シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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奇蹟がくれた数式

2017-10-19 | シネマ か行

アインシュタインにも匹敵する頭脳と言われたインド人数学者シュリニヴァーサラマヌジャンデヴパテルのお話。

1941年ケンブリッジ大学の数学者G・H・ハーディジェレミーアイアンズはインドから手紙を受け取る。そこには驚くべき数式の発見が示されており、ハーディ教授はラマヌジャンを呼び寄せる。

母親の反対を受けたラマヌジャンだったが、イギリスに渡ることを決意し、新婚の妻を後で呼び寄せる約束をして船に乗った。

数式は女神が舌の上に置いていくという神秘的なことを言うラマヌジャンと無神論者で数字は得意だが人とのコミュニケーションは苦手なハーディ。西洋式に数式は証明してこそ意味があるということをラマヌジャンに説くが、ひらめきだけで数学を理解してきたラマヌジャンにはそれがなかなか通じない。

インドからイギリスにやって来たラマヌジャンが文化の違いに戸惑うところや、堅物のハーディがなんとかラマヌジャンとコミュニケーションを取ろうとする姿がなんだか可愛らしい。

ただハーディとラマヌジャンの世界の外では、可愛らしいでは済まない現実があり、ラマヌジャンはイギリス人から差別を受けるし、戦時下でベジタリアンの彼が食べるものがろくになく栄養失調から病気になってしまう。ハーディはハーディで彼の味方は友人のリトルウッドトビージョーンズだけだったのに、彼は従軍しなければならなくなってしまう。

そんな中でも2人、不器用な者同士ラマヌジャンの数式の証明に取り組み、ハーディは学者連中を説得し、一度は却下された特別研究員の地位をラマヌジャンに与えることを認めさせる。

数式などひとつも理解できなくとも、この物語に登場する人々の友情とその人生には胸の熱くなるものがあり、マシューブラウン監督は随所に適度な笑いを入れつつ、真面目にストーリーを語ってくれて好感が持てた。

ジェレミーアイアンズの作品は久しぶりに見た気がするのだけど、昔から神経質そうないでたちで今回の人の目をちゃんと見て話せないようなコミュニケーション下手な教授がとてもよく似合っていた。そして、いまやインド人の役はすべて彼に一度はオファーが行くであろうデヴパテル。人気だけではなく実力が伴っているので安心して見ることができる役者さんだ。

お話に登場する数式などはさっぱり分からないのだけど、数学が芸術に通じるという概念だけはなんとなく理解することはできる。ラマヌジャンを見ているとこの世の中にある真理を見つけ出すというのはある意味神の領域であり、それは神秘的な体験なのかもしれないと思える。まったく数学が分からない人でも楽しめる心温まる作品です。

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キャプテンフィリップス

2017-09-22 | シネマ か行

2009年ソマリア海域を航行していたアメリカのコンテナ船が武装した4人の海賊に乗っ取られ、フィリップス船長トムハンクスは乗組員を守るため自らが人質となり、海賊と一緒に救命艇に乗り込む。アメリカ海軍の特殊部隊ネイビーシールズは船長救出に乗り出す。

たった4人とは言え、こちらはただの民間のコンテナ船で向こうはマシンガンを持っている。巨大なホースで放水し対抗するが、乗り込んで来られればそれ以上対抗する策はない。船長は船員をエンジン室に隠し、自分は海賊の対応に当たった。3万ドル現金であるからそれを持って帰れと言うとそんなはした金ではダメだと言う。そこで海賊たちは船長を人質に救命艇に乗ってソマリアへ向かってしまった。

トムハンクス演じるフィリップ船長の人柄が非常ににじみ出た物語だった。冒頭の妻キャサリンキーナーとの会話で自分たちの世代は真面目にさえやっていれば上に行けたが現代はそうはいかないと子どもたちの心配をしていて、簡単に今時の若者はなどと言わない明晰さを示していたし、仕事には厳しいようだったけど、それは船長として当たり前で、その当たり前の延長として、船長として彼は体を張って船員を守った。海賊たちにもあくまでも毅然とした態度で接し、ある種同情もしていたようだった。しかし、それでもやはり彼は訓練された軍人でもなんでもなかったから、何度かの抵抗は失敗に終わり自分を余計に窮地に追いやってしまったりもした。

そして、救出されたあとの震えて泣いていた姿は、真に迫っていてとても良かったと思う。あの状況で船長があまりにもしっかりした態度だったらちょっと嘘っぽくなった気がする。

被害者である船長を描く一方、加害者側である海賊たちのこともきちんと描かれていた。彼らは貧しい漁村の漁師だが、村を仕切るギャングたちに収める上納金のために海賊行為をせざるを得ないのだ。「ギリシャの船を襲ったときはかなり儲けたぜ」という海賊に「では君はいまここで何をしているんだ?そんなに儲けたのに、そのお金はいまどこに?」と聞かれ黙りこくってしまうシーンが印象的だった。虚勢を張ってはいても、彼もただ生きるためにそうしているに過ぎない。

だからと言って海賊行為が許されるわけはなく、アメリカは国の威信をかけて船長救助に全力を尽くす。シールズが本気になって海賊が勝てるわけはないんだろうけど、やはり人質がいるので下手に手を出すわけにもいかず救出までには日にちがかかってしまうが、最終的には海賊のリーダー・ムセバーカッドアブディ以外は射殺され、ムセは逮捕される。まぁこの結末は仕方ないところだろう。

こんな怖い思いをした船長も数か月休んだのちまた海に戻っています。もちろん生活のためというのもあるだろうけど、強い人だなぁ。



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葛城事件

2017-09-11 | シネマ か行

WOWOWで見ました。短めの感想を書きます。

理屈っぽくで独善的で暴力的な父親三浦友和が君臨する家庭。母親南果歩は父親には逆らえず、徐々に精神を病みつつあるように見える。長男・保新井浩文は昔から良い子で父親には可愛がられていたが、気が弱く仕事はうまく行かず妻子を置いて自殺。次男・稔若葉竜也はデキが悪く父親には嫌われ、母親には甘やかされて育つ。一発逆転を狙って通り魔的に8人を殺傷し死刑宣告を受ける。死刑制度に反対する女性・星野順子田中麗奈は自分の信念を実践するためそんな稔と獄中結婚する。

家という名の小さな密室の地獄。家族の絆という名の鎖。その象徴のような出来事の積み重ね。

みんな「家族、家族」うるさい。「家族」というものに過大な期待をかけ過ぎだと思う。

しかしある意味で特に珍しくもない家族でもあるように思える。これくらいの家庭ならごろごろあるんじゃないかな。そのすべての家庭が殺人犯を出すわけではないのはもちろんだけど。

