シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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glee シーズン2 1~4話

2011-03-31 | 海外ドラマ




gleeのシーズン2が始まったので、少し感想を軽く書いておこうかと思います。

第1話 Audition

この回は夏休みが明けて新学期、新メンバーを募集するグリークラブ。
なんだかレイチェルリアミッチェルのヤな奴度が増しているような気が…フィンコーリーモンテースとくっついたことでますます自惚れ感が増したのか!?
ティナジェナアウシュコウィッツに振られたアーティケヴィンマックヘイル。かわいそう
ビーストコーチドットジョーンズは見た目は怖いけど良い人そうで良かった。

歌ではやはりレイチェルとサンシャインシャリースペンペンコが歌う「Telephone」が良かったな。二人とも超うまい!スー先生ジェーンリンチに"Shut up!"って言われちゃいましたね。


第2話 Britney/Brittany

先シーズンの終わりから超楽しみにしていたブリトニースピアースの回。グリーのブリトニーヘザーモリスのフルネームがついに発表されましたね。ブリトニーS.ピアースって
しかし、やっぱりアメリカのPTAから評判が悪いブリトニースピアースを取り上げるとあって、生徒は賛成だけど先生方は反対という構図を作らないとダメだったんですかね。まさかシュー先生マシューモリソンまで強硬に反対するとはなぁ。マドンナは崇拝していたスー先生もブリトニースピアースは絶対ダメって言ってましたね。マドンナはブリトニーのこと認めてるのにぃ。

楽曲はどれも最高でした。ブリトニーのダンスはダンサーだけあって本家よりうまかった。「TOXIC」はもっとゆっくり見たかったなぁ。


第3話 Grilled Cheesus

この回はフィンのおバカ炸裂で最高でした。「Grilled Cheesus」ってーーー!!!もう「チーザス様」が頭から離れない。これから普通に「Cheesus Christ」って言っちゃいそう。
今回はちょっとタブーちっくな“信仰”にまつわるお話でしたが、カートクリスコルファーが最後に無理やり「僕も神を信じるよ」なんてことにならなくて良かった。こういう違いを認めてこそのgleeだと思います。
スー先生の優しい面が登場するシーンでまたホロリとさせられます。お姉さんロビントロッキとのシーンではいつもホロリとさせられます。

この回の楽曲はかなーり充実。カートの「I Wanna Hold Your Hand」のバラードバージョンは素晴らしかった。「Losing My Religion」と「One of Us」は原曲が好きなのでgleeバージョンでやってくれてすごく嬉しかったです。「One of Us」はフルコーラスで見たかったなぁ。あと、ちょっとしか映らないですがこの曲の衣装のクインダイアナアグロンは殺人的に可愛かった!


第4話 Duets



パックマークサリングはATMを盗んで少年院に入れられちゃいました。(なんの都合?)まぁパックならやりかねんが。
この日のデュエット企画、もうメルセデスアンバーライリーとサンタナナヤリベラの「The Boy Is Mine」が素晴らしかったから、もう一度この二人に歌わせるためだけに企画したんじゃないかと思えるエピソードです。この二人の声って本当によく合っています。レイチェルとフィンの不正がなければ優勝はこの二人だったと思うな。
新メンバーのサムコードオーバーストリートとクインがなにやら良い雰囲気ですな。美男美女カップル誕生ですか。

今回はあんまり知っている曲がなくて寂しかったです。カートの「Le Jazz Hot!」良かったですね。カートはミュージカルナンバーがよく似合う。レイチェルとフィンがわざと負けるために選んだ「With You I'm Born Again」は何がそんなに下品だったのか、誰か分かる方教えてください。衣装と歌詞の内容に関連してなのかな。


ここまででNew Directionsとして歌ったのは1話の「Empire State of Mind」2話の「Toxic」3話の「One of Us」でパフォーマンスが長かったのは最初の1曲だけな気がする。もう少しNew Directions全員のパフォをゆっくり見たいよー。これからに期待してます&次はいよいよ「ロッキーホラーグリーショー」だ! 

 

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つぐない

2011-03-30 | シネマ た行

第二次世界大戦の少し前のイギリス。上流階級の娘のセシーリアキーラナイトレーとそこの家の使用人の息子だが、小さいときから一緒に育ってきたロビージェイムズマカヴォイがお互いに魅かれあっていることをやっと確認した矢先、事件が起こった。セシーリアの家に来ていたいとこが庭で何者かに襲われる。セシーリアの妹で13歳のブライオニーシアーシャローナンはロビーが犯人だと証言。その嘘の証言によってセシーリアとロビーは引き裂かれてしまう。

数年後、第二次世界大戦が勃発し、ロビーは刑務所から兵隊に志願してフランスへ。そのころ、イギリスではセシーリアも成長したブライオニーロモーラガライも看護師として活躍していたが、姉妹の仲は絶縁したままだった。

成長したブライオニーは自分の犯した罪の重さを知るのだが、、、

ブライオニーが小説化志望ということから、音楽に巧みにタイプライターの音が使われている。タイプライターの音というのは非常に特徴があり、聞いていて小気味良い。そして、その音がそのときの登場人物の歩く速さや行動に合わせられていて、そのときどきのシーンの緊張感を高めてくれる。原作がベストセラー小説であることから内容は面白いんだろうなぁと見る前から思ってはいたんだけど、ジョーライト監督の演出力の高さを随所に感じる作品だった。

原作を読んでいないので、原作の構成の通りなのかどうか分からないのですが、一度ブライオニーの視点で描かれたシーンがもう一度セシーリアとロビーの視線で描かれるという手法が何度か使われていて、ひとつの出来事を理解できないでいる13歳の少女ブライオニーと、青年期のセシーリア、ロビーとの違いや、ブライオニーの希望的観測的なシーンと過酷な現実の違いなどを観客を混乱させることなく描いているところが素晴らしい。

まさに題名通り「贖罪(つぐない)」がテーマということだが、ブライオニーの犯した罪は決して許されるものではなく、いくら彼女が大人になったあと小説を書いてセシーリアとロビーを幸せに描いてあげたとしても、現実は辛く悲しいものだったことに変わりはないと思う。ただ、この全部が「物語」として描かれたとき、それは「かくも残酷で美しい物語」に変身を遂げる。これこそが文学の力なるものだと思うのだけど、この非常に文学的な作品が映画の世界でも緻密に昇華されている。

セシーリアに恋心を抱くロビーが書いたセシーリアへの卑猥な文章が誤ってブライオニーに読まれることとなり、その出来事プラス書斎で愛し合うセシーリアとロビーを目撃してしまったことからそれに嫌悪感を感じたブライオニーが、ロビーに無実の罪を着せることになるが、それは13歳という混乱した年齢と、ロビーに感じていたのが嫌悪感だけではなく、恋心も混じった複雑なものであったことから、ブライオニーの行為にも観客は一定の理解を示すことはできるのではないだろうか。もちろん、その罪の大きさからそれを正当化することはできないけれども、ブライオニーを単純な「悪」として見ることができないという部分で、この物語はまた複雑な魅力を増していると感じた。

キーラナイトレーもジェームズマカヴォイもこの時代にとてもフィットしていて、キーラナイトレーには上流階級のコスチュームプレイがとてもよく似合う。彼女の"Come back. Come back to me."という囁きは映画の余韻とともに観客の胸に響き続ける。

