シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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HACHI~約束の犬

2009-07-30 | シネマ は行
これは言わずと知れた「ハチ公物語」のハリウッド版。

「ハチ公物語」は未見です。実際のハチ公がどんな目に遭ったかっていう話も本当のとこどうなんだか知りません。ただこのハリウッド版の感想としてお読みください。

現在アメリカにはアメリカンアキタと呼ばれる種類の日本の秋田犬をもとに作った犬種がいますが、おそらくこの純日本産のHACHIを登場させるためにわざわざ冒頭のシーンを作り、日本からの迷子犬ということにしたんでしょう。飛行機に乗るのに、あんなカゴで乗るなんてちょっと不自然な気もするけど、まぁそのへんは目をつぶりましょう。

このハチがベッドリッジ駅でパーカーリチャードギアに出会う。とにかく仔犬のハチの可愛いこと。そりゃ、パーカーだって飼いたいってなるわな~。ワタクシも秋田犬は飼いたい犬種の上位にいるんですよねー。秋田犬って超かわいい。この純日本産の犬に「ハチ」という日本の名前をつけるために、パーカーの同僚に日系のケン ケイリー=ヒロユキタガワを登場させているところもなかなかうまい。

アメリカ人が揃って「ハァチィ、ハァチィ」という姿は日本人としてはどうしても違和感があるんだけど、お父さんと一緒に駅まで行く姿とか帰りを待っている姿とか全部がかわいくて微笑ましい。最初は飼うのを反対していたお母さんジョーンアレンも(前の犬が死んだトラウマ?)お父さんがいない間にいっぱいおやつをあげたりして、ハチをかわいがっているのがよく分かる演出になっていた。

毎日毎日お父さんと一緒に駅まで行って、夕方に迎えに行っていたハチがお父さんが突然亡くなって、それでも駅で待ち続けるという文章にしてしまうとそれだけの話なので、映画にまで広げるのは結構大変なんじゃないかなと思ったけど、お父さんとハチの関係を丁寧に描くことで待ち続けるハチの姿が一層感動的になっていたし、映画の展開が待ち続けるハチだけになったときも全然退屈せずに見ていられることができた。

一時は引っ越した娘さんサラローマーのところに引き取られたハチだったけど、やっぱりお父さんに会いたくて、駅まで行ってしまう。「え?居場所が分かってるなら何度でも連れ戻しに来ないか?」と思ったけど、何度連れ戻してもきっと行っちゃったんだろうね。新聞に載ったのも知らないほどのところ引っ越しちゃったんだろうし。(アメリカには無数の地方紙があるから少し離れると別の地方紙になったりするだろうし)ここでは新しい飼い主としてなついてくれないって悲しいだろうなぁって変にこの娘さんに同情してしまったワタクシでした。

もちろんお父さんは一度も現れることなく時だけが過ぎていく。衰えていくハチの姿とともに、時折映像がハチの目線に変わるのが切ない。犬を飼っている者としてはたまらないなぁ。自分が死んだらうちの犬もこんなふうに帰りを待ってくれるのかなぁなんて自分に重ね合わせたりしてね。10年後にはお母さんにも再会できたし、そしてついに最後の最後はお父さんが「ハァチィ」って現れてくれて、ここは涙なしでは見られません。「あぁ、ハチ良かったね。やっとお父さんに会えたね」って。

本編が終わってから、日本のハチ公の説明書きが入り、ハチの写真や渋谷のハチ公の銅像が写ったりして、ラッセハルストレム監督が、日本のハチのことを大切に想いながらこの作品を作ったことが分かって二重にじーんときました。
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ハリーポッターと謎のプリンス

2009-07-29 | シネマ は行
はぁ、やっと来たか、謎のプリンス!最初に公開が予定されていた時期から遅れちゃって、もう楽しみにしすぎて忘れちゃうくらいだったよ。ってワケ分からん。

ハリーポッターシリーズは巻を追うごとにどんどん暗くなっていっちゃって、もう子供たちはすっかりついていけない領域に入ってしまってますね。それでいいのか?と思いつつも、「ロードオブザリング」なんかもお父さんが子供のために作ったベッドタイムストーリーとは思えないほどのスケールになっちゃってるもんねぇ。こういう冒険譚の宿命なのかな。

さて、原作を読んだのが相当前なので、正直忘れちゃってるところが多くてファンと言うには申し訳ない気持ちになるのだけれども、映画公開に合わせてテレビで「不死鳥の騎士団」をやってくれたから、ちゃんとおさらいをして挑みました。(いや、DVD持ってるんですけどね…テレビでやってるとまた絶対見ちゃうの)

