シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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コンスタンティン

2008-05-29 | シネマ か行

かつて、自殺を試みたために天国に行くことが許されず、自らの持つ特殊能力を利用してエクソシストになり、天国への切符を手に入れようとするジョンコンスタンティンキアヌリーブス。彼によるとこの世は、天使は天国、悪魔は地獄、人間は地上に住み分けることによって、バランスが保たれているという。ところが、最近どうやら地獄から悪魔たちがこちらの世界に入ってこようとしているようだ。一体なにが起きている?

精神病院に入院している双子の妹イザベラが自殺し、その現場に駆けつける双子の姉で刑事のアンジェラレイチェルワイズ。敬虔なクリスチャンであるイザベラが自殺などするわけはないとアンジェラは病院の監視カメラをチェック。イザベラが「コンスタンティン」とささやきながら飛び降りたのを見て、ジョンコンスタンティンというエクソシストに会いに来る。

こういう悪魔が絡むファンタジーホラー系って絶対、一人の特別な人間の血だとか命だとかそういうのが必要なんだよね。今回もその犠牲者がアンジェラってわけだけど、サタンピーターストーメアの息子マモンが父親サタンに代わってこの世を支配しようとしているというプロットは結構斬新だったかも。それに協力してるのが、堕天使ガブリエルティルダスウィントンで、息子に怒ったサタンが結局人間界を救ってくれることになるなんて、なんだか皮肉な展開でしょ。ガブリエルがちょっとした駄々っ子のように描かれ、サタンが妙にチャーミングなオヤジに描かれていたのもワタクシは好きでした。なんと、サタンの利己的な理由でとは言え、コンスタンティンまで命を助けられちゃうんだからね。

コンスタンティンが使う悪魔をやっつける武器とかも結構斬新だし、ミュージッククリップ出身というフランシスローレンス監督が作り上げた映像もなかなかのもの。もともとがコミックだから、そういう映像も作りやすかったのかもしれない。コンスタンティンはずっと黒いスーツのまんまだけど、他の人たちは衣装も結構凝っていて素敵だった。とは言ってもまぁ、所詮、天使だの悪魔だの言ってますからそんなに真剣に見るようなタイプの映画ではないですヨ。ファンタジックホラーが好きな方はどうぞ。

キアヌはあのボソボソしたしゃべり方で、普通の人間よりマトリックスのネオとかこういう役のほうがあってるのかもしれないな。

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ナルニア国物語~第二章カスピアン王子の角笛

2008-05-28 | シネマ な行
うん。これ、第1章よりおもしろかったヨ。

第1章を見る前は、なんか子役たちがブサイクでイヤだなぁなんて思っていたけど、見た後はすっかり愛着が湧いてしまって、「ナルニアの子達ってブサイクよな~」とか人が言うのを聞いては、「確かにそうかもしれんけどさー、でもかわいいやんっ」って思ってました。今回はお兄ちゃんピーター役のウィリアムモーズリーくんとエドマンド役のスキャンダーケインズくんはすごくカッコよくなってたな。スーザンアナポップルウェルとルーシージョージーヘンリーはそんなにきれいになったっていう感じはしなかったけど、大人になったなぁって感じで、なんか親戚の子供が大きくなったのを目を細くして見ているおじさん、おばさんのような気持ちで見てしまいました。

さて、今回のナルニア国は第1章の最後でルーシーたちがこちらの世界に戻ってきてからなんと1300年も経っているんですよね。ルーシーたちが住んでいるイギリスの世界ではたった1年しか経っていないのに。カスピアン王子ベンバーンズが伝説の王たちを呼び戻せると信じられているかつてスーザンのものだった角笛を吹いたことから、ナルニアの世界に呼び戻されるんですね。

