シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

クラッシュ

2006-02-28 | シネマ か行
ネタバレあり。

人種差別をテーマにした本当によくできた群像劇。

監督、脚本はポールハギス「ミリオンダラーベイビー」の脚本を手がけた人。それだけでも、この映画がクオリティの高いものであろうことは予想できる。

15人はいるメインのキャスト。その全員が素晴らしい演技を見せる。サンドラブロックブレンダンフレイザーマットディロンも出番の少なさなどまるで気にせず、脚本に惚れこんで出演しているのがよく分かる。演出も全てがとてもリアルで、息の詰まるシーンがとても多い。群像劇でありながら、ひとつひとつがとても丁寧に描かれ、感情移入もスムーズにできる。

マットディロンはこの中でももっとも複雑な役に挑んでいると言えるだろう。根っからの人種差別主義者の白人警官。父親がかかっている病院の事務をしているアフリカ系アメリカ人の女性をなじり、職務質問にかけた黒人夫婦テレンスハワードサンディニュートンを脅し、性的嫌がらせまでする。そんな彼がその黒人夫婦の奥さん(サンディニュートン)のほうが交通事故に遭った現場にたまたま遭遇し、今度は彼女を全力で助けようとする。この一連のシーンをワタクシたちはどのように受け止めればいいのだろうか?彼の中にある差別心。それは根強い。しかし、目の前に死の危険にさらされている黒人の女性がいれば助けずにはいられない。それは彼が警官という職業についていたからだろうか?それだけではないはずだ。それだけではない人間の心が彼を突き動かした。自分の命を危険にさらしてまでも助け出そうとする思い。それが、差別心をも超える人間の良心というものなのか。

そして、この夫(テレンスハワード)のほうは差別に対して現実的に対処することに徹している。しかし、そうしている彼の心は晴れない。この重苦しい気持ちが車強盗をしているクリス“リュダクリス”ブリッジスに言う言葉にとてもよく表れている。「お前はお前自身を恥にさらし、(同じ黒人である)俺をも恥にさらしているんだ」と。この言葉がチンケな強盗の心を入れ替えるきっかけにもなる。これも印象に残るシーン。

5歳になる娘のために安全な界隈へ引越しをした男マイケルペニャ。彼は銃弾の音を恐がる娘に「弾丸からも守ってくれる見えないコート」を娘にプレゼントする。それが、娘を危険にさらすことになるとは思いもせずに。仕事上の逆恨みから、撃たれそうになる父親を救おうと飛び出す娘。このシーンは涙が止まらない。父親の悲痛な叫び。しかし、彼らには天使が微笑んだ。撃とうとした男ショーントーブにも。

これも小さな役だが、マットディロンの相棒を演じるライアンフィリップの役も印象に残る。この作品の唯一の良心的な存在かと思われた彼が思いがけない間違いを犯す。妻もいるはず(銃を構えたとき結婚指輪が見えていた)のこの彼。この物語が終わってからその後の人生が一番気になる人だ。

白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系、アラブ系。人種をひとくくりにする代表的な言葉たちがあるが、それぞれのカテゴリーに入れられる人々の中にも様々な人種やグループが存在する。ヒスパニック系というだけで「メキシコ女」と言われる女性ジェニファーエスポジトは父親はプエルトリコ人で母親はエルサルバドル人だと恋人に抗議し、アラブ人と間違えられて襲撃されるのはペルシャ人の店。アジア系や黒人も差別の被害には遭っているが清廉潔白な者たちばかりではない。

そして、人種差別に関わることだけではなく、夫婦、親子、兄弟、恋人といった関係も同時に描かれていて、それがとてもスムーズで違和感がない。なかでもドンチードルの親子、兄弟関係が切なく胸に残る。「母さんの冷蔵庫に食べ物を足したのは僕だよ。近くで母さんを思いやっているのは僕だよ」それを言えないつらさ。それを言わない愛。

身近な人を思いやりながらもそれぞれの思いがすれ違う。伝わらない思いや伝えることができた思い。やるせなさと切なさと希望とがなんとも言えず入り混じっている。最後にLAに雪が降り、はらはらと落ちては解ける。それが人々の色々な気持ちが入った少しずつの想いを表しているようで、それに包まれるLAの街はとても美しく見えた。

コメント (11)   トラックバック (45)

ウォークザライン~君に続く道

2006-02-27 | シネマ あ行
ネタバレあり。

ワタクシはホアキンフェニックスリースウィザースプーンがとても好きなので、この映画には二人が出ているというだけで大満足だった。この二人、美男美女というカテゴリーからは少し外れるかもしれないけど、二人とも演技がすごくうまい。その上この作品では歌まで歌って、それがビックリするくらいにうまいのだ。

