シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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ファンタスティックビーストと魔法使いの旅

2016-11-29 | シネマ は行

ワタクシ、ポタリアンですのでもちろんこの作品は以前から楽しみにしていて、公開日に見に行ってきました。

舞台はニューヨーク。ハリーたちが生まれるずっと前。魔法動物学者のニュートスキャマンダーエディレッドメインがイギリスからニューヨークにやって来る。彼の小さなカバンの中には魔法動物がいっぱい詰まっている。そのカバンが開いちゃったからさぁ大変。ニュートは元闇祓いのアメリカ魔法省で干されているティナゴールドスタインキャサリンウォーターストンと行きがかり上関わったノーマジ(マグルのアメリカでの呼び方。設定が細かい!こういうとこ好き)のジェイコブコワルスキーダンフォグラーと共にカバンから飛び出した魔法動物たちの回収に奔走する。

このニュートスキャマンダーがね、こんなアドベンチャー作品の主人公とは思えないほど挙動不審。人の目を見て話せないし、なんだか妙にしどろもどろ。(過去のリタレストレンジとの関係が原因か?)でも魔法動物の扱いは得意らしい。

登場する魔法動物たちがとても可愛らしい。ワタクシのお気に入りは何と言ってもニフラー。原作「炎のゴブレット」でハグリットの授業に登場するんですよね。キラキラが大好きなモグラっぽい見た目の仔。小さい体にいっくらでもキラキラが入るんですよね。さすが魔法動物。動きもなんかふにょんふひょんしてて可愛い。デミガイズはめちゃ怖い顔してるのにオカミーの赤ちゃんを守っていたのが愛おしかった。ニュートにべったりのボウトラックル・ピケットは情報と引き換えに引き渡されそうになって、ニュートにめっちゃ怒ってすねてたのが可愛かった。大きくなったオカミーをゴキブリとティーポットで捕まえたシーンが今回一番ハリポタらしいシーンだったような気がするな。

今回ニュートスキャマンダーのお話と思っていたら、“ノーマジ”ジェイコブが隠れた主人公でしたね。まさか最後あんな太ったおっさんに泣かされるとは思わんかったわー。あんな美女クイニーゴールドスタイン(キャサリンの妹)アリソンスドルに恋されちゃって憎いねー。クイニーが魔法杖でジェイコブの上に差す傘が素敵だった。これまであんなふうに深くこの魔法界に関わったマグル/ノーマジっていなかったもんね。これからもこのシリーズで活躍してくれるんでしょうか。ぜひ登場してほしいなぁ。

魔法動物たちの騒動の裏でうごめく悪者たちのお話は描き方がちょっと雑だったような気がしますね。そこもまぁ言ってしまえばハリポタ感ありでしたが。抑圧された気持ちが悪となるオブスチュラスに支配されてしまったクリーデンスエズラミラーという若者が簡単に殺されてしまったけど、あれであの子の出番は終わり?もしかして実は生きてるとかなのかなぁ。せっかくニュートが説得しようとしていたのに、、、あそこでニュートの説得が失敗したからニュートって実は特に何もヒーロー的な活躍はしていないのよね。魔法動物集めて回ってたのって自業自得だし。魔法動物も実際にはストーリーに何の関係もない。冷静に考えるとなんだそりゃ?なんだよねー。

舞台がアメリカだけに「セーラム」に触れないわけにはいかなかったんだろうけど、新セーラム慈善会の代表者メアリールーベアボーンサマンサモートンもあっけなく殺されたしなぁ。ま、とにかく大事に思えた人物があっけなく殺されるのはJ.K.ローリングっぽいです。

最後にグリンデルバルドが登場します。ネット上でかなりネタバレしているので書いても大丈夫だと思うんですが、サプライズ的に登場するあの人が誰なのかを知りたくない人はこれ以上読まないでください。





