シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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アーロと少年

2017-06-14 | シネマ あ行

公開時、字幕版でやっている劇場を見つけられず、泣く泣くあきらめました。今回WOWOWで字幕版を見ました。

もし隕石が地球にぶつからず恐竜たちが絶滅せずにそのまま進化を続け高度な文明を築いていたら。という壮大な「IF」から始まるこの作品。

大型草食恐竜アパトサウルスの家族の末っ子アーロレイモンドオチョアは体が小さく弱虫でいつも兄や姉にバカにされていた。そんなアーロを強く育てようとお父さんジェフリーライトはサイロの穀物を盗む奴を捕まえろと言う。

サイロに忍び込んでいたのは人間の子どもジャックブライトだったが、アーロは怖くて取り逃がしてしまう。父さんは一緒に捕まえに行こうとアーロを連れ出すがその帰りに嵐に遭い、お父さんは濁流に飲み込まれて死んでしまう。

別の日少年を見かけたアーロは追いかけていく途中、川に落ちて流されてしまう。そこで助けてくれたのはあの人間の少年だった。

この人間の少年がまさしく「犬」そのもの。恐竜が人間のように進化を遂げている世界では人間はまだ犬のような存在だということらしい。のちにアーロが「スポット」と名付けるこの少年とアーロの交流がまさに人間と犬のように語られていくのだが、これはなんか人間様を犬のように描きやがってと怒る人も出そうだなぁと思いながら見ていました。「スポット」っていうのもまた超犬っぽい。

ワタクシは別にそんな気持ちはなくただただアーロとスポットが可愛いかった。弱ったアーロを助けようとお肉とか持ってきてあげるスポット。でもアーロは草食恐竜だからお肉食べられないんだよねぇ。最後に木の実を持ってきてくれて2人で食べるんだけど、一度腐った木の実を食べてしまって2人ともゴキゲンにトリップしちゃうシーンはかなり大人向けな笑い。

広大な大地で出会うカウボーイのような肉食恐竜たちの描き方がいかにもアメリカって感じで好きだったな。そのカウボーイ家族がブッチサムエリオット、ラムジーアンナパキン、ナッシュA.J.バックリーってまたいかにもな名前で。ブッチを演じるのがサムエリオットという通を唸らせるキャスティング。

いつスポットが喋るんだろう?と思って見ていたのですが、完全に実際とは違う進化を遂げた世界らしく、スポットは人間の言葉を最後まで話しませんでした。それでも、きちんとアーロとスポットの会話が分かるように描けているところがさすがピクサーだなぁと思います。

そして、一作品ごとに進化していくピクサーの映像の美しさがまたまたすごいです。大自然の情景がまるで「これって実写?」と目をこすりたくなる出来栄えです。

ピクサー作品の中では子供向け感が一番強いかなと思います。笑いあり涙ありでいつもピクサーっぽい作品に仕上がっていてワタクシは大好きです。

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ふたりの死刑囚~再審、いまだ開かれず

2017-06-13 | シネマ は行

ワタクシがよくここで取り上げている東海テレビのドキュメンタリーです。ふたりの死刑囚とは2014年3月27日に釈放された袴田事件の袴田巌さんと2015年10月4日に獄死した名張ぶどう酒事件の奥西勝さんのことです。

釈放後の袴田さんとお姉さんの生活、奥西さんの面会に行く妹さんの生活などが語られますが、正確な時間配分は分かりませんが、袴田さんに重点を置いているような気がしました。

袴田さんは48年に渡る拘置所生活のせいで拘禁反応が出ており、お姉さんと一緒に暮らすマンションの部屋中をただただ歩き回って一日を過ごしていた。歩き回るかお姉さんの用意してくれた食事を取るか疲れて眠るか。初めはマンションの外へ出ることもできず、このドキュメンタリーの取材陣が来ても、それが一体誰なのか分かっていない様子で相手にしようともしなかった。

それが徐々に少しずつお姉さんと一緒に近所に出ることができるようになりドキュメンタリーのスタッフと将棋を差したりするようになる。時折よく分からないことを言いだしたりするが、こちらの質問に普通に答えることも多くなってきた。袴田さんはうちわを片時たりとも離さない。それも拘禁反応のひとつだという。

48年間拘置所に入れられると人はこんなふうになってしまうものなのか。しかもただ閉じ込められているだけではなく、明日の朝には死刑宣告されるかもしれない、今日が最後の一日かもしれないと思いながら日々を過ごしているのだから極限の状態と言っていいだろう。それも自分の犯した罪の罰ならばどこかで観念する部分もあるかもしれないけど、無実の罪で閉じ込められ続けたのだから想像を絶する。

そして、袴田さんのお姉さんは変わらずずっと弟を支援してきて離婚もし、弟が釈放されたときのためにとお金を貯めて彼のためにビルを買っていた。ただ「だって弟だから」としかお姉さんは言わない。姉弟でもここまでできるもんじゃないと思う。

