シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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EX

2005-11-18 | シネマ あ行

EXとはExtreme Sportsのこと。スカイダイビングやバンジージャンプといったものも十分危険なスポーツと言えるけど、彼らにとってはそんなの朝飯前。彼らにはもうひとつもふたつもプラスアルファの危険な要素が必要だ。自転車で雪山から滑り降りるとかビルからビルへパラシュートなしで飛び移るとかね。そういうスリルを味わってないと生きてる気がしない。そういうタイプの人たちのお話です。ワタクシはすっかり守りに入ってしまっていて、昔に比べるとかなり怖がりになってしまったので、ただのバンジージャンプでも考えてしまうのですが、彼らはホントに半端じゃありません。「ヤマカシ」の自然派バージョンといった感じですかね。

設定としてはCMディレクターと撮影チームそしてEXのチーム(と言っても、今回のCM撮影で初めて会ったメンバーもいる)が日本のメーカーのデジタルビデオのCM撮影に雪山へ。この導入部が自然でうまい。雪山で雪崩に追いかけられながら、滑るスキーヤーの撮影というのもCMということなら自然だ。よくありそうなCMのシュチュエーションだもんね。

彼らはとても常人には考えられない無謀なことをやってのけるけど、そこにはきちんとした緻密な計算があってプロは無駄な危険は侵さない。とは言え、スリルを求める彼らのこと、もちろんやんちゃなイタズラはしがちですが…

そこへ雪山へ逃げてきたテロリスト集団に襲われてピンチを迎えるのですが、それも持ち前の運動神経で乗り越えてハッピー

全体的なお話は単純だし、ちょっと安っぽい感もあるにはありますが、Extreme Sportsの映像に非常に爽快感があって何も考えたくない時には

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ワタクシと英語~それから。今思うこと

2005-11-17 | ワタクシと英語

ワタクシの今現在の英語とのかかわりは、

1、仕事でたまに訳を頼まれること
2、英字新聞をネットでピックアップして読むこと
3、小説を原書で読むこと
4、ケーブルテレビを英語で見ること(めちゃたまに)
5、留学時代の友達にメールすること
6、字幕に表現し切れていない英語に反応する
7、「なになにってどういう意味~?」「なになにって英語でなんて言うの~?」という質問に“いやー、いらんこと聞かんとってぇ~”と内心ビクビクしている。

くらいですかねー。今年の5月には留学時代の友人のフランス人が2週間遊びに来てその時ひさびさに長い時間英語を話しました。

ワタクシは英語を仕事にしていないし、それでいいと思っている。仕事にしていないからといって英語との関わりを一切絶つことはこの先一生絶対にないし、ワタクシはそれを楽しんでいる。

「仕事」というものの価値観がワタクシと違う人が大多数の世の中でワタクシの考え方はしばしば受け入れられない。

「もったいない」と人は言う。「仕事」にしなかったらもったいないのかな?うん。そうなんやろうな、普通。けどワタクシにとっては違うんだな。

「宝の持ち腐れ」そう言う人がいる。この言葉にワタクシは異常なまでに反応する。(もちろん、心の中でだけだが)ワタクシが英語を勉強してきたことによって得た喜びや貴重な体験。それは紛れもなくワタクシの“宝”だ。それを「仕事」にしていないからといって「持ち腐れ」と言われる筋合いはない。確かに両親にはお金の援助を受けてきた。両親がそう言うならワタクシは真摯な気持ちで受け止める。けど、ワタクシの両親はそれを言わない。ワタクシが得た“宝”を「腐らせている」とは言わない。それなのに、他人にそんなこと言われたくない。まぁ他人さんも悪気があって言っているわけではないだろうし、そのほうが常識なのは分かっている。だから、実際は「そうですね~」なぁんて軽~く受け流しますけれどもね。

自分のおまんま代は自分で稼ぎます。ただの事務員でもコンビニの店員でも警備員でもビルの清掃係でも。何やってでも自分のおまんま代は稼ぎます。それだけです。

英語を習うということを通して得た経験はワタクシの心の中の大切な“宝”。それを腐らせてはいないし、これからも絶対に腐りません。

とよく分からない宣言をして長かった「ワタクシと英語」シリーズA面を終わりたいと思います。お付き合いありがとうございました。
こうして振り返ってみた作業はかなり面白かった。けど、A面は一応さらっと今までの経過を書いたまでです。(それでも十分長いけど)
これからB面を書いて、それぞれの時のこぼれ話や、ワタクシがやってきた勉強法なんかを書きたいと思いまーす。ぺこり。(そして、果てなく続く…)

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バーバー吉野

2005-11-17 | シネマ は行
片田舎の小さな町。時代背景はいまいち分からないけど、そう昔の話でもない感じ。この町の小学生の男子はみな「バーバー吉野」のおばちゃんもたいまさこがする“吉野刈り”という強制マッシュルーム。(うぎゃ、カッコ悪すぎ)「山の日」には山の神様を鎮めるためにウィーン少年合唱団よろしくハレルヤを山で歌う。(なんじゃそりゃ?)そこへ東京から茶髪で髪型もカッコイイ転校生がやって来る。女子は色めきたち、「ケッ」と言っている男子たちも本心ではカッコイイと思っている。大人たちは「早く吉野刈りにしなさい」と言うが、、、

結局は仲良くなった男子たち(バーバー吉野の息子を含む)4人組もこの転校生に「吉野刈り」にするよう言うが、「髪型の自由は基本的人権。憲法で保障されているんだ」と小難しいことを言う転校生。そのうち、「俺もこんなかっこ悪い髪形イヤだ」と言い出す。この町の大人たちにしてみれば「吉野刈りはこの町の古き良き伝統」なのだけど、子どもたちが「どうして?」と聞いても明確な答えはない。「天狗にさらわれないように」なんて言われてもねぇー、納得できるわけないでしょう???結局はバーバー吉野の陰謀なんじゃねぇの~とこの男子たちと同じこと思っちゃう。このあたりからお話はなんか「僕らの七日間戦争」髪型版みたいになっていきます。

古いものと新しいものとの真っ向対決なわけですが、バーバー吉野のおばちゃんは頭の堅い大人ながら、口うるさいなりに子どもたちのことを考え思いやってくれている人。伝統を振りかざすババァの顔にはうんざりだけど、こういうおばちゃんもおらんとあかんねんなぁと思わせてくれる。