ターニングポイントはいくつかあったと思うが、稔がお兄ちゃんの子どもを殴ってケガをさせたと告白した時にお兄ちゃんがちゃんと稔を叱り飛ばしていたら、お母さんと稔が実家を出たときにお兄ちゃんがお父さんに2人の居場所をばらさなければ。でもそれができないのがこの家庭で育ったお兄ちゃんという人だったのだと思う。

星野順子が最後にこの父親に「あなたそれでも人間ですか?」と言ってしまう。星野順子の信念など、簡単に吹き飛ぶくらい寒気のするような人間性や相互の関係がそこにはある。

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奇跡の教室~受け継ぐ者たちへ

2017-08-30 | シネマ か行

人種、宗教が入り乱れるパリの公立高校。アンヌゲゲン先生アリアンヌアスカリッドのクラスは落ちこぼれがほとんどで学級崩壊状態。教師を20年やってきたゲゲン先生の前ではそれもなんとか抑えられているが、ゲゲン先生が家庭の事情で休んだ日の代理教師の前ではひどかった。そんな態度に怒ったゲゲン先生、何をするのかと思いきやこんな落ちこぼれクラスをとあるコンクールに出場させることにした。

生徒の一人として出演しているアハメッドデュラメが実際に高校時代体験したことを脚本に書いて映画会社に持ち込んだ作品だという。

さて、そのコンクール、テーマは「アウシュビッツの若者と子どもたち」
はぁ?なんだよそれーと反抗してみせるクラスだったが、参加は自由よと言われてなんとなくほとんどが参加することに。

フランスというお国柄、子供のころからナチスの蛮行は学んでいるのかと思いきや高校一年生の彼らはアウシュビッツについてほとんど何も知らないっぽい。むかーしむかしお隣のドイツであった酷いお話でしょ、くらいの感覚らしい。だってフランス人は善良な国民だろ。普段多人種多宗教の地域にいて差別、被差別をひしひしと肌で感じているはずの彼らでさえ、ナチスのことなんて俺らには関係ねぇくらいにしか感じていないようだった。

数班に分かれてさらにテーマを絞り込み研究を始める彼ら。最初は嫌々やらされてる感の彼らもアウシュビッツという現実の重さに次第に真剣になっていく。バラバラだったクラスのみんなとも協力して研究するうちに結束を深めていく。人種的なことでもめていた連中もそんな偏見を軽々と越えていく。

マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール監督の演出と演者たちの瑞々しい演技でドキュメンタリーなんじゃないかと錯覚を起こしそうだ。生徒たちだけではなくて、ゲゲン先生も本物の先生かと思った。アリアンヌアスカリッドという役者さんは「キリマンジャロの雪」という作品で見たことがあったにも関わらず。

最初はひねくれて参加してこなかった子が少しずつ自分から参加し始める姿、実際にアウシュビッツの生存者を呼んで講演してもらったときの生徒たちの涙、「買い物のついでに近くだから虐殺資料館に行くわ」と言っていた女生徒が、「そろそろ買い物に行かなくていいの?」という先生の言葉に「買い物は別の日にします」と被害者の写真に見入る横顔にこちらも胸が熱くなります。

落ちこぼれ高校生たちが与えられたテーマに沿って、どんどん自主的に学んでいこうとする姿勢とそれをまっすぐにサポートする教師の真摯な姿が素晴らしいです。ゲゲン先生は校長先生から「あんな落ちこぼれたちに時間を割かずに、優秀な生徒に割け」と言われますが、それを無視して信念を貫きます。彼らの姿とナチスのユダヤ人他虐殺を学ぶという2つの視点から見ることができる作品です。

彼らの純粋な学ぼうとする姿を日本の歴史修正主義者たちに見習ってもらいたい。

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ゴーストバスターズ

2017-08-08 | シネマ か行

公開当時、見ようか迷ったのですが、メリッサマッカーシークリステンウィグということでなんとなくやり過ぎ感あるコメディというイメージで見に行きませんでした。今回WOWOWでやっていたので見たのですが、全編めっちゃ笑えました。

心配していたメリッサマッカーシーとクリステンウィグのやり過ぎ感は今回完全に封印されていて、ちょうどいい塩梅の面白さになっていたのが一番良かったです。そして、ケイトマッキノン演じるクレイジーな科学者が最高でした。なんか外した感のある彼女。ぶっとんでて意味不明っていう部分とマッドサイエンティスト的な天才部分の融合が最高でした。彼女が後半二丁拳銃で戦うシーンが最高にカッコ良かった。なぜかするっと仲間に入ってきたレスリージョーンズもなんかいい味出してました。

出てくるゴーストも旧作のなつかしい奴らが結構いて楽しい。マシュマロマンの扱いもうまかった。同じようにラスボスとしてマシュマロマンを持ってくるのかと思ったのですが、それはさすがにやめておいて正解でしたね。

アホな秘書を演じたクリスヘムズワースも良かったけど、あれは完全に女性客へのサービス?それも含めてギャグってことなのかなと思います。

オリジナルキャストも亡くなったハロルドライミス以外全員登場してくれて嬉しい限り。最後のクレジットで絶対ハロルドライミスのことも言及してくれるだろうと思って見ていたら、ちゃんとしてくれたので嬉しかった。彼らがリメイクを良く思っていなかったら絶対に出てくれなかっただろうし、それぞれがいま現在も活躍しているのが嬉しい。

リメイク版で、妙に避けたりする傾向のあるテーマソングもばりばり使ってくれて、現代風にアレンジしているバージョンもちゃんと例のフレーズのところはそのままでフラストレーションが溜まることもないのが良かったな。

下品という評価をしている人もいるようですが、ワタクシはあんまりそんなふうには感じなかったです。アメリカのコメディのもっと下品なやつ見慣れてるからかな?




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コードネームU.N.C.L.E.

2017-05-08 | シネマ か行

公開されたとき興味はあったのですが、見に行けずケーブルテレビで見ました。

東西冷戦時代、CIAのスパイナポレオンソロヘンリーカヴィルとKGBのスパイイリヤクリヤキンアーミーハマーは謎のイタリアの組織による核兵器の拡散を阻止するため協力し合うことに。ソロは元犯罪者で政府に雇われたプレイボーイタイプで、クリヤキンはキレやすい堅物。この正反対の2人が、カギを握るドイツの科学者の娘ギャビーテラーアリシアヴィキャンデルを守りつつ悪の組織を追い詰めていく。

元は昔のテレビシリーズらしいのですが、そういう知識は一切不要で楽しめます。正反対のスパイ2人の対立プラス米ソのスパイ技術でも張り合ったりして面白いです。そして、対立し合いながらも敵の敵は味方とばかりにお互いに協力し合うようになっていきます。国と国の思惑は置いておいて、優秀で孤独なスパイ同士にしか分かりあえないものがあり、通じ合う2人が素敵です。