物語はこの二人にひいき目に見れば、あ~紆余曲折いろいろあったけど、結局結ばれて良かったー。結婚したあとは35年も連れ添ったんだもん。やっぱり、運命の二人だったってことよねー。と思えるのだけど、ジョニーキャッシュ(ホアキン)の元奥さんジェニファーグッドウィンや子供たちからすれば、こんな勝手な夫や父親はいないってことになるし、その夫と父親を奪った形になってしまうジューンカーター(リース)を恨んでしまっても仕方ないだろう。そりゃ、元奥さんが可哀相やんと見る人も多いだろうと思う。

これが自分に降りかかったことなら、たまったもんじゃないけど、主役の二人を中心にのみハタから見ている分には、やっぱりくっついて欲しい気持ちで見てしまう。キスシーンもデュエットのシーンもやっと結ばれた朝、ジューンの娘から電話がかかるシーンも切なくてドキドキしてしまう。

お話はジョニーキャッシュの自伝的な物語だし、これが彼の人生だったのだから、それについてどうのこうの言うことはできないけど、ジェームズマンゴールド監督の全体的な演出はとても素晴らしかったと思う。

ジョニーが12歳の時に亡くなってしまうお兄ちゃんや父親ロバートパトリックとの関係なども分かりやすく描かれていたし、12歳の頃などはノーマンロックウェルの絵からそのまま飛び出してきたような少年たちで、大人になってからの50年代の雰囲気もとてもよく出ていたと思う。

「もし、トラックに轢かれてあと一曲しか歌えない。この歌が自分の人生でしたと神に知らせるならどの曲を歌う?」と言って一曲歌わせてくれたレコード会社の人。彼がこのセリフを言ってくれなかったら彼は歌手になれただろうか?

ジョニーが新しく家を買ったけど父親に褒めてもらえず、荒れたジョニーが庭でスタックしたトラクターを無理やり動かそうとしていたとき、ジューンに行ってあげなさいと言う彼女のお母さんのセリフが印象的だった。「行かないわ。もし、行ってしまったら…」と言うジューンに「もう、あなたはすでにそこに行っているのよ」と、始まってしまっているジョニーとの関係を認めるようにそっと促したお母さん。あの時、ジューンが行かずに帰っていたら、二人の人生はどう変わっていただろうか。

冒頭にも書いたけど、ホアキンとリースがとにもかくにも素晴らしい。筋もいいけど、この二人に釘付けになってしまう。ホアキンが首を傾けて歌ったり、リースが舞台の上でわざと強い南部訛りで話したりしているのを見ていると、なにげなく意味もなくやっていることは何ひとつなく、すべての些細な動きも根拠があってしている演技なんだろうと感じ、ジョニーキャッシュや、ジューンカーター本人がどんな人だったのか知らなくても、ホアキンとリースを信じて「こういう感じの人だったんだろう」と思っても大丈夫と思わせてくれる、説得力のある演技を見せてくれる。アカデミー賞主演男優女優賞ダブル受賞もなくはないかも。主演男優は対抗馬が強力だから、ホアキンは駄目でもリースは取るんじゃないかと思う。
コメント (8)   トラックバック (24)

小さな中国のお針子

2006-02-24 | シネマ た行

文革の嵐が吹き荒れる1970年代の中国。ルイチュンコンとマーリィウイエは親友同士でどちらも医者の息子。インテリ層の彼らは「再教育」と称して山奥の村へ送られ、そこで可愛い娘(お針子)ジョウシュンに出会う。彼らは「再教育」されに来ていた別の青年が当時中国では禁止されていた西洋の本を奪い、文盲のお針子に読み聞かせてあげる。

まず、、、ごめんやけど、ルイとマーが区別できるようになるまでに最初の1時間を費やしてしまった…
まま、それはさておき…
「文革」後の「再教育」、、、はぁ、、、「文革」は映画でしか見たことがないけど、なんたるナンセンス、といつも感じますね。これで糾弾された人たちにとってはナンセンスでは済まないけど。そして、「再教育」。ナンセンスの上塗り。

「文革」が正しいと信じてやまない村の人間たちにバイオリンを取られそうになったマーが一曲弾いて聞かせるところが面白い。西洋の曲だなんて言ったらすぐにバイオリンは取り上げられてしまう。そこで、彼らは言う。モーツァルトの「毛沢東を思って」という曲だよ、と。モーツァルトなんて当然知らない村長は知ったかぶりで「彼はいつも毛沢東を思っているよな~」くっくっくっ。作戦、大成功。
街で上映している映画を村を代表して見に行ってそのあと村人全員に聞かせてあげるのも、同じ映画を上映している最中も街に出たいがために違う映画をやっているからと街に出ては、帰ってきてまったくの作り話を村人に聞かせる作戦も大成功。村人たちは大感激。

物語は、当然、お針子とルイとマーの淡~い恋愛関係を中心に語られるのかと思いきや、真のテーマは教育が人間に与える影響ということなんだろう。禁止されている西洋の本を読み聞かされていくうち、自分でも字を習い、その本に感化され始めるお針子。自分たちの目的が彼女を啓蒙することだったにもかかわらず、彼女が感化され自分の道を歩むことになると、目的を達したはずが、ほろ苦い想いが交錯する。

