シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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コーヒー&シガレッツ

2007-05-30 | シネマ か行

「コーヒー&シガレッツ」ね。本当に最高の組み合わせ。ワタクシは2年ほど前にタバコはやめちゃって、さすがにやっぱ体には悪いよなーとは思ってるんだけど、やめた今でもやっぱり自分では吸わないけど“タバコ”っていうもの自体は好きだし、よっぽどマナーの悪い吸われ方をしない限りは吸ってる人に対して悪いイメージはないし、映画とかで見るとやっぱりカッコいいって思っちゃうアイテムのひとつだ。

タバコってお酒とも合うけど、やっぱり一番合うのはコーヒー。前にも書いたことがあるかもしれないけど、知り合いのイタリア人は、どこのカフェのカプチーノがどの銘柄のタバコと合うかって話で友達と口論していた。それくらい、コーヒーとタバコは切っても切れない間柄。

コーヒーとタバコを中心に短編映画をつないだこの作品。カフェの片隅でコーヒーを飲みながら、タバコを吸う。そして、目の前の人間と会話をする。特に有意義でもない何の変哲もない会話。ただだらだらと続く会話を撮っただけのようなこの作品。“コーヒー&シガレッツ”になんらかのスタイルを感じない人にとってはとてつもなくくだらない作品かもしれない。

全部で11編のお話があるんだけど、特にワタクシが好きなのは「いとこ同士」と「いとこ同士?」の2編。(残念ながら写真は別のエピソードのものです)

「いとこ同士」のほうはケイトブランシェットがなんと2役で登場する。一人はおそらくケイトブランシェット本人。そして、もう一人はケイトブランシェットのいとこ。世界的スターであるいとこが映画のキャンペーンで故郷に帰って来ている。せっかくだからとホテルのロビーで会うのだが、、、“いとこ”を演じているケイトはハスッパな感じで、強いオーストラリア訛りで話し、化粧も下品な感じ。ケイトの作品で言うと、「バンディッツ」のときみたいな感じかな。そして、本人っぽいほうはお上品で控えめで落ち着いていて。この“いとこ”のほうが映画スターを皮肉ったことをたくさん言ってケイトを困らせるんだけど、それがまた真実をついているから面白い。ホテルのロビーは本当は禁煙なんだけど、ケイトがいるときはタバコも許されて、ケイトがいなくなった途端、いとこのほうは「ここは禁煙です」って注意されちゃうラストも皮肉っぽくて最高。

「いとこ同士?」のほうはアルフレッドモリーナスティーブクーガンのお話なんだけど、この二人イギリスから来てるんですよね。(アルフレッドモリーナって今まで勝手にメキシコ人だと思い込んでた…父親がスペイン人、母親がイタリア人のイギリス生まれなんだねー。血はラテンだけど)それで、「コーヒー&シガレッツ」のくせにイギリスに合わせてか、この二人は紅茶を飲みながら、タバコを吸って会話をする。このお話は映画を知らない人には全然面白くないんだけど、映画ファンには面白いお話。

ちょっと話がそれるけど、前々から思ってたんですが、イギリス人って紅茶をよく飲みますよね?(いや、もちろんコーヒーだって飲むさーっていうのは分かってるんですが、それはちょっと置いといて)んでもって、映画とかで見る限り、イギリス人でタバコを吸う人も結構いますよね?ワタクシは紅茶とタバコってあんまり合わないって思ってるんですが、そのへんのとこはどうなんでしょう?タバコを吸うときにコーヒーより紅茶のほうがいいっていう方はどれくらいいるんでしょうか?

ままま、それはおいといてと。先にも書いたように“コーヒー&シガレッツ”というものの組み合わせや存在そのものに何かしらの思い入れや、感情をお持ちの方にはとってもオススメの作品です。モノクロなところもこの作品の雰囲気にとても合っています。

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少女の髪どめ

2007-05-28 | シネマ さ行

建設現場で働く少年とそこへ現場で怪我をした父親の代わりに男の子だと偽って働きに来た少女の淡い恋心を通して、イランにおけるアフガニスタン難民の姿を描く。

まずイスラムの社会で女の子が性別を偽って働こうものなら、どれほどの非難を浴びることか。そんなことは分かりきっていながら、そうまでして働かなくては生きていけない。その子が本当は女の子だと知ってしまい、恋心まで抱いた少年は、陰ながら彼女を助けることを心に誓う。彼女を助けるためにその家族にお金まで用意する。彼女への恋心は完全に隠して。社会的にも宗教的にも背景が日本とはまったく異なる国での出来事がワタクシたちには新鮮に映る。戦後の日本を見ているようと言えば、似通った部分もあるのかもしれないが、やはり宗教的なことや周辺諸国との緊張関係などはかなり異なっているだろう。

