シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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ハドソン川の奇跡

2016-09-28 | シネマ は行

ここで書いたことがあるかもしれませんが、ワタクシそんなにトムハンクスのファンではないので、彼の作品を見に行こうと思う時はストーリーとか何かしら他に理由があるのですが、今回はやはりクリントイーストウッド監督ということで見に行くことにしました。

「ハドソン川の奇跡」というのはこの作品の邦題ですが、この事故が起こった時すでにマスコミが使っていたフレーズそのままですね。「奇跡」「号泣」「レジェンド」といったような言葉をやたらと安売りする日本のテレビ界ですが、この「ハドソン川の奇跡」については本当に「奇跡」と呼べる出来事だったと思います。

作品中で何度かチャズレイサレンバーガー(サリー)機長が言いますが、この事故は208秒間の出来事。この事故が起こった直後にも「これは映画化される」と囁かれましたが、たったそれだけの尺のものをどうやって2時間近くの映画にするの?それはいくらなんでも無理でしょうと思っていたら、なんとこの事故の後にサリー機長が事故調査委員会に不適切な処置を取ったとして調査の対象となったという出来事が描かれている。

もちろんこのような事故が起これば調査の対象となるのは当然かもしれませんが、世間のサリー機長を英雄視する目とは裏腹に事故調査委員会は彼の判断は間違っていたと最初から決めつけてかかっていたようだった。水面への不時着というのは飛行機にとっては自殺行為と言えるものらしく、サリー機長からハドソン川に着水すると第一報を受け取った管制官は、もう全員が死んだものと思いこみ1人部屋に籠って泣いていたほどだった。だから、あの状態でもラガーディア空港に引き返すか、近くのテターボロ空港へ向かうべきだったと言われてしまう。

マンハッタン上空で両方のエンジンが停止してしまい、低空飛行で町中に突っ込んでしまう危険性を回避するために最後の手段としてハドソン川に着水するという判断を後でその場にいなかった連中に、それは間違っていたと言われコンピュータのシミュレーションでラガーディアに引き返せたという結果が出たと言われるサリー機長と副機長のジェフスカイルズアーロンエッカート。それでも彼らは冷静さを失わず自分たちの主張を分かってもらおうとする。

トムハンクスのファンではないと最初に書きましたが、もちろん彼の演技はいつも素晴らしいと思っています。今回も一方では世間にヒーローだヒーローだと祭り上げられ、一方では容疑者扱いされているサリー機長の複雑な心境と、ニューヨークから離れた場所に住む家族にもマスコミが迷惑をかけていることに心を痛めたり、事故後のトラウマ的な恐怖にかられる姿を見事に繊細に演じてみせ、随所にサリー機長のプロフェッショナルとしての毅然としたプライドものぞかせ素晴らしかったと思います。事故直後にはとにかく乗客乗員155人全員が助かったかどうかをまず何よりも優先した姿にも感動したし、自分の仕事にプライドを持ちながらも最後に事故調査委員会をして「あなたがいなければこの奇跡は起こり得なかった」とまで言わしめた後に「私一人の力ではない。副機長を始め全クルー、全乗客、救助に来てくれた船や警察消防、全員の力がなければ成し遂げられなかったことだ」と言うサリー機長の人柄がトムハンクスを通してにじみでていました。

副機長を演じたアーロンエッカートも同じで、サリーよりは熱さを見せながらもサリーを100%信頼して、自分も冷静でいようと努めていることがとても伝わって来てサリーも彼がいてくれてどんなに心強かっただろうと思う。彼の最後のセリフ「今度やるなら7月にやるよ」というのもバッチリ決まっていましたね。自分たちの潔白が証明された後とはいえ、あんな審問会でユーモアのあることを言える人って尊敬します。

アメリカドラマファンとしては「グリー」のマイクオマリーと「ブレイキングバッド」のアンナガンが出演していて嬉しくなりました。

208秒の出来事をどうやって映画作品にまで引き延ばすの?と思ってその後を描くならアリかとも思いましたが、やはりだいたい2時間の尺を越えてくるイーストウッド監督作品には珍しく上映時間たった96分でした。ぶっちゃけ1時間のテレビ番組で再現VTRでできそうな内容と言えばそうだったんだけど、それでも内容は濃かったし、イーストウッド監督の演出はいつもながら緊張感があり素晴らしく満足のいくものでありました。