そして、ヒロインのギャビーテラーというキャラクターがこの2人に文字通り花を添えてくれます。でも、そこはやはり60年代が舞台と言っても21世紀のガイリッチー監督の作品ですから、女性はただ花を添えるなどという役割だけではなく、可憐な容姿ながら実は凄腕のメカニック、ドライブテクもスパイ真っ青というギャビーを演じるアリシアヴィキャンデルがパーフェクトなキャスティング。彼女って北欧系なんだけど、背の低さと顔立ちの感じがラテン系の女性っぽいように見えますね。最近活躍し始めている若手の女優さんの中でもワタクシ一番注目しています。これからがとても楽しみ。

ギャビーとクリヤキンはいい雰囲気で、2人がキスしようとするたびに何かと邪魔が入るというなんとも古典的な展開でした。2人ともなんだか純粋そうなので、それがとてもよく合っていました。最後にギャビーは現在ロシア語を習得中って出るのがまた良かったな。

ソロとクリヤキンが守っていたつもりのギャビーでしたが、実は彼女はMI6とつながっていて、そのハンドラーとしてヒューグラントが中盤で登場します。原作のほうは知らないのでなんとも言えないのですが、監督がガイリッチーだけに、米ソ独を裏で操るのが実はイギリスということなのかなーなんて深読みしてしまいました。

年代的にファッションも男女ともにレトロで良い感じ。まさに昔のオシャレなスパイものを再現しているのが良かったです。スパイものなんだけど、どこかおっとりしてるような雰囲気もたたえつつ、それでいてカーチェイスもあるし、ソロとクリヤキンのアクションもあるし、小気味良い物語のわりには若干エグいところもあったりして、これぞガイリッチーという魅力にあふれた作品です。

何やら続編ができるようですので、とても楽しみです。

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紙の月

2017-01-25 | シネマ か行

ケーブルテレビで見ました。

田辺誠一となんとなくうまくいっていない銀行の契約社員の梅澤梨花宮沢りえ。得意先の家で出会ったその家の孫・平林光太池松荘亮と不倫関係となり、銀行の金を横領して貢ぐようになる。

梨花と夫の微妙な距離感はうまく表現されていたと思う。契約社員になったお祝いに夫婦でお揃いの時計を買ってきたのに、(安っぽいから?)会社にはしていけないという夫、その直後の海外出張でもっと高い時計をプレゼントしてくる夫。なんとなくズレていて、梨花の気持ちを分かろうとしない人なんだなということが分かる。ただ、ちょっとそれだけでは得意先で出会った大学生といきなりホテルに行ってしまう梨花の気持ちについていけない。光太が梨花に興味を示していたことは一目瞭然だったけど、それでいきなりホテル?え?ってなってしまった。

一応設定は平凡なパート主婦的な感じだと思うんだけど、その不倫の始まりエピソードからして「平凡な主婦」枠を急に大きく外れてしまう。それに夫には安っぽいと思われたようだけど、夫婦ペアで買った腕時計だって、2本で銀行の契約社員でそこまで急に使う?っていうような金額だったし、外回りのついでに寄った百貨店で4万円以上の化粧品セットを買ってしまう感覚も「平凡な主婦」って感じじゃない。しかもその時、現金が足りずにお客さんから預かったお金を一時的にそこで支払って、あとからATMで自分の貯金を下ろして返した感覚もズレている。いくらお金には名前は書いていないと言っても、いくら一瞬借りるだけと言っても「平凡な主婦」はそんなことはしないと思う。のちのち明かされるけど、彼女が中学生の時に発展途上国に寄付するために父親の財布から5万円盗んで教師に叱られ、それのどこが悪いのか分からなかったというエピソードも、もうすでに中学生の時から倫理観のおかしな子だったというエピソードになってしまっている。

上に書いたようなエピソードがあるために彼女が横領をし始めても、なんだか驚きがない。あ~やっぱりそういう感覚の人よね。って感じなのだ。

観客が主人公に同情できるような状況だったら、とは思うのだけど、それではまぁよくあるお涙頂戴犯罪ものになってしまうし、これが吉田大八監督の意図だったのかな、とも思ったり。原作を読んでいないのでその辺りはどうか分かりません。

何と言っても素晴らしいのは梨花の不正を見抜く銀行の窓口の社員隅より子を演じた小林聡美だろう。彼女は、若い社員相川恵子大島優子(彼女も良かった)や梨花につらく当たっているように描写されていたけど、彼女の言ってることってしごく当たり前のことだし、業務上間違ったことは何ひとつ言っていない。ただ相川や梨花がきちんと業務上の手順を守ろうとしなかったり、上司の井上近藤芳正(この人のわざとらしい髪型はなんとかならなかったか?1人だけコントのようだった)が不適切に相川や梨花を贔屓していただけだ。そんな彼女が梨花の不正を暴いていく過程が圧巻だ。梨花の不正を発見したときも彼女はやみくもに騒いだりせず、きちんと上司に相談し、梨花自身にも直接いま横領した分をきちんと返せば何とかなると諭したりして、厳しいけど悪い人では決してないところを見せている。

いよいよ梨花の横領が支店長まで明るみに出ようとしていたその時、会議室で隅より子と梨花が2人きりで対峙します。どこまでも枠から外れず堅実な道を行く隅とすべての枠を無視して偽りの自由でさえも満喫できてしまう梨花。この2人の相容れない世界がぶつかりあう瞬間。まるで2人のオーラがぶつかりあうのが見えるかのような素晴らしいシーンでした。

そして、突然イスを放り投げ窓を割り、窓から飛び降りようとする梨花。腕を掴む隅。素早く梨花が振り返り



「一緒に行きますか?」



うわーーーーーっ。すげぇ!!!鳥肌立ったーーーーー。この瞬間の梨花にこのセリフを言わせるってすごい。あなたも私の世界をのぞいてみる?その勇気がある?と挑戦的に投げかける梨花の視線。思わず腕を離してしまう隅。

いやいやいやいや、あんなところであんなこと言われたらそりゃ思わず離すわな。びっくりするもん。「離してよ」とか言われたら絶対離さないけど、あまりにも意表を突いた言葉に立ち尽くしてしまう。

あれはあれで名ゼリフだと思うし、名シーンだと思うんだけど、あの時点で隅が梨花の手元にいくら残っているかを知っていたとしたらもう少し面白い隅の心の内を推察することもできたような気がします。もし梨花が2人で逃げても一生困らない額を手元に持っていたら。そしてそれを隅が知っていたとしたら。それはそれで面白い展開だったかも。

その後梨花が昔寄付で助けた子どもと再会するシーンは結局何が言いたかったんだろう。手段は間違っていても、それでも確実にあの子は梨花のお陰で助かったってことかな?