ルイ君もマー君もなかなかの男前だし、少し笑えるシーンなんかもある。青春時代の切ないヒトコマと近代中国の歴史の1ページをうまく重ね合わせて見せる作品である。

コメント   トラックバック (2)

インソムニア

2006-02-23 | シネマ あ行
「インソムニア」不眠症なのだ。白夜なのだ。眠れないのだ。

物語はさすが「メメント」のクリストファーノラン監督だけあって、ただのサイコスリラーで終わってしまう作品ではない。ただし、超一級のデキでもないとワタクシは思う。

これも作品そのものの魅力よりも俳優の魅力を書きたい。アルパチーノ。この作品での彼は眠れない。アラスカの白夜の中、明るい窓にカーテンをしても、もれる光にガムテープを張っても彼はとことん眠れない。

アルパチーノはしわがれている。声もガラガラだ。その彼がこの物語の中では眠れずにさらにしわがれる。眼光鋭く、自信たっぷりの彼が道を踏み外す。アラスカの抜けるような青い空とは対照的に彼の疲れっぷりが鈍く光っている。自分はもう手遅れ。人生をやり直せない。それが十分すぎるほどに分かっている。そんな男を演じるのに十分すぎるほどに彼はしわがれている。

そんな彼と対照的に、未来があり、若さにあふれた女性を演じるのがヒラリースワンク。片田舎の女性警官の雰囲気がとてもよく似合う。

アルパチーノ演じるベテラン警官に憧れている彼女と、実は彼女が憧れているほど立派な警官じゃない彼。しかし、それでも自分を反面教師するように、そして、そのことをこれまでのせめてもの救いとしているかのような彼の安らかな寝顔(厳密には「寝顔」ではないのだが)が最後にとても印象に残る。

超一級のデキではない作品でも超一級の印象を残す。さすが、パチーノなのである。
コメント (4)

21g

2006-02-22 | シネマ な行

死んだ直後の人間の体重は死ぬ直前より21g軽くなっているらしい。つまりはそれが魂の重さだってことらしいんだけど、実際魂に重さなんかあるんかなぁ?あったとして、21gってまたもの凄い軽いねぇ。まぁ、重さが重要じゃないんかもしれんなぁ。

アメリカのポスターのキャッチコピーは
「復讐」の重さは?
「愛」の重さは?
「罪悪感」の重さは?
だった。さて、21gとは何の重さなんだろう。

夫と娘二人を交通事故で亡くした女性ナオミワッツ
その3人をひき逃げした男ベニチオデルトロ
被害者の心臓を移植してもらい延命した男ショーンペン
その妻シャルロットゲンズブール

むむむむむー。すごいメンバー…

この作品、時系列がバラバラです。ですので、少し分かりづらい面がありますが、きちんと見ていれば分かってくるのであわてないでじっくり見てください。見ているときは始め、「なんでわざわざ時系列をバラバラにすんねんやろー…なんか、芸術っぽくしたいだけかぁ?」なぁんてことを少し思いながら見ていたんですが、見ているうちに、そして見終わってから考えると、「いま現在の主人公たち」と「少し前の主人公たち」を交互に振り返りながら見せることで、彼らの運命が大きなうねりのように変わっていく姿をまざまざと見せ付けられているような気がするんです。アレハンドロゴンザレスイリニャリトゥ監督(すごい名前!)の意図がどこにあったのかは知らないけど、一つの出来事が人の運命を変えていく様がそこにあるような気がしました。

心臓移植をしてもらったショーンペンとその妻のシャルロットゲンズブールの夫婦仲が良くないところなんかもミョーにリアルでね。普通、映画の中で片方が重病の夫婦って仲睦まじいもんでしょ?そのへんがそんじょそこらのハリウッド映画ではないんです。

ベニチオデルトロなんて顔も演技も濃い人で、目立たないようにしてても目立ちそうな人なのに、ショーンペンとナオミワッツの間に入っては彼さえもかすんでしまう。ナオミワッツは「マルホランドドライブ」のときに非常に大きな衝撃を受けた女優さんで、それから注目していてこの作品の情報が入ってきたときには、ショーンペンとデルトロと映画に出ても絶対に引けをとらないだろうなぁと思っていたら案の定やってくれた。こわい女優さんだ。いい意味で。

21gは魂の重さ。死んだときに失われる重さ。ということだけど、この作品を見ると愛する人を失うことによって、残された人から奪われる重さのような気がした。それは、とても軽いけれど、確実にそれだけは失われている。そして、それが21gであれば、人はまた生きていくことができる。そんな気がした。

コメント (2)   トラックバック (1)

