シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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嫌われ松子の一生

2010-10-29 | シネマ か行

これはしばらく前に見た作品で、見た直後はレビュー書くほどでもないかなー、と思っていたんですが、ちょっとこの作品を見たことによって、思うところあって、その考えを一度まとめておこうと、記事にすることにしました。

原作を読んでいないので、その世界観がどんなふうだったかまったく知らないのですが、中島哲也監督の作品だけあって、やっぱりひと癖もふた癖もありますね。これだけ悲惨な話をこんなにも明るい調子で描き切ってしまえる中島哲也監督って本当にすごい。そして語りのト-ンが明るければ明るいほど、ふざければふざけるほど、松子中谷美紀の悲惨な一生がさらに悲惨なものに見えるようになるという皮肉。いや、しかし、もしかして松子にとっては、本当にこんなに明るい感覚だったのかもしれないと思わせるトリックに驚嘆する。

もちろん、松子を演じた中谷美紀はすごいと思います。撮影中、監督にはかなり鍛えられたと言ってましたね。彼女みたいは女優さんが、こんな役をやる必要なんてなかっただろうに、体当たりの演技ですごく頑張っていたと思います。しかし、それを凌ぐのが松子の親友沢村めぐみを演じた黒沢あすか。彼女がとても素晴らしかった。役のカッコ良さも手伝って、超超カッコ良かったです。ワタクシはあまり邦画を見ないので、初めて見た女優さんなんですが、フィルモグラフィーを見ると結構キャリアがあるようですね。これから注目していきたい女優さんです。

まー、松子っていうのはいわゆるだめんずうぉーかーの見本みたいな女なんですよねー、これが。妹が病弱で自分は父親に愛されずに育ったと思っているのが、その原因だろうと思われるのですが、やっぱねー、自分のどこをひん曲げてもいいからただただ愛されたい女性っていうのは、変な男に引っかかるんですよね。ただただ独りになるのがイヤで、どんな男でも自分を求めてくれる(と、思い込んでいる)男ならどんな性格が破たんしてるような奴でもついてっちゃう。

「この人となら傷ついてもいいの」っていうの、よく言うでしょ、こういうタイプの女性は。冒頭に書いた「思うところ」っていうのはこの部分なんですけど、だめんずうぉーかーの女性ってこの「この人となら傷ついてもいい」っていうセリフをなんか勘違いしちゃってるんですよね。このセリフ、もちろん自分が信じた人となら、どんなに周囲に反対されようが一緒になるっていう趣旨としてはワタクシ、全面的に賛成します。自分が好きになった相手なら周りがなんと言おうと一緒になれ、と。「どんなに傷ついてもいい」それくらいの覚悟でやっていけるなら、と。

でもね、だめんずうぉーかーの場合はその「自分を傷つける何か」が、その相手の男自身なんですよ。「この人にならいくら傷つけられてもいい」なんですよ。でも、それを自覚して「この人にならいくら傷つけられてもいい」なんていう女性はいません。頭ん中で「この人となら傷ついてもいいの」に変換しちゃってるんです。「この人と一緒にいることで、どんなことがあって周りに何を言われて傷ついてもいい」の場合は、傷つけてくる相手は決してその相手の男ではないわけですよ。そこが決定的に100%違う。でも、それに気付かないのがだめんずうぉーかー。

「思うところ」とかカッコつけて言ったわりには、文章にするとたいしたこと言ってないですな。。。あはは。
まーとにかくだめんずうぉーかーさんたちは、それはそれで幸せだったりするのかな?まったく理解できないけど。

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ハッスル&フロウ

2010-10-28 | シネマ は行
メンフィスのポン引きDジェイテレンスハワードは、同郷で成功したラッパー、スキニーブラッククリスリュダクリスブリッジスが凱旋するという話を聞き、スキニーブラックに自分の曲を聴いてもらおうと一度あきらめたラッパーの道を目指して、もう一度立ち上がる。