13歳のブライオニーを演じたシアーシャローナンはアカデミー賞助演女優賞にノミネートされるなどしたが、もう少し出番が多ければ主演女優でも良いくらいだった。アメリカ人ぽくないヨーロッパ風な雰囲気が似合う女の子でいま17歳だから将来とても楽しみだ。


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しゃべれどもしゃべれども

2011-03-29 | シネマ さ行

ケーブルテレビの放送で見ました。

いまひとつぱっとしない落語家の三つ葉国分太一がひょんなことから落語教室をすることになり、いつもつっけんどんな話し方しかできない十河五月香里奈、大阪から東京に引っ越してきて学校になじめない小学生の優森永悠希、解説がうまくできない元プロ野球選手の湯河原松重豊が生徒として集まる。

大阪で育ったワタクシは江戸の落語の世界にはあまり馴染みがないのですが、こういう芸事の世界のお話というのはわりと好きで、伊東四朗が演じる三つ葉の師匠とか、八千草薫が演じる三つ葉の祖母でお茶の師範が持つ厳しいけど、あたたかい雰囲気というのが結構好きだった。伊東四朗は江戸っ子の落語家という役柄にぴったりだし、八千草薫は冷たく突き放す言い方をしたりしても、どこかに人間のあたたかさが出る人だと思う。

国分太一のセリフ回しは、江戸っ子の落語家の雰囲気を出そうとしているのはすごくよく分かるんだけど、ちょっと乱暴になりすぎるところが不快に感じる部分もあったんだけど、それはそれでこの三つ葉という落語家が感じている自らの落語へのいらいらとかを表現していたのかもしれない。

やっぱり大阪の人間としては、大阪出身で落語なんか習う気がなかった小学生の優が桂枝雀の「まんじゅうこわい」のビデオを見て「これ、なんやーーー???これ、やりたいっ!」と言ったときにはかなり嬉しくなってしまった。しかも、この優を演じた森永悠希くんがうまい!うまい!桂枝雀の落語の完コピや!あのしぐさ、あのしゃべり方。ワタクシなどはテレビで桂枝雀の落語を見ていただけだから、もしかしたら、桂枝雀の熱狂的なファンの方たちからお叱りを受けてしまうかもしれないけど、ワタクシは本当にうまいと思った。つたないところはあっても、彼が桂枝雀をコピーしているのだということがよぅく分かる。当時10歳くらいの彼が本当に芸達者にやってくれる。最初はわざとらしい大阪弁でうっとうしいなと思っていたガキが急に可愛く見えてくる。

また元野球選手で解説が下手な湯河原のエピソードもなかなか面白かった。優が阪神ファンで、湯河原が阪神でプレーしたこともある選手だという設定も、実際の阪神ファンのワタクシにはたまらなかった。彼が本当にあの毒舌で解説をしたら面白いだろうとは思うけど、まぁ副音声止まりかな。

肝心の主役の三つ葉と十河五月のエピソードはワタクシには二の次な感じになってしまったけど、あれも江戸っ子二人の片意地の張り合いと恋心のバランスもなかなか良かったように思う。しゃべり方も生き方も不器用な二人だけど、これからうまくいく予感をはらんでいたラストは良い意味で江戸っ子には不釣り合いな爽やかさだった。

これを見たら桂枝雀の落語をまた見たくなった。ワタクシが子供の頃は大阪で落語の番組を結構やってたんですけど、いまではすっかり見なくなりました。東京ではどうなんだろう?


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ありあまるごちそう

2011-03-28 | シネマ あ行

こちらは「フードインク」のヨーロッパバージョンといったところですが、「フードインク」が大企業バッシングを中心としていたのに対し、こちらは少し控えめでした。切り口は非常によく似ていますが。

先進国では毎日のように残飯が捨てられているのにもかかわらず、世界では飢えに苦しんでいる人が9億人以上いる。世界は120億人を養えるだけの食料を生産し、世界人口70億人として単純計算で50億人分の食料を捨てていることになるが、実際に9億人は飢えている。アフリカや南アメリカで作られた作物がはるばるヨーロッパ、北米、日本などに運ばれ自国の国民は飢えで死んでいくという現状。そんな飢えている人たちがいるというのに、ただ燃料として燃やされるだけのトウモロコシが存在する不思議。

ここでも「フードインク」に登場したラウンドアップ大豆が登場する。大企業が作るラウンドアップ大豆は世界を席巻しているようだ。きっとワタクシたちの口にも入っているんだろうな。

漁師も国がEUに加盟してから漁の仕方ががらりと変わったことをうったえる。自然との共存より利益の追求、コストの削減を目指すとすべてのバランスが崩れてくる。

実は「フードインク」と連続して見ちゃったので、あんまり感想として書くことがないのです(汗)映画のデキとしては「フードインク」のほうが退屈せずに見られる作りになっていますね。効果の使い方などがアメリカ人的で見やすくなっています。こちらのほうが淡々とした感があります。

最後に巨大企業ネスレの社長が出てきて、「水は公共のものだ」って言うのはNGOの極端な言い分、だそうで、「値段をつけて売るほうが良い」らしい。この作品にちゃんと名前も顔も出して登場するっていうだけで、取材拒否する連中よりはまだマシなのかもしれないけど、結局やっぱ企業の利益追求にしか興味がないんだなぁっていう気がしました。オレらが大勢の社員を養ってやってんだよっていうのがアリアリで。もちろん、企業がなければ食べていけなくなる人がたくさんいるし、企業の存在意義というのは非常に重要だと思いますが、何も会社を潰せって言ってるんじゃないわけで。でも利益の配分っていう話をした途端「この共産主義者め!」って言われちゃうんだろうなぁ。「仕事がない奴は働けばいい」なんて言ってましたがね…まさに強者の理論ってやつでした。でもな、やっぱりキットカットおいしいんだよね…

ドキュメンタリー作品なので、海外でもそんなにたくさんの方が見たものだとは思えないのですが、日本では(特にテレビの世界では)かなりタブーなことを取り扱っていると思うので、少し退屈な作りですが興味ある方はどうぞ。(と言っても小さい劇場に足を運べる方だけになるので限られてくるかと思いますが、ケーブルテレビなどで今後放映があるかもしれませんのでそのときはぜひ)


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フードインク

2011-03-25 | シネマ は行

アメリカの食品産業の実態を描くドキュメンタリー。アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた作品。

現代のアメリカで肉や、野菜はどのようにしてスーパーに運ばれ消費者の食卓に並ぶのか。その実態はなぜかベールに包まれたものだった。それを取材していくうちになぜそれがベールに包まれているのかが分かってくる。

60年代にファストフードが登場して以来、食品の製造がたった4、5社の多国籍大企業に牛耳られ、すべては「農業」から「工業」へと変身していった。畜産家たちは巨大なハウスを建て、そこに何十万羽という数の鶏を飼い、人工の肥料で短期間に太らせ歩けなくなった鶏を夜中に回収して屠殺工場へと運ぶ。巨大なハウスを大企業から購入したときに借金をしている彼らは、次々に企業から新しい機械の購入を迫られ、借金から抜け出せない。それでも、それを断ると契約を切られるのでそれを続けざるを得ない。

大豆の農家では、大企業の交配種を買わされ他の種を使用することは許されない。その種を使うことを拒否した農家では、隣の田畑から交配種の大豆から飛んでくる花粉などによって企業の特許を侵害していないことを証明しなければ訴えられてしまう。種を保存していないかどうか大企業の特殊部隊がその農村を見張っているらしい。裁判費用が続かないので示談に応じるしかない。この企業はラウンドアップという農薬を売るためにその農薬に強い大豆を開発し、ラウンドアップを撒いても雑草だけが枯れ大豆は残るという種を売っている。

ほとんどの加工食品に使用されるコーンを生産することを奨励され、そのコーンを牛や豚なども食べる。元来草を食べる牛がコーンを食べると、大腸菌が変異してO-157が発生した。それが原因で2歳のケヴィンくんは亡くなったが、大企業はなかなか食肉を回収しようとはしなかった。国民を守るはずの食品関係の政府機関にも元企業のお偉方が役職についており、法律は企業の味方だ。いまでは風評被害に対する法律まででき、食品を批判することさえできなくなっている。「自由」を声高に叫ぶことが大好きな、他国の「自由」にまで首を突っ込んでくる国のすることか?