色々と文句をつけたい部分もあるものの、見ている最中も面白かったし、見てからも一緒に見た人と色々話ができる作品だと思います。

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この世界の片隅に

2016-11-25 | シネマ か行

見に行くつもりはまったくなかったのですが、ツイッターでの評判がやたらめったら良いので行くことにしました。

1944年広島。18才のすずのんは行ったこともない呉市に会ったこともない青年・北條周作細谷佳正のところへお嫁に行く。すでに嫁に行っている周作のお姉さん黒村径子尾身美詞はキツイ人だったが義両親は優しく、周作にも愛されて慣れないながらも呉での生活を始める。(のちにこのキツイ義姉にもこの当時ならではの辛い事情があることが分かります)

時は太平洋戦争が始まるころ。日本海軍の拠点であった呉にも空襲の危険が迫る。配給の食糧も徐々に減りつつあった。

とにかくこのお話は「お話」と呼べるかどうかも怪しいほどに、ただただすずの日常が続きます。幼いころからぼーっとしていたすず。絵が得意でヒマがあれば絵を描いていたけど、この時代の一般的な子供たちと同じようにお嫁に行くまでもすずの日常は家の手伝いがほとんどを占めていた。お嫁に行ったあとは脚の悪いお姑さんに代わって一家を支える主婦となり、配給の少ない中でどれだけ家族に満足してもらえるものを作るかに奔走し、近所の人に食べられる野草を教えてもらったり、裁縫は苦手ながらも昔の着物をもんぺに作り替えたりして物がない中工夫して暮らしていた。

激化する戦争の中、何度も何度も空襲警報が鳴る。一時は空振りに終わる警報ばかりで住民の緊張感も緩んだり、何度も鳴る警報に「もー空襲警報飽きたー」なんて径子の幼い娘・晴美稲葉菜月が言ったりする。

様々な小さいエピソードが重ねられていく中で、印象的だったのがすずが呉の町で迷ってしまい遊郭に入り込んでしまうシーン。道を尋ねるが遊女たちは色んな土地から連れて来られた女性が多く、誰もちゃんと教えてくれない。その中で出会った遊女のリン岩井七世はどうやら子供の時にすずの祖母の家に忍び込んでスイカを食べた子だったらしい。当時のすずは座敷童だと思っていたが、貧乏な家の子だったリンがこっそりスイカを盗んで食べていたのだった。あの時すずの祖母はリンの存在を知っていたようだったけど、見て見ぬふりをしていたみたいだった。遊郭から出られず好きなものもそうそう買えないリンがすずにせめて絵だけでもとスイカや甘い物の絵を描いてもらうのが印象的だった。ぼーっとしたすずはいまいち遊郭とは何ぞやということが分かっていない様子だったけど、あとから周作さんに聞いたりしたかな。

呉の港にいるたくさんの軍艦の絵を描いていたすずを憲兵がスパイだと勘違いし、家に連れてきて義姉と姑の前で説教をするシーン。義姉と姑が変な顔をしていたので、「?」と思っていたら、どうもこんなぼけーっとした子にスパイ容疑だなんてと笑いを堪えるのに必死だったという。戦時下においてもそれなりに楽しいことを共有することで人の暮らしは成り立っていたのだなと強く感じました。

すずが空襲を目の前にして、ここに絵の具があったらと願うシーンや戦争で死んだ意地悪だった兄のことを死んで良かったと思ってしまうシーンなども印象的でした。人はふと自分でも思いがけないようなことを思ってしまうもんだなぁと。

やはりこの作品はすずの魅力に尽きると思います。何度も言いますが、すずはぼけーっとした子で決してぐいぐいと物語を引っ張っていくタイプではありません。こういう物語にありがちな、あんな時代にあって自分の意志で生きた女性でもなんでもありません。相手に言われるまま結婚を決め、指示されるままお嫁さんという役割をこなしていくおそらく当時普通にいた女性。それでいて彼女のふわっとした雰囲気は常に周囲の人をなぜか魅了してしまう。そしてそのすずを演じるのんの演技がものすごく自然で。声を当てているというより本当に「すず」という女性がそこに存在するかのようでした。広島弁に関しては、地元の人が聞けばやはりどうしても違和感はあるのかもしれませんが…こればっかりはなんとも言えません。

後半、晴美と一緒にいたすずは不発弾の爆発から晴美を守りきることができず晴美は死んでしまい、すず自身も右腕を失くしてしまう。絵が大好きなすずの右腕。径子からは責められ、家事も満足にできない引け目からいままでのすずとはどこか変わってしまいます。それから間もなくしてすずの地元の広島に原爆が落ち、終戦を迎えます。玉音放送が終わり、晴美の死を嘆く径子の後姿が胸に刺さりました。どうしてあの子はこんなことのために死ななくてはいけなかったのか。こんなふうに負けるためにあの子は死んだのかと言っているようでした。そして、号泣するすず。決して軍国少女でも何でもなかったすずですが、それでもこれまでの価値観がすべて崩壊してしまうような出来事だったのでしょう。軍国少女でなかったすずでさえ。

すずが言います。「ぼーっとした少女のままで死にたかったなぁ」戦争はすずのようなぼーっとした少女を変えてしまいました。何がどうと言うのは難しいですが、すずの中で確実に何かが変わってしまったのです。すずのような少女をぼーっとした少女のまま死なせてあげたい。それが平和というものなのではないでしょうか。

戦争を背景に描いているのに、こんなにも瑞々しい自然な物語は初めて見ました。ただただこの世界に身を浸していたい。そんなふうに思える作品です。

オマケこの作品はクラウドファンディングによって資金を調達した作品なのですね。エンドクレジットが流れるまでまったく知りませんでした。

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ガールオンザトレイン

2016-11-22 | シネマ か行

毎日通勤列車から見える家にいる理想の夫婦スコットルークエヴァンスとメガンヘイリーベネットを見ながら、自身の離婚の心の傷を癒しているレイチェルエミリーブラント。その理想の夫婦の家の2軒隣にはトムジャスティンセローとアナレベッカファーガソンの夫婦が赤ちゃんを育てている。実はその家はレイチェルがトムと結婚していた時に住んでいた家だった。いまではトムがレイチェルとの結婚時代に不倫した相手アナと再婚して住んでいるのだ。

レイチェルの視点から話が始まり、このまま進むのかと思いきや、レイチェル、メガン、アナと順番に視点が変わる。中心はレイチェルなのだが、この3人の関係が少しずつ物語が進むにつれて明らかになってくる。

レイチェルをエミリーブラントが演じていたので、結構しっかりした女性を想像していたのだけど、実は彼女はアル中で精神的に不安定。スコットとメガンの夫婦を見て自分の理想を重ねていたのも精神的な不安定なことの表れだ。離婚から2年も経っているのだが、まだ結婚生活への未練を捨てきれないレイチェルは離婚をきっかけにアル中になったのかと思ったのだが、途中でそうではなくて結婚中に不妊に対するショックからアルコールにはまっていったことが分かる。トムとの結婚生活もレイチェルのアル中のせいで破たんし、トムがアナに走ったのも仕方なかったのかと思えた。