県庁の星

2006-02-21 | シネマ か行
あ~良かった。主役がクサナギツヨシじゃなくて…
これが見ている最中ふとワタクシの頭をよぎった言葉でした。だって、いかにも彼がやりそうな役ですもん。今回織田裕二が演じた県庁の星くんは。ま、個人的にキムタクに引き続きクサナギくんも好きじゃないし、彼の顔を2時間11分も見たくないもんなー

見る前は、「これって“踊る大捜査線”っぽいんかなー。織田裕二は好きやけど、けっこうこの人の演技も飽きがきだしたなー」なぁんて思っておりました。どちらも外れてた

こちらのほうが“踊る”シリーズよりも真面目な雰囲気。「クスッ」と笑えるシーンはいくつかあるけれど、“踊る”のように畳み掛けるようには笑わせてこない。ま、もともと織田裕二が出ていること以外はまったく関係ないわけですからね、比べるほうがナンセンスなんですが、観客としてはやっぱりついつい比べちゃう。

そして、織田裕二はと言えば、いつ青島くんが出てくるのかドキドキしながら見ていたワタクシを見事に裏切ってくれました。あのヘラヘラ笑いはなく、歯のくいしばりかたもあのヘの字口も見慣れているはずが違う人のものみたい。キャラが全然違うとは言え、うん、ちゃんと意識して演技してた。

ストーリーはちょっとモタつくところもありますが、正統派で堅実な演出といった感じ。まぁ、わざわざ映画にせんでも連ドラでも良かったんじゃ?と思わんこともないけどね。

けど、「行政が民間から学んだ」というより、「行政」から来た人に「民間」のスーパーが助けられてんじゃんか、とイジワルなことも思ったりしますが、そのみんなで助け合った中に県庁さんもなんか学んだってことなんでしょうか。

ベンガルの使いかたが乱暴というか、お粗末でビックリしてしまったけど、あの少ない出番で存在感をきちんと出してくれるということで選ばれたのかもしれない。

オマケ1織田裕二のメガネ姿カッコ良かったっすね。また、メガネ男子が流行りそうです。

オマケ2派手ではないですが、音楽も結構カッコ良かったですね。



コメント (4)   トラックバック (28)

8人の女たち

2006-02-20 | シネマ は行
1、ダニエルダリュー
2、カトリーヌドヌーブ
3、イザベルユペール
4、エマニュエルベアール
5、ファニーアルダン
6、ヴィルジニールドワイヤン
7、リュディヴィーヌサニエ
8、フィルミーヌリシャール

以上、8名のフランス新旧女優大集合。

こんなメンバーが集まるなんてカンヌ映画祭かなんかじゃないの?
フランス映画界に馴染みのない人にとってはなんでもないことかもしれないけど、映画ファンが見たら本当にぶったまげるキャスティング。

正直言ってお話しはたいしたことありません。なんかワケ分からんとこもあります。
しかぁぁぁし!このキャスティングだけでもう結構。オナカいっぱい。大満足。なフランス映画ファンは結構いるんじゃないでしょうか?それにね、顔ぶれがすごいだけじゃなくて、彼女たちのキャラクターがそれぞれ似合い過ぎるほど合っていてびっくりしますよ。

往年のハリウッド映画みたいな雰囲気と舞台の映画化なのかな、みたいな雰囲気を兼ね備えているミュージカルコメディサスペンス。(そんなジャンルあるんか?)ミュージカルとはいえ、みんなの歌がすごくうまいわけでもない。なんかみんなして真面目にふざけてる?って感じでなんかシニカルな感じもする。女優たちもこんなプロジェクトめったにないし、楽しんで参加していたんじゃないかな。
コメント (5)   トラックバック (1)

マグノリア

2006-02-17 | シネマ ま行

この作品、取り上げてなかったんですね。もう取り上げたと思ってました。

これは群像劇を呼ばれる種類の作品なんだけど、こんなにたくさんの人間が登場する映画には辟易する人も多いだろう。映画を見慣れていない人が見ると軽いパニックに陥ってしまうのではないだろうか?

この作品はあまり筋を気にして追っていくタイプのものではない。それよりも全体的にかもし出される雰囲気や、それぞれの登場人物に注目して見るほうがいい。

まず、一番とっつきやすいのはトムクルーズ。なんと、セックスの教祖様。なんじゃそら?やねんけど、「誘ってねじ伏せろ」という本がバカ売れのモテなくて自信のない男たちのカリスマだ。彼がその男たちにセミナーをしているのだが、その内容が傑作。フェミニスト団体から思いっきり抗議されそうな内容のセミナーであるが、モテない男どもは熱狂。トムクルーズもノリノリなのであーる。このときのトムには素直に爆笑してください。嘲笑も入るかと思いますが…どちらにしても笑えます。アメリカにはこんな人、ホンマにいそう。この彼にも暗い過去があり、父親と確執がある。そしてその父親がいままさに死の床についていた。