「謎のプリンス」は原作の中で一番恋愛色が濃いものだから、そのへんもかなり楽しみにしておりました。だってワタクシ、ハリーダニエルラドクリフの冒険よりもロンルパートグリントとハーマイオニーエマワトソンの恋愛のほうが気になって仕方ないクチなんでね。今回は、ハーマイオニーがかなりロンに対して素直になっちゃって、彼女もすっかり乙女に成長したってことですかね。(だって、ロンとラベンダーのキスを見て、あんなに感情的に泣いちゃうんだもんね)ハリーとジニーボニーライト、ロンとラベンダージェシーケイヴ、ロンとハーマイオニーのロマンスのところは相当楽しめました。ただ、ハリーとジニーのロマンスの部分を楽しみにしていた人にとってはちょっと物足りなかったかもしれないですね。このへんは物語のどこに重点を置いて読んでいたかによって感想が変わってくると思います。

前半は、ジニーがディーンアルフレッドイノックとキスしてるところを見ちゃったロンとハリーが動揺したり、ロンが(ハーマイオニーの秘密の魔法のおかげで)クイディチチームに入ったり、ロンがハリーへのホレ薬を間違えて飲んじゃったり、とちょっと軽めで楽しいシーンがいっぱいあるんですが、後半になると一気にヘヴィな感じへと突入していくし、後半はほとんどハリーとダンブルドア先生マイケルガンボンしか登場しなくなっちゃってロンとハーマイオニーファンとしては寂しい限り。クライマックスはまた手に汗握る展開ではあったんですが、タイトルになっている「謎のプリンス」のところがはしょられすぎていて、タイトルなのにいいの?ってな具合になっちゃってます。あれだけの原作を映画にまとめないといけないので、それは仕方がないのか?でも、それってメインの部分だよね…デビットイェーツ監督も頑張って154分にまとめはしたものの、やっぱりあれだけの原作を映画にするには無理があるなぁという気は否めませんでした。もうこうなったら、映画と原作は別物として考えたほうがいいのかもしれませんね。

原作と別物として考えたとしたら、ワタクシはかなり楽しめたほうだと思います。やっぱりそれぞれのキャラクターが好きなので、物語よりも彼らに大きなスクリーンで会えるだけで満足しちゃうところがあるからかもしれません。フレッドとジョージジェームズ、オリバーフェルプスのお店も楽しみにしていたもののひとつだったし。いつもロンのお母さんジュリーウォルターズがハリーをハグしてくれるだけで、ちょっと涙が出そうになってしまうもので。やっぱりこの辺はハマリ具合とハマリ場所の違いで変わってくるんだろうなぁ。ワタクシは原作の物語を純粋に考えると、「え?なんでこうなんの?」とか納得いかないところもいっぱいあるんですが、やっぱりキャラクターそれぞれのことを考えると愛おしくて仕方ない気持ちになっちゃうんですよね。だからこそ、カットされて残念っていうシーンもたくさんあるんですけど、だいたいワタクシのお気に入りのところは枝葉末節に属するところなので仕方ないでしょうね。だから、映画の中のお気に入りシーンもハーマイオニーがホレ薬のにおいをかいで「ペパーミントのハミガキ粉」と言うところ、とか異常に細かいシーンを挙げることになっちゃう。あと、ルーナイヴァナリンチが登場するシーンはすべてクスクス笑わずにはいられないですね。

あとはやはり映画ならではの映像美ですね。これは「炎のゴブレット」あたりから飛躍的に美しくなっていったと思うのですが、魔法の世界を映像化するということと、原作を読んでいる人が非常に多くそれぞれが自分のイメージを持っているところから、映像を作っていくのは難しい作業だと思うのですが、ワタクシの場合シリーズを通してほぼ自分がイメージしていたとおりに空想の世界がヴィジュアル化されているので、そのあたりも大満足です。

次回は最終巻を2作に分けて公開するということですね。それに関してはえ~1本にしてくれよーという気持ちはあるんだけど、2作に分けることによって原作にかなり忠実に映画化してくれるならそれもそれで楽しみだなと思っています。みんなにとって大切なあの人が亡くなってしまい、ハリーたちがどうなるのか!?って原作読んで知ってるんですけど、それでもやっぱりめちゃくちゃ楽しみです。
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「レボリューショナリーロード」(原作本)