メガンはレイチェルが思うような理想の夫婦の妻ではなく、彼女もまた精神的に不安定でセラピーを受けていて精神科医の医師エドガーラミレスを誘惑したりしていたし、メガンの夫スコットのことは束縛が強いと精神医に告白していた。スコットは家族を欲しがっていたがメガンは子供の話題は避けていたが一方でアナの赤ちゃんの子守りをしていた。

アナは略奪婚後、赤ちゃんも生まれ幸せなはずだったが、トムの元妻レイチェルが嫌がらせの無言電話をかけてきたり、家に侵入して赤ん坊を連れ去ろうとしたことがありなかなか平穏な日々を送れずにいた。

ある日いつものようにレイチェルが電車の窓からメガン夫妻の家を見ているとメガンがバルコニーでスコット以外の男性といちゃついていた。それを目撃してしまったレイチェルはショックのあまりその最寄駅で降り、メガンのところへ行こうとしてその途中でなぜか気を失ってしまう。

自分のベッドで血だらけで目が覚めたレイチェル。彼女はよく飲み過ぎて記憶を失くすことがあり、直前のことは何も覚えていなかった。警察が家にやって来て、あの日メガンが失踪したことを知らされる。メガン失踪の容疑をかけられたレイチェルは自身の曖昧な記憶を探りつつ、スコットに近づいてメガンが不倫していたことを知らせる。

ミステリーというかよくある素人が事件を解決しようとする物語なのですが、その主人公がアル中で記憶が曖昧なもんだから、見ているこっちも心もとない。そしてレイチェルにだけ秘密があるのかと思ったら、他にも秘密のある人がいて、途中からみんな怪しく思えてくる。

秘密を解くキーパーソンとしてトムの元ボスの奥さんが登場するのですが、この人が中盤あたりで一瞬だけ登場するのですが、それがリサクドローが演じていたものだから、彼女が何らかのキーパーソンだとバレてしまうのがちと残念。だってリサクドローがあんな一瞬だけの登場で終わるはずないもの。と言って彼女がどうキーパーソンなのかは分からなかったですが。

赤ちゃんのためにトムみたいなろくでもない男に固執するアナ、昔赤ちゃんを死なせてしまった過去を持ちそのために自暴自棄になって娼婦のような生活をするメガン、不妊のためにアル中になってしまい、トムに操られたレイチェル。女性の母性本能的な部分にフォーカスした作品だったと言ってもいいのかもしれません。殺されたメガンは別としても最後にアナとレイチェルが結託してくれてスッキリしました。

エミリーブラント目当てで見に行きましたがヘイリーベネットもレベッカファーガソンも魅力的な女優さんでした。しかし、あんな目の据わったエミリーブラントはなかなか見られるもんじゃないので貴重だと思います。

それにしても、、、いくら線路沿いの家とは言ってもアメリカ的な広さで電車からの距離があんなにあって、あそこまで詳細に家のことまで見えたか???

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コロニア

2016-09-21 | シネマ か行

この映画の存在を知ったときから絶対に見に行こうと思っていた作品です。ナチの残党が南米チリに作ったカルト施設。チリのピノチェトの独裁政権下において、この施設は拷問施設としても利用されていた。この施設に反政権派として拘留されてしまった恋人ダニエルダニエルブリュールを助けるためにレナエマワトソンも潜入する。

ナチ、ピノチェト、カルト、などワタクシの興味のある分野が揃っていて、しかも大好きなエマワトソンが出演しているということで見に行くぞと決めていました。

レナはCA。ドイツからチリへのフライトでチリでの滞在中はそこにいる恋人ダニエルと過ごす。ダニエルはチリで政治活動をしていてアジェンダ大統領を支援しているが、レナの滞在中に軍のクーデーターが成功してしまい、大統領派のダニエルは軍に連行されてしまう。

ダニエルの連行された先を調べたレナは「コロニアディグニダ」(尊厳のコロニー)という宗教施設に連れて行かれたということを突き止める。ダニエルの政治仲間はそこに連れて行かれたらもうどうしようもないという態度だったし、国連の人権委員会はそこの実態は知っているけど、どうにも手出しできないといった感じだった。そこでレナは覚悟を決めそこに単身乗り込んでいくことに。

パウルシェーファーミカエルニクヴィストというナチスの残党が教祖であるこの団体に潜入したレナ。この宗教団体に救いを求めに来た女性という設定で入っていく。

一方ダニエルは軍関係者から酷い拷問を受けたあと、この宗教団体で暮らすことを強要される。ダニエルは少し知恵遅れのふりをして相手の出方を探ることにした。

この団体では女性と男性は別れて生活し、女性は日々農場に出て働いていた。男性もダニエルのように工場のようなところで働いているようだったが、基本的に女性は随分虐げられている感じだった。男性は教会で座って教祖が死者を蘇らせる儀式に参加していて、女性はその様子を地下室に集まって直立して放送を聞かされるだけだった。男女を分けることで噴出するであろう不満を解消するためか、女性はたまに男性の集会に呼ばれ、そこで淫らな悪魔を追い出すとか言って、みんなからボコボコにされるのだ。男性の性欲を押さえたり解消したりするのに、この暴力行為は効果を発揮していたのだろう。

だいたいこういう教祖様というのは性に走るか暴力に走るかというパターンが多いが、シェーファーは小児性愛者でそもそもドイツで少年への性的虐待で手配されていた輩がチリに来て教祖になったらしく、このコロニアディグニダでも少年たちばかりを集めてハーレムを作っていたようだ。その分女性に対しては暴力的な方向に走っていたらしい。暴力的と言えば、個人への暴力の他に戦車を含む大量の武器も持っていたらしい。

男性だけの集会をこっそりと覗きに行ってダニエルを見つけたレナは、男女が一緒になる非常に珍しい「行進」(ピノチェト大統領の歓迎式典だった)で自分もここにいることをダニエルに知らせることができた。ここで無言でしっかりと手を握り合う2人に再会のドキドキとばれたらどーすんのーっ!というドキドキのダブルのドキドキを味あわされた。

このシーンだけじゃなくてもう全編ドキドキしっ放しでした。とにかくレナが酷い目にあったらどうしようと気持ちで不安がいっぱいでした。あの我らがハーマイオニーが薄汚い小太りのおっさん(教祖)にじっとりと抱擁されたり、鼻血が出るまで殴られたりするもんだからもう見ていられない。と、ついついエマをハーマイオニーと重ねて見てしまう。彼女が全力疾走するシーンもあ~ハーマイオニーの走り方や~とか思ってしまったり。とにかくエマワトソン(ハーマイオニー)ファンには心臓に悪いシーンばかり。でもエマファン目線で言わせてもらうと、前半のCAのユニフォームや60年代の服装をしているエマはめっちゃ可愛かったー。そんなデレデレ目線で見られるのは前半のほんの少しだけですが。