そのO-157の問題を解決しようと今度は肉をアンモニアにつけて殺菌してから出荷する業者が登場する。牛に本来の草を食べさせさえすれば80%の菌は死んでしまうというのに。

貧しい人々は1ドルでお腹いっぱいになるハンバーガーが買えるのに、どうして1ドル25セント出して、腹の足しにもならないほうれん草を買わなければならないのか?と考えていたが、そういう食生活のせいで健康を害していることが分かってきた。アメリカの貧困層には糖尿病を患っている人が多い。

それでもワタクシも含めてなのだけど、ファストフードが大好きな人間に責任があるのでは?と思いつつこの作品を見ていた。企業にだけ責任をなすりつけるわけにはいかない。そう思いながら見ていると、最近では有機作物への関心も高まり、ウォルマートでさえ、消費者の希望をくんで有機作物を取り扱うようになってきた、という話が出てきた。やはり、消費者のニーズが企業を変えることができることもあるのだ。

日本人の食生活も昔に比べれば相当乱れてきているんだろうけど、少なくともファストフードが体に良くないことは知っていながら、娯楽のひとつとして食べていると思う。その辺の感覚がアメリカ人とは少し違うかなと感じた。ただやはり貧困層には選択肢がないという現状がある。

この映画の冒頭に「スーパーにはもはやトマトは並んでいない。“概念としてのトマト”が並んでいるだけだ」というナレーションがある。“概念としてのトマト”強烈な印象を持つ言葉だった。そう、確かにワタクシもすでに“概念としてのトマト”しか食べていないのかもしれない。


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平成ジレンマ

2011-03-24 | シネマ は行

戸塚ヨットスクール。ワタクシにとっては子供の時に聞いた恐ろしい話っていうイメージだった。戸塚氏が懲役を終えて、また復活しているという話もどこかで聞いていた。この作品は現在の戸塚ヨットスクールを追うドキュメンタリー。

昔はいわゆる不良と呼ばれる子が多かった戸塚ヨットスクールの生徒も現在は様変わりし、ほとんどがひきこもりやニートということだった。これは時代の変化というものだろう。戸塚氏は以前の事件以来、体罰が悪だということになり、こういう結果になったというようなことを言っていましたが、では以前のような不良の子が減ったのはどうしてでしょうか?

彼は体罰を与えるのは相手のことを思うからであって、体罰を与える側には物を盗るわけでもないし、何の利益もない。と言って、自らの正当性を主張していたが、果たして本当に体罰を与える側には一切利益がないのだろうか?暴力をくわえているとき、ほんの少しでも快感を感じなかったか?暴力をふるう人間はその暴力に恍惚としていくものです。そのような快感をまったく感じずに彼らは体罰をしていたのでしょうか?

「子供の人格を形成するために必要な体罰」と戸塚氏が定義する体罰の中に逮捕前「便器を舐めさせること」や「小便をかけること」が含まれていたのはどうしてでしょう?当然彼に言わせればそれも「人格を形成するために必要な体罰」なのでしょう。

いじめは「いじめられる側の弱点を克服させるためにする行為」だそうで、いまの学校のいじめが悪いのは「いじめ方」が悪いんだそうです。だから、スクール内でのいじめは推奨されていると。相手の人格を否定するようなことを言わなければ殴ろうが蹴ろうがいいそうです。いじめられた側はそれを克服すればいいそうです。映画の中でも14歳の女の子が少し年上の子とのやりとりの中で「うるせーな」と言ってしまったがために「いまなんて言った?もう一回言ってみろ」と殴られるシーンが映っていました。11歳の少年が台所作業でドジったために目が腫れるほど殴られていたシーンも。弱い物が強い者に刃向うと殴られ、それを克服するために強くなる必要があるそうです。戸塚氏は体罰が原因で懲役刑を受けたため、現在スクールでは体罰は行っていないと言うが、生徒同士のいじめによる暴力は推奨しているようだ。

これは東海テレビが取材をしたドキュメンタリー作品を見てのレビューなので、そこに映っていることを基にしか書けないのですが、もう少し、もう一歩踏み込んで知りたいというところでちょんと切られる感じがありました。卒業生の話や在校生の話をもっと聞きたかった。時間の関係などもあったのかもしれませんが。カメラが捉えたところだけで話させてもらうと、生徒が「消灯してよろしいでしょうか」とかって直立不動でコーチに許可を求めたときにコーチはパソコンのスクリーンから目を離すこともなく「ん」と言うだけで、これが規律を大切にしている教育の現場なのか?という疑問もわきました。そして、戸塚氏のことはワタクシは支持しませんが、マスコミの質問のおかしさに戸塚氏が怒るシーンなんかは理解できるところもありました。

戸塚氏が話しているのを聞いていると、良いか悪いかは別として彼に信念があることは分かります。彼が真剣にいまの日本の教育を憂いていることも分かります。聞いていると真実と思えることさえあります。これはある種の宗教っぽいなと。子供をスクールに入れる親は、もうここしか頼るところがなく、ここに入って更生できて感謝している人も大勢いる、と。その一方で脱走する人や死んだ人もいる、と。どこかの新興宗教みたいな感じもします。彼はおそらく非常に頭の良い人なんだと思います。彼の教育者としての姿は決して嘘ではないのだろうとも。ただ、それと表裏一体のコインのように暴力の衝動を抑えることができない人格というものが見え隠れするのです。そして、なまじ頭が良いだけにそこにもっともらしい理論をつけくわえることができる。そんな人のように思えました。

体罰の話ついでに少しこの作品から離れますがひとつ書いておきます。ワタクシは体罰を完全に否定はしませんが、「暴力を振るわれずに育った子は、加減が分からないから度を越した暴力を振るって人を殺すところまでやってしまう」というようなことを言う人がいます。これは一見筋の通った意見かのように思われがちですが、ワタクシはこの意見をまったく支持しません。この意見は「虐待されて育った人が親になって、子供を殴っても殺すまでには至らない」と言っているのと何が違うのかワタクシには分かりません。「ナイフで刺されたことがない子は、刺された痛みが分からないから人を刺す」と言っているとも何が違うのか分かりません。

それから、現代の若者が抱える問題ついでに言うと若者の凶悪犯罪は決して増えていません。若者が何か事件を起こすとワイドショーではこぞって「ゲームのせいだ、インターネットのせいだ、漫画のせいだ、ポルノのせいだ、現代の若者はキレやすい」などと騒ぎ立てますが、マスコミが面白おかしく言っているだけです。一方で新たにひきこもりやニートの人数が増えていることには注目していかないといけないと思います。戸塚氏が「どうしてこういう子(自傷癖があり、スクールで自殺した子)ができたか、根本を辿って考えてくれ」と言っていましたが、それは確かにその通りだと思います。ただ、それが「体罰をやめたから」という戸塚氏の結論にはワタクシは至らないし、ニートの問題としては経済問題も絡んでくるので、教育だけでそれを論じるのは乱暴だと思います。