2009-07-14 | 
映画を見て、ちょっとハテナだったし、ディカプリオが「エイプリルの子供時代のことが原作には書いてあって、映画ではそれが省かれているからちょっと分かりにくくなって残念だった」と語っていたので、原作本を読んでみることにしました。

ディカプリオが言うとおり、原作ではエイプリルとフランクの子供時代のことが語られていました。エイプリルがちょっと精神的にエキセントリックな印象がありましたが、子供時代の経験からそういった結果になったのだなということが映画よりは分かりました。ここを省いたために映画は原作よりもサバーバンものな印象が強くなっていると思います。

原作を読んで、やはり時代の違いというものを強く感じました。エイプリルとフランクの会話にも出てきますが、彼女が現代のように比較的簡単にカウンセラーとか心理学者などの力を借りることができたら、この物語の結末も変わっていたかもしれません。それでも残念ながら、エイプリルの最後の決断の気持ちには寄り添えませんでしたが。

役者としては、演じたいと思わせるような本なのだろうなぁと思いました。二人のケンカのシーンは読むだけでも体力を消耗してしまいそうな感じだったんで、これを演じたときはしんどかっただろうなと改めて思いました。
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風の馬

2009-07-09 | シネマ か行

これは1998年の作品ですが、七芸さんで、「チベット問題」特集ということで他の2本とともに公開されています。他の2本は時間の関係で見に行けるかどうか分かりませんが、1本でも見ておきたかったので、行ってまいりました。

外国のメディアが入るのが難しいと言われるチベットのラサで撮影された実話を基にした作品。中国当局の厳しい管理下におかれたチベットに住むドルジェジャンパ・ケルサンとドルカダドゥンの兄妹。彼らのおじいさんは昔中国政府に反対したビラを1枚貼っただけで処刑された。兄のドルジェは無職でぷらぷら遊んでおり、妹はパブで歌手デビューを目指して歌っていた。ドルカの恋人は中国人。彼が政府のつてを使ってデビューが決まった。しかし、歌わされるのはチベット人が毛沢東を慕う賛歌。ドルカは中国に迎合してでも歌手になりたかった。そんなドルカをドルジェは軽蔑している。そんなとき、いとこで出家したペマが中国を批難する声を市場で挙げたために捕まり、刑務所で拷問を受け、帰されることになる。ドルジェ兄妹の家に引き取られたペマ。刑務所から帰されたのは酷い拷問により死にかけているからだった。中国当局はチベット人に獄死されると困るからその前に解放するのだ。そんないとこの姿を見て、中国政府に迎合してまでデビューする自分を恥ずかしく思い、デビューを断念するドルカ。親しくなったアメリカ人観光客エミーにペマが刑務所で体験したことを語り、ビデオ撮影してもらいそれを持って出国してもらうことにした。

結局、ドルカはデビューを拒否したため、当局に目をつけられ、ラサから逃げることに。それによって、同じように目をつけられたエミーも出国のときにテープを没収されてしまう。兄と妹は当局の目を逃れヒマラヤ山脈を徒歩で渡り、ペルーへ脱出した。

冒頭で中国政府がチベット人たちにダライラマの写真を飾ることを禁じるシーンがある。写真を飾っているだけで罪になるというのだ。尼僧たちはそれを聞いただけで泣き崩れてしまう。チベット人たちにとて、ダライラマがどれほど心の支えになっているかが分かるシーンだった。役人はダライラマを思うだけでも罪になると言い、抜き打ち検査で見つけた写真の持ち主は連行される。なんという人権侵害。こんなことを平気で行っている中国でオリンピックなんてやっていいのかって今さらながらに思えてしまう。

他にも中国のチベット侵攻、抑圧、弾圧、占領はさまざまな側面があり、聞くだけで鳥肌が立つような恐ろしい事態となっている。イスラエル・パレスチナ問題でも同じように感じたが、こんな国が世界で堂々と大手を振って歩いていると思うと、本当にいたたまれない。アメリカが北朝鮮やイラクを悪の枢軸とかなんとか言ったことがあったけど、イスラエルや中国も充分に悪の枢軸というようなことをしているじゃないかと思えてくる。こんなこと、チベット人が言ったら即投獄、拷問、収監、強制労働ってことになる。この映画のエンディングロールでキャストの名前の多くが「非公開」となっていたことがそれを物語っている。

映画としては、ちょっと教育テレビの語学番組の寸劇を見ているような感覚になるところも多々あったが、後半はそんなことは忘れて、この現状に実際に頭が痛くなってきた。もっと日本人の多くがこの問題に目を向けられるよう、この映画がテレビなどで放映されるといいんだけどな。