というお話なんだけど、このDジェイってのがやってることはサイテーなんだよなぁ。まぁポン引きだからねー。多分、これはアメリカの底辺の社会の話だから、ポン引きの兄ちゃんも売春婦の姉ちゃんもそれぞれ、そうならざるを得なかったっていう背景があるってことを承知で見てないと、「おいおい」って思っちゃうよね。まぁ、それでもこのDジェイって男は一応ポン引きの中でも良いポン引きみたいな感じだったかな。だいたいポン引きを「良い」って形容するのも変な話なんだけど、売春婦のノラタリンマニングは他に行くとこもなくてDジェイに頼っているようだし、シャグタラジPヘンソンは妊娠してしまって売春婦として使い物にならないけど、面倒見てやってるようだ。そういうとこは一応“イイ奴”って評価しないといけないとこなんだろうね。

でもなぁ、ラップのデモテープを作るのに高価なマイクがいるからって、機材屋のおやじにノラを売るってのはなぁ…なんか「出資者」とかなんとかうまいこと言ってるけどさー。結局自分の“生活のために仕方なく”じゃなくて、単に欲しい物を手に入れるために体を売らせたわけだからねぇ…ここんとこはほんと「おいおい」

この作品の魅力はやっぱりなんと言ってもテレンスハワード。ワタクシも彼が主演だったからレビューを書く気になったわけで。単にひいき目と言われればそれまでですね。ハイ。テレンスハワードって本当にハンサムだよね。それなのに、どんな映画のどんな作品でもすーっと自然に入ってくる雰囲気を持っている。彼が演じるからこそDジェイのダメさ加減も許せたような気がする。非常に魅力的な俳優さん。しかし、あのDジェイのカーラー巻き巻きの髪型はなんでしょうか…あれは変やと思うけど…

これで、結局底辺は底辺のままっていう話なのかなぁと思ったら、ちゃんと夢が叶って終わるところがまぁ、やっぱそのほうが良いよね。あそこでノラが活躍してくれたから良かった。シャグはコーラスで参加しちゃうし、ノラ一人だけ見せ場がなかったもんね。彼女も体を売る以外に自分の役割を得たってことで。

こういう黒人コミュニティのアメリカンドリーム系の作品というのは、アメリカではひとつのジャンルとして確立されていると考えていいでしょう。ワタクシは黒人コミュニティの英語の聞き取りは非常に苦手で、字幕なしには見られません。彼らは独特な話し方をしますね。ラップも全然聞き取れません。そういう意味では本当のセリフの言い回しやラップの歌詞の感覚というのは黒人コミュニティの人にしか分からないのかもしれませんね。
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わらの犬

2010-10-25 | シネマ わ行
映画ファンなら1971年サムペキンパー監督、ダスティンホフマン主演の「わらの犬」という作品のことはまず知らない人はいないだろう。
ワタクシももちろん知ってはいたが、どんな内容の作品なのか詳しくは知らず、いままで見ないできたのだけど、少し前にケーブルテレビでやっていたのを録画していたので、今回初めて見てみた。

物語は何か唐突な印象でスタートする。どこかの田舎町。主人公たちの会話でここがイギリスだということが分かる。妻スーザンジョージの出身地に引っ越しをしてきた若い夫婦。妻の昔の恋人チャーリーなどとも再会する。

町の雰囲気はなぜかこの夫(ホフマン)のほうを受け入れてはいない様子。彼がアメリカ人だからか、それとも学者だからか、それとも彼らのスーザンと結婚したからか、この田舎町の荒くれ者の男たちはとにかく彼のことが気に入らないようだ。

始まりの瞬間から状況がよく把握できないのだけど、それでも全体に流れる不穏な空気というものを感じ取ることはできる。何か一触即発的な雰囲気が流れていて、とても居心地が悪い。

途中まではこの夫婦に何か危険なことが迫るのかと思って見ているのだけど、どうやらこの夫婦もうまくいかなくなってきている。夫が研究に没頭しすぎるところや、妻が子供っぽすぎるところですれ違いが生じていたが、飼っていた猫が何者かによって殺されたところから加速度的に夫婦仲がおかしくなってくる。

このスーザンジョージ演じる妻が一体何を考えているのかよく分からない。よくいる尻が軽いというかこう、男を翻弄するのが好きなタイプの女の人なのかな。結局そのせいで自分が危ない目に遭うのだけど、それも途中から彼女も望んでいる風になって、よく分からない。あれって単に男が勝手に「本当はお前も喜んでいるんだろう?」と思い込んでいるやつの具現化なのか、実際に彼女がそんな女だったのか?彼女をレイプした元恋人チャーリーのことは夫と違ってたくましくて頼りがいがあると思っていたみたいだから後者のほうだったのかもしれないけど、その後銃で脅されてたとは言え、その友達にもレイプされるシーンではチャーリーに押さえつけられていたわけだから、チャーリーの本性も分かっちゃったってとこだったのかな。あーいうタイプの女性は痛い目を見ないと分からないのかも。