その人物というのは世界中で大人気のジョニーデップなんですが、このブログをずっと読んでくださっている方はご存知かもしれませんが、ワタクシ、彼好きじゃないんですよねー。あ~彼にはこのハリポタの世界に入って来てほしくなかった。このシリーズは5部作になるという噂なんですが、これからハリポタシリーズのヴォルデモート的な存在として彼が登場するのかなぁ。イヤだなぁ。。。ちょっとこのシリーズへのテンション下がる。

とか言いつつ、これからもこのシリーズは見ていきますけどね。本家同様またどんどん暗くなっちゃうのかなぁ。せっかくニュートが主役なのだから、もっと魔法動物たちがストーリーに関連して活躍する世界が見たいですね。

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この世界の片隅に

2016-11-25 | シネマ か行

見に行くつもりはまったくなかったのですが、ツイッターでの評判がやたらめったら良いので行くことにしました。

1944年広島。18才のすずのんは行ったこともない呉市に会ったこともない青年・北條周作細谷佳正のところへお嫁に行く。すでに嫁に行っている周作のお姉さん黒村径子尾身美詞はキツイ人だったが義両親は優しく、周作にも愛されて慣れないながらも呉での生活を始める。(のちにこのキツイ義姉にもこの当時ならではの辛い事情があることが分かります)

時は太平洋戦争が始まるころ。日本海軍の拠点であった呉にも空襲の危険が迫る。配給の食糧も徐々に減りつつあった。

とにかくこのお話は「お話」と呼べるかどうかも怪しいほどに、ただただすずの日常が続きます。幼いころからぼーっとしていたすず。絵が得意でヒマがあれば絵を描いていたけど、この時代の一般的な子供たちと同じようにお嫁に行くまでもすずの日常は家の手伝いがほとんどを占めていた。お嫁に行ったあとは脚の悪いお姑さんに代わって一家を支える主婦となり、配給の少ない中でどれだけ家族に満足してもらえるものを作るかに奔走し、近所の人に食べられる野草を教えてもらったり、裁縫は苦手ながらも昔の着物をもんぺに作り替えたりして物がない中工夫して暮らしていた。

激化する戦争の中、何度も何度も空襲警報が鳴る。一時は空振りに終わる警報ばかりで住民の緊張感も緩んだり、何度も鳴る警報に「もー空襲警報飽きたー」なんて径子の幼い娘・晴美稲葉菜月が言ったりする。

様々な小さいエピソードが重ねられていく中で、印象的だったのがすずが呉の町で迷ってしまい遊郭に入り込んでしまうシーン。道を尋ねるが遊女たちは色んな土地から連れて来られた女性が多く、誰もちゃんと教えてくれない。その中で出会った遊女のリン岩井七世はどうやら子供の時にすずの祖母の家に忍び込んでスイカを食べた子だったらしい。当時のすずは座敷童だと思っていたが、貧乏な家の子だったリンがこっそりスイカを盗んで食べていたのだった。あの時すずの祖母はリンの存在を知っていたようだったけど、見て見ぬふりをしていたみたいだった。遊郭から出られず好きなものもそうそう買えないリンがすずにせめて絵だけでもとスイカや甘い物の絵を描いてもらうのが印象的だった。ぼーっとしたすずはいまいち遊郭とは何ぞやということが分かっていない様子だったけど、あとから周作さんに聞いたりしたかな。

呉の港にいるたくさんの軍艦の絵を描いていたすずを憲兵がスパイだと勘違いし、家に連れてきて義姉と姑の前で説教をするシーン。義姉と姑が変な顔をしていたので、「?」と思っていたら、どうもこんなぼけーっとした子にスパイ容疑だなんてと笑いを堪えるのに必死だったという。戦時下においてもそれなりに楽しいことを共有することで人の暮らしは成り立っていたのだなと強く感じました。

すずが空襲を目の前にして、ここに絵の具があったらと願うシーンや戦争で死んだ意地悪だった兄のことを死んで良かったと思ってしまうシーンなども印象的でした。人はふと自分でも思いがけないようなことを思ってしまうもんだなぁと。

