気に掛けるようになる。

この現代のウォリーがウォリスとエドワードの遺品を見ながら空想にふける場面に登場するのが本物のウォリスとエドワードというわけで、映画は現代と過去を行ったり来たりを繰り返す。ウォリスとエドワードの時代は、英国王室が舞台とあって衣装や装飾品が豪華で、見ていて飽きません。ウォリスのメイクやファッションが一時期マドンナがよくしていたなぁという感じで、マドンナファンなら彼女のテイストをすごく感じるのではないでしょうか。

“英国王冠をかけた世紀の恋”ということで、一人の女性のために王位を捨てたエドワードには常にスポットが当たるけど、ではウォリスはそのために何を捨てたのか?という視点は興味深いものだと思う。確かに彼女はエドワードが王位を捨てたせいで悪女のレッテルを貼られ、たくさんの人々の憎しみを買ったが、実際彼女だってもう普通の生活には戻れなくなったわけで、好きな男性と結ばれるという当然の行為が、世界中に敵を作る結果となってしまったというのはある意味では悲劇的なことだろう。

ウォリスに関しては、彼女を良く思わない人がたくさんいるためか良いウワサは残っていないので、この作品の彼女は相当美化されていると思う人もいるのかもしれない。実際のところはどうだったのか本当のことは分からないけれど、ワタクシたちが目撃するのは祖母、母、娘と3代でこの世紀の恋に憧れを抱いているウォリーが空想するウォリスの姿であるから、多少美化されているのもアリなのかなと思ったりもする。

現代のウォリーがウォリスの物語に刺激されて、実際の生活で夫を捨ててエフゲニのもとへ行く過程もじっくりと描かれていて、ウォリーを演じるアビーコーニッシュとエフゲニを演じるオスカーアイザックが美しく繊細でとても素敵だった。

ここで描かれるウォリーはなかなかに男勝りというか、結構強そうな女性である反面、やはり世間からの批判に苦しむ面も描かれている。晩年病の床に臥せるエドワードに「踊ってくれ」とリクエストされて彼のためだけに踊るウォリスがすごくカッコ良かった。

原題は「W.E.」で、もちろんウォリスとエドワードの頭文字を合わせたものなんだけど、彼ら自身も自分たちのことを二人合わせて「W.E.」と書いて「ウィー」と発音していたようで、昨今ブランジェリーナとかトムキャットとかカップルの名前を合わせて呼ぶのが流行っているのを思い出しました。劇中、ウォリスが鏡に口紅で「W.E.」と書くシーンがあって、どうしてその文字をそのまま映画のロゴにしなかったんだろう。もったいないなと思いました。日本語題は「ウォリスとエドワード」になってしまってますが、この「W.E.」は現代のウォリーとエフゲニの「W.E.」でもあるわけですから、このまま残してくれたほうが良かったんじゃないかと思いました。どうせ副題つけるんだしね。それにしても、日本の配給会社って副題つけるのが好きですね。題名である程度説明できないと見に行く人が少ないのかな。

アメリカでの上映館数がたった20館ばかしで、興行成績も大コケとしか言いようのない数字なんだけど、そんなにひどい映画かなぁ?ワタクシはマドンナファンということを差っ引いても美しい作品だと思いました。好き嫌いはあると思うけど、メロドラマチックで衣装や撮影の仕方など美しい映画だと思います。逆にマドンナが嫌いな人も先入観抜きで見てほしいです。

コメント (2)   トラックバック (4)

危険なメソッド

2012-11-08 | シネマ か行

1904年、ユングマイケルファスベンダーはロシアからやってきたサビーナキーラナイトレイというヒステリー症状の女性をフロイトヴィゴモーテンセンが提唱する談話療法で治療を行い、原因を追究する。彼女の症例をきっかけにフロイトと会うことができたユング。二人は初めての出会いで13時間ぶっ続けで語り合い、師弟関係を結ぶ。

回復したサビーナは医科大学に入り、精神科医の道を目指す。彼女の治療を続けていたユングはついに彼女への欲望を抑えきれず彼女と一線を越えてしまう。その背景にはユングがフロイトから任された患者オットーグロスヴァンサンカッセルの存在があった。オットーグロスは自らの欲望を抑えるということを一切せず、彼自身も精神科医でありながら患者と次々に愛人関係になっているような男であった。そのオットーからサビーナへの欲望を抑えるなと言われたユングは背中を押された形になり、彼女と一線を越えてしまう。