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ボルト

2009-07-08 | シネマ は行
試写会に行ってきました。

もう、ボルト超超かわいかったよー。

冒頭の仔犬のシーンからスーパードッグ、ボルトの活躍のシーンで一気に引きこまれました。スーパードッグの撮影シーンの映像がすごい。全体的にCGアニメもここまで来たかという感じで、アニメと分かっているのにまるで実写かと見まごうほどの出来なんですが、特にこの冒頭シーンは実写のアクションも真っ青のリアルさ。もちろん実写じゃないからこそできることもいっぱいあるんでしょうけど、やっぱりどうしてもCGの作り物感が全体に出てしまうのが普通ですが、この作品では全然そんなことはありません。

ボルトはテレビタレント犬で「スーパードッグ」で有名なんですが、ボルトはそれがドラマの中の出来事とは知らず、現実だと思い込まされています。そして、飼い主のペニーと離れ離れになってしまったとき、いままでは自分が力を入れると鉄の棒はぐにゃぐにゃと曲がり、見つめると鉄は溶け出し、ジャンプすると遥か彼方まで飛び越え、必殺技のスーパーボイスでは吠えただけで、周囲のすべてを吹き飛ばしてしまえたのに、それらはすべてテレビドラマのスタッフが影で特撮をしていただけだった。それが現実だと思い込んでいたボルトがジャンプすれば穴に落ち、金網に突撃すれば跳ね返され、南京錠を何分見つめても何も変わらず、スーパーボイスはただの吠え続ける犬。やがて、ボルトは自分がただの犬だということを認め、それでも飼い主ペニーの愛情はドラマの中の演技ではないと信じて彼女の元へと向かう。

途中でひねくれ猫のミトンズ、ボルトのドラマのファンで本物のヒーローだと思い込んでいるハムスターのライノと出会い、一緒に旅をする。その姿はさながら「三匹荒野を行く」、、、って古っ!1963年の作品ですからね。もちろん、ワタクシ生まれてませんよ。1993年に「奇跡の旅」という作品にリメイクされていますね。マイケルJフォックスが声をしていたんですが、覚えている方いらっしゃいますか?

ボルトのひとつひとつのしぐさがものすごくかわいいんですが、それがかわいいだけじゃないくてまたリアルでね。さすが、ディズニーのアニメーターという感じです。ボルトがくるくると同じ場所を回ってからコロンと横になる姿や何かにぶつかって体をぶるぶると震わせる姿なんかは本物の犬そっくりです。

一般的にはハムスターのライノのほうが人気が出るのかもしれませんが、ワタクシは猫のミトンズが好きでした。飼い主に裏切られて人間を信じられなくなっているミトンズが、ペニーもきっとボルトを裏切ると思いつつもボルトを助ける姿にほろりときてしまいました。ミトンズがいなかったら、ボルトはペニーに会う前にサバイバルできなくて死んじゃってるよね。ミトンズがボルトに「普通の犬」とはどういうものかを教えるシーンがとても笑えましたね。そして、ここではアメリカ人が思う犬の定番っていうのがよく分かるんですが、その中のひとつに「犬は車から顔を出して、風に当たるのが好き」っていうのがあります。これは「キャッツ&ドッグズ」にも登場していたので、実際に定番なんでしょうね。犬(善)VS猫(悪)っていう構図も一般的なイメージなんですかね、これも「キャッツ&ドッグズ」と同じでしたね。

ボルトの声はワタクシの大好きなジョントラボルタ。意外にもアニメの声優は初挑戦だそう。ジョントラが声優だったわりに、ボルトは歌ったり踊ったりしなかったね。声優のキャラにアニメのキャラが引きずられやすいディズニーにしてはめずらしい。それやっちゃうとボルトのイメージとはかけ離れてしまうから、踏ん張ったってことですかね。でも、エンディングロールできっちり、ペニーの声優のマイリーサイラスと「I Thought I Lost You」という曲をデュエットして歌声を聞かせてくれます。これも、映画賞で主題歌賞などにノミネートされているからあなどれない。

ニューヨークからハリウッドまで、ワッフル屋さんの全国チェーンの地図を見ながら進んでいく3匹の旅。そういう細かい設定なんかもとってもディズニーらしくって可愛らしいです。ボルトはペニーに無事会えるのか大人でも思わず手に汗握っちゃう、そして、ボルトに感情移入しちゃう作品だと思います。ディズニー映画なんだからハッピーエンドに決まってるでしょ!ってそうなんだけどさ、それでもやっぱりハラハラできてしまうんだな、これが。
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それでも恋するバルセロナ

