シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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Re:LIFE~リライフ

2017-10-27 | シネマ ら行

アカデミー賞を受賞した後15年間鳴かず飛ばずの脚本家キースマイケルズヒューグラントはエージェントに薦められて田舎の大学の脚本コースの講師の職を引き受ける。次に脚本が書けるまでの腰掛くらいにしか考えていないキースは着任早々まだ授業1日目にも至っていない初日にいきなり大学の学生と関係を持つというふざけた態度。講師の歓迎会でもジェーンオースティンの研究家であるメアリーシェルドン教授アリソンジャネイに女性差別発言をして嫌われ、脚本コースの学生たちも選考のための脚本など読まずフェイスブックで顔を調べて女子はキレイな子、男子はダサいヤツだけを入れた。

そんなふざけきったキースなんだけど、ヒューグラントが演じているせいか、なぜか憎めない。彼の行動を見ていると決して性根の悪いヤツじゃないんだよなぁというのが伝わってくる。学生に簡単に手を出してしまったり、女性差別的なことをジョークのように言ってしまうのもハリウッドという文化にどっぷり浸かっていたせいで、キースが悪いヤツだからじゃないんだなということが分かる。

初めはやる気もなかったキースだけど、学生たちの脚本の指導をしているうちになんだかやりがいのようなものを感じ始める。学生の中にいるシングルマザー・ホリーマリサトメイは同世代でキースに遠慮なく自分の意見を言って、キースとは正反対な性格だけど、彼女のアドバイスにはっとさせられることも。

ミドルエイジクライシス的なものに、定番の学生と教師の交流も混ぜつつ、ハリウッドという広い世界に見えてとても狭い世界に住んでいたキースの目が開いていくという過程を見るのが楽しい作品。

そこに涙もろい学科長のJ・K・シモンズやちょっとキモい役の多いクリスエリオットなど個性の強い役者たちが脇を固めていて、アリソンジェネイも含め全員が役者でありながらコメディセンス抜群の人たちばかりが集まっているから、「間」が最高なんだよね。

特に目新しいものがある脚本なわけじゃないけど、なんだか心温まる作品でした。

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ランスアームストロング~ツールドフランス7冠の真実

2017-10-04 | シネマ ら行

このドキュメンタリー、2009年のランスアームストロングの自転車競技への復活、ツールドフランスでの活躍を映画にすべくアレックスギブニー監督が撮り始めたところ、ツールドフランスでは負け、彼のドーピング疑惑が取り沙汰され、彼自身が初めてドーピングについて洗いざらい告白するという事態となってしまい、ヒーローの復活劇を記録するはずだった作品は「The Armstrong Lie」というこのドキュメンタリーに化けた。

ワタクシは2016年に「疑惑のチャンピオン」という映画が公開され、2013年にすでに作られていたこのドキュメンタリーよりも先に見てしまっていたので、アームストロングが行ったドーピングに関してはだいたい知っていました。

映画で知っていたとは言え、アームストロングの発言などを実際の映像で見るのはかなりインパクトがありました。自転車競技界は長年ドーピングの疑惑を常にかけられてきていました。その中でアームストロングは何度でも平気な顔で堂々とドーピング疑惑を否定してみせました。「私はドーピング検査に一度も引っかかったはない。疑惑の目を向けるなら証拠を持ってこい」彼は何度でも平然とそう言ってのけました。微量の違反薬物が出たときも、チームメイトが検査に引っかかった時も。

彼は自分がドーピングをしただけではなく、それをチームメイトにもやらせ、それを告発した者たちには徹底的に権力を使って排除しました。親友だった夫婦も裁判で彼が医者にドーピングの経験を話しているのを聞いたと証言したことから、自転車業界で働けないようにまで追いやったのです。

彼を取り巻くスポンサーも自転車業界もみな彼の味方でした。お金が儲かるから。そして、彼はガンを克服した英雄としてガンサバイバーの希望の星でもあり、ガンと闘うチャリティのシンボル的存在でした。そのこともあってみな声をあげることはできなかった。

後半で彼は自らのドーピングを認め、話をしていますが、なんかふてぶてしいというかあんまり悪いことしたとは思ってない感じはしたかなぁ。みんなやってたし、それで能力を高めただけって感じなのかも。でも話し方とか堂々としていて、聞いていると取り込まれそうな雰囲気があるんですよね。変な魅力があるというか悪魔的な魅力なのかもしれません。「数十年後にはツールドフランスを7連覇したランスアームストロングと再び言われることになっているかもしれない」と本人も言っていたように、ドーピングに対する罪の意識はあまりないのかも。

やっぱりでもなぁドーピングそのものよりも、親友だった人への仕打ちが酷すぎて、自分を倒そうとする者にはどんな汚い手を使ってでもやり返すっていう人なんだろうなと感じました。

ドーピングの内容についてはこの作品では言葉で語られるだけなので、実際にどんなふうだったかを見たい方は「疑惑のチャンピオン」を見るといいと思います。ドキュメンタリーの中でチームメイトが「気持ち悪い」と言ったようなことをガンガンやってます。

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リピーテッド

2017-07-05 | シネマ ら行

今日のは少し短めの感想です。

過去に事故に遭って、朝目覚めると前日までの記憶が消えているという障害を負ったクリスティーンニコールキッドマン。彼女は優しい夫ベンコリンファースに支えられて日々暮らしていたが、ある日の朝彼女の主治医を名乗る男ナッシュマークストロングから電話があり、毎日夫に内緒で日々の記録を録画していると教えられその映像を見ると彼女の日常に驚くべきことが起こっていた。

クリスティーンの身に本当に起こったことは何なのか、ベン、ナッシュは何者で本当に信頼できる人たちなのか?クリスティーンの記憶が続かないために本当のことがなかなか分からないようになっていて、もどかしいのだけど、その過程自体は結構楽しんで見ることができました。

なんとなくお話自体はチープ感があるんですが、出演者が妙に豪華なんですよねー。彼らじゃなかったら作品の雰囲気がかなり変わった気がします。

ワタクシはニコールキッドマンのファンではないのですが、彼女が出ている作品は良い作品が多いので結構見ていると思います。この作品もチープ感は否めないのだけど、やっぱりニコールキッドマンって演技うまいなぁと思いながら見ていました。

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LION/ライオン~25年目のただいま

2017-04-13 | シネマ ら行

5歳のサルーサニーパワールはお兄ちゃんのグドゥアビシェークバラトが大好き。どこへ行くにもお兄ちゃんの後をついてお兄ちゃんのお手伝いをしたい。貧しい家庭でお母さんの役に立っているお兄ちゃん。僕だってお兄ちゃんと同じようにお母さんの役に立てるんだ。そう思って引き留めるお兄ちゃんを無理やり説得して夜の仕事に連れて来てもらった。仕事をもらいに行くからここで待ってろと言ってどこかへ消えていったお兄ちゃん。ベンチで待ってろと言われたのに動き出す電車に乗り込んでサルーは眠ってしまう。サルーが乗り込んだ電車は運の悪いことに回送列車。しかも、遠い遠い街まで行ってしまう。サルーが着いた場所ではベンガル語が話されていてヒンドゥー語が通じない。インドの街の人はホームレスの子どもなんて見飽きていて、子どこが独りで歩いているからって「どうしたの?」なんて聞いてくれない。