レナとダニエルの脱出劇は最後の最後、レナの同僚のパイロットが管制塔の離陸中止命令を無視して飛んでくれるまでハラハラドキドキでした。この2人のことについてはフィクションらしいので見終わってからそれを知って、なぁんやとちょっと思ってしまったのですが、登場シーンの少ないこのパイロットとレナの絆については前半にきちんと伏線が敷かれてあったので納得することができました。

このコロニアディグニダについては実はいまも全容ははっきりとは分かっていないようです。ピノチェト政権時代の行方不明者自体もはっきりと全容が分からない状態でそのコロニアディグニダはその一翼を担っていたということです。死の天使と呼ばれた悪名高いヨーゼフメンゲレもここにいたのでは?とウワサされているようで、この施設の特徴を考えれば彼がいたとしても不思議はないでしょう。映画の中でもダニエルはサリンの実験で殺されかける寸前でしたし、拷問の他にも人体実験も行われていたようです。

カルトが時の政権と利害が一致してしまうという最悪の事態に陥ったのがこの集団だったということなのでしょう。あー怖い。

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疑惑のチャンピオン

2016-07-14 | シネマ か行

「ペレ」はサッカーの伝説の人でしたが、こちらも自転車界の伝説の人…になるはずだった人。ランスアームストロングと言えば自転車の門外漢でも知っている名前でしょう。

自転車の最高峰のレース、ツールドフランスで前人未到の7連覇を成し遂げたアメリカ人のヒーローは実はドーピングをしていたことが発覚し2012年すべてのタイトルははく奪され、自転車界から永久追放された。

ランスアームストロングベンフォスターが、どのようにドーピングに染まって行ったのか。当然その過程を見られるであろうことを予想して見に行ったわけですが、たった25歳でガンに侵され過酷な化学療法で見事ガンを克服した彼が勝利に固執するあまり追い詰められてついにドーピングに手を染める…といったような展開を想像していたワタクシはしょっぱなから驚かされた。彼はガンにかかる以前からドーピングを行っており、ガンを克服してからは自らドーピングを積極的に研究している医師ミケーレフェラーリギョームカネに会いに行き、自分から積極的にドーピングを行い、それを自分のチームメイトにも推奨(強制?)していた。

そうだったのか、、、スポンサーとか周囲の期待とかそういうもののプレッシャーに負けてしまってやむなく薬に手を出してしまった堕ちたヒーローだと勝手に思っていたのだけど全然違っていた。

彼はフェラーリ医師の指導の下、ドーピングだけでなく、ドーピングの証拠を隠す方法も巧みに実行していて、ドーピングの検査に来た検査官を待たせて点滴を絞り出して入れて成分を薄めたり、ドーピングしていない時の血液を試合後に戻すなどおぞましい(という強い言葉を使っていいくらいの)行為まで普通に行っていた。

1回目のツールドフランスでの優勝の時、ヒルクライムで驚異的な走りを見せたアームストロングに疑惑を持ったのはたった一人(いや、心の中の疑惑に目をつぶらなかったのはたった一人と言うべきか)アイルランド人ジャーナリストのデイヴィッドウォルシュクリスオダウドだけだった。彼はここからずっとアームストロングのドーピング疑惑を追い続けることになる。しかしなかなか決定的な証拠を挙げることはできないし、その疑惑を追っているというだけで周囲からつまはじきにされた。(それもすべてアームストロング側の裏工作だった)

ランスアームストロングというヒーローを得た自転車界、スポンサー、ファン、ガン治療の支援団体などなどなど、すべてが彼を中心に回り始め、この良い雰囲気を壊す奴は許されないという空気が広がり始める。皆がだんまりを決め込んでいれば、何も問題なんてない。恐ろしい悪循環の始まりだ。

アームストロングはキング。何をやってももうアンタッチャブルな存在。ドーピング疑惑を堂々と否定し、自らアンチドーピング機関に高額のドーピング血液検査の機械を贈るというなんとも傲慢で高慢ちきなことまでやってみせている。

そんなキングにもほころびが出来始める。常にアームストロングの影にいた元チームメイトのフロイドランディスジェシープレモンスがドーピング検査に引っかかる。アームストロングに冷たくあしらわれた彼はデイヴィッドウォルシュに連絡を入れた…そうなると彼に優勝報酬を支払わされた会社側も黙ってはいなかった。

ベンフォスターが見せるアームストロングの勝利への異常なまでの執着に一気に引き込まれる。アームストロングの人生そのものがまるで暗示にかかったようにドーピングへと突っ走っていく。彼に罪悪感はかけらもなく、周囲もそれを引きとめることなく一緒に乗っかってオイシイ思いをしようとしている。そこは自転車界だけではなく巨額のカネが動くスポーツ界全体の腐敗も示している。

周りのみんなが「せっかく盛り上がってるのに雰囲気ぶち壊すようなこと言うなよな」という空気の中で、疑惑を堂々と口にし調べていったデイヴィッドウォルシュのジャーナリスト根性に脱帽しました。彼こそが本物のスポーツファンと言えるのではないでしょうか。

上映時間103分。もう少し長くてもいいから、アームストロングの奥さんがドーピングとそれがバレたときにどういう反応をしたのかというのが見たかった気がします。出会いと結婚式のシーンだけ一瞬ありましたが、後は存在していないかのようだったので。(奥さん側に許可取れなかったとかそういう問題かな?)それ以外はスリリングな演出でとても良かったと思います。

オリンピックを前にロシアが組織的なドーピング違反で出場停止なんて言っていますが、本当にロシアだけ…???

