マリオンコティアールをちゃんと認識して見たのって「パブリックエネミーズ」だったと思います。「TAXi」シリーズはずっと見てたし「ビッグフィッシュ」も見たけど、全然彼女のことは意識して見てなかったので。「パブリックエネミーズ」を見たときにはすでに「エディットピアフ」でアカデミー賞を受賞した子って分かってた時期だったのかな。「パブリックエネミーズ」は作品自体あまり好きじゃないのもあって、全然魅力的と思わなかったのですが、その後の「NINE」「インセプション」と続いて、さすがアカデミー賞取っただけある女優さんだと感じました。そして、やっとその受賞作品を見ることに。
エディットピアフという人は、ワタクシが生まれるずっと前に亡くなっているからよく知らないけど、なぜか「ピアフ」というのが「スズメ」という意味から取られたということだけは知っていた。あ、あともちろん彼女の歌声と数々の名曲は。彼女の歌声については“知っている”とまでは言えなくても、小耳にはさんだことさえないという人はほぼ皆無と言っても過言ではないのではないでしょうか。
さて、このピアフさん、結構苦労しはったんですねぇ。母親にほぼ捨てられ、父親は仕事の関係で祖母の経営する売春宿においてけぼり。そこでは売春婦たちに優しくされたようですが、失明の危機に陥ったり。父親が迎えに来たら無理やり優しかった売春婦たちとも引き離され、大道芸人である父親と一緒に街に出て歌い。彼女の才能はそこで花開くんですね。
本当の彼女がどんな人だったのか分かりませんが、この作品で見る限り、なんだか自由奔放な人だったようで。自由奔放というのも良い意味なら良いんでしょうけど、彼女の場合、なんかわがままが目立ってましたね。あれだけの才能があったからあのわがままが許されたんだか、あれだけの才能があったから誰にも注意されず、わがままが助長されたのか。それだけじゃなくて、2歳のわが子を病気で亡くしたり、殺人の疑いをかけられたり、交通事故に遭ったり、不倫したり、本当に波乱万丈な人生だったようです。
40いくつのはずの彼女が、どうしてあんな老婆のような歩き方をするのか途中分からなかったんですが、リウマチを患っていたんですね。そのせいでモルヒネ中毒にもなってしまって。なんだか随分かわいそうな人生だったんだなと思いました。その分歌にかける想いというものがすごかったのかもしれません。
映画の作り自体に関しては、時間軸がいじってあって、それがあんまり効果的ではないいじり方のような気がしました。話があっちへ行ったりこっちへ行ったりちょっと分かりにくかった。時間軸がいじられている作品というのはワタクシは結構好きなほうなんですが、この作品に関してはちょっと分かりにくさが目立ってしまいました。なんか腰の据わりが悪いというか、こっちが彼女を理解しようとしているのに、どんどんおいてけぼりをくらう感じがイヤでした。
マルセルセルダンジャン=ピエールマルタンスとの恋愛もなんか唐突に始まって唐突に終わったような感じで。彼女には他にもたくさんロマンスがあったようですね。多分彼女の人生を知っている人にとってはこの作品は彼女の人生のダイジェスト版という感じだったのかも。
やはりでも、この映画が素晴らしいと思えるのはマリオンコティアールの熱演のおかげですね。実際のピアフの映像を見ると、ちょっと本人よりも崩し過ぎじゃないの?と思えるほどの不細工さで。歌は残念ながら、ピアフ本人の吹き替えだったらしいですね。吹き替えでアカデミー賞取っちゃうなんて、やっぱりあの演技の素晴らしさが認められたということですね。