大筋よりも、この作品がいいのは子供たちのディテールだと思う。この荻上直子監督の作品はこれしか見たことがないし彼女の背景は何もしらないけど、子供たちの日常を実にリアルに描いている。毎日、秘密基地に集まる子供たち、その中の力関係。嫌いだった転校生がエロ本を持っているというだけで仲良くなってしまう神経。あー、子供ってこんなもん、こんなもん。とすごく納得できる。そして、大人たちの中にある矛盾。“けけおじさん”と呼ばれる昔の町には必ず一人いたようなちょぴっといっちゃってる人。でもこの人が物事の核心をつくようなことを言う。この女性監督が小学生の男子たちの日常をものすごくリアルに描いているところにこれからを期待させる予感がある。(めちゃ生意気な書き方ですけど)

全体的にほのぼのしていて、それでいてこの戦いは子供たちにとっては本当に切実で。見る人それぞれが思い出す子供時代の出来事があるんじゃないかなー。

最後にいつも「「バーバー吉野」で散髪するおじいちゃんが「時代が違うんだから、しょうがないんだろうねぇ」っていうシーンがあるんだけど、ワタクシ個人的には「ワシらが子供のときも実はイヤだったよ、吉野刈り」って言ってほしかったなぁ。

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ワタクシと英語~帰国後編

2005-11-16 | ワタクシと英語
ヨーロッパ旅行のことはまた裏編で。(裏編はいったいどんな膨大な量になるんだろ???コワっ)

帰国してからも特に“何になりたい”という願望のないワタクシは適当に職探しを始めた。英語に関係する仕事でもそうじゃなくても良かった。英語に関する仕事なんてただの語学留学帰りで何の資格も取っていないワタクシにあるはずもなかったが。始め自転車便のバイトをした。英語にはまったく関係なかった。そこは3ヶ月くらいで辞めてしまった。社長が嫌な奴だったから。それだけで。

その後、職安で関西国際空港内のバイトを見つけた。英語を話す仕事だ。でも日常会話が出来ればよく、資格は必要なかった。関西国際空港のトランジットエリア内にある空港が経営する店の店員だった。客の7~8割は外国人だった。ほとんどがマニュアル通りに話せば良いがトランジットで暇なお客さんとたまに会話を交わした。常連さんもいた。そういうのがすごく楽しかった。そこでの会話に困ることはまったくなかった。ここでのこぼれ話もめちゃくちゃいっぱいある。これも裏編に書きたい。

そこで2年くらい働いたかなー。そこはバイトで健康保険とか厚生年金がいっさいなく、結構年もとってきたワタクシはそろそろまっとうな仕事をしなければとそこを辞めた。

といって、その間英語の資格を取ったりしていなかったワタクシは次の就職先も“英語に関する”ということにはこだわっていなかった。ただ、履歴書に“ハクをつけるために”TOEICを受けようと勉強し始めた。参考書や模擬問題の本は超簡単だった。ので、なめていた。試験当日。ビックリした。模擬問題の本っ!!!全然違うやんけっ!!!本番のやつ、めっちゃむずいやんけっ!!!そう思った。やばいなぁ…イヤやなぁ…変な点数やったらかっこ悪いなぁ…そう思っていた。結果が来た。920点だった。すごいな。。。自分でも思った。思ったより相当良かった。(今ならまったくこんな点数に及びません。しかももう時効です

それを履歴書に書いて就職活動をした。

裏目にでた。
「そんなに英語ができるならうちよりもっと他で、、、」いや、そんなんいいんです。英語に関する仕事したいわけじゃないんです。
「もったいないよ」もったいなくないんです。気にしないでください。

最後らへんはもうTOEICのスコアは書かないでおこうかと思ったくらいでした。

英語に関するところに行くと
「TOEICはいいけど、英検は?」取ってません。
「日常会話はいいけど、専門用語分かる?」分かりません。
だからといって、英語に関する仕事をするための資格試験とかを受ける気にはならなかった。要は、社会では使い物にならない中途半端な奴なワケだ。

まぁ、それでも何とか今の会社(弱小企業です)に入ることができ今までやってきたこととは全く関係ない経理の仕事をしている。(今の会社に入ってから簿記3級と2級は取った。1級は難しすぎてテキストを見ると吐きそうになる)この会社でもたまに、英語の文献を訳したりする仕事を頼まれてやる。「日本語に訳して」はいいのだけれど、「これ、英訳して」は嫌いだ。難しくてできないし、正しいかどうか自信がない(というか、正しくない自信がある)頼む人が英語喋れるから余計イヤだ。それでもなんとかごまかしごまかしやっている。それがいま現在のワタクシだ。
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ミートザペアレンツ2

2005-11-16 | シネマ ま行
昨日、試写会行って来ました。予告通りします。

おとつい、「1」を借りてきて見たと言いましたが、見直してて良かった~わざわざ見直さなくても楽しめるのは楽しめると思うんですけど、結構つながってるので見直したからこそ笑えるところとかがあってちょっと周りに優越感を覚えるというか、、、(セコい奴)

「2」には期待しないの鉄則を守って行ったので、期待してなかったのですが、面白かったですねー。何と言ってもキャストがすごいんでこれでしょうもない映画作ったらアカンやろー、ありえへんやろーって感じはあるんですけどね。

前回の最後で二人の仲を認めたお父ちゃんロバートデニーロですが、やっぱり心の底からは納得していないらしく(そりゃ、そうやろなぁ。娘パムテリーポロの婿は永遠のライバルやろうし)相変わらずグレッグベンスティーラーには意地悪です。

今回はパムの両親とグレッグの両親の初対面ということで、お話は進んでいきます。グレッグのパパは主夫ダスティンホフマンとセックスセラピストバーブラストライサンドです。それをまたパパは弁護士でママは医者とウソついてるんですよ、グレッグ。そんなんするから話がややこしくなるんやけど、それもこれもすべてパムのパパに気に入られようとする涙ぐましい努力の結果なんですね。(何ひとつうまくいきませんが)

グレッグの両親の職業だけでも拒否反応を起こされそうなのに、さらに加えてこの二人が(職業からも分かりますが)超リベラル。元CIAの堅物オヤジとは言わば真逆なわけです。教育方針から犬好き、猫好き何から何まで正反対。