サラガドンのいるユングはサビーナとの関係をひた隠しにし、師匠であるフロイトに関係を聞かれたときも否定する。

一時は自分の後継者にユングをと公言するほどだったフロイトとユングの関係も、フロイトの権威主義と、ユングの神話主義がお互いに反発を覚えるきっかけとなり二人は決別していく。

実際に談話療法を見せられているかのように、「ユングとサビーナ」「ユングとフロイト」「ユングとオットー」の会話や、それぞれの手紙のやりとりが延々続きます。ユングとサビーナのシーンだけは時折ベッドシーンとSMシーンがありますが、そんなにきわどい映像のものではないので、特にそちらに意識が邪魔されることなく談話療法が続いていくような感じです。

監督がデイヴィッドクローネンバーグでしかもフロイトだユングだSMだ、が絡む物語ですから、もっと刺激的な映像を期待して見に行った方はがっかりする内容だったと思います。会話も学者同士だからか、もって回ったような会話が多いし、退屈と感じる人もいるかもしれません。

ワタクシはどちらかと言うと物語そのものよりも途中からはマイケルファスベンダーとヴィゴモーテンセンの演技合戦に集中していました。マイケルファスベンダーは最近飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍ぶりで、あのジョージクルーニーが後継者を見つけたよとジョークを飛ばすくらいセクシーなイメージがある人なので、こんな地味な役どころでここまで説得力のある演技ができるとは嬉しい驚きでしたし、ヴィゴだってクローネンバーグの作品では暴力的でセクシーな男というイメージがあったので、今回のフロイトには驚かされました。しかも二人とも精神医学における性の位置づけみたいのをやたらと語るもんだから、こんなセクシーな俳優二人が“むっつりスケベ”に見えてくるという不思議な感覚を味わいました。キーラナイトレイに関してはもちろん演技力の高い女優さんだけど、ちょっと今回のはいかにも賞レース狙いな感じがイヤだったな。

時間だけは、何か月後、何年後と飛んでいきますが、全体の雰囲気が全然変わらないので一体いつのことなのかというのがすごく分かりにくいですね。フロイトとユングが二人でアメリカに渡るシーンがあるので、何かアメリカで起こるのかと思ったらそういうこともなく結構初めから終わりまで一本調子な感じはしました。上映時間が99分だったのでまだ耐えられたというところでしょうか。

コメント

思秋期

2012-11-07 | シネマ さ行

サンダンス映画祭監督賞他、数々の映画賞に輝いたというのを聞いていっちょ見に行くかと思ったんですが、内心気が滅入りそうな映画だからイヤだなぁとも思いつつ。

実際確かに気の滅入る映画でした。失業中のジョセフピーターミュランは酒浸りで暴力的。自分の犬の腹を蹴って死なせてしまうようなどうしようもない男だ。今日も彼はバーで若い連中とケンカして逃げ込んだ先がハンナオリビアコールマンのチャリティーショップだった。どう見てもお友達にはなりたくないタイプのジョセフに対してハンナは店を追い出そうともせず、事情を聞こうとする。そんなハンナの優しさに却って反発を覚えたジョセフはお金持ちのハンナに俺の気持ちなど分かるかとハンナに悪態をつき傷つけて去っていく。

最悪な出会いだった二人だが、ジョセフはなぜかハンナが気にかかり、その後もハンナの店に顔を出すようになる。裕福な地域に夫ジェームズエディマーサンと暮らしているハンナにも実は他人には言えない秘密があり、その現実から逃げるようにジョセフと親しくなっていく。

このハンナの秘密というのが、夫ジェームズにDVを受けていることなんだけど、そのDVのシーンもとても痛々しいし、ジョセフが近所のガラの悪い男たちとモメている姿もとても痛々しい。こういう映画だろうと想像していたのでまぁ良かったけれど、日本語題が「思秋期」という情緒のある雰囲気なので、もっとハートウォーミングな物語を想像して見に行った方にはもうご愁傷様ですと言うしかない。