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帰ってきたヒトラー

2016-06-23 | シネマ か行

自殺したはずのヒトラーオリヴァーマスッチが現代社会にタイムスリップ。彼を発見したテレビマン・ファビアンザヴァツキファビアンブッシュが彼を物まね芸人だと思いこみテレビに売り込んで聴衆にバカ受けする。

まったく予想していなかったのですが、このファヴィアンとヒトラーが一緒にドイツ中を旅をして回るシーンがあり、そこでヒトラー(の物まね芸人とみなが思っている人)を目の前にドイツ人や外国から来た観光客がどのような反応をするのかというのがドキュメンタリーとして撮影されていた。現代のドイツ人の政治的な悩みに耳を傾けるヒトラー。ネオナチたちに会い表面上ヒトラーに憧れるばかりで彼の信念など何も理解していないネオナチの本当の姿を暴いてみたり。過去に彼のやった身の毛もよだつ行為は別として、彼の政治的手腕の高さがここで非常にうまく表現される。一人一人の市民の意見を聞き、政治的な不満があるならそれを政治家にぶつけなさいと話し、本当の民主主義を勝ち取るのだと鼓舞する。そう、彼はもっとも民主的な憲法のもと選挙で一般市民から選ばれた首長なのだ。

始めは現代によみがえったヒトラーが状況を把握するまでに、周囲の人とチグハグな会話を繰り広げてそれが面白かったのだけど、瞬く間に状況を理解し、現代のテクノロジーを駆使してプロパガンダを広めることを習得してしまう彼の姿に慄然とする。彼を芸人だと思って面白がっている人たちも、彼の言うことに一理あるとか、不満を聞いてもらって満足したりとか、徐々に彼の色に染まっていく社会の姿がありもう笑うに笑えない状況になっていく。

ヒトラーの所業を見ていると、どうして国中があんな奴の言いなりになってしまったのか?という単純な疑問が頭をもたげてくるのだけど、頭の中では危険な思想を持ちながら、人当りがよく礼儀正しくはっきりした主張をするヒトラーの姿を映し出されると彼が巧みに民衆を味方につけていった様子をまざまざと再現されるようで戦慄が走る。

それが終盤の現在ドイツやヨーロッパ、ひいては日本も含め世界全体が置かれている内向きの視点に支配されている世の中に突如として現れたヒトラーが一気に支持を集めそうな気配につながっており、製作者側としてはそこに警鐘を鳴らしているのだろうけど、その警鐘が届きそうもない現代の社会の状態に恐ろしさを感じた。

ここまでヒトラーをネタにできるドイツ人たちの懐の深さというものも今回試されているのだろうと思う。ユダヤ人問題をこの蘇ったヒトラーはどう考えていたのかという部分はさすがに深くは掘り下げなかったようですが。ドキュメンタリー部分でもユダヤ人との直接のやりとりはなかった。さすがに演じる役者の身の安全も考えてのことだったのかもしれません。テレビ局で「ユダヤ人ネタは禁止」と言われるシーンでうまく触れないようにもっていっています。

ヒトラーを演じたオリヴァーマスッチは正直あまりヒトラーに似ていないなぁ、もっと似てる人選べたんちゃうん?と最初は思っていたのですが、演説(ネタ)前の自信たっぷりの沈黙ぶりや、熱の入った演説、時に激高して見せる姿などが(本物を知っているわけではないけど)迫力があってリアルにだんだんヒトラーに見えてきました。

こんな話にどうやってオチをつけるのだろうと思いながら見ていたのですが、ゾッとする終わり方でした。ここまで巧く非常に強烈に風刺をやってのける作品は珍しいと思います。これから変化していく社会情勢の中でこの作品の位置づけがどのようなものになっていくのかも興味深いところです。

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カルテルランド

2016-05-18 | シネマ か行

予告を見てキャサリンビゲローが製作総指揮を務めたドキュメンタリーということで興味を持ちました。

メキシコのミチョアカン州と、アメリカのアリゾナ州メキシコ国境周辺で同時期に結成された2つの自警団を追うドキュメンタリー。

メキシコのミチョアカン州では麻薬カルテルテンプル騎士団が権勢を振るい住民を相手に残虐な行為を繰り返していた。彼らは住民に“税金”を払うよう脅し、払わなければ見せしめに小さな子供を含めて家族全員殺された。しかも、考えられる限りの残忍な方法で。

住民がそんな状態にあっても、カルテルと裏でつながっている警察は何もしようとはしない。そこで医師ホセマヌエルミレレスは仲間たちと銃を取り、自警団を結成してカルテルと戦うことにした。

アメリカ・アリゾナ州メキシコ国境周辺ではメキシコからの不法移民の流入を防ごうとティムフォーリーが仲間たちと自警団を結成し、昼夜パトロールを行っている。

カルテル関連ではつい先日「ボーダーライン」を見たばかり。「ボーダーライン」の中にもカルテルに虐殺された惨い死体が登場したが、こちらの作品ではそれらの映像がすべて本物。首を切られた死体、高架から首つりされた死体、火をつけられた死体などなどなど。男も女も子どもも赤ちゃんも関係ない。もうこれはまさに戦争状態だと思うんだけど、それに政府も警察もグルだって言うんだから、そりゃ自分たちで立ち上がるしかないよね、と思えてくる。

でもこれが、、、武器を持って自分たちが正義だーってやってるうちに分からなくなってきてしまうのが人間のサガなのかな。罪があるかどうか分からない人を捕らえて尋問しているときの彼らは楽しそうに見えたし、家宅捜索に入ったカルテル幹部の家で逆に自分たちが略奪したり。ミレレスがリーダー会議でそれを問題にしても、他のリーダーたちはニヤニヤとするばかり。“パパフマーフ”と呼ばれるミレレスの腹心だった人は良い人そうに見えて無茶苦茶腹黒だった。

結局1年もしないうちに政府に買収されたような形で、自警団を合法化してもらって警察の傘下にはいってしまった。それってつまりカルテルとグルの側ってこと。カルテルとグルどころか、自警団の中で麻薬を製造する奴とかまで現れて、いまや制服を来たカルテル状態という。どうせ俺たちがどんなに頑張っても甘い汁を吸う奴らがいて状況は変わらない。それなら甘い汁を吸う側になったほうがいいじゃんかってことか。

アメリカのティムフォーリーたちに関しては、彼らが直接的に暴力を振るうシーンとかは撮影されていなかった。ただ不法侵入してきたメキシコ移民を見つけて当局に引き渡したかメキシコに返したかしただけっぽかったな。「俺たちがここで不法移民を見つけて警察を呼んだとしても、警察がやってくるまでどれほどの時間がかかると思う?」という彼の主張は分かるし、メキシコからどんどん麻薬が入ってきているのに無策な政府に嫌気がさすのも仕方ないだろう。彼は絶対トランプ支持派なんだろうなぁと思いながら見ていました。もし実際にトランプが大統領になったとしたら、メキシコからの麻薬の流入を防げるのでしょうか。

ミレレスは信じていた自警団の仲間に裏切られ、命まで狙われる身になってしまうのですが、最後に非常に驚いたことになんと現在は武器所持で逮捕されて刑務所にいるのだとか。政府も警察も自警団も彼に内情を語られるのを恐れての逮捕ということらしい。なんてことだ。。。衝撃のシーンの多い作品だったけど、この最後の彼の姿が一番衝撃だった。

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キャロル

2016-02-16 | シネマ か行

大好きなケイトブランシェットの作品なので見に行くことにしました。

1952年のニューヨーク。デパート店員のテレーズルーニーマーラが接客をしたご婦人キャロル(ブランシェット)。一目見たその時からテレーズはキャロルの圧倒的な気品と風格に魅かれていたようだった。キャロルが忘れて行った手袋を返送したテレーズにキャロルからお礼の電話がかかりランチに誘われる。

