シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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アトミックブロンド

2017-10-30 | シネマ あ行

予告を初めて見たときから見に行きたいと思っていた作品です。なんせシャーリーズセロンがカッコ良過ぎるんですもの。

壁が崩壊する直前の東西ベルリン。世界中に暗躍するスパイたちのリストを取り返すべくMI6の腕利きスパイローレンブロートン(セロン)がかり出される。現地にいるMI6のデヴィッドパーシヴァルジェームズマカヴォイと協力してというはずなのだが、このパーシヴァルがどうも信用できない男。リストを巡りMI6(イギリス)、KGB(ソ連)、CIA(アメリカ)、DGSE(フランス)が入り乱れる。あ、シュタージ(東ドイツ)のおっちゃんエディマーサンも出てたな。

正直言って途中からもうストーリーを追うのがしんどくなりました。結局みんな何やってんの?みたいな気になってきて。でもいいんです。シャーリーズセロンのプロモーションビデオを見に行っただけですから。

シャーリーズ演じるローレンブロートンが何から何までカッコいい。タバコを吸う姿、ウォッカを飲む姿、フランスのスパイ・デルフィーヌソフィアブテラとのベッドシーン、闘う姿。この闘う姿っていうのがね、たいがい女性が殴られたりするのって見るのが辛いんですけど、シャーリーズって体がでかいし、とにかくこのローレンが強いからっていうのが一番なんだけど、大の男たちとボコボコにやりやってても爽快感あるんです。何十人相手にしたんだろ。かなり肉弾戦を繰り広げてくれます。ここまでのアクションができるのはシャーリーズの他にはアンジェリーナジョリーかミラジョヴォヴィッチくらいかなぁ。

そして、衣装ももちろんカッコいいし、プラチナブロンドもブルネットもなんでも似合ってしまって惚れ惚れ。

彼らスパイが出入りするホテルやバーなどもベルリンのデカダンスを非常にうまく表現しているし、当時の音楽がガンガンの大音量で流れて最高です。サントラも良さそうだな。

ストーリーはいまいち分かりにくいというか、ストーリーテリングはあまり上手じゃないなと思ったけど、ラストシーンで冷戦が終わったあと、ローレンがどうなったのか続編を見せてくれてもいいなぁと思いました。

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Re:LIFE~リライフ

2017-10-27 | シネマ ら行

アカデミー賞を受賞した後15年間鳴かず飛ばずの脚本家キースマイケルズヒューグラントはエージェントに薦められて田舎の大学の脚本コースの講師の職を引き受ける。次に脚本が書けるまでの腰掛くらいにしか考えていないキースは着任早々まだ授業1日目にも至っていない初日にいきなり大学の学生と関係を持つというふざけた態度。講師の歓迎会でもジェーンオースティンの研究家であるメアリーシェルドン教授アリソンジャネイに女性差別発言をして嫌われ、脚本コースの学生たちも選考のための脚本など読まずフェイスブックで顔を調べて女子はキレイな子、男子はダサいヤツだけを入れた。

そんなふざけきったキースなんだけど、ヒューグラントが演じているせいか、なぜか憎めない。彼の行動を見ていると決して性根の悪いヤツじゃないんだよなぁというのが伝わってくる。学生に簡単に手を出してしまったり、女性差別的なことをジョークのように言ってしまうのもハリウッドという文化にどっぷり浸かっていたせいで、キースが悪いヤツだからじゃないんだなということが分かる。

初めはやる気もなかったキースだけど、学生たちの脚本の指導をしているうちになんだかやりがいのようなものを感じ始める。学生の中にいるシングルマザー・ホリーマリサトメイは同世代でキースに遠慮なく自分の意見を言って、キースとは正反対な性格だけど、彼女のアドバイスにはっとさせられることも。

ミドルエイジクライシス的なものに、定番の学生と教師の交流も混ぜつつ、ハリウッドという広い世界に見えてとても狭い世界に住んでいたキースの目が開いていくという過程を見るのが楽しい作品。