次はジュリアンムーア。死にかけているトムの父の若い後妻。彼女はお金目当てに結婚し夫を裏切り続けていたが、死の床の夫を見て夫への愛に気付く。彼女は精神的に崩壊寸前だ。いわば、ジュリアンムーアのオハコな役。「めぐりあう時間たち」でも見せたあの張り詰めた緊張感なのだが、この作品の彼女は「めぐりあう~」の時のように上品ではない。"f-ck"という言葉を一つの文章の中に何個も入れて話す。実際何回言ったか数えたくなるくらいだ。

そして、恋する警官ジョンCライリーとコカイン中毒の娘メローラウォルターズ。不器用な彼と心に傷を持つ彼女。あぶなっかしくてハラハラしながら見守ってしまう。

クイズ番組に出演している天才少年ジェレミーブラックマンは父親マイケルボーウェンに食い物にされ、「もっと大切にしてほしい」と願っている。この少年が生番組の最中におしっこをもらしてしまうシーンがあり、あまりにも周りの大人が自分のことしか考えていなくてなんかクラクラしてくる。

すべてが絶望へと向かっているように見えたその時、奇跡が空から降ってくる。空から降ってくるのは天使ではない。ワタクシが宇宙で一番嫌いなあの生き物。それが大量にドカドカ空から降ってくる。(えっ、その生き物は何かって?ワタクシは宇宙一嫌いなのだが、世間では可愛いと捉えられている傾向があって、マスコットも多いあの両生類。あ~名前を書くのもおぞましいので割愛)いや~、この作品のポスターでさ、マグノリアっていう花からちょこっとヤツが顔を出していたからイヤな予感はしてたんやけどさ、それにしてもこんなに大量に降ってくるなんて…失神もの
昔、「Xファイル」で言ってたけどさ、テキサスかどっかでハリケーンに持ち上げられた奴らが大量に遠く離れたボストンに落ちたなんて話。それにしても、あんな大量はないやろ?

ともあれ、その大量に降ってきた奴らのおかげで色んなことが好転に向かうわけだ。ってなんであんなもんが大量に降ってきて好転に向かうのんかはさっぱり分からん。

まーーー、とにかく画面全体がピリピリピリピリしているような映画で、捻じ曲がった親子関係の話が多く、見た後も精神的にどっぷりと疲れますが、最後のメローラウォルターズの笑顔に救いがあると見るのが妥当なんでしょうなぁ。

他にもフィリップシーモアホフマンやら、ウィリアムHメイシーやら、とにかくクセもの俳優と呼ばれる人たちや大御所俳優たちが参加していて、それぞれの登場人物が細い糸でつながっているという群像劇のお手本のような作品です。

コメント   トラックバック (1)

テルミン

2006-02-16 | シネマ た行
この映画の公開に合わせて、日本のテレビ番組でも取り上げられたりしたヘンテコな楽器テルミンを発明したテルミン博士とその周囲の人たちへのインタビューなどで当時を振り返るドキュメンタリーである。

テルミン博士はこの楽器テルミン以外にもいろいろと発明していた博士のようでアメリカとソ連が冷戦真っ只中だったころ、アメリカからソ連へKGBによって強制的に帰国させられ、収容所に送られたり、スターリンのために研究をしたりしたという数奇な人生をたどった人だったようだ。

実際に当時を知る人たちのインタビューはノスタルジックな感じに溢れていて、なんだか素敵だし、テルミンがめちゃくちゃマイナーな楽器だと思っていたら、昔のハリウッドのホラー映画のBGMに使われていたり、ポップスにも使われていたりすることや、いまの電子楽器もテルミンが原点であることなど知らなかった事実が見れて面白かった。

歳をとったテルミン博士とテルミン奏者が何年もの時を経て、再会するところなんかも心がほっとあったかくなる感じがした。

それにしても、見れば見るほどにヘンテコな楽器で演奏するのは実は結構難しいみたいやけど、機会があったら弾いてみたいなぁ。
コメント (4)   トラックバック (1)

二人が喋ってる。

2006-02-15 | シネマ は行
この映画を知っている人はかなり映画オタク、もしくはお笑いオタクであろう。
でもね、なんじゃいそんな映画と思ってはダメよ。驚くなかれ、「黄泉がえり」や「メゾンドヒミコ」の犬童一心監督の作品なのです。

今は解散しているが「トゥナイト」という女性漫才師なるみしずかが出演している。
近畿地方以外の方にはかなり馴染みの薄い漫才師かもしれない。
現在は解散して、しずかはアメリカで生活しているらしい。もう一人は関西地区では結構よく出ている女性芸人なるみだ。

この映画。現在、漫才をしている二人がもめている。なるみが漫才をやめたいと言い始めている。それを懸命に止めるしずか。そのシーンの間にこのコンビを結成した経緯が挿入される。この二人がやたら喧嘩する。現在でも結成の経緯のシーンでもどちらでも。