でも物語はそのレイプシーンからちょっと違う方向へ進んで、町の知的障害者の男が少女に誘惑され、あやまって少女を殺してしまい逃げる途中に、彼を車で轢いてしまったこのダスティンホフマン夫妻が彼の手当をしようと自宅連れ帰ったところ、チャーリーを含むその少女の家族がその男をリンチしようと夫妻の家にやってくるという突然の進展を見せる。

ここで、チャーリー他町の男たちの暴力におびえた妻は知的障害者の男を引き渡すことを主張するが、夫は頑としてみとめない。いままで妻に、争いごとを好まず、逃げてばかりのつまらない男と言われていた夫はここへきて、いきなり何かがプチンと切れてしまったかのように、町の男たちの暴力に暴力で対抗する。

ここでの彼のキレ具合が、恐ろしくも面白い。気弱な男のキレっぷりにゾクゾクする。「アメリカには暴力が蔓延しているんだって?」なんて言っていたイギリスの田舎町の男たちのほうがよっぽど暴力的だった。これがここで逆転するという皮肉なときがくる。

妻は知的障害者などリンチに遭って死んでも構わないと主張する。もうこの時点で夫は妻に愛想を尽かしていただろう。それが最後に決定的になるシーンがある。侵入してきた男の一人に妻がまたレイプされそうになる。妻が思わず助けを呼んだのは「チャーリー!」だった。あの喧噪の中でさえ、夫は確実に聞いただろう。自分以外の男に助けを求める妻の声。夫はその瞬間おそらくすべてを悟っただろう。

いままでのシーンはこの瞬間のために、ネチネチと積み上げられてきたのだ。町の人たちの雰囲気、ネズミ駆除の男の不気味な笑い声、暴走する保守、大音響で鳴り響くフォークロア音楽、レコード針の擦れる音。ネチネチネチネチ。これがサムペキンパーの才能なのか。

暴力を肯定するとこは非常に危険なことであるということは、もちろん分かっているが、この作品を見た後には、脱力感とともに奇妙なカタルシスがあることも否定できない。
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日本のいちばん長い日

2010-10-19 | シネマ な行
邦画史に残る大作。ということを知ってはいたが、今回ケーブルテレビで放映があったのをやっと見た。

1945年8月14日の御前会議でポツダム宣言を受け入れることが決定してから翌日15日正午の玉音放送がされるまでの長く重苦しい一日を描く。

1967年白黒の作品であり157分という長丁場の作品でありながら、現代のワタクシたちが見てもまったく飽きない作品となっている。

ポツダム宣言を受け入れようとする内閣とそれに反対し本土決戦を主張する阿南陸軍大臣三船敏郎の緊迫したやり取りがまず伝えられ、実際には当然歴史の事実は変わらないのだけど、ここで陸軍大臣がどう出るのかということをハラハラしながら見つめてしまう。結局、御前会議でポツダム宣言の受け入れが決定したあとも、玉音放送の文言を巡ってまたもや内閣と陸軍大臣は対立。「戦勢日ニ非ニシテ」を「戦局必スシモ好転セス」に書き換えさせたのは、ワタクシ個人が賛成反対にかかわらず“軍人として”という意味においては阿南大臣の最大の功績と言えるものなのかもしれない。

しかし、陸軍大臣が自分が責任を持って軍に説明すると言ったにもかかわらず、一部の将校たちは玉音放送の録音盤を奪回しようと宮内省まで武器を持って押しかけたという宮城事件や厚木基地での反乱を起こす。このころの日本国民が神と崇めていた天皇が決定したことだというのに、それに納得しない兵士たちというのは、一体何なんだろうといつも思う。天皇を守ることが任務の近衛師団までが一緒になって反乱を企てるとは。しかし、彼らには彼らの理論があり、天皇を想う気持ちは逆に一般市民よりずっと大きいものだったのかもしれない。だからこそ、内閣に操られている(と彼らが思っている)天皇を内閣の陰謀から守らなければという気持ちがあったのだろう。あそこで、もし天皇自身が彼らの説得にあたっていたら、事はもっと小さく済んだのでは?と思うのだけど、たとえそれが現代でも日本で天皇にそんな仕事をさせることなんてできないんだろうな。