オマケ1最後に本物の乗員乗客が登場するのですが、乗客が自分の名前の代わりに「6A」だとか「2B」だとか座席番号を言う演出がなんともシャレとんなーと感じました。

オマケ2ラガーディア空港って今まで一度もネイティヴが発音するところを聞いたことがなかったのですが「ラグワーディア」って発音するんだぁと今更ながらに知って映画中気になって仕方なかったです。

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栄光のランナー~1936ベルリン

2016-09-26 | シネマ あ行

正直なところ「コロニア」を見に行くついでに見た作品だったのですが、なかなかに良い作品でした。

1936年ベルリン五輪。ユダヤ人を始めとする人種差別政策を行っているナチスドイツが先導する五輪に参加すべきかどうかアメリカは揺れていた。そんな中黒人の陸上短距離選手のジェシーオーエンスステファンジェームズはラリースナイダーコーチジェイソンサダイキスと二人三脚でトレーニングに励んでいた。

純粋にスポーツものとしても楽しむことができるし、政治的な駆け引きや社会的な問題提起としても見ることのできる作品でした。

ユダヤ人差別を行っているナチスの大会に選手を出すべきでないと主張するアマチュアスポーツ委員会のエミリアマホニーウィリアムハートの言い分も分かるし、それで選手の努力を無駄にしてしまっていいのかと考えるアベリーブランテージ委員長ジェレミーアイアンズの気持ちも分かる。結局、ブランテージはナチスから賄賂的なもの(本業の建築の仕事を請け負った)を受け取って参加を押すんだけど、描き方のせいかもしれないけど彼の人柄的にそんなに悪い人には思えなかったな。

ナチスのユダヤ人政策に反対するアメリカ国内でも黒人差別の嵐は吹き荒れていてオーエンスでも大学では数多くの嫌がらせを受けている。その辺がなんとも皮肉なことだなぁと思わせる。

アメリカの短距離走選手団の中にはユダヤ人が2人いて、彼らはドイツまで行くことはできたのに競技の直前に選手から外すようにドイツ側から要請される。ドイツから賄賂を受け取っていたブランテージ委員長は結局ここで強く出ることはできなかった。アメリカだけがユダヤ人選手を連れてきていたのかどうかはっきりと知らないのですが、国は参加しても個人的にボイコットしたユダヤ人選手はいたようですね。しかし、現地まで行ってオリンピックに出ることができなかった彼らの気持ちを考えるといたたまれません。

オーエンスとコーチのスポーツドラマとしての側面は、オーエンスがアメリカで有名になってちやほやされて地元に残してきた恋人ルースジャニースバンタン(彼女との間に子供もいる)を裏切ってセクシー金持ち美女によろめいてしまったことまで描かれていて、ちょっとびっくりしました。最終的にはルースに戻っていくのだけどね。オーエンスのコーチを演じていたジェイソンサダイキスはコメディアンとしてアメリカで有名な人ですが、日本では一般的にはそんなに有名ではないですね。映画もコメディタッチのものがやはり多かったのですが、今回のようなシリアスものでも存在感があってすごくいい役者さんだなぁと感じました。

ナチスの記録映画「オリンピア」を撮っていたレニリーフェンシュタールカリスファンハウテンがゲッペルス宣伝相バーナビーメッチュラートの命令に背いてオーエンスの記録を撮り続けたシーンがあり、ナチスのプロパガンダ映画を撮り続けた親ナチとして有名な彼女を少し弁護したい意図があったのかと感じました。このねー、ゲッペルスを演じていたバーナービーメッチュラートがもうなんかものすごいネトーーーーっとした感じがゲッペルスのイメージにぴったりで怖くてぞくぞくしました。他にもドイツ人の中でも国の状態を憂いている選手も登場しました。公平にそういう部分も描きたかったのかな。

オーエンスが金メダルをとってからブランテージ委員長がヒトラーと会わせようとして黒人だからとそでにされるシーンがありますが、ヒトラーなんかに祝福されたとして嬉しかったでしょうか?逆に握手しているツーショット写真なんか残らないで良かったなと思いました。