仕方なく、街のストリートキッズらと一緒に眠るサルーだが、そこにも大人たちがやってきて子どもたちをさらって行った。懸命に逃げるサルー。

とにかく、迷子になったサルーは走る。小さい体で走る走る。その姿が可愛くて健気過ぎてたまらない。

一方サルーを見失ったお兄ちゃんグドゥも懸命にサルーを探すが、サルーは忽然と姿を消してしまっていた。

一度親切そうな女の人に着いて行ったら、変なおじさんがやってきてサルーは売り飛ばされそうになった。(はっきりと言及はありませんが、多分そういうこと)サルーはなんとなく変な気配に気づいてここでも走って走って難を逃れる。その後施設に収容されたサルーはタスマニアの夫婦ジョンデヴィッドウェンハムとスーニコールキッドマンの養子になることが決まり引き取られる。

それから25年。サルーデヴパテルは大学生になっていたが、ふと友人たちに自分はインドで迷子になったままここに来たと漏らすと、いまグーグルアースというものがあるからそれで故郷を探してみては?と言われる。

それ以来サルーは取り憑かれたようにグーグルアースで故郷を探す。恋人のルーシールーニーマーラをほったらかしにしてしまうほどに。

タスマニアで何不自由なく育ってきたサルーの喪失感が辛い。養父母は間違いなく自分を愛してくれているし、自分も彼らを愛している。サルーの翌年に同じく養子としてやって来たマントッシュディヴィアンラドワは少し障害があるようで養父母もサルーも苦労したし、迷惑もかけられたが、それでもサルーはこの家族を愛してきた。感謝もしている。本当の家族を探していることを養父母に知られるのは避けたい。それがゆえに冷たく接してしまったりもした。

それでも、お母さんもお兄ちゃんもきっとずっと自分を探している。鮮明に蘇る近所の帰り道の記憶。「ガネストレイ」という街の名前。でも、そんな街は存在していない。小さい彼の記憶違いか。お母さんの名前も「お母さん」としか分からない。電車の進んだ距離と駅にあった給水塔。それを手掛かりにグーグルアースで探し続けるサルー。

養母スーがどうしてサルーたちを引き取ったのか。その想いが語られる部分から、サルーが故郷を探し当てそこへ向かう後半ずっと涙が止まらなかった。医学的に子どもを持てなかったわけじゃなかった養父母。新しく子どもを産み落とすことで世界が良くなるわけじゃない。それなら貧しい子たちを引き取ろうと。そして、それはスーが子どもの時にすでに受けた啓示だった。まるで運命が引き寄せたかのようなスーとサルーの人生。スーはサルーが生まれ故郷を探していることも当然のように受け入れてくれた。

サルーは判明した生まれ故郷へ旅立つ。待っていたお母さん。お兄ちゃんグドゥは、サルーが迷子になったその日に電車に轢かれて死んでしまったそうだ。きっとサルーを探して。

お母さん、そして幼かった妹との再会。こんな数奇な運命が本当にあるんですね。現代のテクノロジーに感謝。本当のお母さんに出会えても養父母への愛は変わらない。それを伝えるサルーにもまた泣けました。

なぜ題名が「ライオン」なのか。劇中ずっと疑問でした。最後の最後にその疑問が解けてすっきり。たった5歳だったんだもんね。仕方ないよ、サルー。

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ラ・ラ・ランド

2017-02-27 | シネマ ら行

いままさにアカデミー賞の発表が行われているところですが、おそらく取るでしょう。今年は「ラ・ラ・ランド」の年と言っても過言ではありませんね。

ライアンゴスリングエマストーンがミュージカルと聞いただけでワクワクしていました。ゴールデングローブ賞も取ったし、期待大と速攻見に行ってきました。

冒頭の高速道路の渋滞からみなが歌いだすシーンから心躍りました。急に誰ともなく歌い始めてみんなが振付を知っていて、息ピッタリに歌い踊る。そして歌が終わったらまるで何事もなかったかのようにそれぞれの世界に戻っていく、というミュージカルの典型のシーンですが、ミュージカルだめな人は多分もうこのシーンでだめでしょうね。ミュージカルだめな人でこの作品を見に行く人もほとんどいないとは思いますが。

オーディションに落ちまくっている売れない女優ミア(ストーン)が今日もまたオーディションに落ちて、ピアノの音色に魅かれてふらっと入ったお店でセブ(ドスリング)と出会いますが、ここでの出会いは予告で見たあのキスシーンとは全然違う最悪の出会いでした。あれ?あのシーンは宣伝のため?と思ったのだけど、それは最後の最後にからくりが。

その後家に帰ったミアとルームメイトたちの4人でのダンスがまた素敵。それぞれ違う色のドレスを着て並んで踊る姿がとても魅力的でした。そしてそのパーティでセブと再会。まだ印象は最悪でしたが、徐々に魅かれていき、、、というまぁよくある恋の始まり。

セブは売れないジャズピアニストで自分の店を持つという夢を持っていますが、仕事はなかなかうまくはいっていないよう。ライアンゴスリングが特訓してピアノを弾いているらしいのですが、音色も全部彼のものなのかな?それなら本当にすごいと思います。3か月の特訓であそこまで弾けるようになるものなの?音楽もやっていた人だからもともと素養があったのかな。

ただライアンとエマの歌とダンスは正直びっくりするほどうまいというほどではなくて、まぁ普通にうまいという感じでした。なので、「レ・ミゼラブル」のようなスケールのミュージカルを期待していた人はがっかりしてしまったかもしれません。

映画の始まり方を見ても分かるように往年のハリウッドの雰囲気を湛えたまま舞台を現代に置き換えているので、そもそも舞台劇としてのミュージカルではなくて往年のハリウッド映画のライトな雰囲気を持ったミュージカルの再来として楽しむほうがいいのかもしれません。

物語としては上に書いた予告編で使われていたキスシーンが登場するのが、なんとセブの妄想ハッピーエンドの中というなんとも切ないお話。あの最後の妄想が実は現実で、パリで成功して結婚して子供もいるエマのほうが実は「if」だったというオチを切実に願いながらあの妄想シーンを見ていたのですが、やっぱりそうは問屋が卸しませんでした。あまり単純に「男」「女」と二極化して語るのは嫌いですが、過去にすがり生きる「男」と未来を見て生きる「女」の違いが描かれたラストでした。

ワタクシは必ずしもハッピーエンドの映画が好きなわけではありませんが、この作品にはハッピーエンドで終わって欲しかったなぁ。2人とも夢を叶えてその分にはハッピーエンドと言えるのかもしれないけど、やっぱり恋人同士としてハッピーエンドを迎えて欲しかったです。そう思えるのも主人公が魅力的な物語だからかもしれませんね。