アフガニスタンの難民を違法に働かせている雇い主も法律的に見れば悪いのかもしれないが、難民にしてみれば、少しのお金でも稼がせてくれる彼は何もしてくれない国なんかよりよっぽど「善」なのかもしれない。あの雇い主はかなり良心的なほうだっただろうけど。

映像的には、原題がどうやら「雨」という意味らしく、実際「雨」が非常に効果的に使われていた。ラストではきっともう二度と会うことはないであろう彼らの心は通じ合ったのだと思いたい。

マルジャンストラピというイランの女性が書いた「ペルセポリス」という本を読んだことがあるが、それはイランでも都市部のリベラルな家庭に育った子の話で、この映画の中身とは切り口は随分違うが、イランにおいて女性がどのような状況に置かれているかなどを知るにはすごく役に立つし、純粋に読み物としても面白いので、この映画と同様オススメします。

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ホロコースト~救出された子供たち

2007-05-23 | シネマ は行
第二次世界大戦の直前、ナチスがユダヤ人を迫害し始めたことからイギリスはユダヤ人の子供たちを受け入れることを決めた。イギリスへ一時避難したことによって生き残ったユダヤ人の子供たち。現在、大人になった彼らがその時代を振り返る。

これはドキュメンタリー映画で、彼らへのインタビューと当時の映像や写真を組み合わせて作ってある。2000年のアカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞している作品。

幼い子供たちが両親と引き裂かれて外国に避難する。子供たちは一様に「自分たちは親に捨てられるんだ」という感覚でいたらしい。確かに、どんなに頭では危険が迫っているから自分たちを助けるために外国にやるんだとは分かっていても、幼い子供たちにとって両親からそんな形で離れることは理不尽極まりない出来事だっただろう。

ナチスドイツ領であの時代を過ごしたユダヤ人の運命を考えれば、あの虐殺が始まる前にイギリスに逃げられたなんて、なんてラッキーなことかと思ってしまうのだけど、彼らの話を聞くとそれだけでは済まされない心の葛藤や苦しみがあったことが分かる。そりゃ、もちろん、彼らがイギリスに受け入れられて命が助かったことを感謝していることは間違いないとは思うけど。

ここに出てくる人がみな印象深い話をしてくれるのだけど、まだ5、6歳の子供が受け入れ先のイギリスで近所をまわり、ドイツにいる両親を雇って受け入れてくれる先を探したり(そして、成功していたりもした)していたことに非常に驚いたし、それを子供に頼める両親もすごいなと思ったりもした。(悪い意味ではなく)

英語を早く覚えて、もう二度とドイツ語を話さないと決めた子や、戦争が終わって両親と再会できたけど、母国語が分からなくなっていた妹や弟のために通訳をしなくちゃいけなかったお姉ちゃんや、チェコ語でおしゃべりがしたくてもできなかったから、ひたすら日記を書いていた子。こういうことってとても悲しい。

一番印象に残ったのは、イギリスに向かう汽車に乗ったのに、娘を手放すのが直前でイヤになった父親に汽車の窓から引きずりおろされた女の子の話だった。彼女はドイツに残ったため、その後、収容所に送られるのだが、そのときの話もすごい。彼女は何度も収容所に向かうために駅に呼び出され、そこで何の手違いだか、手続きだか、何度も今日は帰れと言われた。収容所に向かうために呼び出され、また帰されるということが何度も続き、それに疲弊した彼女はある日、今回も帰れと言うナチスの隊員に「私を列車に乗せて」と言った。こんなふうに何度も呼び出されて怖い思いをするくらいなら、収容所に行ったほうがマシだと思ったのだろう。収容所の本当のおぞましさを知らなかったからできたのかもしれないが、人間の心理とは本当に不思議なものだ。彼女が収容所から解放されたときは体重が20何キロかしかなかったらしい。彼女の父親が汽車の窓から彼女を引きずりおろさなかったら、こんな目に遭うことはなかったという話は父親と一度もしなかったと言う。この女性の話にはとても複雑な要素が絡み合っているように思う。親が子供を子供の安全のためとは言え遠くへやる辛さ。それが分かっているようでいて、本当には分からない子供の辛さ。

そして、自分たちが親になって初めてその当時の両親の気持ちが分かったであろう彼らも、「もし、同じような状況になったら他人には預けないでおこう。自分たち、友達同士で預かりあおうと決めている」というセリフを聞くと、やはり幼い彼らにとってそれがどんなに辛いことだったのが分かる。