ハンナがDVに遭っているというのは観客には早々に分かるんだけど、ジョセフに分かってからもすぐに何かが起こるわけではなく、クライマックスですごく暴力的なことが待っているのだろうとドキドキしながら待っていたら、なんとハンナ自身が夫を殺してしまってた。あ、これが本当の「秘密」だったのか。ジョセフもびっくりしていたけど、ワタクシもすごくびっくりした。まぁ、あの夫はハンナが殺さなければジョセフが殺していただろうし、殺されてもワタクシは特に同情はしないのだけど、それがきっかけでジョセフも近所の子どもを噛んだ犬にキレちゃって犬を撲殺しちゃうんだよね・・・犬が凶暴になったのはバカな近所の飼い主の男のせいだって、ジョセフ自身も言っていたのに、どうして犬を殺しちゃったんだろう?それならいっそ飼い主のほうに殴りかかって行ったほうが良かったんじゃないの?と思った。

結局ねー、まぁこういう地域に生まれ育って、ロクでもない男に育つのが決定づけられたような運命のジョセフにどれだけ感情移入したり、同情したりできるかというのがこの映画の評価の分かれるところかなぁ。こういう男の悲哀みたいなものは分かる気はするんだけど、やっぱちょっと暴力的過ぎるというか、実際にこんなヤツがいたら絶対に自分の人生に入り込んで来てほしくないと思うタイプのヤツだもんなぁ。亡くなった奥さんに対してもね、多分生きてたときは大事にしてなかったんだろうなぁというのが分かりましたしね。こんな男と結婚しちゃったんだから仕方ない部分もあると思うけど。これもハンナに出会ってやっと大切さに気付いたということなのかな。いまではお墓詣りにもまめに行っているということだったし。

ハンナにしても我慢を重ねたあげく夫を殺してしまったけど、そういう勇気を持ったのは(人を殺したことを勇気と呼ぶのは語弊があると思うけど、夫に立ち向かったという意味で)ジョセフに出会ったからだったのかもしれない。寂しい大人二人の再生の物語といったところかな。二人とも特に目覚ましい進歩を遂げるわけではないけど、これからは心静かに生きていってほしいなと思いました。

コメント

幕末太陽傳

2012-11-06 | シネマ は行

日活創立100周年記念特別上映作品としてデジタルリマスター版が去年劇場公開されていたときに興味があったんだけど、ぶっちゃけ見に行くほどではないなと思って見送った作品をケーブルテレビで放映していたので見ました。

いやー、これ見に行っていてもそれだけの価値があった作品でした。明治維新まであと6年という幕末の混沌とした時代を舞台に古典落語の「居残り佐平次」をベースに作られた作品です。

北の吉原、南の品川と呼ばれたほどの品川の遊郭に佐平次フランキー堺が仲間を連れてやって来て、飲めや歌えの大騒ぎ。勘定の心配をする仲間に俺に任せとけと言い、仲間を帰し自分だけが遊郭に居残る佐平次。何度も勘定の催促に来られ、最初はごまかしていたが、終いに開き直って金はないと言う。口八丁手八丁でいつの間にか遊郭に居残ってしまった佐平次。自分から番頭のような仕事をし始める。そんな佐平次が遊郭にはつきもののトラブルなどを上手にまとめあげて解決してしまうもんだから、番頭たちは面白くないが、この遊郭で一、二を争う遊女こはる南田洋子とおそめ左幸子はすっかり佐平次にお熱を上げる。

この遊郭には尊皇攘夷の志・高杉晋作石原裕次郎、志道聞多二谷英明などが集まって外国人が集まる建物を爆破しようと画策していたり、めっきり人気を失くしたおそめが遊郭に来る貸本屋の金造小沢昭一をたぶらかして心中騒ぎを起こしたり、こはるは複数の客に念書を書いて結婚の約束をしていてそれがバレて騒ぎになったり、楼主金子信夫の女房山岡久乃の連れ子徳三郎梅野泰靖が遊郭に売られたおひさ芦川いずみと駆け落ち騒ぎを起こしたりと次から次へとなにかしらの事件が起こるのだけど、それを一流のユーモアと人情と要領の良さで佐平次がひょひょいのひょいと片づけてしまう。