2009-07-07 | シネマ さ行

ヴィッキーレベッカホール→故郷にエリートビジネスマンの婚約者を持つ堅実派。恋にも人生にも現実的で、お堅い女性。
クリスティーナスカーレットヨハンソン→ヴィッキーの親友ながら、恋愛観はまったく正反対。奔放に恋に飛び込むタイプ。
フアンアントニオハビエルバルデム→画家。元妻に刺され離婚。夜更けのレストランでヴィッキーとクリスティーナをいきなり旅行に誘う。初対面にして、「旅行に行って3人でベッドに入ろう」と言えるボヘミアン。
マリアエレーナペネロペクルス→フアンアントニオを刺して離婚した元妻。そのエピソード通りちょっとイカレた女性だが、才能溢れる芸術家で、フアンアントニオの父親をして、「神からの贈り物」と言わしめるほどの魅力的な女性。

ウディアレンのキャスティングは、だいたいいつも見たまんまのイメージが役と重なる場合が多いが、今回もその通り、全員が期待を外れることなく見たまんまの性格を持ち合わせている。そして、これもウディの特徴通り、彼が主演しない作品ではだいたい主人公に彼自身が投影されていることが多いのだが、今回はお堅くて、理屈っぽいヴィッキーと、恋愛に奔放なところがあるクリスティーナの二人の女性に監督自身が分裂して潜んでいる。

お話自体はとても他愛ないもので、これでキャラクターたちが語るそれぞれの恋愛観や人生観といったようないわゆる「ウディ印の屁理屈」がなければ、本当にただのひと夏の経験話で終わりってとこだ。ま、「ウディ印の屁理屈」があったところで、スカヨハやペネロペが画面上で動いてなければ、ワタクシにとってはそんなに魅力的な映画でもなかったかな。そして、日本人にとっては、あんな怖い顔したハビエルバルデムがなんでそんなにモテんねん!と納得いかない人も多いかもしれないな。欧米人にはあーゆーのをセクシーと思う女性も多いようですが。

いま、「欧米人」とひとくくりにしてしまいましたが、この物語、題名通り舞台はバルセロナ。そこへ旅行に来るアメリカ人、ヴィッキーとクリスティーナ。この二人の発言からも分かるが、アメリカ人から見ると、ヨーロッパはどこか自由で奔放で、芸術的な雰囲気が漂っていて、ひと夏の経験にクラっとくるには絶好の場所と言えるだろう。

やはりこのバルセロナという町は世界の中でも特別な町に数えられると思う。ワタクシも10年ほど前、1ヶ月近く滞在した町なんだけど、いつまでいても飽きない、旅行者がたくさんいてもその雰囲気を失わない、そして、ガウディやミロ、ピカソといった生命力に溢れた町だった。その町の魅力を存分に見せてくれるこの作品は別の意味でも充分に魅力的だと言えると思う。

ペネロペクルスはこの作品でアカデミー助演女優賞を獲得した。フアンアントニオにとってのディーバであり、ファムファタールであるマリアエレーナ。登場前から「神様の贈り物」と言われ、かなりハードルをあげられ満を持しての登場。そこで登場するのが観客をがっかりさせるような女性だったら、この映画全体が失敗していたと言っても過言ではないかもしれない。いまは世界が狭くなったし、すでにハリウッドデビューもとっくに済ませているから、ハリウッドが初めてソフィアローレンを目にしたときの衝撃には及ばないだろうけど、それでも、やはりラテンのファムファタールを見事に演じてみせていた。彼女の堂々たる演技になんだかスカヨハちゃんが薄っぺらく見えてしまったもんな。

まー、べらべらべらべらよく喋って理屈が多くて、会話が知的で可愛い面をあるんだから、そんなに理屈言わなくても…っていうのがウディなんだよって分かってれば楽しめるけど、そうでなければ、「はぁ?それで?」な映画かもしれません。