追記この記事をアップした直後に作品賞の発表がありまして、取りませんでしたねー。今年はガチガチやと思ってたんですが。しかもあんな世紀のハプニングというか大失態があるとは。「ムーンライト」も楽しみです。

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ライフオブパイ~トラと漂流した227日

2016-06-29 | シネマ ら行

なんせ「トラと漂流した227日」ですからね。「ライフオブパイ」だけでは全然何のことか分からないからなんでしょうけど、日本の配給会社ってほんと副題が好きね。でもこの作品の場合「トラと漂流した227日」っていう副題があったほうが食いつく人も多いかもしれません。

そんな副題ですからファンタジーというのは最初から分かっているわけですが、ファンタジーでありながらどこまでリアリティを持たせて「んな、アホな」的な話にはなっていないのだろうと監督アンリーの名前を見て期待していました。賞レースにもたくさんかかっていた作品だったし。

前半はカナダ人作家レイフスポールが稀有な経験をした男性パイイルファンカーンの取材にやってくるところから始まる。意外にこの前半部分が長くパイの子供のころのエピソードもなかなかに面白く語られる。

インドから家族とカナダに移住することになった16歳のパイスラージシャルマ。動物園を経営していた父は動物たちをカナダで売るために船に一緒に乗せて来ていた。彼らの乗った船が嵐に遭い転覆する。パイは1人救命ボートに乗ることができ助かったが、一緒に乗ってきたのは脚を折ったシマウマ、ハイエナ、バナナの木に乗って流されていたオランウータン、そしてパイが動物園時代から憧れを持っていたベンガルトラのリチャードパーカーだった。

これだけの動物たちが同乗していて共存できるはずはなく、ハイエナはシマウマやオランウータンを襲い、そのハイエナをリチャードパーカーが襲い、とうとう最後にはパイとリチャードパーカーの2人きりになってしまう。当然リチャードパーカーはパイのことを食べようと襲ってくるので仕方なくパイは救命ボートからロープをつけて板を浮かせてそこで過ごした。救命ボートには缶詰と水がたくさん乗せてあったが、パイは命を狙われないようにするためリチャードパーカーのために釣りをして魚を食べさせたりした。

トラと2人きりの遭難生活のシーンがヴィジュアル的にも美しく、時にユーモラスに時に緊張感を持って語られ飽きることがない。いつしかこのトラ・リチャードパーカーと友情が芽生えて2人で支え合っていくのかと思いきやトラはあくまでもトラであり、常にパイはトラに命を狙われているというところが逆にいいと思った。それでいながら、共通の敵である天候には共に闘うといった感じだった。と言ってももちろんトラなんて天候に対しては何の役にも立たないんだけど、パイの気持ちの中で共に闘う仲間としてその存在だけでも気持ち的に全然違っただろうと思う。常にリチャードパーカーに食べられるかもという緊張感も遭難生活の中では役に立っていたかもしれない。

最後に陸地についたときリチャードパーカーは振り向きもせず密林に消えて行ってしまう。そのことにパイは号泣するのだが、そこもトラはトラのまま感傷などなくトラらしく去って行くというのが良かった。トラはトラだと分かっていてもそこに期待してしまうのが人間だし、見ているワタクシが痩せこけたリチャードパーカーの背中の骨を見ると単純に涙が浮かぶのも人間だなと感じた。それが人間の感傷でありそれが人間のサガなのかもしれない。自分の事象だけで人類全部を語るつもりはないけど、このお話の寓話的な部分はそういうことを示しているのかなと感じました。

助かってから保険会社の人にトラの話や途中たどり着いた不思議な島の話など一切信じてもらえず、仕方なくした現実的な話(乗組員とコックとお母さんと一緒に救命ボードに乗りコックが乗組員とお母さんの肉を食べたという話)のほうが実は本当に起こったことだったのか?という疑問を生じさせつつ、でもリチャードパーカーとの漂流のほうがずっとずっと面白い話だからそっちでいいやと思わせてくれるだけの冒険譚だった。

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レジェンド~狂気の美学

2016-06-27 | シネマ ら行

予告編を初めて見たときから楽しみにしていました。最近一番注目している役者トムハーディが一人二役で双子のギャングを演じるというのですから。

1960年代にロンドンのイーストエンドで暗躍した双子のギャングレジナルド(レジー)&ロナルド(ロン)クレイ。レジーはスマートで賢くてギャングでありながら、ナイトクラブの経営で実業家としても成功(まぁ表向き)していた。一方ロンのほうは統合失調症と診断されていて刑務所から精神病院に入っていたが、レジーが精神科医を脅して出所させた。

顔はそっくりなんだけど、ロンが太っていてメガネをかけているのでレジーのほうがずっとカッコ良く見える。レジーは自分の運転手の妹フランシスエミリーブラウニングに恋をして彼女からかたぎになるよう言われていて、ナイトクラブの経営だけに力を入れようとするがそうは簡単にギャング家業から足を洗えない。

ロンはすぐにキレるタイプで、普段からわけの分からない持論を人に語ってみせているが、少しユーモラスな性格もあり、自分がゲイであることを当時あけすけに語ったりして周囲を驚かせたりもしていた。

表でも裏でもレジーの事業がうまくいきそうになるとロンが何かしらの問題を起こして、いつもレジーが尻拭いをしているようだけど、とは言え、レジーももちろん裏では暴力的な男であり、ライバルのギャングたちとの抗争においてはロンのクレイジーでバイオレンスなところを頼みにしていた部分もあっただろう。

トムハーディのファンとしては彼が2役で出ているというだけでかなり魅力を感じる作品だし、双子ながら見た目が決定的に違うレジーとロンながら、もしその見た目の違いがなかったとしてもトムハーディがきちんと2人を演じ分けていることは分かったと思う。ただロンが太っていて、ほっぺたに何か詰め物をしているのが目立ってしまっていたのでそれがちょっと途中から気になってしまって少し笑ってしまいそうになったのが困った。

レジーって賢いしカッコいいし、一見良い人そうだけど、結局ロンよりレジーのほうが自分を偽って生きていてそのしわ寄せが最後にフランシスに全部いっちゃったって感じがしました。結局自分勝手なギャングでしかなかったんだなって。フランシスも甘ちゃん過ぎたとは思いますが。

クレイ兄弟の繁栄と破滅、レジーとフランシスの恋愛模様を中心に語られるのだけど、全体的な流れとしては所謂よくあるギャング映画とさほど変わらなかった。もう少し強烈に2人の暴力性(特にロン)を印象付けるエピソードが語られても良かったかなと思う。ワタクシはトムハーディのファンなのでおおむね満足でしたが、ファンじゃない方が見たらどう感じるのでしょうか。