この作品を見ていて気付いたのだが、この二人が大阪弁で喧嘩をするシーンはワタクシにとって耐え難いものであった。大阪弁が恐いからではない。それは普段ワタクシが話している言葉だからだ。この二人の演技は決してうまくないのに、あまりにもリアル。まるで、目の前で友達同士が喧嘩しているようだ。それが耐え難い。胃がキリキリ痛くなってくる。標準語での喧嘩のシーンはどんなに激しくやりあっていても平気だ。小気味よくさえ感じる。それがワタクシにとって作り物の世界だからだろう。

物語はそんなに特筆すべきものもないけれど、全体的な雰囲気はヨーロッパのインディーズ系のにおいがプンプンしている感じで、日本のヘンテコなインディーズ系とは一線を画している。「おしゃれ」とはほど遠いのだけど、見終わったあとに、「あ~、こういうのん、ナントカ映画祭とかでありそうやなー」っていう印象が残る。
コメント

ミュンヘン

2006-02-14 | シネマ ま行

この作品について多くを語ることはワタクシにはできない。

自分の娘が生まれたことと、暗殺のターゲットを殺せたことを同じときに同じ人から「おめでとう」と言われるなんて…そんな哀しみがこの世にはある。心が痛くなる作品。

スティーブンスピルバーグがこの作品を通して言いたかったこと。それはもちろん、こんな不毛な報復合戦をいつまでも続けても何も解決しない。暴力では何一つ前に進まない。ということなんだろう。

しかし、後半20分くらいの映像。オリンピック会場から空港へ人質を連れて行ったパレスチナテログループ“黒い九月”と銃撃戦になるドイツ軍。ヤケになって人質イスラエル人たちを射殺し、自分たちも銃撃されて死んでいくパレスチナ人。そうやって殺されたイスラエル人たちを思うことで自分の行為をなんとか正当化しようと努めるアフナーエリックバナをシンクロさせて見せるシーンでは、「この戦いは何があっても永遠に終わることなどないのだよ」「それがまぎれもない“事実”なのだよ」と見せ付けられている気がして涙が止まらなかった。

2000年以上もの間、紛争を続けてきたこの2つの民族間で、2000年以上の時を超えて変わったのは、テクノロジーの進化による武器の変化。それだけ。手段が変わり、簡単に大量の人間を殺せるようになったこと以外、両者の殺し合いの歴史は何も変わっていないし、これからも変わることはないんじゃないか?

どこかに希望を見出すことができればと思ってみても、それを見出すことができなかった。本当に心が痛い。これ以上、言葉はない。ただ、純粋に映画芸術としては素晴らしいできの作品である。

オマケやはり、これにもいくつか知っておかないといけない背景がある。
1、パレスチナとイスラエルの紛争
2、ミュンヘンオリンピックでのテロ事件の顛末
3、モサド、CIA、KGBとは?



コメント (18)   トラックバック (72)

ハイクライムズ

2006-02-10 | シネマ は行

こないだTVでやっておりましたね。モ-ガンフリーマンとアシュレージャドって、、、「コレクター」の続編かと思っちゃうよねー。いや、全然関係ないんですよ。こちらはサイコサスペンスではありません。んー、ある意味、サイコサスペンスですけどね。見終わってから振り返って考えると。

こういうストーリーは基本的に結構好きです。軍の陰謀と戦う無力な市民ってやつ。
最後に出された結論によって浮かび上がってくる疑問が全部クリアになったかと言われるとちょっと分からんなぁと思う部分もあるにはあるけれど、序盤から盛り上がっていくストーリーに自然と吸い込まれる。

物語のほとんどをアシュレージャドが引っ張ってるんだけど、その彼女がとっても魅力的。30代中盤から後半にかかる女優さんの中でも彼女はかなり光っていると思う。彼女の魅力を言葉にするのはちょっと難しい。そこはかとない色気、なんだか小粋な感じ、今回のような聡明なエリート女性もキップのいい面倒見のいいお姉さんも演じられる。都会の洗練された感じも下町の度量の広さも同時に持ち合わせているような感じ。とでも言おうか。なんとなく、日本人にもなじみやすそうな感じさえする。

そして、そのサポート役のモーガンフリーマンはこんな役が大得意。後輩が胸を借りる形で演じられる。大きな器でドンと構えていてくれる。そんな存在感と安心感に満ち満ちている。その彼が自堕落な元軍の弁護士。完璧な経歴の持ち主ではない分お茶目さも加わってすごくいい。革ジャンを着てバイクを乗り回し、カバンを斜めがけにしてるモーガンフリーマンなんてなかなか見られないんじゃないかな?