実際に子供をスクールに入れた親からすれば、このスクールの内容は知っているはずだし、それでも入れたい何かしらの問題がその子にはあって、家族だけではもうどうにもならないところまで来ているんだろうなということは分かりました。そして、スクールにいる子たちもこの生きにくい世の中をなんとか生きていこうともがき苦しんでいるようにも見えました。学校教育というものは子供全員を相手にするわけですから、それがどんなシステムになったとしてもそれに合わない子は出てくると思います。ただ、そういう子たちが行くところが最後には戸塚ヨットスクールしかないという現状が問題なのではないかと感じました。スクールがイヤで逃げ出す子たちも結局社会にも馴染めず、また戻ってきてしまう。彼らにとってはどこにいても息苦しい世界なのかもしれません。

東海テレビは良質なドキュメンタリーをたくさん撮っている放送局だそうです。戸塚ヨットスクールの取材もこれからも続けてほしいなと感じました。この作品中にスクールにいた子供たちの行く末が気にかかります。


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マッチポイント

2011-03-23 | シネマ ま行

舞台はロンドン。元プロテニスプレーヤーのクリスウィルトンジョナサンリースマイヤースはテニスの生徒で大金持ちのトムヒューイットマシューグードと知り合い、その妹クロエエミリーモーティマーと交際するようになるが、トムの婚約者のノラライススカーレットヨハンソンに一目惚れしてしまう。

これは一目惚れっちゅーか、なんちゅーかー、まぁようするに、セクシーなアメリカ人のノラライスに欲情しちゃったわけですな。恋人であるクロエに特に不満があるわけではなく、彼女の実家のお金にも目がくらんでいたクリスは、一度だけ関係を持ってしまったノラのことは忘れてクロエと結婚したと思いきや、クロエの子供作って攻撃に辟易とし、トムと別れたノラと不倫関係に陥ってしまう。

まぁ、そりゃあね…スカヨハだし…しゃーねーわな。そりゃー服も引き裂くわな。妻は優しいけど、決してセクシーとは言えないクロエだし、男としてノラライスに魅かれてしまうのは分かる。分かるけど、そのよろめく男がまたジョナサンリースマイヤースなんだからなぁ。彼だってセクシーが服着て歩いているようなもんなのにねぇ。そんな彼がよろめくんだからもう、こういう役させるにはスカヨハか、ペネロペかってとこですかね。この3年後にはウディアレン監督、「それでも恋するバルセロナ」でスカヨハ&ペネロペの顔合わせを実現させてしまいます。しかもこの二人のレズシーンまで入れて。もうウディアレンは自分の趣味だけで映画作ってるとしか思えないときがあるけど、さすがに最近主演男優を自分以外に譲っているからそれはまだ許せる。

ウディアレンの描く男像ってのは、どうしようもないのが多いんだけど、それでいて実は欲しい女は全部手に入れるっていうある意味では男の超理想形だよなぁ。こんなにどうしようもなくても、これだけ女にモテればいいじゃん的な。(これ、過去の記事でも同じこと書いたかな?)観客に、特に女性に、「男ってこんなもん」って失望させながらも、実はこんなふうに都合よく欲しい女を全員手に入れている男もいないものなのかも。

さて、このノラライスっていう女性、見かけによらず実はメンドクサイ女で。妻のクロエは一向に妊娠しないのに、愛人ノラのほうが妊娠しちゃった。って、いや、これはクリスの自業自得ですが、その途端ノラは赤ちゃんを産むから奥さんと別れてくれと騒ぎだし、「私は嫉妬深い女よ」とか言い出しちゃう。いや、それもこれも全部クリスの自業自得なんですけどね。都合の良い女と思って、欲情だけで続けていたカンケイだったのに突然責任取らなくちゃいけなくなって、、、でも、この金持ち妻との生活ももう手放せなくって、、、ってそこでクリスは考えた。「そう言えば妻の実家に趣味のための猟銃があったな」と。ってオイオイ、なんでそうなる?って思うんだけど、まぁ痴情のもつれっていうのはこんなもんかもしれませんなぁ。

そこはこれでもウディアレン、さすがにただの“痴情のもつれ”だけでは終わらせないちょっとしたテーマとウィットが潜んでいるのです。それがテニスと懸けてあって、だからこそのイギリスなのかな。ワタクシの読みは完全に逆で、あの指輪からすべてが明るみに出るのかと思いきや、あの指輪のおかげですべてがバレずに済んだわけですな。このラストが不愉快という方も結構いるかも。

ワタクシはこの作品を倫理的な面からどうこう言っちゃうのはヤボってもんだと思うけど、さすがに巻き添えになって殺されたばあちゃんは可哀想でしたね。


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ランナウェイズ

2011-03-17 | シネマ ら行

1970年代の女の子バンド、「ザ・ランナウィズ」のことは何も知らなかったんですが、ダコタファニングちゃんがロックな衣装とメイクで登場し、ロックな歌まで歌うというので、ちょっと興味が湧いて見に行くことにしました。

ロックは男がやるもんだっていうのが常識だった70年代に、女の子バンドを作ろうとしたキムフォーリーマイケルシャノンっていう人は音楽界では有名な人みたいですね。映画でもあったように、相当型破りな感じの人。女の子バンドをやるにしても平均年齢16歳っていう子たちを集めたところがまたすごいですね。それが失敗の原因だったのかもしれないですが…

ストーリーがどれくらいの時間の単位で進んでいるのかがよく分からなかったんだけど、資料を見ると結成から「チェリーボム」がヒットしてシェリーカーリー(ダコタちゃん)が脱退するまで、2年足らず?その後はジョーンジェットクリステンスチュワートがボーカルをとっていたみたいですね。

実際のザ・ランナウェイズを知らないので、なんとも言えないのですが、映画で見る限りでは特にボーカルの歌がうまかったわけでもなく、どちらかと言えばジョーンジェットのほうが最初からうまかった気はしましたが。

日本でのツアーが描かれていて、「へー、日本でも有名やったんやー」って思ったけど、これも資料を後から見ると本国アメリカよりも日本で爆発的に人気が出たらしいですね。日本人って普段は結構保守的なところがあるけど、サブカルチャーな面では割と器がデカいところがあるから、こういう女の子バンドの人気が出たのか、それともシェリーカーリーが出したお色気写真集のおかげだったのか?映画の中ではわりと女性ファンが多いように見えたんだけど。

っていうか後からの資料から引っ張り出しているばかりで申し訳ないんだけど、あの写真撮ってたの、篠山紀信だったんだってー。それで「あー、いいよー、いいよー」とか気持ち悪いこと言ってたのか!?なんて…

ビックリついでに言うと、ダコタちゃんのお母さん役をしていたのがあの!テイタムオニールだったっつーからまたビックリ若い人にとってはそれ、誰?だろうけどね…いや、ワタクシも彼女の子役時代をリアルタイムで知っているほどではありませんが、映画オタク歴の中で知った女優さんです。家庭の問題やドラッグの問題はもう大丈夫なんでしょうか。

ワタクシのビックリは置いておいてと。ストーリーはまぁよくあるロックバンドもの。ドラッグ、セックス、ロックンロールって感じでご多分に漏れず、みんなでハイになっているときはいいけど、それ以外ではゴタゴタがいっぱいってな感じで。最初からバラバラだったメンバーだけに、まとまるわけはないわなって感じで。もちろん、ザ・ランナウェイズが解散してからもちゃんと音楽をやってきた人たちはそれぞれが有名になっていたようです。"I Love Rock'n Roll"ってカバーしている人が多いけど原曲は誰の曲?なんて最近ウワサしていたら、この映画でジョーンジェット&ザ・ブラックハーツだったからまたビックリで。ってワタクシのビックリは置いておいたはずなんですが、またビックリを書いてしまいました。

あのロックスタイルはクリステンスチュワートはいつもなんだかダークなイメージだったから、全然違和感はなかった、というかよく似合っていたけど、やっぱりダコタちゃんはあの最後のアルバイトしていたお店で見せていた感じのほうがずっと良いなぁ。頑張ってはいたけどね。70年代当時、実際にシェリーカーリーにキャーキャー言っていた人たちがいま見たらどう思うんでしょうかねぇ?