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LEGO(R)ムービー

2016-05-31 | シネマ ら行

ケーブルテレビで放映していました。

ここはレゴの世界。レゴと言えば遊んだことはなくても誰もが知っているブロックのおもちゃ。レゴの世界でエメットクリスプラットはどこにでもいる平均的な黄色い顔のレゴの人形。彼は建設作業員として働いており、毎日同じ時間に起き、同じテレビを見て、同じ仕事を黙々とやって家に帰るというおしごと社長ウィルフェレルが決めたマニュアルに従って何の疑問もなく生きていた。しかしある日建設現場でとある変わった形の部品を発見し、その場にいたワイルドガールエリザベスバンクスに「選ばれし者」と言われ、ウィトルウィウスモーガンフリーマンという仙人のようなおっさんのところに連れて行かれる。

エメットが見つけたのは"The Piece of Resistance"(日本語では「奇跡のパーツ」になってました)というものでおしごと大王(おしごと社長は世を忍ぶ仮の姿)の世界征服を止めるための大切なパーツだった。わけが分からないままワイルドガールやウィトルウィウスたちに選ばれし者扱いされるエメットだったが、彼らに連れられてマスタービルダー(想像力豊かにレゴでなんでも作ってしまう人たち)たちの前で演説をさせられたときに、ただの何の変哲もない男だということがみんなにバレてしまうものの、おしごと大王からの攻撃が始まり、エメットを中心に一致団結して戦わざるを得なくなる。

マスタービルダーたちはだいたい有名なキャラクターたちでレゴでスーパーマンセットとかバットマンセットとかそういうシリーズに登場する有名人レゴがいっぱい出てくる。ガンダルフやダンブルドア校長もいたな。

レゴたちの世界は、まさにレゴの特色を非常によく活かしていて、敵から逃げる最中にもその辺にあるレゴのパーツをどんどん組み合わせたり変形させることによって、車やロケットや舟などを作っていくのが面白い。実はこれはストップモーション風に見せたCGだそうで、こういうクリエーターたちのこだわりを考えるときっと使われているパーツの種類とか数とかっていうのは実際に組み立てても同じものができるようにCGで作られているんだろうなぁと想像します。水しぶきとかが一番小さなパーツでごろごろ飛んでくるところとか可愛らしかった。でも解説を読むまでは本当にストップモーションで作ったのかと思ってビビったけどそれは違ったようでした。いや、きっとCGでもすごく大変な作業なんでしょうけど。

おしごと大王の世界征服というのが秘密兵器「スパボン」(日本語でスーパーボンドの略、英語ではKrazyGlueの略でKragleと呼ばれていました)で自由自在に組み合わせられるはずのレゴを全部ボンドでくっつけちゃおうっていう発想が、あ~なるほどって感じでした。それってレゴにとっては致命的なことですもんね。そして、エメットが見つける奇跡のパーツっていうのはそのボンドのフタ。フタて~。なんか可愛い。

レゴたちの冒険は楽しいんだけど、なんだかちょっと飽きてきたかなぁと思い始めたちょうどその時レゴたちが「上にいるお方」と呼んでいる神様のような存在が登場します。わ、人間出てきた!ってちょっとびっくりしたんですが、レゴたちはちゃんと「おもちゃ」でした。お父さん(ウィルフェレル)がキレイに組み立てたレゴで遊ぶ男の子。その子が作り上げたお話を観客はずっと見ていたのです。おしごと大王は声が同じなのを見ても分かるようにこの子のお父さん。レゴについているマニュアル通りにレゴを作り上げ、子供には触るなと言っている。息子が自分のレゴで自由に遊んでいるのを見て怒り、全部をボンドでくっつけてしまおうとする。

この脚本がめちゃくちゃうまい。レゴの遊びの根本はやはり自由な発想。マニュアルはあるけど、それに従う必要はない。好きに色々作っていいんだよというレゴ社の理念をうまく表現している脚本です。とか言いつつワタクシはマニュアルに沿ってきれいに作りたい派ですが…(笑)

最後にはお父さんも自由に遊ぶことの楽しさを分かってくれてエメットたちの勝利と相成ります。お父さんがこれからは自由にレゴを触っていいよ、と言い、そしてこれからは妹も一緒にね。と、長男よりさらに自由な発想の妹の乱入でこちらをニマリとさせて幕。いや~面白い。大人も子供も楽しめる非常にうまい作品でした。

オマケこの年のアカデミー賞授賞式の時にレゴで作ったオスカー像をノミネートされた人などに配っていたのが可愛らしかったですね。

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ラストミッション

2016-05-19 | シネマ ら行

脚本がリュックベッソンで主演がケヴィンコスナー。なんだか合わない感じの2人だなぁと思いながらもケーブルテレビで放映があったので見ました。

ケヴィンコスナーは「フィールドオブドリームス」の頃大好きだった役者で、歳を取ってからはあんまりだなぁとは思っているんだけど、西部劇をやらせるとものすごくハマる人。そんな彼がCIAのスパイ。しかも舞台はパリ。なんか、、、似合わん。と思いながら見始めたのですが、初老のケヴィンコスナーがなんかもうめっちゃカッコ良かった。お腹も出てるし、現代的なアクションシーンとか似合ってないんだけど、なぜかめっちゃカッコいい。

凄腕スパイ・イーサンレナー(コスナー)が余命宣告されてやってきたのはパリ。これまで仕事にかまけてほったらかしていた妻クリスティンコニーニールセンと16歳の娘ゾーイヘイリースタインフェルドが住む町だ。彼は人生の最後を家族と過ごそうとするが、これまでほったらかしていた娘がすぐに懐くわけはなくなかなかに苦戦。

そんな時CIAエージェントのヴィヴィアンバーハードがレナーの元に仕事の依頼に来る。断ろうとするレナーだったが、この仕事を引き受ければレナーの病気を治す新薬を投与すると言う。家族との時間が欲しいレナーは新薬と交換に仕事を引き受ける。

レナーの仕事の内容そのものは特にワタクシは興味はなかったので、あんまり敵の思惑とかそういうところまで深く考えては見ていませんでした。敵と戦っていく最中にも娘ゾーイからの電話を最優先にとったり、敵に同じ年頃の娘がいると分かるとアドバイスを求めたりするレナーがちょっと可愛くて面白かったです。その辺の笑いのセンスはさすがマックG監督といった感じでした。

娘役のヘイリースタインフェルドはおじさんキラー子役。とワタクシが勝手に読んでいるだけなのですが、やたらとおじさまとの共演が多いですね。最近では「ピッチパーフェクト2」にも出ていて歌唱力もあるところを見せてくれました。

謎のエージェント・ヴィヴィを演じたアンバーハードは最近映画作品以外での話題が多いですが、彼女は女優としてもなかなかに魅力的だと思います。なんといってもあの容姿ですからね~。これからが非常に楽しみな女優さんです。この作品ではなぜか変なコスプレみたいなのを意味なくやたらとさせられていてちょっと可哀想でしたが。彼女の容姿で遊んでいるとしか思えない感じでした。