東宝の35周年記念映画として製作されただけあって、錚々たるメンバーが出演しているが(43年前の作品だけあって残念ながら亡くなった方も多い)とにかく阿南陸軍大臣を演じた三船敏郎の鬼気迫る演技がずば抜けて素晴らしい。実際にその行為どうこうということではないが、最後の割腹自殺のシーンもまさに映画史に残る名シーンだと言えるだろう。宮城事件を起こす畑中少佐を演じる黒沢年男はもうとにかくキンキン声でギャンギャンがなっていてセリフも聞き取れないところが多々あるのだけど、まぁこれは当時の陸軍少佐はこんなふうだったかもしれないなと思う。

ナレーションにもあるようにまさに「長い長い一日」のお話で、見終わったあとどっと疲れてしまった感があったが、それだけ優れた作品であると言えると思う。
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告白(原作本)

2010-10-18 | 
映画を見てすぐに原作本を買い、ワタクシにしてはかなり早いペースで読み終わりました。すぐに読破できてしまうほど、読みやすいし、面白いです。

原作は本当に“告白”なんですね。ト書きも場面描写も何もなく、ただただ登場人物が順番に告白していく。これを読むと本当にこれをよく映画化したなぁと感心します。

映画と同じようにまずは「聖職者」という章で森口悠子先生が淡々と生徒の前で話し始める。先に映画を見ているので、松たか子が話す様子がどうしても頭に浮かんでしまうのだけど、本では実際のサカキバラの事件などを例に挙げ、「調子に乗ったあて字を使っている」とか「マスコミは難しい漢字を知っているとでも言いたいのですかねぇとバカにしてやればいい」とかかなり過激なことを言っている。映画ですらゾッとした森口悠子の語りだけど、本のほうがずっとゾッとすることを言っているんですよね。この辺はさすがに映画のセリフには入れられなかったんでしょうね。

そこから「殉教者」美月、「慈愛者」直君の母の日記、「求道者」直君、「信奉者」修哉と続き最後に「伝道者」としてもう一度森口が登場する。
美月は雑誌に投稿した文章、直君の母は日記、修哉はホームページへの遺書、森口は修哉への電話とそれぞれの「告白」の手段が示されているが、直君だけはこれがなんなのか分からない。捕まってからの直君の夢といったところか。

美月は「どうしても先生に聞きたいことがあるのです」と言っていて、それは「少年二人を自分が直接裁いたことを今どう思っていますか?」ということだった。美月は唯一と言っていいすべての「観察者」であったわけだけど、そのすべてを目撃した彼女はやはり先生は後悔してるんじゃないかと思ったのかな?後悔していてほしいと。それは直君へも修哉君へも感じた恋心のせいだったのかもしれないけど。

映画で語られていない部分というのは「慈愛者」の直君の母親の部分と「求道者」の直君の部分が多いかも。
直君の母は彼女なりに、学校に行かなくなった直君を病院に連れて行ったり、いろいろと試行錯誤していて、ただの甘やかすだけの母親じゃないのかもと途中まで思わせる感じはしたのだけど、「ひきこもりというのは家庭に問題があって起きるのだから、直君はひきこもりじゃない」と結論付けているあたりから、んーこの人やっぱなんかズレてるな、と思った。でも、ある程度なら彼女の気持ちも理解できるという母親も多いのかな。息子が殺人を犯したと知ってから警察に行くよりも無理心中を選ぶというのは、倫理的にはダメなんだろうけど、親なら理解できる人も多いのかもしれない。

直君は結局2つの殺人を犯すことになるのだけど、どちらの殺人もキーワードは「失敗」だった。愛美ちゃんを殺したときは修哉に「お前は失敗作」と言われ、母親を殺したときには母親に「子育てに失敗してごめんね」と言われたことがきっかけだった。あまりにも母親に肯定されて生きてきた自分の虚像と実像のギャップを埋められないまま直君は2人を殺してしまった。

修哉の遺書に関しては、あまりにもあまりにも、ある意味では直君よりも甘すぎる。殺人者の頭の中がこんなことでは到底納得がいかない。ただ母親に甘えたいだけの駄々っ子の言い分でしかない。でもなぁ、少年犯罪なんてこんなものなのかもしれないなぁ。だからこそ、やはり親子関係っていうのは重要なのかな。