別の女性の言葉だったけど、「あのたった6年が私の人生のすべてを変えてしまった」と言っていたのが印象的だった。「戦争」というものが人に与える影響を考えさせられる。

ここに挙げた以外にも印象深い話をたくさん知ることができる作品です。興味のある方はぜひご覧になることをオススメします。重厚な声のナレーションはジュディディンチです。
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主人公は僕だった

2007-05-17 | シネマ さ行
試写会に行って参りました。

なんとも不思議な映画だった。見終わったあと、なんだかほんわかする映画だった。

数字命の国税庁会計調査官のハロルドクリックウィルフェレルは、まったくもって面白味のない生活をしていたが、特にそのことが不満というわけではなく、毎日同じ回数だけ歯を磨き、同じ歩数でバス停まで歩き、同じ時刻のバスに乗って通勤。それを12年間繰り返していた。ところがある日いつものように回数を数えながら歯を磨いていると、どこからともなく、「ハロルドはいつものように歯を磨き…」と女性の声が聞こえてくる。

この女性の声、どうやら自分にしか聞こえていない様子。しかも、この声の主はハロルドのことをよく知っていて、彼が普段考えていることなどを的確にハロルドよりもずっと豊富な語彙で表現し、彼がする行動を次々に描写していく。このことを同僚に相談すると、、、もちろん精神科医を紹介された。。。

一体全体どうしてこんなことになっちゃったのかっていう説明は一切なく、(まぁもちろんそこに合理的な説明がつくはずもないんだけど)ただ、観客は与えられたシチュエーションに乗っていくしかない。「世にも奇妙な物語」に入り込んじゃったってとこかな。この声の主である小説家カレンアイフルエマトンプソンはハロルドの人生をクリエイトしているようでいて、全部が全部、彼女の意のままに進んでいるわけではなく、ハロルドは自分の意思で行動しているように見受けられるシーンが多いから、その辺を矛盾と見るか設定のひとつと見るかによって評価は分かれるところだと思う。

ワタクシはハロルドを助ける教授ダスティンホフマンがいい役どころを演じていて、彼のおかげで物語が締まったと思う。

ラストはそりゃ、そうだろうよっていう終わり方になっているけど、そこに爽やかさを伴って感じられるのはハロルドの存在という意味での命が救われたからということではなく、ハロルド自身が意味を見出した、「この人生をもっと生きたい」と思えた人生が救われたからであり、それと同時に、人生の明るい面を見ることができなかったカレンアイフルの人生も救われたからだと思う。日常の何気ないひとつひとつに人生の素晴らしさを感じられるんだと思い出させてくれる作品だった。地味な動きしかない作品なので、苦手な人は苦手かもだけど、ワタクシは結構好きだな。

ハロルドを演じるのがウィルフェレルだったから、もっとふざけた映画かと思っていたら、結構真面目な映画だった。彼の作品は「プロデューサーズ」「奥さまは魔女」しか知らないけど、ウィルフェレルってこういう演技もするんですね。

カレンアイフル演じるエマトンプソンはさすがの演技力。磨り減って疲れきって精神的に危うい状態の表現が素晴らしいし、スランプ前だと思われるテレビのインタビューの映像では、しっかりした口調で話し、その辺りの使い分けがやっぱりうまい。

彼女の助手を演じたクィーンラティファの使いかたがシンプルすぎてもったいなかった。もっといい味が出せる人なのに。それでもあの役が光って見えるのはやはり彼女の存在感だろう。

ハロルドが恋する女性を演じるマギーギレンホールが黒髪のメグライアンみたいな感じで可愛らしかった。決して美人とは言えないけど、独特の魅力を持った人だと思う。どう見てもハロルドとはお似合いじゃなかったけど、彼女のような人が、ハロルドの人生に明かりを灯したと思うとすごく素敵な気分になれる。彼女のケーキ屋さんのシーンはどれも好きだったな。
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インファナルアフェアIII~終極無間

2007-05-15 | シネマ あ行
この話、「1」の10ヶ月後から始まるのですが、まだヤントニーレオンが生きているときの話も挿入されて、時間軸がバラバラになっていてポンポン話が飛ぶもんで、ややこしくてややこしくて、「あ、ワタクシもうダメかも」って途中で脱落しそうになったんですが「1」では(「ディパーテッド」の後に見たもんで余計に)あの静けさと戦い、「2」では青年期のラウとヤンのそっくりさと戦ってやっとここまで見てきたんだからと自分を奮い立たせて最後まで見ました。

「1」でヤンが殺されてしまって、のうのうとラウアンディーラウだけが生き残り、知らん顔して“いいもん”として生きていこうとしていたので、おぉぉぉなんちゅう話やーと思っていたのですが(いい意味でですが)、やっぱりそうは問屋が卸さなへんでぇってな展開なわけですな。