ワタクシ、昔子供の頃フランキー堺という人がとても好きでした。でも映画やドラマで見たという記憶はほとんどなくて「霊感ヤマカン第六感」という昔懐かしいクイズ番組の司会をしている好きな芸能人のおじさんでした。この映画ではその彼がもうめちゃくちゃカッコいいです。佐平次は別にカッコいい役でもなんでもないし、フランキー堺だって別にカッコいい役者でもなんでもないんですが、この映画を見ていると幕末の大変な時期を飄々と生きている佐平次がすごくカッコよく見えてくるのです。はっきり言って、共演している石原裕次郎や二谷英明なんかよりずっとカッコ良かったです。

上に紹介した他にも岡田真澄とか菅井きんとかあとは名前は知らないけど顔は知っているような役者さんがズラリと登場します。若い人にはもう分からないだろうけど、ワタクシくらいの年代の人だとギリギリ顔だけは分かる人たちがたくさん登場しています。紹介した方たちは大半がお亡くなりになっていますね…

佐平次は肺を病んでいるようで悪い咳をしていますが、こんな病気で死んでたまるかとラストで軽々とした足取りで品川を後にします。佐平次の運命は分かりませんが、彼のことですからあんな病は吹き飛ばしてきっと明治の世まで生き延びて軽妙な人生を送ったんじゃないかなぁと希望的観測まじりに思っています。

コメント

ミレニアム3~眠れる女と狂卓の騎士

2012-11-01 | シネマ ま行

「ミレニアム祭り」最終回です。リスベットの過去がすべて明らかになる「3」です。

「2」と2部作というだけあって、完全に「2」の終わりから始まります。救急ヘリで病院へ運ばれるリスベットノオミラパス。重傷を負い脳から銃弾が取り出されます。しかし、リハビリが必要なものの経過は良好な様子。そして同じ病院には宿敵ザラゲオルギーステイコフも命を取り留めて入院しているではありませんか。あのオヤジ生きとったんか!

政府公安警察内の秘密組織は元ロシアのスパイの亡命を助け、彼を匿ってきたことが公になるのを恐れ、ザラとリスベットを消そうともくろみ、「ミレニアム」の編集室にも脅しをかけていた。ザラは病院に襲撃してきた組織のグルベリハンスアルフレッドソンに殺されましたね。こいつを殺したらええやんと思ってましたが、まさかこんなにすぐに殺されるとは思いませんでした。グルベリはリスベットのことも襲おうとしますが、偶然リスベットのお見舞いに来ていた弁護士でミカエルミカエルニクヴィストの妹のアニカアニカハリンがいて思うように動けないリスベットを助けます。彼女は「1」から登場していたし、弁護士であるという前振りはあったんですが、それがここに来てミカエルの依頼でリスベットの弁護を引き受けるというところにつながってくるんですね。実はこの「3」でもっとも活躍するのは彼女だったのかも。なぜか妊婦という背景がストーリーに関係するのかどうか分からないですが、大きなおなかを抱えてリスベットの危険な弁護をする彼女に妙にハラハラしました。

ミカエルはまたしてもリスベットを助けるべく、リスベットの携帯をリスベットの主治医に頼んでリスベットに渡してもらう。この主治医がすごく良い人でほっとします。リスベットはその携帯端末で自らの過去を暴く自伝を書き、そこからハッキング仲間のプレイグトマスケーラーに連絡を取って応援を頼んでいた。このプレイグも「1」のときから登場しているんですが、ミカエルが登場するまでは多分リスベットの唯一の友人であったと思われる人で、リスベットが自分より上だと認めるほどハッキングの腕がすごい人です。風貌はおデブでオタクっぽいけど、やることは非常にカッコいいです。

「3」でキーパーソンとなるのは、リスベットを12歳のときに精神病院に収容し、そこで彼女を虐待し、嘘の精神鑑定書を書いたテレボリアン医師アンデルスアルボムローセンダールですね。コイツは秘密組織の手先となって、リスベットをまた精神病院に閉じ込めようと画策しています。