最後の森口の電話はいよいよ映画のクライマックス。これを読んでスッキリするか、後味が悪いと思うか両極端に分かれるところか。ワタクシはぶっちゃけスッキリしちゃったけどね。それでも森口の心は晴れないし、愛美は帰ってこないけど。ワタクシは「修哉君の本当の意味での更生がここから始まる」というセリフをどう受け取っていいのかいまだによく分からない。でも森口のどす黒い感情をただ醜いとは言えないんだよなー。

本の最後に映画化するにあたって中島哲也監督にインタビューしたものが載っているのですが、ここでまたまた中島哲也監督の天才っぷりを再確認させられました。だって、映画ではこういうことを狙いたいっていう監督の意図が、もう完璧に伝わってたってことが分かったですもん。松たか子に出した指示とか、生徒たちとの話合いとか。それから、登場人物たちがどの程度本当のことを言っていて、どこで嘘を言っているかっていう記述もすごく興味深かった。ワタクシは彼らが嘘を言っているなんて、まったく思わずに映画も本も見ていたんだけど、確かに監督の言うように彼らがすべて本当のことを語っているとは限らないんですよね。あのインタビューを読んでしまうと、また最初から映画も本もチェックしたくなります。
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ワイルドバレット

2010-10-14 | シネマ わ行
麻薬取引の場に乱入してきた警官を撃った銃を始末するように言われたジョーイポールウォーカーは自宅の地下室にそれを隠す。ジョーイの息子は地下室には入ってはいけないと言われていたが、たびたび近所に住む親友オルグキャメロンブライトと地下室には入って遊んでおり、この日もジョーイが銃を隠すところを目撃してしまう。オルグはその銃を盗んで帰り、自分を虐待している継父アンゾカレルローデンをその銃で撃って逃走してしまう。

ジョーイはそのことがマフィアの連中にバレたら大変なことになると、夜の街をオレグを探して右往左往。イタリアマフィア、ロシアマフィア、汚職警官、ポン引きが絡んで大変な事態になってしまう。

まず、ポールウォーカーがマフィアの下っ端っていうのが、なんかミスキャストだなぁと思っていたんですよねー。それに彼の風貌にしては子供がなんだか大きくて奥さんテレサヴェラファーミガの連れ子?とかややこしいことを考えてしまったんですが、普通に3人家族だったようです。後で調べたらポールウォーカーとヴェラファーミガって同い年なんですね。なんか、ヴェラファーミガのほうが年上に見えたので、勝手に想像してしまいました。

んで、ポールウォーカーがミスキャストな話ですが、これは最後まで見て納得。そうだよねー。彼がただのチンピラなんてありえない。でも、妻にまで内緒ってあるんかな?知り合ってからずっと?彼女はチンピラと結婚したと思ったらなんと!ってめっちゃビックリしない?ってかビックリだけで済まんか。それで良かったーって思うのが普通かもしれないけど、筋金入りのチンピラ家族出の女の人だったら、逆にがっかりしたりして?

オレグが逃げ回る途中で、変な夫婦に拉致されて、その変態夫婦が子供をさらってワイセツビデオ撮ったりして、あげくに殺してるっていう奴らだったんだけど、そこへ迎えに行ったテレサが怒りのあまりその夫婦を撃ち殺してしまうってシークエンスが、映画の流れとはまったく関係ないやーん!このシチュエーションいらんくないか?と思ったんだけど、実はこの作品中一番スッキリしたシーンだったりして、なんか好き。さすが、チンピラと結婚するだけのことはあるよ、テレサ。

今回キャメロンブライトくんは全然しゃべらない役なんですが、何かを訴えかける大きな瞳で守ってあげたくなる雰囲気を醸し出していますね。子役が大人の俳優として成功するのは難しいけど、彼ならこれからも良い役者になってくれるのではないかと期待しています。

チャンズパルミンテリ、久しぶりに見たなーと思っていたら悪徳汚職警官だった。あのイヤらしい感じにピッタリなんですが、彼はあったかい人柄を演じるとそれもそれでハマるし、やっぱり演技力の賜物なのですね。