そこに涙もろい学科長のJ・K・シモンズやちょっとキモい役の多いクリスエリオットなど個性の強い役者たちが脇を固めていて、アリソンジェネイも含め全員が役者でありながらコメディセンス抜群の人たちばかりが集まっているから、「間」が最高なんだよね。

特に目新しいものがある脚本なわけじゃないけど、なんだか心温まる作品でした。

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すばらしき映画音楽たち

2017-10-20 | シネマ さ行

「映画」という商業作品や芸術の分野において非常に重要な役割を果たしている「音楽」にスポットを当てたドキュメンタリー。誰もが聞いたことのある挿入歌やテーマ曲、エンディング曲、はたまたシーンのバックに流れる音楽を作っている人たちに次々とインタビューしている。

その作曲家本人のことは顔などもちろん全然知らなくても、その人が作った音楽を聞くとすぐに、「あ~これを作った人か。すごい人だな」となるような人たちが次々に登場して驚かせてくれる。

彼らが監督とともにイメージを膨らませすでに撮影の済んでいる映像に音楽を重ねていく様子が見られてとてもワクワクした。普段映画を見るとき、とてもインパクトのあるシーンや音楽は別として、何気ないシーンのバックに流れている音楽など無意識に耳に入っているだけということもあるが、それが全体は何秒で~とか、何秒目から徐々に盛り上がりをつけて~とか、細かいやりとりがあって、まったくセリフのないシーンなどに深みを加えていく作業が素晴らしい。

映画音楽作りのルールはただひとつ「ルールなどない」ということらしいです。音楽のジャンルも問わずどんな楽器を使うかも問わず、楽器どころか何を使って音を出すかさえも問わない。ここまで自由となると却って難しい作業なのではないかなーと思いました。

彼らが曲作りの辛さなどを語るところで、街でその映画のポスターを見かけるとめっちゃビビるというのが面白かったです。音楽をつけるのはどうしても最後の作業になるからお尻が詰まっていることが多いのでしょう。「公開ってポスターに書いてあるけどまだ半分も曲書けてないのにどうするんだーーー」ってなるっていうのが人間的で面白かった。

そして、作品が出来上がったときに一般に公開している映画館にお客さんの反応を見に行くという人がいて、これも面白かったな。映画を見ずにスクリーン側からお客さんの反応を見て、「気味悪がられていると思う」と言っていて、映画が終わるや否やトイレの個室にこもって、お客さんの感想や鼻歌で挿入歌を歌わないかとかを観察していると言う。映画を見た直後に鼻歌で出てくる曲を書くことができたらこれはもう映画音楽作家としては大成功だろう。

実際に曲を録音していく作業も見ることができるのですが、ここで集まっているスタジオミュージシャンたちのすごさにビックリしました。オーケストラが集められているのですが、彼らは事前に楽譜をもらうことなくその場で初めて楽譜を見て完璧に演奏するというのです。それがスタジオミュージシャンとしては当たり前なんでしょうけど、映画監督などもそれを聞いて驚くみたいですね。しかもそれをそのまま弾くだけではなく、その場でやっぱり全部半音下げてとかここはもっとゆっくりにしてとかいう要望に即座に応えるのですから。作曲家が楽譜は演奏家たちへのラブレターと言っていて、めちゃくちゃカッコいいと思いました。

「うぬぼれでも何でもなく、自分自身が鳥肌の立つような音楽を書けなければ、人を感動させることはできない」と言っていて、これは本当にそうなんだろうなと思いました。ワタクシなんかでは到底理解できない物を作る人の発想だと思うけど、何かすごいものを書けたときというのは、自分でも鳥肌が立つものなのでしょうし、自分はそれくらいのことをやっていると思っていなければできない仕事だと思います。