やはりこの作品はすずの魅力に尽きると思います。何度も言いますが、すずはぼけーっとした子で決してぐいぐいと物語を引っ張っていくタイプではありません。こういう物語にありがちな、あんな時代にあって自分の意志で生きた女性でもなんでもありません。相手に言われるまま結婚を決め、指示されるままお嫁さんという役割をこなしていくおそらく当時普通にいた女性。それでいて彼女のふわっとした雰囲気は常に周囲の人をなぜか魅了してしまう。そしてそのすずを演じるのんの演技がものすごく自然で。声を当てているというより本当に「すず」という女性がそこに存在するかのようでした。広島弁に関しては、地元の人が聞けばやはりどうしても違和感はあるのかもしれませんが…こればっかりはなんとも言えません。

後半、晴美と一緒にいたすずは不発弾の爆発から晴美を守りきることができず晴美は死んでしまい、すず自身も右腕を失くしてしまう。絵が大好きなすずの右腕。径子からは責められ、家事も満足にできない引け目からいままでのすずとはどこか変わってしまいます。それから間もなくしてすずの地元の広島に原爆が落ち、終戦を迎えます。玉音放送が終わり、晴美の死を嘆く径子の後姿が胸に刺さりました。どうしてあの子はこんなことのために死ななくてはいけなかったのか。こんなふうに負けるためにあの子は死んだのかと言っているようでした。そして、号泣するすず。決して軍国少女でも何でもなかったすずですが、それでもこれまでの価値観がすべて崩壊してしまうような出来事だったのでしょう。軍国少女でなかったすずでさえ。

すずが言います。「ぼーっとした少女のままで死にたかったなぁ」戦争はすずのようなぼーっとした少女を変えてしまいました。何がどうと言うのは難しいですが、すずの中で確実に何かが変わってしまったのです。すずのような少女をぼーっとした少女のまま死なせてあげたい。それが平和というものなのではないでしょうか。

戦争を背景に描いているのに、こんなにも瑞々しい自然な物語は初めて見ました。ただただこの世界に身を浸していたい。そんなふうに思える作品です。

オマケこの作品はクラウドファンディングによって資金を調達した作品なのですね。エンドクレジットが流れるまでまったく知りませんでした。

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ガールオンザトレイン

2016-11-22 | シネマ か行

毎日通勤列車から見える家にいる理想の夫婦スコットルークエヴァンスとメガンヘイリーベネットを見ながら、自身の離婚の心の傷を癒しているレイチェルエミリーブラント。その理想の夫婦の家の2軒隣にはトムジャスティンセローとアナレベッカファーガソンの夫婦が赤ちゃんを育てている。実はその家はレイチェルがトムと結婚していた時に住んでいた家だった。いまではトムがレイチェルとの結婚時代に不倫した相手アナと再婚して住んでいるのだ。

レイチェルの視点から話が始まり、このまま進むのかと思いきや、レイチェル、メガン、アナと順番に視点が変わる。中心はレイチェルなのだが、この3人の関係が少しずつ物語が進むにつれて明らかになってくる。

レイチェルをエミリーブラントが演じていたので、結構しっかりした女性を想像していたのだけど、実は彼女はアル中で精神的に不安定。スコットとメガンの夫婦を見て自分の理想を重ねていたのも精神的な不安定なことの表れだ。離婚から2年も経っているのだが、まだ結婚生活への未練を捨てきれないレイチェルは離婚をきっかけにアル中になったのかと思ったのだが、途中でそうではなくて結婚中に不妊に対するショックからアルコールにはまっていったことが分かる。トムとの結婚生活もレイチェルのアル中のせいで破たんし、トムがアナに走ったのも仕方なかったのかと思えた。

メガンはレイチェルが思うような理想の夫婦の妻ではなく、彼女もまた精神的に不安定でセラピーを受けていて精神科医の医師エドガーラミレスを誘惑したりしていたし、メガンの夫スコットのことは束縛が強いと精神医に告白していた。スコットは家族を欲しがっていたがメガンは子供の話題は避けていたが一方でアナの赤ちゃんの子守りをしていた。