それを機に2人は何度か会いお互いのことを知るようになる。キャロルは離婚訴訟中で、テレーズは恋人に婚約を迫られているがいまひとつ踏み切れないでいた。

テレーズは盲目的に従順にキャロルに誘われるがまま旅行に出かけるが、2人はなかなか一線を越えない。ここんとこの演出の意図はなんだろう。時代的な奥ゆかしさなのかな。2人ともお互いの気持ちは完全に分かっていたし、キャロルは昔にも女性の恋人がいたようで肉体関係を躊躇する理由があるとは思えない。テレーズもそんな経験はないとは言え、恐れから一線を越えることから逃げているようにも感じなかった。

まぁとにかくこういう上流階級の上品で威風堂々としたご婦人を演じさせればケイトブランシェットの右に出る者は今のハリウッドにはいないだろう。ただこれの前に見たケイトブランシェットの作品が「ブルージャスミン」だったので、いつまたナーバスブレイクダウンを起こすかドキドキしてしまいました。それは単にワタクシが勝手に前に見たものが抜けていなかっただけなのですが、お金持ちのご婦人というのが同じ設定だったもので。

やっと2人が一線を越えたのもつかの間、キャロルの夫ハージカイルチャンドラーが探偵を送り込みテレーズとの仲を理由に親権を奪おうとしてくる。そのためキャロルはテレーズを捨てざるをえなくなるのだけど、ここんとこの演出が少し分かりにくかった。キャロルは娘に会うために一刻も早くニューヨークに戻らなければならなかったのかもしれないけど、だからって寝ているテレーズを放っておいて置手紙を元カノアビーサラポールソンに渡させるっちゅうのはどういう了見か。それだけ別れるのが辛かったってことかもしれないけど、ワタクシは不誠実に感じました。

でも、娘か恋人かの二択を迫られてキャロルが娘を取ったのは仕方のないことだったでしょうね。あの時代同性愛は“治る”と思われていて、キャロルも夫側にカウンセラーのところに通わされていたみたいだったし。そうして“治療”を受けることが娘に会える条件だったのでしょうね。

一方振られたテレーズはキャロルへの想いを抱きながらも、キャロルがきっかけを与えてくれたカメラのキャリアへの道を進んでいきました。

このままお互いに違う人生を歩んでいくのかと思ったんですが、キャロルはやはりそのような状態には耐えられず、親権は夫に渡し、面会権だけを得ることで自分自身の人生のほうは思うままに生きようという道を選びます。あの時代の女性が「自分自身を偽っても存在意義はないわ」とまで言い切れるというのは、とても勇気のいったことでしょうし、キャロルがその道を選んだことはとても素晴らしいことだと感じました。キャロルはおそらく生まれながらにしてお金持ちだったと思いますが、上流階級のしがらみよりも自分自身の生き方を選ぶことができたというのは、彼女自身の強さの表れだったのでしょう。

最後にテレーズにもう一度会い、「愛してる」とまで言ったキャロル。このシーンは実は冒頭でこのセリフの直後からテレーズの男友達がテレーズを見つけて駆け寄ってくるシーンが描かれていて、あの冒頭のシーンがまさかキャロルがそこまでの愛の告白をした直後のお邪魔虫だったとは夢にも思いませんでしたね。テレーズが果たして自分との人生を選んでくれるのか。そこは無理強いはせずすっと去るキャロルでしたが、テレーズはやはりキャロルとの人生を選ぶのでした。キャロルに会いに来たときのテレーズを見つけたキャロルの表情で幕となりますが、ここんとこの演出はちょっと分かりきってしまってましたね。観客が分かりきっている演出でそれでも魅せてしまうのがケイトブランシェットの技量なのだとは思いますが。

全体的に演出がとても繊細で静かでちょっと眠くなってしまうところもあったし、少し展開が分かりにくく主演女優2人の演技に頼り過ぎてるかなーと思う部分もありました。魅かれあう2人の描写が繊細過ぎて、心の奥底からどうしようもなく湧き出てくる情熱とまで表現しきれていなかった気がしました。あと一緒にいる2人があまり楽しそうに写らなかったのも残念だったかな。お金持ちのご婦人と一介の小娘という関係性を越えるほどの愛というところまで表現してほしかったなと思います。

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鑑定士と顔のない依頼人

2016-01-27 | シネマ か行

まったく内容を知らないで、主人公を演じるジェフリーラッシュが好きなので見ました。好きっていうかねぇ…ちょっと気持ち悪い雰囲気がある人なんだけど、演技がすごいし、彼の選ぶ作品には常に興味があります。

今回もなんだか気持ちの悪い役でしたねー。ヴァージルオールドマンは一流の美術鑑定士なんだけど、女性を知らないようで世界中の女性の有名な肖像画を集めては秘密の部屋に飾ってそれを眺めて楽しんでいる。フェティズムとでもいうのかな。そんな彼が資産家の両親が遺した美術品を査定してほしいという依頼を受け大きなお屋敷に行くんですけど、肝心の依頼人クレアシルヴィアフークスは姿を見せない。どうやらパニック症候群とか広所恐怖症的な症状らしく壁の向こうの隠し部屋で生活しているらしい。

何度も鑑定のためにクレアの屋敷を訪れるうち少しずつは打ち解けていく2人。クレアの姿を見てみたくなったヴァージルはある日出て行った音だけをさせて屋敷の中にそっと隠れて、隠し部屋から出てくるクレアを目にし恋に落ちる。いや、クレアの姿を見る前から恋には落ちていたのかも。

少しずつ接近する2人。家の中でならヴァージルと食事をできるようになるクレア。仕事関係の知り合いであるロバートジムスタージェスから恋のアドバイスをもらいながら、ヴァージルはクレアとの仲を進展させていく。

正直言ってヴァージルみたいな気持ちの悪い初老の親父とくっつくクレアの気持ちがさっぱり分からなかった。精神的に問題があり、一般社会から切り離されて育ってきたクレアにとってはこんなちょいキモの親父でも優しくしてもらえれば素敵に思えるのか???と、思っていたら思わぬ落とし穴が…

なんだかミステリアスな展開で、不思議な雰囲気を持ったお話だったので、固唾を飲んで見守っていたら、うわーそういうオチか。と。考えてみたらそんなに意外なオチでもなんでもないんですよね。でも、それが意外なオチに思えるほどうまい作りになっていると思いました。て、ワタクシが騙されやすいだけかもしれませんが。

実は一部始終を目撃していたサバン症(だと思う)の女性の存在があとから生きてくるようにできていて、種明かしの部分が上手だなと思いました。ヴァージルにとっては絵画を眺めるだけで満足していたころのほうが幸せだったのか、ひとときでも実際に幸せな気持ちを味わうことができて良かったと考えるべきか。

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