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ツーリスト

2011-03-10 | シネマ た行

まー、これはアンジェリーナジョリーを見に行くためだけに行ったものですから、そんなに多く語ることはないです。結構人が入っていましたけど、おそらくほとんどがジョニーデップ目当てと思われる女性だったので、彼女たちもジョニデさえ見られればいいやといったところではないでしょうか。この二人のファン以外でなぜだかこの作品をチョイスしちゃった方には「お気の毒さま」としか言いようがない。多分ね、アンジーは家族とイタリアで過ごしたかっただけなのよ。許してあげてね。

アンジー目当てで行ったけど、やっぱ最近アンジー痩せすぎよなぁ。ブラピも「もうちょっと太ったら?」って言ってるみたいなんですが、どうしてなんでしょう?彼女は「痩せていることこそ美しい」なんて愚かなことを考えている女性だとは思えないんですけどねぇ…“ミイラ取りがミイラになっちゃった”パターンの映画だけど、当の本人がミイラみたいだった。もしくは、化粧の濃いシーンでは叶恭子さんかと思ったよ。彼女の場合は唇の整形がアンジーを目指してるようなもんだろうから、ある意味成功?

しかし、この作品を作品賞、主演男優・女優賞にノミネートしたゴールデングローブって勇気あるわ。いくら、ドラマ部門とコメディ・ミュージカル部門に分かれてるからって、ねぇ…?授賞式にジョニデとアンジーに来てもらって華を添えてもらいたいからって、ねぇ…?アカデミー賞ほど権威あるって感じじゃないからいいんだろうけど、それにしてもMTVムービーアワードじゃないねんからさ。

でも、アンジーの他にもワタクシはポールベタニーも割と好きだし、ちらっとしか出てないけどルーファスシーウェルも結構好きだし、上司役のティモシーダルトンなんてちょっと見ない間にすっかり年取ったけど、すごくダンディでカッコ良かったしヨシとしよ。ティモシーダルトンの「007」はワタクシは全然好きじゃなかったけど、ダイアナ妃は「原作にもっとも近いボンド」と言って気に入ってらしたんだってね。(ワタクシは「007」シリーズそのものが好きじゃないので、どうこう言う権利はありませんが)

こういう豪華共演っていうのは割と酷評されやすいものだと思うんですが、この作品に関しては確かに酷評されても仕方ないかもですね。どうせなら、最後にジョニデがイーサンハントよろしくジョニデのマスクを脱いでその下がブラピだったら面白かったのに…ダメ



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アレクサンドリア

2011-03-09 | シネマ あ行

紀元4世紀エジプトのアレクサンドリア。女性哲学者のヒュパティアレイチェルワイズは、教壇に立ちたくさんの弟子たちに慕われていた。文学の都と呼ばれたアレクサンドリアにも急速にキリスト教が力を持ち始め、次第に古代の神々を信仰してきた人々と対立を深めることになる。

古代の神々を侮辱されたとして、アレクサンドリア図書館で教え学ぶ科学者や弟子たちが、手に手に剣を取りキリスト教徒を殺害しに町へ繰り出す。しかし彼らはキリスト教徒の返り討ちに遭い、ローマ皇帝からは図書館を明け渡すよう命令を下され、彼らの叡智の詰まった図書館はキリスト教徒によって破壊される。

この作品は、アレクサンドリアでの歴史とヒュパティアの人生を絡めて、非常に劇的に展開する。ワタクシはレイチェルワイズのファンなので、ひいき目に見てしまうところがありますが、ヒュパティアほどの美貌と知性を持っていた女性であれば、あんなふうに慕う男性の2人や3人いてもおかしくはないと思われ、この歴史を元にしたフィクションには全然無理を感じなかった。レイチェルワイズはこういう知性と美貌にあふれた役が本当によく似合う。

ヒュパティアの弟子であり、彼女への恋心を率直に語っていたオレステスオスカーアイザックは、のちにアレクサンドリアの長官に就任し、政治のためにキリスト教に改宗する。便宜上改宗したオレステスをヒュパティアは決して責めはしなかったが、彼女自身は決して改宗することはなく、そのために虐殺されてしまう。自らの信念を貫き通した彼女を救うことができなかったオレステスの気持ちを考えると非常に辛かったな。彼は政治的権力を握る長官でありながら、教会の権力には勝つことはできなかった。ヒュパティアに対して、改宗の説得をしていたとき、「私たちはすでに負けているのよ」と言われてしまう。その言葉で自らの信念を曲げた時点で負けだったということにオレステスは気付いただろうけど、すでにキリスト教の権力は強大になりすぎていた。

オスカーアイザックは最近見た「ロビンフッド」でイヤな役だったので、またイヤな奴の役かよー、と思っていたら純粋にヒュパティアを慕い、お互いに心の支えとなる存在になっていた。

ヒュパティアの家の奴隷であったダオスマックスミンゲラも奴隷の身でありながら秘かにヒュパティアに恋心を抱いていたが、普段から優しく接してくれていたヒュパティアもキリスト教徒との戦いの混乱の中でやはり自分のことを“奴隷”としか見ていなかったことに気付き、キリスト教に救いを求めて彼女の元を去る。しかし、キリスト教にも本当に救いは見出せず、修道兵士たちが異教徒を次々に殺していく姿に疑問を抱き始めたダオスは、ヒュパティアがキリスト教徒たちに虐殺されると知って、彼女を救いに走る。結局は間に合わなかったが、ヒュパティアが無残な拷問を受けて殺される前に自らの手で彼女を楽にしてあげる。おそらくあの瞬間ヒュパティアはすべてを悟り、ダオスに感謝したことだろうと思われる。ダオスの複雑な愛の感情がほとばしるシーンだった。

このマックスミンゲラという人は映画監督だった故・アンソニーミンゲラの息子さんらしい。写真で見比べると確かに似ているなぁ。お父さんはだいたいがツルツル頭だったから分かりにくいけど。このマックスミンゲラは、見てる間中小嶋よしおに見えて仕方なかったんだよなー。あと、もう一人の弟子を演じたルパートエヴァンスは若いときのブラピに似てたな。彼もヒュパティアやオレステスを救おうとはするけど、キリスト教に改宗させて救うという発想しか持てず、結果的に彼らを裏切ることになってしまうという難しい役を演じていたけど、ブラピに似てるというのが気になって彼の演技に集中できなかった。