政治とスポーツは引き離して考えるべきとは思うのですが、エミリアマホニーの考えも分からなくはないなぁと思ってしまって複雑な気持ちになりました。でもやはり国が五輪をプロパガンダに利用するというのは阻止されるべきだと思います。次の東京五輪について堂々と「国威発揚」とか言っちゃってる政治家がいたりして頭が痛いです。最近まで知らなかったのですが、国別のメダル獲得数を発表することも五輪憲章の精神には反しているそうですね。これも日本の政治家が堂々と次は金メダル何個が目標ですとか言っちゃってますからねぇ。開催国としてきちんと五輪憲章を勉強しないといけないのではないかな。。。

原題は「Race」で短距離「レース」と「人種」という意味の「Race」をかけているのかな。邦題はいつもなぁんか安っぽくなる場合が多いのですよね。

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コロニア

2016-09-21 | シネマ か行

この映画の存在を知ったときから絶対に見に行こうと思っていた作品です。ナチの残党が南米チリに作ったカルト施設。チリのピノチェトの独裁政権下において、この施設は拷問施設としても利用されていた。この施設に反政権派として拘留されてしまった恋人ダニエルダニエルブリュールを助けるためにレナエマワトソンも潜入する。

ナチ、ピノチェト、カルト、などワタクシの興味のある分野が揃っていて、しかも大好きなエマワトソンが出演しているということで見に行くぞと決めていました。

レナはCA。ドイツからチリへのフライトでチリでの滞在中はそこにいる恋人ダニエルと過ごす。ダニエルはチリで政治活動をしていてアジェンダ大統領を支援しているが、レナの滞在中に軍のクーデーターが成功してしまい、大統領派のダニエルは軍に連行されてしまう。

ダニエルの連行された先を調べたレナは「コロニアディグニダ」(尊厳のコロニー)という宗教施設に連れて行かれたということを突き止める。ダニエルの政治仲間はそこに連れて行かれたらもうどうしようもないという態度だったし、国連の人権委員会はそこの実態は知っているけど、どうにも手出しできないといった感じだった。そこでレナは覚悟を決めそこに単身乗り込んでいくことに。

パウルシェーファーミカエルニクヴィストというナチスの残党が教祖であるこの団体に潜入したレナ。この宗教団体に救いを求めに来た女性という設定で入っていく。

一方ダニエルは軍関係者から酷い拷問を受けたあと、この宗教団体で暮らすことを強要される。ダニエルは少し知恵遅れのふりをして相手の出方を探ることにした。

この団体では女性と男性は別れて生活し、女性は日々農場に出て働いていた。男性もダニエルのように工場のようなところで働いているようだったが、基本的に女性は随分虐げられている感じだった。男性は教会で座って教祖が死者を蘇らせる儀式に参加していて、女性はその様子を地下室に集まって直立して放送を聞かされるだけだった。男女を分けることで噴出するであろう不満を解消するためか、女性はたまに男性の集会に呼ばれ、そこで淫らな悪魔を追い出すとか言って、みんなからボコボコにされるのだ。男性の性欲を押さえたり解消したりするのに、この暴力行為は効果を発揮していたのだろう。

だいたいこういう教祖様というのは性に走るか暴力に走るかというパターンが多いが、シェーファーは小児性愛者でそもそもドイツで少年への性的虐待で手配されていた輩がチリに来て教祖になったらしく、このコロニアディグニダでも少年たちばかりを集めてハーレムを作っていたようだ。その分女性に対しては暴力的な方向に走っていたらしい。暴力的と言えば、個人への暴力の他に戦車を含む大量の武器も持っていたらしい。

男性だけの集会をこっそりと覗きに行ってダニエルを見つけたレナは、男女が一緒になる非常に珍しい「行進」(ピノチェト大統領の歓迎式典だった)で自分もここにいることをダニエルに知らせることができた。ここで無言でしっかりと手を握り合う2人に再会のドキドキとばれたらどーすんのーっ!というドキドキのダブルのドキドキを味あわされた。

このシーンだけじゃなくてもう全編ドキドキしっ放しでした。とにかくレナが酷い目にあったらどうしようと気持ちで不安がいっぱいでした。あの我らがハーマイオニーが薄汚い小太りのおっさん(教祖)にじっとりと抱擁されたり、鼻血が出るまで殴られたりするもんだからもう見ていられない。と、ついついエマをハーマイオニーと重ねて見てしまう。彼女が全力疾走するシーンもあ~ハーマイオニーの走り方や~とか思ってしまったり。とにかくエマワトソン(ハーマイオニー)ファンには心臓に悪いシーンばかり。でもエマファン目線で言わせてもらうと、前半のCAのユニフォームや60年代の服装をしているエマはめっちゃ可愛かったー。そんなデレデレ目線で見られるのは前半のほんの少しだけですが。