「3」では前半はリスベットは病院に閉じ込められていて、後半は父親殺害未遂の犯人として拘置所に閉じ込められています。というわけで今回まったく動きのないリスベット。主役がこんなんでいいのか?とも思ったんですが、裁判に登場してくるときの過激なファッションで度胆を抜いてくれます。ここがリスベットの真骨頂。しかし、拘置所であんな格好リクエストできるのかな?メイクの道具やらヘアスプレーなんかもアニカに頼んだのかなぁ?裁判ではこれまで虐げられてきた自分の歴史をすべて洗いざらい話すリスベットですが、そんな彼女にとってあの姿は“戦闘服”として必要だったのかもしれませんね。

リスベットの話と同時進行するミカエルの話のほうは、こちらは秘密組織に脅されたりしながらも首相じきじきの命令で捜査することになった公安が信頼できる“いいもん”らしく、強力な味方を得て、どんどん秘密組織の内部を調べつくしていきます。その間に、東欧の元スナイパーに命を狙われたりもしますが、公安警察のおかげで事なきを得ます。クライマックスでは組織の人間がばたばたと逮捕されていき、なんか結構簡単に終わったような気がしてしまいました。

ミカエルは体張って命張って頑張っているんですが、どうしてもこちらの興味はリスベットの裁判のほうに行ってしまう。かわいそうなミカエル。テレボリアン医師はリスベットの統合失調症を主張し、父親の暴力や後見人にレイプされたことなどはすべてリスベットの被害妄想だと主張します。それを覆す証拠のレイプDVD。ここで観客は相当スッキリしますね。しかも、プレイグがテレボリアンのPCをハッキングした結果、たくさんのロリータ画像などが出てきて児童ポルノ法違反でテレボリアンは逮捕されてしまいます。あんな違法に得た証拠が逮捕の根拠となっていいのか?スウェーデンの法律はどうなっているの?と不思議に思いはしますが、悪党が逮捕されたからいいとしましょうかね…リスベットが精神病院に入院していたときのカルテにしても病院側は提出を拒否したのにどうやって入手したものか明かされてませんでしたし。んー、これで納得するしかないか。

まぁ腐った組織の自己保身のせいで12歳から辛酸を舐めさせられてきたリスベットですから、当然こちらは彼女にとって良い結果が出てほしいと思っているわけで、多少の突っ込みどころはありながらも彼女にとって良い判決が出たことは喜ばしいことでした。そのために妊娠中だというのに奔走したアニカに一度も「ありがとう」のひとことすら言わなかったリスベットにはおいおい!と思いましたが。

そう言えばコイツはまだ生きてたな、っていうニーダーマンミカエルスプレイツとの対決が最後に待っていますが、またこれでリスベットが正当防衛とは言え人を殺したらまずいんじゃないの?と思ったのですが、ここでは自分では手を下さず頭脳プレーでやっつけてくれました。

最後に影ながらずっと支えてくれたミカエルに再会して「ありがとう。またね」というリスベットに間髪入れず「絶対だぞ」と言うミカエルがちょっと可愛かったですね。ハリウッド版とは違う二人の関係性が垣間見られる瞬間でした。

「1」とは趣が随分変わって、どちらかと言えば裁判ものの要素が強いこの作品。ワタクシは裁判ものが好きなので楽しめましたが、ミステリーの傑作と言われるとちょっと傾向が違うかなといった感じでした。

さて、ハリウッド版は、どんなふうになるのでしょうか?オリジナル版を見てストーリーはもう知ってしまいましたが、それでもやっぱり楽しみです。

オマケ1「1」~「3」全体を通してなんですが、リスベットの背中に入っているドラゴンのタトゥーがいまいちどんなデザインなのかキレイに見えなくて残念でした。「3」で主治医に見せるシーンがありますが、そのシーンでもはっきり映らない。ハリウッド版はきれいに映ってましたね。そういう面でのクールさに関してはハリウッド版に軍配が挙がると思います。

オマケ2ダニエルクレイグに比べて相当ブサイクなスウェーデン版ミカエルですが、ハリウッド版の映像が脳に焼き付いているせいか、時々ダニエルクレイグのように見えることがありました。よく見るとダニエルクレイグより毒蝮三太夫に似ているので、やっぱり幻だったんだとそのたびに思いました。

コメント