アシュレージャドの妹役のアマンダピートや現役兵で弁護士のアダムスコットがちょっとボケた感じをかもし出していて、張り詰めたストーリーの中にもホッとするような笑いが挟まれています。

こういうサスペンス系にはつきもののツッコミどころはもちろんあるけれど、出演者それぞれに魅力たっぷりでコンパクトにまとまった作品です。

コメント (4)   トラックバック (1)

50回目のファーストキス

2006-02-09 | シネマ か行
きゃわいい。超きゃわいい。そして、ほろりともさせてくれる。そんなライトなラブコメディ。

舞台はハワイ。主人公は事故でそれ以降の記憶が頭に刷り込まれなくなった女性ルーシードリューバリモア。彼女は毎日事故に遭った日と同じ生活を繰り返している。毎晩、眠りにつくともう全てを忘れて同じ日に目覚めるのだ。と、ハワイにやって来るたくさんの観光客を相手にいつも一夜限りの後腐れのない関係を求めてばかりの獣医ヘンリーアダムサンドラー。このプレイボーイがこの記憶障害の女性と出会う。彼女はたとえ、今夜彼と寝ても次の日には忘れちゃう。彼にとってこんな都合のいい女、他にいないじゃーん!と思いきや、この彼、本気で彼女を好きになってしまった。

朝のカフェでいつもと同じように朝食をとるルーシーを彼はいつもナンパする。うまく行く日もある。けど、彼女は次の日には彼のことは覚えていない。だから毎朝ナンパする。デートできる日もある。できない日もある。徐々に成功率が上がる。彼があの手この手で偶然をよそおって彼女に声をかけようとするところがもの凄くキュートだし、いろんな手で笑かしてくれる。

そして、ルーシーの身を案じるお父さんと弟くんショーンアスティンがまたまたキュート。彼らは彼女が同じ日を無事に繰り返せるように毎日事故に遭った日(お父さんの誕生日だった)を演出。毎日、同じ新聞を届けてもらい、毎日彼女がその日に絵を書くための壁を白く塗りなおし、誕生日ケーキを食べ、彼女からのプレゼントのビデオを一緒に見る。それがまた「シックスセンス」だよ!よりにもよって「シックスセンス」!あれを何度も見なければならないほどの拷問ってある?けど、彼女には記憶がない。つまり、いつもクライマックスの意外な展開に毎日ビックリしているのだ。この映画を選んだピーターシーガル監督、あっぱれ。

けど、途中でこんなことを繰り返していては彼女のためにならないと気付くヘンリー。毎朝、ルーシーが目覚めた瞬間に彼女が事故に遭って毎日の記憶が刷り込まれないこと、ヘンリーは彼女の恋人であることなどを撮ったビデオを彼女に見せる。毎朝パニックになる彼女だが、いつもしばらくするとその事実を受け入れるようになる。そんなルーシーも徐々に彼に心を開くが、それゆえに、ある日彼をこんな自分に縛り付けてはおけないと言い出す…

とにかくこの物語、ルーシー(ドリュー)とヘンリー(アダムサンドラー)がキュート。そして、この二人を囲む人々もルーシーのことを親身に心配してくれる人ばかり。毎朝朝食をとるカフェのママと主人、ルーシーの家族、主治医ダンエイクロイド。そして、ヘンリーの友だちロブシュナイダーや、ヘンリーが働く水族館の動物たちまでもがふざけたパートをとぼけた演技でやってくれる。

初めは交際を反対していたお父さんが、毎日熱心にルーシーに声を掛けるヘンリーとヘンリーに会った日は幸せそうに歌を歌うルーシーを見て「この人誰?」と聞くルーシーに「お前の恋人だよ」と言ってくれるシーンはあまりにもさりげなかったけど、思わず拍手したくなった。

全体的にはコミカルに描かれているけれど、ルーシーは毎日ヘンリーに恋に落ちる。毎日、自分の境遇を説明してくれる人。(もちろん、彼女は彼が「毎日」そうしてくれているとは分からないのだけど)毎日、ヘンリーに恋をし、毎日ファーストキスをする。こんなにもロマンティックでかつ切ないことがあるだろうか?彼女は自分を覚えていない。でも毎日好きになってはくれる。彼女が自分を記憶することはない。けど、、、この物語では奇跡が起きる。彼女の記憶の機能は戻らない。でも、彼女の心のどこかに必ず彼がいる。知らず知らずのうちに彼の似顔絵を書ける彼女。クライマックスではライトなラブコメディだったことを忘れて涙が出る。彼女は彼を覚えていない、でも忘れてもいない。それを知ったとき、ヘンリーと同じ気持ちで涙が出る。素敵なお話。

特に大きな作品で大ヒットを飛ばしているわけではないアダムサンドラーだけど、少し小さめのいい作品に出演している。これからもあのタマゴ頭(!この作品を見た人は分かりますね?)で頑張って欲しい。

オマケ動くドリューバリモアを見ているとオセロの白(松嶋尚美)に似てるなぁと思えてくるのですが、どうでしょう?
コメント (9)   トラックバック (8)

エイプリルの七面鳥

2006-02-08 | シネマ あ行
ケイティホームズねぇ…

あの、ケイティホームズでしょ?