レナーの奥さん役のコニーニールセンも年齢にふさわしい清楚な美しさを持った人だと思います。彼女とケヴィンコスナーのツーショットも素敵でした。

と、まぁキャストのことばかり書いていることからも分かるようにストーリーそのものはたいしたことはありませんが、ここに挙げたキャストがお好きな方にはオススメです。

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レヴェナント~蘇りし者

2016-05-12 | シネマ ら行

上映時間が長いし、アレハンドロG.イニャリトゥ監督の作品はずっと好きだったけど、「バードマン」はワタクシはいまいちだったし、映像も暗そうだし、どうなんだろう?という気持ちはありつつ、やっぱりずっとずっと見てきたレオナルドディカプリオがアカデミー賞を取った作品は見逃せないというちょっとご祝儀鑑賞的な気持ちもあって見に行きました。

アメリカの開拓時代、白人がネイティヴアメリカンたちを蹂躙していた時代。毛皮商人たちはネイティヴアメリカンと暮らすヒューグラス(レオ)をガイドに荒野で毛皮を取っていた。そこをネイティヴアメリカンに襲撃され仕方なくボートを捨て山道を行くことに。その道中の狩猟中にグラスはクマに襲われ瀕死の重傷を負う。仲間を捨てては行けないとグラスを乗せた担架を運んで歩く一行だったが、道が険しくグラスの容態も悪くなるばかりで、ヘンリー隊長ドーナルグリーソンは報酬を出して、グラスを看取るための数人を残し後は全員先に進むことにした。

残ったのはグラスとネイティヴアメリカンの妻の間の息子ホークフォレストグッドラックとグラスを慕っていた若者ジムブリジャーウィルポールター、そして報酬目当てのジョンフィッツジェラルドトムハーディだった。

フィッツジェラルドはグラスが死ぬのをいまかいまかと待っており、なかなか死なないグラスに2人きりになった隙に「楽にしてほしいだろ。してほしいならまばたきをしろ」と迫る。目をつぶったグラスの口に布を詰め込む。そこへグラスの息子ホークが戻り口論となり、フィッツジェラルドはホークを刺殺してしまう。体が動かず抵抗できないグラスは息子が殺されるのをただ見つめるしかなかった。

ホークの死体を隠した頃ブリジャーも狩りから戻ってくるが、フィッツジェラルドは「ホークはどこかへ行ったままだ。下からまた追っ手が来ているのが見えた。すぐに逃げよう」と嘘をつき、グラスを半分土に埋めてその場を去る。

どうせ放っておけば死ぬだろうとタカをくくっていたフィッツジェラルドだったが、グラスは土の中から匍匐前進で這い出していた。ここからのレオがすごい。あんなに死にかけて匍匐前進で進んでいく主人公っていままでいたかな。動くたびに体中に激痛が走って「うー、ぬー、ぐおー、はぁはぁはぁ」みたいはうめき声と息遣いだけの演技。なんかもうよく分からないけどとにかく痛い。

しかも体だけじゃなくて自然にたった一人放り出されてるから、そこでのサバイバルが半端ない。歩けるようになるまでは腕だけではいずり回って、首の傷を自分で焼いて、木の杖でなんとか歩けるようにはなったものの、彼もネイティヴアメリカンに襲われそうになって川を流れて逃げ出したり、食糧がないから死んだ動物の骨にこびりついた肉をむさぼったり、木の根っこを食べたり。そしてほとんど一人きりだからセリフもなく、聞こえてくるのはレオの息遣いとうめき声だけ。それでも映像のすごさとレオの緊迫感で退屈はしなかった。でもやたらと生肉とか生魚とか食べていたんだけど、火は普通に起こせるみたいだったから、焼けばいいのに、、、と思ってしまいました。めちゃくちゃお腹空いてたから?

生々しいシーンがたくさんあって圧倒されるのだけど、中でも一番すごかったのはフランスの一行から奪った馬に乗っていて、ネイティヴアメリカンに襲われて馬と一緒に崖から転落するシーンがあるんです。馬は死んでしまうんですが、グラスはなんとか生き残る。そして、極寒の夜を過ごすためにその死んだ馬の内臓を取り出して、服を脱ぎ馬のお腹の中に入って寝るあのシーン。あそこはもうダメな人は吐きそうになるかもしれません。ワタクシは馬のお腹あったかいから手をあったまればいいね。なぁんて思いながら見ていたら全身入って行っちゃったから、わー、ワタクシ甘かった。と思いました。朝になって、その馬に別れを告げるグラスがさりげなかったけど、ちゃんと感謝しているのが分かりましたね。

息子を殺されたグラスとしてはフィッツジェラルドに復讐したいと思うのは当然だと思うけど、ワタクシはグラスを置いて行こうとしたフィッツジェラルドの気持ちも分かります。あんな場所でネイティヴアメリカンに殺されるかもしれないという状況で、お金を稼いで家族の元に無事に帰りたいという気持ちは分かるし、そのためにはグラスが足手まといだったことも分かります。それでもあの時ホークを殺す必要はなかったと思うし、ホークを殺したフィッツジェラルドの心の底にはネイティヴアメリカンへの差別心というものがあったのかなと思います。それとそもそものフィッツジェラルドの凶暴性というものもあったんだろうと思います。

最後にグラスが自らの手でフィッツジェラルドを殺さず、その運命を天に任せたというところはなんだか少しほっとしました。こういう復讐劇だとたいてい「もうさっさと殺せよー」って思うし、犯人を殺しても死んだ者は帰ってこないとかそういう慰めは、ワタクシはあんまり納得できなくて、それでも溜飲は下がるんじゃない?って思うんだけど、今回はなぜだかほっとしました。なんでなんだろ。あそこまで過酷な状況で生き残ったグラスが他者の命を奪うというのがイヤだったのかな。

まぁとにもかくにも壮絶・過酷な作品でした。レオよく頑張った。もちろんその他のキャストも撮影クルーも大変な経験だったと思います。色んな賞をもらったり、作品自体の評価も良く、報われたと思っているんじゃないでしょうか。

オマケ(追記)レオがついに主演男優賞をとったということで、その陰に隠れてしまったような形になっていますが、イニャリトゥ監督の2年連続アカデミー賞監督賞受賞ってすごいことですよねー。史上3人目だとか。とか言いながらワタクシもすっかり書くのを忘れていて追記しています。すみません。

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ルーム

2016-04-19 | シネマ ら行

17歳で誘拐されそれから7年間小さな納屋に閉じ込められている女性ジョイブリーラーソン。彼女には犯人(オールドニック)ショーンブリジャースとの間に出来た5歳の息子ジャックジェイコブトレンブレイがいる。ジャックは生まれてから一度もこの納屋(ルーム)を出たことがなく、ルームの外は宇宙空間が広がっているとママに教えられている。必要なものは日曜日にオールドニックが持ってきてくれる。必要なものを頼むことはできるが、面倒なものは頼めない。親子2人は必要最低限なものだけで暮らしていたが、ジャックにとってはここが世界のすべてでここにいればママとはいつも一緒にいられた。