アナは略奪婚後、赤ちゃんも生まれ幸せなはずだったが、トムの元妻レイチェルが嫌がらせの無言電話をかけてきたり、家に侵入して赤ん坊を連れ去ろうとしたことがありなかなか平穏な日々を送れずにいた。

ある日いつものようにレイチェルが電車の窓からメガン夫妻の家を見ているとメガンがバルコニーでスコット以外の男性といちゃついていた。それを目撃してしまったレイチェルはショックのあまりその最寄駅で降り、メガンのところへ行こうとしてその途中でなぜか気を失ってしまう。

自分のベッドで血だらけで目が覚めたレイチェル。彼女はよく飲み過ぎて記憶を失くすことがあり、直前のことは何も覚えていなかった。警察が家にやって来て、あの日メガンが失踪したことを知らされる。メガン失踪の容疑をかけられたレイチェルは自身の曖昧な記憶を探りつつ、スコットに近づいてメガンが不倫していたことを知らせる。

ミステリーというかよくある素人が事件を解決しようとする物語なのですが、その主人公がアル中で記憶が曖昧なもんだから、見ているこっちも心もとない。そしてレイチェルにだけ秘密があるのかと思ったら、他にも秘密のある人がいて、途中からみんな怪しく思えてくる。

秘密を解くキーパーソンとしてトムの元ボスの奥さんが登場するのですが、この人が中盤あたりで一瞬だけ登場するのですが、それがリサクドローが演じていたものだから、彼女が何らかのキーパーソンだとバレてしまうのがちと残念。だってリサクドローがあんな一瞬だけの登場で終わるはずないもの。と言って彼女がどうキーパーソンなのかは分からなかったですが。

赤ちゃんのためにトムみたいなろくでもない男に固執するアナ、昔赤ちゃんを死なせてしまった過去を持ちそのために自暴自棄になって娼婦のような生活をするメガン、不妊のためにアル中になってしまい、トムに操られたレイチェル。女性の母性本能的な部分にフォーカスした作品だったと言ってもいいのかもしれません。殺されたメガンは別としても最後にアナとレイチェルが結託してくれてスッキリしました。

エミリーブラント目当てで見に行きましたがヘイリーベネットもレベッカファーガソンも魅力的な女優さんでした。しかし、あんな目の据わったエミリーブラントはなかなか見られるもんじゃないので貴重だと思います。

それにしても、、、いくら線路沿いの家とは言ってもアメリカ的な広さで電車からの距離があんなにあって、あそこまで詳細に家のことまで見えたか???

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手紙は憶えている

2016-11-04 | シネマ た行

これから見に行かれる方は読まないほうがいいかもしれません。

ワタクシは見ちゃったんですよねー。「ラスト5分の衝撃。すべての謎が解き明かされるとき、あなたの見ていた世界は一転する」という宣伝文句を…あ~これを見ていなかったらもっと楽しめたと思うのですが、、、この表現を見て、オチはアレかなぁと予想してしまって、それが当たってしまったので全然衝撃でもなんでもなかった。残念。まぁ、この宣伝文句を見ていなくても途中で予想がつくくらいのことはあったかなぁと思うんですけどね。

老人ホームに住む認知症の老人ゼヴクリストファープラマー。目を覚ますたびに妻のルースがすでに亡くなっていることを忘れてしまう。同じ老人ホームにいる車イス生活のマックスマーティンランドーはある日ゼヴに手紙を渡す。その手紙を読んだゼヴは夜中にホームを抜け出しタクシーに乗り込んだ。