いまでも袴田さんは死刑囚であり、いつ保釈を取り消されまた収監されるか分からない状況なのだ。

昨今の痴漢と言われたらもう絶対に有罪になるから逃げろなどというアドバイスがテレビで面白おかしく取り上げられ、それを真に受けて実際にそういう行動出る人たちが続出するのも、実際に日本の司法がきちんと機能していないからで、痴漢冤罪と袴田さん、奥西さんの事件の重要性をいっしょくたに語るのはダメなのかもしれないけど、根本的な話としては同じことなんだと思う。警察、検察、裁判所の怠慢、腐敗以外の何物でもない。

警察や検察は一度逮捕した人間を有罪にしようと躍起になるが、それが冤罪だった場合真犯人は野放しになっているという事実に関しては何とも思わないのだろうか?袴田事件もぶどう酒事件も事件から50年以上経ちもはや真犯人が判明する確率はゼロだろう。冤罪で逮捕した人に対しても被害者たちに対しても警察や検察は重大な罪を犯している。

こんな司法の国で共謀罪の法案が国会を通過しようとしている。

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光をくれた人

2017-06-05 | シネマ は行

予告編を見て見に行こうと思いました。レイチェルワイズが好きだし、アリシアヴィキャンデルはいま一番注目している女優さんだし、物語も良さそうだったので。

第一次大戦で心に傷を負って帰還したトムシェアボーンマイケルファスベンダーは一人静かに暮らしたくて灯台守の仕事に就く。灯台のある島の近くの街に住むイザベル(ヴィキャンデル)と出会い、恋に落ち結婚し、灯台のある島での2人きりの生活が始まる。イザベルは妊娠するが2人連続で流産してしまう。2人目を流産して深く傷ついたところに島にボートが流れてきて、そこには男の死体と赤ん坊が乗っていた。

トムはもちろん通報しようとするが、イザベルは赤ん坊を離そうとしない。通報すれば里子に出されて不幸になってしまう。このまま私たち2人が黙っていれば誰にも知られることなく自分たちでこの子を育てていける、と。トムは葛藤するが、イザベルの幸せそうな顔を見て通報できずにいた。

流されてきた男の死体を埋め、赤ん坊にルーシーと名付け、本土には本当は流産した赤ん坊が予定よりも早く生まれたことにした。赤ん坊はすくすくと育ち、夫婦は幸せな時を過ごす。本土での洗礼式の日、トムは教会で夫と娘の墓の前で泣く女性ハナ(ワイズ)を目撃し、それがこの赤ん坊とあの死んでいた男の妻だと知ることになる。

トムはどうしても黙っていられず、ハナの家のポストに赤ん坊が生きていて大切に育てられているという手紙を入れてしまう。ハナは警察に捜査を依頼するがいまいち進展しまいまま数年が経つ。

ルーシーはイザベルとトムの夫婦の下で成長し、4歳になる。灯台の周年記念日で本土で式典が行われ、そこでまたハナに再会するトムたち。ハナの焦燥しきった姿を見て、トムはさらにルーシーが流れ着いたときに持っていたガラガラをハナのポストに入れる。それがきっかけで捜査の手がトムたちに伸びてきた。

トムはイザベルをかばいすべては自分がやったことと警察に言い、イザベルはルーシーを取り上げられトムを恨み、トムが流れ着いた男を殺したことにしてしまう。

一方、ルーシー(本当の名前はグレイスだった)を取り戻したハナだったが、ルーシーにとってママはイザベルであり、ハナにはまったく懐かない。ある日、ルーシーはママとパパを探して灯台に戻ろうとし行方不明になる。娘の無事を祈るハナはもし無事に戻ったら娘の望むようにしてあげるから命だけは助けてほしいと神に祈る。

海辺で発見されるルーシー。ハナはトムさえ刑務所に行けばルーシーをイザベルに任せても良いとイザベルに告げる。その言葉を聞いて目を覚ましたイザベルは移送される寸前のトムのもとに行き、トムは本当は男を殺していないし、赤ん坊を黙って自分たちのものしたのも自分のせいだと証言する。

三者三様の辛さが想像できるだけに、すべてが切なかった。戦争で心傷ついたトムはそこから救ってくれたイザベルのためなら死刑になることさえ厭わなかった。2度の流産を経験したイザベルはあの時波に運ばれてきた赤ん坊が神の恵みとしか思えなかった。夫と娘をいっぺんに亡くした(と思っていた)ハナの元に戻ってきた娘は赤の他人をママと呼んでいた。

もちろん、悪いのはイザベルとトムなのだけど、それだけでは済まされない人の気持ちというものがそこにあって、理性でダメだと言うのは簡単だけど、やはり割り切れない人の心が切ない。

死んでしまった夫が、どんなに辛い時も笑顔でいた人で「一度許せばいいだけだから」と他人を恨まずに生きることを信条としていたことを思い出したハナがトムとイザベルを許すのは、ものすごく尊い行いだったと思う。母親として娘を奪った犯人を憎み続けることもできたはずだし、それでも誰にも責められることなどなかっただろうに、それを許すと言ったハナ。それでこそ、ルーシーグレイス(ハナたち家族は娘をこう呼ぶことにした)が最終的にはトムたち夫婦に会いにくることができたのだし、ハナのことも受け入れて暮らすことができたのだろう。

誰の気持ちを考えても涙が止まらない作品でした。

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