映画が好きな人にとってはとてもワクワクするドキュメンタリーですので、ぜひご覧になってほしいです。

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奇蹟がくれた数式

2017-10-19 | シネマ か行

アインシュタインにも匹敵する頭脳と言われたインド人数学者シュリニヴァーサラマヌジャンデヴパテルのお話。

1941年ケンブリッジ大学の数学者G・H・ハーディジェレミーアイアンズはインドから手紙を受け取る。そこには驚くべき数式の発見が示されており、ハーディ教授はラマヌジャンを呼び寄せる。

母親の反対を受けたラマヌジャンだったが、イギリスに渡ることを決意し、新婚の妻を後で呼び寄せる約束をして船に乗った。

数式は女神が舌の上に置いていくという神秘的なことを言うラマヌジャンと無神論者で数字は得意だが人とのコミュニケーションは苦手なハーディ。西洋式に数式は証明してこそ意味があるということをラマヌジャンに説くが、ひらめきだけで数学を理解してきたラマヌジャンにはそれがなかなか通じない。

インドからイギリスにやって来たラマヌジャンが文化の違いに戸惑うところや、堅物のハーディがなんとかラマヌジャンとコミュニケーションを取ろうとする姿がなんだか可愛らしい。

ただハーディとラマヌジャンの世界の外では、可愛らしいでは済まない現実があり、ラマヌジャンはイギリス人から差別を受けるし、戦時下でベジタリアンの彼が食べるものがろくになく栄養失調から病気になってしまう。ハーディはハーディで彼の味方は友人のリトルウッドトビージョーンズだけだったのに、彼は従軍しなければならなくなってしまう。

そんな中でも2人、不器用な者同士ラマヌジャンの数式の証明に取り組み、ハーディは学者連中を説得し、一度は却下された特別研究員の地位をラマヌジャンに与えることを認めさせる。

数式などひとつも理解できなくとも、この物語に登場する人々の友情とその人生には胸の熱くなるものがあり、マシューブラウン監督は随所に適度な笑いを入れつつ、真面目にストーリーを語ってくれて好感が持てた。

ジェレミーアイアンズの作品は久しぶりに見た気がするのだけど、昔から神経質そうないでたちで今回の人の目をちゃんと見て話せないようなコミュニケーション下手な教授がとてもよく似合っていた。そして、いまやインド人の役はすべて彼に一度はオファーが行くであろうデヴパテル。人気だけではなく実力が伴っているので安心して見ることができる役者さんだ。

お話に登場する数式などはさっぱり分からないのだけど、数学が芸術に通じるという概念だけはなんとなく理解することはできる。ラマヌジャンを見ているとこの世の中にある真理を見つけ出すというのはある意味神の領域であり、それは神秘的な体験なのかもしれないと思える。まったく数学が分からない人でも楽しめる心温まる作品です。

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怒り

2017-10-16 | シネマ あ行

八王子でとある夫婦が殺害される。現場は血の海で、壁に犯人が血文字で書いた「怒」という文字が残されていた。犯人は整形して逃亡中。

千葉。家出して風俗で働いていた愛子宮崎あおいは父・洋平渡辺謙に見つけられ家に連れ戻される。愛子が家出した間に父の職場である港で働き始めた寡黙な男・田代松山ケンイチと愛子は魅かれあうようになる。

東京。ゲイで遊び人の優馬妻夫木聡は、ある日サウナで直人綾野剛という大人しい男に出会い、なんとなく一緒に暮らすようになるが、そのうちお互いが大切な存在となっていく。

沖縄。母親の都合で沖縄に引っ越してきた泉広瀬すずは友達の辰哉佐久本宝に無人島に連れて行ってもらい、そこで野宿生活をしている田中森山未来と出会う。

3人の素性の知れない男性。ニュース映像で流れる八王子事件の犯人と全員どこか似ている。この3人のうちの誰かが犯人ということか。と、思いながら見ていたんですが、途中から実は時系列がいじってあって、この3人は同一人物で犯人が転々と居場所を変えて逃走していっているということなのか?と勘ぐってしまったのだけど、「この3人のうちの誰かが犯人」ということで合っていたらしい。結局誰も犯人じゃないっていうのもアリなのかなぁと思いながら見ていたのですが、、、