またそのそうは問屋が卸さないという展開の中でも新たなメンバーとして大陸の密輸商人シェンチャンダオミンとエリート刑事ヨンレオンライが登場して、彼らがしっかりヤンの仇をとってくれるような形になっていて、もちろんこういうお話だから“スッキリ爽快”とまではいかないまでも、きちんとした形で終止符を打ってくれている。しかも、この新メンバーの二人がしっぶい渋い。

それにしても、ラウってどこへ向かっていきたかったんだろうね?なんかちょっと頭がおかしくなってた感じもしたしな。自分のやってることに必死になりすぎて、周りがまったく見えなくなってしまってたよね。自分だけが生き残って変に取り残されたようにあせってしまってたような気がする。「1」の終わりでしめしめってなるはずだったのにね。なんか哀れだったな。結局、主役はヤンだったんだなって感じが強かった。

ワタクシの好きなマフィアのボス、サムエリックツァンがほとんど活躍しなかったのが残念でした。

とびとびで「インファナルアフェア」祭りになりましたね。このシリーズ、香港映画は見ないっていう人も一見価値ありです。
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ワイルドシングス

2007-05-14 | シネマ わ行
サスペンスとお色気があいまった作品で、ちょっと安っぽい感じもしなくもないけれど、まさかの展開に驚かされた。出演者もマットディロンケビンベーコンデニースリチャーズネーヴキャンベルとなかなかに豪華。ただのティーンものとは一線を画した作品。

のっけから性犯罪についての講演を刑事が高校にしに来て、デニースリチャーズは教師のマットディロンをお色気ムンムンの目で見ていて、「なんやねん、この映画ー」と思っていると、案の定、生徒が教師を誘惑し…かと思いきや、教師が生徒をレイプしたってことになっちゃってる。どう考えても相手にされなかった生徒の腹いせやろーって感じで、一時はピンチだった教師の立場も裁判で誤解が晴れて、生徒の狂言がばれちゃう。ところが、、、

この教師の汚名が晴れたところでまだ映画は中盤にさしかかったところ。「ん?これで話が終わりなわけないし、どうなるわけ?」と思っていると意外な展開がこのあとも2展3展。。。

ま、ぶっちゃけ裏がありすぎてもう何を言われても信用できるかいっってな状況になってしまうんですが、ワタクシとしては最後のタネ明かしのところがうまくできたと思うのでそれで許しちゃうところもありました。それとちょっと大胆なお色気シーンもありで、飽きさせない作品であります。

「2」「3」とマイナーに続いたようですが、あまり面白くなさそうで敬遠しています。ご覧になった方どうでしたか?
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ツォツィ

2007-05-10 | シネマ た行

仔犬が家に来て、やはり映画が見れていません
GWには犬が来る前にこの1本だけ見に行ってきました。



ツォツィというのは現地の言葉で「不良」ということらしい。仲間からツォツィと呼ばれる青年プレスリーチュエニヤハエは本当の名前を語ろうとしない。彼は親のぬくもりを知らずに野原に放置された土管で育った。

「不良」と呼ばれる青年は良心の呵責もなく悪いことを重ねてきたようだが、ある日お金持ちの女性を撃ちのBMWをジャックして逃げると、その中に赤ん坊が乗っていた。その赤ん坊を紙袋に入れて持って帰るツォツィ。

ツォツィがどうしてこの赤ん坊を連れ帰ったのか。返しに行く勇気はなく、置き去りにするのは心が痛んだのか。これはワタクシの勝手な解釈なのだけど、これは凶悪な青年ツォツィが赤ん坊の面倒を見ることによって人間的な感情を取り戻したとかそういうことではなくて、それよりも赤ん坊を通して自分が経験できなかった、もしくは経験し足りなかった親子関係を追体験しようとしたものではなかったか。彼自身、そんな自覚はなかったけれど。つまり、赤ん坊の保護者としての自覚ではなく、自らを赤ん坊に投影していたように思える。この赤ん坊がお金持ちの満たされた赤ん坊だったからなおのこと。彼が自分の育った土管に赤ん坊を連れて行くシーンがなんとも切ない。

南アフリカの貧困やエイズ問題などを映し出すドラマということだと思うが、その面についてはいまいち語り方がうまくはなく、アカデミー外国語映画賞は、「南アフリカを語る映画」というものが珍しかったからなのかなと思ってしまった。もう少しうまく南アフリカを語る映画を見てみたい。女優のシャーリーズセロンは南アフリカ出身で、祖国の犯罪問題などに大きな関心があるようだから、いつかそういう映画をプロデュースなどしてくれることを期待している。

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