そこへ来てパムの結婚前の妊娠やらグレッグの隠し子騒動やら孫のリトルジャックやらでまたもやてんやわんやです。おきまりのそんな無茶苦茶な~っていう展開も「1」をきっちり踏襲。

「2」の成功の原因はやはりダスティンホフマンとバーブラストライサンドですね。ダスティンホフマンについてはほんの数日前にも取り上げましたが、このちっちゃいおっちゃん。ホントすごいです。デニーロに対抗する父ちゃんなわけですからね、もちろん、このへんの大御所をもってこないといけなかったでしょう。デニーロがシャワー浴びていてその横でウ○コしてるダスティンホフマンのツーショットなんて映画ファンにはたまらない興奮ですよ。(あっ、いや、そういう趣味ではなくてね、、、)この父ちゃんのリベラルぶり&息子溺愛ぶり&エロおやじぶりが超かわいい。嫁がセックスセラピストだけあってまだまだ現役のようです…マチネー興演やったり(昼間っから×××って意味です)2本立てはどうだっ!なぁんてね…下ネタ多しです。超トラブルメーカーなんですけどね…自分の親父やったら絶対イヤやけど。

そして、そのセックスセラピストの嫁。ワタクシ個人的にはバーブラストライサンドを見るのは久しぶりでした。やっぱりものすごく存在感ありますねー。ブライスダナー(パムのママ)がかすんで見えたもんなー。コメディセンスも抜群だし。このママ、職業柄というか信念上というか超オープンでパムのママにももう一度パパと燃える方法なんて伝授しちゃうし、息子にもHに関するアドバイスとか堂々としちゃうんですよねー。グレッグはママとそんな話したくないって11歳のときから言い続けてるようです、ハイ。このお母さんも自分の母親やったら絶対イヤですね、間違いなく。

でもこれが他人の親ならもう最高。こんな楽しい親はどこにもおりません。グレッグには同情しつつ、もうこの際開き直ってアンタも楽しんじゃえば?とまで無責任に思っちゃいます。

ハイハイ、今回もどっちもどっちで非常識です。もちろん、てんやわんやの騒動の末、万事丸くは収まるわけですが、、、この家族絶対いつまでたってもうまくはいかないでしょうねぇ。うひゃひゃひゃひゃひゃ。
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ワタクシと英語~留学編2

2005-11-15 | ワタクシと英語

留学時代の細かいことはここでは書かないでおきます。ものすごく膨大な話なので。。。また、裏編で。

トロントに行ってまず分かった一番大きなこと。カナダはアメリカとは全然違う。カナダ人はアメリカが嫌い。世界のほとんどの国の人はアメリカが嫌い。アメリカを好きな国民も嫌われる。ということ。というわけで、徐々に感化されていったワタクシもどんどんアメリカ嫌いになってしまいました。。。(簡単な奴です。すいません)

ワタクシはホームステイより学校が斡旋するアパートで留学生と暮らすというのを選んだ。ワタクシのルームメイトはスウェーデン人だった。ワタクシは一日早くアパートに着き、次の日にその子が来た。"Hi. You must be coky.(あ、ホントに言ったのはワタクシの本名ね。当たり前か)So...This is it, ha?"

英語ベラベラやん。。。どないしょー。どないしょー。みんなこんなんなん???びびった。めちゃくちゃびびった。

翌日初登校。クラス分けテスト。レベル0~6中5だった。かなり上だ。高校での英文法とラジオ英会話のお陰だった。ルームメイトのスウェーデン人は6だった。もちろん。最初に会ったのがその子だったからかなりびびってしまったのだが、他の子はワタクシより喋れなかった。そのスウェーデン人は自分は英語を習いに来たのではなくアイスホッケーを見に来たのだと豪語していた。なんや。。。びびらすなよ。

留学時代の一番大きな出来事は尊敬&感謝しているもうひとりの英語教師との出会いだ。James Cosentino。ワタクシの行っていた語学学校で出会った最初の教師。怖かった。変なテンションが。妙なハイテンションでめちゃ厳しい要求を生徒にしてくる。イヤだ。怖い。

けど、何とかついて行った。彼のやり方はこちらにやたらと挑戦を仕掛けてくることだ。生徒が意見を言うと必ず反論する。生徒はムキになって何かを言い返す。また論理的に反論してくる。その理論をくつがえそうとこっちも必死になる。それが彼のペースだ。こっちが必死で論理的に英語で話そうとするのを自然に引き出す。最後にはその反論は彼の意見ではなくこっちに話させるための作戦だと分かる。それでもまた別のことに反論してくる。こっちはまた彼の作戦を忘れてムキになる。彼は実に演技派だった。そういう人だ。ちょっと分裂していた。けど、もの凄く優秀な教師だった。彼の授業はユニークなものが多かった。それについてはまた裏編で書きたい。

8ヶ月みっちり英語をやった。すぐにレベル6に上がり、それ以上の設定がなかった学校はワタクシともう一人のフランス人ソフィーのためにレベル7を作ってくれた。実際途中イヤになったし、マンネリもした。けど、「もう飽きた~」っていうくらい英語したいと思っていた当初の目的は果たされた。そして、8ヶ月が経ち、学校が終わった。その後1ヶ月ほどトロントでぶらぶらし、その後その時のルームメイトのチェコ人ノラと一緒にチェコに行きついでにヨーロッパ旅行をしようと日本にいる両親にワタクシの中古の軽自動車を売ってもらって資金を作った。

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ミートザペアレンツ

2005-11-15 | シネマ ま行
本日、「ミートザペアレンツ2」の試写会に参りますので、予習(?)復習(?)しておこうと昨日レンタルしてもう一度見てみました。もう、4、5年前ですもんね。忘れているとこもありましたが、結構覚えていたなと思いました。それってやっぱりインパクト強かったからかなぁ。それにしても「2」の日本公開がこんなに遅れたのはナゼなんだろうと思いつつ「1」を振り返ってみます。

まず、ベンスティーラー。この人はどんな役でもそつなくこなしてしまいますね。今回の役ゲイロードフォッカーは情けない場面が多いのですが、それでいて本当は頭のいい人なんやろうなぁというのをかもしだしてます。

対するロバートデニーロはもう余裕ですよね。きっと。小学生のケンカじゃないけど「小指でも勝てるわい」ってなもんでしょう。猫をあんな表情で可愛がるデニーロなんて余裕以外の何物でもないですよね。