とは言え、そこは1300年後のナルニア。自分たちの城は廃墟になり、ナルニア国はテルマール人たちに滅ぼされていた。さて、どうなる?ナルニア。

第1章に比べると随分バトルが多くなっていますね、今回。これは、比較的地味めな原作を映画的におもしろくするために大幅に変更されているということらしいですね。ワタクシは原作を読んでいないので、なんとも言えませんが、映画的には大成功だと思います。戦闘シーンにかなりドキドキしましたもん。かなり音響のいい映画館で見たので、どどどどどぉーーっていう音とともに座っているイスが揺れるような感覚がしてね、「あ~音って振動なんだなぁ」なぁんて変なことを再認識してしまいました。


まぁ、何を言っても結局はアスラン頼みかよ…


みたいなとこはありますけどね。。。哀しいかな、これがファンタジー映画の現実というか。。。それでもワタクシはじゅーーーぶんいっぱい楽しめましたよ。世間ではカスピアン王子のベンバーンズがきゃあきゃあ言われているようですが、ピーターのほうがずっとカッコよかったぞ。今回、失敗ばっかりしてますけどね。でもなんかピーターの焦燥感をひりひり感じたし、自分のせいでナルニアの人たちが苦しむのを見て辛い気持ちになってるんだろうなぁとか、やっぱりナルニアへの愛を感じることができて嬉しかったな。

今回、1300年後のナルニアということでタムナスさんとビーバー夫妻が出てこないのがとても残念でしたが、その分はネズミの騎士が大奮闘してくれます。

原作は全7作ですが、とりあえず次回第3章までは映画化決定しているようですね。今度はカスピアン王になっているとか。でも、第2章の最後で言っていたようにもうピーターとスーザンが出てこないんですよね…悲しいなぁ。やっぱり原作読んでみようかなぁ。
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幸せになるための27のドレス

2008-05-27 | シネマ さ行
こういうタイプのラブコメって本当によくあると思うんですけど、ちょっとここまで根性が悪い姉妹が登場するのもめずらしいな。

物語の運びとしてはね、面白いと思うんですよ。笑えるところもたくさんあるし。特に最初のシークエンスで、ヒロインであるジェーンキャサリンハイグルが2つの結婚式をかけもちして、タクシーの中で衣装を着替えながらニューヨークを行ったり来たりするところなんかはオープニングとしては最高の導入だと思います。

ジェーンがとても友達思いだけど、自分の恋には臆病というよくあるキャラではあるけど、途中までは結構イイ感じでそれが出てたし、応援したくなるタイプのヒロインとして成功だと思っていたんですけど、ジェーンの妹テスマリンアッカーマンがジェーンが長年恋をしているボス、ジョージエドワードバーンズと恋に落ちてしまったところから、なんだかヘンテコな展開になってくる。まず、ジョージを落とそうとしている妹テスのウソつきっぷりが、かなり可愛さに欠ける設定になっていて、あまりにもテスを悪く描きすぎてるがゆえに、その彼女にメロメロになっているジョージがすごくアホな男に見えてくるし、そんなジョージに恋しているジェーンもアホに思えてきてしまう。そして、その妹のウソを暴いたジェーンのやり方があまりに卑劣すぎて、まぁどっちもどっちで同情できないんだけど、それでも、姉妹が次の日にはさっさと和解っていうのにも納得できなくて、無理やり感漂う後半になってしまいました。唯一救いだったのはジェーンの同僚で友人のケイシージュディグリアのアドバイスが常にマトモだったことかな。ジェーンが妹に卑劣なことをしたときも彼女の説教があるから、観客はまだジェーンから心を離さずにいられるという感じでしょうか。

ヒロインの恋のお相手として登場するケビンジェームズマースデンは、特に徐々にジェーンに惹かれていったっていう感じは全然なかったですね。最初の結婚式で見たときに一目惚れしたって感じでしょうか。ケビンはとてもシニカルで結婚式が大好きなジェーンとは正反対でよく言い争いをしますね。これもラブコメの王道。この二人の言い争いにもう少し、ハッとさせられるような真実とかそういうのをもうちょっと入れてくれたらさらに良かったかなぁとは思いますが。

まぁ、一応ラブコメとしては及第点でしょうか。アメリカでの興行成績が「ブリジットジョーンズ」を越えたっていうのには納得いきませんけれども。27着ものゴージャズなドレスを期待して見に行かれる方、27着の“ダサい”ドレスという設定ですので、ドレスには期待しないでください。