ジョイはジャックを怖がらせまいと、自分たちが監禁されているとは教えていない。部屋のドアはオールドニックしか知らない暗証番号でロックされているが、そこがジャックは世界の端っこだと思っていて、オールドニックが持ってくる食糧などはオールドニックが魔法で出していると教えられている。テレビの世界はニセモノの世界。テレビにいる人間もニセモノ。このルームにあるものだけがジャックにとってはリアルなのだった。

5歳になったジャックにママは言う。今までママが言ってきたことは嘘だったと。このルームの外にも世界はあって、テレビの中の人間はリアルなの、と。そんなの嘘だ。ジャックは簡単には信じられない。ママはオールドニックに7年間このルームに閉じ込められているの。ジャックはそんな話聞きたくないといったんは拒否したものの、しばらくすると「この人たちはリアルなの?」とテレビを見てママに聞くようになる。

ジャックにルームの外に世界があることを認識させたママは大きな大きな賭けに出る。ジャックに仮病と偽らせオールドニックに病院に連れて行かせ助けを呼ぼうとしたが失敗。オールドニックは病院に連れて行ってくれなかった。そこで、放っておいたためにジャックが死んだことにして、オールドニックに遺体を外に出させる作戦に出る。カーペットでくるんだジャックの遺体。オールドニックには普段からジャックに指一本触れさせないようにしていたことが功を奏した。死んだジャックにも指一本触れないで、カーペットのまま捨ててきて。

正確な時間は分かりませんが、ここまでの監禁生活を描くのに上映時間の約半分を費やした印象でした。始めは、いつまで監禁されているんだろう。ここから出た後が作品の肝じゃないの?と思いながら見ていたんですが、この監禁生活を丁寧に描くことで後半の解放された後がすごく生きてくるのだと思いました。

オールドニックのトラックからジャンプして助けを求めるジャック。オールドニックにバレてママに渡された手紙は奪われてしまうが、通行人が助けてくれたおかげでオールドニックはジャックを置いて逃げて行った。警官にここから近い天窓のある納屋にママが閉じ込められていることを話すジャック。緊急手配でママも助けられた。

ここから一気に「世界」に触れることになるジャック。物語はジャックの目線で語られるが、ワタクシはママ、ジョイの辛さに感情移入してしまって涙が止まらなかった。解放されて幸せなはずのジョイ。自分でも幸せを感じているはずなのに、なぜかそう簡単に喜べない。自分がいない間に離婚してしまった父ウィリアムH.メイシーと母ジョーンアレン。母には新しい相手のレオトムマッカムスがいる。犯人の子どもであるということからジャックの存在を認められず、ジャックを見ようともしない父。近所やマスコミの好奇の目。お金のためにテレビ出演を薦めてくる弁護士。失った7年間を取り戻すすべが彼女にはない。

ギリギリの精神状態のジョイがテレビ出演を承諾した時、ジャックの父親のことを聞かれ、なぜ生まれたときにジャックを病院の前などに捨ててきてもらうよう犯人に頼まなかったのか、そのほうがジャックにとっては幸せだったのでは?などと言われ、ジョイの精神はついに壊れ、自殺未遂を起こしてしまう。

ジョイにとってジャックという存在が監禁生活の中で唯一の光だった。それがたとえ憎むべき犯人の息子だったとしても、ジャックなしの生活は考えられなかった。ジャックにとってもママが唯一愛すべき存在。そんなジャックを自分が育てるべきではなかったと言うのか。自分のエゴのために、自分が監禁生活を楽にするためにジャックを手放すことができなかったと?インタビュアーの質問はジョイのすべてを否定することに等しかったと言えるだろう。自殺することがどんなに自分勝手なことかなど通り越してジョイは壊れてしまった。

ジャックを置いて自殺しようとしたママにジャックは怒り傷ついた。それでもジャックは5年間伸ばし続けサムソンのようにパワーが宿ると信じていた髪の毛を切って入院しているママに届ける。そのパワーがママを助けると信じて。

病院から戻ったジョイが見たのは、少しの間にも成長したジャックだった。普通のおもちゃで遊び、近所の子とボール遊びをする。やはりジョイにとっての希望の光はジャックだった。ママは良いママじゃないかもしれないけど、でもジャックのママなんだ。

ある日ジャックはママにあのルームに行ってみたいと言う。ジャックにとっては恐怖の場所ではなく、懐かしい場所であるルーム。2人で訪ねていって(ママはドアから向こうには入れなかったけど)ルームにさよならを告げる。それが一つの区切りとなって未来へと歩き出す。

これからもまだまだママには辛いことがあると思う。前みたいに“ぬけがら”になってしまう日も来るだろう。ジャックが思春期になれば自分の出生を知って苦しむ日も来るだろう。それでも強く生きていってほしいと願わずにいられないラストだった。

アカデミー賞主演女優賞を始め数々の賞を取ったブリーラーソンの演技は本当に素晴らしかった。ルームの中で5歳になったジャックに今までの嘘とリアルな世界について説明するシーン、それを理解できないジャックへの絶望、母親としての苛立ちと絶対的な愛、両親に甘えたりなかった少女の表情などすべてが素晴らしく賞を総なめにするのも納得です。ジャックが物語のメインでありながら、ワタクシは彼女の演技に泣かされたと言っても過言ではありません。彼女は数年前に「ユナイテッドステイツオブタラ」というテレビシリーズで見ていて、その時はぶーたれたティーンネイジャーの役だったので、演技はうまいと思ったけど、ブサイクな子だなと思っていました。なので、今回美しく成長していてびっくりしました。この作品ではほとんどすっぴんだし、疲れた表情が多いけど、賞レースで登場した彼女は可愛らしかったです。これからの彼女の活躍が楽しみです。

途中にも書いた通り時間配分が絶妙だと感じました。レニーアブラハムソン監督の作品を見るのは初めてでしたが、非常に難しいテーマの作品を丁寧に作り上げたと思います。ジャックという5歳の少年の視点で描きながらも、その周囲にいる大人たちの心の機微を余すことなく拾い上げてきちんと描いていました。原作も読んでみようかな。

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リリーのすべて

2016-03-28 | シネマ ら行

1926年のデンマーク。画家のアイナーヴェイナーエディレッドメインは同じく画家である妻ゲルダアリシアヴィカンダーと幸せな夫婦生活を送っているかのように見えていたのだが、妻の絵のモデルで友人のバレリーナ・ウラアンバーハードが踊りの練習でモデルが出来ずアイナーがストッキングを履いてモデルの代わりをしてやったのを大きなきっかけとしてアイナーの中の「リリー」が目を覚まし始める。

大きなきっかけと書いたのは実はそれ以前からアイナーが押し殺していた「リリー」という女性はずっとずっとアイナーの中に存在していたのであり、幼少期にも「リリー」であった瞬間があり親友のハンスにキスをされたというエピソードも語られたりしていたし、ウラの舞台衣装に普通より強い興味を感じたりしているアイナーの姿が映し出されていた。