なんか途中途中がまどろっこしいところもありながら、オレグと消えた拳銃の行方を追って、先の見えない展開が面白い作品でした。ポールウォーカーとヴェラファーミガが好きなのでちょっとひいき目もありということで。
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エクスペンダブルズ

2010-10-13 | シネマ あ行

我らがシルベスタースタローンが脚本、監督、主演を務める作品。彼が一声かければ、ジェイソンステイサムジェットリーミッキーロークドルフラングレンブルースウィリス(チョイ役ね)、アーノルドシュワルツネッガー(こちらもチョイ役)が集まっちゃうんだからすごいな。

彼らを「消耗品軍団」としてまとめるのがスタローンってわけなんだけど、確かにこの面子をまとめられるのは彼くらいしかいない。

しかし、このアクション、さすがスタローンが脚本、監督だけあって、なんだか日本風に言うとザ・昭和??的な?

CG全盛のこの時代に本物の男を見せてやる!っていう意気込みは分かるんだけど、そんなバカバカなんでも壊しゃーいいってもんでもないんじゃないの?と思ったり。

仲間たちがお互いを思い合って協力し合っているのは分かるんだけど、もう少し一人ずつの背景とかがちゃんと描かれないと、観客はなんだか置き去り感が強い。話は単純明快でいいんだけど、なんか誰にも感情移入できないまま突っ走られちゃった感じがあった。

スタローンはやっぱなんだかカッコ良かったけど。64歳のじーちゃんとは思えない筋肉だけど、少し前よりはちょっとイイ感じの枯れ具合も出てきたかなぁという雰囲気になってきた。ヒゲも良く似合ってたし。しかし、あんな環境保護団体の人がいたら怖すぎるよ。エコじゃないことしたら殺されそうだもん。ヒロインのジゼルイティエとはもう父と娘ほど、下手したら祖父と孫ほど離れてたけど、無理やりなキスシーンとかはなかったので、イヤな感じはしなかった。(彼女は28歳だから“孫”ってのは言い過ぎだけどね)

あとはこの傭兵軍団は卒業して彼らの溜り場になっているバーを経営しているトゥールを演じるミッキーロークが渋かった。日本の女性の中にはいまだに「ナインハーフ」ときの彼が忘れられずに今現在の彼を受け入れられないって人も結構いると思うんだけど、ワタクシは今の彼は今の彼でとてもイイ味になってきて好きだな。

ジェイソンステイサムは出てきたころは、なんかもっさいヤツだなぁなんて思っていたけど、最近はちょっとカッコいいと思えるようになってきた。ブルースウィリスと兄弟役なんかやったらいいんじゃないかなぁ。なんか似てない?

最強シリーズ発進なんて宣伝してるけど、続編も作るつもりかなぁ?それなら、もう少し軽快なセリフとかキャラクターの掘り下げとかが欲しいところです。

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ナイト&デイ

2010-10-12 | シネマ な行
公開日に行ってきました。

満席だったよー。
ぶっちゃけこんなに混んでるとは思わなかったんですよね。トムクルーズキャメロンディアスもぶっちゃけ結構歳だし、まだファンがいるのかしら?って思ってて。ワタクシはキャメロンのファンなので、これはどんなにバカバカしい映画でも見ようって決めてたから速攻行ったけど、正直空いてるかなーって思ってたらいっぱいだった。
やっぱり日本でのトムの人気は不動なのかなー。すごい。

空港で何度もぶつかったチャーミングな男ロイミラー(トム)と同じ飛行機でイイ感じになったジューンヘイヴンス(キャメロン)だったが、実はその男はジューンがトイレに行っている間に飛行機に乗っている客を殺し、なんとパイロットまでも殺してしまっていて、自分でコックピットに座り不時着させてしまった。その後眠り薬で眠らされたジューンは目覚めると自宅のベッドの中だった。悪夢のようなフライトは過ぎ去ったかのように思えたが、妹の結婚式の衣装合わせに行った先でFBIと名乗る男たちに車に乗せられ、ロイミラーは正気を失ったスパイだと聞かされる。そこへまた現れたロイミラー。ジューンを誘拐してまたジューンは巻き込まれてしまう。

出会っただけで、女性がぽーっとなってしまうような真っ白な歯にさわやかな笑顔というのはトムクルーズにぴったりでたとえ少し歳を取ったとはいえ、まだこの役でイケるところがスゴイ。トムを見てるとついつい「芸能人は歯が命」を思い出してしまうんだよねー。