それにしてもこのお話。恋人パムテリーポロの両親に会いに行って結婚の許しをもらおうというわけなんですが、この両親(父親のほう)が一筋縄ではいかん。なんせ元CIAの二重スパイを洗い出す仕事をしてた人なんですからね。(だからってポリグラフは家にないやろ?)それでいて、頑固おやじで娘命。この父親と娘の再会シーンなんて、ワタクシは「ゲローッ」と思うくらいべったり親子。父親が娘にべったりも気持ち悪いけどそれをイヤがらない娘はもっと気持ち悪い。そこに割って入らなあかんベンスティーラーが超かわいそう。

まぁ娘の恋人が気に入らんっちゅう気持ちはいいですけどね、それにしてもみんなで「看護師」という仕事をバカにし過ぎですよ。見てて腹立ちましたもん。

そうやって、ベンスティーラーに肩入れして見ていると、今度はこの彼氏のほうが緊張からか言うことややることが無茶苦茶。いくら緊張しているとは言え、その場しのぎが多すぎる。そりゃ、それじゃいい印象は与えられへんやろぉ~と見ているこっちはハラハラ&頭を抱えてしまう。

もっと腹立つのはこの恋人パム。お父さんはいい人と思ってるのはいいけどさぁ、もっとフォローしてやれよ、自分の彼氏を。父親と仲良くさせようという気持ちも分かるけどさ、いきなり二人っきりで買物とか行かせるし、(←この辺はアメリカ的かも)次の日に起きる時間とかみんなが来る時間とか教えといてやれよ、もしくはお前が起こしに行ったれよ。なんか彼女のフォローのなさでどんどん彼が追い詰められてるような気がするんですよねー。あぁかわいそ。元彼オーウェンウィルソンちに連れて行かれるとこなんて悲惨やもんなー。バレーボールでドジ呼ばわりされて頑張ったら結婚式を翌日に控えた妹の顔にマトモにぶつけて流血騒ぎ。「ただのゲームなのに、ムキになりやがって」とか言われちゃうし、もう本当にいたたまれない。

と、このベンスティーラーに災難が次々に降りかかり、彼自身がトラブルメーカーになってしまうわけです。このトラブルぶりがかなりやり過ぎですが、、、お父さんに好かれようとすればするほど失敗しちゃうしね。とうとう最後に彼がキレちゃうわけです。その気持ちよーく分かりますよ。最後には恋人パムも味方してくれなくなっちゃうし。

まま、もちろん最後にはハッピーエンドが待っているわけですが、飛行機に乗ってシカゴに帰ろうとしている彼を迎えに来たお父さん。彼の娘への強い愛を信じ、"Will you be my son-in-law?"とプロポーズしちゃう。こんなプロポーズシーン初めて見たわい。わーい。わーい。良かったね

かくしてめでたくパムはパメラマーサフォッカーという放送コードぎりぎりの名前になることになったわけですねー。「2」ではフォッカー家の両親にパムの両親が会いに行くんですが、どうなることやら、、、息子にゲイロードって名前付ける親ですからねー。ただでさえ苗字がフォッカーやのに、、、みんな発音する時にどこかしら緊張して変に聞こえんようにしてるのがおかしいです。こんな苗字ほんとはありえへんのかな?

全体的には父親側も彼氏側もけっこうどっちもどっちで笑えます。お母さんブライスダナーも微妙に変やし。これから、恋人の両親に会いに行こうという人はちょっと笑えないかもしれませんが、そうでない人は他人事として笑えるでしょう。

ではでは、本日「2」の試写会に行きますのでまたいたしまーす。
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ワタクシと英語~留学編1

2005-11-14 | ワタクシと英語

その年中にお金が貯まりそうだなと思った年の正月。今年の誕生日(10月)は日本で過ごさないぞと友人に宣言した。

夏前ごろ留学を世話する旅行会社に話を聞きに行った。
アメリカ。行き先はそれ以外頭になかった。その頃のワタクシは今と違ってアメリカ好きだった。イギリス英語も嫌いだったし、オーストラリアも興味なかった。

「アメリカはねー、今入るのが難しいんです」ガーン、、、なんで???
「たくさんの留学生が不法滞在とかしててね。絶対帰るっていう保障がない人にビザが降りにくいんです」なっ!?絶対帰る保障って???
「おうちがすごくお金持ちで事業やってるとか、あなたが何か手に職があるとか、あなたの会社が1年後の復帰を保障してくれるとか」全部ありません。しがない中流サラリーマン家庭の手に職のないフリーターです。
「では、カナダはどうですか?」へっ?
「カナダは比較的簡単にビザが降ります」カナダ?考えもせんかった。カナダか。アメリカとカナダなんてなーんも変わらんやろ。。。そうか。ほんなら、カナダでもええなぁ。

とまぁ、何年も海外留学したいとか言ってたくせに、またいい加減な消去法で留学先をカナダにする。
「バンクーバーかトロント、どちらになさいます?」バンクーバーは一回行ったけど、アジア人がやたら多くてイヤやった。アメリカも東部のほうが好きやし、そっちに近いトロントで、、、これもまたいい加減な選択の仕方、、、はぁ、、、振り返っててつくづく自分っていい加減やなーと思いますねぇ。。。

というわけで、その年の9月にトロントへ。語学学校の8ヶ月のプログラムに参加した。「英語ばっかりって飽きますよ。ワーホリとか何か他のことを英語で学ぶとかにされたら?」と旅行社の人には言われていたが「飽きたーって思うくらい英語ばっかりしたいんです」そう言ってこのプログラムを選んだ。

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コンフィデンス

2005-11-14 | シネマ か行
この作品。面白いです。詐欺師グループの話です。騙し騙されの世界です。

ストーリーについてはややこしくなるので触れません。設定は単純なんですけどね。書き始めると入り組んでくると思うので一切書かないことにします。

主演はエドワードバーンズ。ニューヨークに住むアイリッシュを背景にたくさんの脚本を書き、監督、主演もしてきた俳優。甘いマスクだけど、オトコマエかというとどうだろう。けどワタクシはとても好き。なんかこういう顔。声も少ーし高めだけど、ニューヨークのアイリッシュっぽーい話し方が好き。甘いけど男臭い、でも、甘い。そんな微妙なバランスが素敵な人。いまいち、スターダムには乗っていないんだけれども、これからも必ずやアメリカ映画界を(地味にでも)しょって立っていく人だと思っている。