リリーが目を覚まし始めてから、もうひとつものすごく大きなきっかけが訪れる。パーティ嫌いのアイナーに代わって「リリー」としてパーティに一緒に行こうと妻ゲルダが誘うのだ。ゲルダにとってはただの遊び半分の軽い気持ちだったのだろう。でもアイナーにとっては初めて「リリー」として人前に出るという晴れの日となった。夫婦2人でアイナーの女装の準備をし、仕草なども女性らしく見えるようにゲルダがアイナーに教えたりして本当にただふざけているだけ、ゲルダにとってはそのはずだった。

しかしそのパーティでリリーはヘンリクベンウィショーという男性に声をかけられキスまでしてしまう。それを目撃したゲルダは大きなショックを受ける。その日からアイナーはリリーを封印しまたアイナーとして生活しようと努力するのだが、一度開花したリリーを押さえつけることはもう誰にもできなかった。

ベンウィショーもエディレッドメインに負けず劣らず女装が似合う人なので、パーティに彼が現れたときは彼と女装仲間(いや女装対決!?)になるのかと思ったけどそれはワタクシの勝手な誤解でした。

アイナーはリリーでいることを望み、ゲルダは当然アイナーでいてもらうことを望んでいた。両方とも辛いな。。。ゲルダがアイナーの親友で昔「リリー」にキスをしたハンスマティアススーナールツに魅かれるのも仕方ないと思う。っていうか、、、ハンスめちゃくちゃカッコいいしー。そりゃ夫婦で惚れるのも分かるわ。

ゲルダがハンスに魅かれるのも分かるとは書きましたがこの2人の恋心はかすかに描かれるだけでまだそれが切なくもありました。

リリーのほうはもうどんなにゲルダが頼んでもアイナーだった時代には戻れず苦悩し続けるのですがついに性転換手術をしてくれるというヴァルネクロス教授セバスチャンコッホに出会い手術を受けることに。リリーは世界で初めて性転換手術を受ける人になるのです。

この時のリリーにはもう何の迷いもないんだよね。自分の中のリリーという本当の性をずっとずっと押し殺してきた彼女にとって、このまま男性の体で生き続けるなんてもう拷問に等しかったんだろうな。それにしてもゲルダの心境たるや想像を超えた辛さだろうなと思う。自分が相思相愛だと思ってきた男性が実は心が女性で、皮肉なことに図らずもそれに火をつけてしまったのが他ならぬ自分自身で、そしてその辛さに浸る間もなくその相手からは全面的なサポートを求められている。そしてゲルダはリリーを支える道を選ぶんですよね。切ない。もうほんとハンスとくっついちゃいな!って思いました。

一回目の男性器切除手術を終えてリリーが「神様は私を女に作ったの。でも間違えた体を教授が治してくれる」と言っていたのが印象的でした。そう、彼女は生まれながらにして“女性”だったのですよね。ただ違う器の中に入って生まれてきてしまっただけで。

二回目の女性器形成手術の前日リリーが病院のベッドで独り泣き崩れるシーンがありました。それまでともすればちょっとリリーわがままなんじゃないの?もうちょっとゲルダの気持ちも考えてあげれば?と思うような部分もあったのですが、あの前日のリリーの涙がそのすべてを浄化するように思えました。もちろん未知の手術への恐怖や不安も混じっていたでしょうけれど、やはりこんな体に生まれさえしなければこんなふうに苦しむこともなかったこと、こんなふうにゲルダを傷つける必要もなかったこと、そんな気持ちが一気に溢れていたシーンだと思いました。

ネタバレになりますが、残念なことにリリーは2度目の手術のあとすぐに亡くなってしまいます。とても悲しい結末となってしまったのですが、リリーが女性として死ぬことができたというのはそれだけでも幸せだったのかもしれません。

ゲルダがたくさん描いていたリリーの絵。実物を見てみたいなぁ。

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ラストベガス

2016-01-25 | シネマ ら行

ビリーマイケルダグラス、パディロバートデニーロ、アーチーモーガンフリーマン、サムケヴィンクラインの4人は幼馴染。ビリーがこのたび若い恋人と結婚することになり、ラスベガスでバチェラーパーティをすることに。

50年以上友人関係の4人だが、パディだけはなぜか終始しかめっ面。ベガスにもほとんどアーチーとサムがだまし討ちで連れてきたようなものだった。なぜパディだけこんなに浮かない顔をしているのかというと、どうやら彼らの幼馴染でパディと結婚した女性が亡くなったときビリーは葬式に来なかったというのだ。そんな確執がありつつも、アーチーがカジノで大儲けしてからホテルでも高待遇を受け3人でビリーのバチェラーパーティを盛り上げようとし始める。そこへホテルのシンガー・ダイアナメアリースティーンバージェンが加わってまたビリーとパディの間にひと悶着ありそうな予感。

こういう往年のスターが集まって、というパターンの作品が増えてきたような気がします。そして、そのスターたちの顔ぶれを見て、お。豪華だな。と思えるワタクシの映画ファン歴も長くなってきたなぁと感じます。

こういうのはスターたちもちょっとお祭り・お遊び感覚で出演している部分があるでしょうから、ストーリーは単純明快なのが多いかな。これもだいたい予想のつくストーリーですが、なかなかに笑えるシーンやほろりとくるシーンが用意されてあって、やはり彼らの“間”というのが絶妙だなと思わせてくれます。どれくらいアドリブだったのかが気になるところ。

中心的にはマイケルダグラスとロバートデニーロで、デニーロは大好きな役者さんですが、ワタクシとしてはケヴィンクラインも大好きで、妻一筋でハメを外したことのない真面目男が今回妻公認で浮気していいと妻からコンドームをもらったとはしゃいでいる姿が可愛らしかったです。でも結局浮気できないところも彼のキャラクターにぴったりでした。

「ハングオーバー!」シニア版といったところでしょうか。あの作品を見て思いついたのかな。シニア版だけに内容はマイルドになっていて、あのキツさが苦手な方はこちらのほうが好きかもしれません。



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ルートアイリッシュ

2015-09-15 | シネマ ら行

イラクで命を落としたフランキージョンビショップの遺体が故郷リバプールに戻ってきた。恋人のレイチェルアンドレアロウはフランキーの親友ファーガスマークウォーマックに怒りをぶつけていた。ファーガスは葬儀業者に止められたにも関わらず人目を盗んで釘づけされたフランキーの棺桶を無理やり開けフランキーの顔を見る。「一体何をされたんだ…」フランキーは死んだその日にファーガスに電話をかけ「大事な話がある」と留守番電話に入れていたが、パブでつまらないケンカをして留置所にいたファーガスは電話をかけかえすことができなかった。

フランキーはイラクに民間警備兵として行っており、元々はファーガスが高額の報酬を求めてフランキーを誘ったのがきっかけだった。

民間警備会社からフランキーの死について説明を受ける遺族たち。その中にはファーガスの姿もあったが、怒りを爆発させすぎて遺族の男性陣から追い払われてしまう。フランキーの死に不信感を抱いたファーガスはフランキーの持っていた携帯電話を手に入れ、中に入っていた動画やメールなどを調べる。その中に疑惑となる動画が入っていた。