まだ、女優としてはこれからって時にトムクルーズ様(皮肉ですよ)と出まくって、すでに「あー、ケイティホームズ?もうええわ」と思われてる(ワタクシが勝手に思ってる)、あの? と、思いつつもこの作品は評判が良かったらしいということで見てみました。


・・・・・・・・・。



ごめん、ケイティ。

あなたは魅力的。あぁ、あなたをトム様のおなごにしとくのは非っ常ーーーーにもったいない。なんであんなんにひっかかってしもうたんやぁぁぁ

と、トム様のファンから非難ごうごう来そうなコメントはこれくらいにして、作品のお話をいたしましょう。

犬猿の仲の母親がガンで余命わずかと知り、感謝祭に家族を自分のアパートに招待するケイティ。そこへ向かう家族の様子と一生懸命七面鳥の用意をするケイティの姿が描かれる。「ドグマ」の方法で撮られたみたいに乾いた感じが全編に流れている。

このお母さんパトリシアクラークソンガン以外にもちょっと頭がイカレてんのか?自分の命が長くないことへの苛立ちっていうのも分かるけどちょっとシニカル過ぎない?お父さんオリバープラットはなんかちょっと若い感じがするけど、それはお母さんが病気でちょっと老けてるっていうのを出したいのかな?長女のアパートに向かう道中、お父さん以外は全然乗り気じゃなくて、ヒド過ぎひんか?と思うような冗談とかもいっぱい言うし、クスッとか受けながらもなんかちょっと吐き気がするような感じもした。

一方、用意をするケイティのほうは、七面鳥を焼くオーブン(今まで使ったこともなかったんやろうなぁ。中に本とかいっぱい入ってた。)が壊れて同じアパートの住人にオーブンを貸してくれないかと頼みに回る。きっと、それまで、アパートの住人なんて気にかけたこともなかったんやろうなー。ニューヨークの片隅にあるボロアパートだもの、近所付き合いなんてないやろうし、住んでるのは変人ばっかりって感じやし。

それでも、色々頼みまわってなんとか人のいい黒人夫婦を見つける。この夫婦がいい味出してるぅ。特にこのおばさん、大好き。初めは「白人の若い娘がなんじゃい」ってな感じだったのが、彼女の人生を聞いて号泣。(しかもショートバージョンで。ケイティいわく、ロングバージョンはひど過ぎて泣けないらしい…)七面鳥どころか他の料理まで手伝ってくれちゃうことに。他にも色々とアパートの住人が出てきて(ほとんどが変人)ケイティはウロウロ。けど、最後も親切な中国人夫婦に救われて良かった良かった。

ケイティの衣装や小物も全体的に彼女のmessyな感じをかもし出していてGOODだし、彼氏も一生懸命でかわゆい。

最後は「えっ?もう終わり?これで?終わり?」って思っちゃうようなラストだけど、家族のために頑張って用意をするケイティと、他人の小さい娘を見て長女が子供だったときのことを一気に思い出した(であろう)母親のあの再会のハグ以外にもう語る必要は何もないとピーターヘッジズ監督は判断したのだろう。全体を通して多くを語らずしてすべてを語ってしまう作りに感心。インディーズ系初心者の方にもオススメ。



コメント (2)   トラックバック (3)

セッション9

2006-02-07 | シネマ さ行
「マシニスト」の監督ブラッドアンダーソンの作品。100年前に建てられた精神病院を解体しにきた5人の男たち。ここでは昔、ロボトミーの手術やショック療法が行われていた。作業を始め、そこに残る過去の狂気の記録に次第に彼らも不思議な感覚にとらわれていく。本当に精神を病んでいるのは誰か?それともみな正常で無事にこの解体を終えられるのか?

まず、設定が廃病院というだけで恐いじゃないか。それって、もう反則よなー。だいたい、ホラー映画は見ないんやけど、これはホラーっていうジャンルではないもんねぇ。ぎりぎりセーフってとこでしょうか。まぁ、「セブン」や「ソウ」がいけるワタクシなら大丈夫でしょう。

けどやっぱ、ロボトミーとか多重人格とか聞くだけでゾクッと怖い感じがしちゃうんですよねー、ワタクシは。多重人格に関しては過去のつらい経験でそうなって、そこから抜け出そうと頑張っていらっしゃる方もいるからこんなこと言っちゃいけないんやけど、やっぱ映画の世界ではイコール犯罪とかサイコに結びついていきますからね。

誰がいったいおかしいのか、見ている自分が勘ぐりすぎておかしくなっているのか、話が進むうちに分かった!と思ったと思ったら、また、あれ、やっぱり違うか?とか思ったりしてなんか心の中は忙しかったなぁ。結局、自分の予想は合っていて「あー、やっぱり」とは思ったのに、それでもそんな途中経過があったから映画自体は楽しめたな。

設定も地味ならキャストも地味ですが、サイコサスペンスがお好きな方にはオススメいたします。

コメント