3人全員がそれぞれの土地で知り合う人たちと交流して、その知り合う人たちはやがてそれぞれが八王子の犯人なのではないかと疑いを持ち始める。全員が知り合ったのが事件後で、その前に何をしていたのかはっきりしていないということから疑いが生じるのはしょうがない気もする。ニュースで公開される犯人の人相をうまく3人の役者に似せてあった。

すべての話がよくできているので、まったく飽きることなく見ることはできたのですが、最終的に犯人が分かる部分はちょっと納得がいかなかったな。犯人が誰だったかはここでは書かないでおきますが、なんかそれまで普通に良い人って感じだったのに後半に急変するのがついて行けませんでした。犯罪を犯す人でも一見良い人に思えるっていうのはあるかとは思うのですが、犯人を知っている人物が後半に現れて犯人の性格とかを語り始めるのですが、それと彼が全然一致しなくてどうも唐突感が否めない。始めのほうで警察が犯人のアパートを家宅捜査するシーンがありますが、その犯人像と彼を後半で急に合わせてきたという感じがしてしまいました。

そうそうたるメンバーが出演していますが、その中でも宮崎あおいの演技は群を抜いて上手いですね。彼女にはいつも感心させられますが、今回のちょっと普通とはずれていて(少し障害があるのかな)風俗で働くような女性ってさすがにミスキャストでは?と思っていたら、全然違和感がなくて本当にビックリしました。

そして、広瀬すずちゃんも光っていました。彼女は立ち姿だけですでに妙な風格が伴っていて、テレビサイズの女優ではなくて銀幕サイズの女優だなと感じました。すでに大物感が漂っていてこれからがめちゃくちゃ楽しみです。

誰が犯人かというサスペンスよりもそれぞれの人生のドラマを中心に見たほうが面白いかもしれません。

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ビハインドザコーヴ~捕鯨問題の謎に迫る

2017-10-13 | シネマ は行

2010年に「ザ・コーヴ」を見たときにどうして「メイキング・オブ・ザ・コーヴ」というカウンタームービーを作らないんだ!という感想を書いていたら、カウンタームービーができた。2015年、映画作りは素人の八木景子監督が作ったというので見たかったのだが、見る機会がなくこの度ケーブルテレビで見ることができました。

正直に言います。まぁとにかく素人くさい。本当に手作り感がすごいです。ぶっちゃけ見ていてしらけそうになるくらいなんだけど、最初にちょっとそこに目をつぶって我慢して見ているとだんだん内容に必死になって見ていました。

太地町の人々、太地町の役人、市長、太地町の活動家、国の役人、シーシェパード、ノルウェーの教授、アニマルプラネットの元カメラマンとインタビューは多岐に渡り、それぞれの人が話す内容もあっちゃこっちゃ行ってちょっと分かりにくい。ワタクシが期待していたのはまさに「ザ・コーヴ」のカウンタームービーで「ザ・コーヴ」のはい、ここがウソ、あそこがウソってひとつひとつ指摘していってくれるような作品だったのですが、これはそこまで逐一やっていくわけではなく全体的な反論となぜここまで捕鯨問題がアメリカで取り上げられるかという疑問に迫るといった感じでした。

結局日本の国が「ザ・コーヴ」に関して何もしなかったのは、こんなことにお金をかけても無駄だからってことだったらしい。捕鯨なんて大した経済効果もないし、日本の片田舎のとある町の人たちがやりたいなら勝手にやったらいいじゃないくらいのもんなんだろう。それプラス、アメリカはベトナム戦争への世界的な非難から目を背けさせるために日本の捕鯨をやり玉に挙げたっていうんだから、それには驚きだったな。シーシェパードがイルカに固執するのは儲かるからっていうのは予想がついたけど、まさかアメリカが自分とこへの非難を避けるために捕鯨問題を利用したとはね。