騙し騙されの好敵手にダスティンホフマン。このちっちゃいおじさん。ワタクシは昔からあまり好きではありません。が、この作品での彼。びっくりしました。うますぎる。いやいやいや、ダスティンホフマン捕まえてうまいなんて今更ねー、は分かってるんですけど。あんまり好きじゃないって言ったって彼の色んな作品は見てきたし、演技がうまいなんて当然のこと。なんですけどね、それでもこの作品の彼はもうすごい。この作品では裏の世界のドン的な役なんですが、マフィアとかっぽくないけど、いつキレて何をするか分からん、でもずっと普通のおっさんっていうのをいとも簡単に演じてるように見えるんです。普通に喋ってるだけやのに、何か怖い。絶対コイツには逆らわんほうがええ、そう思わせるような人をさらりと演じちゃってるんです。いやー、本気ですごい。レイチェルワイズに触れるとこなんてねぇ、もうこのエロじじいっ!なんやけど、なんか変にセクシーさも感じさせたなぁ。

他にもアンディガルシア(この人があのアンディガルシア?って思う人もいるかも。)なんかが出ていて、もう誰が味方で誰が敵か、自分はどこまで騙されてるのかどこまで見抜いているのか分からなくなる展開が面白い。

こういう作品は「始めっからそうやと思ってたわ」とか言ってしたり顔するより、「なんかそんなんやとは思ってたけどさー。うおー、そうやったんかー。騙されたえー」と言ってすっかり騙されるほうが幸せな気がします。
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ワタクシと英語~フリーター時代編

2005-11-12 | ワタクシと英語
短大2回になりみんなが就職活動をし始めた。1回生のときのホームステイ以来もっと長く海外に行きたいと思っていたワタクシは就職活動をせず、フリーターになってお金だけ貯めて海外留学すると言っていた。(実はただ、元来のぬるま湯好きで就職活動したくなかっただけだった)

その当時バイトしていたカラオケ屋でそのままフリーターとして働き始める。その頃同時にNHKのラジオ英会話を聞き始めた。元来ケチなこととお金は留学資金にしたかったので某NやEの何十万という授業料を払うのがイヤだったワタクシはもっとも安くつく勉強法を選んだ。

遠山顕先生の「英会話入門」をテキストなしで。大杉正明先生の「英会話」をテキストを購入して聞き始めた。高校、短大のときから少しは教育テレビの英会話とかに手を出していたけどいっさい長続きしなかったワタクシが、海外留学するぞという決意とこの2番組の面白さにどんどんのめり込んでいき、周りの英語を勉強している子達に薦めるまでになった。

と全てが順風満帆に思えたそのときっ!!! (ってたいそうな…)

挫折した…理由はなかった。なんかイヤになった。英語がある程度から上達しない、、、お金が思うように貯まらないとかあったんだと思う。けど、実際の理由は覚えていない。イヤになった、それだけだった。やけになったワタクシは車の免許を取って車(中古の軽だけど)まで買ってしまった。そう、貯金を全部使い果たしたのだ…

ちょうどそんな時(だったと思う)大杉先生が一度も海外留学の経験がないことを知る。ガーン。ショックだった(いい意味で)すごい。。。この人。。。それまでのワタクシは大杉先生の発音や知識から帰国子女同然の人だと勝手に思っていた。それが、、、

がんばろう。そう思い直した。また一からやりなおそう。どれだけ時間がかかってもいい。どれだけ年をとってしまってもいい。いつか海外留学しよう。それまで大杉先生のように日本でがんばろう。海外に行かなくてもここまで喋れるようになる人がいる。自分もがんばろう。それからまた何年かお金を貯めながら英語を勉強する日々に戻った。大杉先生は尊敬&感謝している英語教師のうちのひとりになった。そのころ英会話喫茶などにも顔を出したりした。

そして、、、留学時代へと続く、、、
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ワタクシと英語~短大編

2005-11-11 | ワタクシと英語
さていよいよ、指定校推薦の校内選考の時期が来た。
ワタクシには特に将来の展望もなりたい職業もなかった。そういう子だった。「将来何になりたい?」という質問に答えられなかった。「いい人間になりたい」そうは思ったけど“何になる”という観念が職業と結びつかなかった。人は何かの職業に“なる”のか?っていう疑問が解けない変な子だった。(今もそうだ)

けど、まだ何かを学びたい気持ちはあった。勉強はしたかった。勉強は好きな子だった。(記憶力がないのでやったことを覚えてないんだけど、やっている過程が好き、という身にならない勉強好きぶりなのだけど、、、)

というわけで指定校推薦でいける大学と学科のリストをもらった。もともと文系なワタクシの選択肢は(学校の場所とかでいろいろ消去した結果)とある短大の日本語学科か英語英文科になった。「日本語学科?興味ないなー。残るは英語科か。まぁ、英語好きやし、いっか」またもや、いい加減なワタクシの動機はこの程度だった。ずばり、消去法だ。なんて、消極的に英語の専科を選んだものか。。。

それからワタクシの英語づけ生活が始まった。一般教養以外はすべて英語。楽しかった。周囲がさぼっていても予習復習を必ずやった。アメリカ人講師の会話の授業も小学館ホームイングリッシュセンター程度の英会話で余裕で乗り切れた。(短大ですからね。専門的に勉強するというより実務的に就職に役立つようにということに重点が置かれているのです)

1回生の夏休みが来る少し前(6月くらいだったと思う)夏休みに30日間のアメリカ短期留学を30名限定で学校が実施するという通達が来た。費用は30万~40万だったと思う。何科の人も参加できる。試験もない。定員オーバーの場合はくじ引きで決まる。友だちと応募した。両親にも話した。「くじに当たったらお金を出してあげる。」そう言われた。

そしてくじ引きの日。ひとつの教室に集められ説明を受けた。「30番以上の数字を引いた人は残念ながら外れです」友だちとワタクシとどっちが先に引いたかは忘れた。ワタクシは外れだった。友だちは当たりだった。「そうなると思ってた」なぜか真剣にそう思った。ワタクシは昔からくじ運は悪かったし、その友だちはそういう運を掴むタイプに思えた。「当たった人にはこの後、短期留学についての説明があるので外れた人は退出してください」そう言われていたので、友達に「良かったなー」と言って外に出た。すでに目はうるんでいたと思う。そのままトイレに駆け込んで泣いた