エドワードバーンズ、どうしてあんなしょーもない役引き受けちゃったんだろう?本当はハリウッドの知的マイナー分野を支えるタイプの人なのにな。
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ハンティングパーティ

2008-05-23 | シネマ は行

実在のジャーナリストたちの「ひと夏の体験」というアメリカの「エスクァイア」誌に掲載された実体験に基づいた記事を原案に映画化されたこの作品。冒頭に「この映画のもっともバカげていると思える部分こそが真実である」と記される。

なんか、一般的にはあんまりウケは良くないみたいですけどねー、アメリカでも日本でも。でもワタクシは好きだな。

ものすごく重いテーマを持っているはずの作品をとても痛快に仕上げているところが見事。世界中の戦争をリポートするジャーナリストたちは確かに重厚な任務を負ってはいるが、“このスリルがたまらない”という側面も併せ持っている。これを公に言っちゃうと、“不謹慎!”ってことになるんだろうけど、本当んところはそうなんだろうな。哀しいかな人間ってそういう側面も持っているんだろうね。

この作品を重い事実を語りながらも、軽快なタッチで仕上げたのは、“映画”としても成功していると言えるし、それだけではなく、実際にもっと深いところに、いち市民たちがこんなに傷ついている裏で、強大国、国連、NATO、CIAは自分たちの利益を優先する行動ばかり取っているという現実を“もう笑うしかない”というようなメッセージを潜ませているような気がした。

リチャードギアは若いころのセックスシンボルはとうに卒業して、温厚な振り回されタイプ的な役なんかをここんとこ、うまく演じていたけど、こういう軽くて自分勝手で向こう見ずな役っていうのはほとんどしたことなかったような気がするなぁ。彼は歳を取るごとに良くなっている役者さんだと思う。特に演技派とかってタイプじゃないけど、今回の役も意外なキャスティングと思っていたら、これがまた意外にはまっていたし、大切な彼女とお腹の中の赤ちゃんを虐殺されたときの彼の表情などは観客の涙を誘う。

テレンスハワードはワタクシが最近気に入っている役者さん。紳士的な役が多くて、彼も今回の役は意外なキャスティングだったなぁ。特に若いときの長髪なんて、いままで想像もできなかった。彼ってとても瞳がきれいな人だなぁと思います。こういうタイプの役でもどこか知的な雰囲気が漂うというか、心がキレイな人に見えるという魅力を持っていると思います。

物語はボスニア紛争を背景に、登場人物たちのセリフやナレーションで、うまくことの成り行きを語り、リチャードギア扮するサイモンの悲しい運命もコンパクトでありながら、インパクト大で描き、大胆な物語をときに繊細にときにエキサイティングに運ぶという非常に巧妙なできあがりになっている。

エンドロールで、どこからがフィクションでどこまでがノンフィクションだということをこういう映画にはめずらしく明かしてくれるところがまた面白く、それだけまたメッセージ性が高くなっている。(「ダンアンクルーガーが演じた人は本当は男性だ」って、むさくるしいから女性を入れました。みたいな映画人としての自虐ネタかなと)これほどのテーマをメッセージはそのままに映画としての娯楽としても観客を楽しませるものを作ったリチャードシェパード監督は素晴らしいと感じた。

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アイムノットゼア

2008-05-13 | シネマ あ行
ケイトブランシェットが好きで、彼女がアカデミー賞にノミネートされた作品だから、やっぱり劇場で見ておきたくて、見に行きました。

いやー、ごめんなさい。ボブディランのことなんて何にも知らなくて、曲も「風に吹かれて」「ライクアローリングストーン」「天国への扉」くらいしか知らないワタクシがこの映画を見に行ってしまってごめんなさい。これね、見ている最中に思えてきたんですよ。
「ホンマ、ごめん。分からへん」って。