オマケこの共演をきっかけにハビエルとペネロペの仲が再燃したらしいですが、ハビエルにとっては公私ともにオイシイ映画でしたな。

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レスラー

2009-07-03 | シネマ ら行
しばらく前からミッキーロークの復活作ということで話題になっていました。ミッキーロークと言えば、80年代のセックスシンボルとして、どうしても「ナインハーフ」のいイメージがつきまといますが、あの頃でも「イヤーオズザドラドン」「死にゆく者への祈り」「エンゼルハート」「フランチェスコ」などの秀作に出演していました。90年代に入ってからはちょっとおかしな流れになってきてしまったかな。いまでは若いときのカッコよさは完全になくなってしまっているけど、「ドミノ」なんかではかなり渋くキマっていたし、ワタクシはミッキーロークがカッコイイから好きなわけじゃなかったので、低迷しているとは言え、結構好きだったんですけどね。今回は久々に主演だし、賞レースにもノミネートするほど評価されたし、やっぱり「復活作」ということになるのでしょうね。

さてその復活作ですが、、、主人公がプロのレスラーということで、プロレスがどうにも好きになれないワタクシにはちょっと入り込めないテーマでした。20年前に一世を風靡して、その後は体力も落ち、いまではバイトしないと食べていけないプロレスラー、ランディロビンソン(ローク)はある日試合後、心臓発作で倒れ、引退を決意するが。

このランディ、サイン会をすれば閑古鳥が鳴き、落ち目かと思いきやリングに立つと客が大歓声、と人気があるんだかないんだかよく分からない感じだったんだけど、一部の熱狂的なファンがいるっていうことだったのかな。おそらく、人気絶頂のころは家族も省みず巡業巡業で好き勝手やっていたのだろう。年頃の娘ステファニーエヴァンレイチェルウッドには完全に嫌われてしまっている。しかし、心臓発作で倒れたのを機に仲直りをするべきだと、馴染みのストリッパーキャシディマリサトメイがプレゼントする服を選んでくれて会いに行き、なんとか娘も話をしてくれるようになる。

ランディが思いを寄せるこのストリッパー役のマリサトメイも今回良かったですね。アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたというのは納得ですね。彼女もランディと同じように年齢的にストリッパーという仕事には限界を感じ始めているが、息子もいるし、自分がお金を稼ぐにはこれしかないと、なんとかしがみついて生きている。仕事がストリッパーという仕事だし、こちらは女性ということもあって、ランディよりもキャシディの落ち目ぶりを見ているほうが辛いものがあった。マリサトメイも「いとこのビニー」でアカデミー賞助演女優賞をとったときには、かわいい女優さんって感じだったのに、彼女も歳を取ったもんだと役と本人を重ね合わせてしまい、こちらも感慨深いものがあった。(それでも、もちろんマリサはまだまだ素敵な女性だと思います)

娘と仲直りしかけたランディだったのに、娘と食事をする約束をしていた日、プロレス仲間と飲んで騒ぎ、コカイン吸って色情オンナとトイレでヤリまくり、家に帰ってどっぷり寝てしまい、娘との約束をすっぽかしてしまう。ランディはあわてて謝りに行くが思春期の娘は傷つき、泣きながら「もう二度と会いたくない」と言う。このときの彼女の傷つきようやセリフから、こんなことはこれが初めてではなく、昔から繰り返されてきたことだということが分かる。結局、この後、ランディは自暴自棄になって仕事場でトラブルを起こし、医者から止められているプロレスの試合をしに、会場へ向かう。

そこで、男の意地とかプライドとか、切なさとかそういうのが爆発するのだけど、なんかあの娘の傷ついた姿を見たせいでランディに同情できない。表現したいことは分かるんですけどね。それしかできない悲しい性みたいなの。でもさ、結局自分は好き勝手してきて、娘に愛想を尽かされて、いまさら「俺のファミリーはここにいるファンのみんなだ」なんてまた都合良すぎない?と思ってしまった。

あと、リングの臨場感を出したいから手持ちカメラというのは分かるんだけど、普通のシーンにまで手持ちカメラを多用しすぎていて、ちょっと見ているのがしんどかったです。手持ちカメラのほうが感情移入しやすいっていうのはあるし、それも分かるんだけどね。技法としては良いんだけど、個人的には苦手なんですよね。疲れちゃって。ドラマ面は固定カメラで見せて欲しいので。

ランディの行動を身勝手な男と見るか男のロマンと見るかで評価が大きく分かれる作品なのかもしれませんね。それでも、やっぱりミッキーロークの演技を見る価値はあると思います。あの体といい、老眼鏡、ひとつひとつの仕草が老レスラーの背負ってきたもの、わびしさなどを漂わせています。ともかく、これがミッキーの本格復帰作になることを望みます。彼のレッドカーペットでのファッションはかなーりハテナですが…
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