シーシェパードの人たちにもインタビューをするんだけど、何を聞いてもお話にならないよね。一応質問したことには答えてはくれるけど、内容は要領を得なくてイライラする。あの代表にインタビューさせまいとやたらと手を回してきたシーシェパードの日本人女性にもイライラしたな。

捕鯨問題を原爆の問題と結びつけるのはちょっとどうかと思う部分もありましたね。捕鯨問題でアメリカが日本ばかり責めるのは人種差別があるからというのは、あながち完全な間違いではないかもしれないけど、それだけで断罪してしまうのは危険な気がします。こちらの文化をはなから理解する気がないという傲慢な態度は結局有色人種を下に見ているからというのがあるかもしれないけど、もう少し鯨とイルカを獲って食べることの環境への影響などを科学的な見地からシーシェパードに疑問をぶつけてほしかった。

科学的な資料とか、歴史的な資料もたくさん登場して客観的に判断できるようにはなっているんだけど、その資料の出し方が一瞬映るだけだったりして、物足りなさはあった。

太地町の人たちは「ザ・コーヴ」以降もうメディアはこりごりという感じだっただろうから八木監督が信頼を得るまでは大変だっただろう。そういうところは素人だったのが幸いしたのかもしれない。



と、レビューを書くために人名などネットで調べているとこの作品の「アメリカがベトナム戦争への非難から目を背けさせるために日本の捕鯨をやり玉に挙げた」というのはウソという情報が、、、んーーーなんなんだ。これこそドキュメンタリー作品を鵜のみにしてはいけないというこの作品の意図と合致した意味を持った例になってしまっているではないか。

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ドリーム

2017-10-11 | シネマ た行

これは絶対に見に行くと決めていた作品です。

1960年代、宇宙への有人飛行をソ連と競っていたアメリカ。その輝かしい実績の陰に活躍を隠されていた人々がいた。「Hidden Figures」それが彼女たち、黒人女性の計算係たちだ。人種隔離政策がまかり通っていた時代。彼女たちの西計算室はメインの建物から遥か遠い場所の地下に設けられていた。

天才的な計算頭脳を持つキャサリンタラジP.ヘンソン、管理職的な役割を果たしているのに黒人女性ということで管理職にしてもらえないドロシーオクタヴィアスペンサー、エンジニア志望だが同じく黒人女性ということでエンジニアになれないメアリージャネールモネイ。この3人がお話の中心だが、西計算室には他にもたくさんの黒人女性たちが働いている。

ある日ソ連に先を越されてばかりのアメリカは計算に長けた人物が必要だと、人種を越えてキャサリンを計算室からメインの作戦室へ呼び寄せる。しかし、そこでは白人たちに冷たくあしらわれ、有色人種用のトイレに行くために西計算室までの片道800メートルの道を一日数回往復しなければならず、コーヒーポットも同じものは使わせてもらえない。この部署の誰よりも優秀なのに。そのキャサリンの優秀さがハリソン部長ケヴィンコスナーに買われ、NASAでは人種隔離などやめるよう働きかけてもらえたり少しずつキャサリンにとっての状況は良くなる。

ドロシーは管理職にはしてもらえないが、新しく来たIBMコンピュータの言語を覚えることで新しいポジションをゲットしていく。彼女は自分だけではなく西計算室にいる全員にコンピュータ言語を教え、みながIBMの部屋へ上がれるようになる。キャサリンが毎日苦労してトイレに駆けていた800メートルを今度は西計算室から黒人女性たち全員が隊列をなして行進していく姿が圧巻だった。

最終的にドロシーは管理職に格上げされる。彼女に辞令を渡すのは東計算室(白人女性たちの計算室)の管理職ヴィヴィアンミッチェルキルステンダンスト。ヴィヴィアンがドロシーに「私は偏見などないわ」と言うとドロシーが「知っています。あなたがそう思いこんでいることは」と言うシーンが非常に印象的に胸にどすんと来る。ヴィヴィアンはそう言われて、きちんと考え方を改めた。