ゼヴが目指すのは「ルディコランダー」という人がいる町。第二次大戦後、ナチスの兵士たちは名前を変えてアメリカに入国し素知らぬ顔で暮らしてきた。ルディコランダー。マックスとゼヴの家族をアウシュヴィッツで殺した男。その男を探し出して殺す。ゼヴは妻のルースが死んだらそれを実行すると言っていたとマックスの手紙に書いてある。認知症のゼヴに乗る列車、泊まるホテル、お金、など必要なものをすべて準備し手紙にすべて書き出して送り出すマックス。車イスの自分にはできないことをやってもらおうというわけだ。

マックスのリストに載っている「ルディコランダー」は4人。一人ずつ訪ねていくゼヴ。このゼヴの旅がゼヴが認知症を患っていることや彼の穏やかな気性のためか、途中見知らぬ子供との交流なんかもあったりして、なんだかのんびりとしたロードムービーのような錯覚を起こしそうになるのだけど、バックには終始平穏ではない音楽が鳴っていた。

オチは想像していた通りで正直あ~やっぱりと落胆する面はあったのだけど、途中の旅はまったく退屈することなく見ることができた。1人目はナチの兵士だったことを誇りにしているような男ブルーノガンツだったが、彼は戦時中北アフリカに従軍していたということでアウシュヴィッツのブロック長とは別人だった。2人目は病床にいる男だったが「アウシュヴィッツにいた」と話したので、もしやと思いきやナチとしてではなく同性愛者だったために収容されたほうの人だった。3人目はすでに死んでいたが、その息子ディーンノリスがナチの信奉者だったため、これまたもしやと思ったが、彼の父親は年齢的に戦時中まだ子供だった。しかし、このナチの信奉者の息子にアウシュヴィッツの収容者の番号のタトゥーを見られてしまいユダヤ人であることがバレて逆上されゼヴは彼を殺してしまう。突然やってきた知らない男に殺されたこの息子も悲劇なのだが、ナチの信奉者をアウシュヴィッツの生存者が殺したということで見ているこちらはそんなに罪悪感を感じなかった。

そしていよいよ4人目のおそらく本物であろうルディコランダーユルゲンプロホノフを訪ねる時がきた。この家のピアノでワーグナーを見事に演奏してみせるゼヴ。「生存者はワーグナーなど嫌いなはずだが」と言うルディコランダーに、「音楽に罪はないよ」と話すゼヴだったが、、、オチを分かってから考えると“生存者”として生きている彼にとってゼヴがワーグナーを弾くのは冷や汗ものだったことだろう。それを嫌って生きないと素性がバレてしまうから。彼の素性もゼヴの素性も…

結局のところ、「ルディコランダーを殺す」という当初のゼヴとマックスの目的は果たされた。正確にはマックスの目的は果たされたわけだ。それにしてもどこまで入念にゼヴに全人生を吹き込んだのだろう。ゼヴはマックスが吹き込んだ嘘の人生を実際に生きてきたわけだから、それを本当だと思いこませるのはもはや赤子の手を捻るようなものだったのかもしれないな。ゼヴが「嘘の生活なんて本物の人生じゃない」と最後の“ルディコランダー”に言いますが、それがなんとも皮肉なセリフとなってしまいました。

クリストファープラマーの飄々とした認知症老人の演技を見られるだけでも結構贅沢な時間でした。そこにマーチンランドー、ブルーノガンツ、ユルゲンプロホノフもいるわけですから映画ファンにとっては豪華な顔ぶれと言えるでしょう。

オマケ1アメリカの映画やドラマを見ているといつも思うのですが、彼らは結構簡単に知らない人を家に入れますね。この物語もその習慣があるからこそ成り立つのですが、急に全然知らない人が訪ねてきて家に入れるのって怖くないのかなと不思議に思います。

オマケ2ゼヴがホームを出てすぐに拳銃を手に入れるシーンがありますが、あんなに簡単に認知症の老人に銃が売られるって怖いですね。カナダとの国境も簡単に越えてたし、スーパーで銃を持っていることを警備員に見られても「僕の最初の銃もこれだったよ」とかなんとか思い出話されちゃうなんて、やはり日本人としてはカルチャーショックですね。

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