ヒュパティアが発見したはずだった宇宙の法則もキリスト教によって葬り去られ、この歴史はこの先も繰り返される。宗教に争いはつきものだが、キリスト教ほどその手を血で汚しながら広がっていった宗教は他にないかもしれない。まぁ、この世に「宗教」という概念が存在しなかったとしても人間というものは、何か争いの種を見つけて争いを繰り返していくものなのかもしれないと、なんだか厭世的な気分になってしまう映画だった。

それでも、アレハンドロアメナーバル監督の丁寧なストーリーテリングや、登場人物の繊細な心の機微を表現する演出は非常にワタクシ好みの作品でした。

オマケ実際にはヒュパティアはカキの貝殻で生きたまま骨から肉を削られて虐殺されたという記述がウィキに載っていた。うえーーーっっっ。辛すぎる。アメナーバル監督はせめてフィクションの中だけでは、彼女を救ってあげたかったのかもしれないな。



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ゼロの焦点

2011-03-08 | シネマ さ行

先日、テレビで放映されていたものを見ました。

推理ものというのはそんなに興味があるジャンルではないので、松本清張の小説も読んだことはありません。超有名だってことは知っているし何度もドラマ化されているのに、これまでちゃんと見たことがないというのも自分でも不思議なんですが。

始まってみると、前半は確かに推理物という感じがありますが、事件の真相が語られる後半はなんだか自動的に真相の説明が始まって、観客は「ハァ、そうでしたか」とぼーっと見ていても分かるような状態です。推理そのものに興味のある方には少し興ざめな展開かもしれませんが、ワタクシはあまり推理そのものには興味がないので大丈夫でした。

見合い結婚から7日後、仕事で金沢に行ったまま夫・鵜原憲一西島秀俊は帰ってこなかった。新婚の妻・禎子広末涼子は夫を探すために金沢に向かう。そこで出会うのが夫を可愛がってくれていたという得意先の会社の社長鹿賀丈史とその妻・佐知子中谷美紀。そして、その会社の受付・田沼久子木村多江だった。

鵜原の失踪の真相を探ろうとする鵜原の兄・宗太郎杉本哲太、鵜原の同僚本多野間口徹が次々に殺され、疑惑は得意先の会社の受付で戦後の混乱期にはパンパンをやっていたという過去を持つ田沼久子に向かうが、、、

時代背景が昭和30年代ということで、建物とか、電車とか女性の服装なんかが再現されているのが結構すごい。あーゆークラシカルな感じが個人的に好きなこともあってすごく良かった。

3人の女優の共演ということだけど、とにかく中谷美紀がすごい!ってか、怖い!顔立ちのせいか彼女はこういう強い役が似合う。でも、ただ気が強いっていうだけじゃない優しさやしなやかさも持ち合わせている感じがあるのが魅力的な人。すべては中谷美紀演じる佐知子の罪は罪なんだけど、どこかで彼女に同情してしまう。“時代に翻弄された”からと言って人を殺していいことにはならないけどね。ただ、せっかく夫が罪をかぶって死んでくれたんだから、どこまでも逃げてほしかった気はする。そりゃ罪人を放っておくわけにはいかないだろうけど、フィクションなんだからそれくらいは許されても良かったのでは?と思ったり。

木村多江が演じた久子に関してはもうなんか同情の気持ちしか湧かない。最後まで男と友達を信じてたのにね。彼女の選択はあの時代の女としては、それはそれで仕方なかったのかもしれないね。

広末涼子は、もうわざと女性に嫌われたいのかと思うような役だったけど、禎子は禎子なりに結構強かったよね。結婚してたった7日だけど、それでも愛していた夫の行方を追って自分で色々と行動を起こすのはなかなかできるもんではない。でも、あの時代の価値観だったからこそ、ろくに知りもしない男のことをあそこまで想えたのかも。おそらく貞操を捧げた相手だったんだろうしね。

しかし、結局何と言ってもこの鵜原って男のヤツが一番悪いでしょ。結局元パンパンの女なんかとは元から所帯を持つ気なんかさらさらなくて、赴任先のオンナとして都合良く思ってたところに、東京で若くて綺麗で貞淑な女と結婚できたとあって、元パンパンの女は捨ててしまおうと思ったわけだからねぇ。。。これも時代と言っちゃ時代なのかもしれないけど、「新しく人生をやり直したい」とかなんとか都合の良い事言っちゃってさー。なんだかなぁと。

原作を知らないので松本清張がこの作品をどんなテイストで書いたかは分かりませんが、一人の男の身勝手に振り回された女たちと殺された人間の数がちょっと多過ぎたね。

中谷美紀と広末涼子が嫌いな方はやめたほうがいいかも~。



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宮尾登美子自伝的四部作

2011-03-07 | 

「櫂」13歳までの幼少期。
「朱夏」満州に渡り引き揚げるまで。
「春燈」13歳から17歳まで。
「仁淀川」満州から引き揚げてから、農家での生活、執筆を始めるまで。

執筆の順番も時系列ではなく、ワタクシが読んだのは「朱夏」「櫂」「春燈」「仁淀川」とこれまたバラバラで、「春燈」と「仁淀川」の間に、「岩伍覚え書」という彼女の父親の日記をまとめたものを読んだので、さらに時間軸がバラバラだった。

宮尾登美子の書く小説は文体が読みやすく、内容も興味深いものが多いので好きだ。

中でもこの自伝的小説はとても興味深い。彼女が芸妓の紹介をやっている家に生まれついたことや、母親とは実の親子ではなかったこと、彼女自身の性格もあり、波乱に満ちた人生を送っている。ワタクシの場合は初めに続いているものと知らず「朱夏」を読んでしまったが、その後の「櫂」「春燈」と彼女の人生の空白を埋めるように読んでいくことができ、もともと執筆が時系列でないことからか、バラバラに読んでもなんの違和感もない続き物になっている。

そして、さらに「櫂」よりも以前の父親の人生の空白を埋めるのが「岩伍覚え書」で、これは父・岩伍が記した日記をまとめたものだから、彼の生い立ちというものではないが、芸妓の紹介業をやっている上で起こる一般人にとっては非日常の世界が繰り広げられ、岩伍の独特の文章もあり、これまた非常に面白い読み物になっている。

母親にあまりに過保護に育てられてきた彼女は、我の強い子に育ち、わがままな部分も多いに持ち合わせてはいるけれども、現代に生きるワタクシたちにとっては当然のような主張もたくさんあり、手に負えない子でありながら共感できる部分もたくさんあった。戦前に生まれた子にしては周囲に流されず、自分の主張をきちんとできる子であった彼女にはやはり並々ならぬ才能があったということなのかもしれない。

宮尾登美子の半生、それとともに生きた両親や周囲の人の人生を4冊に渡り読んできたことで、登場人物に対する愛着も湧き、「仁淀川」で母親が亡くなるシーンでは電車の中で読んでいたにもかかわらず泣いてしまった。

宮尾登美子の著作の中ではこの他に「篤姫」「鬼龍院花子の生涯」「一弦の琴」など素晴らしい作品が多いが、著作が非常に多い方なので、まだまだ読んでいない作品がたくさんあるのでいろいろと読んでいきたい。


人気ブログランキングへ今日は「映画」じゃないけどいいのかな。。。



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ナルニア国物語~第3章アスラン王と魔法の島

2011-03-03 | シネマ な行

テレビで放映していた「第1章」「第2章」を復習してから見に行きました。3D嫌いのワタクシは2Dで。なので吹替版しかなかったのですが、テレビで見ていても吹替版にあまり違和感がなかったので2Dを取りました。