6人が6様のボブディランを演じていて、これがすべてボブディランのあらゆる面を表していて、どれも全然違う顔をしているけど、きっとどれもがボブディランという人だったんだろうなぁという想像はできたけど、やっぱりボブディランに何の思い入れもないワタクシみたいな人にとってはちょっと見続けるのが苦しい作品と言わざるをえないかなぁ。ワタクシみたいな人が見てどうこう言っちゃいけない作品なんだよねー、きっと。映画はエンターテイメントとして、基礎的な知識がない人にも楽しめるように作らなくちゃいけないっていうのは基本にあるとは思うんだけど、ここまで有名な人で、ここまでの映画を作ろうと誰かに思わせるような人についての作品というところまでいくと、もう「知らなくてごめんなさい」と言うしかない気がする。

それでもケイトブランシェットのファンだから、分からないなりにも彼女が登場するエピソードのところは十分に楽しめたし、ボブディランとジョーンバエズの恋愛模様を描いたヒースレッジャーシャルロットゲンズブールのエピソードには心がキュンとなったし、クリスチャンベール(クリスチャンベール、カッコよかったね)のエピソードに思いがけず大好きなジュリアンムーアが登場して嬉しかった。

“マスコミの寵児”としての彼や、“大衆心理”というものに関してはボブディランという枠を超えた普遍的なものがあると思うし、ヒースレッジャーのエピソードを単純に恋愛物語として、楽しむっていう手もあるなとは思います。ただやっぱりそれだけを楽しむにはボブディランの存在が大きすぎるけど。そりゃそうか。そういう映画だし。

なんかね、よく分からないけど、嫌いとは言いたくない映画。不思議な魅力はなぜかある。ケイトへのひいき目か、亡くなってから初めて見たヒース作品への哀悼の気持ちか、やっぱりボブディランの偉大さか。
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最高の人生の見つけ方

2008-05-12 | シネマ さ行
うん、まぁね、そりゃジンとはくるよ。もうすぐ死ぬ人が主人公だし、彼らが最後にしたいことは?っていうテーマってね、よっぽどヘッタクソに作らない限り感動や涙は呼ぶと思う。この作品ももちろん嫌いじゃないけどね。

ジャックニコルソンモーガンフリーマンの共演と聞けば、誰だって「お~渋い二人の共演かー。いいねぇ」って思うだろう。ワタクシもジャックニコルソンは特に大好きだけど、二人とも今回は特に特筆すべきものもないような演技だったな。これをいぶし銀と言えばそうなんだろうけどね。まぁ、今回の作品はストレートな演出だし、観客をビックリさせるような趣向のものではないから、演技もオーソドックスなものになるのは仕方ないだろうけどね。

しかしまぁ、人生の最後にやりたいことって言って、あんなに贅沢できたらすごくラッキーだよなぁ。エドワード(ニコルソン)のほうはね、自分で稼いだ金なんだから、そんなことはないけど、カーター(フリーマン)のほうはたまたま病室が同じで仲良くなったエドワードが超金持ちでそんな彼が、最後の贅沢の費用を全部もってくれるっていうんだから、これ以上ラッキーなことはないよね。

まぁ、結局はなんだかんだ言ったって本当に大切なのは、家族との時間ってことに気づくんだろうけどね。もうちょっと家族との関係に重点を置いてくれても良かったかな。そうじゃないと、なんか「そりゃアンタらにはお金があるからさぁ」感が否めないのよねぇ。余命半年なら、病院で知り合ったばかりの野郎なんかと世界を旅してなんかいないで、家族と時間を過ごしたいと思ってほしいと思っちゃうんだけど、そこは「オトコ」のサガって言いたいのかな?それを理解するのが家族愛とか言われてもなぁ。自分の親なら「好きにすればいいよ」って言えると思うけど、パートナーだったらと思うと、やっぱり奥さんが不憫だった。

やっぱり、名優二人の演技がイイ、イイとメディアでは言われているけど、ワタクシは秘書のトマスショーンヘイズが一番良かったな。冗談とも本気とも取れるエドワードとの少しキツめのやりとりで適度に笑わせてくれて、素敵なフォロー役を演じていた。