その時そんなに泣いた自分に自分で驚いた。そこまで行きたいと思っていたとは自分でも思っていなかったからだ。その帰り道によく道端に無料で置いてある旅行会社の短期留学のパンフを取って、その足で説明を聞きに行った。今思えばなんて勝手な行動をしたものかと思う。両親にはくじに外れたらあきらめると言っていたのに、、、それでもそんなことはもう頭から吹っ飛んでいた。単にくじに外れて意地になっていただけなのかもしれない。。。

帰って両親にそのことを話した。学校のは外れたけど個人参加できるやつに行きたい。費用もこっちのほうが安い。とかなんとか勝手なことをのたもうた。父親は「考えさしてくれ」と言った。

翌日(だったと思う)「お前がそこまで行きたいんやったら、お金出したる」父親がそう言ってくれた。いやっほーい。やったぁ。やったぁ。ワタクシは完全に親に甘えた。とんでもないすねっかじりだけど、それでいいと思っていた。子供は親のすねをかじるもんだと。(今でもそう思っている)けど、感謝の気持ちは忘れなかった。その分、現地ではめっちゃ頑張るぞーと思っていた。その時は両親が「子供の前に立ちはだかりたくない」と言って自由にさせてくれていたことを当たり前のように思っていた。けど、、、その頃と言えば、留学先のアメリカ南部の町でハロウィンの日に日本人の男の子が射殺されたという、そんな事件があった次の年だった。「その子は可哀相だけど、そうなるのはその子の運命。どこにいても死ぬ時は死ぬ」と父親は言い、ワタクシを送り出してくれた。今思えばどんなに心配だったことか。。。ワタクシは子供はいないけど、愛する家族が出来た今は心からそう思う。ワタクシにはそんな器量の大きい人間ではないと。。。

んなわけで、ワタクシは短大1回生の夏1ヶ月間、ボストン郊外のブラックストーンという田舎町にホームステイした。それぞれ個人で参加してきた日本人が15名くらい(失念)、ブラジル人が5名くらいで地元の小学校の先生が授業をしてくれるというツアーだった。ホームステイ先の家族はとてもいい人だった。15歳の長男ロブ、12歳の長女アリーがいた。特にアリーとはとても仲良くなった。

ワタクシの英語力はと言えば、今振り返ればつたないものだっただろうけど、一緒に行った日本人の中では1、2を争うくらいの力はあった。先生の言うことも(ゆっくり喋ってくれるけど)全部分かったし。。。けど、やっぱりアリーの友だちとかになるとよく分からんこともいっぱいあった。

そこで嬉しかったエピソードは同じツアーに参加している子のホームステイ先の両親が何人かをビンゴに連れて行ってくれたときのこと。普通にビンゴをしていたんだけど、そこのパパさんがワタクシだけがいつも数字やゲームのルール(ビンゴにもいろんなやり方がある)を一度で聞き取っているのに気付いて、“クイック”という「日本人の子たちには無理だね」と言って自分たちだけが参加していたゲームに「君、やってみる?」と言ってくれたのだ。普通ビンゴは「B-1、B-1」とかってゆっくり2回繰り返してこちらはそこをマークしていくんだけど、“クイック”は「B-1, G-16, N-5........」と次々と数字を読み上げどんどん先に進んでいく。そういうゲームだから、日本人の子達はそのゲームの時だけは見学しててと言われていた。そのゲームに挑戦してみるかと言われたのだ。嬉しかった。必死だったけど、なんとかついていけた。パパさんもママさんも褒めてくれた。

と、あっと言う間に夢のような1ヶ月が過ぎた。(このときの詳しいことはまた裏編で触れたいと思います。)帰りたくなかった。また絶対来るぞ。そう思った。

帰ってから学校からのツアーに参加した子達と話をした。それはとても楽しそうだった。30名で行った林間学校みたいで。そのツアーではみんな大学の寮みたいなとこに二人部屋でステイして、ホームステイしたのは何日間かだけだった。その寮には同世代のアメリカ人たちがいて友だちになっていたみたいだった。(らしい。。。詳しいことは失念)それはそれでとても楽しそうだったけど1ヶ月間みっちりホームステイしたワタクシは自分にはこっちのほうが良かったなと思った。毎日家に帰れば完全に英語漬けだったから。ワタクシにとってはくじに外れて良かったと思った。

明日へつづく。。。
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日本の黒い夏~冤罪

2005-11-11 | シネマ な行

この作品は1994年に起きた松本サリン事件で第一報者である河野氏が警察に真犯人かのように扱われ、マスコミもそれを大々的に取り上げ、一般視聴者もそう信じてしまったという冤罪未遂事件を基にしている。そのマスコミ報道の真相を高校の新聞部の部員が取材するという形で物語は進みます。

当時の新聞やテレビの取材がいかにずさんで初めから河野氏(映画の中では「神部さん」寺尾聰になっている)を犯人扱いし、その結論ありきで番組を作っていたかということを高校生が取材していく。

映画としては、実際にこの冤罪事件をきちんと伝えたいという姿勢から来るのかもの凄くストレートな作りです。全体的な雰囲気や音楽の使い方などが学生の時に道徳の時間などに見せられた文部省推薦の映画って感じだった。中井貴一がやたらと歯切れのいい地方テレビ局の部長さんを演じている。

ドキュメンタリー調なため、松本サリン事件も地下鉄サリン事件も実際の映像を交えて再現フィルムを作っているんだけど、また振り返って見てみると本当におぞましい事件であったことを再確認した。カルトというものの怖さをもう一度感じてゾッとしたのだった。そして、自身も事件の被害者であり、奥さんはもっとひどい被害を受けた河野さんを「協力」という名目で医者の取調べは2時間までという診断書を無視して7時間にも及ぶ取調べをしたことを考えると警察権力の恐ろしさにもゾッとした。

「もっと、きちんと取材して番組を作っているんではないんですか?」という高校生のセリフは高校生だからこそ許されるあまりにナイーヴ過ぎる発言である。怖いのはそう思っている大人も非常に多いということだ。ワタクシ自身も含めてマスコミの言っていることが本当かどうか視聴者はきちんと見極めなくてはならない。とは言っても、個人がひとつの事件を調べたりするのはかなり限界がある。ならば、せめて新聞やテレビが言ってるんだから本当だろうと思い込んでしまうことは避けるようにしたい。 「だってテレビで言ってたもん」子どもなら許されるセリフですけどねぇ。たまにいるんです、このセリフを真顔で言ってくれちゃう大の大人が。気をつけたいですね。