フランキーが持っていた携帯電話は、フランキーのものではなくイラク人運転手のものでその彼が返してほしいと言っていると警備会社の人間が言っていたことから、ファーガスはますますその動画が怪しいと考える。そこにはフランキーたちのチームのネルソントレヴァーウィリアムズがテロリストと間違ってイラクの子どもを含む民間人を殺した映像が映っていた。そこにはネルソンに対し激怒しているフランキーの姿も映しだされていた。

この事件がフランキーの死に何らかの関連があると考えたファーガスは現地にいる仲間の力を借りて事件の真相に迫っていく。

ファーガスはイラクにフランキーを誘ったこと、事件の当日電話に出られなかったこと、自分は先に故郷に帰って来たことと色々な面でフランキーに負い目を感じていて、この親友の死の真相を必死で暴こうとするのだけど、このファーガス自身もPTSDを患っているようで、いつキレて何をするか分からないといった雰囲気。

ファーガスを主人公に物語は進み、もちろん観客としてはファーガスに感情移入しているのだけど、ネルソンを見つけて水責めの拷問にかけたり、最終的な黒幕に対して報復するところで、主人公自身にも感情移入しにくくなる。これほど、戦場の狂気、特にPTSDが表現されている作品は少ないかもしれない。たいていの作品ではPTSDに苦しむ主人公が立ち直っていく姿を映しだしたものが多いから。たいていPTSDで自殺などするのは主人公のごく近しい友人だったりするわけで、主人公自身が本当に破滅の道を歩むのは珍しい。

最後のファーガスの報復のシーンで実際に殺したかった民間警備会社の重役2人以外にたまたま秘書の女性がファーガスが爆破した車に同乗しています。彼女の存在を加えることで報復という暴力の恐ろしさ、そして、それが日常的に行われている戦場の恐ろしさを表現したかったのだと思います。

やはりその辺りは社会派のケンローチ監督らしいと言えると思う。もちろん、それはひいては戦争への批判であり、アメリカに追随したイギリス政権への批判であり、戦争の民営化への批判となっている。主人公の報復があまりにも激しすぎて少し現実離れした感は否めないが、アメリカ映画には描けない戦争がここにあると言えると思う。

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リアルスティール

2015-06-17 | シネマ ら行

昔シルベスタースタローン主演の「オーバーザトップ」という父と子の映画がありました。シチュエーションはとてもよく似ていますが、スタローン版は腕相撲、そしてこちらはロボットボクシングが題材になっています。

元ボクサーでいまはロボットボクシングでどさまわりをし、好き勝手に生きていた父チャーリーケントンを演じるのはヒュージャックマン。元妻が死んで残された息子マックスダコタゴヨの親権を元妻の姉が欲しがっているということで裁判に呼び出される。相手がお金持ちと見るや否や借金まみれのチャーリーは10万ドルで息子の親権を渡してやった。しかし、夏の間はこの姉夫婦がイタリア旅行に行くのでその間は息子マックスを預かることになる。

チャーリーが妻と息子を捨てた理由は特に語られることはなく、ただただ自分勝手に生きたいがために捨てたって感じだったし、11歳になるマックスの年齢もはっきり覚えていないほどだったし、何よりもお金で息子を売るというなんともサイッテーの人間なのである。それをヒュージャックマンのチャーミングな容姿だけでうやむやにしてしまおうという製作者の思惑にワタクシはちょいとムカついてしまいました。

そして、人間のボクシングが廃れてロボットボクシングが全盛になった理由が「人がどんどん残虐なものを求めたから」っていうんだけど、残虐さで言えば人間同士の殴り合いのほうが痛みを感じないロボット同士の殴り合いよりずっとずっと残虐だと思うよ?血も飛び散るし顔も腫れるし。それとは逆に人間同士が殴り合う残虐性が禁止されたからっていう理由にした方がもっともらしかった気がするんだけどな。

と、最初の設定のいくつかに納得がいかないままで、大丈夫か?この話?と思っていたんですけど、この息子マックスくんが可愛いくて魅力的で彼のおかげで最後まで楽しんで見ることができました。

マックスはチャーリー顔負けなほどロボットボクシングが大好きで、メカにも強く、負けん気も強い。チャーリーが部品を盗みに入った廃品置き場で「アトム」と書かれた旧型のスパーリング用ロボットを拾ったマックスはチャーリーの反対を押し切ってアトムで闇のロボットボクシングの試合に出ることに。

チンピラが仕切る闇の試合で、チャーリーもひやひやするほどの交渉術を見せる11歳のマックス。しかも頭脳プレイで連戦連勝してみせます。演じるダコタゴヨくんが非常にうまい。生意気な物言いをしているのに、鼻につく感じがしなくって、顔が特に美形ってわけでもないのに可愛らしくて、熱心にロボットボクシングのことを語る一所懸命な姿をついつい応援したくなってしまいます。

何よりも可愛いのがシャドー機能を持つアトムとマックスのダンス。ダコタくん、やっぱ子役やるだけあってダンスのレッスンとかも受けてるんでしょうね。なかなかダンスが上手です。無表情なアトムがマックスの真似をして踊る姿がすごく愛おしいです。ロボット相手にロボットダンスするマックスのセンスがいいね。これを試合会場でやってお客さん大ウケ。そりゃウケるわな。

マックスともう一人出番はそんなに多くないですが、チャーリーのボクサー時代のトレーナーの娘ベイリーエヴァンジェリンリリーもとても魅力的でした。最初なんか見たことあるなーと思って見ていると「あ、この人エルフやん」って気付きました。「ホビット」でタウリエルを演じていた女優さんでした。エルフのメイクをしている時はちょっと変な感じに見えていたんですが、素はとても可愛らしい人だったんですね。正統派な美人という顔立ちではないですが、表情が豊かで魅力ある女優さんだと思います。父親が経営していたジムを継いでいるだけあって男勝りな雰囲気あるのに、それでいてセクシーさも合わせ持つベイリーにとてもよく合っていました。

最後は最凶マシン・ゼウスと戦うことになり試合には判定で負けてしまうけど、最後までリングに立ち観客を大いに盛り上げるというボクシング映画の王道「ロッキー」を踏襲。マシン相手にアトムのシャドー機能を使って、元ボクサーのチャーリーがリング外でアトムに動きを見せて戦うというチャーリーの見せ場があり、それを見て父を見直す息子という都合いいっちゃいいんですけどね、この辺りはやはり王道で攻めてくれるほうが良いのではないかと思います。ここは素直に感動してしまうシーンです。

“アトム”という名前もそうだし、ゲームの話やロボットの機能などでやたらめったら日本リスペクト発言が登場してちょっぴり笑ってしまうほど。これはもうごますりか?っていう域なくらいに褒めちぎってくれちゃってます。最後にマックスが来ていたTシャツにも日本語で「ロボット」って書いてあったしね。

最後にエンドクレジットでもう一度マックスとアトムのダンスが見られると思っていたんだけどなぁ。どうして入れなかったんだろ。残念。

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