あんまりイイ事は書いていないけど、やっぱりほろっとくるシーンは多かったし、「世界で一番の美女とキス」できたエドワードには涙したな。テレビCMで、映像だけだけどネタバレされてるのが残念だなぁ。どうしてあんなの見せちゃうんだろう?全体的に甘~い演出はロブライナー監督らしいってとこでしょうか。
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大いなる陰謀

2008-05-07 | シネマ あ行

未来の大統領候補とされる若手のホープ、アーヴィング上院議員トムクルーズはジャーナリストのジャニーンロスメリルストリープを呼び出しアフガニスタンでの最新の戦略をリークする。その作戦に大学教授マレーロバートレッドフォードの教え子二人デレクルークマイケルペーニャは兵士として参加している。マレーは現在の教え子で優秀なのに最近学業に身が入らない生徒アンドリューガーフィールドを呼び出し、戦場に向かった2人の教え子の話を聞かせる。

未来の大統領候補が情報をリークする代わりに好意的な記事を書くようにジャーナリストに迫る。彼らの息詰まる攻防と言いたいところなんだけど、いまひとつ盛り上がりに欠ける。これは映画的にバツなんだけど、実は実はそれこそが“リアル”なのかもしれない。政治家は決して本当のことは言わない。若手でありながら、百戦錬磨のジャーナリストをも黙らせてしまうほどのごまかし、論点のすり替え、その笑顔の下にどす黒いものが丸見えなのに、なぜかこちらは突っ込めない。

この二人のやりとりはかなり膨大なセリフで構成されているので、それを追うだけに必死になってしまうのが少し残念だ。その中でも印象的だったのは、「このテロとの戦争に勝ちたいか?Yes or No?Yes or No?」とアーヴィングがジャニーンに迫るシーン。こんな質問をされれば、Noと答えられるわけはないのだが、この質問自体が良くない質問なのだと主張することはとても勇気がいることなのだと思う。特にアメリカでは。そして、政治家は自分たちの過ちは認めて間違いから学べばいいと言う。何千人もの自国民を犠牲にしたという“間違い”から“学べばいい”のだと。そして、始めの頃に報復戦争に大賛成したマスコミや国民の責任はどうなる?と問う。
もうひとつ印象的だったのはジャーナリストのジャニーンが「第二次大戦でも5年で終わったわ」と言うセリフ。5年というのは太平洋戦争を指しているのだと思うけど、9.11から今年で7年目。本当に一体何をしているんだろう?

マレー教授が最近怠惰になってきた生徒に戦場に行った2人の話を聞かせ、そこから何かを学んでくれたらと考えるのは分かるのだけど、ここでのやりとりでワタクシは考えさせられたことがあった。教授は戦場に行った2人のことを辛い気持ちで見つめながらも、自分たち国や世界のために何かを成し遂げようとした若者という位置付けをし、彼らは賞賛に値するという感じで話していたし、社会的にもおそらくそういう感じだろう。戦場に行った若者を非難するのはかなり異端的なことだろうと思う。でも、ここでワタクシはふと思った。志願兵たちは英雄なんだろうか?志願兵イコール罪のない若者、でいいのかな?アメリカでは、成績の悪い大学生をリクルートして回ったなんていうゾッとするような話も聞いたが、自分たちから進んで戦争に向かった若者は、無関心な若者よりも感心すべき対象なんだろうか?社会の動きに対して無関心であることはいけないことだとは思うけど、“国を守るため”“世界を変えるため”と銃を取って戦場に行く?それが正しいことなの?そう思わせるように教育されたと言えば、まぁ彼らに罪はないってことにはなると思うけど。彼らを礼賛することには抵抗を感じるな。マレー教授のスタンスが“才能を無駄にした2人”って感じだったら、もうちょっと衝撃的で強い反戦のメッセージになったと思うけど、さすがにそんなこと言うのは社会的には危険かもね。

豪華なメンバーながら、少し残念なデキなのは、言い古されたメッセージって感じがするからかな?

オマケロバートレッドフォードがマイルドなミックジャガーに見えたのはワタクシだけ?

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