この作品、どれくらいの方が見たか分かりませんが、宗教団体、警察権力、マスコミ、視聴者、すべてのあり方に警鐘を鳴らす意味でもたくさんの方に見て欲しいなーと思う作品です。

そして、冤罪は明日はわが身です。その時心底から信じてくれる人が自分の周りにはどれくらいいるかなぁと見渡してみたりもしました。。。

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ワタクシと英語~中学、高校編

2005-11-10 | ワタクシと英語
小学館のホームイングリッシュセンターでは中学校から英会話ではなく、塾みたいなことになると聞き、それはイヤだと思ってここは小学校卒業とともに辞めました。

中学校に入って英語の授業が始まりワタクシは軽いカルチャーショックを受けることに。中学の教科書はNew Horizon。いままで英語を習ってきたワタクシにとってははっきり言って朝飯前の内容。しかぁぁぁしっ!!!いままでやっていたのは英会話。これからは英語の文法やらなんやらを勉強せねばなりませぬ。そこでぶち当たった最初の大きな壁。それは単語のつづり。出てくる一単語一単語全てのつづりを覚えないといけないと知ったワタクシは、「そんなん無理ぃ~」と家で発狂。当時高校2年生になっていた姉にはいとも簡単に「できるって」と言われたけど、家族で一番年下で4つ上の姉にいつも水をあけられすぐに「でけへん」と言って何でもすぐ投げ出すタイプのワタクシは「でけへぇぇぇん」と半べそをかいた。

が、、、

派手に半べそをかいたわりには、普通にやれば中学校で出てくる単語くらいは普通に覚えられた。
中学校での英語の成績はつねに良かった。周りの子たちがなんでつまづくのか分からないくらいだった。(イヤな奴)
講師にアメリカ人が来たときもホームイングリッシュセンターにもたまにだけど、外国人講師が来ていたのでワタクシにとってはたいしてめずらしくもなかった。

こうして、かんちこちんな中学校の英語の時間が過ぎていく。ワタクシは特に英語だけに強く興味があった子ではなかった。 

そこそこの進学高校に入学したワタクシは第2の英語カルチャーショックを受ける。なんせ、文法が難し過ぎる、単語が難しすぎる、覚えなあかんイディオムが多すぎる「やっべぇ~、今までみたいにナメてたらすぐに置いていかれる~」と焦る。と同時に英語に限らず全教科に関して思う。「中学校では上の中の中くらいだったワタクシの成績。高校には同じレベルの子ばかりが来ている。と、いうことは、、、ここで頑張ればもうちょっと上に行けるってことか。中学校のころ絶対に抜けるはずもなくそんな気も起きなかった、上の上にいた子達はもっと上の高校に行ってここにはいないのだ。」そう思ったワタクシは少し勉強を頑張ってみる気になった。というわけで、英語もその気持ちでやってみた。

高校1年のときの英文法の先生。彼がワタクシの英語人生の中で何人かいる本当に尊敬&感謝する英語教師のうちの一人。彼は意地悪で厳しい(初めはイヤな)おっさんだった。今までの教師は授業中生徒に質問して正解すると「はい、そうですね」と言うだけだった。けど、このイヤなおっさんはこちらが答えを言うと正解か間違っているかを言わずに「なんで?」と聞く。理由が合っていて始めて「はい、その通り」と言う。たとえ答えが正解でも理由を言えないときは許してくれない。そういう教師だった。そのうちそのイヤなおっさんにも茶目っ気があって厳しいのは英文法に関してだけということが分かるとそのおっさん先生の人気は上がっていった。そういう先生が人気を得れる高校の学習環境はすごく良かったと思う。実際、その先生に習ったのは1年のときだけだったけど、その1年間で高校英文法の基本をみっちり教え込まれたおかげでその後も英文法で苦しむことはなかった。家の土台造りがきちんとされたからだ。

それでも高校3年間の英語は苦しかった。難しい単語の意味を覚えるのが苦手なワタクシにとって受験用のリーダーの授業はかなり苦戦した。それでも、苦戦はしたけど英語は楽しかった。

学校での英語の授業に中学3年くらいから本格的にプラスされたのが映画への興味から来る英米文化への興味だ。このころから映画雑誌を買い始め、そのおかげで英米文化にくわしくなる。それこそ、ジェーンオースティンからシカゴのマフィア、アイリッシュ紛争、アメリカプロスポーツまで多岐に渡り始めた。背景が分からないと面白くない映画をたくさん見たからだ。そのことが、のちのち外国人と話すときに役に立った。

その後、大学受験となるのだが、元来の戦う前から負けるのがイヤで戦いたくないというひねくれた性格と姉が指定校推薦という高校の成績が良ければ行けるという(ワタクシにとっては)大変素晴らしい(都合のいい)システムで短大に進んでいて大学受験をしていなかったことを高校1年から知っていたワタクシは始めからそれを狙っていた。つまり、高校3年間、中間・期末テストさえ頑張って通信簿の成績が平均4.5くらいあれば大学受験なしで大学に行けるというわけだ。というわけで、中間・期末だけは頑張った。素行が悪かろうが、髪を染めていようが中間・期末の成績が良ければいい評価をくれた。(それもどうかとは今になれば思うけど、そのころのワタクシには非常に都合が良かったのだ

というわけで、いよいよ指定校推薦の校内選考の時期がやって来る。。。明日に続く。

明日は大学時代~を書きますねー。
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16歳の合衆国

2005-11-10 | シネマ さ行
恋人ジェナマローンの知的障害の弟を刺殺した16歳の少年リーランドライアンゴズリング。ごく普通の(より少し暗い子な感じ)彼がどうしてそんなことを?大人たちは理由を求めるが…

少年院に入った彼に売れない作家で少年院で教師をしているドンチードルが本の題材になると踏んで近づく。その教師との対話から観客もその理由を聞くことに期待するのだけど、、、

この作品を語るのはすごく難しい。はっきりとした答えはない。リーランドという少年が最後に語ったのはこの知的障害の子の哀しみが見えた。ということらしく、世界の見方は2つ。物事の背後に潜む哀しみを見るかすべてに目を閉ざすかと言い、人々の哀しみを彼ら以上に受け取ってしまうとも。しかし、「僕は罪を犯したのかもしれない」とおぼろげに自覚する。。。