今回はキャメロンが巻き込まれ型ヒロインで、彼女のよく動く表情筋とコミカルな演技がこの役によく合っている。「私の中のあなた」「運命のボタン」と暗い表情のキャメロンが続いていたから、ファンとしてはとても嬉しい。やっぱりキャメロンはこうでなくっちゃ。

ぶっちゃけ二人のプロモーションビデオを見に行くくらいの気でしかなかったので、結構面白かったな。キャメロンのコメディエンヌっぷりもそうだし、トムがまるでセルフパロディかのように笑わせてくれる。トムが車の屋根に乗って、王子様座りで下の道路からせりあがってくるとこなんて計算たっぷりで最高だ。

あとはジューンがロイの両親の家に行くところがワタクシは好きでした。なんか、妙な間で。ロイは死んだことになっているけど、内緒でいろいろなプレゼントを両親に送って親孝行してるんですよね。それを受け取っている両親がちょっと間が抜けていて面白い。

ストーリーも意外にちゃんとしてて、「ん?これはどうなるの?」と途中から結構マジに面白くなってくる。最後のどんでん返し的なラストも読めたと言えば読めたけど、役柄が見事に逆転してよくできていた。

軽い気持ちで見られるコメディなのに、トムとキャメロンというハリウッドきっての大スターの出演というビッグな取り合わせが贅沢な気持ちにさせてくれる作品です。


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アニーリーボヴィッツ~レンズの向こうの人生

2010-10-06 | シネマ あ行

アニーリーボヴィッツはアメリカの有名な写真家で、写真家としてもちろん知っている人は多いのだけど、たとえアニーリーボヴィッツという名前は知らなくても彼女の作品は知っている人が多いのではないだろうか。ジョンレノンがオノヨーコに裸で抱き着いている写真とかデミムーアの妊婦ヌードの写真を撮った人と聞けば「あぁ」と思い当たる人も多いだろう。

ジョンレノンの写真のほうは彼の死の数時間前に撮られたということで有名だし、「ヴァニティフェア」誌の表紙になったデミムーアの妊婦ヌードは猥褻か否かと話題になり、アメリカでは発禁処分にした州さえあった。(アメリカは保守的な州がありますからね)

ワタクシは写真という分野はあんまり得意ではないというか、どう評価していいのやらよく分からんのですが、アニーリーボヴィッツの写真はとても好きだ。彼女が「ヴォーグ」や「ヴァニティフェア」で有名人を撮っていて、その有名人たちがまた彼女が撮るときには、普段見せないような表情をしたり、変わったメイキャップや、セットで撮ってくれるのがとても楽しい。

この作品はアニーリーボヴィッツを知る人々が彼女について語ったり、彼女自身が自分の人生を語ったり、彼女の仕事の現場を見せてくれるのだけど、「ヴォーグ」が映画「マリーアントワネット」ときのキルステンダンストら出演者をフィーチャーしたときの現場が何度か映ってとても興味深いものだった。他にも有名な人がバンバン登場したり、60年代から70年代にかけてのドラッグ全盛期のストーンズの裏話なんかが出てきて、アメリカやイギリスのショービズ界が好きな人間にとってはたまらない。

彼女が自身の才能を余すところなく表現し、精力的に活動していく姿がもの凄く清々しく映った作品だった。

邦題が「レンズの向こうの人生」となっているんだけど、"Life Through a Lenz"で「レンズを通した人生」じゃダメなのかな?「向こう」だとちょっとニュアンスが違うような気がするんですが…

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ディープブルー

2010-10-05 | シネマ た行
先日TV放映してました。ぶっちゃけ期待度ゼロで見たので、ちょっと面白かったです。

アルツハイマーの新薬開発のため、海上の施設でサメの脳を巨大化させる研究をしていたところ、サメの脳は巨大化しただけではなく、知能も発達してしまい、やがては高い知能を使って人を襲うようになるというお話。

ただでさえ、恐ろしいサメの知能が高くなってしまうのだから、これはもう鬼に金棒状態ってちょっと意味が違うけど。彼らは計画を立てて、人間の施設から逃げ出そうとする。このサメたちには何の罪もないわけだけど、自分が食べられるとなればやっぱりやっつけないわけにはいかないわなぁ。