エンジニアになるためには白人オンリーの高校で授業を受けないといけないという規則を知ったメアリーは、そこに通えるように裁判所に訴え出る。到底認めてくれそうにない白人男性の裁判官に向かって「今日あなたが出す判決で100年後も意味のあるものはどれ?あなたが“初めて”黒人女性に白人の高校に通う許可を出した裁判官と言われるのよ」と言って説得するシーンもめちゃくちゃ気持ちがいい。

彼女たち3人の私生活もほどよい配分で描かれ、すべてにおいて気持ちのいい作品。もちろん、テーマは重いし、現実にはもっと苦しいこともたくさんあったとは思いますが。映画作品としては素晴らしい出来栄えで、昨年アカデミー賞作品賞にノミネートされた作品の中でワタクシは見たものの中ではこれが一番良かったです。

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ランスアームストロング~ツールドフランス7冠の真実

2017-10-04 | シネマ ら行

このドキュメンタリー、2009年のランスアームストロングの自転車競技への復活、ツールドフランスでの活躍を映画にすべくアレックスギブニー監督が撮り始めたところ、ツールドフランスでは負け、彼のドーピング疑惑が取り沙汰され、彼自身が初めてドーピングについて洗いざらい告白するという事態となってしまい、ヒーローの復活劇を記録するはずだった作品は「The Armstrong Lie」というこのドキュメンタリーに化けた。

ワタクシは2016年に「疑惑のチャンピオン」という映画が公開され、2013年にすでに作られていたこのドキュメンタリーよりも先に見てしまっていたので、アームストロングが行ったドーピングに関してはだいたい知っていました。

映画で知っていたとは言え、アームストロングの発言などを実際の映像で見るのはかなりインパクトがありました。自転車競技界は長年ドーピングの疑惑を常にかけられてきていました。その中でアームストロングは何度でも平気な顔で堂々とドーピング疑惑を否定してみせました。「私はドーピング検査に一度も引っかかったはない。疑惑の目を向けるなら証拠を持ってこい」彼は何度でも平然とそう言ってのけました。微量の違反薬物が出たときも、チームメイトが検査に引っかかった時も。

彼は自分がドーピングをしただけではなく、それをチームメイトにもやらせ、それを告発した者たちには徹底的に権力を使って排除しました。親友だった夫婦も裁判で彼が医者にドーピングの経験を話しているのを聞いたと証言したことから、自転車業界で働けないようにまで追いやったのです。

彼を取り巻くスポンサーも自転車業界もみな彼の味方でした。お金が儲かるから。そして、彼はガンを克服した英雄としてガンサバイバーの希望の星でもあり、ガンと闘うチャリティのシンボル的存在でした。そのこともあってみな声をあげることはできなかった。

後半で彼は自らのドーピングを認め、話をしていますが、なんかふてぶてしいというかあんまり悪いことしたとは思ってない感じはしたかなぁ。みんなやってたし、それで能力を高めただけって感じなのかも。でも話し方とか堂々としていて、聞いていると取り込まれそうな雰囲気があるんですよね。変な魅力があるというか悪魔的な魅力なのかもしれません。「数十年後にはツールドフランスを7連覇したランスアームストロングと再び言われることになっているかもしれない」と本人も言っていたように、ドーピングに対する罪の意識はあまりないのかも。

やっぱりでもなぁドーピングそのものよりも、親友だった人への仕打ちが酷すぎて、自分を倒そうとする者にはどんな汚い手を使ってでもやり返すっていう人なんだろうなと感じました。

ドーピングの内容についてはこの作品では言葉で語られるだけなので、実際にどんなふうだったかを見たい方は「疑惑のチャンピオン」を見るといいと思います。ドキュメンタリーの中でチームメイトが「気持ち悪い」と言ったようなことをガンガンやってます。

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