レナとダニエルの脱出劇は最後の最後、レナの同僚のパイロットが管制塔の離陸中止命令を無視して飛んでくれるまでハラハラドキドキでした。この2人のことについてはフィクションらしいので見終わってからそれを知って、なぁんやとちょっと思ってしまったのですが、登場シーンの少ないこのパイロットとレナの絆については前半にきちんと伏線が敷かれてあったので納得することができました。

このコロニアディグニダについては実はいまも全容ははっきりとは分かっていないようです。ピノチェト政権時代の行方不明者自体もはっきりと全容が分からない状態でそのコロニアディグニダはその一翼を担っていたということです。死の天使と呼ばれた悪名高いヨーゼフメンゲレもここにいたのでは?とウワサされているようで、この施設の特徴を考えれば彼がいたとしても不思議はないでしょう。映画の中でもダニエルはサリンの実験で殺されかける寸前でしたし、拷問の他にも人体実験も行われていたようです。

カルトが時の政権と利害が一致してしまうという最悪の事態に陥ったのがこの集団だったということなのでしょう。あー怖い。

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イニシエーションラブ

2016-09-16 | シネマ あ行

ケーブルテレビで見ました。公開当時面白いと言われていましたね。というか、原作がとても面白いと言われていました。

1980年代後半、合コンで出会ったマユ前田敦子とたっくんの恋愛物語。。。。

だったはずが、、、

見ていない人にはいったいぜんたいなんのことだか分からないこの「だったはずが、、、」です。

めちゃネタバレしますのでこれから見る方は読まないほうがいいと思います。この「ネタ」がすべて。という作品なので。

ワタクシはいつものごとく、すっかり騙されてしまいました。ミステリー系では必ず騙されるタイプですし、見破ることよりも騙されることを楽しむタイプです。(と言ってトリックを見破れない言い訳をしておきます)

物語はA面から始まり、恋愛に縁のないブサイクな男たっくんが人数合わせで呼ばれた合コンで純真そうな女の子マユと出会い付き合い始め、マユに言われてダイエットを決意するところまで。

B面は(痩せてカッコ良くなったと観客には思わせている)カッコいいたっくんが東京に赴任することになり、マユとは遠恋となり東京で美弥子木村文乃と二股かけるようになるまで。

というふうに見せていき、同一人物だと思っていたたっくんが実は別の人間でマユとの交際期間も微妙に重なっているということが最後の5分で明かされます。

後から考えると「A面」と「B面」の時系列のトリックについていくつかのシーンできちんと伏線というかヒントがちりばめられていたのですね。A面たっくんとのデートを断ったマユ、ルビーの指輪をしていたマユ、それを失くしたマユ、マユの日焼けのわけ、マユの家にあった本、「男女7人夏物語」「秋物語」が始まった時期。そういうことに鋭く気付く方には簡単なトリックだったのかもしれませんね。

映画的にはA面のたっくん(鈴木夕樹)森田甘路がB面のたっくん(鈴木辰也)松田翔太に比べてあまりにもブサイクなため、いくら痩せたからってあの子が松田翔太になるわけがない、と2人が別人だと見破った人もいたかもしれません。ワタクシは森田甘路という役者を非常にうまく選んだなと思っていました。確かに彼はブサイクだけど、痩せたら松田翔太みたいになる素質の顔をしていると思ったからです。松田翔太って典型的なハンサム顔ではないと思うし。

1人だと思っていたマユの恋愛相手の「たっくん」が別の人物だったことで「なぁんだマユって二股してたんだ」っていう感想に持って行かれそうですが、B面のたっくん(辰也)のマユの扱いは中絶させた上に暴力を振るい東京では別の女性と浮気というひどいもんだったし、東京に慣れてからはマユのことを小馬鹿にしていた感じだったし、マユがA面のたっくんにいってしまっても仕方なかったような気がした。観客はB面のたっくんはA面のたっくんの未来像と思わされているわけだから、あんなに非モテ系の男がダイエットしてカッコ良くなってその態度かよって思わせるためのB面たっくんの非道さだったのかな。