前回の旅で最後だと告げられた長男ピーターウィリアムモーズリーと長女スーザンアナポップルシェルは両親とアメリカに滞在中。次男エドマンドスキャンダーケインズと次女ルーシージョージーヘンリークソ大変生意気ないとこユースチスウィルポールターの家に預けられていた。なんで、こういうことになっているのか事情はよう分かりまへん。原作には説明があるのでしょうなぁ。ま、それは置いといて、やっぱりエドマンドたちはナルニアに帰りたくてしょうがないんですね。そりゃ、そうよねー。あっちに行けば王様で女王様なのに、こっちではただの冴えない高校生(、、、くらい?)なんだもんねぇ。

そんなとき、エドマンドとルーシーといとこのユースチスは部屋に飾ってあった海の絵から水があふれ出し、3人はナルニアへ行くことに。海に放り出された3人を助けたのはカスピアン王子ベンバーンズ率いる朝びらき丸のクルーたちだった。そのクルーの中にはあの勇敢なネズミの騎士リーピチープも。現実的ないとこのユースチスは喋るネズミやウシを見て気絶してしまう。そりゃそうだ。現実的な人間じゃなくてもあんなクリーチャーを見りゃ気だって失うよ。でも、ユースチスがイヤな奴なのでこの時点では同情するというより「ざまぁみろ」って感じ。子供相手にワタクシも大人げないですな。

ここでのエドマンド、ルーシーとカスピアンやリーピチープとの再会がまず感動的です。前回の第1章から第2章へは1300年ものときが経っていたから、せっかくナルニアに戻っても知っているのはアスランリーアムニースンだけで、タムナスさんとかいなくてがっかりだったんですが、今回はナルニアでもそう時間が経っていないようだったので、お馴染みの顔ぶれにまた再会できて嬉しかったな。この再会のときにカスピアンがエドマンドに懐中電灯を返してくれるんですが、ほんとテレビで見直しておいて良かった。そうじゃなかったら絶対忘れてたね。

カスピアンはかつてミラース王に追放された7人の貴族を探すため東の海へと航海に出たところだった。エドマンドとルーシーがナルニアに呼ばれたということはその旅を助けるという役目があるからなのか。

朝びらき丸が到着した島で魔法使いのコリアキンビリーブラウンに7人の貴族が持つ剣を手に入れてアスランのテーブルに置くとくらやみ島の悪の力が滅びるという話を聞き、いけにえとして連れ去られた人々を助けるために彼らは出発する。ここで、出会う「能無しあんよ」っていうクリーチャーがちょっと気持ち悪いけどなんか可愛かった。

お話は7本の剣はいとも簡単に次々と見つかってビックリなんだけど、そのへんはしょらないと時間が足りないって感じだったのかな?上映時間112分にまとめてくれていますから、それは仕方ないとしましょう。

今回の旅では、それぞれのキャラクターの内面の欲望というものがクローズアップされ、それぞれが自己の内面を見つめる旅にもなります。ここが前2作とは大きく違い、ルーシーたちが大人への階段を上る姿を見ることができます。ルーシーのダークサイドは「憧れの女性になりたい」ということで美しい姉のスーザンになりたいという欲望と戦うことになります。スーザンが美しいかどうかはちょっと…???ですが、(あ、スーザンのことは好きですがね)それはいいとして、そのときにアスランが夢の中に現れて「自分の価値を知りなさい」と助言してくれます。

そして、エドモンドのダークサイドはやはり白の魔女ティルダウィンストン。死んだはずの白の魔女の誘惑に勝つことができるのか?最後のところはちょっと「ん?これって自分で打ち勝ったのか?」とちょっと謎でしたが…エドマンドは常に2番手でフラストレーションが溜まるのはしょうがないかも。彼も自分の価値を知る必要があるのでしょうね。

いとこのユースチスは本当にイヤな奴で、魔法の力でドラゴンに変身させられたときも「ざまぁみろ」状態だったんですが、ここで初めて彼は仲間と助け合うことの大切さや、信じることの大切さを知るんですね。ドラゴンになったあとのユースチスはとてもチャーミングでした。彼は大人になってもうナルニアには来られないエドマンドとルーシーに変わって次回の主役を務めるようです。ユースチスを演じたウィルポールターはなんかこんなおばちゃんおるなぁみたいな顔立ちでどうも好きにはなれなかったんですが、最後はだんだんイイ感じになってきました。

どうせ最後にはアスランが出てきて助けてくれんねんやろうと思いながら見ていたんですが、まぁ今回も、、、ま、今回はちょっと手助けしてくれたってとこでしょうかね。やっぱり最後は泣けちゃうんですよねー。これでナルニアとお別れしないといけないエドマンドとルーシー。アスランともお別れ。いくら見守っているよって言われてもやっぱり寂しいよね。

この不況でこれだけの大作の続編を作り続けるのは難しいんでしょうけど、ぜひまた近いうちに第4章作ってほしいな。第2章でもう製作から降りちゃったディズニーに代わって20世紀フォックスが今回の第3章を引き受けてくれたみたいだけど、どうもアメリカでの興行収入が良くないみたいなんですよねー。大蛇との対決シーンなんてなかなかに迫力ありますよ。アメリカの子供たち、もっと見に行って!

やっぱ原作読もうかなーってこれ、第2章の記事ときも書いてるんですよねー。全部が映画になるまで待つか、でも全部待ってたらあと何年かかるのか…


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英国王のスピーチ

2011-03-02 | シネマ あ行

アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞を受賞した作品。

作品賞はかなり有力と見られていて、ノミネートされている賞の中で最も“アカデミー好み”なんて言われ方をしていたけど、ワタクシはアカデミー好みであろうとなかろうと、世界最大の映画賞の作品賞にふさわしい素晴らしい作品だと思いました。

吃音に悩むヨーク公(のちのジョージ6世)コリンファースの妻エリザベスヘレナボナム=カーターは、何人もの医者の治療を受けてもダメだった夫のため、新聞に公告が出ていたライオネルローグジェフリーラッシュのところへ夫を連れて行く。ライオネルローグはいままでの医者とは違い、独創的な治療をする人物だった。

ライオネルローグは吃音は心因性であるということに早い段階から気づいていて、それを治すためには患者とは対等な立場でなんでも話し合えるようになることが必要だと、王族のヨーク公を家族しか呼ばない「バーティ」と呼び、自分も「ライオネル」と呼んでくれと言う。このことにヨーク公は激しく反発。それもそうだろう。生まれたときから王族で、"Your Highness"と言われて育ってきた人物がいきなり平民(しかも植民地のオーストラリアから来た男)から家族しか呼ばない愛称で呼ばれるなど言語道断というところだったろう。それに、王の息子である彼に個人的な質問をするなど失礼千万、世が世なら打ち首!と言われてもおかしくなかったのかも。

それでも、最初の訪問でのライオネルの手法ですらすらと本を読めたことに気付いたヨーク公は反発を覚えながらも、ライオネルの治療を受けてみることにした。ライオネルは王族が相手だからと言って決して自分のスタイルを変えることなく、自分のルールで治療を進めていく。そこには自分が確立してきた治療法への自信と患者への献身が見られ、王族として生きるヨーク公よりもずっとプライドを持った生き方をしているライオネルの生きざまが見て取れた。

患者が王族という特殊な状況ではあるものの、これは一人の障害を抱えた男性がそれを克服していく姿とそれを支える妻、医者(本物の医者じゃないけど)の物語と捉えることもできる。しかし、それと同時に患者が王族だからこそ起こるユーモラスな場面や、葛藤などを丁寧に描いている。静かに進んでいくお話でありながら、くすくすと笑えるシーンはたくさんあった。夫の患者が王族だと知らないライオネルの妻ジェニファーイーリーが初めてヨーク公夫妻に遭遇するシーンは最高に可笑しかった。