それは16歳の少年の悲痛な心の叫びであるし、それくらい精神が繊細であり、その繊細な精神を作り出したものは何かがあるのかもしれない。ワタクシも彼の叫びを聞いてその繊細さに心が痛んだし、その気持ちがまったくもって理解できないほど図太い人間でもないと思う。でも、、、

彼が人の哀しみをその本人以上に感じ取ってしまう、などどいうことはワタクシには結局裏を返せば利己的なことにしか思えなかった。その繊細さはあまりにも自己中心的というか自己陶酔的に思えた。彼がそう感じていたことは事実だろうし、そのことで苦しんでいたことも事実だろう。けどそれは、完全に自分のためだけに存在する哀しみに思える。

彼が犯した罪によって最後にもうひとつの悲劇を生んでしまうことになる。そのもうひとつの悲劇の加害者であるリーランドが殺した子の姉ミッシェルウィリアムスの婚約者クリスクラインの心の痛みのほうが分かりやすいと言えば分かりやすいが、考えてみればそれも逆恨みのようなものであり、一見リーランドの犯罪と両極にあるような彼の犯罪もまた繊細な心から来ているとは言えないか。

リーランドの犯した罪は実際のところの影響は“もうひとつの悲劇”だけで済まされることではない、たくさんの人の命(人生)を左右してしまったことになるのだ。それがたとえ繊細な心が生み出した行為だとしても。

ワタクシは人間がすることすべてに理由があるとは思っていないので、聞き手であるドンチードルの浮気をリーランドが「どうしてそんなことするか分からないだろう?」と自分にも理由が明確でないことを示すために言うところには理解は示すけれど、やはり殺人と浮気を混同してもらっては、、、となんか普通の意見しか言えないけど、自分の愛する者を殺されたらと考えるとリーランドを擁護する気にはなれないのだった。

この気持ちはうまく言い表せない。それが一番うまく言い表している言葉かもしれない。リーランドを擁護する気にはなれないが、彼のことを思うと心が痛くもなる。映画的に言うと、見ている側にそういう感情を湧き起こさせるライアンゴズリングの演技は非常に素晴らしかった。

オマケリーランドが慕っていたおばさまが出てくるのですが、なんとあのツインピークスシリーズのシェリリンフィンではありませんか!なつかしい。なんか昔は魔性の女って感じだったけどなー。綺麗なおばさまになっていたわ。
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ワタクシと英語~小学校編

2005-11-09 | ワタクシと英語

リンクさせていただいているe-monさんのブログのコメント欄でワタクシの英語勉強時代の話を書きます。ということになり、ちょっと振り返ってみることにします。ちょっと長くなるので何回かに分けてUPします。

まず、ワタクシと英語との出会いを考えるととても古い話にさかのぼります。ワタクシが小学校1年生のころ、姉(当時小学校5年生)が「英語を習いたい」と言い、隣の校区にある小学館ホームイングリッシュセンターに行くことになりました。同じところに小学校1年生のワタクシも行くことになるのですが、今となっては自分も行きたいと言ったのか親に「行く?」と言われたのかさえ覚えていない。その程度の始まりでした。「姉ちゃんが行くんやったら行きたい」と自分から言ったのかも。

当時、小学生が英語を習うということはすごくハイカラなことやったんちゃうかなー。今とは時代が違うからねぇ。うちの親は教育にうるさいわけでなくかなり放任でした。だから、英語も姉が習いたいと言わなければ習わせることはなかったでしょう。そういう意味ではワタクシはかなりラッキーな境遇だったように思います。

小学館ホームイングリッシュセンターでは同じ年頃の子が集められ1つのクラスに。ひとクラスには7~8人くらいやったかなぁ。ここで習うのは英会話。文法や単語のつづりなどほぼ習わないに等しい。発音や日常会話ができるようになることが中心で、"A goes [ae] [ae] [ae] apple"(←英語やってる人なら分かるかな?)をA~Zまでひたすらやったり、英語で歌うたったり、ゲームしたり。勉強というよりも遊び。

ここでみっちり教えられたことは英語の発音と基本的な会話を繰り広げること。つまり、Doで聞かれたらdoで答える。Canで聞かれたらcanで答える。Didにはdidで。ということや、5W1Hが何を尋ねているのかといったことです。今、大人になって思うのは英語を話さない日本人は中学校でならったはずのこの基本中の基本をまったく覚えていない。Be動詞で聞かれてもYes, I do.と平気で言いますね。でもこれって覚えていなくて当たり前っちゅうか仕方ないことなのかも。ワタクシも中学校1年の理科を今解けと言われたらきっとできない。学生時代のあとたずさわっていない教科のことなんてたとえ基本中の基本でも覚えてないし、「覚えてないからどうした?それで困ることなんかないもん」と思っている。だから一緒だ。

ここで習った発音はありがたいことに今でもかなり身についている。子供のとき習ったことだからかなー。自転車の乗り方なんかと同じかもしれない。[c][s][th][v][f][r][l][ae]などなどなど日本人がニガテな発音やストレスの加え方などがワタクシは得意。けど、大人になってからではそれが身に付かないとはワタクシは思わない。努力すればなんとかネイティヴの発音に近づくことができると思う。もちろん、子供時代にやるよりは苦労するかもしれないけど、あきらめることはないと信じている。ようは恥ずかしがらないことだけじゃあないかしら。

ここで英検を受けることができたんだけれど、それは希望者だけで、子供のときから「落ちたらイヤやから」という“負けたらイヤやから始めから戦わない”という超ヘタレ&かっこつけな性格(今も変わっていない)のため、一度も試験を受けることはなかった。受けときゃ良かったよね。そりゃ。今にして思えば…

こうして、毎週木曜日に英語を習っていた小学校6年間が過ぎていく。

続きは明日にしましょかねー。というか、もうちょっと面白おかしく書こうと思ったのに、全然おもしろないやんめっちゃ真面目やん。どうしよー。しかも長いし、、、しかし、書き始めたからには現在に至るまで書いてみるか。。。e-monさん、おもしろくなくてすいませんあと、「そんなことが聞きたいんちゃうねん」とかやったらコメントのとこに遠慮なく書いてくださいね。

 

 

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