この施設の出資者であるラッセルフランクリンサミュエルL.ジャクソンが喰われるシーンはすごかったな。あれって確か当時TVCMでも流されていたシーンで、当時は「こんな面白いところ予告で見せてどうすんねん!」って思ってたんやけど、先日見ていたときにはちょっと忘れてしまっていて、本当にビックリしてしまった。あんなにカッコよく決めたあとだったのに、なんか哀れだったなぁ。

研究室にいた人たちはみんなで協力して逃げているけど、キッチンにいたシェフシャーマンLLクールJのことはみんな忘れてたの?シフト的にいるかどうか知らなかったのかなぁ?彼は笑わせるパートを演じていたけど、最後にビデオカメラに向かって遺言を残すところはちょっとほろっときました。彼はシェフだから後世に残せるものはこれしかないと言って、「おいしいオムレツの作り方」を説明しだすんです。それがなぜかとても素敵に映りました。

仲間が次々に喰われていくわけだけど、最後のスーザン博士サフロンバロウズってあんなふうに死ぬ必要があったのか疑問です。やっぱり彼女はこの事態の責任者だったから生かして帰すわけにはいかないっていう発想なのかな。ワタクシは彼女が責任者だからこそ残って欲しかったな。サメのDNAをいじるっていうのは確かに神をも恐れぬけしからん行為だったのかもしれないけど、彼女の研究そのものは有意義なもんだったんだろうからねぇ。彼女が途中サメを電気ショックでやっつけるシーンもなかなかの迫力で良かったです。

レニーハーリン監督の作品なので、何も考えずに楽しむのがいいでしょう。

オマケところで、一年間に全世界でサメに殺される人の数よりも犬に殺される人の数のほうが多いということらしいのですが、本当ですかね?
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東京裁判

2010-10-04 | シネマ た行
第二次世界大戦後、戦勝国によって日本の戦争犯罪人たちが裁かれた極東国際軍事裁判、通称東京裁判を4時間30分以上にわたって描くドキュメンタリー。当時の裁判の映像記録を延々と見せられるのだが、その間に戦争に至った経緯、終戦から裁判に至った経緯、裁判の経緯を丁寧に説明してくれるので、全然退屈にならない作品である。

どのようにして日本が満州を建国していったか、どのように日中戦争、太平洋戦争へと進んで行ったか、終戦を迎え各国の思惑、戦争裁判とは何か、すべてを割と客観的に描いていると感じた。

そもそも、戦争犯罪というものはナチスを裁いたニュルンベルク裁判まで存在せず、それを東京裁判に適用させるのは司法というものの有り方からして間違っていると主張した裁判官もいたということに驚かされた。ワタクシは恥ずかしながら、そのことは知らなかった。と言って、彼らが戦争責任から逃れられるものではないとは思うが。

被告人の数は28人で、それはなぜかというと「被告席が28席だったから」なんて言われていたけど、そんなのマジで「何じゃそれ!?」って感じですね。そんないい加減な理由でいいわけ?「勝てば官軍」って言うけどさ、こんなとこでもそれでいいんですかね?

「落日燃ゆ」の広田弘毅がワタクシ個人的にはどんな感じの人か動いているところを見たかったんですが、小柄なおじさんといった雰囲気の人で少し意外だったけど、あの柔らかそうな物腰なら彼が家庭人だったことも納得できると思った。彼の奥さまが裁判で死刑になるであろう夫の最後の心残りにならないようにと自殺したことも映画の中で触れられていて、歴史の事実として変えられないものだけれど、とても悲しかった。

どうして天皇の戦争責任が問われなかったのかということも、アメリカの思惑や裁判官の考え方など対立するところもあって、とても勉強になるものだった。ぶっちゃけあのとき天皇制を廃止しておいてくれればなぁと思ったりもするのだけど、あのときの日本人として、もし天皇制を廃止していたならば、アメリカ政府の読み通り、日本はこんなにも従順にアメリカに従ってこなかったのかもしれない。それが日本にとって良かったのかどうかは分からない…

驚いたのは終戦時の映像でありながら、非常にキレイな映像だなぁと感じました。1983年の作品だからデジタルリマスターとかじゃないはずなんだけどな。冒頭にも書いたように長時間の作品ですが、決して退屈なものではないので、ぜひご覧になってほしいと思います。これを見たらニュルンベルクのほうも見たくなりました。
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