アカデミー賞主演男優賞を受賞したコリンファースが、一人の人間として、王族として苦悩するヨーク公をとても魅力的に演じている。ヨーク公が吃音の原因となったと思われる幼少時代のつらい思い出を語るときの彼には涙させられるし、王族としての重責を感じ誠実に生きようとする姿に共感する。コリンファースが誠実なイメージがある役者さんだけに、この役は本当にピッタリだったと思う。ちょっとどんくさそうなところもとてもよく合っていた。

ヨーク公の妻のエリザベス王妃(イギリスではクイーンマザーと呼ばれているらしい)は、夫を深く愛し、夫の性格を知り尽くしていて、控えめでありながら芯の強い女性で、彼女もまた魅力的な人物であった。彼女が夫にプロポーズされたときに"I thought he stammers so beautifully.と思ったと言うシーンはじーんときました。彼女を演じたヘレナボナム=カーターも助演女優賞にノミネートされていた。それにしても、こんなにまともなヘレナボナム=カーターはどれくらいぶりだろう?と思ってしまいました。

ライオネルローグを演じたジェフリーラッシュも助演男優賞にノミネートされていて、受賞をした「ザ・ファイター」のクリスチャンベールの演技は未見なので、なんとも言えないのだけど、本当に彼の演技は賞に値するものだと感じた。ともすれば滑稽になり過ぎたであろう大胆な治療の手法も、彼の落ち着いた演技によって説得力のあるものになり、ほんの些細な表情の変化ですべての感情を表してしまう技術に舌を巻く。

ラストの9分にも及ぶスピーチ。戦争の暗い影が国を覆う中、王となったジョージ6世(ヨーク公)から国民への重要なメッセージをどもることなく読むことができるか?ただスピーチを読むというシーンにも関わらず、それまでの彼の努力する姿を見てきているだけに手に汗握り、ローグとジョージ6世の絆に涙が自然とあふれる素晴らしいラストシーンだった。

オマケ1離婚歴のある女性と結婚するために王位を退いたヨーク公の兄エドワード8世をガイピアースが演じていてすごくビックリした。彼って実年齢でコリンファースより7歳も年下。なぜ彼にキャスティングされたかは分からないけど、ちょい枯れな感じで兄と言っても違和感はなかったです。

オマケ2治療の最中にヨーク公が卑猥な言葉を連発するシーンがあり、そのせいでアメリカでは「R指定」だそうです。(17歳以下は親の同伴を薦める)なんかねー、、、そういう問題か?という気がしますが。

オマケ3ヨーク公の父ジョージ5世にマイケルガンボン、チャーチル役にティモシースポール、ヘレナボナム=カーターと、ポタリアンのワタクシとしてはついつい「あーハリーポッターのメンバー」という目で見てしまう。コリンファースに「ハリーポッター」での役がなかったことが今更ながら残念です。


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恋とニュースのつくり方

2011-03-01 | シネマ か行

予告編を見たらレイチェルマクアダムスがすごく可愛いし、ストーリーも面白そうだったので見に行きました。

でもさ、邦題は「恋とニュースのつくり方」ってなってるけど「恋」あんまり関係ないよね。確かにヒロインベッキー(レイチェルマクアダムス)と同僚のアダムパトリックウィルソンの恋バナはちょっとあったけど、それは完全にサブ的な感じで題名にわざわざ掲げるほどじゃない。当然ラブロマンスの匂いもさせておいたほうがお客さんが入るってのも分かるんですがね。

視聴率最低の朝の番組のプロデューサーになったベッキーが、お局キャスターコリーンダイアンキートンと気難し屋のキャスターマイクポメロイハリソンフォードをうまく操って、打ち切り寸前の番組の視聴率を上げるというお話。

ハリソンフォード演じるマイクポメロイは今でこそ落ちぶれているけど、過去には報道の第一線にいた人物で朝の軽~いワイドショーなんてバカにしまくっている。そのために周りは大迷惑をこうむるんだけど、スタッフたちは一所懸命番組に取り組むベッキーの味方で、結構一緒にがんばってくれたりする。何度もプロデューサーが交代してきた番組だけに、仕事を一所懸命にやり、スタッフを束ねるベッキーへはみんなが信頼を寄せていた。そんなベッキーの姿にいつしかお局キャスター、コリーンも気難し屋の(ベッキーの彼氏に言わせると世界で3番目にイヤな奴)マイクポメロイも番組を愛するようになっていく。

まぁお話はだいたい想像がつく感じなんですが、笑えるシーンが多くて楽しめたし、やっぱりこういう単純な話をたまには見たいよねって思う。単純なコメディなんだけど、カット割りとか映像とか結構良かったな。ロジャーミッシェル監督の手腕かな?

ダイアンキートンは歳を取ってからのほうが素敵になった女優さんだと思います。今回も最初はちょっとイヤな人なんかな?って思ったけど「お局」という言葉のイメージほど悪い人ではなかった。結構視聴率アップに貢献してくれていたもんね。

ハリソンフォードの出ている映画を最近見ていなかったので、ワタクシ個人的にはお久しぶりのハリソン君(古い!)でした。彼はワタクシが物心ついたときからおじさんだったし、なんか当分見ていなくても「歳取ったなぁ」とかはあんまり思わないな。こういうイヤーな奴も似合いますよね。レイチェルマクアダムスのような小娘を相手にしてもハリソン君ならいやらしさがないからいいな。

レイチェルマクアダムスは「君に読む物語」で好きになってからほとんどの作品を見ています。“小娘”なんて書いちゃったけど、今年もう33歳なんですね。全然見えないけど。彼女に関しては「可愛い」っていう形容詞しか出てこないんですよねー、ワタクシ。「かわいい」でも「カワイイ」でもなくて「可愛い」ね。この漢字がすごくあてはまる気がするんです。って、なんでか説明はできませんが。あんなに仕事しかしない子は実生活だったらイヤだけど、レイチェルマクアダムスだから許しちゃお。

実はこの作品を見る前にこれで「ラブコメの女王」の称号を譲られることになるのか?なんて思っていたけど、まだ1本でというのもありますが、ちょっと演技的にはまだ無理かなー。ワタクシの勝手な「ラブコメの女王」の系譜としてはメグライアン→キャメロンディアス→リースウィザースプーン→レイチェルマクアダムス(予定)なのです。でも、今回のレイチェルマクアダムスの演技を見るとちょっとバタバタしすぎかな。動作とかではなくてセリフを言うときに、もう少し落ち着いて言ってくれたらなと思うシーンがいくつかあって。その辺のさじ加減がやっぱりメグライアンとかリースウィザースプーンは絶妙だなと。それに、最近ではやたらと真面目な作品選びが流行っているというか…それって21世紀的な感じがするなぁ。キャサリンハイグルがコメディを好んで選んでいると思うのですが、彼女の顔と大柄な感じがワタクシ好みではないので、勝手に系譜からは外させてもらってます。キャサリンハリグルには「ラブコメの女王」必須の“ガールネクストドア”的な魅力がないような気がするんです。ごめんね。

というわけで、レイチェルマクアダムスにはこれからもう少し期待して待とうと思います。ま、もし「ラブコメの女王」にならなくても彼女のことは応援しつづけます。



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