あー、見ていない方にはA面だB面だってワケ分からないですね。。。ワタクシの文章力がないばっかりに、うまくこのお話のトリックを説明できなくてすみません。

ワタクシは見事に騙されてそれはそれで面白かったんですが、ただこのお話が観客や読者を騙すためだけに書かれたものだということがちょっともったいないなと感じました。この物語に登場する人たちは勝手にそれぞれの日常を送っているだけで、別に誰も誰かに騙されたりとかはしていない。(二股や浮気以外は)登場人物の中に読み手と混じって騙されている人物という視点がもうひとつあれば、もっと面白かったような気がするのですが。どうやってそれやるねん?と言われてしまうとワタクシの頭では分からないのですが。

物語の舞台が80年代後半なので、懐かしいカルチャーがばかばか登場してその時代を知っている者としては楽しいです。エンドクレジットで「80年代図鑑」があったのも映画的な面白さとしては良かったと思います。

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スーサイドスクワッド

2016-09-14 | シネマ さ行

予告編を見て面白そうだったので見てきました。

アメリカ政府は世界崩壊の危機に際し、刑務所にいる悪人どもを集めて減刑をエサに、それぞれの首に爆薬を仕掛け言いなりにさせ「スーサイドスクワッド」を形成する。

CGがカッコいい場面がいくつかありました。炎人間エルディアブロジェイヘルナンデスが炎で「BYE」って綴るところや、ジューンムーンカーラデルヴィーユが魔女エンチャントレスを呼び出して2人が手をつないだと思ったらくるっとエンチャントレスに変身するところのCGはとても気に入りました。

全体的にはちょっと期待し過ぎたかなーという感じ。予告編も良かったし、結構評判も良さそうだったんだけど、ワタクシ的にはいまいちでした。悪党どもの集まりというわりにあまりキャラの立った悪党がいなかった。スーサイドスクワッドの発案者アマンダウォーラーヴィオラデイヴィスがそれぞれを紹介していくシーンは良かったんだけど、その後ずっとそれぞれの特徴を生かした攻撃ってのがほとんどない。

いくら首に爆弾が仕掛けられてるからってなんだか全員やたらと従順だし、悪党同士なのにそれぞれ全然ケンカとかしないんだね。急に集められてなんだか急に仲間意識みたいなもの持ってるけど、なんで?って感じだし、共通の敵って魔女じゃなくてむしろアメリカ政府とかバットマンとかいいもんヒーローなんだからあれじゃ普通に魔女に協力しちゃうと思うけど。アマンダウォーラーとリックフラッグ大佐ジョエルキナマンが持ってた爆弾のスイッチなんてあれほどの面子なら簡単に出し抜いて奪えそうな雰囲気だったけどな。

世界崩壊の危機と書いたけど、その魔女もなんだかやたらと弱かった。結局彼女のパワーって何なのかよく分からんかったし、弟は爆弾で死んじゃったしな。魔女の弟だから魔王なのかなんか知らんけど、普通に爆弾で死んだよ。魔女もハーレイクインマーゴットロビーの企みに気付かずあっさり心臓取られちゃうし。

一番宣伝されてるハーレイクインはまぁ確かに可愛かったけど、もうちょっとぶっ飛んでる感欲しかったし、見せ場もあんまりなかったね。彼女を目当てに行ったけど、そこまで満足できるほどのキャラには仕上がってなかった。ジョーカージャレットレトは巷ではカッコ良かったと言われているみたいなんだけど、ワタクシは今回のジョーカーは見た目がイマイチだったな。あの銀歯は何?ジャレットレトは好きなんだけどなー。

スーサイドスクワッドからフラッグ大佐を守るという役でカタナという日本人暗殺者が登場していました。伝統的にアメリカ映画に登場する日本人キャラというのはひどいもんですが、今回もご多分に漏れず演じる福原かれんがひどかった。普段の彼女を見たことがないので彼女の日本語力を知らないのですが、日本語が喋れない人なのか、単純に演技が下手くそなのか…?まぁ夫の魂が宿った日本刀に話しかけるっていうシーン自体が無茶ぶりと言えばそうなのかもしれませんが。

「バットマンvsスーパーマン」を見ていないのでベンアフレックが演じるバットマンを初めて見たのですが、なんだか、、、おっさん?って感じ。バットマンてマスクをつけた時下アゴしか見えなくなりますよね。その時の顔がめちゃくちゃおっさんっぽかった。体もなんか妙に太くて、それも鍛えられてる太さっていう雰囲気じゃなくて。ベンアフレックも好きな役者なんだけど、なんだか残念。

んー、CG以外全然良いこと書いてませんね。こういう作品は難しいこと考えずに楽しんじゃえばいい。細かいツッコミは入れないで。って思って見ることができるタイプなんですが、頭空っぽにして楽しめるワクワク感も感じることができなかったなー。設定もキャラももっともっと面白くすることができた気がするのでとても惜しい気持ちで映画館を後にしました。

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遺体~明日への十日間

2016-09-13 | シネマ あ行

ずっとハードディスクの中に入っていたのですが、見る勇気が出ず延ばし延ばしにしていた作品です。

東日本大震災のあと、遺体安置所となった中学校でボランティアとして活動することになった元葬儀関係の相葉常夫西田敏行を中心にあの日何があったのかを描く。

ワタクシは被災していないので、正直この作品が現実にどれほど近いのかということは分かりません。実際に被災した方の中にはあんなもんじゃないとおっしゃる方も多いのかも。

ただ単純にこの作品を見た感想だけを書かせてもらうと本当に胸が痛く涙が止まりませんでした。日本映画でここまで遺体安置所というところを描いた作品はめずらしいと思うし、どうしても有名な役者がそろっているだけにきれい過ぎる感は否めませんが、それでもあの時人々がどんなふうに行動したのかということが描かれていたと思います。

地震発生直後何の情報もなく隣町が津波でなくなってしまったことなどにわかに信じられない人々。続々と運ばれてくる死体。消防関係者ですらどのように扱って良いか分からない。医者ですら僧侶ですらただただボー然と立ち尽くしてしまう現実。市役所の若い職員・及川勝地涼が心を閉ざしてしまうことも仕方ないと思える。

誰もが何から手をつけたら良いのか分からない状況の中、元葬儀関係の仕事をしていたという相葉は運ばれてくる死体を「ご遺体」として扱うことをみなに話す。まっすぐ寝かせるために腕を折らなくても少しずつ筋肉をほぐしてやれば腕を下ろしてやることができる。名前が分かった人の遺体には名前で話しかけてあげる。泥だらけの床をできるだけこまめに掃除してやる。警察や医療関係には国から食べ物の支給があるが、ボランティアの相葉にはない。そんな中相葉は懸命に一人一人のご遺体に接していた。

相葉の影響を受け、最初はただ立ち尽くしていた役所の職員・照井志田未来は率先して床掃除を始め、遺体に話しかけるようにもなり、自らみなを弔うための祭壇を作ろうと提案するに至る。あの状況下にあっても人は人に影響し合い、自ら変わって行くことができる。その結果最終的に心を閉ざしていた及川もみなの作業を率先してするようになっていく。

あの渦中にいた人たちは実際の被害がどのようなものかという全体像がまったく分からず、行政に3000ものお棺の手配を依頼された葬儀業者緒方直人が絶句するシーンが印象的でした。その3000にしても行政と2つの葬儀業者が手分けしての一つの業者あたり3000だったのですから。

医師の下泉佐藤浩市は支給されるおにぎりを相葉に譲り、相葉はそれを食べずに妻のために持って帰ると言う。おそらく、こういう状況下では食べ物の奪い合いなども起こるだろうし、それが起こったとしても仕方ないと思える中、譲り合いをする人たちがいるのもまた真実だ。

次々に親族を探しに来る遺族の慰めに少しでもなろうと努力する人たちがいる。自らも被災しながらそれだけ人のためになろうとできる人たち。英雄的な行為とはそういった些細な報道されないところにあるのかもしれない。

現実はあんなもんじゃない、実際の何千、何万分の一も表現できていないという方もいるだろうけど、それでもやはり結構衝撃的な映像もあるので、単純にたくさんの人に見てほしいとは言えません。被災していなくても見るのが辛いほどの作品です。見るか見ないかはそれぞれの判断に任せられるところだと思います。

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